ラブライブ! feat.仮面ライダー555 作:hirotani
以前連載していた小説があまりにもシリアスだったので、本作はできるだけ明るくしたいと思っています。
プロローグ
「夢っていやあ、俺もようやく夢が見つかった」
雲が浮かぶ空を見上げながら、
夢を持つ資格なんて、自分にはないと思っていた。夢を持ってはいけないと思っていた。
オルフェノクで、化物で、人間じゃないから。
それでも、人間として生きたいと思った。人間として死にたいと思った。
その押し殺してきた願いに素直になれてようやく、彼は夢を持つことができた。
「へえ、どんな夢?」
「ねえ、教えてよたっくん」
巧を囲むように寝ていた真理と啓太郎が聞いてくる。答えようとしたとき、巧は自分の左手から何かが零れ落ちていることに気付く。おもむろに手を空にかざす。
「どうしたの、たっくん?」
啓太郎がそう聞いてくる。
「別に、何でもない」
隠すように巧は手を引っ込める。心配をかけないよう笑みを浮かべて両手を枕代わりに頭を預ける。
「それで、何なの? 巧の夢って」
真理が寝転びながら尋ねる。巧は空を見上げる。
これまでの人生は、このときのためにあったのだと思える。
隣にいる2人と出会ったこと。
ファイズとして戦ったこと。
人間として戦ったこと。
オルフェノクの苦悩に向き合ったこと。
オルフェノクの王を倒したこと。
その全てには意味があった。
自分には生きる意味があった。
これまで否定してきた自分の命を。
化物と拒み続けてきた自分の存在を。
そして巧は夢を抱く。
たとえ叶わなくても。
叶う未来を見届けることができなくても。
巧は答える。
「世界中の洗濯物が真っ白になるみたいに、皆が、幸せになりますように」
体の内側から温かいものがこみ上げてくる。その熱にどこか心地良さを感じながら、巧は目を閉じた。
♦
「たっくん……たっくん!」
子供のように喚く啓太郎の声で目が覚める。ゆっくりと俯いていた頭を上げると、ガラス張りのドアに映る寝ぼけ眼の自分が見える。店番をしている間に眠ってしまったらしい。横へ視線を移すと、大量の服が詰まった籠を抱えた啓太郎がいる。
「……啓太郎」
「もう、居眠りしてないで手伝ってよ。仕事たくさんあるんだからさ」
啓太郎はぶつくさ言いながらアイロン台へと歩いていく。まだ気だるさが残りながらも立ち上がった巧は尋ねる。
「なあ啓太郎。俺、河川敷で昼寝した後どうなった?」
頭にバンダナを巻き、アイロンの電源を入れた啓太郎は巧には見向きもせず、台に真っ白に洗われたシャツを広げながら答える。どうやら本当に忙しいらしい。
「どうなったって、皆で家に帰ったじゃない。あの日の晩も大変だったんだから。夕飯は鍋にしようとしたらたっくんが文句言って真理ちゃんと口喧嘩になってさ。でも、どうしたの? いきなり昔の話なんかして」
「昔?」
「それって3年くらい前じゃない」
3年前。だとしたら、あの夢は3年前の記憶だったのだろうか。だとしても、感触がひどくリアルだった。まるでついさっき体験した出来事のようだった。疑問に反して、覚醒していく巧の意識に次々と記憶が流れ込んでくる。
あの河川敷で昼寝をした後の日々。確かに、あの日の晩は夕飯のことで真理と口喧嘩をして、結局巧はしめのうどんをざるうどんにして食べる形で落ち着いた。
あれからもオルフェノクは頻繁ではないが現れ続けた。その度に
それでもやはり、巧は常に無力感を拭えなかった。ファイズとして戦い、人々の夢を守ることがアイデンティティだった巧にとって、平和な日常というものはひどく薄っぺらく感じてしまった。
