ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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h:hirotani 友:友人(凛ちゃん推しのラブライバー)

友「『SAO』の小説もやってたんだな」
h「読んでくれたんだ。ありがとう」
友「『ラブライブ!』のやつは今すぐ打ち切りにしてくれ! 嫌な予感がしてたまらない!」
h「大丈夫だよ」
友「お前の大丈夫は信用ならん! 今すぐ軌道修正しろ! ヒロインは凛ちゃんでほのぼのラブラブなやつだ。そうすりゃたっくんも幸せになれるだろ!」
h「もう遅いわ! ふはははははははは‼」

 先日こんなやり取りがありました。


第2話 優勝をめざして / 潜む野望

 第2回ラブライブに優勝するために、μ’sは再び走り出す。ともなれば最初の関門である地区予選突破に向けて歌唱力とダンスを磨こうとメンバー達は練習に意欲的だ。マネージャーという役目を与えられながらも、巧はオルフェノクからの警護として音ノ木坂学院への来校を許可されている。だから巧は歌とダンスに関して彼女らにアドバイスできることは何もない。学校に来てメンバー達が練習に励む間、巧のすることはもっぱら部室で暇を持て余すことだ。備品としてアイドル研究部の部室にはスクールアイドル関連の雑誌やCDやDVDが大量に納められている。でもアイドルにさほど興味のない巧はそれらの資料に目を通す気にはなれず、その日もお茶を飲んでくつろいでいた。

「大変です!」

 巧ひとりだけの静寂は、激しい剣幕で部室のドアを乱暴に開けた花陽によって破られた。こうなった花陽を止める術がないことを知った巧は文句を言う隙も与えられず、放課後にメンバー達が集まった屋上へと連れ込まれた。

 メンバー達に花陽は告げる。

「大変です! わたし達、このままじゃラブライブに出場できません!」

 メンバー達は悲観の声をあげて、「どういうこと!?」と花陽の前に踏み出したにこが問う。花陽は臆すことなくメンバー達を見据える。普段からこんな感じで堂々とすればいいのに、と巧は思う。

「ラブライブの予選で発表できる曲は今までに未発表のものに限られるそうです」

 「未発表……」とことりが反芻する。続けて穂乃果が概要を要約してくれる。

「てことは、つまり今までの曲は使えないってこと?」

 これからパフォーマンスのクオリティを上げようと盛り上がっていたところでその制限は酷だ。今まで発表した中で最も人気のある曲で挑むのが定石だが、新曲となるとリスクが高い。初めて披露するわけだから、観客の受けが良いか予測できないのだ。

 「何で急に!」というにこの問いに花陽は早口で答える。

「参加希望チームが予想以上に多く、なかにはプロのアイドルのコピーをしている人達もエントリーを希望してきたらしくて」

 そういえば、穂乃果から聞いたことがある。とある高校のスクールアイドルの曲に聞き覚えがあると思ったらプロの曲をカバーしたものだったと。スクールアイドルはアマチュアだから、芸能プロダクションに所属するプロよりは自由に活動できる。プロのコピーは活動においては最も手軽だ。作詞も作曲も省けるのだから。

「この段階でふるいにかけようってわけやね」

 希の言葉はまさに実行委員会の目論見だろう。前大会が成功したとはいえ、ここまで盛り上がりを見せるとは予想できなかったのかもしれない。だが、今回は全てのスクールアイドルに平等にチャンスを与えるものだ。どこのアイドル達も躍起になるだろう。

「これから1ヶ月足らずで何とかしないと、ラブライブに出られないってことよ」

 絵里が落ち着いた口調で言う。すると「こうなったらば仕方ない」とにこが得意げに。

「こんなこともあろうかと、わたしがこの前作詞した『にこにーにこちゃん』という詞に曲を付けて――」

「そんでどうすんだ?」

「スルー!?」

 タイトルからして負け戦だ。真姫だって曲を付ける気にならないだろうに。

「何とかしなきゃ! 一体どうすれば………」

 穂乃果はすがるような視線を絵里に向ける。絵里は静かに、だが強く告げる。

「………作るしかないわね」

 そう、ここで嘆いても仕方ない。地区予選まであと1ヶ月もない。一刻も早く新曲を作らなければならないのだ。このタイミングで制限が発表されたのも、参加グループを減らすためだろう。実行委員会も女子高生相手に大人げない。

 「真姫」と絵里が呼ぶと、真姫は意図を悟ったのか苦笑を浮かべて「もしかして……」と呟く。

「ええ、合宿よ!」

 

 ♦

 あれは確か、落ち着いた日常を得てしばらく経った頃だと思う。

 いつも通り啓太郎の店の仕事をして、仕事終わりにテレビを見ていた。特に好きな番組だったわけではなく、俺はぼんやりと画面を眺めていた。毎日同じことの繰り返し。その日の昨日も一昨日と同じ日常。きっと明日も明後日も今日と同じことを繰り返し、日々を過ごしていくのだろうと思っていた。

