ラブライブ! feat.仮面ライダー555 作:hirotani
皆さん、まだ気が早いです!
1期完結したばかりですよ。まだ2期あるんですから破綻するかも分かりませんよ!
とはいえ、やっぱり多くの人に作品を見てもらえるのはとても嬉しく思います。
皆さん、応援ありがとうございます。
まだまだ続きますので、今後ともよろしくお願いいたします。
それでは第2期スタート!
「音ノ木坂学院は入学希望者が予想を上回る結果となったため、来年度も生徒を募集することになりました」
講堂に集まる全校生徒を前に、演卓で理事長はそう述べる。マイクで拡声された言葉は講堂中に響き渡り、生徒達は行儀よく耳を傾けている。とはいえ、全校集会で校長や理事長の話というのは退屈なものだ。巧はドア横の壁に背を預けて立っているが、もし椅子に座っていたら眠っていることだろう。
「3年生は残りの学園生活を悔いの無いよう過ごし、実りのある毎日を送っていってもらえたらと思います。そして1年生、2年生はこれから入学してくる後輩達のお手本となるよう、気持ちを新たに前進していってください」
「理事長、ありがとうございました」と司会を務める生徒が述べて、理事長はステージから降りる。「続きまして」と別の生徒が次へ進める。
「生徒会長挨拶。生徒会長、よろしくお願いします」
すっと、3年生の座る席から生徒がひとり立ち上がる。後ろからでは顔が見えないが、あのブロンドの髪は絵里に違いない。絵里は拍手をする。同じタイミングでステージの舞台袖に照明が当てられて、光に照らされながら新任の生徒会長が堂々と演卓へ歩き、卓を前にして足を止めると生徒達を見渡す。
「皆さん、こんにちは」
新生徒会長がそう言うと生徒達が歓声をあげる。
「このたび、新生徒会長となりました、スクールアイドルでおなじみ――」
新生徒会長はスタンドからマイクを取り、声高に名乗る。
「高坂穂乃果です!」
初めて彼女の生徒会長就任を聞いたとき、巧は下手な冗談かと思った。生徒会長といえば、優等生でお堅いイメージだ。前任の絵里はまさにそのイメージ通りだったのだが、穂乃果は正反対だ。音ノ木坂学院で生徒会長は選挙によって選出される。候補者となるのは主に教師の推薦を受けた生徒なのだが、前任の生徒会長が推薦し本人が了承すれば、選挙で争うことなく決定するらしい。穂乃果はμ’sのリーダーとして――μ’sにリーダーはいないというスタンスだが、メンバーの間では穂乃果がリーダーという認識だ――学院存続に貢献した実績を買われて絵里の後任として白羽の矢が立ったというわけだ。
生徒達は穂乃果の就任を祝福しているようだが、彼女達は知っているのだろうか。あの生徒会長は今朝遅刻ぎりぎりまで寝ていて、巧が起こしたことを。期末テストでは赤点回避に奮闘していたことを。しっかりと職務を果たせるのか不安で仕方ない。海未とことりが生徒会役員としてサポートしてくれるらしいから、これから1年間で生徒会の働きは2人にかかっていると言っていい。
そんな巧の不安は早くも的中してしまったようで、昨日海未とことり、ついでに巧まで駆り出されて考えた挨拶の弁を述べるはずの穂乃果は沈黙する。生徒達の間にざわめきが起こり、それに堪えかねたのか穂乃果は「あー、えー」と繋げようとする。
まさか、話す内容を忘れたのか。
穂乃果は口を開けたまま硬直し、その笑顔が引きつっていく。穂乃果らしいと言えば穂乃果らしい。生徒達もこれで新生徒会長がどんな人物かを把握できるだろう。
巧はため息をつく。コーヒーでも飲もうと、扉を開けてざわめきが大きくなる講堂を後にした。
♦
「疲れたー………」
生徒会室の机に突っ伏した穂乃果はため息と共に漏らす。「穂乃果ちゃん、お疲れ様」とことりが労ってくれる。
「生徒会長挨拶って、ライブとは全然違うね。緊張しっぱなしだったよ」
「でも、穂乃果ちゃんらしくて良かったと思うよ」
「どこが良かったんですか!」と海未がファイルを几帳面に揃えて棚に戻す。
「せっかく昨日4人で挨拶文も考えたのに」
「ごめん……」と穂乃果は苦笑する。結局、新任の挨拶の場で飛ばした文章は思い出せず、何とか取り繕ったが見るに堪えないものだった。小学生の方が良い弁を述べてくれる。
「はあ、せっかく練習したのに………」
「とにかく」と海未が厚いファイル数冊を穂乃果の目の前に置く。まるで辞書みたいだ。
「今日はこれを全て処理して帰ってください!」
「こんなに!?」
「それにこれも」と海未は1枚の紙を突き出す。受け取った穂乃果は内容を読み上げる。
「学食のカレーが不味い」
そういえば、巧も不味いと言っていた。
「アルパカが私に懐かない」
巧もアルパカが苦手なようだった。
「文化祭に有名人を………」
μ’sでは役不足ということか。
「ってこれ何?」
「一般生徒からの要望です」
「もう、少しくらい手伝ってくれても良いんじゃない? 海未ちゃん副会長なんだし」
「勿論わたしはもう目を通しています」
「じゃあやってよー!」
子供のように穂乃果は駄々をこねる。だが海未は折れる様子がない。
「仕事はそれだけじゃないんです」
