ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 更新が遅くなりました。申し訳ございません。因みに今回は今までで1番長いです。

 夏バテなのか体調が優れない日が続いているので、投稿がスローペースになります。遅い分読み応えのある物語を書いていこうと思いますので、これからもよろしくお願いします。


第3話 ユメノトビラ / 悪夢への扉

「各グループの持ち時間は5分。エントリーしたチームは出演時間が来たらパフォーマンスを披露」

 部室でホワイトボードの横に立つ海未がラブライブ地区予選の概要を集合したメンバー達と巧に解説する。運営委員会から配布されたルールブックに記載されていることだが、一応復習とルールブックに目を通さない者への説明も兼ねている。後者は主に穂乃果へ向けたものだが。

 海未は大会ホームページを表示するノートパソコンを示す。

「この画面から全国に配信され、それを見たお客さんが良かったグループに投票。順位が決まるのです」

「そして上位4組が最終予選に、というわけね」

 絵里が引き継ぎ、真姫が「4組……。狭き門ね」と静かに言う。

「特にこの東京地区は、1番の激戦区」

 希の言う通りだ。東京地区は学校が多く、それに伴いグループが密集している。それほどまでスクールアイドルが多いのは、単純に東京は人が多いからなんていうだけに留まらない。「それに、何と言っても……」と花陽がその激戦を巻き起こす要因を視線で示す。メンバー全員が注視するパソコンの液晶に映し出される、スクールアイドルの頂点とも言っていいグループ。

「A-RISE………」

 穂乃果が呟き、「そう」とにこが応じる。

「既に彼女達の人気は全国区。4組の内ひとつは、決まったも同然よ」

 それは過大評価ではない。スクールアイドルとはそもそも、現役高校生でありながらクオリティの高いパフォーマンスを披露するA-RISEにあやかろうと全国的に広まったものだ。ラブライブの第2回大会の開催も、彼女らが優勝した前大会が大きな盛り上がりを見せたから。A-RISEはスクールアイドルの原点にして頂点ということだ。その確率された地位は簡単には覆せない。

 「えええ!?」と凛が。

「てことは凛達、あと3つの枠に入らないといけないの?」

「そういうことよ」

 にこが告げると、凛はまた不安げに声をあげる。

「でもポジティブに考えよう。あと3組進めるんだよ」

 穂乃果がそう言うとメンバー達の顔が少しだけほころぶ。そう、悲観している場合じゃない。新曲というエントリーへの切符を獲得した。今更躊躇しても仕方ない。A-RISEを破り優勝すると決めたのだから。

「今回の予選は会場以外の場所で歌うことも認められてるんだよね?」

 「ええ」と絵里が答える。

「だったら、この学校をステージにしない? ここなら緊張しなくて済むし、自分達らしいライブができると思うんだ」

 「良いかも」とことりは賛同するが、にこは訝しげに「甘いわね」と言い放つ。

 花陽も「にこちゃんの言う通り」と。

「中継の配信は1回勝負。やり直しはきかないの。失敗すれば、それがそのまま全世界の目に晒されて………」

 スイッチが入った花陽の気迫に押されて穂乃果はおののく。「それに」とにこが続く。

「画面のなかで目立たないといけないから、目新しさも必要になるのよ」

 「目新しさ……」と穂乃果は反芻する。順位がライブ中継の視聴者投票で決まるのなら、当然最も印象に残るパフォーマンスを披露しなければならない。これまで通りではラブライブの優勝は遠い。

「たっくん、どうすれば良いかな?」

 穂乃果が尋ねると、メンバー全員の視線が憮然と腕を組んでいる巧へ集中する。当の本人は数瞬の時間を挟み、ようやく自分への視線に気付く。

「ああ、悪いな。何の話だ?」

 「ちょっと、聞いてなかったの?」とにこが口をとがらせる。普段なら憎まれ口でも叩くのだが、このときの巧は視線を逸らしたまま何も言い返さず、椅子から立ち上がる。

「俺は用があるから抜ける。あとはお前らで話進めとけ」

 それだけ言って巧は部室から出ていった。

 

 ♦

「オルフェノクとは何なのか」

 琢磨はさながら大学の講師のように言う。もっとも、巧は大学を出ていないから講師が実際どんな話し方をするのかは分からないが。

「人間の進化形だろ。今更何だよ?」

 巧がそう言うと、琢磨はやれやれと首を振る。分かっていませんね、という仕草に少しだけ腹が立つも、この男のこういった面も慣れてきた。

「ただそれだけで片付けてしまっては、話が終わってしまうじゃないですか。オルフェノクは何故異形の姿に変身し、命が短いのかという話ですよ」

 じゃあ最初からそう言えよ、と思いながら巧はテーブルに置いてある皿からカシューナッツをひとつ摘まんで食べる。ナッツをつまみにビールを飲んでいる海堂が言う。

「琢磨は色々と研究してんだ。成果を聞いてやろうじゃないか」

「できることならシラフで聞いてほしいですがね」

 海堂のマンションに呼び出されるときに話すことは、大半がスマートブレインの動向か琢磨が持ち込んできたオルフェノクに関する研究報告だ。オルフェノクは社会的に認知されていない。それはスマートブレインの権力によって秘匿されていたからで、企業は水面下で新しく出現した種の研究を進めている。

「人間という種が誕生するまで、数えきれないほどの進化が起こっています。最初は魚類だったのが両生類となり、両生類から爬虫類、哺乳類へと進化し、その過程で分岐し様々な生物が生まれています。その進化の過程は、まだ我々の遺伝子には残されているのですよ。進化の記憶、と言えますね」

 進化の記憶。

 知識人にとってはロマンチックな響きかもしれない。我々の血には、人間だった頃よりも太古の祖先の記憶が刻まれている。進化とは、生物が新しい環境に適応するためにもたらされる変化だ。進化と呼べば次のステップへ進んだかのように聞こえるが、例えば寒い土地に住んでいた生物が暑い土地に住めるよう体の仕組みを変えただけに過ぎない。

 そう考えれば、オルフェノクへの進化とは何に対する適応なのだろうか。巧はその疑問を投げかけず、黙って琢磨の話を聞く。

「オルフェノクの細胞には、人間ともうひとつ異種の特徴が確認されています。死をきっかけに、眠っていた太古の遺伝情報が覚醒しているんです」

 人間と別の種族両方の特性を併せ持った生命体。死をトリガーとして人間という繭から孵ることで、オルフェノクは生まれる。でも、生まれ変わるというには語弊がある。オルフェノクになっても巧は人間を捨てられずにいる。進化したというのに、人間への回帰を望んでいる。

「オルフェノクは変身時にノルアドレナリンが過剰分泌されます。その神経伝達物質が脊髄へと通じ、脊髄から体の全細胞へ人間にはない未知の物質が放出されるのです。その物質の干渉を受けた細胞は急激な変異を遂げ、オルフェノクは異形の姿へと変身します」

 琢磨は淡々と話しているが、巧には彼の話す内容の半分も理解できていない。要は、オルフェノクとは人間と異種族のハイブリットということ。

「ラッキークローバーのガキは龍のオルフェノクだったよな。大昔に龍なんてやつが本当にいたのか?」

 巧が質問すると、琢磨は少しだけ口を結び眼鏡を直す。北崎に対して何か嫌な記憶でもあるのだろうか。

「北崎さんの場合は少し特殊でしてね。彼は複数の遺伝子が覚醒した状態でした。いくつもの遺伝情報が合わさって龍の姿になったのです」

 まるでギリシャ神話に出てくるキメラのようだ。「それで、オルフェノクが短命であることについて」と琢磨は話題を転換する。あまり彼のことを思い出したくないらしい。もっとも、巧も不気味な彼のことは思い出したくないが。

「オルフェノクは変身に伴い急激な細胞分裂を行っています。全身の細胞を瞬時に入れ替えているので、細胞周期の限度を人間よりも早く迎えてしまいます」

「細胞周期?」

「変身を繰り返すうちに細胞分裂ができなくなるということです。変身しなくてもエネルギーの消費は激しく、食事だけでは賄えません。生きているだけで細胞は枯渇し、最期は膨大な熱エネルギーを放出し、肉体を焼き尽くして灰になるのです」

