ラブライブ! feat.仮面ライダー555   作:hirotani

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 更新が遅れて申し訳ございません。第1期が終わって一息ついてました。


第2期
プロローグ


「絢瀬さんに聞いても分からないの一点張りで、何も教えてくれなかったんです」

 机に腰かけた理事長が言う。彼女を前に立つ巧はじっとその瞳を見据えながら、何から説明すれば良いか順序を組み立てる。

 講堂でのμ’sのライブが終わった後、ライブを観に来ていた理事長と遭遇した巧は理事長室への呼び出しに応じた。理事長室には部屋の主である理事長と巧しかいない。絵里も同行すると言っていたが、巧はそれを拒否した。μ’sの上級生と同時に生徒会長という彼女は責任を背負いすぎるきらいがある。だから絵里にはこの話に参加させるわけにはいかない。

「何があったのか、説明していただけますか?」

 理事長の問いに巧は答える。答えたらどんな反応をされるかは気にしないよう心掛けて。

「俺はオルフェノクだ」

 「え?」と理事長は目を丸くする。巧は述べた文言を証明するため、目に力を込めて闘争をみなぎらせる。体内の血液が沸騰したかのように体温が上がり、脈拍が早まっているのを感じる。巧の顔に黒い筋が浮かんで、理事長は悲鳴をあげることはなく異形へ変貌しつつある巧の顔を凝視している。

 巧は全身の力を抜く。脈が落ち着いてきて、変身時にいつも感じている奇妙な寒気が引いていく。

「これが今まで逃げていた理由だ」

 「なるほど………」と理事長は顎に手を添える。

「あの子達は、あなたがオルフェノクと知ったんですね」

 意外だった。驚くなり怯えるなりの反応くらいはあってもいい。

「まさか、あんた気付いてたのか?」

「いえ。でも違和感はありました。以前、あなたはまるでオルフェノクを擁護するようなことを言っていたので。人間の心を持ったオルフェノクもいると」

 理事長は一呼吸おく。

「あなた自身のことだったんですね」

「俺だけじゃないさ。人間として生きたいと思うオルフェノクはたくさんいる」

 「でも……」と巧は俯く。言うべきことが、自分の立場を危うくしてしまう。でも言わなければならない。μ’sのメンバー達は巧がオルフェノクと知っても受け入れることを選択した。でも、理事長は彼女らを守る公的な立場だ。この夫人には知ってもらわなければ。

「大抵の奴がオルフェノクの力に飲まれる」

「乾さんもその可能性があると?」

「俺は人間を捨てたりしない」

 巧は即答する。

 真理と共に澤田亜希(さわだあき)を看取ったとき、巧は誓った。たとえ何があろうとも人間として生きると。全てのオルフェノクが人間を捨てようとも、自分だけは人間を守るために戦うと。

「あなたの決意は分かりました。ですが、オルフェノクに対する認識を変えることはできません。学校が狙われている現状では」

「ああ、それが1番だ」

 皮肉のような肯定を示し、巧はポケットから数字の羅列が書かれた1枚の紙片を取り出して理事長に差し出す。

「万が一、俺が人間を捨てたら三原を呼べ」

 理事長の視線が差し出されたメモから巧へと移る。

「あなたのお話を聞いての推測ですが、ベルトを使えるのは………」

「ああ。ベルトはオルフェノクが使うために作られた」

「でしたら三原さんも――」

「三原は人間だ」

 理事長の言葉を遮り、巧は続ける。

「三原はスマートブレインの実験でオルフェノクにされかけただけだ。オルフェノクに近いだけで、人間だ」

 流星塾生達を被験者としたオルフェノク化実験。澤田のみがオルフェノクへの覚醒を果たし、他の塾生達は体にオルフェノクの記号が残ったままに留まっている。

 デルタの力を使いこなす三原は身も心も人間だ。オルフェノクである巧とは違い、純粋に人間として戦うことができる。もし巧がオルフェノクの本能に飲み込まれたとしても、人間である三原の手で倒されるなら本望だ。それにこの街には海堂もいる。巧がいなくなっても音ノ木坂学院を守ってくれるだろう。