それでも、悪いことばかりではない。高校に行っていなかった真理が高認試験に合格し、18歳になると美容師の専門学校に入学した。学費は啓太郎が援助した。人助けが趣味な彼らしい。真理はこれまで貯めた金と奨学金で工面すると言い張ったが、啓太郎は譲らなかった。珍しいことに真理が折れて、それでも卒業したら分割して返済することになった。多分、啓太郎はそのときが来ても受け取らなさそうだが。今年の4月から真理はバイトとして勤務していた美容院に本採用される予定だ。本格的に勤務するのは来月からなのだが、研修として毎日店で休みなく働いている。代わりにクリーニング屋の仕事は手伝えなくなったが、巧はそれでいいと思う。勿論啓太郎も同じ気持ちで、真理の夢を後押しした。
そんなわけで、巧は啓太郎と2人で店を切り盛りすることになったわけなのだが、2人だけでは仕事が回らない。啓太郎が無理な仕事でもどんどん引き受けてしまうものだから休む暇もない。バイトを雇う余裕もないから尚更だ。
「ただいまー」
すっかり夜も更けた頃、真理が疲れた様子で、でも満更でもない晴れやかな顔で帰ってきた。食卓に皿と箸を置く啓太郎と、ソファでテレビを観ている巧が迎える。
「お帰り真理ちゃん」
「おう、お帰り」
真理は鞄を無造作にソファに置くと、食卓に並べられた鍋と肉を嬉しそうに眺める。
「お、今日はしゃぶしゃぶかあ」
「いいでしょ? これならたっくんもすぐ食べられるし。肉をポン酢で冷やしてさ」
「ああ」
いつものように食卓を囲んで夕食を食べる。真理はその日の出来事を語った。勤め先の店長が厳しいと。客がうざったくてたまらないと。愚痴ばかりだが、真理はよく笑った。順調に夢へと進んでいる実感が持てるのだろう。
良かったな、真理。口には出さなくても、巧は素直にそう思った。
♦
平和な日常というものはいつも脆く崩れ去る。真理と出会った日、初めてファイズに変身した日もそうだった。巧の旅を唐突に終わらせて、オルフェノクとの戦いへと引きずり込んでいく。
その日々を呪ってはいない。ファイズとして戦った日々を経て今の自分がある。巧はそう確信が持てる。だが、今の日常は決して壊したくない。真理はあと少しで夢を叶えようとしている。啓太郎も店は赤字続きだが、夢に向かって突き進んでいる。
日常が壊れる兆候が現れたのは、まだ肌寒い朝だった。
「巧!」
「たっくん!」
まだ出勤中のお勤め人も登校中の学生も歩いていない早朝に、巧は真理と啓太郎に叩き起こされた。寝巻のまま文句を言いながら2人に連れ出された店先に、それはあった。
ファイズのサポートマシンとして開発されたバイク。SB-555 V オートバジン。
タンクには開発元であるスマートブレインのロゴが入っている。質の悪い悪戯ではないかと思った。オートバジンは3年前、オルフェノクの王との戦いで破壊された。あの戦いの後、スマートブレインは社長を始めとする経営陣が次々と死亡したことが痛手となり、遂に倒産してしまった。もう新しく製造することができないはずだ。
巧はタンクにあるファイズの顔を模したマークのスイッチを押した。するとバイクは人型へと変形した。市販のカスタム品ではなく、正真正銘スマートブレインの技術で作られたマシンだった。
「これ、誰が持ってきたんだろう?」
真理がそう言うと、啓太郎は不安そうにかぶりを振った。
「分からない。掃除しようと思ったら、これが停まってたんだ」
取り敢えずこれは置いとけ。巧は困惑している2人にそう言った。その日は2人とも落ち着かない様子だった。真理は貴重な休日だったというのに、何かしないと落ち着かないらしくクリーニングの仕事を手伝っていた。啓太郎も仕事でミスをした。お客から預かったものを大事に扱う彼にしては珍しく、ズボンをプレスする際におかしな所に折り目を付けてしまった。一番落ち着いていたのは自分だったと、巧は思った。