 つまり、オルフェノクは自分で自分の体を蝕んでいるということだ。こうして普通に生活している間にも、巧の体内で細胞が餌をよこせと喚き散らしている。得た力の代償は命。理に叶った進化なのかもしれない。

 福音になるはずだった種の抱えた欠点。いくら足掻いても死の運命から逃れることができず、この世界の覇権を握るに至っていない。それを解決してしまう「王」が死んだことで、オルフェノクは完全に地球上から姿を消すと思っていた。

 琢磨と海堂は「王」が生きていることを知っているのだろうか。知っているに違いない、と巧は呑気に紫煙を吐き出す海堂を見つめる。確かに「王」は恐ろしい強さだった。だが倒せない敵ではない。現に1度、ファイズの力で倒したのだ。

 ここで2人を問い詰めたところで何か進展があるとは思えない。「王」の生存を知ったとしても、どこにいるのかは分からないのだから。

 不意にインターホンが鳴る。灰皿に煙草を押し付けた海堂がソファからバネのように飛び降りて「ピザが来た」と玄関へ向かう。「お手洗いを借りますね」と琢磨もトイレへ行く。リビングにひとり残された巧は琢磨が持ち込んできた鞄へ目を向ける。ノートパソコンを収納する薄い長方形の鞄はファスナーが開いていて、そこから紙の束が覗いている。

「さーて、もう1杯やろうぜ」

 よほど腹が空いていたのか、ピザの箱を手に戻ってきた海堂は既に一切れを咥えていた。

 

 ♦

 我らが王の復活と、オルフェノクの繁栄を祈る。

 

 資料の最後にはそう書かれている。巧はくすねてきた紙をもう一度最初から読み直す。それはまさに鍵だった。巧の知りたい情報が溢れていて、目の前に立ち塞がる扉を開けるのに必要なものだ。

 「王」の状態。

 「王」は所謂仮死状態に近いらしい。他のオルフェノクの命を餌として補給しなければならず、その身柄は厳重に保護されている。「王」を保護している場所。巧が最も欲しているその情報は文字が立ち並ぶ資料の中で1文しか記載されていない。危うく見失うところだった。

 音ノ木坂学院旧校舎。

 スマートブレインが「王」を匿っている居場所は簡単に調べることができた。インターネットで音ノ木坂学院のホームページにアクセスすれば、学院の開校から現在までの歴史を閲覧することができる。そこには以前使われていた旧校舎の住所も。

 巧は部屋の隅に置いてあるギアケースと箱型のツールを抱える。

「巧君、どうしたの?」

 部屋から出ると、寝ようとしていたのか寝間着姿の高坂母に声をかけられる。

「おばさん、ちょっと出掛けてきます」

「こんな夜遅くに?」

「朝までには戻るんで」

 逃げるように巧は階段を下りて店先に出た。追及されたら困るが、それ以上に居ても立ってもいられない。素早くオートバジンのリアシートにツール一式を括り付けると、エンジンを掛けて走らせる。

 秋の夜は冷える。バイクで風に晒されると尚更だ。ネオンの看板が光る繁華街へ出て、そこから街の外れへとバイクを走らせながら、巧は自分の鼓動が早まっていくのを感じる。

 オルフェノクと人間の共存。

 木場の目指したその理想が実現できて、両種族が手を取り合って歩めるのなら「王」を倒す必要はない。だが、巧は既に悟っている。オルフェノクとしての命を授かった日から。自分の正体を知っても受け入れてくれた人々を想っても、胸のうちに抱えた意識は離れることはない。

 オルフェノクと人間は共存できない。

 人間の多くはオルフェノクを怪物としか見ていない。オルフェノクの多くは人間を食い物としか見ていない。両種族は滅ぼすか滅ぼされるかの繋がりしか持てない。巧はオルフェノクでありながら人間の側に立っている。だから巧はオルフェノクを滅ぼす。

 でも、果たしてそれを答えとして良いのだろうか、と巧は決めかねる。巧と同じ境遇でありながら、人間を憎悪しオルフェノクであることを受け入れた木場の懊悩を、こんなにも簡単に片付けてしまうのか。もし「王」を倒すことが間違いで、人間が本当に守るに値しない種だとしたら。オルフェノクは、新しい世界へ進むための福音となる種なのでは。

 何も分からない。

 あの戦いから3年が経っても、巧は何も見つけていない。オルフェノクと人間のどちらにも属しきれずにいる巧には何が正しいのか見出せずにいる。

 戦うことが罪なら自分ひとりで背負う。

 かつて抱いた決意は、迷いではなく思考を捨てるための決意だったのか。迷っているうちに人は死ぬ。だが、オルフェノクも命を持っている。同族を殺してきた罪を背負うとしながらも、殺めてきた者達への償いはどうすれば果たせるのだろう。

 不快なガスのように溜まった迷いが消えないまま、巧はオートバジンを停める。目的地であることに間違いはなさそうだが、学院のホームページにあった画像の建物はなく更地になっていて、確認する術はない。旧校舎は穂乃果の祖母の代で使われていた。高坂母の代で現在の校舎へと移ったらしい。

 校舎は取り壊されて随分と年月が経っているようで、その土地は草に覆われた平原のようになっている。その平原の1点にはぽつんと小さなプレハブ小屋が建っていて、巧はオートバジンを小屋へと走らせる。真っ暗闇の中で佇む小屋の前でバイクから降りた巧はドアに手をかけるも、ノブは全く動かない。巧はオートバジンのリアシートにあるケースを開き、ベルトを腰に巻いてフォンにコードを入力する。

 5・5・5。ENTER。

『Standing by』

「変身」

『Complete』

 暗闇の中で赤いフォトンストリームが光を放つ。ファイズがドアに拳を打ち付けると、軽量なアルミ製のドアは簡単にひしゃげて蝶番が吹き飛んだ。倒れたドア版を踏みながらファイズは小屋へと入る。施錠している割に小屋には何も置かれていない。ただコンクリートの床にある地下への階段が、まるで魔物が大口を開けているように伸びている。地獄へと通じているかのような階段の闇へ、ファイズはゆっくりと足を踏み入れる。

 こつん、こつんとゆっくりとした足取りで階段を降り、1本のコンクリートで塗り固められた通路を歩く。やがて裸電球の弱い照明に照らされた空間に出て、重厚な鋼鉄の扉が立ちはだかる。

 ファイズのパワーなら破壊できるかもしれない。そう思い扉の前で拳を握ると、不意に扉の上に設置されたセンサーが赤く点滅し扉がゆっくりと左右に開く。歓迎されているのか、それともこの先へ行く権利があるというのか。近いうちに答えが得られる問いなど意味はない。思考を止めてファイズは左手のツールを強く握りしめ、扉を潜る。

 そこは灰色の空間だった。

 地下に建設された施設を支えるために円柱が立ち並んでいるが、それはコンクリートでも鉄でもなくガラス製だ。分厚いガラスの中には子供の頃に理科室で見たホルマリン漬けのように灰色に進化した生命達が1体ずつ詰め込まれていて、内部に気泡が発生していることから透明の液体に満たされていることが分かる。

 液体に沈むオルフェノク達はファイズを認識したのかこちらに目を向けてくる。だがその灰色の瞳はどこか虚ろだ。人間でなくなった瞳に虚ろを感じるということは、自分も立派なオルフェノクという証拠だろうか。不快な感慨を覚えながら、ファイズはガラスケースの下から伸びているコードを視線で追う。まばらだったコードは部屋の奥へと進むにつれて1ヵ所へと束ねられ、歩いていくと薄い一枚板の鉄製扉が現れる。目の前に立つと、先程と同じようにセンサーが点滅して扉が開く。長方形に切り取られた空間からこの標本室よりも強い照明が射し込んできて、太陽に向かって伸びる草花のようにファイズはオルフェノク達を背に進んでいく。