「巧、ご飯だよ」

 テーブルに食器を並べながら真理が声をかけてくる。啓太郎はまだ配達から帰っていなくて、先に2人で食べてしまおうと真理は夕食を作った。

 俺は「ああ」と気のない返事をしてソファから立ち上がろうとしたが、脚の力が抜けて床に膝をついた。真理は慌てた様子で駆け寄り、俺の顔から灰が零れた床へと視線を落とした。

「巧………、これってどういうこと?」

 必死に隠してきたが、見られてしまってはもう誤魔化しようがない。だから俺は正直に打ち明けた。

「………オルフェノクは長く生きられない」

 俺がそう言うと真理は目を剥きながら「そんな………」と消え入りそうな声を出した。真理は灰が零れる俺の手をそっと両手で包み込んでくれた。

「嫌だ……、もう嫌だよ。巧までいなくならないで………」

 真理は泣いていた。俺のために泣いてくれた。それがとても嬉しくて悲しかった。こんな顔を見るのなら、真理と出会わなければよかったとさえ思った。

 俺は真理の涙を拭おうとしたけど、できなかった。俺の手は灰にまみれていて、真理を汚してしまうと思った。誰にだって別れの時は来る。俺の場合、人間よりも早いだけだ。でも、近くにいるともっと長く一緒にいたいと欲が出てしまう。俺は怖かった。俺が死んだとき、真理が今よりも悲しんで涙を流してしまうことを。啓太郎もきっと、いや絶対に悲しむ。オルフェノクの幸せさえ願ってしまうあいつは、きっといつまでもめそめそ泣いて仕事どころじゃなくなる。

 そんなことはあってはならない。2人には叶えたい夢がある。俺の死に悲しんでいる暇なんてない。それに、2人が夢を叶えて幸せになることが俺の見つけた夢だ。俺の死が俺自身の夢を壊してしまう。

「泣くなよ、真理」

 俺はそれしか言えなかった。それ以上に言葉をかけてしまうと、真理の悲しみを助長させてしまう気がしたから。伝えたい気持ちは胸の中で溜まっていくばかりで、俺はそれを吐き出せなかった。

 真理、泣かないでくれ。

 俺はお前の涙を見たくて戦ってきたんじゃない。お前と啓太郎に笑ってほしかったんだ。お前らには夢のことだけ考えてほしかった。

 オルフェノクでも人間でも、いつか死ぬことに変わりはない。誰かが死ぬ度にいちいち悲しんでたら、前に進めなくなるぞ。

 だからもう泣かないでくれよ。俺のために流す涙なんて時間の無駄だ。

 俺自身も、悲しくなる。

 

 ♦

 目蓋を開くよりも先に、がたんごとんと電車が揺れる音を認識する。

 三原には黙っているように言ったが、元気にやっているから心配するなと連絡ぐらいはするべきだろうか。そう思いながら巧は目を開く。ボックス席の向かいでよだれを垂らしながら寝ている穂乃果が視界に入る。何ともおめでたい顔だ。窓の外を見やると、木々と山々が過ぎ去っていく。

 荷物が置き引きに遭っていないか視線を隣へと移したところで、巧は違和感を覚える。車内が静かすぎる。乗ったばかりのときはメンバー達がはしゃいで騒がしかったというのに。席を立って車両を見渡すと、乗客が殆どいない。まさか、とポケットから出した携帯電話を見ると、何件もの着信履歴が表示されている。

「おい穂乃果、起きろ!」

 乱暴に肩を揺さぶると、穂乃果はゆっくりと目蓋を開いて焦点の合っていない寝ぼけ眼を向けてくる。

「ん……、どうしたの?」

「寝過ごしたぞ!」

「………んあ?」

 まだ言葉を理解するまで意識がはっきりしていないのか、穂乃果は目を擦りながら間抜けな声を漏らした。

 

 ♦

「たるみ過ぎです!」

 バスを降りてすぐ、停留所で待っていたメンバー達が安堵した顔で出迎えるなか唯一海未が叱責を飛ばしてくる。この辺りの駅は1時間に1本という運行状況で、次の電車を待つよりはバスで移動したほうが早い。

「だって、みんな起こしてくれないんだもん! ひどいよ」

 目に涙を浮かべながら穂乃果は抗議する。

「ごめんね。忘れ物ないか確認するまで気付かなくて………」

 ことりが申し訳なさそうに言う。自分達2人はもの扱いか、と文句が出そうになるが年上の威厳が失われた巧は喉元で押し殺す。それを良い事に海未の叱責は巧にも飛び火する。

「巧さん、あなたまで寝てしまったら誰が穂乃果を起こすんですか!」

「お前が起こせよ」

 我慢できず文句を言う。同時に登山ウェアにザックという海未の出で立ちに意識が向く。

「てかお前その恰好何だよ?」

「山ですから」

 海未はさも当然のように言う。西木野家の別荘は山の中にあると聞いたから動きやすい服装で来たが、海未は重装備だ。ご丁寧に帽子まで被っている。洒落たキャップやニット帽ではなく、つばの広いサファリハットだ。

