「……長崎?」
『はい。……青森までは大体、二千キロくらいでしょうか』
「で? その距離を移動すると?」
『はい。徒歩で』
その次の日。俺は再び同じ時間に掛かってきたメリーの電話に、呆れ声を出していた。
「いや。いやいや。いやいやいや。メリーさんって違うだろ。なんかもっとスマートな、アサシン的なスタイルの使い手じゃねーの? MMOなら索敵スキルと移動スキルに極振りしたみたいなジョブだろ」
『いえその、私としてもそうだとは思うのですが……』
「それが何? 徒歩? 歩き? ウォークマン? それでいいのかメリーさん」
『ウォークマンは違います。……うー、その。私としてもメリーさんとして酷い体たらくだということはわかっているのですよ』
さて、今日もまた昨日の言葉通りに俺はこのメリーさん見習いことメリーちゃんなる少女と電話で会話していたのだが、このメリーちゃん、なかなか無茶なことを仰っている。
「いや別に、責めようってんじゃないけどな。二千キロを歩きでって無理があるだろ。……そもそも、なんで歩きなんだ。仮にもメリーさんって都市伝説だろ? なんか固有能力みたいなのねーの? 電話から電話までワープできるとか」
『あ、よくわかりましたね。本来のメリーさんにはその能力がありまして。
「かっけぇ!」
異能ッ! それは永遠の夢と憧れ!
俺はちょっとテンションが上がった。
なんか微妙にルビと内容が合ってないとか千里眼は千里眼でなんでこっちだけ凝ってんだとか若干ツッコミどころはあるが、それはそれでこれはこれ。男ってのは何歳になっても異能に憧れる生き物なのだ。
しかしなおさら疑問が残る。ならばなぜ、メリーは日本列島を徒歩で縦断するなんて酷い状況に陥っているのだろうか。
『私、見習いなので。その能力は未取得なのです。スキルポイントが足りないらしくて……』
「ポイント式だと!?」
……えー。
異能という言葉で上がっていたテンションが、やや落ち込んだ。……なんかこうな、そういうのじゃなくて、『我が一族に秘められし禁忌の業……!』とかそういうノリを求めていたんだよ俺は。わかる? ……わかんないかー。そっかー。
『しょ、しょうがないじゃないですか! だって千里眼が無いとそもそもメリーさんとして成立しないので……。持っていたスキルポイントは全部、千里眼に使ったのですよ』
「まあそりゃ、移動能力だけ持っててもどうしようもないってのはそうかもしれんが」
だって千里眼がないと、それただの電話かけて現在地聞いてくる人だもんな。ただの不審者だ。
それに比べりゃ確かに、千里眼のほうがマシかもしれん。相手の場所が分かれば、とりあえずはメリーさん的なこともできそうだし。
「……だからって、歩きか?」
『だ、だって……お金ないですし。乗り物もないですし』
「ふーん……じゃ、ヒッチハイクすればいんじゃね?」
適当に言ってみたことだったが、案外いい考えのような気がした。
これでメリーの見た目がオラついた筋肉タイプとかだったら無理かもしれないが、幸いにもメリーの見た目は華奢な美少女だ。ヒッチハイクも、やってやれないということはないだろう。そりゃ都合よく目的地まで一直線に到着するってのは難しいかもしれないが、それでも歩くよりは断然いいはずだ。
……いや、ああでも、そうか。だからこそ安易に勧めるのも考えものなのか? この世知辛い世の中である。美少女だからこそ、よからぬことを考えるやつもいるだろう。だったら安易に勧めるのもよくなかったかもしれん。
そんなことを考えていた俺だったが、しかしメリーの返答は俺の予想とは違っていた。
『いえいえアキラさん。やはりメリーさん見習いとしては、ヒッチハイクをするわけにはいきません』
「ほーん? 理由のありそうな口ぶりだな」
『ええ。とはいっても、アキラさんから見ればどうでもいいことなのかもしれませんが。……アキラさん、私のような都市伝説が何から成り立っているのかご存知ですか?』
「おいおいバカにしてんのか? こちとら大学生だぜ、それくらい知っている」
『そうでしょうそうでしょう。実のところ都市伝説というのは……って、ええ!? 知っているのですか!? 最近の大学ではそんなことを教えるのですか!?』
驚きを見せるメリーの声に、俺は肩を竦めて応える。
「フッ、こりゃ独学だよ。いいか、人体は水35Lにアンモニア4L、石灰1.5kgにリン8000g、塩分250g、それに」
『いえ、いいです。とりあえず間違ってます。都市伝説じゃなくて人体って言っちゃってるじゃないですか』
「ふざっけんなてめぇ! 必死こいて覚えたんだぞ! これまでそれっぽいシーンが来たら言おう言おうと頑張って覚えてたんだ! 最後まで言わせろ!」
『え、ええ!? ご、ごめんなさい……?』