 扉を抜けると閉塞していた空気が一気に吹き抜ける感覚を覚える。まるで劇場のような広さのあるその部屋は玉座の間のようだ。だが玉座があるべき部屋の奥にあるのは長方形に切り取られた箱、即ち棺が座している。蓋のない棺の中に納められた死者は、棺に満たされた液体に浸かりまるで入浴を楽しんでいるようにも見える。棺には標本室から伸びたコードの束が接続されていて、心なしかコードが拍動しているようだ。

 手に持っていたツールを床に置いたファイズは、ポインターにミッションメモリーを挿入する。

『Ready』

 電子音声が玉座の間の壁に反響するも、棺に眠る主は目を覚まさない。ポインターを右脚に装着したファイズはフォンのENTERキーを押して駆け出す。

『Exceed Charge』

 障害は何もない。ファイズは一直線に走り、距離を十分に詰めると跳躍し右脚を「王」へと向ける。フォトンブラッドの傘が開き、ファイズはクリムゾンスマッシュを放つ。

「はああああああああああっ」

 エネルギーを纏った右足が触れようとした瞬間、微動だにしない「王」の両腕から伸びた触手がうねり、ファイズを虫のように払い落とす。

「馬鹿な子」

 地面に伏したファイズが起き上がると、その声は聞こえた。棺の陰からもう1体のオルフェノクが出てきて、守るように「王」を背にして立つ。

「お前は……!」

 ファイズはロブスターオルフェノクを凝視する。3年前の戦いで姿を消した敵。「王」から永遠の命を授かった完全なオルフェノク。

「裏切り者の汚らわしい手で、私達の王に触れることは許さない」

 ロブスターオルフェノクの目元を覆うマスクの奥で灰色の瞳がふたつ、ファイズを射抜くような光を発する。ファイズは入口のドア付近へと走り、床に置いたツール・ファイズブラスターを手に取る。瞬間、ブラスターを握る手に黄色の閃光が突き刺さり火花を散らす。がちゃりとブラスターが音を立てて床に落ち、ファイズは閃光が飛んできた背後へ振り返る。

 標本室へ通じるドアの前で、カイザのベルトを腰に巻いた海堂がフォトンバスターモードのカイザフォンを手に立っている。

「あなたが引導を渡してあげなさい」

「仰せのままに。女王様(クイーン)

 いつもと全く異なる口調で海堂は応え、フォンにコードを入力する。ファイズフォンと異なる電子音声が玉座の間に鳴り響く。

『Standing by』

「変身」

『Complete』

 フォンが装填されたバックルの両端から黄色いフォトンストリームが伸びて海堂の体を覆っていく。エネルギーを軸としてスーツが形成され、光を放つと同時に海堂はカイザに変身した。

 カイザの蹴りがファイズの胸に鈍痛を響かせる。よろめくと続けざまに拳が打ち付けられ、反撃の拳を顔面に見舞うも意に介さず、カイザはファイズの腹に膝を打つ。

 草加と一戦交えた時と同じだ。カイザのパワーはファイズよりも勝っている。変身する者の技能が拮抗しているのなら、雌雄を決するのはベルトの性能だ。

 カイザがファイズの両肩を掴んでくる。それを振りほどき、生じた隙をついてファイズはカイザの腹に渾身の蹴りを入れる。カイザの体が吹き飛び、壁に衝突して床に伏せる。カイザの背に張っている壁に四角い亀裂が入る。そこはシャッターのように上へとスライドし、切り取られた空間の闇から四肢を持つロボット形態のサイドバッシャーが出てくる。

 カイザは立ち上がると跳躍し、サイドバッシャーのシートに跨るとハンドルを握る。巨大な右手がファイズの体を突き飛ばす。起き上がったファイズは近くに落ちていたブラスターを拾い上げる。

 5・5――

『Vehicle Mode』

 コードを入力する途中で、ビークルモードに変形したサイドバッシャーのカウルがぶつかってくる。突き飛ばされまいとカウルにしがみつくも、カイザはアクセルを更に捻る。エンジンの音が高まり、バイクはスピードを上げていく。玉座の間の証明が遠のき、真っ暗闇の中で唯一の光源であるカイザの目とフォトンストリームのみが視認できる。

 サイドバッシャーは猛スピードで暗闇の中を走る。強風に煽られて身動きができず、ファイズはミラーを掴み反撃の機会を待ち続ける。

 更に強い風が吹き荒れる。無数の光が過ぎ去っていき、一瞬の間を置いてそれが道路脇に設置されている街灯であることに気付く。雲間から覗く月を背にバトルモードのオートバジンが飛んできて、ホイールに搭載されたガトリング砲を撃ってくる。砲弾はサイドバッシャーが過ぎ去った路面を穿ち、命中した車体から火花が散る。

「おいおい危ね! ちゅーか乾あいつ止めろ!」

 甲高い摩擦音と共にサイドバッシャーが急停止し、慣性の法則に乗っ取ってファイズの体がアスファルトの路面に投げ出される。

「だーくそっ。やめろっちゅーの!」

 バイクから降りたカイザが着地したオートバジンの胸に蹴りを入れる。足がオートバジンのΦを模したスイッチに触れて、規定されたシステムに乗っ取って機械はバイク形態に変形する。

 ファイズのスーツが光と共に分解される。痛みに顔を歪める巧を一瞥し、カイザもバックルからフォンを抜いてコードを押す。ファイズと同様のシークエンスで変身を解除した海堂は短いため息をつく。

「何のつもりだ!」

 重い体を起こした巧は海堂の胸倉を掴む。

「お前の邪魔さえなけりゃ奴を倒せたってのに――」

「バカ野郎!」

 唾を飛ばす勢いで怒号を飛ばし、海堂は巧の頬に拳を打つ。再び地面に伏した巧は上体を起こし、咥内に広がる鉄臭さを舌で舐め取る。

「お前こそ何のつもりだ! たったひとりで王様を倒せると思ったか!」

 「一度は倒したんだ」と巧は立ち上がる。

「こいつで変身すればまた倒せるはずだ!」

 ずっと放さずに持っていたブラスターを海堂の眼前に突き出すも、ツールは滑るように巧の手から落ちる。巧は右手を凝視する。掌から灰が零れ、その流れを押し留めるように拳を握る。

「そんな体でか?」

 海堂は淡泊に問う。

「そろそろ来ると思ってたんだ。今のお前じゃ無理だ」

 再会したときに打たれた液体。それは巧の命をほんの少しだけ延ばした。あれが何なのか、海堂も琢磨も教えてはくれない。ただ、あの液体で命を留めていられるのは3ヶ月と琢磨は言っていた。言われた通り期限は迫っている。巧の体内で目覚めた異種の遺伝子が全身の細胞を貪り、こうして死への時を刻み始める。

「ったく、どいつもこいつも死に急ぎやがって」

 海堂は吐き捨てるように言った。

 

 ♦

「無茶をする人だとは思っていましたが、ここまでとは」

 海堂のマンションに戻ってしばらく経ち、本日2度目の来訪をする羽目になった琢磨は巧に呆れ顔を向ける。巧は何も反論せず、戻る途中で買ったハンバーガーを食べる。それ以上の追求はせず、琢磨の視線は海堂へ移る。

追跡蝶(トレースバタフライ)は?」

「巻いてきた」

 海堂がわざわざ遠くまで巧を背負ってバイクを走らせたのは、スマートブレインの機械の蝶による監視の目を潜るためだった。監視網が敷かれているのは「王」を匿っている施設の周辺で、そこを抜ければ比較的自由に動けるらしい。