「さ、早く行きましょう。山が呼んでいますよ」

 そう言って海未は楽しそうに歩き出す。他のメンバーも巧と同じことを思っているようで苦笑を浮かべた。

 西木野家の別荘で合宿をするのならまた海辺の別荘かと思っていたのだが、西木野家は夏用と冬用と分けて別荘を所有しているらしい。休日を利用して訪れた別荘は都内から遠く離れた地方の山の中に建っていて、周囲に広がる森は都会の喧騒を忘れさせてくれる。森の中にある別荘だからコテージのような小さいログハウスを想像していたのだが、到着した別荘は海辺のものと同じく別荘にしておくには勿体ないほどの豪邸だ。

 外装を見て感嘆の声をあげたメンバー達の興奮は中に入っても冷めることなく、特に穂乃果と凛はテーマパークにでも来たかのようにはしゃいでいる。たかが別荘にピアノを置くことも驚きだが、2人が一際興味を引かれたのはリビングの暖炉だった。

「凄いにゃー! 初めて暖炉見たにゃー!」

「凄いよね! ここに火を――」

 「点けないわよ」と真姫が暖炉を覗き込む2人に告げる。

「まだそんな寒くないでしょ。それに、冬になる前に煙突を汚すとサンタさんが入りにくくなるって、パパが言ってたの」

 「パパ?」と穂乃果が、「サンタ……さん?」と凛が呟く。まさか真姫はサンタクロースの存在を信じているというのか。高校生にもなってそんなものを信じる者など絶滅危惧種に等しい。因みに巧は10歳の頃にサンタクロースという幻想を捨てた。クリスマス直前にマウンテンバイクが欲しいと手紙を出したのだが、12月25日の朝に枕元に置いてあったのはマウンテンバイクのミニチュア模型だった。

「素敵!」

「優しいお父さんですね」

 ことりと海未は話を合わせる。もっとも、親子の微笑ましいやり取りであることに違いないが。真姫は得意げな顔をする。

「ここの煙突はいつもわたしが綺麗にしていたの。去年までサンタさんが来てくれなかったことは無かったんだから」

 巧には何となく真相が分かる。おそらく子供達が信じるサンタクロースの正体は、多くの家庭で共通していることだろう。というより、真姫はサンタクロースなどという不法侵入者を受け入れたのか。初めて巧と出会ったときは不審者扱いしてきたというのに。

「証拠に中見てごらんなさい」

 穂乃果と凛は暖炉の薄暗い奥底を注視する。煤が全く付いてない暖炉の壁面にチョークで描かれたサンタクロースと雪ダルマのイラストとThank youという文字は、巧からも遠目で見える。

 ぷぷ、という声が聞こえて視線を横に流すと、隣に立つにこが必死に笑いを堪えている。

「真姫がサンタ………」

「にこちゃん!」

「それは駄目よ!」

 花陽と絵里が止めに入る。

「サンタって……。それ完全に真姫の――」

「駄目ー!」

 巧の言葉は飛びついて口を手で塞いできた凛によって阻まれる。鼻も塞がれたから呼吸ができない。乱暴に振り払い「殺す気か!」と文句を言う巧に穂乃果が「駄目だよ!」と

「それを言うのは重罪だよ」

 「そうにゃ」と凛が続く。

「真姫ちゃんの人生を左右する一言になるにゃ!」

「だってあの真姫よ。あの真姫が――」

 我慢できず言いそうになるにこを真姫以外全員のメンバーで取り押さえる。何のことか全く理解していない真姫は、眉を潜めながらそのやり取りを眺めていた。

 

 ♦

 山はとても静かだ。風で葉が擦れる音と鳥のさえずり、川のせせらぎしか聞こえない。ずっとこんな居場所で暮らしていたいと思うが、現実問題として市街から遠く離れたこの山岳地は現代で住居を構えるには適さないだろう。それに、リゾート地というものはたまに来るから価値がある。長く過ごしていくうちに飽きる。

 こんな日和は昼寝をするに限るのだが、巧は川のほとりでアウトドア用の折りたたみ椅子に座って竿を握ったままぼんやりと水面を眺めている。日光を反射する川は穏やかに揺れている。

 この合宿の目的は新曲を作ることであり、時間もあまりない。曲作りを手掛ける真姫、海未、ことりの3人は別荘でそれぞれの作業に集中し、他のメンバー達は外でダンスレッスンということになった。レッスンの必要はなく、また3人の作業を手伝うこともできない巧は、こうして別荘の物置にあった道具で釣りにふけっている。

 始めて結構な時間が経っているが、浮きはまったく動いていない。試しに引き揚げてみると、糸に付けた小魚を模した疑似餌がてらてらと光っている。真姫の父親が毎年アユを釣り上げるスポットらしいが、川を覗き込んでもアユなんて影すら見えない。坊主のまま戻るのも気が引ける。一応、滞在中の食糧は持ち込んであるから収穫がなくても困らないが。

