ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

20 / 38
 身内の結婚式でハワイに行ってきました。青空がとても綺麗で『クウガ』の最終回を思い出しました。あのラストシーンはキューバで撮影されたものですが(笑)。

 いやー、青空ってのはずっと見てられますね!


第4話 宇宙No.1アイドル / 生命の泉

「い、いよいよです………」

 PC画面を睨みながら、花陽は静かに告げる。「緊張するね……」とことりが祈るように両手を組み、隣にいる穂乃果は「心臓が飛び出しちゃいそうだよ……」と胸に手を当てる。PCから目を背けた海未は耳に手を当てて「終わりましたか?」と何度も呟いている。

「まだよ」

 冷静さを保っている絵里がそう言うと、海未は「誰か答えてください!」と悲鳴をあげる。「それじゃ聞こえないでしょ」とテーブルにつく真姫が指摘し、にこも「そそそそうよ……」と震える声で言う。

「予備予選くらいで……、な、何そんな緊張してるのよ……」

 にこの手はテーブルに置いたいちご牛乳の紙パックを取るのだが、挿したストローを口に運ぶことなくただ震えを抑えるように握りしめる。

「そうやね、カードによると……」

 希が手中に広げたタロットカードを覗き込み、「よると?」と穂乃果が促す。希は無言のまま物憂げに目蓋を垂らし、「やっぱり、聞きたくなーい!」と穂乃果が言ったところで。

「来ました!」

 花陽の声でメンバー達の視線がPC画面へと集中し、驚愕のあまりにこは紙パックを握り潰す。ストローから中身がまるで噴水のように飛び散った。

 花陽は画面に表示された情報をもとにアナウンスする。

「最終予選進出、1チーム目はA-RISE。2チーム目はEast Heart」

 「後は?」と画面を覗く衆に加わったにこが促す。「3チーム目は――」と花陽は画面をスクロールする。

「Midnight cats」

 最初が同じ「み」だから期待したのだが、別グループの名前が出たことにメンバー達は一気に肩を落とす。「最後は?」と絵里が尋ねる。まだ枠はひとつ残っている。花陽は「4チーム目は」と再び画面をスクロールする。

「Mutant Girls………」

 画面のグループを凝視しながら、メンバー達は絶句したまま硬直する。掠れるような声で、穂乃果は感情を声に出した。

「そんなあああああああっ‼」

 

 ♦

「――ていう夢を見たんだよ!」

 テーブルを挟み、穂乃果は興奮気味に言う。朝食のトーストを持ったまま、巧は穂乃果を凝視して逡巡を置いて告げる。

「お前、それ皆には絶対に言うなよ」

「え、何で?」

「縁起でもねーだろうが!」

 まともに聞いてやった自分が馬鹿だった、と巧はトーストをかじる。未だに府に落ちない様子の穂乃果も食事を再開し、居間には他の家族よりも遅めの朝食を摂る2人の咀嚼音だけが響いている。

 A-RISEとの合同ライブから結果発表日である今日まで、μ’sは張り詰めた雰囲気だ。練習中もミーティング中に皆うわの空で、次に向けた新曲の話も一向に進んでいない。そんな中で穂乃果の夢の話なんて聞いたらメンバー間で漂う悪い気を助長させるだけだ。

 巧は冷ましたお茶で咥内のトーストを喉へと流し込む。

「今日はUTXに行くから、そっちは遅くなる」

「UTXに?」

「多分、オルフェノクのことだろうな」

 あの戦いの後、屋上に戻った巧にツバサ達は何も聞いてこなかった。代わりとして後日ゆっくり話を聞かせてほしい、と今日を話し合いの日として指定してきた。A-RISEだけでなく、ライブの運営スタッフまでにも変身するところを見られたのだ。人はいきなり得体の知れないものを見たら、受け入れるのに時間を要するのだろう。

「ラブライブ、中止になったりしないよね………」

「余計なこと考えんな。結果発表の心配だけしてろよ」

 不安げな顔の穂乃果にそう言い放ち、巧は冷めたお茶を啜った。

 

 ♦

 数歩先を歩く森内彩子の背中を巧は無言で追いかける。改札ゲート前で巧を出迎えてくれた彩子は何も質問することなく、案内役としての務めを継続している。彼女もファイズとオルフェノクの目撃者だ。色々と聞きたいことはあるだろうが、それはこれから果たされる。

 学校の責任者である理事長か校長に話をするものかと思っていたのだが、巧が通されたのは理事長室でも校長室でもない。以前μ’sメンバーと共に案内されたカフェスペースの一角。そこで待っていたのはA-RISEの3人と、ヴェーチェルの他2人だった。

「乾さん、この前は助けてくれてありがとうございました」

 ツバサがそう言って礼をして、両隣にいる英玲奈とあんじゅ、ソファの隣に立つヴェーチェルの面々もそれにならう。

「別に大したことじゃねーよ。奴も逃がしちまったしな」

 こういったことに慣れていない巧は照れよりも困惑の方が大きく、隠すように出されたコーヒーに息を吹きかける。頭を上げたツバサは以前会った時とは別人のような、自信など微塵も感じさせない不安げな表情を見せる。アイドルという浮世離れした印象だったが、こうして見ると歳相応の少女だな、と巧は思った。

「本当なら理事長と話してもらうはずだったんですけど………」

「今日はいないのか?」

「いえ。ライブの日のことを理事長に話して………」

 口ごもるツバサに代わって英玲奈が。

「この件には関わるな、と。理由を聞いても断固として教えてくれなかったのです」

 「怪しすぎるわ」とあんじゅが。

「怪物と仮面ライダーの噂は広まってるのに、ネットにアップされた画像や動画は全部消されてるんです」

 拡散を阻止される都市伝説。知られてしまえば不利益を被る者がいる。

「まるで、とても強い権力が働いているとしか思えません」

 ツバサのその言葉は核心に迫っている。巧はその正体がスマートブレインであることを知っている。琢磨は言っていた。政府がオルフェノクの存在に気付かないよう、スマートブレインは徹底的に進化した種を隠してきたと。スマートレディと一戦を交えた空港での画像や動画もインターネット上で目にしたが、それらは既に削除されている。あの戦いも、空港で搬送用トラックの爆発事故として報道された。

「乾さん。あれは一体何なんですか?」

 ツバサの質問に、巧は理事長に話したものと同じ内容で答えた。死を経て太古の記憶を呼び覚ました、灰色の生物のことを。

「オルフェノク………」

 その存在を噛み締めるように、ツバサは呟く。凛とした姿勢を崩さない英玲奈も訝しげに、巧を見つめてくる。この男は何を言っているのか、と思いたいだろうが、生憎事実のみを話した。理事長のときと同様、ベルトを扱う資格については黙っておいたが。

「何でそんな化物が?」

 里香が長い髪を手でとかしながら尋ねてくる。落ち着かないときの癖らしい。

「俺にも分からない」

 巧はそう答えるしかない。巧自身もオルフェノクでありながら、何故オルフェノクなんて種が生まれたかなんて全く分からない。進化とは継ぎ接ぎだ。その場しのぎの適応も、不要になれば淘汰されていく。それは全ての生物に共通する宿命だ。オルフェノクが何に対する適応で、それが不要になる時はいつ来るのか。