「資料が無くなっていたので、海堂さんに連絡して正解でしたね」

 ソファに腰掛けた琢磨は首を揉みながら言う。

「あなたのせいで、私達がこれまで練ってきたプランが全て台無しになるところだったんです。分かっていますか?」

 「そうだ、分かってんのか?」と口にハンバーガーを詰めたまま海堂も便乗してくる。

「知ってしまったのなら仕方ありません」

 琢磨は海堂に視線をくべる。海堂は何も言わずハンバーガーを咀嚼し、それを同意と受け取った琢磨は語る。

「オルフェノクの王はまだ生きています。資料を読んだのなら知っていると思いますが、仮死状態に近くオルフェノクの命を摂取して復活を待っています」

「あそこにいたオルフェノク達は、『王』の餌だってのか?」

 巧の問いに「ええ」と琢磨は首肯する。

「スマートブレインが各地でスカウトし、または使徒再生で同胞とした人々です。戦力としての期待ができない者は『王』への生贄にされるのです」

 巧は拳に込める力を強める。ガラスケースに納められたオルフェノク達。『王』の棺へと繋がれ命を吸われる彼等の入る器もまた、棺と呼ぶべきかもしれない。

「気持ちは察します。ですが、私達が迂闊に手を出せば裏切り者として彼等と同じ運命を辿ることになります」

 確かに巧は憤っている。だが琢磨は勘違いをしている。巧の怒りが向いているのは琢磨ではなく自分自身だ。あの時、驚愕のあまり混乱していたとはいえ、何故囚われた彼等を助けようとしなかったのか。

 オルフェノクは怪物。そう断じていたからこそ、巧は同胞を倒してきた。でも、ガラスの中にいる彼等は怪物ではなく、不条理に蹂躙される命として巧の目に映っていた。こんなこと思ってしまうのは自分もオルフェノクだからか。巧は自分の抱くものが善なのか偽善なのかを決めかねる。

「取り敢えずこれは預かっておきます」

 琢磨はソファに置かれたブラスターを手に取る。「おい」と巧は取り返そうとするも、その手は海堂によって制止される。琢磨は続ける。

「ブラスターで変身したファイズなら勝機はあります。ですが、今のあなたの体では変身した瞬間に死ぬだけです。無茶をされては、私達は負けるのですよ」

「奴が弱ってる今がチャンスだろ」

「ええ、その通りです。ですが『王』が死んでも冴子さんがいます。冴子さんを倒す術を見つけなければなりません」

 そんなことが可能なのだろうか。巧の中で不安が募る。完全なオルフェノクへと進化を果たし、死という生命の宿命を克服したロブスターオルフェノクを倒す術など見つかるのだろうか。

 不安を察したのか、琢磨は言葉を紡ぎ続ける。

「現在、冴子さんの体については研究が進められています。不死のメカニズムが解明できれば、きっと手立てが見つかります」

 きっと、なんて非合理的な言葉が琢磨から出てくるのは意外だった。慎重に事を進める性格上、不確定要素を何よりも嫌いそうなのに。でも、敵がそもそも不確定要素だ。不死の存在を相手に戦おうなんて、勝てる見込みがない。

「それより、すぐにあなたの体をどうにかしないといけません。ブラスターどころか、アクセルへの変身すら危うい状態です」

 琢磨の視線を追い、巧は自分の掌へと顔を下ろす。皮膚は肌色を保っているが、床のカーペットに灰が零れている。

 「まあまあ」とハンバーガーの包み紙を丸めた海堂がソファから立って巧の両肩を背後から揉んでくる。

「ちゅーか今日はもう疲れたろ。ベッド貸してやるから休んでけ」

 そう言われると、押し留めてきた疲労が雪崩のように押し寄せてきた。久々の嫌な疲労感だ。少し休んだとしても消えるとは思えない。それでも体力は消耗しているわけで、巧は下手なマッサージをはねのけてベッドへと歩く。

 「言っとくけどな」と巧は琢磨へと振り返る。

「お前らがいくら止めても、俺はあいつらを守るために戦う。たとえ死ぬことになってもな」

 巧はそう言ってベッドで横になる。海堂はシーツを替えない性分らしく、彼の汗を吸い込んだ生地が以前身を寄せていたホームレスの集落に似た臭気を放っている。臭いのせいなのか、目を閉じても眠気は中々訪れてはくれない。もう寝たと思ったのか、海堂と琢磨の声が耳孔に入ってくる。

「ちゅーかどいつもこいつも、誰かのために死ぬことがカッコいいと思ってやがる。残される奴の身にもなれってんだ」

「素直に言ったらどうですか? 本当は乾さんを死なせたくないのでしょう?」

 琢磨の苦笑が聞こえた。

「勘違いすんな。俺様は俺様のために戦ってるだけだ。スマートブレインにへこへこするなんざご免だね」

 かちっ、という音が聞こえた。海堂が煙草にライターで火を点けたのだろう。すぐに吐息が聞こえて、焦げ臭さを嗅ぎ取る。

「ちゅーか知ってるか? 蛇ってのはひとりでいると寂しくて死んじゃうんだぜ」

「それはウサギではないですか?」

「寂しがり屋はウサギだけじゃねえよ。蛇も、馬も、鳥も、ほんで狼も。皆寂しがり屋なのよ」

 「そうですか」と琢磨は寂しげに漏らす。

「なら、ムカデも寂しがり屋なのかもしれませんね。きっと、エビも」

「おお? 何だそりゃ?」

「冴子さんも寂しいのだと思います。滅びゆく種族のなかで、自分だけ残されてしまうことが」

 

 ♦

 日常から脱線して予期せぬ事態に見舞われても、時間というものは容赦なく過ぎていく。世界は昨晩のことなど目にもくれていないかのように回り続け、巧に朝を告げた。

 何事も無かったかのように面の皮厚く、巧は朝方になって高坂家に戻った。海堂のマンションで摂った休息は仮眠程度のもので、快調とは言えない。気怠さを誤魔化しながら穂むらのバイトをこなし、穂乃果達の放課後に合わせて音ノ木坂学院へ向かう。

 本日もダンスと歌唱練習と思っていたのだが、昨日のライブ会場についての話はまだ終わっていなかったらしい。会場に加えて、目新しさという課題もある。校内で会場に使える場所はないかと外へ出たメンバー達は、カメラ映りを確認するために持ってきたビデオカメラで撮影しながらも校庭で一息つく。

「目新しさか」

 穂乃果はカメラの映像を見ながら呟く。

「奇抜な歌とか?」

「衣装とか?」

 凛とことりがその提案を投げかけてくる。すると悪戯な笑みを浮かべた希が言う。

「例えばセクシーな衣装とか?」

 何て軽薄な案だ。そんなものどこのグループも真っ先に浮上するだろうに。というより、希はもし採用されてしまったら自分もその衣装を着ることになると分かっているのだろうか。

 希の隣にいる真姫は許容できない様子で、顔を紅潮させている。アイドルなのだから貞操観念は固く持つべきとは思うが、真姫よりも固い海未はうずくまって膝に顔を埋めると「む、無理です……」と呟く。

「こうなるのも久しぶりだね」

 苦笑を浮かべながらことりが言う。確かに、初ライブのチラシ配り以来の光景だ。何度もライブをするうちに慣れたと思っていた。

「エリちのセクシードレス姿も見てみたいなあ」

 確かに絵里はスタイルが良いとは思うが、過激な衣装など着せて中継したら運営委員会の判断で中継を切られてしまうのではないか。そう巧は思うも、希のことだから分かった上で言っているのだろう。

「嫌よ。やらないわよわたしは」

 当然絵里は怒った顔で希に迫る。希は悪戯な表情を崩さずに巧へと話を振ってくる。

「巧さんは興味ない? セクシードレス」

「ねーよ」

 場にいる唯一の男だから、この手の話は慎重に言葉を選ばなければなるまい。とはいえ、今は別の問題が思考の大半を占めているわけだから子供のませた衣装に興味が向かないことは事実だ。