 でも、彼女らを守るのは自分でありたいという願いが巧のなかに存在している。彼女らの夢を守り、叶った瞬間を見届けることができれば、オルフェノクを滅ぼし人間が生きる未来を繋げたことを肯定できるかもしれない。それこそが木場に託された答えであり、約束なのだ。

「分かりました」

 理事長はそう言ってメモを受け取る。

「事情は複雑ですが、あなた以外にオルフェノクに対抗できる術がないことは事実です。引き続き、学院を守るために協力してください」

 言うべきだろうか、と巧は迷う。スマートブレインがまだ存在していることを。あの企業が何を企てているのかは分からないが、良くないことは確かだ。言ったとしても、これはオルフェノク同士の戦いだ。スマートブレイン内部で海堂と琢磨が企てる反乱。それに参入しようとしている巧。人間に立ち入る余地はない。

 巧が言いあぐねているうちに「ただし」と理事長は付け加える。

「2ヶ月近くもの無断欠勤は見過ごせません。乾さんを解雇させていただきます」

 当然だ。数えきれないほど職を転々としたせいか、特に思うことはない。理事長は続ける。顔に微笑を浮かべて。

「代わりとして、あなたにはμ’sのマネージャーとして学院への来校許可を出します」

 しばしの沈黙が流れる。その言葉を理解するのに、巧には時間を必要とした。ようやくその意味を咀嚼した頃、理事長は先ほどよりもリラックスした様子で言う。

「あの子達があなたの正体を知った上で受け入れてくれたのなら、私もあなたを信じてみます。どうか、あの子達を守ってあげてください」

 「ああ」と巧は短く答える。今なら守り切れる気がする。海堂と琢磨という同志を得て、まだ生き延びる可能性がある。僅かではあるものの、希望は残されている。

 巧が理事長室のドアを開けて出てくると、「うわあっ」という間の抜けた声が聞こえてくる。続けてドアに鈍い音が響き、閉めるとドアの陰から鼻を抑えた穂乃果が出てくる。

「お前、盗み聞きか?」

「だって気になるもん。たっくん理事長に怒られてないかなとか」

「まあ、用務員クビにはなったけどな。代わりにお前らのマネージャーにされた」

 「本当?」と穂乃果は巧に顔を近付けてくる。見たところ会話は聞こえなかったらしい。子供のように目を輝かせる穂乃果を見て、少しだけ緊迫した気持ちが和らいだ気がする。

「皆はどうした?」

「皆はもう帰ったよ。わたし達も帰ろう」

 帰るって、どこに。

 その質問は敢えてしなかった。彼女のもとへ戻ってきたのなら、巧の帰る場所は決まっている。以前よりも軽い足取りで巧は歩き出す。巧と肩を並べて歩く穂乃果は、ずっと巧の顔を見上げながら笑みを浮かべていた。

 