 命とは、不完全なのだと巧は思う。完全な命など存在しない。あるとすれば、それは神と呼ぶべき存在だ。万能の神とは、不完全な人間が創り出した「完全」への羨望なのだ。完全な存在とは、命が抱える死という宿命を克服したもの。だとすれば「王」によって永遠の命を得たオルフェノクは、神と呼ぶに相応しい存在だろうか。

 オルフェノクが永遠の時を生きる種になれば、人間は淘汰される。そうすれば地球は完全な種となったオルフェノクという神々の住まう惑星になる。オルフェノクの生まれた意味とは、地球から人間という不完全な種を駆逐するためなのか。だとしても、現時点ではオルフェノクも不完全であることに変わりはない。

 奇妙なものだ。神になろうとした人間の王の話は聞くが、オルフェノクは「王」が神を創るなんて。

「せっかくラブライブも盛り上がってるのに、オルフェノクが出たら………」

「ツバサ達、頑張ってきたのに………」

 愛衣と彩子が不安げに言う。健気な少女達だ、と巧は思う。ヴェーチェルのパフォーマンスは見たことがないが、3人はA-RISEの影に埋もれてしまったグループだ。妬んでも不思議はないのに、自分のことのように心配するなんて。こんなことを思うのは、自分が邪な大人になってしまったからだろうか。

 ヴェーチェルの3人とは対照的に、ツバサはきつく唇を結ぶ。

「心配すんな。大会を中止になんてさせやしない。奴は俺が倒す」

 巧は断言する。μ’sの皆が抱いた夢が叶うようお膳立てをすることはできない。夢を叶えるのは彼女ら次第だ。その夢を守るために、妨害するオルフェノクという危険因子を排除する。それが、巧の中にある明瞭な戦う理由になっている。

 巧の意思が伝播したのか、ツバサは力強く頷く。

「オルフェノクに襲われても、わたし達はアイドルであり続けます。μ’sにもそうあってほしい。だから、乾さんはμ’sを守ってください」

 ツバサはしっかりと巧を見据えて告げる。そして悪戯に笑みひと言付け加える。その顔は紛れもなく、客に向けるアイドルとしての、綺羅ツバサの顔だった。

「お願いしますね、仮面ライダー」

 

 ♦

 仮面ライダー。

 ツバサから告げられたファイズの通称が、巧の脳内に反響する。オートバジンの運転に集中しようにも、一向にそのフレーズは抜ける気配がない。人知れず怪物と戦う戦士なんて、まるでヒーローみたいだ。巧のやってきた事とは、ただオルフェノクという命を葬ってきただけだ。人に褒められるようなことじゃない。正義なんて大層なものを掲げたつもりもない。

 抜けきれない懊悩を頭に抱えたまま、音ノ木坂学院に到着した巧は校舎へ入りアイドル研究部の部室へと歩く。メンバー達は部室のPCで結果発表を見ている頃だろうか。時折すれ違った生徒が「乾さんこんにちわー」と挨拶してきて、「ああ」と気のない返事をする。

「たっくーん‼」

 廊下の奥からその声と共に、ばたばたと騒々しい足音を立てて穂乃果が走ってくる。穂乃果は勢いを抑えることなく巧に飛びつく。全く減速しないものだから突進のような衝撃で、巧の腹に溜まった空気が口から「ごほっ」と押し出される。

「通った! 予選通ったよ!」

 周囲の視線を感じるから離そうと試みるが、穂乃果は巧に抱きついたまま「やったよ!」と繰り返す。たかが予選。そう思っていながらも、喜ぶのは悪いことじゃない。

 巧は穂乃果の頭に手を添える。

「頑張ったな」

 「うん!」と穂乃果は満面の笑みで巧を見上げた。

 

 ♦

「最終予選は12月。そこで、ラブライブに出場できるひとチームが決定するわ」

 屋上で、練習着に着替えたメンバー達に絵里は告げる。メンバー達の喜びは大きいが、まだ予選を突破しただけで本番はこれからだ。より練習に励まなければならない。

「次を勝てば、念願のラブライブやね」

 希が感慨深そうに言う。「でも……」と花陽が不安げな声色で。

「A-RISEに勝たなくちゃいけないなんて………」

 予選を突破した4組のなかにはA-RISEの名前もあった。特に驚くべきことではない。むしろ、予想していたこともあり緊張感がより高まっている。

「今は考えても仕方ないよ。とにかく頑張ろう!」

 不安を吹き飛ばすように穂乃果は言う。「その通りです」と海未も同意する。

「そこで、来週からの朝練のスタートを1時間早くしたいと思います」

 「ええ、起きられるかなあ」と凛がぼやく。巧も巧で穂乃果を起こす時間が早まるのだから他人事じゃない。もっとも、文句を言える雰囲気ではないのだが。構わず海未は続ける。

「この他に、日曜日には基礎のおさらいをします」

 これには花陽も怖気づいている。あまり体力に自信がない彼女には酷だろうが、克服しなければなるまい。鼓舞するように絵里が言う。

「練習は嘘をつかない。けど、ただ闇雲にやれば良いというわけじゃない。質の高い練習をいかに集中してこなせるか。ラブライブ出場はそこに懸かっていると思う」

 練習メニューの考案は海未が担当しているから不安はあるが、絵里が修正を加えてくれれば大丈夫だろう。また無理な練習を重ねて倒れてしまっては全てが崩れてしまう。これからの練習は慎重に進めなければならないのだ。

「よーし、じゃあ皆行くよ!」

 「ミュ――」と穂乃果が点呼を取ろうとしたのだが、ことりが「待って」と止める。

「誰かひとり足りないよな………」

 ことりの違和感に巧は違和感を重ねる。ひとり足りないことは屋上に来た時点で気付いていたが、メンバー達は事情を既に本人から聞いていると思っていた。

 「うち、ことりちゃん、真姫ちゃん――」と希がメンバーひとりひとりを確認する。

「エリち、海未ちゃん、凛ちゃん、花陽ちゃん、穂乃果ちゃん、巧さん」

 「9人いるよ!」と凛が言う。「おい」と巧は痺れを切らす。

「俺を入れるな」

 「え? じゃあ誰が………」と絵里はメンバー達を見渡す。お前もか、と思いながら巧は言う。

「にこがいねーぞ」

 一瞬の間を置いて、メンバー全員で「ああああああっ‼」と声をあげる。本当にこんな調子で本戦に進めるのだろうか、と巧はため息をついた。

 すぐにメンバー総出でにこを探しに行ったのだが、大捜索とまではならず玄関から校舎を出ていくにこはすぐに発見できた。下校する生徒達は他にも多くいるのに、どうしてこの時ばかりはその中からにこを見つけることができたのか。もはや呆れるのも疲れた巧は「にこちゃーん!」と呼び止める穂乃果の背中を眺める。

「どこ行くの?」

「大声で呼ぶんじゃないわよ!」

 にこは苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。ラブライブへの熱意が強いにこが、練習をさぼるなんてことはしないはずだ。

「どうしたの? 練習始まってるよ」

 「き、今日は……」と打って変わって歯切れ悪くにこは答える。

「ちょっと、用があるの。それより最終予選近いんだから、気合入れて練習しなさいよ!」

 にこが指をさすと、穂乃果は反射的に「はい!」と敬礼する。だがすぐに丸め込まれたことに気付く。

「あれ? 行っちゃった………」

 走って校門を潜るにこの背中を、穂乃果は呆然と眺めていた。

 