そう言って海未は部屋の隅に集められた傘の束を指差す。
「あっちには校内で溜まりに溜まった忘れ傘が放置。各クラブの活動記録のまとめもほったらかし。そこのロッカーの中にも、3年生からの引継ぎのファイルが丸ごと残っています」
やることが多すぎる。始める前から許容量を超えた穂乃果はファイルの表紙に顔を埋める。
「生徒会長である以上、この学校のことは誰よりも詳しくないといけません」
更に追い打ちをかけてくる海未に、ことりが「でも」と恐る恐る声をかける。
「3人いるんだし、手分けしてやれば――」
「ことりは穂乃果に甘すぎます」
海未はぴしゃりと撥ねつけるように言う。ことりもそれ以上は言えず、ただ苦笑を返すだけになる。
「生徒会長も大変なんだね………」
穂乃果がそう呟くと同時にドアが開く。「分かってくれた?」と言いながら鞄を提げた絵里が入ってくる。会話は廊下にも聞こえていたらしい。大声で騒ぎ立てたから当然といえば当然だが。絵里に続いて希も。
「頑張ってるかね、君達」
穂乃果達は笑顔で2人を迎える。絵里は少し呆れた様子で言う。
「大丈夫? 挨拶かなり拙い感じだったわよ」
「ごめんなさい」と穂乃果は照れ笑いを返す。
「それで、今日は?」
「特に用事はないけど、どうしてるかなって。自分が推薦した手前もあるし、心配で」
「明日からまた、みっちりダンスレッスンもあるしね」と希はタロットカードを見せて悪戯に笑む。
「カードによれば、穂乃果ちゃん生徒会長として相当苦労するみたいよ」
「えー!?」と穂乃果のなかで一気に不安が押し寄せてくる。希の占いは当たるのだ。希曰く、未来を告げるのは希自身ではなくカードらしいが。
「だから2人とも、フォローしたってね」
「気にかけてくれてありがとう」とことりが。「いえいえ」と絵里はかぶりを振る。
「困ったことがあったらいつでも言って。何でも手伝うから」
こんなに頼りになる先輩はそうそういない。できるかどうかまだ不安ではあるが、何とかなりそう、と穂乃果は思った。
「ありがとう」
そう満面の笑みを浮かべながら言った後に、穂乃果は気付く。
「あれ、そういえばたっくんは?」
「巧さんなら――」と絵里が答える。
「用事があるからって出掛けたわよ。すぐに戻ってくるみたいだけど」
♦
「何やってんだ?」
海堂のマンションを訪ねた巧の第一声はそれだ。部屋には主である海堂の他に琢磨もいる。巧が海堂に向けた問いに本人は答えず、代わりにソファに腰掛ける琢磨が無言でお手上げのジェスチャーをする。テレビの前に座る海堂は巧が来たことに気付いていないようで、両手にDVDのパッケージを持って何やら唸っている。パッケージを覗き込むと、一糸纏わず恥部を露わにした女が映っている。
「おい」
巧が海堂の後頭部を小突くと、間の抜けた顔をした海堂は「おお乾、来てたのか」とようやく巧を認識する。
「お前どっちがいいと思う?」
「いや見ねーよ」
眼前に突き出されたポルノDVDを押し退ける。海堂はソファにどっと腰掛ける。
「ちゅーか、俺達オルフェノクはガキを作れねえらしいじゃねえか。逆に考えたらよ、俺たちゃゴム付けなくてもやり放題ってことだぜ。女を妊娠させる心配がねえからな。だからしっかり勃つか確かめようってわけだ」
「私は興味ありませんよ」と琢磨が呆れを含んだ声で言う。下品な笑みを浮かべる海堂は巧に尋ねる。
「お前はどうなんだよ? 穂乃果ちゃんと一緒に暮らしてムラムラしないか?」
「しねーよ」
「嘘だな。あんなカワイ子ちゃんとひとつ屋根の下で何も起こんないわけがない。男ならやることやるもんだろ!」
「ガキに興味ねーよ」
「もしやお前………、人妻が好きなのか?」
「ちげーよ」
情欲が無いわけではない。巧にだってそれなりにある。でも、オルフェノクである自分が誰かと愛し合い体を重ねることが酷く場違いに思えて、今まで誰かと関係を持ったことはない。人間は男女が愛し合うことで子を産む。オルフェノクは人間を殺すことで同胞への進化を促す。そもそもの繁殖方法が異なるのだ。もし巧が誰かと愛し合ったとしても、それはとても薄っぺらい行為になるだろう。
「で、用件は何だ? まさかこんな下らない話するために呼び出したんじゃないだろうな?」
「当然です」と琢磨が即答する。
「スマートブレインの動向を教えるために呼んだんです」
琢磨がいる時点でそうだろうとは思っていた。海堂と琢磨はスマートブレインに身を置いている。会社と敵対関係にある巧との接触は細心の注意を払わなければならず、会うには監視の目が届かない海堂のプライベートルームしか場所がない。
「あの女を倒せば、少しは向こうも大人しくなったんじゃないのか?」
「いえ。スマートレディは同志のスカウトと裏切り者のオルフェノクを粛清する任務に就いていました。ですがカイザMark2がロールアウトしてからは海堂さんがその任を引き継いでいるので、彼女を倒しても打撃を与えるに至っていません」
「スカウトってのは、スマートブレインに協力する奴をか?」
「ええ。スマートブレインは自分達の目的に賛同するオルフェノクを集めています。もっとも、オルフェノクである時点で協力を強いられるのですが。かく言う私もそうです。海堂さんは自ら申し出たようですが」
