徒歩で来るメリーさん   作:アッパーカット

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18にちめ 

 

 

 

 

「……それでは、また明日に」

『ああ、また明日な。夜道に気をつけろよ』

 

 そう言い残して、電話がぷつりと切れました。

 私は小さくため息をついて、画面の通話終了のマークを押します。

 ……私がメリーさん見習いとしてアキラさんを担当しだしてから今まで、ずいぶんと時間が経ちました。今の正確な自分の場所はわかりませんが、それでもかなり彼に近づいていることくらいはわかります。

 アキラさんと話せる時間というのは、あと二週間も無いのでしょう。だってそれまでに私は、あの人の住む場所へと辿り着いてしまうのですから。

 

 かぶりを振って、長崎を発って以来、一度も止めていない足を動かし続けます。

 てくてく、てくてく。ひとはりひとはり布切れに糸を通すように、一歩ずつ、歩幅の分だけ進みます。最初の頃には果てしないように思えた道のりでしたが、いつの間にか半分以上も進んで来てしまいました。

 

 空を見上げると太陽が沈む、ちょうどその瞬間でした。……これから夜になります。もう少しで西の空から、夕焼けの光が消えてしまいそうです。

 夜。……それは昔から、怪異の時間と決まっています。

 太陽の消失は光の恵みを奪い、暗闇は魑魅魍魎をはらみます。現代では夜も明るくなってしまって久しいですが、それでも夜が私たちのような存在のための時間だということには疑問の余地がありません。

 ……ですが、どうしてなのでしょう。正直なところを言って、今の私はこの夜という時間があまり好きではありません。

 太陽が眠り、街が眠り、人が眠る。……そんな時にただ一人、誰にも見られずに遠く遠くを目指して歩き続けていると、目に見えない、けれども私の中に確かに存在する何かがゆっくりとすり減っていくように感じるのです。

 

 これが『不安』なのでしょうか?

 ……おかしな話なのです。昔はそれにまつわるものだったはずの私が、今になって今度は自分がそれを感じるようになっているのですから。

 

「……アキラさんの、せいなのです」

 

 ぽつり、思ったことを口に出してみます。

 ……そうです、それはきっとアキラさんが悪いのです。だって、あの人と過ごす時間は楽しすぎて、そのせいで月が光り虫が鳴き野鳥の囀る涼やかなこの夜の時間を、私はつまらないと思うようになってしまったのですから。

 

 ふと、疑問に思います。

 あの人はいったい、私にとってどういう人なのでしょうか。

 

「……標的(ターゲット)。一緒に遊んでくれるお兄さん。お友達」

 

 そしてそのあとに続く言葉は、胸の中にしまい込みます。ほんの少しだけ、頬が熱いような気がしました。

 あの人と出会ったときの私は、どこか気負っていたのかもしれません。決心をして、その決心を嘘にしないためだけに行動して。

 ……けれども今の私は、ほんの少しそれとは違います。

 

「……適当ですから、あの人は」

 

 そう、適当。……そして、優しい。あの人のことを言葉で表現するならば、それがおそらくは、一番に当てはまるのでしょう。

 都市伝説としてまだまだ未熟な私は、この数週間の間にアキラさんから良くも悪くもそういう影響を受け、ほんの少しだけ変わりました。それを成長というのかといえば、よくわからないのですけれど。

 

 もっとも怪異として考えるならば、あの人とお話しするようになってからの私は、ある意味で弱くなってしまったのかもしれません。

 だってこの旅を始めた時には、これほどに夜道の寂しさを感じることなんてありませんでした。メリーさんになりたいのだという、ただそれだけの気持ちに突き動かされて、ただただ歩くことができました。

 けれども今は、どこか違うような気がするのです。……もちろん、メリーさんにはなりたいという気持ちに変わりはありません。けれどもそれ以上に、アキラさんと話す時に胸を張って今日も頑張りました、と言えるように歩いているような気がします。その後にあの人に雑な言葉で褒めてもらうことが嬉しくて、そのために歩いているような気がします。