 ♦

 穂むらの横に停めたオートバジンのリアシートから、穂乃果は滑るように降りてヘルメットを脱ぐ。店の戸に手をかけると、未だシートに跨って看板を見上げる巧へと振り向く。

「どうしたのたっくん?」

「皆には、俺がオルフェノクだって話したのか?」

 そう尋ねると、穂乃果の表情が影を帯びる。

「ううん。皆はオルフェノクのこと知らないから。わたしも、オルフェノクのことよく分かってないし」

「そうか。まあ、黙ってるのが1番だな」

 「でも」と穂乃果はヘルメットを抱える巧の手を握る。

「もしばれちゃっても、わたしが何とか説得する。お父さんもお母さんも、それに雪穂もたっくんのこと分かってくれるよ」

「お前ちゃんと説得できるのかよ?」

「できるもん!」

 不意に、店の戸が開く。「お姉ちゃん?」と中から部屋着姿の雪穂が出てきて、巧の姿を捉えると目を見開く。

「乾さん!?」

 驚愕から怒った様子の表情へと移り変わり、雪穂はオートバジンのヘッドライトに両手を乗せて詰め寄る。

「どこ行ってたんですか! 大変だったんですよ。朝お姉ちゃん起こす人がいなくなっちゃって」

 それは俺の役割なのか。そう言おうとしたが、穂乃果が巧の手を引いてシートから無理矢理降ろす。

「そうだよ。ほら早く入ろう」

 姉妹に手を引かれて店に入ると、奥から騒ぎを聞きつけたのか高坂母が出てくる。

「穂乃果、帰ったの……、って巧君!」

 高坂母は嬉しそうに頬をほころばせる。

「お父さん、巧君帰ってきたわよ!」

 厨房に向けて声を張り上げると、高坂母は巧へと歩み寄って足元から頭まで見上げる。

「少し瘦せたんじゃない? 髪も随分伸びちゃって。巧君がいないから洗濯物溜まっちゃってるのよ」

 高坂母は何も咎めることなく巧を迎えてくれる。そこへ奥から高坂父がゆっくりとした足取りで出てきて、巧にエプロンを差し出す。ずっとアイロンをかけていないのか、着ている作務衣がしわだらけになっている。

「手伝え」

 巧がエプロンを受け取ると、それだけ言って高坂父は奥へと戻っていく。それを見て高坂母と穂乃果は微笑し、その笑みが巧へと移る。

「嬉しいのよ。あの人素直じゃないから」

 「さーて」と高坂母はエプロンを脱ぐ。

「買い物行ってくるわ。巧君も帰ってきたことだし、今夜はご馳走作らなきゃね。巧君、店番お願いできる?」

 「ええ」と巧は返事をする。そんな巧に「その前に」と雪穂が。

「わたしの服アイロンかけてください。しわくちゃで恥ずかしいですよ」

 「あ、わたしの服も」と穂乃果が挙手する。何て騒々しい家族だ。甲高い声があちこちから響き渡っていた。

 

 ♦

「にっこにっこにー!」

 ポーズを決めたにこが部室にいる面々を見渡す。部屋に敷かれたビニールシートにはミニテーブルが置かれて、それを囲んで座るμ’sメンバー達はジュースが注がれた紙コップを手に取る。

「それでは、μ’s活動再開と巧さんのマネージャー就任を祝して、部長のにこにーから――」

 「おい」という巧の声がにこの音頭を遮る。「何よ?」と不機嫌そうににこが尋ねる。巧の視線は目の前の湯気を昇らせる湯呑みに向いている。

「何で俺だけこれなんだ?」

 「ふん」とにこは鼻を鳴らす。

「勝手にいなくなった罰よ。このパーティーもあんたのために仕切り直したんだから、感謝しながらふーふーしなさい」

 熱いお茶だけならまだしも、巧がすぐに飲み食いできるものはこの場に殆どない。パーティーの食事は焼肉だ。テーブルにはガスコンロと皿に盛られた生肉と魚介類と野菜が並んでいる。これを提案したのは希らしい。巧が猫舌と知っているなら相当悪質だ。当の希は巧の視線に気付いているのかいないのか、皿に溢れんばかりに盛り付けられた肉を眺めている。嫌がらせというのは考えすぎだろうか。ただ単に希が焼肉を食べたいから提案しただけかもしれない。

 「それじゃ」と希が紙コップを掲げて、他のメンバー達も「かんぱーい!」とそれにならう。遅れて何も挨拶の弁を述べていないにこが「待ちなさーい!」と言いながらコップを掲げた。

 コンロに火を点けると、希と凛が率先して肉を網の上に並べていく。カルビに牛タンに豚トロから脂が落ちると、火の勢いは増していき煙が立ち昇る。理事長は学校での焼肉に許可を出したのか。一応窓は開けているが、換気扇もない部室に煙と臭気が充満する。