 ♦

 線路が走る高架下で営業しているスーパーマーケットに訪れるのは、買い物袋を提げた夫人達が多い。午後の夕方に近いこの時間帯で、放課後の学生が立ち寄るのはもっぱらゲームセンターや飲食店だろう。だから制服のブレザーを着たにこは店の客として浮いている。

「ちょっと、押さないでよ」

「狭いんだよ」

 小声で真姫と軽い言い争いをしながら、巧はにこが自動ドアを潜る頃合いを見計らって店先に積み上げられた段ボールの陰から顔を出す。狭さに耐え切れなかったのか、釣られて2年生と1年生の6人も。

「何で後つけるの?」

 場の雰囲気で着いてくる羽目になった真姫が尋ねる。「だって怪しいんだもん」と穂乃果は間髪入れずに答えるが、他人の事情を詮索するのはどうか。そう苦言を呈したところで、練習を切り上げてにこを尾行すると言い出した穂乃果が止まるとは思えない。それに、巧も少し気になっているのは事実だ。練習を休まなければならない事情があるなら言えばいい。

「まさか、ここでバイトしてるとか?」

 穂乃果の言葉で、巧はおのずと試食コーナーでお決まりの「にっこにっこにー!」と客の呼び込みをするにこの姿を想像することができる。

「ハマり過ぎだにゃー」

 凛も同じことを考えていたらしい。

「待って、違うみたいよ」

 真姫がそう言うと、他の5人は店内を自動ドア越しに凝視する。にこは商品棚から食材を手にしてかごへ入れていく。「普通に買い物しているみたいですね」と海未が言うと、穂乃果は安心したようにほっと短いため息をつく。

「何だ、ただの夕飯のお買い物か」

「でも、それだけで練習を休むでしょうか?」

 海未の言う通り、買い物が建前になるのは苦しい。帰りが遅くなるにしても、この店は深夜0時まで営業している。一応スクールアイドル活動は学校の部活動扱いだから、学校の下校時間までには練習を切り上げる。だから練習に参加しても買い物には問題なく行けるのだ。

「ラブライブ出場が決まって、気合も入ってるはずなのに」

 ことりがそう言うと、6人は再び店内にいるにこを探るように見る。

 「よほど大切な人が来てる、とか」と花陽が。

 「どうしても手料理を食べさせたい相手がいる、とか」と真姫が。

 「ま、まさか……」、「にこちゃんが……」と本人の知らないところで誤解が生じてくる。あくまで推測の範囲に過ぎないというのに、「だ、駄目です!」と花陽が立ち上がる。

「それはアイドルとして1番駄目なパターンです!」

 アイドルであることに拘るにこに限ってそんなことは無いだろう、と思ったところで花陽の声に気付いたにこがこちらを振り返る。

「おい」

 巧の声は届かず、こういった話に関しては鈍感な穂乃果が「え、何の話?」と。隠れ蓑にしていた段ボールを詰んだカートを店員がどかしたにも関わらず、花陽の興奮が伝播したのか凛がまくし立てる。

「μ’sメンバー矢澤にこ。練習を早退して足しげく通うマンションとは……」

 「そんなスキャンダラスな……!」と花陽の興奮もピークに達したところで、背後に停めてあったバンも走り去って隠れる居場所がなくなる。

「おい!」

 声を荒げてようやく、6人の意識が巧へと向く。

「どうしたのたっくん?」

「気付かれたぞ」

 巧が店内を指さし、それを辿った6人とにこの視線が交わる。にこは何か文句でもつけてくると思ったのだが、彼女は無言のままこちらに背を向けて店内を駆け出す。

「逃げた!」

 6人は急いで店に入るのだが、狭い店だから発見されるのは時間の問題だ。それにこうなることは予想していたから、巧は店の裏へと回る。裏には待機していた絵里がいて、丁度従業員専用の出入り口からにこが出てきたところだ。

「流石にこ。裏口から回るとはね」

 驚いて後ずさりするにこを背後に回り込んでいた希が受け止め、あまり膨らみのない胸に手を這わせている。

「さあ、大人しく訳を聞かせて」

 にこは身軽な動作で希の手から抜け出し全速力で駆け出す。希はその後を追い、絵里は巧へと顔を向ける。

「巧さん、バイクを!」

「………………」

 何でこんな事に付き合わなければならないのか。巧はその思考を止めて店の駐輪場へと向かう。オートバジンで絵里が指し示した方向へと向かい、すぐに希とその先を走るにこを見つける。にこを追い越し、摩擦音を立てて巧は道路の真ん中でバイクを停止させる。希と挟み撃ちする形になったから観念するかと思ったのだが、にこは近くの駐車場に停めてある車の間をすり抜けていく。希はすぐに追おうとしたのだが、車の隙間に入ろうとしたところで進もうとしない。

「おい、どうした?」

 オートバジンから降りて駆け寄ってみると、2台の車は接触寸前と言っていいくらいの駐車をしていて、希の体では胸が邪魔になって入れないほどだ。巧もすり抜けられそうにない。

 ほどなくして他のメンバー達が追いついてくる。希はメンバー達の胴辺りへと視線を這わせ、それは凛に向いたところで固定する。

「何か不本意だにゃー!」

 凛は不平を言いながら車の間をすり抜けていく。確かに凛は最も体型がにこに近いが、この仕打ちは女として憐れだろう。

「いないにゃー」

 車の奥から凛の声が聞こえてくる。メンバー達も肩を落とし、巧はようやくこの茶番から解放されることに安堵のため息をつく。不意に、ポケットにある携帯電話がバイブを鳴らす。巧はメンバー達から離れたところで通話モードにして、端末を耳に当てると海堂の声が聞こえてくる。

『よう乾。ちゅーか今暇か?』

「ん、ああ大丈夫だ。どうした?」

『お前に紹介したい奴がいんのよ。前に琢磨が言ってた、協力者ってやつだ』

 

 ♦

 適当な理由をつけてメンバー達と別れ、海堂に指定された待ち合わせ場所の喫茶店はバイクで5分も経たずに到着した。何か話があるとしたら大抵は海堂のマンションなのだが、今回はその協力者の都合を考えての事なのだろう。

 ドアを開けて店に入ると「いらっしゃいませ」とウェイターが迎えてくる。待ち合わせと伝えようとしたところで、モダンチックな丸テーブルの客席から「おーい、こっちこっち」と海堂が手を振ってくる。

 席についた巧の前にウェイターが水の入ったグラスとメニューを置く。巧はメニューを開くことなく、取り敢えずアイスコーヒーを注文する。

「ちゅーかお前、俺様とこうして茶飲んでるのは不味い。これ被っとけ」

 海堂はそう言って、どこかの街の探偵が愛用していそうな黒のハット帽を差し出してくる。こうして外で海堂と会うのはリスクが大きい。スマートブレインの関係者にでも見られたら海堂が裏切り者と知られてしまう。その意図を汲み取った巧は素直に帽子を受け取って目元が隠れるまで深々と被る。こんなハット帽なんて普段は被らないからどうにもぎこちない。