 

 ……あと、二週間もないのに。二週間なんて、ほんのわずかな時間です。アキラさんと話して話して、それでも伝えたいことが泉のように湧き出てきます。

 自分がため息をついたことに、そう思った後で気づきました。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 上を見上げて、昏れなずむ空の下を歩きます。

 もう一歩先へ、さらに遠くへ。

 そうしているうちにだんだんと、周りが暗くなってきます。

 人通りはほとんどなくなり、聞こえる音は虫や鳥の森の奏でる音、風が運ぶざわついた音、時折通過する車が走る音……たったそれだけになってしまいます。

 

 生ぬるい風がむっとするような空気を運んできて、私は少しだけ顔を伏せました。

 私は怪異ですから、歩き続けても疲れることはありませんし、体が汚れることもありません。ものを食べる必要だってないので、きっとどこでも、一人で存在し続けることもできるのでしょう。……それなのに。

 

「……声が、聴きたいです」

 

 どうしてこんなにも、一人が寂しいのでしょう。

 ぽつりと胸の奥から言葉が零れ落ちて、私は慌てて自分の口を押えました。

 

「い、いけませんいけません! こんなことでは、またからかわれてしまいます!」

 

 いいかげん、私も怪異としての風格というか威厳というか、そんな感じのものを身につけねばなりません。こんな調子では、アキラさんに笑われてしまいます。

 ため息を振り切り、気にしない気にしないと自分におまじないをかけて、ただただ歩いて……。私はそこでふと、あることを思いました。

 

 ……私はあの人に会いに行って、その後はどうするのでしょうか。

 メリーさんになる。それはもう決めていることで、思い直すつもりはありません。……けれども、それ以外には?

 私にとっては今が何よりも楽しい時間で、今に満足してしまっています。

 だったら。……あの人と話せなくなった私にいったい、何ができるのでしょう。

 

「……こんなこと考えるのは、あの人にとっても迷惑なのでしょうけど」

 

 そんな、わかりきったことを口に出してみます。

 だってきっと、あの人にとっての私は、少し変わった夏の思い出の一つなのです。人生に百回もあった夏のうちの、たった一回。過ぎ去った思い出のひとかけら。……今はともかく少し経てば、きっと私はあの人の中で、そんな程度のものになってしまうのでしょう。

 

「……それが、当たり前なのです」

 

 でも、という思いが消えてくれません。

 アキラさんにもそれとなく話していますが、私のような怪異に憑かれるということは本質的には忌むべきこと、よくないことなのです。なぜなら怪異とは、文字通りに怪しくて異なものなのですから。

 人間にとっての私たちは、基本的には百害はあっても一利はない存在だと言って間違いではありません。

 例えば実際、アキラさんなんかは私に付き合ってくださっているせいで午後をまるまる潰してしまっているわけですし。……いえ、千里眼であの人を見るといつも寝ているか本を読んでいるかなので、ちょっと微妙な気もするのですが。

 ほんの少しくすりと笑って、私はまだまだ歩き続けます。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ひたすらてくてくと歩き続けて、空はもう真っ暗になってしまいました。

 ひどくぼんやりと頼りなく、雲に隠れながら月が夜道を照らします。

 

 アキラさんは今ごろ何をしているのでしょうか。千里眼で覗いてみようとしたところをぐっと我慢します。

 ……お風呂なんかに入っていたら大変ですから。この前はちょうどその場面を覗いてしまったのです。もちろんすぐにやめましたが、胸がどきどきとして、次の日はぎこちない話し方になってしまったのです。あんな失敗は繰り返したくありません。

 ……もちろんそれ以前に覗き見はよくないのですが、そこはメリーさんとしての特権ということで。

 

「……んっ」

 

