ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 タイトルは前がラブライブ!で後が555という構成です。


第1話 仮面の戦士!? / 新しい旅路

 高坂雪穂(こうさかゆきほ)は朝から機嫌が悪い。まだ寝ている時間に突然叩き起こされて、家の前に倒れていたという見知らぬ男の介抱を手伝わされた。救急車を呼ぶのが一番なのだが、眠っていたはずの男はうわ言のように「救急車はいい」と言うものだから、仕方なく家に入れた。

 救急車を拒むなんて怪しすぎる。保険証を持っていないから治療費が高くつくとか、そんなもの命が懸かっていれば関係ないだろう。見たところ男は成人しているようだ。病院が怖いなんて子供みたいなことは言わないだろう。両親も姉も何を考えているのか。こんな怪しい男の面倒を見るなんて。

 とはいえ倒れていた人間を見捨てるような冷淡さを雪穂は持ち合わせていない。雪穂が言われるまま介抱したおかげで、男は昼頃にようやく起き上がれるようになった。介抱といっても布団に寝かせて体を温めただけだが。男は低体温症を起こしていたらしい。もう3月に入ったが、まだ夜と朝方は冷える。

 雪穂と両親はゆっくりと上体を起こした男を見守る。見れば見るほど怪しい男だ。肩まで伸びた茶色の髪は軽そうな印象だが、それに反して目つきが悪い。しかも、この男のコートを脱がせたとき、なぜか服に灰がこびり付いていた。父のパジャマに着替えさせると母が言ったのだが、それを雪穂は拒否した。男の服を脱がせるのはどうにも羞恥が拭えない。だからその役目は辞書に羞恥という言葉が載っていない姉に任せた。せっかくの日曜日が最悪だ。友人と遊びに行く約束をしていたのに。受験生なのだから束の間の自由を満喫させてほしい。

 男の顔を見る度に雪穂の神経が逆撫でされていく。母が温まるようにと生姜茶を淹れてくれたのだが、受け取った男はなかなか飲もうとしない。もう何分も湯呑みに息を吹きかけている。男も雪穂達の視線が気になったのか、ようやく湯呑みを啜る。だがまだ熱いらしく、再び息を吹きかける。

 この人もしかして猫舌なんじゃない、と雪穂は思う。猫舌としてもかなり重症だ。せっかく体を温めようと母が淹れてくれたのに、冷ましてしまっては気遣いが台無しだ。人の厚意を何だと思っているのか。

「助けてもらって、ありがとうございます」

 すっかり冷めきったお茶を飲んだ男はようやく頭を下げて言った。そう、その言葉をまず言うべきだ。だが男は憮然とした顔をしていて、感謝の気持ちが全く感じられない。雪穂の苛立ちに反して母親は嬉しそうだ。

「お礼ならこの子に言って。ずっとあなたのこと見てくれていたのよ」

 男は雪穂へと視線を移す。

「ありがとな」

「わたしじゃなくてお姉ちゃんに言ってください。あなたを見つけたのはお姉ちゃんです」

 雪穂は強気に言う。何となく、この男に臆してしまうのは屈辱だ。

「お前の姉ちゃんは?」

「上の娘なら薬局に行かせたわ。栄養剤とか買っておこうと思って」

「いや、大丈夫っす。すぐ出てくんで」

 男はそう言って立ち上がる。母はそれを止めようとしているが、雪穂はそのまま行かせればいいのにと思う。本人がそう言っているのだから。

「たっだいまー」

 そんな意気揚々とした声が玄関から聞こえてくる。すぐに居間の障子が開けられて、薬局のビニール袋を持った雪穂の姉の穂乃果(ほのか)が入ってくる。

「あ、元気になったんですね。良かったあ」

 穂乃果が嬉しそうに言う。いや、まずはこの状況に疑問を持って、と雪穂は呆れる。いま男は母に組み付かれているのだ。

「それで、2人とも何してるの?」

 穂乃果がようやく状況のおかしさに気付く。男は母の腕をどける。

「あんたが俺を助けてくれたのか?」

「助けたっていうより、お店の前に倒れてるの見つけただけですけど」

「ありがとな。そんじゃ」

 それだけ言うと男はパジャマを脱ぎ始める。「ちょっと」と雪穂は狼狽する。男の裸を見るのは照れる。年頃の少女がいるのだから少しは気遣ってほしい。穂乃果がボタンを外す男の手を掴む。