巧が視線を流すと、会話をろくに聞いていない海堂は改めてDVDを吟味している。この面倒事を嫌いそうな男が自分から協力するなんて意外だ。それほどスマートブレインが憎いのか。いや、と巧は疑問を消す。きっと憎いのだろう。オルフェノクになった故に人生を狂わされ、スマートブレインに関わった故に仲間を失ったのだから。しまいには、守ろうとした
「音ノ木坂で働いてた戸田って男も、スマートブレインが………」
巧は琢磨を睨み尋ねる。音ノ木坂学院の用務員として働いていた戸田は人間の心を捨てていなかった。巧は絵里を守るという名目で彼を殺した。責任転嫁と思われても仕方ないのは理解している。それでも問わずにはいられない。
琢磨は僅かに視線を落とした。
「戸田さんのことは残念です。できることなら助けたかったのですが、私達も企業のなかで信頼を得る必要があったので、手出しはできなかったのです」
「ふざけんな!」と巧はテーブルを乱暴に叩く。
「お前らは人間を守るためにスマートブレインと戦うんじゃないのかよ! 奴だって心は人間だった。俺達からしてみりゃ仲間だろ!」
「確かに、戸田さんは同志になれる人材でした。しかしオルフェノクとしての力は心許ない。戦力としては期待できません」
「だからって見捨てるのかよ!」
「まあまあ落ち着け」と海堂が制止を試みるが、巧はその手を振り払う。琢磨は無表情に淡々と述べる。
「勘違いしないでほしいのですが、私は残りの人生を静かに過ごすためにスマートブレインを潰すのです。人助けをするためではありません」
「俺様もだ」と海堂が。
「俺もスマートブレインが気に食わねえから戦ってるだけだ。正直、音ノ木坂がどうなろうと知ったこっちゃねえ」
「お前ら……」と巧は2人を交互に睨む。琢磨はため息をつき、なだめるような口調で言う。
「まあ理由は違えど、目的は同じです。ここで争っても無意味ですよ」
悔しいが琢磨の言う通りだ。スマートブレインを打倒するという目的は一致している。2人が巧に協力していることは事実だ。
「さて、話を戻します。今後も音ノ木坂学院は機会があれば襲撃に遭うでしょう」
「おいおい」とDVDをテーブルに放った海堂が尋ねる。
「音ノ木坂の廃校はなくなったんだろ? なのに何でまた襲うんだよ?」
「あなたは事情を知らなければならない立場でしょう」
ため息をつきながら琢磨は眼鏡の位置を正す。
「廃校が阻止されたとはいえ、来年度も入学希望者を受け付けるというだけです。入学者を減らしてしまえば、再来年度には再び廃校案が出てきますよ」
「それに」と琢磨の視線が巧へと移る。
「スマートブレインは学院ではなく、標的をμ’sに移しています。彼女達はスマートブレインの計画を阻止してしまったわけですから」
μ’sは今や音ノ木坂学院の広告塔だ。μ’sを通じて音ノ木坂学院を知り、入学を希望する中学生が増えた。学校の名を背負って立つスクールアイドル。だが逆に言えば、彼女らに何かあれば学校の人気は一気に下落するということだ。
「私と海堂さんは表立って動くことができません。彼女達を守るのは乾さんにかかっています。まあ、スマートブレインを壊滅させられれば、彼女達がどうなろうと私は知った事ではありませんが」
皮肉交じりに琢磨は言う。
「そろそろ教えろ。スマートブレインは何をしようとしてんだ?」
巧は彼等と再会してから、ずっと抱いてきた疑問をぶつける。この質問も何度目だろう。いつも誤魔化されてばかりだ。
「それはまだ言えません」
予想通り、琢磨はお決まりの言葉を返す。
「小規模とはいえ、スマートブレインに私達で戦うのは無謀です。近いうちに協力者を紹介します。その時に話しましょう」
「本当だな?」
「ええ」と琢磨は答える。本当に教えてくれるかは怪しいものだが、これ以上突き詰めてもここで話してくれそうにはない。
ズボンのポケットの中で巧の携帯が震える。取り出して画面を見ると、着信は真姫からだ。巧は通話モードにして携帯を耳に押し当てる。電話口で真姫の声が吐息交じりに聞こえてくる。
『巧さん、急いで学校に戻って!』
「どうしたんだ?」
『いいから早く! 大変なのよ!』
短い会話で通話が切れる。通話時間を表示する画面から、巧は琢磨と海堂へと視線を移す。
「また学校にオルフェノクを襲わせたのか?」
「いえ」と琢磨は首を横に振る。何にしても、あの真姫があそこまで慌てた様子だった。余程のことが起こったに違いない。
巧はソファの隣に置いたファイズギアケースを掴み、足早で玄関へと向かった。
♦
「もう一度ラブライブ?」
学校に戻ると玄関で待っていた1年生組とにこの4人にアイドル研究部の部室へと連れ込まれ、花陽の口から告げられた台詞を巧はそのまま反芻する。部室にはメンバー全員が集まっていて、その事実をまだ知らなかったメンバー達は目を丸くして花陽の話を聞いている。
「そう! A-RISEの優勝と大会の成功をもって終わった第1回ラブライブ。それが何と何と、その第2回大会が行われることが早くも決定したのです!」