 何も起こらないとすぐに疑問が浮かんでくる。スマートブレインの目的は何か。なぜ琢磨と海堂はそれを巧に教えないのか。近いうちに紹介すると言っていた協力者は何者か。あの2人と関わっているということはオルフェノクか。人間でも、オルフェノクを知っている者だろう。

 巧は焦りを自覚する。海堂に打たれた薬のお陰で灰化は起こっていないが、琢磨はまだ危ない状態と言っていた。そう遠くない内に、巧の体は再び崩れ始める。それなのに、なぜ2人は敵の目的を明かさないのか。倒すべき敵が定まれば倒すだけ。ファイズとカイザという、対オルフェノク用のベルトを2本も所持しているのだ。それだけでも十分な利があるというのに、琢磨はなぜ出し惜しみをするのか。

 ふと、葉の音に混じって叫び声が巧の耳孔に入り込む。まさか、と巧は持ってきたファイズギアケースのロックを解除する。中身を取ろうと手をかけたとき、川に切り立った崖の上から2つの人影が飛び出してくる。

「嘘お!?」

 自分達が飛び出した場所を視認したにこと凛は、困惑を吐きながら重力に従って水面へと飛沫を盛大にあげて突っ込んでいく。何があったのかは分からないが、落ちたのが川で良かった。そんなに高くない崖だが、落ちた先が地面だったら死ぬ高さだ。

 巧はギアケースを閉じてロックをかける。

「おい、大丈夫か?」

 波紋が揺れる水面に、巧はそう呼び掛けた。

 

 ♦

 ぱちぱちと火が音を立てて燃える暖炉のなかに、巧は薪を1本投げ入れる。新たな燃料を得た火は薪を焦がし火の粉を撒く。まだ暖炉を焚く季節ではないが、全身ずぶ濡れになったにこと凛に暖を取らせるために火を点けることになった。できることなら火は点けたくなかったのだが、2人に風邪をひかせるわけにはいかない。幼い頃に巻き込まれた火事で火が怖くなったという巧のトラウマを、少女達に明かしても意味はない。

 服を着替えて頭にタオルを被った2人は同時にくしゃみをする。絵里は呆れた様子だ。

「もう、無事だから良かったけど」

 「ごめんなさい」と凛は沈んだ声で謝罪する。休憩中リスに盗まれたにこのリストバンドを取り返そうとしたら、急な坂に止まれなくなって巧が目撃した光景へ至るという。

「凄い! 本物の暖炉!」

 火が燃えている暖炉を凝視していた穂乃果が感嘆の声を漏らし、「少しは心配しなさいよ!」とにこが声を荒げる。

「静かにしないと。上で海未ちゃん達が作業してるんやし」

 ソファに座る希が嗜めると、にこは不貞腐れた様子でそっぽを向く。「あ、そうか」と思い出したように穂乃果はリビングに置いてあるピアノへと視線を向ける。鍵盤の蓋が開けられたピアノは無人のまま佇んでいる。

「真姫はどうしたんだ?」

 巧の質問に穂乃果は「さあ」と首を傾げる。作曲にピアノは使わないのだろうか。そんなことを思っていると、ドアから盆を持った花陽が入ってくる。

「お茶用意しました」

 花陽はにこと凛に湯呑みを渡す。お茶はメンバー全員と巧の分も用意されている。

「お茶淹れるのはあんたの仕事じゃないの?」

 受け取った湯呑みに息を吹きかける巧に、にこは訝しげに言う。

「何で俺がそんなことしなきゃならないんだ?」

「マネージャーでしょ。海未達にはあんたが持っていきなさい」

 否定したいが、もはや巧は理事長公認でμ’sのマネージャーにされてしまった。実際、有事の際にオルフェノクと戦うこと以外は何もしていない。

「分かったよ」

 憮然とそう言った巧は花陽から盆を受け取る。

「あ、じゃあわたしも行くよ。様子見たいし」

 リビングを出たところで穂乃果が後をついてくる。2階に上がると、そこは不気味とも言える静寂が漂っている。

「うわ……、静か。みんな集中してるんだな」

 囁くような小さい声で穂乃果が言う。邪魔をしないようにさっさとお茶を置いていくのが1番だ。穂乃果はドアをノックし、「海未ちゃーん」と探るように声をかけてドアを開ける。

「あれ?」

「どうした?」

「海未ちゃんがいない」

 トイレじゃないのか、と思いながら巧は穂乃果に続いて部屋に入る。お茶だけ置いて早く他の2人の部屋に行こうと机へと歩き、無人の机に置いてある1枚の紙に気付く。

 

 探さないで下さい……… 海未

 