 俯いていた海未は僅かに顔を上げて「セクシードレス………」と呟く。何を想像したのか顔の赤みが更に増し、即座に立ち上がって走り出す。

「放してください! わたしは嫌です!」

 「誰もやるとは言ってないよ!」と穂乃果が羽交い絞めにして止めにかかるも、海未は涙を浮かべてもがき続ける。呆れた顔で見ていたにこが「ふん」と鼻を鳴らす。

「わたしもやらないからね」

「お前には誰も頼んでな――」

 隣にいる巧の言葉を最後まで聞かず、にこは両手を伸ばして巧の両頬をつねってくる。

「つねるわよ………!」

「もうつねってるだろうが!」

 回らない舌を動かしながら、巧はにこの両手を掴んで引き剥がそうとする。だが小柄な割に力が強いにこは中々手を放してくれない。

「というか、何人かだけで気を引いても………」

 花陽がそう言ってくれたおかげで、冷静になったにこは巧の頬から手を放す。じんじんと痛む頬をさすりながら巧は睨むも、にこはそっぽを向いて知らぬ振りを決め込む。

「確かに、そうだよね」

 穂乃果も同意した。始めから没案になることなど巧には分かっていた。希のせいで随分と話がこじれた気がする。

 「せ、セクシードレス………」とうわ言のように呟く海未は無視して、真姫が議題を修正する。

「ていうか、こんなところで話してるよりやることがあるんじゃない?」

 

 ♦

 真姫が提案したのは、校内放送でμ’sの宣伝を行うことだった。中継での宣伝にもなるし、生徒達の応援も得られる。真姫の同級生が放送部員で、協力を仰ぐらしい。あの人付き合いの悪そうな高飛車娘が他人と話すなんて意外だったが、良い兆候ではある。他人と関わらずに過ごすことがどんなに虚しいか、巧はよく知っている。

 メンバー達は放送室へ向かったのだが、巧は途中で別れて理事長室を尋ねた。

「何か分かったんですか?」

 書きものをしていたペンを止めて理事長は問う。巧は率直に答える。

「スマートブレインはオルフェノクの王を目覚めさせようとしてる」

 理事長は巧の答えに目を見開く。

「オルフェノクの王は、乾さんが倒したんじゃなかったんですか?」

「ああ。でも奴はまだ生きてた。他のオルフェノクを食って、復活しようとしてる」

「でも、『王』の復活と学院の廃校に何の関係が?」

 理事長の質問に、巧はスマートブレインが音ノ木坂学院を狙う理由を説明していなかったことを思い出す。

「スマートブレインはここを廃校にした後、会社のビルを建てるつもりらしい。多分、新しい活動拠点にするつもりなんだと思う」

「活動拠点と言いましても、廃校が決定したらここの土地は国が買収することに………」

 理事長は言葉を詰まらせる。その先にあることに気付いたようで、「まさか………」と消え入りそうな声で言う。

「スマートブレインは政府の援助を受けているんですか?」

「ああ」

「オルフェノクの存在を政府は既に知っていると?」

 「それは分からない」と巧はかぶりを振る。分かったことは多いが、まだ不明瞭な点も多い。琢磨も海堂も中々教えてはくれない。昨晩の行動を省みれば当然ではあるが。

「何にしても、やばいことは確かだ」

「もし『王』が蘇ったら、どうなるんですか?」

 理事長は恐る恐るといった様子で尋ねる。巧は包み隠さず答える。

「奴はオルフェノクを死なない体にできる。そうなれば世界はオルフェノクが支配して、人間は滅ぶ」

 冷たい沈黙が理事長室に漂う。不死の種となったオルフェノクが世にはびこり、人間という古い種は淘汰される。単純に見れば人間よりも強い生命体へ進化したオルフェノクが勝利するように見える。だが、進化を遂げても順応できずに滅びていった種は、この地球上に数えきれないほどいるだろう。自分達の遺伝子には、これまでの進化の系譜が刻まれている。

 滅びていった種の記憶。

 これから滅びゆく種の記憶。

 古い時代の一部が目覚めたオルフェノクは、果たして進化と言えるのか。むしろ、旧時代への回帰と言えるのではないか。

「心配しなくていい。奴は俺が倒す」

 不安を拭える自信はないが、巧はそう告げる。

「あなたは、それで良いんですか?」

 理事長から返ってきた言葉は意外なものだ。人間である彼女からすればオルフェノクは滅ぶべき存在だというのに。

「乾さんは言っていましたね。オルフェノクは命が短いと。『王』を倒せば、あなたは………」

「何で俺の心配なんかすんだよ。人間だっていつか死ぬ。俺の場合、ちょっと早いだけだ」

「分かっています。正直なところ、私は乾さんを恐れています。ですが、同時にあなたに生きて欲しいとも思っているんです」

 巧はどう返せばいいのか分からない。ありがとうと言えばいいのか、そんな願望は間違いだと言えばいいのか。理事長は生徒を守る義務がある。だからオルフェノクである巧を恐れることは正しい。いくら巧が音ノ木坂学院を守る存在であっても、情を移してはいけない。でも、同時に巧の中で温かい安堵が生じる。自分がここに居ても良いという承認。この世界に存在することが赦されたかのように錯覚してしまう。

「あんたみたいな人が生きるために、オルフェノクは滅ぼさなきゃならないんだよ」

 巧はこれまで、誰かを守るために誰かを殺してきた。自分を受け入れてくれた人々と、彼等の夢を守りたい。そのために自分すらも殺さなければならないのなら、巧は迷わず自分を殺すと誓う。

 『あー』とスピーカーから穂乃果の声が聞こえてくる。μ’sは早速放送を使うらしい。

『皆さん、こんにちは!』

 続けて鈍痛が聞こえる。何かがマイクにぶつかったらしい。『いったー!』という穂乃果の声から、きっと頭でもぶつけたのだろう。巧も理事長も、会話を中断して放送へと意識を傾ける。

『えーと、皆さんこんにちは。わたし生徒会長の、じゃなかった。μ’sのリーダーをやってます、高坂穂乃果です。て、そんなのはもう知ってますよね。実は、わたし達またライブをやるんです。今度こそラブライブに出場して、優勝を目指します。皆の力がわたし達には必要なんです。ライブ、皆さん是非見てください。一生懸命頑張りますので、応援よろしくお願いします! 高坂穂乃果でした』

 最初で躓いたものの、宣伝としては上々だろう。放送は終わりだと思ったが、『そして――』と穂乃果は続ける。

『他のメンバーも紹介……、あれ?』

 穂乃果の声はそこで途切れる。しばらくすると『えっと……』と海未の震える声がスピーカーから発せられる。

『そ、園田海未役をやっています……、園田海未と申します………』

 顔を真っ赤にしている海未の姿が容易に想像できる。緊張のあまり文言が頓珍漢だ。多分放送を使う本来の目的はこれなのだろう。恥ずかしがり屋なのは知っているが、だからといってライブの度に緊張されては他のメンバー達もたまったものじゃない。

 続けて花陽の声が聞こえてくる。

『あの……、μ’sのメンバーの小泉花陽です……。えっと……、好きな食べ物はご飯です………――』

 途中から声が聞こえなくなってくる。こんな体たらくでよく今までライブをしてきたものだ。

『ら、ライブ頑張ります……。是非見てください………』

 音量を上げたのか、さっきよりは聞こえるようになった。それでも小さいことに変わりはないのだが。『声、もっと出して』という凛の囁く声が漏れている。周囲の音も拾ったということは、マイクの音量は最大なのだろう。

『いえーい‼』

 『そんなわけで――』と穂乃果が何か言っているが、ハウリングで周波数の高い音が耳を貫くように響く。咄嗟に耳を手で塞いだが既に遅く、きーんという音が頭蓋骨を響かせているように耳元で反響する。

「何? 爆発?」

 巧と同じく耳を塞いだ理事長が言う。確かにスタングレネードが炸裂したかのような音だ。

「ま、まあ何にしても、あの子達をよろしくお願いします。私も出来る限りのことをしますので」

 苦笑を浮かべながら理事長は言った。

 

 ♦

 講堂。

 グラウンド。

 屋上。

 これまでのライブで、校内にある目ぼしい場所は全て使ってしまった。同じ場所だと目新しさが無い。予選でのライブ会場は各グループ自由だから、校内に縛られず外も視野に入れよう。