「そんじゃって、まだ休んでないと駄目ですよ!」

「もう大丈夫だ。いつまでもここにいるわけにはいかねえだろ」

「でも――」

「………お前」

 状況をただ傍観していただけの父が固い口を開いた。父が家族以外に話しかける姿を雪穂は初めて見た。いつもお客や業者の対応は母がしていた。穂乃果も驚いているらしく、目を丸くして父を見つめている。

「金はあるのか?」

「それは………」

「バイクもガス欠だろう。無一文で旅を続けるつもりか?」

 男は黙り込む。目つきの悪さは父といい勝負かもしれない。まさか、と雪穂は父の言おうとしていることに気付いてしまう。母が父の意向を代弁する。

「そうよ。まだ体も万全じゃないんだから、しばらくうちにいたほうが良いわ」

「ちょっとお母さん!」

 雪穂は噛み付くように言う。こんな怪しい男としばらく一緒に暮らすなんて許容できない。

「それがいいよ!」

 続きの言葉を言おうとしたが穂乃果に遮られる。

「うちお店やってるし、住み込みでバイトすればお金貯められますよ。ええと……、名前聞いてなかった」

 そうだ。そういえばこの男は名前を言っていない。まずはお礼と名前を言うべきだ。雪穂の男に対する印象がますます悪くなっていく。

 男は答えた。

乾巧(いぬいたくみ)だ」

 

 ♦

「あら、新しいバイトさん?」

 客の老婆が巧を見てそう言ってくる。

「ええ、やっぱり家族でやっていくのも大変で雇うことにしたんです」

 接客は高坂母に任せて、巧は老婆に会釈するとそそくさと売り場から出ていく。

 高坂家は「穂むら」という和菓子屋を経営している。ほぼ無一文なため、巧は住み込みのバイトとして高坂家で暮らす事になった。ただ居候させてもらうわけにいかず、助けてくれた恩返しも理由に入っている。バイトといっても、啓太郎のクリーニング屋ほどハードなものではない。商品の補充や店の掃除といった雑用が主な業務だ。これなら不器用な巧でもこなせる。

「おやっさん」

 厨房に入った巧は作務衣を着た高坂父を呼ぶ。呼んでもこの寡黙な職人は返事などしない。神経の太さに自信のある巧でも不気味に思ったが、3日くらいで慣れた。

「新しい饅頭できてます?」

 巧がそう聞くと、高坂父はあんこを成形していた手を止めて無言のままテーブルを指差す。テーブルの上には何重にも重なった正方形のせいろが置かれている。

 蓋の空いたせいろには蒸し上がった饅頭が綺麗に並べられている。既に十分冷めているようで、これなら手の皮が薄い巧でも触れることができる。

「包装しますよ」

 巧がそう言っても高坂父は何も言わない。無言がイエスだということは高坂母から聞いた。巧は薄いゴム手袋をはめて包装作業を始める。初めてこの作業をしたとき、素手で触ろうとしたら「触るな」と怒鳴られた。無口だが自分の作る商品に強いこだわりがあるようだ。流石に巧もそのときは驚いた。

 饅頭ひとつひとつをビニールのフィルムに包んでいく。ばらで売るのと箱詰めと分けて、できるだけ丁寧に、柔らかい生地の形を崩さないよう扱う。ぞんざいに扱えば、この体格の良い職人に殴られそうだ。今のところ彼が暴力を振るうところを見たことはないが。一応、恩義もある。巧を引き留めて家に置くよう話を振ってくれたのはこのぶっきらぼうな父親だ。