 家出か。

 紙に書かれている毛筆の文字を見て、巧は内心で突っ込みを入れてしまう。書置きに気付いた穂乃果はひどく慌てた様子で隣の部屋へと向かう。

「ことりちゃん! 海未ちゃんが――」

 「だあああああああああっ‼」という叫びが聞こえて、巧も急いでことりの作業部屋に入る。壁に飾られた絵画に「タスケテ」と切り取られた布が貼り付けられている。

 ダイイングメッセージか。

「た、大変だ……。たっくん、2人を探さなくちゃ!」

 ふと、巧の視線が床に落ちる。本来なら衣装に使われるであろう布生地がロープのように結ばれて窓へと伸びている。巧が窓際へ歩くと、スパイ映画ばりの簡易ロープを追って穂乃果も窓の外を見やる。

「あ、あれ?」

 木陰で座り込む3人を見て、穂乃果はそう漏らす。3人は一斉にため息を吐く。それが伝播したかのように、巧も深くため息をついた。

 

 ♦

 スランプ。

 普段通りの実力が出せない状態をそう言う。もっとも、普段から不器用で何事も上手くできない巧には理解し難い悩みだが。ソファに座る海未、ことり、真姫は気まずそうにしている。この合宿が何に向けて企画されたのかを思い出せば、スランプの理由はすぐに分かる。その理由を絵里は代弁してくれる。

「つまり、今までよりも強いプレッシャーがかかっているということ?」

 「はい」と申し訳なさそうに海未が肯定する。

「気にしないようにはしているのですが………」

 続けてことりが。

「上手くいかなくて、予選敗退になっちゃったらどうしようって思うと………」

 真姫だけは強気だが、メンバー達からは顔を背けて。

「ま、わたしはそんなの関係なく進んでたけどね」

「譜面真っ白だぞ」

「勝手に見ないで!」

 この問題は死活問題だ。新曲が作れなければラブライブにエントリーさえできない。早急に解決しなければならないが、スランプのまま完成してもメンバー達は納得しないだろう。

「確かに、3人に任せっきりっていうのは良くないかも」

 花陽がそう言うと絵里は「そうね」と同意する。

「責任も大きくなるから負担もかかるだろうし」

「じゃあ皆で意見出し合って、話し合いながら曲を作っていけば良いんじゃない?」

 希の提案にはにこも「そうね」と賛同する。それが最善だろう。下手に急がせるよりかは、皆で負担を分けたほうが良い。

「せっかく9人揃ってるんだし、それで良いんじゃない」

 そこでにこはわざとらしく「しょうがないわねー」と腰に手を当てる。

「わたしとしては、やっぱり『にこにーにこちゃん』に曲を――」

「んなもんで予選通るか」

 「何ですってー!」とにこがソファで冷めたお茶を啜る巧を睨んでくる。「喧嘩しないの」と2人の衝突を止めた絵里は何かを思いついたらしく、表情を明らめた。

「そうだ!」

 

 ♦

『調子はどうだ?』

 電話口で海堂の揚々とした声が聞こえる。窓の外、森に入る手前の辺りで張られたテントを見やり、巧は答える。

「まあ、あんまり良いとは言えないな」

 昼食の後、絵里の提案でメンバー達は曲作りを手掛ける3人を中心とした3班に分かれることになった。ことり、穂乃果、花陽。海未、希、凛。真姫、絵里、にこ。この面子で意見を出し合って曲を作っていくというのだが、わざわざ外に出る必要はあったのだろうか。巧が口を出す事ではないから何も言わなかったが。それに、希曰く山のスピリチュアルパワーがインスピレーションを与えてくれるとも言っていた。当てになるかどうかは別として。

『にしても良いよなあお前はよ。μ’sと山奥でイチャイチャできるなんてよ』

「その言い方やめろ」

 一応、海堂と琢磨にはμ’sの合宿に同行すると伝えてある。音ノ木坂を離れることになるが、休日の誰もいない学校を襲うなんて真似をスマートブレインがすることはないだろう。

「それで何の用だ? 文句言うために電話してきたのか?」

『おおそうだ、忘れるところだったぜ。実はな、スマートブレインがそっちにオルフェノクを送り込んだ』

「何で場所が分かったんだ?」

『スマートブレインを舐めちゃいかん。メンバー達のことはよく調べてあんのよ。真姫ちゃんの家がどこに別荘持ってるかなんてお見通しだ』

「送ったのはどんな奴だ? 何人こっちに来てんだ?」

『まあひとりだけで、そんなに強い奴でもないけどな。でもそっちは山ん中だろ。闇夜の晩に気を付けたほうが良い』

 そうなれば、メンバー達を分けるのは危険だ。1ヵ所に集まったほうがいい。だが、どう説明したものか口下手な巧には口上が思いつかない。オルフェノクがいるかもしれないと説明するのが1番手っ取り早いが、彼女らの不安を煽れば3人がスランプから脱却できなくなるかもしれない。