巧はその日のうちに決断し、夜に行動を起こした。真理と啓太郎が眠りに就いた頃、巧はバッグに着替えとファイズギアを詰め込み、オートバジンのリアシートに括り付けた。バイクに跨ってアイドリングをしているときだった。
「巧?」
エンジン音で起こしてしまったのか、真理が店の玄関からパジャマ姿のまま出てきた。
「どこに行くの?」
ヘルメットを被った巧は答える。
「眠れなくてな。ちょっと走ってくる」
「そんな大荷物抱えて?」
どうやらお見通しらしい。伊達に何年も一緒に暮らしているだけのことはある。真理はハンドルに手を掛けた巧の腕を握った。
「またそうやって何も言わないでどっか行くつもり? いつもそう。巧は自分勝手で、私達の気も知らないで」
「どこに行こうが俺の勝手だろうが!」
巧は思わず怒鳴ってしまう。こんな自分の性分にうんざりする。一緒に戦った彼なら、こんなときに上手い言い訳を考えつくのだろう。
理由はある。このオートバジンは新しい戦いを告げている。きっと何かが動き出しているのだ。とても恐ろしい何かが。今の日常が壊れてしまうかもしれない。真理と啓太郎の夢が壊されてしまうかもしれない。
だから自分は行かなければならない。
2人を危険な目に合わせるわけにはいかない。
戦いを呼ぶファイズギアとオートバジン、そして巧は消えなければならない。
「悪いな、真理」
巧にはそれしか言えなかった。立ち塞がる真理を押しのけて、巧はギアを入れてアクセルを捻る。オートバジンはマフラーからガスを吹かして走り出した。
「巧!」
後ろから真理の声が聞こえる。それを打ち消すように、巧は更にエンジンを吹かし、オートバジンを街灯が弱く照らす夜の闇へと走らせた。
♦
「くっそ………」
オートバジンを押しながら、巧はそう吐き捨てる。どうやらガソリンが殆ど入っていなかったらしく、しかも財布の中身も寂しいため給油もできない。なんて様だ。格好つけて飛び出しておきながらいきなりつまずいた。
どれほど歩いただろうか。とにかく家から離れたいと思って目的地も決めずに歩き続けた。もう陽が昇りかけている。不意に体の力が抜けて、巧はアスファルトの地面に倒れた。同時にオートバジンも。内部に詰め込まれたパーツ同士がぶつかり合う音が聞こえるが、この程度で壊れるほどやわじゃないだろう。
巧は自分の手を見る。手からは灰がさらさらと零れて、地面に落ちると細かい微粒子が煙のように舞い上がる。
ここまでか。巧は最期を受け入れる。寂しいがこれでいい。巧は自分がどうやって最期を迎えるのかを知っている。自分と同じ存在が目の前で崩れていく様を散々見てきた。真理と啓太郎には見られたくない。2人はきっと悲しんでくれる。だからこそ、巧は2人のもとから離れた。危険から遠ざけたかったのが1番だが、2番目に自分の最期を見られて、2人の悲しむ顔を見たくなかったからだ。
ビルの影から太陽が顔を出す。街を照らすその光が眩しく、巧は目を閉じる。このまま眠るように死のう。そう思った。
「うわああっ」
少女のような声が聞こえる。見られてしまったか。早くどこかへ行ってほしい。最期だけは静かで、穏やかでありたい。
「お母さん、お母さん!」
「どうしたの穂乃果」
「人が倒れてるよ!」
「大変、お父さん起こしてくるわ」
足音が近付いてくる。うつ伏せに倒れていた巧の体は仰向けにされる。止めろ。手に灰が付くぞ。そう言いたいが、声を出す気力すらない。重い目蓋を開くと、少女が巧の顔を覗き込んでいる。パジャマを着ていることから、ついさっき起きたらしい。オートバジンが倒れる音で目を覚ましてしまったか。
「大丈夫ですか?」
少女がそう尋ねてくる。朝日を浴びた彼女の髪が山吹色に輝いている。その輝きがとても眩しく、巧は再び目を閉じた。