「……ひとつ食ってみろ」

 呟くように高坂父がそう言った。あまりにも小さな声だから「え?」と巧は聞き返したが、高坂父は2度目を言わない。

「じゃあ、いただきます」

 巧は恐る恐る包装しようとした饅頭を一口かじる。

「……美味い」

 自然とその言葉が出た。巧は嘘を言わない。この豪快な見た目をした中年男が作ったとは思えない繊細な甘味と素材の深みが口内を満たしていく。高坂父は無言のまま作業を続けている。

 包装作業を終えた巧は箱を抱えて厨房を出た。売り場に行くと「ありがとうございました」と客を見送った高坂母が含みのある笑みを向けてくる。

「お父さんのお饅頭、食べた?」

「ええ、美味かったっす。すごく」

 「良かった」と高坂母は嬉しそうに言った。

「お父さん、巧君にうちのお饅頭食べて欲しがってたから、きっと喜んでるわ」

「そんなこと言ってたんすか」

「ううん、勘よ。何も言わないけど分かるわ。お父さん、巧君がうちで働いてくれて喜んでるわよ。私も嬉しいわ。何だか息子ができたみたいで新鮮ね。うち子供は女の子だけだから」

 高坂母は巧が持ってきた箱を開ける。中に詰められた饅頭を見て、また嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべる。

「綺麗に詰めてくれてありがとう。こういうのって人柄出るから、巧君が良い人だって分かるわ」

「俺はそんな――」

「あまり自分を卑下しちゃだめ」

 高坂母はかぶりを振る。

「巧君は、もっと自分に自信を持つべきよ」

 巧は何も答えることができなかった。家に住まわせてもらいながら、巧の態度はあまり良いものではない。いつも憮然としているし、バイト中でも客に愛想笑いすらしない。本来ならクビにされてもいいはずだ。これまでたくさんのバイトをしてきたが、接客業は巧の態度に客が腹を立てて解雇されるのがほぼお約束だった。

 だから今、巧は自分に向けられた好意に戸惑っているのだ。いつだって、最初に向けられてくるのは敵意や嫌悪だったのだから。

 巧は胸の辺りにもやのようなものを感じながら、箱を商品棚に並べた。

 客足も遠のいてきた夕方18時に店の暖簾を下げて店内に置く。

「巧君、今日もお疲れ様」

「お先っす」

 巧はエプロンを脱いで居間に上がる。既に学校から帰宅していた穂乃果と雪穂がテレビを観てくつろいでいる。

「あ、乾さんお疲れ様」

「……お疲れ様です」

 姉妹は対照的な顔を見せる。穂乃果は笑顔を、雪穂は訝しげな顔を。

「ああ」

 それだけ言って巧は座ってテーブルに肘をつく。テレビは夕方のニュースを伝えている。有名なカフェの特集だの、流行のファッションの特集だの退屈なものばかりだ。寝転んでいた雪穂は正座して姿勢を正す。穂乃果は巧のことなど気にも留めず寝転びながらテレビを観ている。

「穂乃果。明日着るシャツとリボン、アイロンかけておきなさい」

 障子を開けて高坂母が真っ白なブラウスと青のネクタイをテーブルに置く。

「えー、明日終業式だけだしいいよー」

「終業式だからよ。しっかり身だしなみ整えなさい」

 口をとがらせる娘を一喝し高坂母は出ていった。そういえば、穂乃果は来月から高校2年生と聞いていた。初めて会ったときの真理と同い年か。あの尖った性格の女と穂乃果は正反対だ。真理もこれくらい無邪気なほうが可愛げがあったのにと思う。