 そういうわけで、巧と合流したμ’sは夕方の秋葉原を訪れた。ようやく耳鳴りが治まった巧はすっかり見慣れた喧騒の行き交う街を見渡す。秋葉原はアイドルファンの聖地であり、以前路上ライブをした際も好感触を得られた。だが来てみたは良いものの、メンバー達はこの街を会場にするには抵抗があるらしい。

「秋葉はA-RISEのお膝元やん」

 A-RISEを擁するUTX学院は秋葉原にある。希の言う通りこの街でA-RISEは宣伝頭で、街を挙げてのPR活動が盛んだ。

「下手に使うと喧嘩売ってるように思われるわよ」

 にこの言葉も的を射ている。この街でライブをするということは、既にスクールアイドルで頂点に立っているA-RISEに真っ向から挑むということだ。ラブライブ優勝を目指すからには彼女らを破らなければならないのだが、今は地区予選突破が目的だ。本戦に進む4つの枠――A-RISEは通ったも同然だから実質3枠だが――に入ればそれで良い。

 メンバー達は街頭モニターを見上げる。画面の中でA-RISEの3人が新曲の宣伝をしている。モニターの前にはファンと思わしき人々が歓声をあげていて、それが彼女らの人気を証明している。

「やっぱりすごいね」

「堂々としています」

 ことりと海未が唸る。不安の色が強いが、穂乃果だけは表情を引き締め「負けないぞ」と呟く。

 穂乃果の前でひとりの少女が立ち止まる。

「高坂さん」

 音ノ木坂とは異なる白を基調とした制服だが、見覚えのある少女だ。戸惑う穂乃果に笑みを向ける少女と、モニターに映るA-RISEのセンターにいる少女を巧は交互に見る。

 一拍置いてようやく2人が同一人物であることに気付いた穂乃果が「A-RISE――」と言いかけたところで少女は唇に指を当て、穂乃果の腕を引いて「来て」と走り出す。

「今のは………」

 硬直していた海未の言葉をことりが引き継ぐ。

「A-RISEのツバサさん………?」

「穂乃果、あいつと会ったことあるのか?」

 「いえ、初対面のはずです」と海未は人混みに消えていく2人を追いかける。その後をことりが着いていき、巧も雑踏へと走り出す。

 人、人、人。秋葉原の街はとにかく人が多い。路上を埋め尽くす通行人達を縫うように走り、「待ってー!」という穂乃果の声を頼りに進んでいくうち、巧の視界にμ’sの全てが始まったあのビルが入り込む。他のメンバー達も事に気付いたようで、その2階までガラス張りのビルの懐へと走っていく。

 夕陽が何の障害もなく射し込んでくるロビーの改札前で、穂乃果は棒立ちのまま目の前にいる3人を凝視している。画面の中でしか見たことのない者達。実在していると理解してはいるが、いざ実物を見てもその存在はどこか怪しげで、そこにいる彼女らが果たして画面に映っていた3人と同一なのかさえ認識に齟齬が生じてくる。

「ようこそ、UTX高校へ」

 穂乃果はよく彼女らのPVを見ていた。その歌とダンスがどれ程すごいのか、巧は何度も聞かされている。

 3人の中心に立つ少女、A-RISEのリーダーである綺羅(きら)ツバサはμ’sを歓迎する。

「A-RISE!?」

 にこが上ずった声をあげる。続けてサイン色紙を持った花陽が目を逸らしながら恐る恐る3人の前へと歩いてくる。

「あ、あの……。よろしければ、サイン下さい!」

 「あ、ちょっとズルいわよ!」とにこが花陽の肩を掴んで止めに入るも、ツバサは笑顔で「良いわよ」と応じる。流石はスクールアイドルのトップといったところか。こういったことには慣れているのかもしれない。

「良いんですか!?」

「ありがとうございます!」

 完全にファンになっているにこと花陽だが、穂乃果だけは未だに困惑を拭いきれていない様子で尋ねる。

「でも、どうして?」

「それは前から知ってるからよ。μ’sの皆さん」

 「それに」とツバサの視線が巧へと移った。

「あなたのことも」

 

 ♦

 奥へ進めば進むほど、ここは学校なのかという疑問が大きく膨れ上がってくる。まず、巧は学校でエレベーターを使ったことがない。巧が通っていた学校にもエレベーターはあったが、それは荷物を運ぶためのもので滅多に使われないものだ。

 目的の階へ着きエレベーターの扉を潜ると、そこにはカフェラウンジが広がっている。広い窓からは秋葉原の街が一望できて、生徒達は食事をするなり談笑するなり過ごしている。そのカフェの奥、仕切られた一画にμ’sと巧は通された。

「ゆっくりくつろいで。ここはこの学校のカフェスペースになっているから、遠慮なく」

 ツバサがそう促すも、メンバー達は出されたコーヒーには手をつけずA-RISEへと視線を集中させている。唯一、巧だけは熱いコーヒーに息を吹きかけている。

「あの、さっきはうるさくてすみません」

 花陽がそう言うと、「良いのよ。気にしないで」とツバサの左隣に座る優木(ゆうき)あんじゅが髪を指でいじりながら応える。

「あなた達もスクールアイドルでしょ? しかも同じ地区」

 どこか嬉しそうにあんじゅは言う。負けないという自信なのか。

「一度、挨拶したいと思っていたの。高坂穂乃果さん」

 ツバサに名指しされた穂乃果は「え?」と戸惑う。当然の反応だ。目指すべき存在から名前を知られていたのだから。

「下で見かけたとき、すぐあなただと分かったわ。映像で見るより本物の方が、遥かに魅力的ね」

 どこがだ、と巧は穂乃果を一瞥する。少なくとも撮影したPVの方がましだ。普段の生活ぶりを知ったらツバサの評価は180度変わるかもしれない。

 ツバサの右隣に座る統堂英玲奈(とうどうえれな)が言う。

「人を惹きつける魅力。カリスマ性とでも言えば良いのだろうか。9人いてもなお輝いている」

 「はあ」と穂乃果は曖昧な相づちを打つ。カリスマ性なんて不明瞭なものなど目に見えるはずもない。そもそも何故ここへ連れてきたのか、巧はA-RISEの3人を探るように眺めながら冷めたコーヒーを啜る。その答えをツバサは告げる。