早口でまくし立てた花陽は椅子から立ち上がり、窓際のデスクでパソコンを立ち上げてラブライブのホームページにアクセスする。メンバー達はパソコンの前に集まり、巧も最後尾で液晶画面を覗き込む。
「今回は前回を上回る大会規模で会場の広さも数倍。ネット配信の他ライブビューイングも計画されています」
「凄いわね」と絵里が言うと、「凄いってもんじゃないです!」と花陽は声を荒げる。本当に彼女は花陽なのだろうか。普段は先輩禁止でも上下関係が抜けきれていないところがあるのに。
「そしてここからがとっても重要。大会規模が大きい今度のラブライブは、ランキング形式ではなく各地で予選が行われ各地区の代表になったチームが本戦に進む形式になりました!」
「つまり」と海未が。
「人気投票による今までのランキングとは関係ないということですか?」
「その通り‼」
花陽は立ち上がってメンバー達に告げる。その迫力に思わず巧は後ずさりしてしまう。この少女の気迫は強と弱の2つの目盛りしかないのではと思える。
「これはまさに、アイドル下克上! ランキング下位の者でも予選のパフォーマンス次第で本大会に出場できるんです!」
「それって、わたし達でも大会に出場できるチャンスがあるってことよね?」
にこがそう言うと花陽は笑みを零し、両拳を握りしめて「そうなんです!」と答える。
「凄いにゃー!」と凛が興奮気味に言って、「またとないチャンスですね」と海未が続く。
「やらない手はないわね」
真姫がそう言うと、「そうこなくっちゃ」とにこが真姫に抱きつく。
ランキング形式ではどうしてもグループの知名度が付きまとう。いくつも曲を作り人気を維持してきたグループのみが上位へと昇り、いくら出来が良くても結成されたばかりのグループが短期間で上位へと潜り込むのは難しい。言ってみれば、前回と同じ形で開催すれば出場グループの面子にあまり変化はない。その点で、今回は予測不可能だ。全てのスクールアイドルに、平等に本戦へ進むチャンスが与えられる。
「よーし、じゃあラブライブ出場を目指して――」
意気込むことりを「でも待って」と絵里が遮る。
「地区予選があるってことは、わたし達A-RISEとぶつかるってことじゃない?」
「あ……」とメンバー達は漏らす。興奮していたあまりにその事実を忘れていたらしい。前大会を優勝したA-RISEのUTX学院とμ’sの音ノ木坂学院は同じ千代田区の高校だ。A-RISEもラブライブ2連覇を目指してエントリーすることは多いにあり得るし、そうなれば当然地区予選で両グループは争うことになる。
花陽は崩れるように膝をつく。
「終わりました………」
諦めるの早いな、と巧が思っているとにこが「駄目だー!」と頭を抱える。
「A-RISEに勝たなきゃいけないなんて………」
「それはいくら何でも………」
「無理よ」
ことり、希、真姫が口々に言う。A-RISEは前大会で圧倒的大差をつけて優勝したらしいから不安なのは無理もない。不安どころか絶望的らしい花陽は両手を床について涙を流しながら笑っている。悲しいのか可笑しいのか全く感情が読み取れない。
「いっそのこと、全員で転校しよう」
凛の馬鹿げた提案を海未は「できるわけないでしょう」と却下する。冗談と思いたいが、凛のことだから多分本気だろう。
「確かにA-RISEとぶつかるのは苦しいですが、だからといって諦めるのは早いと思います」
「海未の言う通りね」と絵里が。
「やる前から諦めていたら何も始められない」
「それはそうね」と真姫が同意を示す。
「エントリーするのは自由なんだし、出場してみても良いんじゃないかしら?」
絵里の言葉で部室に漂っていた諦めムードが収束していく。だが、巧はこの状況に違和感を覚える。絵里の言葉を真っ先に告げそうなメンバーがひとり、何も意見を述べていない。そのことに気付かず、立ち上がった花陽は涙を制服の袖で拭う。
「そうだよね。大変だけどやってみよう!」
「じゃあ決まりね」という絵里の言葉の後に、メンバー達はようやく巧と同じ違和感に気付く。その違和感を生じさせている当人は椅子に座ったまま湯呑みを啜っている。
「穂乃果?」
絵里が呼ぶと、穂乃果はようやく意見を述べる。
「出なくても良いんじゃない?」
さらりと出たその言葉に、メンバー達は「ええええええ!?」と悲鳴をあげて穂乃果にまるで恐ろしいものでも見るかのような視線を向けている。
「今、何と………?」
海未の声も絶え絶えな質問に、穂乃果はまたさらりと答える。
「ラブライブ、出なくて良いと思う」
しばし沈黙が漂う。固まっているメンバー達のなかからにこが出てきて、「穂乃果ああ」と呻きながら穂乃果の腕を掴み立ち上がらせる。そのまま有無を言わさず隣の更衣室へ連れていくと、穂乃果を椅子に座らせて目の前に姿見を置く。後に続くメンバー達も穂乃果を囲み、巧はドアの横でその様子を傍観する。
「穂乃果、自分の顔が見えますか?」
「見え……ます」
海未の質問に穂乃果は鏡に映る自分の顔を見ながら困惑気味に答える。海未は更に質問を重ねる。
「では、鏡のなかの自分は何と言っていますか?」
「何それ?」