「ちゃんと野菜も食べませんと」

 海未がそう言ってカボチャと玉ねぎを並べる。

「えー? せっかくの焼肉なのに」

「お肉ばかりだとまた太りますよ」

 海未に窘められた穂乃果が肉をひっくり返していく。

「みんなー、ご飯炊けたよー!」

 炊飯器を持った花陽が嬉しそうに言う。「おおー!」と凛と穂乃果が茶碗を持った。

 ようやく肉が焼けると、メンバー達は我先にと肉を取り上げていく。

「にこちゃん、それ凛が焼いてた肉だよ!」

「ぼーっとしてるからよ」

「シャー!」

 ただでさえ小さいコンロを10人で囲んでいる。当然、並べられた肉はすぐになくなって、また並べても焼き上がれば再びメンバー達はかっさらっていく。

 巧は未だ肉にありつけていない。まだ冷めないお茶に息を吹きかけていると、ふと横からも吐息を吹く音が聞こえる。視線を隣へ流すと、穂乃果がカルビに息を吹きかけている。猫舌でもないのに、と巧が不思議に思っていると、穂乃果は冷ましたカルビを巧の皿に置いた。

「はい、たっくん」

 それを見て絵里が。

「皆、巧さんまだ1枚も食べてないわよ」

 「あ……」とメンバー達の視線が、カルビ1枚だけが乗った小皿に集中する。別の皿に注がれたタレもまだ未使用で、肉の脂が全く浮いていない。

「もう、猫舌って面倒ね」

 そう言って真姫がウィンナーを乗せてくれる。

 「凛の分もあげるね」と続けて凛が鶏モモを。

 「感謝しなさいよ」とにこがエビを。

 「これ、食べ頃よ」と希がハラミを。

 「巧さん、ご飯もありますよ」と花陽が茶碗大盛りの白米を。

 「はい、どうぞ」とことりが牛タンを。

 「野菜もですよ」と海未がしし唐を。

 瞬く間に巧の小皿に肉が積み重なり零れそうになる。唯一まだ巧に譲っていない絵里が、箸で豚トロを摘まんだまま宙で静止させて苦笑いを浮かべている。

「エリちは食べさせてあげたら?」

 希がそう言うと、「なっ……」と絵里は顔を赤くする。肌が透き通るように白い分、赤みがより映えている。

「絵里ちゃん顔真っ赤にゃー!」

「もう、からかわないで」

 恥ずかしいのも分かるが、女子高生に食べさせられる自分も恥ずかしいのだが。そう呆れながら、巧は白米の茶碗を差し出す。

「これに乗っけてくれ」

 助け船を出された絵里は安堵した様子でこんもりと盛られた白米の上に肉を乗せようとしたのだが。

「駄目です!」

 花陽が強く遮る。

「ご飯は汚しちゃ駄目なんです! 素材そのままの味をしっかりと噛みしめて味わうのがご飯の正しい食べ方です!」

「いやそりゃ人それぞれだろ」

 何で白米の食べ方を享受されなければいけないのか。だが花陽は引き下がる様子もなく巧の茶碗から手を放さない。

「こうなるとかよちんは止まらないにゃ」

 凛がかぶりを振る。なら絵里が差し出したままの肉はどうなるのか。皆が譲ったというのに自分だけなんてと絵里が余計な責任を感じそうだ。

 「分かったよ」と渋々茶碗を引っ込めた巧は恐る恐る肉が積み重なった小皿を持ち上げる。絵里はゆっくりと肉のタワーの頂に豚トロを乗せた。

 ようやく肉にありつけた巧はタワーの頂上から肉を食べていく。すっかり冷めた肉は脂が凝固していて固くなっていた。

 

 ♦

 もうすぐ衣替えの季節ということもあり、陽が暮れると肌寒くなってくる。鳥肌の立つ腕をさすりながら、巧はベンチに腰掛けて離れたところで集まる少女達を眺める。

 焼肉パーティーが終わると学校の裏庭で花火をすることになった。これも理事長から許可を得ているらしいが、生徒だけで火遊びなんて常識として許可は出せまい。おそらく、巧が保護者として同伴するから許してもらえたのだろう。