 そんなことを考えていると、急に風が強く吹きました。アスファルトの熱を吸った風はうだるような熱気を纏い、思わず足を止めて顔をそむけてしまいます。

 ……夏は暑いものと相場が決まっていますが、もう少しなんとかならないものでしょうか。私は熱中症になることもないですし汗をかくこともありませんが、それでも暑いものは暑いのです。この辺りはやはり、中途半端な怪異として私が未熟な部分なのかもしれません。

 

 ため息をついて再び歩き始めます。

 と、同時。私は心臓が止まるかと思いました。

 

「ひゃっ!?」

 

 ……目、でしょうか? 暗闇に浮かぶ、緑色に光る小さな二対の光点。それが私を、じぃ、と見つめていたのです。

 

「……な、なんでしょう? 私になにか御用ですか?」

 

 少し横に移動しても目はこちらを見ています。

 その場でぴょんぴょんとジャンプしてみてもこちらを見ています。

 縮こまって存在感を消してみてもこちらを見ています。

 

「ど、どうしましょう。……目? 目の、怪異?」

 

 目だけの存在なんて怪異に違いありません。けれどもいったい、そんなおかしな怪異が存在するのでしょうか……?

 と、そんなことを考えて観察しているうちに正体がわかりました。

 

「ただの、猫さんですか……」

 

 がっくりとうなだれます。

 ……目の正体は、真っ黒な猫さんでした。なかなかお目にかかれないような、その見事な暗闇色の体が夜に紛れていたのです。

 

「わ、私って……」

 

 私は頭を抱えたくなりました。

 いかに見習いとはいえ怪異です。それなのにただの猫さんを怪異と見間違えるとは、いったい私はどれだけ未熟なのでしょうか。仮にも千里眼という、見ることに特化した能力も持っているというのに。

 ……言い訳をさせてもらえるのなら、びっくりした時の反応なんて人間も怪異も動物も大差ないのです。ええ、そういうことにしておきましょう。

 

「夜のお散歩ですか? あなたは真っ黒なので、車にひかれないように気を付けてくださいね」

 

 しゃがみこんで目線を合わせてそう言ってみます。

 猫さんは私の言ったことを理解しているのかいないのか、なー、と鳴くだけでした。

 そして私に興味をなくしたのか、こしょこしょと前脚で顔を掃除しています。その後、うなー、とあくびをしてごろごろと喉を鳴らしています。

 

 ……それを見ていると、私の中にある疑問が芽生えました。

 もしかして。もしかしてなのですけれど。

 ……世界で一番可愛い生き物というのはもしや、この猫さんという生き物なのではないでしょうか?

 

「……にゃー」

 

 そう言ってみると猫さんは、うなー? と鳴いて首を傾げます。

 私は衝動的にその辺に生えていた雑草を引き抜くと猫さんの前に差し出します。

 ふりふりと揺らしてみると、猫さんは何も考えていない顔でそれを追います。

 ……か、可愛い。

 

 左右に揺らすと首ごとその行方を追い、ときおり前脚で猫パンチを繰り出してきます。

 前後に近づけたり遠ざけたりすると近づけたときに猫パンチを出してきて、ときどき混ぜるフェイントに引っかかって途方に暮れたように前脚を引っ込めます。

 二本に増やしてからは猫さんの目線が追い付かず、ぐるんぐるんと目を回していました。両脚で捕まえようとして失敗し、べちゃっと地面に張り付く様子はきゅんきゅんとする愛らしさです。

 

「……♡」

 

 しばらく無心でそうしていて、ふと私は我にかえりました。

 ……私はいったい、何分間こうしているのでしょうか?