「わたし達ね、あなた達のことずっと注目していたの」

 μ’sは全員が目を見開く。その反応が面白いのか、笑みを零したあんじゅが言う。

「実は前のラブライブでも、1番のライバルになるんじゃないかなって思っていたのよ」

 「そ、そんな……」と絵里は満更でもなさそうに言う。「絢瀬絵里」と英玲奈は絵里の名前を確認するように。

「ロシアでは常にバレエコンクールの上位だったと聞いている」

 あんじゅの視線は絵里の隣にいる真姫へ。

「そして西木野真姫は作曲の才能が素晴らしく」

 真姫から海未へと流れ、言葉はツバサに引き継がれる。

「園田海未の素直な詞と、とてもマッチしている」

 次にツバサは凛へとその目を向けて。

「星空凛のバネと運動神経は、スクールアイドルとしては全国レベルだし」

 凛から花陽へ。

「小泉花陽の歌声は個性が強いメンバーの歌に見事な調和を与えている」

 「牽引する穂乃果の対になる存在として」と英玲奈は希へと向き。

「9人を包み込む包容力を持った東條希」

 「それに」とツバサの視線はことりへ。

「秋葉のカリスマメイドさんまでいるしね。いや、元と言ったほうが良いのかしら」

 恥ずかしそうにことりは俯く。留学を機にメイドカフェのバイトは辞めたと聞いている。結局留学も取り消しになったが、μ’sの活動に専念するために復帰はしないらしい。

 「そして矢澤にこ」と呼ばれた当人は表情を引き締める。まなじりを釣り上げていたツバサは満面の笑みを浮かべる。

「いつもお花ありがとう」

 「ええ!?」とメンバー達はにこを驚愕の目で見る。

「昔から応援してくれているよね。すごく嬉しいよ」

 「いや、その……」と狼狽するにこに絵里が「にこ、そうなの?」と。「知らなかったんやけど」と希も。

「いやあ、μ’s始める前からファンだったから」

 笑顔を取り繕っていたにこは「って、そんなことはどうでもよくて」と立ち上がる。

「わたしの良いところは?」

 ツバサは嬉しそうに笑いながら答える。

「グループになくてはならない小悪魔ってところかしら」

 ぷ、と巧は思わず吹き出してしまう。危うくコーヒーが鼻から出そうになった。こいつが小悪魔とは。それを見逃さなかったにこは巧へと詰め寄る。

「あんた今笑ったわね?」

「お前が小悪魔って………」

 「みっともないから止めて」という真姫の制止で直接的な衝突は回避され、にこがソファに腰掛けたところでツバサの視線は巧へ。

「μ’sのマネージャーさん、ですよね? お名前、聞いても良いですか?」

 「乾巧だ」と巧は答える。そもそも、何故巧まで同席しているのか疑問だった。メンバー同士で話すのに、表向きではあるがただのマネージャーである巧はいらないはず。

「音ノ木坂での怪物騒ぎは噂になっています。それと戦う戦士のことも」

 続けて英玲奈が。

「ネットで画像や動画も出回っているが、ニュースになったことは1度もない。不思議に思っていた」

 恐らくスマートブレインがマスコミに圧力をかけたのだろう。もしくは、企業を援助する政府の方か。だとすれば、政府の中にもオルフェノクに関係する者がいるのかもしれない。

 あんじゅが興味深そうに巧を見てくる。

「学校でも話題になってるわ。怪物と戦う仮面の戦士、『仮面ライダー』ってね」

 何とも捻りのないネーミングだ。まあ、ファイズに変身した自分が何て呼ばれようが構わない。問題はファイズとオルフェノクについて引き合いに出されていることだ。

「仮面ライダーか。何だかカッコいいね」

 凛がしみじみと言う。「おい」と巧は余計な事を言うなと視線を向けるが、当人に意図は伝わっていないようで不思議そうな視線を返される。

 ツバサは確信したかのように笑みを浮かべて。

「やっぱり、乾さんが仮面ライダーだったんですね」

「だったら何だ? ついでにこの学校も守れってのか?」

 「ちょっと」とにこが巧を睨む。

「あんたA-RISEに何て口きいてんのよ」

「お前は黙ってろ」

 巧が普段より険を込めてそう言うと、にこは素直に黙ってコーヒーを啜る。ツバサは申し訳なさそうに笑った。

「別に、そういうつもりじゃありません。この辺りで怪物が出たことはないですし」

 当然と言えば当然か。スマートブレインの標的は音ノ木坂学院とμ’sなのだから。

「ただ、μ’sを守っているのがどんな人か知りたくて。怪物なんかにラブライブを邪魔してほしくありませんから」

 本当にそれだけだろうか。神経質すぎる気もするが、何か企みがあるのではないかと思ってしまう。巧の剣幕を見やり、恐る恐る絵里が尋ねる。

「何故、そこまで?」

「これだけのメンバーが揃っているチームは、そうはいない。だから注目もしていたし、応援もしていた。そして何より、負けたくないと思ってる」

 そう告げるツバサは穂乃果をじっと見つめる。ここで巧はこの場が単なる談笑の席でないことを悟る。これは宣戦布告だ。

「でもあなた達は全国1位で、わたし達は――」

 「それはもう過去のこと」とあんじゅが海未の言葉を遮る。続けて英玲奈が。

「わたし達は純粋に今この時、1番お客さんを喜ばせる存在でありたい。ただそれだけ」

 その言葉にμ’sは物怖じした様子で3人を見つめる。ツバサはソファから腰を上げる。

「μ’sの皆さん。お互い頑張りましょう。そして、わたし達も負けません」

 ツバサに続いて、英玲奈とあんじゅも立ち上がって歩き出す。その堂々とした歩みはトップアイドルとしての威厳だろうか。

 「あの」と穂乃果はカフェスペースから出ようとした彼女らの背中を呼び止める。3人は振り返り、穂乃果は真っ直ぐとA-RISEを見据える。

「A-RISEの皆さん」

 穂乃果がそう言うとμ’sのメンバー達が一斉に立ち上がる。今まで追いかけてきた者達と同じ居場所に立とうとするように。

「わたし達も負けません」

 穂乃果はそう宣言し、頬を緩ませて「今日はありがとうございました」といつもの表情に戻る。そんな穂乃果をA-RISEは意外そうに見つめるも、ツバサだけは不敵な笑みを零す。

「あなたって面白いわね」

 「え?」と穂乃果は間の抜けた声をあげる。ツバサは嬉しそうだ。トップアイドルとして君臨してきた彼女らに、こうして真正面から宣言する者はいなかったのかもしれない。

「ねえ、もし歌う場所が決まっていないなら、うちの学校でライブやらない?」

 これにはメンバー達だけでなく、巧までも「え?」と聞き返してしまう。

「屋上にライブステージを作る予定なの。もし良かったら是非。1日考えてみて」

 掴み所のない少女だ、と巧は思う。ライバルとして目を付けていたのなら潰そうとするのが合理的だ。でも、A-RISEもμ’sと根底は同じなのかもしれない。純粋に客を楽しませたい。客を楽しませる1番の存在でありたい。ラブライブという最も客を楽しませる大会でどちらが上か、同じ条件で勝負をしたいということだ。

 それを理解しているのか、それとも厚意と受け取ったのか、穂乃果は迷わず答える。

「やります!」

 

 ♦

 会場に適した場所が無いなら作ってしまおう。そんなことをやってのけるUTX学院の財力には驚かされる。多分このような設備のために学費も莫大なのだろう。もし雪穂が志望校を音ノ木坂に変えていなかったら、高坂家の家計は火の車になっていたに違いない。

 夕刻の秋葉原の街がどんな様相なのか、ビルの屋上からはよく見渡せる。こうして街を高所から見ると自分が強い権限を持つ存在になったと錯覚しそうだが、生憎巧はそんな傲慢さは持ち得ない。ただ、オルフェノクが地球を支配する種となったらこの街並みはどう変わっていくのか、という感慨を覚える。

 「王」によって不死の命を得た生命体が溢れかえる地球。人間という種が生まれてから1万年という歳月をかけた文明は崩れ去り、オルフェノクによる新しい文明が築かれるのだろうか。崩れるとしても、それは膨大な時間を要するのかもしれない。生み出すのと破壊するのは、同じくらいの時間がかかる。その時間を省いて進化を遂げた結果、オルフェノクは自分達の世界を築く命という「時間」を省いてしまった。

「あの、マネージャーさん」

 背後から少女の声が聞こえて、巧は振り返る。制服からしてUTX学院の生徒のようだ。

「そろそろライブ始まりますので」

「ああ」

 予選のライブは中継だ。学校の入口に設置されているモニターにも、当然A-RISEのライブ映像が流される。それを目当てにビルの前には人だかりができていて、今か今かと皆目を輝かせているのが見える。陽が暮れかけていて、空は昼と夜が混ざり合った不安定な色を映している。現実味がないこの時間に、アイドルというものはどんな時間を観客に与えるのだろう。

「にしてもお前んとこのグループは物好きだな」

 屋上に作られたステージを眺めながら巧は言う。音ノ木坂もグランドや屋上にステージを作ったが、それとは比べ物にならないほど豪奢だ。生徒は苦笑する。

「ツバサは負けず嫌いですから。前回のラブライブも、μ’sがエントリーを辞退してとても悔しがっていましたし。だから、今回こうして競えるのが嬉しいんですよ」

「前回優勝者の余裕ってやつか」

 「そうじゃありません」と少女は強く言う。しまった、と巧は自分の発言を戒める。この少女は花陽と同じ気質なのかもしれない。

「ツバサと英玲奈とあんじゅは、人に見せないだけでとても厳しいレッスンを受けてきたんです。ステージの上ではいつも笑顔ですけど、上手くいかなくて泣いているのも見てきました」