「湿気ってないかな?」

 封を開けた凛が手持ち花火を持って呟く。夏休みの合宿でやるはずだったものを取っておいたのだろう。巧が逃げ出したあの合宿で。

 付属品のキャンドルにライターで火を点けて、凛が花火の先端を揺らめく火にかざす。先端は焦げて、すぐに詰めこまれた火薬が火を噴出する。それを見て凛は「にゃー!」と花火を振り回し、隣にいた真姫が「ちょっと凛!」と文句を言っている。

「はしゃがないの」

 そう言いながらにこも花火に火を点けて、色を変える火を無邪気に眺めている。他のメンバー達もそれぞれが花火を手にした。希がトンボ花火に火を点けて宙に放ると、火薬を推進剤として花火が空へと昇る。でもすぐに火薬が尽きて、火が消えると死んだように地面に落ちる。

 平和だな、と巧は感慨を覚える。こんな日常を得られるとは思っていなかった。ここ2ヶ月近くは戦いに明け暮れていて、殆ど息をつく暇がなかったのだ。こうして腰を落ち着けていると、緊張の糸が少しずつだが解れていく。

「どうぞ」

 巧の視界に缶コーヒーが入り込んでくる。すぐ横に視線を移すと絵里が立っている。

「悪いな」

 そう言って巧がコーヒーを受け取ると、絵里は巧の隣に腰掛けて自分用に買ってきたココアのプルトップを空ける。巧もコーヒーの缶を空けて一口すする。

「良かったです。巧さんが戻ってきてくれて」

「本当に良いのか? 俺はオルフェノクで――」

 「もう」と絵里はため息をつく。

「皆、色々と考えたんですよ。巧さんはオルフェノクですけど、人間だってわたしも信じてますから」

 「俺は……」と巧は言葉を途切れさせてしまう。確かに誓ったことなのに、未だに確証を持てない。

「お前らが信じても、俺は俺を信じられないんだ」

 人間として生きる。その決意に嘘偽りはない。でも、かつての木場のように、ふとしたことをきっかけに人間を捨ててしまうかもしれない。人間を捨ててしまえば、守るべき彼女達を下等種と蹂躙してしまうかもしれない。心まで本物の怪物になってしまうことが何よりも怖い。

「ならわたし達を信じてください。巧さんを信じるわたし達を」

 絵里は真っ直ぐ巧を見据えて言う。かつて真理からも言われたその言葉に巧は動揺を隠せない。オルフェノクの本能に飲まれてしまう恐怖。それはこの命がある限り生涯続く苦悩だ。絵里はそのことを理解しているのだろうか。自分が自分でなくなる恐怖を。

「絵里、何でお前は俺を信じられるんだ?」

 そう聞かずにはいられない。絵里は少しだけ恥ずかしそうに目を背けてココアを啜る。

「前に、巧さん言ってましたよね。オルフェノクを倒せば罪を背負うって。あのとき、わたしはオルフェノクを怪物としか思っていなくて、巧さんの背負っているものが何も分かっていなかったんです」

「間違っちゃいないさ。オルフェノクは化け物だからな」

「でも、オルフェノクが皆悪い人ばかりじゃないって、巧さんは知ってるじゃないですか。わたしはそれを知りません。だから、わたしには戦う資格なんて無いんです」

「資格なんて関係ないだろ。俺は戦うことしか取柄が無いだけだ」

 巧が憮然として言い放つも、絵里は気分を悪くした様子はない。むしろ優しい笑みを向けてくる。

「そうやって全部背負い込むのも、わたし達のためなんですよね」

 図星だった。取り繕うにも、真実を変えることはできない。巧は反論することができなかった。

「皆知ってますよ。だから巧さんを信じられるんです」

 巧は絵里の顔を見つめる。絵里は巧から目を逸らさない。巧は自分の存在を肯定することができた。だからこそ夢を持つことができた。でも、所詮それは自己満足に過ぎない。オルフェノクという異形の存在を拒絶する世界の現実から目を背けて、面の皮厚く居座っているだけ。本当に自分の居場所を得るには、他者から赦しを得るしかない。その赦しをμ’sは与えてくれたのだ。