「こいつが協力者ってやつか?」

 巧は鋭い視線をテーブルにつく3人目の客に向ける。見たところ高校生くらいだろうか。学校帰りらしく灰色のブレザーを着ている。少年は巧の視線に少し怯えた表情を見せて海堂へと目を逸らす。「おう」と海堂は頷き、少年は巧に視線を戻し会釈する。

霧江往人(きりえゆきと)っていいます」

 こんな弱そうな奴がか、という言葉を押し留め巧は水を飲む。喉が渇いていたから一気に飲み干した。

「お前、オルフェノクか?」

 「はい……」と往人は首肯する。仲間が増えるのは心強いのだが、この少年が一体何の役に立つのか。巧は訝しげな視線を海堂に向ける。海堂は往人の肩に手を乗せてにやりと笑みを浮かべる。

「聞いて驚くなよ。往人はな、オルフェノクの命を延ばすことができるのだ!」

 「本当か!?」と巧は柄にもなく驚愕を声に出す。往人は緊張した面持ちで手をかざし、人差し指をテーブルへと向ける。その細い指先から透明な滴が現れて、指先から離れてテーブルに落ちるとそこの一点だけを濡らす。

「俺の出す水はオルフェノクの命を延ばして、力を強めることができるんです」

「海堂が俺に打った注射も………」

「ええ、俺の水です」

 「どうだ、すげえだろ?」と海堂は得意げに言う。お前の手柄じゃないだろ、と思いながらも巧は素直に感心する。オルフェノクの力は傷付けるものばかりと思っていた。往人の力はオルフェノクの中で誰よりも優しい。

「そんな大したものでもないですよ。注射器1本だと3ヶ月くらいしか延ばせませんし、それに………」

 往人は口ごもり視線を落とす。テーブルに落ちた滴はまだ乾いていない。「何だ?」と巧が促すと、往人は結んでいた口を開く。

「何度も使えば効果は無くなっていきますし、オルフェノクの本能を抑えられなくなります。乾さんはまだ1回しか使っていませんから大丈夫だと思いますけど」

 往人の言葉で巧は思い出す。ファイズとデルタのキックを受けても力尽きなかったバタフライオルフェノク。獣のように襲いかかってきたフライングフィッシュオルフェノク。首筋に注射を打って愉悦の表情を浮かべていたコックローチオルフェノク。

「お前、他のオルフェノクにもその力使ってんのか?」

「この力で、俺はスマートブレインに誘われたんです。戦うのは得意じゃないですし、これが無かったらとっくに『王』の生贄にされてましたよ」

 往人は罰が悪そうに言った。往人の力はスマートブレインの戦力増強に一役買っている。企業の中でも相応の地位を与えられても良い。それなのに、この少年はオルフェノクとしての力に溺れることなく、こうしてスマートブレインと戦う巧と海堂に協力している。

 「どうして?」と巧は尋ねる。言葉足らずだが往人は質問の意図を汲み取ってくれたらしく、答えてくれる。

「俺も、人間として生きたいんです」

 短いが、答えとしては十分だ。巧も同じ理由で同族と戦っている。だが海堂は「ちゅーか違うだろー」と往人の肩に腕を回す。

「愛しの穂乃果ちゃんを守りたいんだろ?」

 「海堂さん!」という往人の制止もきかず、海堂は愉快そうに笑う。

「こいつはな、穂乃果ちゃんに片思いしてんだよ」

 往人の顔が耳まで紅潮していく。ここまで感情が顔に出やすい者は珍しい。いや、穂乃果もすぐ顔に出るから見慣れてはいる。

 ウェイターが巧の注文したアイスコーヒーを持ってくると、「そんなことより」と往人は海堂の腕をどける。

「乾さんの体をどうにかしないと。コップ貸してください」

 言われるがままに巧は空になった水のグラスを往人へと差し出す。中には溶けかけの氷が転がっていて、往人はグラスの中へ右手の人差し指と中指を揃えて向ける。2本の指先に結露が生じ、まるで山の岩肌から染み出す湧き水のように透明な液体が流れ始める。水は心地良い音を立てて流れ、やがてグラスがいっぱいに満たされていく。溢れんばかりに注がれると水の勢いは衰え、滴を数滴垂らして流れが止まる。

「これを飲んでください」

 往人から受け取ったグラスの中身を巧は見つめる。水面に映る自分の顔が揺れている。

「これくらいの量なら、乾さんの命は長く保てるはずです」

「でも、こんなに飲んだら俺は………」

 さっき往人は言った。何度もこの水を摂取すればオルフェノクの本能を抑えきれなくなると。巧は恐怖する。忌避してきたオルフェノクとしての衝動が沸き上がってしまうことを。

「それなら大丈夫です。副作用のリスクが大きくなるのは量じゃなくて回数です」

「俺が人間を捨てずに済むとしても、どれくらい生きられるんだ?」

「それは、俺にも分かりません。これだけの水を飲んでもらうのは初めてなので。10年かもしれませんし、5年かもしれません」

 いつまで生きられるのかは分からない。でも、それは人間でも同じことだ。自分がいつ事故に遭い、病に侵されるなんて誰にも予測できることじゃない。医療が発展して1世紀近く生きることが当たり前になった現代で、自分がいつまで生きられるかなんて心配するのは贅沢だろうか。

「なに迷ってんだ。ぐっといけぐっと」

 海堂がそう言って自分のコーヒーを飲む。ため息をつき、巧はグラスの縁に唇を付けて中身を一気に咥内へと流し込む。無味無臭の水だ。こんな水で本当に命が長らえるのか。そんな疑問を抱きながら巧は水を飲み干し、食道から胃へ到達していくのを感じる。

「あまり変わった気がしないな」

 空になったグラスをテーブルに置いて、巧はそれだけ言う。ここ最近になって体から灰が零れることは増えたが、それほど多くはない。乾いた体に命の水が注ぎ込まれたからといって、それを認識するには至らない。

 「気を付けてください」と往人は言った。

「さっきも言いましたけど、俺の水はオルフェノクの力を強めます。何があっても、しばらくは絶対にオルフェノクに変身しないでください」

 

 ♦

 カフェで海堂と別れて、巧と往人は近くの公園に場所を移した。表向きは敵対関係にある2人が同じ場所に長居するのは好ましくない。話をするなら海堂のマンションにでもと思ったのだが、生憎スマートブレインの一員として行動している彼は会社に顔を出さなければならないという。

 公園では子供達が鬼ごっこをしている。オルフェノクなんて存在が世間に知られたら、親はこうして自分のいないところで子供を遊ばせることもできないだろう。

「乾さんは、高坂達を守るために戦ってるんですか?」

 ベンチに腰掛けると、往人はそう尋ねてくる。「ああ」と巧は肯定する。

「強いんですね、乾さんは。俺にそんな勇気はありません」

「そんなことねーだろ。お前だって、穂乃果を守りたいから俺を助けたんじゃないのか?」

 「成り行きですよ」と往人は苦笑する。頼りない印象だが、愛する者を守りたいという想いでスマートブレインに背く彼を巧は尊敬する。

「お前も物好きな奴だな。穂乃果なんかに惚れるなんて」

 巧がそう言うと往人はまた顔を赤くする。高校生の恋愛とはこんなにも純情なのだろうか。高校に行っていない巧には分からない。

「高坂とは同じ中学で、とにかく元気な奴でした。他の皆は園田と南がいいって言ってたんですけど、高坂の笑顔見てると元気貰えたっていうか………」

 誤魔化すように往人は頬を掻くが、まったく誤魔化しきれていない。でも、彼は穂乃果への想いで人間としての心を保ち続けているのだと思う。同時に巧は悲しみを見出す。往人の恋は報われない。もし穂乃果が往人をオルフェノクと知りながら受け入れても、2人は結ばれることができない。人間の愛の証である、子供を作ることができないのだ。