 生徒はそこで視線を僅かに下ろす。

「A-RISEは、うちの芸能学科全員が受けるオーディションで選ばれた3人で結成されたんです。学校の看板になるから、皆ものすごく頑張ってました」

「お前もオーディション受けてたのか?」

「………はい。落ちたときは落ち込みましたけど、あの3人じゃ仕方ないです。誰よりも努力してるって、歌とダンスを見れば分かりますから」

 生徒はそう言って顔を上げる。気のせいか、涙を零すまいとしているように見えた。辛いことを思い出させてしまった、と巧は自分の軽率さに苛立ち、かけるべき言葉を探すが見つからない。

 「でも」と生徒は笑顔を向けてくる。

「わたしもまだ諦めてませんよ。頑張れば、わたしもきっとステージで歌えるって信じてます」

 一度敗れた夢。それまで信じていたものが崩れ去っても、まだ夢を抱き続けることは相応の勇気が必要だ。巧は思う。守ると決めた人間の汚い部分を見ても、それでも自分は今の夢を持ち続けていられるのだろうか、と。

「わたし、森内彩子(もりうちあやこ)っていいます」

 巧も名乗ろうとしたところに、「彩子」と呼ぶ声と共に2人の生徒が走ってくる。

「急がないと、そろそろライブ始まっちゃうよ」

 ボブカットの少女が口を尖らせ、彩子は「ごめんごめん」と謝罪する。癖のある長髪の少女が巧を見て、「あの、あなたは?」と尋ねてくる。巧本人ではなく彩子が答える。

「この人はμ’sのマネージャーさん。あ、紹介しますね。わたし達、『ヴェーチェル』ってユニット組んでるんです」

 彩子はボブカットの少女を手で示し。

「作詞担当の楠條愛衣(くすえだあい)と」

 次に長髪の少女を指し示し。

「作曲担当の飯保里香(いいぼりか)です」

 最後に自分の胸に手を添えて。

「そして、わたしがリーダー兼ダンス担当です」

 UTX学院がA-RISE以外にスクールアイドルを輩出しているなんて聞いていない。同じUTX学院なら少しは注目されるだろう。

「お前ら、ラブライブにエントリーはしてないのか?」

 今日は地区予選当日。なのに彼女らは制服のままだ。巧が尋ねると、彩子は気まずそうに笑う。また余計なことを言ってしまったか、と巧は口をつぐんでしまう。だが、言ってしまってはもう遅い。

「わたし達、自分達で勝手に始めたから学校のサポートとか受けられなくて、エントリーも許可されなかったんです」

 夢を叶える者がいれば、当然敗れる者もいる。後者の方が圧倒的に多いだろう。誰かが喜ぶ傍らで誰かが悲しみに打ちひしがれている。抱く者全ての夢が叶えば良い。そう思っても、簡単に叶ってしまう夢に価値はあるのだろうか。いや、夢に価値なんてつけるものじゃない。

 夢は夢だ。

 時々すごく切なくなって、時々すごく熱くなれる。

 他人から見て無価値でも、当人にとっては何者にも変えられない宝物だ。

 

 ♦

 

 まだ完全な夜になる前に、A-RISEの3人はステージ上で待機する。衣装に着替えたμ’sのメンバー達は不安と、トップアイドルのライブを間近で見られることの期待が入り混じった眼差しを向けている。圧倒的に不安が大きいだろうが、この2週間は練習に気合が入っていたように見える。A-RISEとの邂逅が、μ’sにとって良い刺激をもたらしたことは違いない。

 「ん?」というカメラマンの声が聞こえ、巧の意識はステージから横へと逸れる。

「なあ、変なの映ってないか?」

 「どれだ?」と別のスタッフがテレビ番組の撮影にでも使われそうな業務用カメラのレンズを覗き込む。カメラのレンズが向く方向を巧も視線で追う。ステージの影。そこに同化していた灰色の異形が軽々とした跳躍でステージへと登っていく。

 巧は持参してきたギアケースから出したベルトを腰に巻いた。

 5・5・5。ENTER。

『Standing by』

「変身!」

『Complete』

 フォトンストリームの発する光を纏い、巧はファイズに変身した。ステージに飛び乗り、オルフェノクの顔面を殴り、更に胸へ蹴りを見舞ってステージから降ろす。

「乾さん……」

 目を見開いたまま動けずにいたツバサが絞りだすように呼ぶ。

「お前らはライブのことだけ考えろ」

 それだけ言ってファイズはステージから飛び降りる。体の節々に花弁のようなひだを揺らすアネモネオルフェノクの首根っこを掴み、抵抗する間も与えず屋上の縁から共に身を投げる。

 落下時の強い風圧を受けた後、地面に触れた背中に凄まじい衝撃がファイズのスーツを打つ。強化された超合金製の鎧だが、さすがに高層ビルの屋上から落ちればただでは済まない。死にはしないものの、激しい痛みに悶えながらファイズは落下した地点の周囲を見渡す。校舎ビルの裏手らしく、人は正面入口のモニターに集中しているからひどく静かだ。

 曲のイントロが聞こえてくる。初めて聞く曲だ。そこで、ラブライブで歌える曲は未発表のものに限られるから当然であると気付く。この灰にまみれた戦いのBGMとして不釣り合いな、スマートでありながらどこか情熱的な曲だ。

 よろめきながら立ち上がったアネモネオルフェノクの手から鞭が伸びる。まるで植物のつるのようにしなる鞭はファイズの首に巻き付き締め上げてくる。鞭を引き千切ろうとするが、まるでワイヤーのように硬い。

 鞭を引き、当然武器を掴んでいるアネモネオルフェノクはファイズの方へと引き寄せられてくる。自分から向かってきた敵の腹に、ファイズは蹴りを見舞う。アネモネオルフェノクの体が吹き飛び、その手から鞭が離れた。首に巻き付いた鞭を解き、ファイズはポインターにミッションメモリーを挿入する。

『Ready』

 立ち上がったアネモネオルフェノクの胸で灰色の花が花弁を開く。何をするつもりか、攻撃へ転じられる前にファイズはポインターを右脚に装着しフォンのENTERキーを押す。

『Exceed Charge』

 フォトンストリームを通じてエネルギーがツールへ充填され、ファイズは跳躍する。ポインターから放たれたマーカーがアネモネオルフェノクを捉えた瞬間、胸の花から花粉が霧のように立ち込めて姿を隠す。

「はあああああっ」

 かろうじて視認できるマーカーに向けてクリムゾンスマッシュを放つが、右足は敵の体を貫くことなく、ただ空を蹴って着地と同時にエネルギーがアスファルトを砕くだけだった。

 花粉はほどなくして風に流されたが、既にそこに灰色の存在は影も形もない。A-RISEの曲も終わっていて、ただ入口からの歓声のみが聞こえる。

 ファイズはフォンをバックルから抜いた。キーを押して変身を解除すると、再び曲のイントロが流れてくる。皆で立ち止まり、迷い、それでも進んでいるという希望を歌う曲が。

 生身になった巧は掌を見つめる。痛みも苦しみもなく、灰はさらさらと風に乗って空へと昇っていく。自分の体の一部だったそれを視線で追い、巧は完全に陽が暮れた空を見上げる。秋の夜空は空気が澄んでいて星がよく見える。今夜はとりわけ、星々の群れが天の川を成して夜空を流れていく。

 灰にまみれた自分には皮肉としか言いようがない美しい夜だ、と巧は思った。




 今回登場したアネモネオルフェノクも読者様からアイディアを頂いたオリジナルオルフェノクです。これからの活躍をお楽しみに!

 『ラブライブ! サンシャイン‼』とのクロスオーバーも書きたいと思い始めたのですが、クロスさせるライダーが中々見つかりません………。『サンシャイン‼』はまだ完結していないので、アニメ2期が終わってからまた考えたいと思います。

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