「雪穂お」

「わたしはもうやっといたよ。言っとくけど手伝わないから」

 妹に一蹴された穂乃果は「うへー」と言いながら重い足取りで今から出ていき、しばらくするとアイロンと台を手に戻ってくる。台を立ててブラウスを広げる。続けてアイロンの電源を入れたのだが、穂乃果はまだ熱が通っていないアイロンをブラウスに押し付けた。そんなものでしわは伸びない。しかもかけ方も雑だ。最初は傍観を決め込んでいた巧は我慢できなくなる。

「貸せ」

 「え?」と声をあげる穂乃果からアイロンを取り上げて巧は場所を交代させる。まずしっかりとブラウスを広げ、袖に鉄板を当てると蒸気が吹き上がる。縫い目を揃えて縦に横に、ずれないよう袖の付け根を押さえながら。続けて襟、身頃としわを伸ばしていく。啓太郎ほどではないが、数年も働いているうちに巧もアイロンがけはミスなくできるようになった。

 綺麗にしわが消えたシャツをハンガーにかけ、壁のレールに掛ける。続けてリボンに取り掛かる。

「おい、何かいらない布あるか?」

「あ、うん。持ってくるね」

 リボンやネクタイはデリケートだ。無理に伸ばすと型が崩れてしまう。巧はブラウスよりも慎重に、直接鉄板を当てずにスチームの熱を当てながら手で優しく生地を伸ばしていく。

「上手ですね」

 巧の手つきを見ながら雪穂がそう言ってくる。

「まあな。アイロンがけもできない人間はろくな奴じゃないらしいぜ」

 巧は得意げに言う。啓太郎の受け売りだが。

 十分にしわが伸びたリボンもハンガーに掛けた。壁に並ぶブラウスとリボンを穂乃果と雪穂は眺める。

「すごいよ乾さん! 新品みたい!」

 ブラウスをまじまじと見ていた穂乃果の視線が巧へと移る。そんなに凄いものかと思うが、悪い気はしない。

「ねえ、乾さんのこと『たっくん』て呼んでいい?」

「ちょっとお姉ちゃん。いくら何でもそれって……」

「だって凄いよ。アイロンがけが上手な人に悪い人はいない!」

 どんな理屈だ、と巧は呆れる。雪穂も同じことを思っていると表情で分かる。こんなところであの家と同じ呼び方されるなんてたまったものじゃない。ため息と共に巧は答える。

「やだね」

「えー。じゃあ、たっちゃん!」

「却下」

「くみちゃん!」

「それ女じゃねーか」

 「んー」と穂乃果は次の案を考えている。巧は頭を掻いて半ばやけくそ気味に言う。

「ったく、『たっくん』でいい」

「いいの?」

「他のよりましだ」

 穂乃果の顔がぱあっと明るくなる。嬉しそうに笑う彼女は眩しく巧は目を逸らす。

 やっぱり、この家は落ち着かない。

 自分には温かすぎる。

 

 ♦

「たっくん」

 あのアイロンがけをした晩から、高坂家ではその呼び名が家中を駆け巡っている。呼ぶのは一家の長女である穂乃果だけなのだが、彼女が彼を呼ぶ声は春休みになったこともあって頻繁に聞こえる。

「たっくん、ソース取って」

「ほら」

「たっくん、髪留めのリボンどっちがいいかな?」

「どっちでもいいだろうが」

「たっくん、お客さんにはもっと愛想よく!」

「こういう顔なんだよ」

「たっくん、あんこ飽きたあ」

「じゃあチョコでも食えよ」

「たっくん!」

「何だ?」

「ええと……、何だっけ?」

「じゃあ呼ぶな!」

 ノイローゼになりそうだ。

 あの無条件に人を慕う啓太郎と同じように、穂乃果も巧に警戒心を見せない。いや、啓太郎は出会ったばかりの頃は巧を信用していなかった。穂乃果は啓太郎よりも質が悪い。もう高校生だというのに、食べ物につられて簡単に誘拐されそうだ。慕ってくれるのは嬉しい。でも、巧は同時に怖くなる。もし、穂乃果が寄せる期待を裏切ってしまったらと。それは日を追うごとに増していく。多分、このまま高坂家に居続けたら際限なく増していくだろう。