「……ああ、分かった」

 巧はそれだけ言って通話を切ろうとしたのだが、海堂はまだ話があるらしい。

『んで、お前今夜どうすんだよ?』

「どうするって、オルフェノク探しに行くに決まって――」

『ちげーよ。誰と夜を過ごすのかって聞いてんだよ。お前山奥だぞ? 別荘だぞ? 誰にも見つからん場所でやることっつったら、ひとつだろ?』

 この男はそれしか頭にないのか。巧はため息をつく。

「何もしねーよ」

『おいおいおい。お前それでも男か? もういっそのこと全員とやっちまえ今畜生!』

「やんねえよ!」

 もう通話を切ってしまおう。そう思ったときにリビングの扉が開いて譜面を持った真姫が入って来る。

「何をやるの?」

「別に、何でもない」

 巧は苦し紛れに誤魔化す。こんな下らない会話でまた拒絶されたらたまったものじゃない。

 『おい乾、その声もしかして真姫ちゃんか?』と海堂がまくし立てる。この距離で電話越しの海堂に聞こえるはずはないのだが、オルフェノクの聴覚なら可能かもしれない。オルフェノクは人間の姿でも五感が鋭くなる。

『代われ。ちょっと真姫ちゃんと話させろ』

「はあ?」

『いいから早く代われって!』

 不安はあるが、巧は要求通りにピアノの椅子に座る真姫に携帯電話を差し出す。

「何?」

「お前と話したいらしい。気悪くしたらすぐ切っていいぞ」

 戸惑いながら真姫は携帯電話を受け取り、耳に当てて「もしもし」とおそるおそる言う。電話から耳を離しても、オルフェノクである巧には海堂の声がはっきりと聞こえてくる。海堂が大声で言うのもあるが。

『おお、真姫ちゃん! 良い声してるなあ。曲はどうだい?』

 「うえぇ?」と真姫は眉をひそめる。想像通りの反応だ。真姫でなくても海堂と話せば誰だってこんな反応をするだろう。

「あなたは……?」

『俺か? 俺様は音楽の精だ。ラブライブに向けて頑張ってる真姫ちゃんを放っておけない優しい優しい妖精さんだよ』

「はあ………」

『乾から聞いたぞ。何でも新曲を作ってるみたいじゃないか。真姫ちゃんの作る曲は良い曲ばかりだから楽しみにしてるぜ』

 海堂がそう言うと真姫はにやけ顔を浮かべるも、すぐ近くに巧がいることを思い出していつもの不遜な顔に戻る。

「あ、当たり前でしょ」

『ふむふむ。でもあまり調子が出ていないみたいだねえ。声で分かる。妖精さんにはお見通しだ』

 さっき調子が良くないという会話をしたからだろ、と巧は呆れる。でも真姫は鵜呑みにしているようで、僅かに目を見開く。サンタクロースを信じるだけあって根は純粋だ。流石に海堂が妖精だなんて馬鹿げた嘘は信じないだろうが。

『難しいことなんて考えなくていい。胸に手を当ててだな、君の心の歌をそのまま譜面に起こせば良い。どうだ、簡単だろ?』

「全然分かんないわよ」

『そりゃそうだ。そういうもんは言葉じゃなくて心で感じるもんだからな』

 その言葉で通話は切れた。真姫は耳から離した携帯電話の画面を見つめている。

「巧さんて、変な人と友達なのね」

「まあ、確かに変な奴だけどな。でも悪い奴じゃないんだ」

 巧に携帯電話を返した真姫は逡巡を挟んで尋ねてくる。

「あなたの友達って、まさか………」

「ああ、そうだな」

 直球を避けて巧は肯定する。真姫はしみじみとピアノを見つめる。

「音楽が好きなオルフェノクもいるのね」

「別に珍しくもない。人間を捨てない奴はたくさんいるさ」

「あなたみたいに?」

「…………ああ」

 オルフェノクは怪物。その認識を変えてほしいとは思わない。でも、巧を受け入れてくれたμ’sの皆には分かってほしい。人間としての生き方を模索するオルフェノクも確かにいると。

「邪魔したな」

 巧はそう言ってリビングから出る。同じ部屋にいては真姫の気が散ってしまうだろう。また釣りにでも行こうと玄関で靴を履いているとき、ピアノの旋律が聞こえてきた。

 

 ♦

 幸い何事もなく、時間が過ぎて太陽が山の陰に隠れていく。光を失った空は藍色へと変わり、散りばめられた星々が輝くも太陽には遠く及ばない。

 結局釣りで収穫が無いまま無為に時間を過ごした巧が穂乃果に呼び出されたのは、レトルト食品の夕食を済ませてすぐの頃だった。

「覗きだ?」

 ヒノキ造りのロビーで巧がそう言うと、穂乃果、ことり、花陽の3人が無言で頷く。ことりと花陽は今にも泣き出しそうだ。

 山の中にある小さな銭湯で穂乃果達は露天風呂を堪能していたのだが、そこで木の陰から人影を目撃したらしい。猿じゃないかと思ったが、この山岳地に来てから猿は一度も見ていない。

「どうしようたっくん。写真とか取られてたら………」

「ここの係員には言ったのか?」

 「一応……」とことりが。

「でも、もう逃げたかもって………」

 確かに。犯行現場に長居する間抜けならとっくに捕まっている。見つけ出すのは絶望的だろう。だが覗き魔が穂乃果達を目当てとして銭湯に現れたとしたら、このまま見過ごすことはできない。また現れるかもしれない。