人の努力に泥を塗ろうなんて酷え話だ。こちとら覚えて以来、いつこの人体の材料を全部述べた後でニヒルな表情で『人間なんて安いもんだぜ』と言ってみようかと、ニヒルな表情まで練習していたのだ。結局、一回もそんなシチュエーションに出くわさなかったのでこれまで役立たずの知識だったが。
ちなみにこの類の知識として、俺は他にもピカソのフルネームなどを暗記している。これもまた、今まで一度も役に立ったことがないが。
俺は朗々と人体の材料を暗唱し、メリーに聞いた。
「で? 都市伝説って何でできてんの?」
『こ、この人は……! ……はぁ、もういいです』
メリーはちょっとため息をつき、それから話し始めた。
『まずそもそも、都市伝説……というか怪異ですね。そういうオカルトに分類される存在というのは、人の想像力から生み出されているのですよ』
「へー……そういうものなのか?」
『そういうものなのです』
正直、そんなこと言われてもへーとしか言えない。だって全然イメージが湧かないし。
が、まあここは頷いてみる。
「『幽霊の正体見たりクレオパトラ』って俺も聞いたことがあるしな。言われてみりゃそうなのかもしれない」
『幽霊の正体は世界一の美女だったのですか!? 枯れ尾花ではなく!? ……ま、まあともかく。都市伝説というのは、人々が『こういうものだ』と思うイメージそのものなのですよ』
「まあ、そうじゃなきゃ都市伝説として成立しないもんな。口裂け女がハサミじゃなくてチェーンソー持ってたら、それはもう口裂け女じゃなくてジェイソンだし……あ、そういう話なのか?」
俺はポン、と手を打った。
なるほど、それなら確かにメリーがヒッチハイクできないってのもわかる気がする。ヒッチハイクするようなメリーさんはメリーさんじゃない、と。だからメリーはヒッチハイクすることができないのか。
しかし、メリーの答えは微妙に違っていた。
『半分正解で、半分不正解です』
「半分?」
『はい。……そのですね、別にヒッチハイクすること自体がメリーさん失格というわけではないのです。確かにそれがあまり多くの人に知られるのは良くないですけど、バレなければいいのです、バレなければ』
「業界の黒い裏話みたいだな……」
『だって、そんなことを言ったら私が歩いているのもダメになっちゃいますし……』
「ん、ああ……そうなるのか」
そりゃそうだな。だって別にメリーさんって移動手段がメインの都市伝説じゃないし、ヒッチハイクも歩くのも似たようなもんか。
「じゃあ、なんで?」
『縄張りです』
「はっ?」
しかし、電話の向こうから聞こえたその言葉には、聞き返さざるを得なかった。
「犬猫かお前らは」
『縄張りといっても、意味合いとしての話ですよ? ……実はですね、都市伝説の禁則事項というのは、都市伝説組合で詳細に決められているのですよ』
「……あえて昨日から聞くまいと思ってたが、その都市伝説組合ってなんだよ」
『都市伝説の互助組織です。ほら、インターネットが広まってからは情報化が進んで、流行り廃りが速いので生半可な都市伝説だったらすぐに消えちゃいますし。新たに生まれた小さな都市伝説の灯火を絶やさないために、都市伝説同士の連携を密にして、共存する努力を続けているのが都市伝説組合なのです』
「なんつーか、都市伝説も世知辛いな……」
人間だって生きるためには面倒臭いことややりたくないことがいっぱいだが、都市伝説も似たようなもんなのかもしれない。いや、あるいは更に厳しいのかもしれない。だって、忘れられたら消滅だもんな。言ってみれば人気を取り続けなきゃならないアイドルみたいなもんだ。
『そうしないと生き残れないのですよ……。まあともかくそれの禁則事項で、『他の都市伝説の領分を犯すような行動は極力とってはならない』と決められているのです。ヒッチハイクの場合ですと、濡れ女さんとかですね。その辺りからクレームが入ってしまうので、迂闊な行動はできません』
「めんどくさっ! ……え、じゃあなんなん? 走ったりするのもアウト? ターボババアとか」
『いえ、ターボババアさんは車並みの速度で走るので、少なくとも私がターボババアさんの領分を侵すことはありません。……でもローカルには結構、『夜中に子供が道路を徘徊している』とかそういう都市伝説があるので、そういう地域は避けて通らなければなりませんし……』
「苦労してんなー……」
そんな配慮をしつつ、それで二千キロを歩き切る。
なんかもう想像がつかないが、俺のような平々凡々な日々過ごす人間には及びもつかない世界ってのがあるもんだ。
『大変ですけど、でも……私はメリーさんになりたいですから。だから、頑張るのです!』
「そか。……じゃあま、頑張れ。歩いてる途中の暇つぶしになるってんなら、電話の相手くらいしてやるよ」
『やったー! ありがとうございます!』
えへへ、と小さく漏れる嬉しそうなメリーの声。
聞こえて来たその声に、どうしてだろう。俺はほんの少し、通話音量を落とした。
そのはにかむように笑う声は、俺にはちょっとばかり明るすぎるようだった。