これは心理実験か。そう思いながら巧は高みの見物を決め込む。確かに穂乃果の口から出なくて良いなんて言葉が出るのは信じ難いが。
「だって穂乃果」
「ラブライブ出ないって――」
絵里と希が穂乃果を凝視しながら言葉を詰まらせる。続きを引き継いだにこが穂乃果に顔面を近付ける。
「有り得ないんだけど! ラブライブよラブライブ。スクールアイドルの憧れよ。あんた真っ先に出ようって言いそうなもんじゃない!」
両肩を掴まれた穂乃果は物怖じしながらも「そ、そう?」と尋ねる。絵里の視線が巧へと移った。
「巧さん、何かあったんですか?」
「いや、いつも通りパンばっか食ってるぞ」
家でも穂乃果の様子に変わりはない。いつも通りインターネット動画で他のスクールアイドルを見て巧にどんなグループか逐一報告してくる。特にアイドル活動への熱が冷めたようには見受けられない。
「なぜ出なくて良いと思うんです?」
海未の質問に穂乃果は目の前にいるにこから目を逸らす。
「わたしは、歌って踊って皆が幸せならそれで――」
「今までラブライブを目標にやってきたじゃない。違うの?」
にこは穂乃果の両肩から手を放さず問う。穂乃果は「いやあ……」と口ごもるばかりで判然とした答えが一向に出てこない。
「穂乃果ちゃんらしくないよ」
「挑戦してみても良いんじゃないかな?」
凛と花陽がそう言うも、穂乃果は曖昧に笑うだけだった。
♦
「ねえ、こんなところで遊んでて良いわけ?」
テーブルに置かれたジュースのコップを眺めながら、にこが不機嫌そうに言う。たまには息抜きも必要という穂乃果の提案で、メンバー全員でゲーセンに行くことになった。場の雰囲気で同行する羽目になった巧は頬杖をつきながらアイスコーヒーを飲む。
「明日からダンスレッスンやるんだし、たまには良いんじゃない?」
花陽がそう言うと凛が「そうだよそうだよー」と同意する。
「リーダーがそうしたいって言ってるんだから、しょうがないわ」
真姫がそう言うと、にこは不貞腐れた様子でジュースを飲んだ。提案した穂乃果は心ゆくまで楽しんでいるようで、クレーンゲームで獲得したマスコットを満足そうに鞄に付けている。遊び疲れたのか、自販機で買ったジュースを手に自動ドアを潜って店の前にいる希へと歩いて行く。希はジュースを受け取ると中へ入ってきて、テーブルの空いた椅子に座る。穂乃果を除いて全員がテーブルにつくと、メンバー達は互いに顔を見合わせる。
「穂乃果も色々考えて出なくて良いって言ったんじゃないかしら?」
絵里がそう言うと、「色々……」と海未が呟く。思い当たる節があるのだろうか。
「らしくないわよね」
にこは巧へと視線を向ける。
「本当に何もなかったわけ?」
「ああ」と巧は短く答える。何か穂乃果に影響を与えそうな事態は起こっていない。未だ店先にいる穂乃果を見ると、彼女は上を見上げたまま突っ立っている。その視線の先にあるものは、店内にいる巧からは見えない。
「あなたは、どうすれば良いと思うの?」
真姫がそう尋ねてくる。巧は背もたれに身を預け、メンバー全員を見渡す。
「何もラブライブが全部ってんじゃないなら、出なくても良いと思う。廃校はなくなったんだし、人気取りに焦る必要もないしな」
「でも」と花陽が不安げに言う。
「このままじゃ本当にラブライブに出ないってことも………」
「それは寂しいな」と凛が。メンバーの間では穂乃果がリーダーということになっているが、μ’sにリーダーは存在しない。だから、穂乃果の意向にメンバー全員が従う必要はないのだ。この問題を決めるのは穂乃果ひとりでも、巧でもない。
「お前らはどうしたいんだ?」
メンバー達は一斉に逡巡する。「わたしは」とにこが沈黙を破る。
「勿論ラブライブに出たい」
「そうよね」と絵里が言うも、気運が高まっている様子はない。
「生徒会長として忙しくなってきたのが理由かもしれません」
海未の推測は巧と同じだ。生徒会長になったことへの不安は穂乃果の口からは一切出てこなかったが、彼女はそういったものに限って何も言わない。全部自分で背負い込むきらいがある。
「でも忙しいからやらないって、穂乃果ちゃんが思うはずないよ」
ことりの意見にも同感だ。どんなに辛い状況でも、穂乃果は一直線に進んできた。
「今のμ’sは皆で練習して歌を披露する場もある。それで十分てことやろうか」
希は未だ店先にいる穂乃果を眺めながら言う。確かに会場でなくても、PVを撮影してインターネットにアップロードすれば見てもらえる。でも、穂乃果はそれだけで満足するはずがない。彼女の夢は多くの人々を笑顔にすることだ。観客の顔が見えないネットだけで、彼女の夢は収まるのだろうか。
いくらメンバー間で話し合っても、この議論は終わりが見えない。当の本人が提示しなければ、答えは得られないのだ。
巧は告げる。
「納得できないなら全員で話し合って決めろ。俺が決めたって何の解決にもならないしな」
♦
「木場!」
俺は「王」を背後から羽交い絞めにするホースオルフェノクの名前を呼ぶ。青い炎に包まれているホースオルフェノクが
あとを頼む。
俺にできなかったことを、君が――