「穂乃果とは、会ってないのか?」

「はい。中学を卒業してからは一度も。俺は高校に入ってすぐオルフェノクになりましたから」

 何となく、巧はこの少年が抱えていた絶望を想像することができる。多分、オルフェノクになった者の多くが最初は同じ絶望を味わうのだと思う。絶望から怪物になるか、それでも人間であろうとするかは当人次第だ。

「お前は、何でオルフェノクに?」

 何となく気になって、巧は尋ねる。

「オルフェノクに襲われたんです。乾さんからファイズのベルトを奪った人でした」

 巧はしばし逡巡を挟み、コンドルオルフェノクのことを思い出す。皮肉なものだ。自分を殺した者が後の仲間になるなんて。

 「そういえば」と往人は空を眺めて。

「俺が殺されたとき、一緒に襲われたなかでもうひとりオルフェノクになった人がいました。確か、花みたいなオルフェノクで………」

「花………?」

 巧が質問を重ねようとしたところで、公園に歓声が沸く。往人と同時に視線を向けると、砂場の近くでピエロがボールジャグリングを披露している。何でもない光景だが、往人は目を剥いて「あれは……」と立ち上がりピエロを凝視している。

「スマートブレインのオルフェノクです!」

 往人が叫ぶと、聞こえたのかピエロはジャグリングのボールを無造作に投げ捨て、子供達のブーイングを無視して歩き出す。その真っ白にメイクされた顔に黒い筋が浮かび、キノコの傘を頭に被ったオルフェノクへと変身する。

 巧はベンチの脇に置いたケースを開き、ベルトを腰に巻いてフォンを開く。

 5・5・5。ENTER。

『Standing by』

「変身!」

『Complete』

 スーツを身にまとったファイズの隣で、往人もオルフェノクに変身する。クジラのようなオルフェノクだ。

 「よせ」と駆けだそうとしたホエールオルフェノクをファイズは引き留める。

「お前が戦ったらやばいだろ」

 ファイズはそう言って駆け出す。蜘蛛の子を散らすように逃げる子供達には目もくれず、右手に身の丈ほどの棍棒を出現させたトードスツールオルフェノクの顔面に拳を見舞う。かすかによろけたトードスツールオルフェノクはすぐに体勢を立て直し、ファイズの追撃を棍棒で防ぐと流れるように腹を突いてくる。

 かなり強烈な一撃だった。腹がまだ痛みながら、ファイズは追撃の棍棒を跳躍して避ける。公園の入口近くに停めておいたオートバジンの横で着地し、ハンドルにミッションメモリーを挿入する。

『Ready』

 車体から引き抜くと同時に赤い刀身を光らせるエッジを携え、ファイズは迫ってくるトードスツールオルフェノクにエッジを振る。だが直撃はせず、棍棒に防がれた際に生じたスパークを散らし、立て続けに剣を振り続ける。鍔迫り合いに持ち込み、互いの力が拮抗しているところでファイズはトードスツールオルフェノクの腹に蹴りを入れた。蹴り飛ばされたトードスツールオルフェノクは地面に伏して、ファイズはフォンのENTERキーを押す。

『Exceed Charge』

 エネルギーがフォトンストリームを通じて右手のエッジへと充填される。

「はあっ!」

 咆哮と共にファイズはエッジを地面に薙ぐ。赤いエネルギーの波が地面を走り、トードスツールオルフェノクへ向かっていくが、目標へ到達しようとしたところで棍棒によってエネルギーが薙ぎ払われる。

 ファイズはそれでも止まらずに駆け出す。トードスツールオルフェノクも駆け出し、十分に間合いを詰めると両者は武器を振り下ろす。拮抗し生き場のないエネルギーが爆発を起こし、両者の体が対称に吹き飛ばされる。

 地面を転がるファイズのベルトからフォンが落ちた。変身信号が途絶え、スーツが分解されて巧の姿に戻る。

「乾さん!」

 駆け寄ってきた往人は巧の肩を支えてくれる。公園を見渡すも、トードスツールオルフェノクの姿は見えない。さっきまで子供達がいた公園は不気味なほど静かだ。

 「悪いな」と言って巧は立ち上がり腰からベルトを外す。近くに落ちているフォンと刃が消えたハンドルを拾い上げ、ハンドルは車体に接続する。

「あいつ、また来ると思うか?」

 ベルトをケースに納めながら、巧は往人に尋ねる。

「多分、そうなったら海堂さんと琢磨さんから連絡が来ると思います」

 「そうか」と言いながらも、巧は何かが引っかかる。A-RISEのライブに現れたアネモネオルフェノクの襲撃は、海堂と琢磨から聞いていない。スマートブレインがオルフェノクを差し向けるときは、2人から必ず連絡が来るはずだ。奴はスマートブレインの手先ではなく、ただ己の衝動に任せて人を襲っているのか。

 「乾さん」と往人は巧を見据える。

「μ’sのこと、お願いします。俺にできることがあるなら、協力するので」

「ああ」

 巧はそう言って頷く。でも、彼女らを守り切ることが本当にできるのか確証がない。「王」とロブスターオルフェノク。この2つの敵を倒す術が見つからない今、それは儚い夢のように指先から零れていきそうなものだった。

 公園を去っていく往人を見送った巧はオートバジンのシートに跨る。ヘルメットを被ろうとしたところで、ヘッドライトの影からその少女は顔を覗かせた。まだ10歳前後だろうか。ヘルメットを持つ手を止めた巧はしばらく無言のまま少女と視線を交わし、「おい」と短く言う。

「危ねえぞ」

「お兄ちゃん、さっき変身してたでしょ?」

「さあな」

「うっそだー! あたし見てたもん」

 とんだ災難だ、と巧は眉間にしわを寄せるも、少女は臆すことなくシート横へと回ってギアケースに手をかける。

「おい触んなよ」

「ねえ、もう1回変身してよ!」

「やだね」

「えー? してよ変身!」

 駄々をこねて泣かれると面倒だ。そう思った巧は「分かった分かった」と言う。

「ここじゃ騒ぎになるから、お前の家で変身してやる」

「本当?」

「ああ、家まで案内してくれ」

 当然、嘘だ。家に送り届けたら早く帰ろうと考えながら、巧はリアシートにケースと一緒に括り付けておいたヘルメットを少女の小さな頭に被せる。

「あたし、ココア」

 リアシートに乗せるとき、少女は元気に名乗る。巧はため息をつきながら、オートバジンのエンジンをかけた。走り出すと、バイクに乗るのが初めてなのか、ココアは興奮してリアシートでじたばたとはしゃいだ。

「じっとしてろっつの!」

 巧の注意は何の効果も持たず、転げ落ちないかとひやひやしながら案内通りにバイクを走らせる。子供の行動範囲はそう広くはなく、ココアの家であるマンションにはすぐに着いた。