「取り敢えずお前らは別荘戻れ」

 最悪の事態を想定した巧はそれだけ言う。だがことりは許容できないらしい。

「でも、わたしまだ何もできてなくて………」

 完成もしてないのに風呂に入っている場合か。そう呆れながら巧は皮肉を零す。

「明日帰るってのにできるのか?」

 「できるよ、きっと」と答えたのは穂乃果だ。

「だって9人もいるんだよ。誰かが立ち止れば誰かが引っ張る。誰かが疲れたら誰かが背中を押す。皆少しずつ立ち止まったり少しずつ迷ったりして、それでも進んでるんだよ」

 ひとりで背負い込む必要はない。曲というものは歌って、衣装というものは着ることで完成する。ただ作るだけじゃない。完成させるにはメンバー9人がいなければならない。だから迷うときも進むときも9人一緒。

 μ’sとはそんなグループだ。誰かが迷えばリーダーの穂乃果が手を引いて、逆に穂乃果が迷えば他のメンバー達が彼女の手を引く。それは巧が傍で見てきた彼女らの歩幅だ。誰かが先頭に立つのではなく、皆で並んで歩く。

「分かったよ。俺はそこら辺見張っとく。でもテントに戻ったら絶対外出歩くなよ」

 巧はそう念を押して外に出る。銭湯の玄関先には自動走行モードで呼び出しておいたオートバジンが佇んでいる。ファイズフォンで信号を送ったのは昼過ぎだったが、必要なときに間に合って良かった。

 ヘルメットを被った巧はエンジンをかけ、オートバジンを暗闇が呑み込む森へと走らせる。オフロード仕様だから山道でも難なく走れるが夜の森は危険だ。ヘッドライトは数メートル先の木々しか照らしてくれず、一瞬でも目を離せば衝突してしまう。一応オートバジンに搭載されたAIは危険と判断したら自動で避けてくれるらしいが、それでも機械は信用に足らない。

 更にエンジンの回転数を上げようとアクセルを捻ろうとした瞬間、横から大きな影が飛び出してくる。不意打ちに対処しきれず、巧は覆い被さってきた影にオートバジンから引きずり降ろされる。右往左往する視界のなかで灰色に光る目が見える。影の正体を悟った巧は地面に衝突する寸前でウルフオルフェノクに変身する。影はどうやら戦いが得意ではないらしく、すぐに起き上がったウルフオルフェノクの拳をまともに受けてよろめく。ゴキブリのような触覚が頭から突き出したコックローチオルフェノクの目は暗闇で不気味に光っている。

 ウルフオルフェノクは巧の姿に戻り、近くで横転しているオートバジンのリアシートに括り付けておいたギアケースを開きベルトを腰に巻く。

 フォンを開くと、変身を阻止しようとコックローチオルフェノクが迫ってくる。だが動きが遅い。巧は振り下ろされた腕を避け、背後に回るとがら空きの背中に蹴りを入れる。コックローチオルフェノクは受け身も取らず地面に身を伏す。巧はフォンにコードを入力した。

 5・5・5。ENTER。

『Standing by』

「変身!」

『Complete』

 夜の森を赤く照らすフォトンストリームに覆われて、巧はファイズに変身する。暗闇のなかで輝く黄色い目を向けて手を振り、ゆっくりとした足取りでコックローチオルフェノクに近付いていく。のろりと立ち上がったコックローチオルフェノクは拳を突き出してきたのだが、こちらに届く前にファイズは敵の顔面に拳を打つ。痛みに悶絶しているコックローチオルフェノクに追撃の拳を浴びせ、気だるげに手首を振ると胸に蹴りを入れる。

 木を薙ぎ倒しながら地面に倒れたコックローチオルフェノクへと歩き、ファイズはショットにミッションメモリーを挿入する。

『Ready』

 グリップが展開したショットを右手に装着し、ファイズはフォンのENTERキーを押す。

『Exceed Charge』

 エネルギーの充填が完了すると、ファイズは起き上がったばかりのコックローチオルフェノクの胸にショットを打ち付ける。再び倒れたコックローチオルフェノクの胸にΦの文字が浮かび上がるが、その体は青く燃えることも灰になることもなく形を保っている。

 雲の切れ間から月が顔を出した。月光を浴びて地面に落ちるコックローチオルフェノクの影が青年の形になる。ひどく気弱そうな顔をしている青年だった。影は怯えた顔で呟く。

「た、頼む……。殺さないで」

 コックローチオルフェノクは青年の姿になる。ファイズは青年の胸倉を掴み、顔を近付ける。

「お前、スマートブレインの手先か?」

 青年は大袈裟に頷く。

「答えろ。スマートブレインの目的は何だ!」

 ファイズが怒号を飛ばすと青年は硬直し、震える口をきつく結ぶ。ファイズが拳を振り上げると「言う! 言うから!」と泣き面の青年は喚き散らす。青年の声はとてもか細く、耳を済ませなければ闇夜に吸い込まれそうだった。