 

「……い、いけませんいけません! 私はメリーさんになるのです! 惑わされてはなりません、進むのです!」

 

 そう自分を鼓舞して、猫さんと遊びたい気持ちを振り払います。

 歩くのです。歩いて歩いて、明日もまたアキラさんに褒めてもらうのです。

 私は立ち上がって、そしてまたしゃがんで、猫さんに語り掛けました。

 

「あげられる食べ物を持っていなくてごめんなさい。でも、遊んでくれてありがとうございます。……どこかで会ったら、また遊んでくださいね?」

 

 そう言って頭を撫でようとすると、猫さんはさっと横に逃げて行ってしまいました。

 ……どうやら、直接接触は無理なようでした。

 少しだけ寂しく思いながら、私も腰を浮かせます。

 さて、旅の再開です。あとたったの五百キロ以上千キロ未満、見事に歩きぬいてみせるのです。

 

 そう思って、立ち上がった瞬間。

 

 ──私の目は、大きく見開かれます。

 私の歩く歩道のすぐ横の車道、つまり、ほんの一瞬前に猫さんが飛び出ていった車道。

 そのすぐ後ろに、とてつもないスピードで車が走りこんできていたのです。

 

「……──っ!?」

 

 声にならない悲鳴が漏れます。

 道路上では猫さんが驚きに体を硬直させて立ち止まり、車の進路上にいます。

 猫さんの体の色が災いしているのでしょう、車を運転している人は猫さんに気付かず、スピードを緩める気配はありません。

 

 あと数秒もありません。

 きっと猫さんは、なすすべもなく轢かれてしまいます。

 ──だからその瞬間に私は、何も考えていませんでした。

 ただただ、猫さんが死んでしまう場面を見たくないというその一心。

 ……ただその一心だけで、私は道路へと飛び出したのでした。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「……バッカ野郎、気ぃ付けろ!」

 

 そんな罵声を残して、車がそのままの勢いで走り去っていきます。

 私はただ呆然と、走り去ってゆく車を眺めていました。

 

 数十秒たってからようやく実感が湧いてきます。

 道路のわきにへたり込んでいる私の体。そして腕の中には、脱出しようともがきにもがく猫さんの感触。どうやら……どうやら奇跡的にも間に合い、私も猫さんも轢かれずに済んだようでした。

 

 どっと体の力が抜けます。

 ……怖かったのです。本当に、怖かったのです。

 私は怪異です、死ぬことはないのでしょう。けれども、車に突っ込んでいったあの時に感じた感情は紛れもなく、今までに感じたこともなかったそれ……『恐怖』でした。

 

 呆然としたままの私の腕のなかから、するりと猫さんが抜けだします。

 その軽やかな足取りからは、怪我の様子はありません。大事でなくてホッとします。

 仮にあと一秒、あと一瞬。遅れていれば、間に合わなかったでしょう。

 

「……もう二度と、道路に飛び出してはいけないのですよ」

 

 草むらの中へ逃げてゆく猫さんになかば独り言のようにそう言うと、なー、と返事が返ってきました。なんともな生返事に気が抜けます。きちんと聞き入れて、気を付けてくれればいいのですが。

 そのまま猫さんの影は草むらに隠れ、ここに残るのは私一人。ついさっきのことが嘘のように静まり返った夏の夜だけが残っています。

 

「……よかった」

 

 ぽつりとそう呟きます。

 何はともあれ私は、目の前で消えようとしていた命を救うことができたのです。少なくとも私自身としては、それは誇らしいことでした。

 

 ぱんぱん、と服の埃を払って立ち上がります。空気を吸いこみ、深呼吸をします。

 体全体を覆っていた掻き毟りたくたくなるような不快感が、一呼吸ごとに薄れていきます。数十秒もしないうちに私の体からは擦り傷や打撲が消え去り、完全に治っていました。

 ……今の今まで全身を覆っていた、なんとも表現のできないあの感覚。叫びだしてしまいたくなる、あの感覚。それこそがきっと、『痛み』というものなのでしょう。

 

 しばらくの間、そうして何も考えることができないままに立ち尽くしました。数分ほどしてから、ようやく頭がまともに働くようになってきます。

 

「……歩き出さなくては、いけません。旅の途中、なのですから。……こんなところで時間をつぶしている場合では、ないのです」

 

 私は。

 確かに私は、そう思って歩き出そうとしたのです。

 