「皆にも見せようっと」

 エレベーターの中で、ココアはうきうきとした様子で言う。まあ、部屋に着いたら玄関先でおさらばだろう。ベルトで変身するなんて親は信じまい。

 目的の階に着いて、エレベーターから出ると同時に足音が聞こえてくる。すぐに廊下の角から音ノ木坂学院の制服を着た少女が飛び出してくる。

「にこ?」

 突然にこが現れたことも驚きなのだが、更に驚くことにココアは「お姉ちゃん!」とにこに抱きつく。

「ココア……、と巧さん!?」

 状況を把握する前に、続けて廊下の角からμ’sメンバー達が出てくる。まさか、あれからまだにこの追跡を続けていたというのか。

「どうしたの? そんなに急いで」

 ココアの質問に「ちょ、ちょっとね……」とにこは言葉を濁す。ココアを指差して凛が言う。

「もうひとり妹がいたんだにゃ。ってあれ、巧さん?」

 ココアはきょとんとした顔でにこの顔を見上げている。にこはメンバー達へと振り返り、次に巧へと視線を移す。

 その顔は笑っていたが、明らかに感情の伴っていない笑みだった。

 

 ♦

「大変申し訳ありません。わたくし矢澤にこ、嘘をついておりました」

 メンバー達と巧に囲まれたにこはそう述べて、居間のテーブルに顔を埋める。事情を聞いてみると、街でにこのもうひとりの妹であるココロと遭遇し家が分かった。そこでにこが妹達に他のメンバーはバックダンサーと嘘を吹き込んでいることが分かり、今に至る。

 家に上がる際、壁に貼られたスクールアイドル専門店で販売されているポスターを見たのだが、どれもセンターの顔がにこに差し替えられていた。パソコンを使えばそれくらいの合成は可能だが、何しろ体型が全く異なるのだからすぐに分かる。

 こんな虚しい嘘をつき通す暇があるなら他に努力すべきことがあるだろうに。巧がそう思っていると、「ちゃんと頭を上げて説明しなさい」と絵里が腰に手を当てて言い放つ。ソファに腰掛ける巧は隣にいる穂乃果に小声で尋ねる。

「なあ、俺帰ってもいいか?」

「駄目だよ。たっくんも付き合ってよ」

 その必要はあるのか、と巧は疑問を抱く。メンバー達、とりわけ絵里、海未、真姫の3人はにこが自分達をバックダンサーと偽っていたことに相当腹を立てているようで、この場に巧がいることに何の違和感も抱いていない、というよりどうでもいいらしい。

 にこは罰が悪そうなぎこちない笑みを浮かべた顔を上げ、メンバー達を見渡す。

「い、嫌だなあ、皆怖い顔して。アイドルは笑顔が大切でしょ? さあ皆でご一緒に、にっこにっこ――」

「にこっち」

 酷くフラットな声色で希に呼ばれ、にこは決めポーズの動きを止める。

「ふざけてて、ええんかな?」

 笑みを浮かべながら希はタロットカードを見せる。何を暗示するカードなのかは分からないが、牽制には大きく役立ったようでにこは「はい……」と再び頭を垂れる。

 事情を説明する場を、にこは居間からダイニングへと移した。こっちの方が、弟妹達が目に届くという。隣の部屋ではココロとココアの妹2人が、弟で末っ子の虎太郎と一緒にミニサイズのもぐら叩きで遊んでいる。

 渋々といった様子で、にこは両親が2週間ほど出張で家を空けるから弟妹達のお守りを頼まれたことを説明した。

「ちゃんと言ってくれればいいのに」

 穂乃果はにこの事情に理解を示すが、隣に座る海未はまだ納得がいかないらしく、憮然とした表情を緩めない。

「それよりどうしてわたし達がバックダンサーということになっているんですか?」

 「そうね」と絵里が続く。

「むしろ問題はそっちよ」

 別にどうでもよくないか。

 その言葉を巧は内に留める。にこへの怒りが自分に飛び火しそうだ。ココアも変身するところ見せるという約束を忘れてくれているようだし、思い出さないうちに早く帰りたい。

「にっこにっ――」

 「それは禁止やよ」と、往生際悪く誤魔化そうとするにこを希が制止する。

「さあ、ちゃんと話してください」

 海未が促すと、にこは逡巡を挟んで短く告げる。

「元からよ」

 「元から?」とことりが聞く。隣の部屋から聞こえていたピコピコハンマーの音が止んだから何かと巧が視線をくべると、台から飛んだもぐらをココロが回収して戻しているところだった。

「そ、家では元からそういうことになってるの」

 にこはもぐら叩きを再開する弟妹達へと向く。

「別に、わたしの家でわたしがどう言おうが勝手でしょ」

 「でも……」と穂乃果は続きの言葉を途切れさせる。見栄っ張りなにこだから分からなくはないが、何故μ’sとしてではなくひとりのアイドルとしての自分を家族に見せようとするのか。

「お願い、今日は帰って」

 にこは弟妹達の方を向いたまま、何の感情も乗せずに言う。言い返せる者はなく、メンバー達は「お邪魔しました」と居室から出ていく。巧のその後に続こうと思ったのだが、「待って」とにこに引き留められた。

「あんたは残って。お茶ぐらい出してあげるわよ」

 まさか本当に弟妹達に変身するところを見せなきゃならないのか。そう身構えたのだが杞憂だったようで、にこはぬるま湯で淹れたお茶を出してくれる。

 テーブルの向かいに座るにこは巧に尋ねる。

「何で、ココアと一緒にいたの?」

「オルフェノクと戦ってるとこを見られてな」

「そうなんだ。ありがとね。妹助けてくれて」

「礼を言われることじゃないさ。逃がしたからまた襲ってくるかもしれない」

 「そう………」とにこは自分のお茶をすする。巧もお茶をすすった。猫舌の巧でも飲めるくらいまでお茶は冷めている。

「皆にはああ言ったけど、わたしだって悪いとは思ってるわよ」

「何でそこまで見栄張るんだ? お前もうれっきとしたアイドルだろ」

 にこは湯呑みのお茶へと視線を下ろす。

「あの子達の前では、わたしはスーパーアイドルじゃないといけないのよ」

「家族だろ? 隠すことでもねーだろうが。穂乃果なんて家じゃずっとだらだらしてるぞ」

 「家族だからこそよ」とにこは少しだけ声を荒げる。姉の様子に気付かない弟妹達はもぐら叩きを続けている。

「わたしがμ’sの前にスクールアイドルやってた頃、アイドルになったって話したらあの子達すごく喜んでくれたのよ。誰よりも応援してくれたし、わたしの1番のファン。アイドルとして、ファンをがっかりさせるのは1番駄目なのよ」

 巧は思い出す。アイドル研究部は元々にこが設立した部だった。最初は部員が5人いたが、時期を経ていくうちに、にこひとりになってしまった。

 アイドルになるという夢を一度叶えながら、その夢は長く続かなかった。でもそれを弟妹達に言うことはできない。だからアイドルという嘘を通し続け、μ’sが始まってもその嘘から抜け出せずにいる。