「ああ、信じてみる。俺を信じてくれる皆をな」

 巧はそう言ってコーヒーを飲む。ありがとう、という素直に言葉で出せない感謝の気持ちを込めて。

 他のメンバー達はまだ花火を楽しんでいて、その中から穂乃果がぱたぱたとこちらへ走ってくる。ココアを飲み干した絵里は立ち上がり、巧に微笑むと無言で花火を楽しむ輪へと戻っていく。

「絵里ちゃん、花火なくなっちゃうよ」

「ええ」

 すれ違い様に絵里とそんな短い会話を交わした穂乃果は巧の目の前で足を止める。両手にはライターと線香花火の束がある。

「たっくん、絵里ちゃんと何話してたの?」

「お前がまた馬鹿なことしないよう見張っとけって頼まれた」

「えー? じゃあわたしもたっくんがまたどこか行かないように見張ってるもん」

「はいはい」

 むっと表情を険しくするも穂乃果はすぐ笑顔に戻る。

「花火持ってきたよ。たっくんもやろ」

 そう言って穂乃果は線香花火を1本差し出してくる。

「………ああ」

 巧が受け取ると穂乃果は満面の笑みを浮かべる。巧はベンチから降りて、穂乃果と一緒にその場でしゃがむ。穂乃果はコンビニで売っている100円ライターの火を点けて、2人は同時に火へ線香花火の先端を近付ける。微量な火薬に火が燃え移ってオレンジ色に光った先端が丸まっていき、やがて周囲に火花がぱちぱち、と小さな音を立てて散り始める。

「綺麗だね」

 目の前で散る火花を見ながら、穂乃果はぽつりと呟く。「ああ」と巧は適当な相づちを打つも、素直に綺麗だと思える。花火を綺麗と感じたのはいつ振りだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。

 線香花火はしばらく花を咲かせると、徐々に火花の勢いが弱まっていく。やがて火花が収まると、球形を成した先端がぽとりと地面に落ちてオレンジの光が消えていく。

「あーあ、もう消えちゃった。花火って何でもっと長く燃えないのかな?」

「そういうもんなんだろ」

「そうなのかなあ」

 花が咲く期間は短い。音ノ木坂学院に植えられた桜の木も春には花を咲かせていたが、すぐに散って1ヶ月が経つとすっかり深緑へと色を変えた。花は植物の、命にとって最も美しい時期だ。美しくいられる時間は短い。それは人間でも変わりない。目の前にいる穂乃果が女子高生という、人生で最も輝いていられる時期は残り1年半しかない。

 花の命が短いのなら、オルフェノクもまた花と同じなのだろうか。巧はそう思いながら燃え尽きた線香花火を眺める。命の短いオルフェノクの灰色の姿は人間から見れば醜いが、オルフェノクから見ればこの上なく美しい姿なのだろうか。人間という種から芽が出てオルフェノクという花が咲く。花はやがて種を落とす。だが、オルフェノクという花は種を落とす前に枯れてしまう。

 μ’sも、巧も、咲いていられるのはもう僅かばかり。その僅かな「今」のなかで、彼女達は輝いている。

 もうすぐ秋が来る。

 μ’sのステージと巧の戦いは、新しい局面へと進んでいく。




 一区切りついて読者の皆様から多くの感想を頂きました。大変ありがとうございます。感想の殆どが「555」絡みで未だに根強い人気があるんだなと実感します。まあ、「ラブライブ!」は原作に沿うってネタバレしてるので「555」しか楽しめないってのもありますが。たっくんが主人公なので物語全体で重苦しい「555」色が強いですが、μ’sとの交流で何とか癒しを出せたらなと思います。

 そんなわけで、次回から第2期スタートです!

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