 足を少しだけあげて前に出し、重心を傾かせ、その勢いでもう片方の足を出して、それの繰り返し。……簡単です、あまりにも簡単な動作です。幼稚園に通うような幼子だって、歩くことなんて簡単にできます。

 

 それなのに──私はなぜか、歩き出すことができませんでした。

 

「……え」

 

 足をわずか持ち上げて踏み出すというその動作。

 ……けれども、そんな簡単なことができません。足が接着剤で地面に貼り付けられてしまったように、縫い付けられてしまったように、固定してあるように。

 たったの一歩も、動かないのです。

 

「……冗談、なのです。私は、ちょっとだけ歩くのに疲れたから、冗談を言って疲れをごまかそうとしただけ、なのです」

 

 そんなことを言って、疲れることのない都市伝説なのに『疲れる』なんて言ってみて、足が動かないということを嘘にしようとしてみます。

 けれども、そんなことをしてみても足は動きません。たったの一歩も、いえ、それどころかただの半歩も動くことができません。

 右足ではなく左足から歩き出そうとしてみても、やはり足は鉛でできているかのように重く、ただの一歩分も動かせません。

 

「どうして。どうして、私の足は動かないのですか……?」

 

 誰も答える者のない暗闇に問いかけます。

 もちろん答えは返ってきません。

 ……では、いったい誰がその問いの答えを知っているのでしょうか。

 

「思って、いません……」

 

 自分でも知らないうちに、そう口に出していました。

 

「……思っていません。思っていません。私はそんなことを思っていません。私はそんなことを考えていません。私は自分で決めたことを嘘にするようなことを思っていません。私は──」

 

 ……そこでやめておけばよかったのに。

 私の口は、その言葉を吐き出してしまいました。

 

 

「──もう歩き出したくないだなんて、思っていません」

 

 

 ……そう口に出してしまった瞬間、思わず地面にへたり込みます。ごつごつとした路面の感触は、どこか遠い世界の出来事のように感じられます。

 

「……だって、私はメリーさんになるって決めて」

 

 ずきん、と。

 そう思った瞬間に、さっき初めて味わった感覚……『痛み』がぶり返します。

 ぐわん、と。

 それを自覚した瞬間に、さっき初めて味わった感情……『恐怖』が蘇ります。

 

「……──っ!」

 

 がたがたと、私の体は震えていました。

 震えを止めようとしても、止まってくれません。

 どうして。

 その問いの答えが、私の唇から零れ出ます。

 

「……痛みがあるのです。怖いのです。……だって」

 

 さっきの猫さん、私が助けていなければ、どうなっていたのでしょう?

 

「ばらばらに、なって……。死んじゃって、いました」

 

 ぽつりと唇から零れ出た、その当たり前の事実に。

 私は立ち上がれません。立ち上がることができません。

 体がどうしようもなく、ここから動き出すことを拒否していました。

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 頭が、割れそうです。

 だって、おじいちゃんは笑ってくれて。だから、私はメリーさんになりたくて。それなのに、猫さんは唐突に死にかけて。つまり、誰かが理不尽に死んでいくことなんて当たり前のことで。けれど、私はそれが当然のことだなんて今の今まで知らなくて。それなのに、誰かの助けになれるだなんて勝手に思っていて。これまで、そんなことを信じてただただひたすら歩いてきて。その末に、当たり前の事実を知ってこんなにも怖がって──

 

「……私、は」

 

 そう口に出した途端、頭の痛みがぼんやりと薄れていきます。

 私は大きく息を吐いて、そして空気を吸い込みます。

 ぬるく湿った空気が私の中に満ちる感触だけが、溶けたような思考の中で唯一はっきりとした、確かなものでした。もう私は何をすればいいのか、どうしていいのか、それすらもわからなくなっていて……

 

 ……だからあの人に、電話をかけました。

 

 

 

 

 








作者所用につき、次回『18にちめ メリーさんの電話。』は3/10の投稿となります。

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