「後に引けなくなったってことか」

「そ。誰だって家族とか友達とかに心配かけたくないじゃない。あんただってそうじゃないの?」

 図星だった。巧は真理と啓太郎に心配をかけさせまいと家を出た。μ’sの面々にもスマートブレインに狙われていることを話せずにいる。

「あんた嘘が下手なのよ。何か隠してるってバレバレ」

「お前だって似たようなもんだろうが。まあ、心配かけたくないってのは分かるけどな」

 巧がそう言うと、にこはふっと笑みを零す。

「とにかくわたしの夢は、わたしだけのものじゃないってこと。本当のこと知ったら、あの子達の夢が壊れるもん」

「μ’sとしてのお前は恥ずかしいもんなのか?」

 「全然」とにこはかぶりを振る。

「むしろ、あの8人と一緒にやれて良かったと思ってる。ライブで歌って踊ってるときが楽しくて、わたし本当にアイドルになれたんだって思った」

 そう話すにこは本当に嬉しそうだ。多分、にこの憂鬱は家族に嘘をつき続けていることへの罪悪感だけではないのかもしれない。1番のファンである彼らにμ’sメンバーとしての自分を、ライブを見せられないことが本当に辛いことなのかもしれない。

 にこはどこまでも正直だ。自分には絶対に嘘をつかない。でも、その嘘を家族へと転嫁させてしまった。

「ったく、お前本当に馬鹿だな」

 お茶を飲み干した巧は面倒臭そうに言う。「なっ」と睨むにこに、巧は弟妹達をあごで指す。

「恥ずかしくないなら堂々とあいつらに見せてやりゃ良いじゃねーか。誰が1番とか、そういうのが無いのがμ’sなんだろ。皆でナンバーワンで、お前はそのグループのひとりってことで十分だと思うぜ」

 「皆で……」とにこは反芻する。そして寂しげな笑みを浮かべて、独り言のように呟いた。

「もっと早く、μ’sでいれたら良かったのにね………」

 

 ♦

 にこが練習を欠席してから、はや2週間が経とうとしている。メンバー達は特に不満を漏らさなかった。家庭の事情ならば仕方ない。だから、メンバー達はにこのいない期間で着々と準備を進めていた。勿論、本人には内緒で。言ったら「余計なことしないでよ」と憎まれ口を叩かれそうだ。

 巧はにこの懊悩をメンバー達に話すべきか迷ったが、その必要はなかった。メンバー達も巧と同じことを考えていたからだ。だから、にこのための計画はまるで必然のようにメンバー達の間で持ち上がった。

「にーこちゃん」

 放課後、他の生徒に混ざって校門を過ぎようとするにこに、待ち伏せていた穂乃果が声をかける。にこは一瞬だけ拍子抜けした顔をするも、すぐに憮然とした表情を浮かべて穂乃果と隣に立つ巧を睨む。

「練習なら出られないって――」

 最後まで言い切らずにこは短い悲鳴をあげる。巧の影に隠れていた弟妹達がひょこっと飛び出してきたのだ。

「お姉さま」

「お姉ちゃん」

「がっこう」

 「何で連れてきてるのよ!」とにこは抗議する。巧は弟妹達を指差して。

「こいつらが見たいんだとさ」

 「何を?」とにこは尋ねる。すると穂乃果は待ってましたと言うように笑みを浮かべる。

「にこちゃんのステージ」

 「ステージ?」と反芻するにこの手を穂乃果が引いて、校舎へと連れ戻していく。その後を弟妹達は追いかける。

 「あれ」と穂乃果は校門の傍から動こうとしない巧へと振り返る。

「たっくん、どうしたの?」

「後で行く。準備しとけ」

 穂乃果はしばし目を丸くしたまま巧を見つめるも、「うん」と再びにこの手を引いて校舎へと入っていった。

 しばらくの間、校門の傍に停めておいたオートバジンのシートでくつろいでいるうちに、下校する生徒もまばらになっていく。ほぼ無人と言っていい校門の前に、それは不規則なステップを踏みながらやって来る。

「おい、お前はお呼びじゃねえぞ」

 巧は校門を潜ろうとするピエロを呼び止める。彼が来ることは、琢磨から連絡を受けた3日前から分かっていた。

 巧は既にケースから出しておいたベルトを腰に巻く。おどけた笑みを浮かべていたピエロは無表情になり、不気味なメイクを施した顔面に筋を浮かべてトードスツールオルフェノクに変身する。

「ガキが楽しみにしてたライブだ。邪魔するもんじゃないぜ」

 巧はフォンにコードを入力した。

 5・5・5。ENTER。

『Standing by』

「変身!」

『Complete』

 変身時の光が収まると同時にファイズは駆け出す。トードスツールオルフェノクの振り下ろす棍棒を避け、その顔面に拳を打つ。敵がよろけると肩を掴み、腹を膝で蹴り上げる。「ごほっ」という声をあげてトードスツールオルフェノクが地面を転がる。気だるげに手首を振り、敵へと歩くファイズの首に灰色のつるが巻き付く。

 つるに手をかけたファイズの視界にもう1体のオルフェノクが入り込んでくる。体の節々に花を咲かせたアネモネオルフェノクが、ファイズの腹に拳を打ってくる。立ち上がったトードスツールオルフェノクも棍棒を突いてきて、後ろへと飛ばされた際の衝撃で首のつるが千切れる。

 倒れたファイズの背後から機械の駆動音が聞こえる。それが何かを悟り、ファイズは横へと飛んだ。直後にフルオートの発砲音が響き、2体のオルフェノクの体に銃創が刻み込まれる。

 バトルモードに変形したオートバジンはアスファルトを踏み鳴らし、アネモネオルフェノクへと向かって、強力な油圧システムによってもたらされるパワーで拳を見舞っていく。

 立ち上がったファイズは手首を振り、トードスツールオルフェノクの胸を蹴った。灰色の体が道路を挟んだ階段下へと落ちていき、階段の縁に立ったファイズはポインターにミッションメモリーを挿入する。

『Ready』

 ポインターを右脚に装着すると、オートバジンに突き飛ばされたアネモネオルフェノクも階段の下へと落ちた。オートバジンはホバリングして敵を追い、ファイズはフォンのENTERキーを押す。

『Exceed Charge』

 ツールへのエネルギー充填が完了し、ファイズは跳躍する。標的へ向けた右脚のポインターから赤いフォトンブラッドのマーカーが発射され、棍棒を構えたトードスツールオルフェノクを捉える。

 ファイズはクリムゾンスマッシュを繰り出す。赤いエネルギーと一体になってキックを叩き込むも、トードスツールオルフェノクの棍棒によって阻まれる。力の衝突で押し負けたのはファイズの方だった。トードスツールオルフェノクの棍棒がエネルギーを薙ぎ払い、ファイズの体が宙に飛ばされる。

 安定しない視界のなかで、アネモネオルフェノクと戦っていたオートバジンが肩のハンドルを抜いてファイズへと投げる。ハンドルは正確な投擲で右手に収まり、ファイズは右脚に付いたままのポインターからミッションメモリーを抜いてハンドルへと移す。『Ready』という電子音と共にフォトンブラッドが刀身を形成すると、上昇していたファイズの体が落下を始める。

『Exceed Charge』

 フォンのENTERキーを押したファイズはエッジを振りかざす。落下の先ではトードスツールオルフェノクが攻撃に備えて、クリムゾンスマッシュの威力で亀裂が生じた棍棒をかざしている。