 もうすぐ高坂家に世話になって1ヶ月が経とうとしている。最近は体調も良い。バイト代を受け取ったらすぐに出ていこう。あの家族にも、自分が崩れていく様を見られたくない。

 休みを貰った平日。休暇といっても何もすることがない巧はオートバジンで適当にその辺を走ることにした。給油は高坂父が配達で使うカブのガソリンを移してくれた。バイト代から引いてもらうよう言っておいたが、あのお人好しな夫婦は受け取らないかもしれない。

「たっくん」

 エンジンを掛けたとき、店から穂乃果が出てくる。彼女が両手で抱えるヘルメットから大体察しはつく。

「何だ?」

「わたしも連れてって。ヘルメットはお父さんの借りてきたから」

「……ああ、乗れよ」

 穂乃果は嬉しそうにヘルメットを被りリアシートに座った。巧もヘルメットを被る。

「しっかりつかまってろよ」

 そう言って巧はオートバジンを走らせる。

「ねえ、たっくん」

 街を走っている途中で、穂乃果が後ろから声をかけてくる。

「どうした?」

「これ、何なの?」

 これとは、穂乃果が背負っているリュックのことだろう。中身をリアシートに括り付けていたのだが、穂乃果を乗せるためにリュックに入れて彼女に持たせている。

「何つーか、御守りみたいなもんだな」

「重い御守りだねー」

「まあな」

 歴史と最先端の建造物が入り混じる千代田の街を駆けていく。江戸時代の様相を見せたと思えば明治のモダンな様相が現れ、自分の生きる時代を危うく見失いそうになる。色々な場所に行ったが、東京という場所は無秩序だ。ありとあらゆる要素がごちゃ混ぜになっている。何でもあるというのは、言い換えれば混沌ということになるのかもしれない。

「ねえ、たっくん」

 穂乃果がしおらしく巧の耳元で声をかけてくる。彼女のこんな声を聞くのは初めてだ。

「何だ、トイレか?」

「違うよ! ……お尻が痛くなっちゃって。休憩しない?」

 それほど走った覚えはないが、バイクのシートに慣れていない穂乃果には少々座り心地が悪いのかもしれない。巧は通りかかった神田明神でオートバジンを停めた。巧は都内の生まれだが、この神社に来るのは初めてだ。

「ちょっとお参りしてくるね」

「ああ」

 バイクから降りた穂乃果は境内へと歩いていく。来たからにはお参りでもするのがお決まりだが、巧は無神論者だ。神も仏も信じていない。そんなものが本当に存在するのなら、オルフェノクなんて存在を生まなかっただろう。

「お兄さん」

 オートバジンのシートに寄り掛かっていると、箒を手にした巫女に話しかけられる。

「お参りしていかんの?」

「ああ、あんまり信心深くないからな」

「ふーん」

 巫女が巧を足元から頭までゆっくりと見上げていく。その視線に少し怯えに似たものが湧く。

「何だよ」

 巧が少し語気を強めても巫女は落ち着きを崩さない。

「お兄さん、不思議やね。普通の人とは違う気がするんよ」

「あんた……」

 巧は身構える。巫女の言っていることは抽象的だが図星だ。巧がオルフェノクであることに気付いているのか。何にせよ、この巫女と長く話していたら全て見透かされてしまう気がする。

 不意に悲鳴が聞こえた。社殿にこだまする声の方向へ巧は駆け出す。遅れて巫女も。草履のせいでつたない足取りだが、巧の後をついてくる。

 朱色の漆喰で彩られた社殿の前に立つそれが視界に入る。そして社殿の賽銭箱の前で穂乃果が腰を抜かしている。

「あんたは逃げろ!」

 それだけ巫女に言うと巧は全速力で駆け出した。「ちょっと」と背後から巫女の声が聞こえたが、返事などしてる暇はない。近付くにつれてその姿が鮮明になってくる。無機質な冷たい灰色の怪物オルフェノクが穂乃果へゆっくりと歩き出す。オルフェノクの指が穂乃果へと向けられた。