「………王だ」

「何だって?」

「スマートブレインの目的は、オルフェノクの王を復活させることだ………」

 無意識に、ファイズは振り上げていた拳を下ろす。どういうことだ、という問いが頭蓋を駆け巡っていく。

 ふと青年の顔へと意識を向ける。青年は笑っていた。あれほど卑屈な顔で日陰者といった雰囲気の青年は、ファイズにいつ灰にされてもおかしくない状況で嬉々とした笑みを浮かべている。青年はポケットから出した注射器の針を自分の首筋に突き立てる。ポンプを押し込んで中身を血管へ注入すると、無造作に容器を抜いた。青年の顔に黒い筋が浮かぶ。

 ファイズは拳のショットを顔面めがけて振り下ろす。だが拳が届く前にファイズの顔面に衝撃が走る。殴られたと認識が追いつくのに数瞬の時間を必要とした。明らかにさっきとは速さが違う。油断させるために弱いふりをしていたとも思えない。思わず胸倉を掴んでいた手を放してしまい、解放されたコックローチオルフェノクは立ち上がって触覚をせわしなく動かしている。

 コックローチオルフェノクは森のなかへと走り出す。その姿が闇に消えてしまう前に、ファイズはアクセルのミッションメモリーをフォンに挿入する。

『Complete』

 アクセルフォームに変身したファイズはミッションメモリーを装填したポインターを右脚に装着し、アクセルのスイッチを押す。

『Start Up』

 ファイズは地面を蹴って駆け出す。その速さで木々が触れた瞬間に砕けて辺りにおが屑を撒き散らし、コックローチオルフェノクの前へと先回りして急停止する。ファイズの姿を視認したコックローチオルフェノクは困惑の悲鳴をあげる。ファイズに腹を蹴り上げられたコックローチオルフェノクの体が宙へと投げ出される。落下しながら何本もの赤いフォトンブラッドのマーカーに包囲され、ほぼ同時とも言っていいスピードで突き刺さっていく。

『Time Out』

 電子音声と共にファイズが着地すると、コックローチオルフェノクの体は地面に戻ることなく、青く爆散して灰を撒き散らした。

『Reformation』

 フォンからミッションメモリーを抜いて通常形態に戻る。ツールを所定の位置に戻し変身を解除した巧は夜空を見上げる。

 「王」はまだ死んでいない。

 夜の闇は完全とは言えず、空に浮かぶ月と星々が辛うじて世界を弱く照らしている。その光の群衆はまるで、滅びが確定したはずのオルフェノクにもたらされた光明のようだった。

 

 ♦

 随分と山奥へと入ってしまったらしい。巧が直観を頼りにオートバジンを走らせて、別荘に戻ることができたのは朝方だった。夜の山は走らないようにしよう、と東の山間から顔を出す太陽を眺めながら巧は思う。

 別荘は静かだ。テントで泊まったメンバー達はまだ寝ている頃だろう。2階に上がる体力もなくリビングのソファで寝ようとドアを開けると、部屋には既に先客がいる。ピアノに真姫が突っ伏していて、すぐ近くのソファには海未とことりが寝息を立てている。窓から射し込む朝日を浴びる彼女らの姿はどこか神秘的で、神の楽園(エリュシオン)に迷い込んだかのような錯覚に陥る。

 巧はピアノの譜面台に置いてある楽譜用紙を手に取る。4本線の連なりの中には音符や記号が書き込まれている。数枚に重なっているのは没案が混じっていると思ったのだが違うらしく、捲ると下には葉書サイズの紙片とスケッチブックが。スケッチブックには衣装案のイラストが、紙片には詞が書かれている。

 詞の冒頭にある『ユメノトビラ』とは、曲のタイトルだろう。

 甲高く軋む音を立ててドアが開かれる。顔を覗かせた穂乃果が「たっくん?」と呼んでくるが、巧は無言のまま穂乃果に紙の束を手渡す。続けて入ってきた他のメンバー達も完成した曲を眺め、穏やかな笑みを眠る3人に向ける。

「まったく、しょうがないわね」

 にこが静かに言う。

「ゆっくり寝かせといてあげようか」

 希はそう言いながら、押入れから出してきた毛布をそっと3人にかけてやる。

「俺も疲れたぜ」

「あんた、何かしてたわけ?」

 あくびをする巧へにこが皮肉を飛ばしてくる。

「俺だって何かと忙しいんだよ」

 満足に呂律が回っていない口でそう言うと、巧はソファに身を預けて目を閉じる。

 蓄積された疲労が一気に押し寄せて、眠りはすぐに訪れた。




 穂乃果ちゃんのソロ曲『もうひとりじゃないよ』を聴いたのですが、この作品を書いているせいか歌詞がたっくんへ向けたものに思えて仕方ないです。

今回登場したコックローチオルフェノクは読者様からアイディアを頂きました。ご協力ありがとうございます。

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