言葉はなくても、そう言われた気がした。木場はホースオルフェノクの姿に戻る。
俺はゆっくりと立ち上がった。怒りなのか嘆きなのか。湧き上がってくる感情が区別できない。俺はそれを吐き出すように吼え、持っていたブラスターを乱暴に投げ捨て跳躍する。
「うああああああああああああっ‼」
俺の咆哮が地下を固めるコンクリートに反響し、突き出した右脚に真紅のエネルギーが集束していく。僅かな照明しかなかった空間が紅く照らされて、離れたところから「巧!」と真理の声が聞こえてくる。
プラズマの光を放つ俺の右脚が「王」の胸に触れた瞬間、収まり切らないエネルギーが渦を巻いて波のように広がり、地下の天井を支えている無数の柱をなぎ倒していく。爆発が起こり、視界が紅い光に覆われて「王」の顔が見えなくなる。何もかもが光に呑み込まれていくなかで、唯一俺の視界に映っていたホースオルフェノクの顔が崩れていく。
木場――
声が枯れて、彼の名前を呼ぶことができなかった。ホースオルフェノクだった灰は爆風に晒されて吹き飛んでいった。
紅く覆われた俺の視界は白み始めて、そして暗転する。意識が途切れた、と一瞬思ったが違うらしい。俺の放ったエネルギーが地下空間を破壊し、天井が崩れたことに気付く。瓦礫に埋もれていたのがどれほどの間だったのか、はっきりしない。長かったようにも短かったようにも感じる。
ファイズのスーツがもたらしてくれる筋力補正で俺は軽々と瓦礫を退けて立ち上がる。同時にスーツが分解される。一気に疲労が押し寄せてきた。歩くのに相当の力を必要とした。
少し離れたところで瓦礫の中からデルタとスネークオルフェノクが這い出てくる。2人が出てきた穴から、続けて砂埃にまみれた啓太郎と阿部が、最後に2人に引っ張られて真理が出てくる。
「乾、生きてるか!」
スネークオルフェノクが海堂の姿に戻って呼び掛けてくる。俺は無言で軽く手を振り、2人のもとへふらつきながら歩く。デルタは変身を解除した。三原が尋ねる。
「やったのか?」
「………ああ」
「木場はどうした?」
海堂の問いには無言で、首を横に振る。海堂は俯き口を真一文字に結ぶ。
「ごめん………」
俺がか細い声でそう言うと海堂はいつものおどけた顔に戻り、俺の肩を叩く。
「何言ってんだ。あいつは自業自得だろ。ちゅーかこんなとこ早くずらかろうぜ」
そう言って海堂は出口へと歩いて行く。三原は阿部の肩を支えて後に続く。
「真理ちゃん、立てる?」
啓太郎が手を差し伸べるも、真理は俯いたまま何の反応も示さない。不安げな顔をした啓太郎は俺を見つめた後、「あ、そうだ」と瓦礫の山へと走っていく。
「どうした?」
「たっくんの武器探さなくちゃ。ファイズの携帯だって付いたままだし」
「危ねえぞ」と忠告してやるが、啓太郎は「確かこの辺に……」と山を崩していく。また天井が崩れてくるかもしれないというのに。
「……木場さん」
真理は消え入りそうな声で言った。
「オルフェノクだったんだ………」
俺は何も言えなかった。真理には木場の正体を知ってほしくなくて、ずっと黙っていた。真理を苦しめたくなかったから言わなかったのに、それがかえって深い苦しみを与えてしまった。
謝る気力すら湧かない。俺が真理に謝らなければいけないのは、木場のことだけじゃない。
草加も、澤田も、他の流星塾の皆も。俺は真理の大切なものを何ひとつ守ることができなかった。
「見つけたー!」
啓太郎が宝物を見つけた子供のようにブラスターを抱えて走ってくる。
「帰ろう」
「………ああ」
俺は真理に手を差し伸べる。
「帰るぞ」
俺がそう言っても、真理は立ち上がろうとしない。俺は腰からベルトを外して啓太郎に押し付けると、真理に背中を向けて屈む。
「ほら」
しばらく待っていると、背中にずしりと重みが乗った。俺は真理を背負い、疲れた体を持ち上げて歩き出した。
真理はずっと俺の背中にしがみ付いていた。まるで親に甘える子供みたいに、俺のコートを掴んでいた。
「そうか………」
真理が俺の背中で何を言っていたのかは聞いていない。だから俺は何も言わなかった。
いや、聞こえない振りをしていた。俺は真理の言葉を受け取る気がなかったのだ。
あの時、俺は確かに真理の言葉を聞いていた。俺はその言葉に向き合わなければならない。
「そうか……巧だったんだね……」
真理を背負いながら、俺の意識は過去に飛んだ。それはとても懐かしく辛い記憶だ。俺の背中に感じる重み。背中を掴む手の感触。俺はあの時と同じ命を背負って歩いていた。
――真理、お前だったのか……――
その過去を抹消したくなる。俺は俺の生き方を決めるためにあの少女を助けた。純粋な善意じゃない。偽善に過ぎない。だから俺に命を救ったなんて感慨に浸る資格はない。でも、過去は消すことができない。俺がオルフェノクであるという事実が消せないように。
「そうだったね、思い出した。巧はずっと昔に死んでいたんだ。私を助けるために、ずっと昔に……」
俺は真理を背負いながら問い続けた。声にならない俺の問いはただ頭のなかで渦を巻いて、答えのないまま虚無の彼方へ拡散していった。
真理。俺はお前の夢を守れたのかな?