「はああああっ!」

 着地点に到達すると同時に、ファイズはエッジを叩き付けるように振り下ろした。防御に用いられた棍棒は疲弊のためにエッジが触れた中腹が砕かれて、勢いを衰えさせないままエッジはトードスツールオルフェノクの頭から股までを切り裂く。体を左右に分断されたトードスツールオルフェノクの体は青い炎を燃やし、地面に倒れると同時に灰となって崩れ落ちた。

 ファイズはエッジを構え直して駆け出す。オートバジンに顔面を殴られ、バランスを崩してよろけるアネモネオルフェノクの腹をエッジで一閃する。腹を抱えながらアネモネオルフェノクは倒れて、変身する力を消耗したのか人間の姿になる。

「なっ!?」

 ファイズは思わず声をあげる。エッジを振りかざす右手を静止させ、アネモネオルフェノクだった少女を凝視する。

 白を基調とした制服を着た少女は、顔に垂れた髪の間から怯えた目をこちらに向ける。

「森内……、何でお前が………?」

 丸腰の敵に近付こうとするオートバジンを阻み、ファイズは彩子に問う。

「お願い……、殺さないでください………」

 彩子の目尻から涙が零れる。ファイズはエッジから抜いたミッションメモリーをフォンに戻し、変身を解除する。

「何で、A-RISEのライブを襲った?」

女王様(クイーン)の命令だったんです。わたし、本当はこんなことしたくない………」

 彩子は地面に顔を埋めて嗚咽を漏らす。何を聞いても答えられそうにない。巧はオートバジンの胸部にあるスイッチを押してビークルモードに移行させる。

「今すぐどっか行け。お前が人間だっていうなら見逃してやる」

 巧は冷たく言い放つ。彩子は何の反応も示さず、ただ泣き続けている。

「わたし、アイドルになりたかっただけなのに………」

 巧が校舎の方向へ歩き出すと、背後から彩子の声が嗚咽交じりに聞こえてくる。彼女を倒すべきか、生かすべきか。その問いを自分自身に向けながら、答えを出しあぐねる。

 勝手なものだ。命の生き死にを取捨選択するなんて。

 階段を上りながら、巧はそう自嘲した。

 

 ♦

 巧が屋上へ出る扉の前に着く頃には、丁度ライブの開始直前だった。衣装に着替えたにこを、絵里と希が嬉しそうに見つめている。ピンクを基調として、リボンやフリルをふんだんにあしらった衣装だ。

「にこにぴったりの衣装を、わたしと希で考えてみたの」

「やっぱりにこっちには、可愛い衣装がよく似合う」

 絵里と希は口々に絶賛する。衣装のデザインに慣れていない2人が、ことり監修のもと意見を出し合って完成した衣装だ。にこのソロライブ開催を決めたとき、最初はいつも通り衣装はことりが作る予定だったのだが、その役目を今回は2人が名乗り出た。にこと同学年の2人は、にこがひとり奮闘していた時期を知っている。だから、今回ばかりは彼女のために何かしてやりたかったのだろう。

 希は優しい笑みをにこに向ける。

「スーパーアイドル、にこちゃん」

 「希……」と困惑気味に言うにこに、絵里が扉を手で指す。

「いま扉の向こうには、あなたひとりだけのライブを心待ちにしている最高のファンがいるわ」

 「絵里……」と呼ぶにこに、絵里も希と同じように優しい笑みを向ける。

「さあ、みんな待ってるわよ」

 絵里が促すも、にこはマイクを両手で握ったまま動こうとしない。

「何しけた面してんだよ」

 頭を乱暴に掻きながら巧は言う。

「お前スーパーアイドルなんだろ。にこにこ笑ってりゃいいんだよ笑ってりゃ」

 巧の物言いに、にこはいつもの強気な表情を浮かべて「ふん」と鼻を鳴らす。

「分かったわよ。スーパーアイドルにこちゃんの、スーパーライブ見せてあげるんだから」

 そう言うとにこは小悪魔的に笑い、扉を開けて四角く切り取られた光へと歩いていく。希と絵里、そして巧もそれに続いた。

 用務員と生徒達が手伝ってくれたこともあり、屋上にはなかなか見栄えのあるステージが完成した。装飾は宇宙をテーマにしたようで、惑星や流星の形に切り取られたパネルが貼られている。屋上全体に散りばめられた色とりどりの風船は、星々をイメージさせる。

「ここが、お姉さまのステージ?」

 ビニールシートの上で行儀よく座るココロがそう言う。「誰もいなーい」と、ココアが自分達と巧しかいない屋上を見渡している。

「ほら、始まるぞ」

 巧がそう言うと、弟妹達はステージへと視線を向ける。垂れ幕の奥からにこが出てきて、続けて制服姿の他のメンバー達が一歩引いて1列に並ぶ。

「あいどる……」

 衣装に身を包んだ姉を見て、虎太郎が呟く。

「ココロ、ココア、虎太郎。歌う前に話があるの」

 「え?」と3人は揃って声をあげる。

「実はね、スーパーアイドルにこは今日でお終いなの」

 にこが吹っ切れたように言うと、3人は「えええ!?」と惜しんでいる。

「アイドル、やめちゃうの?」

 ココロが聞くと、にこは「ううん」とかぶりを振る。

「やめないよ。これからは、ここにいるμ’sのメンバーとアイドルをやっていくの」

「でも皆さんは、アイドルを目指しているバックダンサーじゃ……」

 ココロは他のメンバー達を見渡す。にこは少し罰が悪そうに笑った。

「そう思ってた。けど違ったの。これからは、もっと新しい自分に変わっていきたい。この9人でいられるときが、1番輝けるの。ひとりでいるときよりもずっと、ずっと」

 弟妹達の前では、にこはスーパーアイドル。その嘘を幼い彼等に明かすことはできない。でもだからといって、全てが嘘というわけではないのだ。にこはアイドルで、ステージに立つ彼女は輝ける。それは紛れもない本物だし、輝く彼女の姿は弟妹達の夢を守り続ける。

「いまのわたしの夢は、宇宙ナンバーワンアイドルにこちゃんとして、宇宙ナンバーワンユニットμ’sと一緒により輝いていくこと。それが1番大切な夢、わたしのやりたいことなの」

 「お姉さま……」とココロは呟く。姉がマスコミに追われているとか、普段は事務所が用意したウォーターフロントのマンションに住んでいるという嘘を信じ切っている彼女は、その理想をメンバー全員にも求めてしまいそうだ。もしかしたら、マネージャーである巧にも飛び火するかもしれない。

 そんなことを想像した巧は思わず笑みを零す。姉が姉なら妹も妹ということか。

 にこ以外のメンバー達はステージから降りていく。ここからは、にこひとりのステージだ。

「だから、これはわたしがひとりで歌う最後の曲」

 曲のイントロが流れ始める。海未が詞を、真姫が曲を手掛け、にこのために用意した曲が。

 にこは宇宙ナンバーワンと呼ぶに相応しい満面の笑顔を観客に向けて、決めポーズを取った。

「にっこにっこにー!」




 今回は久々にたっくんがギャルゲー主人公っぽい回になりました。多分しばらくはたっくんが今回みたいな役回りになります。

 今回登場したホエールオルフェノクこと霧江往人のモデルは、『仮面ライダーBLACK』に登場したクジラ怪人です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。