 巧は横からオルフェノクの脇腹に蹴りを入れる。不意打ちを食らったオルフェノクの体が倒れ、指先から伸びた触手は社殿の柱を掠めて引っ込んだ。

「穂乃果、リュックよこせ!」

「たっくん、逃げなきゃ……」

「俺はいい! お前は早く逃げろ!」

 巧は穂乃果が背負っていたリュックのジッパーを開けて中身を取り出す。製造元のロゴが入ったアタッシュケースのロックを解除し、収納されたベルトと携帯電話を掴み、ベルトを腰に巻いた。

 オルフェノクが立ち上がり、白く濁った眼を向ける。オコゼの面影があるスティングフィッシュオルフェノクだ。

 巧は2つ折りの携帯電話を開く。

 5・5・5。ENTER。

『Standing by』

 電子音声に続けて待機音が鳴る。巧は閉じた携帯電話ファイズフォンを頭上に掲げる。

「変身!」

 ファイズフォンをベルトのバックル部分に力強く突き立て、左側に倒すと待機音声が鳴り止む。代わりに英語の電子音声が。

『Complete』

 バックルの両端から真紅のラインが伸びていく。それはまるで血管のように巧の体を覆い、光を放った。光が止むと、そこに立つのは巧ではなかった。

 黒と灰色の鎧、全身に伸びた赤のライン。額から伸びる2本の短い角と、顔の大部分を占める丸く黄色い目。

 戦士ファイズは手首を振った。まるで鎧の感触を確かめるように。

 オルフェノクの影が形を変えた。その影は紛れもなく人間の男の形をしている。

「貴様……っ」

 影の男が怒りに顔を歪める。影が人の形を失うとオルフェノクは駆け出した。振り上げられた腕を防ぎ、その腹に膝を打ち付ける。「ごほっ」と咳き込むオルフェノクの俯いた顔面にファイズは拳を下から突き上げる。天を仰ぎ、がら空きになった腹を思い切り蹴る。オルフェノクの体が大きく飛び、石畳の地面に受け身も取れず仰向けに倒れた。

 戦いに関しては素人だ。ただ自分よりも弱い人間を襲って悦に浸る類の者だ。マスクの奥で巧は歯を噛み締める。

 ファイズはベルトの左側に装着されたトーチライト型デバイス・ファイズポインターを外す。続けてファイズフォンから外したミッションメモリーをポインターに装填する。

『Ready』

 電子音声と共に筒が伸びたポインターを右脚のホルスターに取り付け、ファイズはファイズフォンのENTERキーを押す。

『Exceed Charge』

 ベルトの右端からフォトンストリームを伝ってポインターへとエネルギーが充填される。ファイズは跳躍した。立ち上がったオルフェノクに足を向けると、ポインターから赤いレーザーが放たれてオルフェノクの目の前で傘のように円錐状に開く。

「やあああああああああっ」

 咆哮と共にファイズは空中で右脚を突き出す。体が光へと吸い込まれ、ファイズと一体となった光はドリルのようにオルフェノクの体を貫いていく。

 ファイズの体がオルフェノクの背後に現れる。着地と同時にオルフェノクの断末魔の叫びが聞こえた。振り向くと胸に風穴を開けられたオルフェノクの体が冷たい青の炎をあげ、燃え尽きると灰になって崩れ落ちる。オルフェノクがいた場所には真っ赤なギリシャ文字のΦが浮かび、やがてそれも消えていった。




 この作品は穂乃果ちゃんに「たっくん」と言わせたくて書きました。それだけです。

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