俺こんな性格だからさ。何やっても長続きしなくて、夢なんて持てなかった。
だから、お前と啓太郎が羨ましかったんだ。
夢に向かって馬鹿みたいに突っ走って、どんなに辛くても諦めないお前らが輝いて見えて、その輝きは消しちゃいけないって思ったんだ。
何もない空っぽな俺でも、お前らの夢を守ることはできるって思ってた。
でも、俺はオルフェノクを倒してきただけなんだ。夢を守るのも、ただ戦う理由が欲しかっただけだ。
夢を叶えるのはお前ら自身で、俺じゃない。
結局、俺は何を守ったんだろうな?
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肩を揺さぶられるのを感じながら、巧はゆっくりと目蓋を開く。まだ覚醒しきっていない意識で、おもむろに彼女の名前を呼ぶ。
「真理………」
「真姫よ」
巧を見下ろしながら、真姫は目を細めて訂正する。
「マネージャーのくせに何寝てんのよ」
テーブルに突っ伏していた頭を上げる巧に皮肉っぽく真姫は言い放つ。もう少し柔らかい言い方はできないのだろうか。その態度は後々損すると忠告してやりたくなるが、いけ好かない彼と同じになるようで踏み留まる。
「お前こそ練習はどうしたんだ? 今日から始めるんじゃなかったのか?」
「にこちゃんが穂乃果と勝負するんですって」
「勝負?」
「穂乃果にやる気出させるためでしょ。神社でやるみたいだから、わたし達も行くわよ」
随分と強引なやり方だ、と思いながら巧は椅子から立って部室から出る。μ’sのマネージャーになってから、巧が学校にいる場所は大抵アイドル研究部の部室だ。用務員としての仕事をする必要がなくなったから、自由に昼寝ができる。でも、たまに過去の記憶を夢に見てしまう。辛い過去ばかりだが、忘れてはならない。最近になって、悪夢は過去の忘却を巧自身が阻止しようと現れてくるのではないかと思えてきた。
「ねえ、真理って?」
巧の後ろを歩く真姫がそう聞いてくる。
「ちょっとした知り合いだ」
「………恋人とか?」
「ちげーよ。何でそうなるんだ?」
「そうよね。あなた恋人できる性格してないし」
どこまでも生意気だ。自分だって恋人ができるような性格でもないだろうに。巧はすっかり伸びた髪を指先でいじる。この街に来てから1度も散髪をしていない。そろそろ邪魔になってきた。いつもは真理が切ってくれていたから、床屋に行くのはどうにも気が乗らない。
真理はどうしているだろうか。
そんなことを思いながら、巧は顔に垂れた前髪を横へ流した。
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夕方からは天気が崩れるという予報通り、曇天が街全体に影を落としている。今にも雨が降りそうだ。
オートバジンで神田明神に到着すると、巧と真姫は階段の頂に集まるメンバー達のもとへ行く。階段を見下ろすとジャージに着替えた穂乃果とにこがクラウチングスタートの構えを取っている。
「勝負って階段競争か」
巧がそう言うと、「ええ」と海未が。
「にこが勝てばラブライブに出て、穂乃果が勝てば出ないということらしいです」
にこの表情は真剣そのものだが、穂乃果は興が乗らないらしい。顔に疑問の色を浮かべながら渋々勝負に応じたという様子だ。にこのことだから強引に連れ出してきたのだろう。
「よーい、どん!」
にこのタイミングでスタートが切られる。当然自分のタイミングだからにこの方が早く走り出しリードする。
「にこちゃんずるい!」
遅れて走り出した穂乃果がそう言うも、にこは全力疾走で階段を駆け上がっていく。
「悔しかったら追い抜いてごらんなさい!」
2人の距離は縮む気配がなく、そのままにこが勝利するものだと思っていた。だが途中でにこが階段につまずき、勢いよく中腹で倒れてしまう。穂乃果は自分が勝利するチャンスを放棄してにこへと駆け寄る。勝負は中断だ。
「にこちゃん、大丈夫?」
「平気」とにこは顔をしかめながら答える。怪我をしていたとしても擦り傷程度だろう。
「もう、ズルするからだよ」
「うるさいわね。ズルでも何でもいいのよ。ラブライブに出られれば」
にこは悔しそうに言った。ぽつりと冷たい雫が落ちてくる。雨はすぐに強まっていき、傘を持っていないメンバー達と巧は門で雨宿りする。階段を上がってきた穂乃果とにこも社殿で制服に着替えて門へとやって来る。
「そんなにラブライブにこだわらなくても良いと思うけどな」
穂乃果は呆れた様子で言う。頬に絆創膏を貼ったにこは不機嫌そうだ。
「今度のラブライブは、最後のチャンスなのよ」
にこの言葉を受けて穂乃果は「最後……」と自分の言葉を詰まらせる。「そうよ」と絵里が続ける。
「3月になったらわたし達3人は卒業。こうして皆といられるのは、あと半年」
学生の部活動は1年毎に部員が入れ替わる。タイムリミットのある活動であることは、彼女らも忘れていたわけではあるまい。「それに」と希が。
「スクールアイドルでいられるのは在学中だけ」
「そんな」と穂乃果は言うが、こればかりは回避できない課題だ。スクールアイドルの条件は現役の高校生であることで、活動期間は最長でも3年間。絵里は明るい口調で言うが、取り繕っているとすぐに分かる。
「別にすぐ卒業しちゃうわけじゃないわ。でもラブライブに出られるのは、今回がラストチャンス」
「これを逃したら、もう――」
希が普段とは打って変わった沈んだ声色で続き、絵里は苦笑を零す。
「本当はずっと続けたいと思う。実際卒業してからもプロを目指して続ける人もいる。でも、この9人でラブライブに出られるのは今回しかないのよ」
続けたいという気持ちがあって実力もあるのなら続けて良い、と巧は思う。絵里ならそれができるだろう。でも、彼女はただアイドルをやりたいからというだけでやってきたわけではないだろう。μ’sだから。この9人だからやってきた。それは絵里だけじゃない。
「わたし達もそう」と花陽が。
「たとえ予選で落ちちゃったとしても、9人で頑張った足跡を残したい」
「凛もそう思うにゃ」と凛が。
「やってみても良いんじゃない?」と真姫が。
「皆……。ことりちゃんは?」
穂乃果の問いに、ことりは笑顔で答える。
「わたしは穂乃果ちゃんの選ぶ道ならどこへでも」
迷いは感じなかった。主体性に欠けるように思えるが、逆に言えばそれほど穂乃果を信頼しているということだ。穂乃果なら自分達をまだ見ぬ場所へと連れていってくれると。未だに迷いを拭えない様子の穂乃果に海未は言う。
「また自分のせいで皆に迷惑をかけてしまうのではないかと心配しているんでしょう? ラブライブに夢中になって、回りが見えなくなって、生徒会長として学校の皆に迷惑をかけるようなことはあってはいけないと」
「でも……」と穂乃果は切り出す。
「わたし達、オルフェノクに狙われてるんだよ? 出場したら会場が襲われて、そんなことになったらラブライブが無くなっちゃうかもしれない………」
確かに的を射ている。琢磨はスマートブレインが標的を音ノ木坂学院からμ’sへ変えたと言っていた。彼女らには常に危険が付きまとう。彼女らがいる音ノ木坂学院だけでなく、彼女らが出るステージにも。やり取りを傍観していた巧は「お前なあ」と呆れを吐き出す。
「余計な心配すんな。そうならないために俺がいんだろうが」
子供は夢を見ていればいい。まだ成熟したとは言えないが、彼女らにとっては大人である巧は守るべき立場にある。
「俺が信じられないか?」
巧が問うと、不安げな顔をしていた穂乃果は照れ臭そうに笑い「ううん」と答える。
「たっくんなら、守ってくれるって信じてる。隠してたつもりなのに、全部バレバレだね。始めたばかりのときは何も考えないでできたのに、今は何をやるべきか分からなくなるときがある。でも、1度夢見た舞台だもん。やっぱりわたしだって出たい。生徒会長やりながらだから、また迷惑かけるときもあるかもだけど、本当は物凄く出たいよ!」
それで良い、と巧は胸を撫で下ろす。諦めるなんて穂乃果らしくない。やりたいことをやる前から諦めるのは1番あってはならないことだ。チャンスは与えられた。皆も穂乃果もやりたいと思っている。それだけで理由としては十分だ。オルフェノクが出れば巧が倒す。問題なんてものは、深く考えなくても案外単純に答えが出るものだ。
「よーし!」と穂乃果は声を張り上げる。いつもの穂乃果だった。
「やろう! ラブライブ出よう!」
曇天を吹き飛ばしてしまいそうな勢いだ。だがそれは現実になって、雨が止むと雲の切れ間から日光が柱のように地面に突き立てられる。穂乃果は門から飛び出して、灰から青へと変わった空へと指を立てる。まるで神への挑戦のように。
「ラブライブに出るだけじゃ勿体ない。この9人で残せる最高の結果、優勝を目指そう!」
「優勝!?」、「そこまで言っちゃうの?」と海未と凛が上ずった声をあげる。
「大きく出たわね」とにこすら驚いているが、「面白そうやん」と希は興奮気味だ。
ようやく動き出した。気持ちは既に決まっていたというのに、決断するまで随分と時間をかけていた気がする。でも、1度決めたら立ち止まることはしないだろう。ここからμ’sは加速していく。どこまでも一直線に。
穂乃果は宣言した。
「ラブライブのあの大きな会場で精一杯歌って、わたし達1番になろう!」
今回は戦闘がないので回想を入れさせていただきました。