福音騒動の後、部屋で待機していたシャルルに一通の手紙が届く。
差出人はイヴで、先日密会した浜辺で会いたいと言うモノだった。
だが、実際にシャルルが行ってみると其処で待っていたのはイヴではなく束だった。
束は今回の福音騒動を見て、やはりイヴをIS学園に在籍させておくのは無理だと判断し、このままイヴを連れて行こうとしていた。
そんな中で、イヴの中のもう一人のイヴがシャルルに好意を寄せている事を知り、シャルル自身もイヴの事をどう思っているのかを確認する為にイヴの名を語り、こうしてシャルルを呼び出した。
結果は束の予想通り、シャルルはイヴの事を異性として好意を抱いていた。
束は生物兵器のイヴ、両性具有のシャルル‥‥この二人が交際してもうまくいく筈がないと判断し、シャルルにイヴの事を諦める様に言うが、シャルルはイヴを諦めきれなかった。
そこへ、束がシャルル同様、呼び出したイヴも来た。
そして、束はイヴを諦めきれないシャルルの気持ちを見極める為にイヴにN.S増幅振動機なるものを着ける。
N.S増幅振動機をつけられたイヴの姿はみるみるうちに化け物へと変化する。
こうしてシャルルにとって束からの試練が開始された。
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
愛機、ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを纏うシャルルにイヴが迫る。
イヴはまず、左手のダガーナイフ状の腕でシャルルを突き殺そうとする。
「くっ」
シャルルは横へ逸れてイヴの突き技を回避するが、その直後、上空へと逃げる。
そして、シャルルがほんの少し前に居た場所には毛先が刃物状に変化したイヴの髪の毛がいくつも突き刺さる。
上空へ逃げたシャルルを一睨みしたイヴは空へと舞い上がり、シャルルへと迫りながら、右腕に生えた小さな二対の翼から羽根を連射する。
シャルルは空を飛びながらその羽根を回避する。
(姿は変わってもアレはアインスさんなんだ‥‥攻撃なんて‥‥でも、どうすれば‥‥)
イヴを戻すにしても彼女を攻撃しなければならない。
でも、シャルルにとって、イヴを攻撃する事なんて出来ない。
シャルルはイヴの攻撃を回避しつつ葛藤する。
空の上へシャルルと化け物となったイヴが戦っているのを束はジッと見ている。
(シャルル・デュノア‥‥これはお前にとって私からの試練だ‥‥もし、本当にいっちゃんを愛すると言うのであれば、この程度の試練をクリアしなければ、この先、いっちゃんと一緒に居る事は出来ないぞ‥‥それに今のいっちゃんの攻略法‥‥私は教えていない訳ではない‥‥果たしてお前はそれに気づくかな?)
束は最初からシャルルを殺すつもりはない。
シャルルがイヴに対する想い‥‥それが何処までのモノなのかを見極める‥それが今回シャルルを呼び出した目的の一つでもあった。
それに本当にシャルルを殺してしまっては正気に戻ったイヴに自分の身の保証が出来ない。
もし、自分の課した試練にシャルルが耐えきれない様ならば、イヴに命じて戦いを切り上げ、シャルルの目の前からイヴと共に消えるつもりでいた。
そのシャルルは未だにイヴの攻略法が分からず、イヴの攻撃から逃げ回っていた。
しかし、イヴは追跡機能のあるミサイルの様に正確にシャルルを捉えて迫って来る。
第二世代とは言え、ISの動きに生身でついてくるイヴの行動力に改めて彼女が生物兵器なのだと認識させられるが、シャルルにとって恐怖よりも一刻も早くイヴを束の呪縛から開放したいと言う思いが強かった。
やがて、イヴの髪の毛がシャルルを完全に捕捉すると、毛先がナイフの様に変形し、シャルルに襲い掛かる。
シャルルは近接ブレードのブレッド・スライサーを出し、応戦するが如何せん数が多い。
20近い装備を持つシャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡでその装備の高速切替(ラピッド・スイッチ)を得意とするシャルルであるが、イヴの髪の毛はその高速切替(ラピッド・スイッチ)を越えるスピードでシャルルに襲い掛かって来る。
「くっ‥‥」
やがて、シャルルの頬をイヴの髪の毛が掠ると、其処からツゥッと血が一筋流れだす。
「はぁ!!」
ブレッド・スライサーでイヴの髪の毛を斬ってもすぐに再生して襲い掛かって来る。
髪の毛の相手をしている間にスピードが落ちたせいで、イヴの本体もシャルルに追いついた。
尻尾の蛇が口から液体を吐き出す。
それをシャルルはブレッド・スライサーでガードする。
すると、ブレッド・スライサーが溶けだした。
蛇が吐いたのは強酸性の消化液だった。
(どんな身体の構造をしているの!?今のアインスさんは!?)
強酸性の消化液を吐き出す蛇の尻尾を生やしたイヴの身体つきに対して心の中で思わずツッコミを入れるシャルル。
刀身が溶けてしまったブレッド・スライサーを捨てるシャルル。
すると、今度は髪の毛の他に蛇の尻尾自体もシャルルを噛もうとして襲い掛かってくる。
(強酸性の消化液を吐き出すぐらいの尻尾なら、あの牙には猛毒が仕込まれている筈‥‥噛まれたら即死するかもしれない‥‥)
シャルルは髪の毛よりも蛇の尻尾の方が危険と判断した。
そこへ、左手のダガーナイフも襲い掛かる。
ガキーン!!
六一口径アサルトカノンのガルムの銃身でイヴの左手のダガーナイフをガードする。
そこへ蛇の尻尾が襲い掛かる。
「っ!?」
シャルルは反射的にその蛇の尻尾に向けてガルムを撃つ。
すると、キシャァー!!と悲鳴のような声を上げて蛇の尻尾が吹っ飛ばされる。
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
髪の毛よりも尻尾には痛感があるのか尻尾同様、イヴも思わず声を出す。
「っ!?」
悲鳴を上げたイヴに僅かな隙を見つけ、シャルルはイヴとの距離を取る。
「ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥ハァ‥‥」
シャルルが息を切らしながらイヴを見ると、頭を潰された蛇の尻尾は再生し、新しい蛇の頭が生える。
そして、イヴは再生したとはいえ、尻尾を傷つけられたことに関して怒っているのかシャルルをグルルルルと唸りながら睨みつける。
(怒った更識さんや織斑先生も怖いけど、今のアインスさんが一番怖いかも‥‥)
シャルルの頬を一筋の冷や汗が流れる。
それに再生するとは言え、やはり傷つけられると痛みは感じる様だ。
(どうすればいい‥‥どうすれば、アインスさんを元に戻せる‥‥)
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
イヴは右手の小さな翼から羽根をマシンガンの様に撃ちながら再びシャルルに迫る。
「くっ‥‥」
シャルルはガルムを引っ込めて、両手にマシンガンを出して応戦する。
後退しながら、イヴを元に戻す方法を考えるシャルル。
イヴは左手のダガーナイフを振りかざしてシャルルに斬りかかる。
(まだ距離があるのに、左手を?)
イヴとシャルルとの距離はまだあるにもかかわらずなぜかイヴはシャルルに左手のダガーナイフを振りかざすその行為が分からなかった。
風圧と共に何かがシャルルに迫り、反射的にシャルルは身を捩る。
すると、シャルルの右手のマシンガンの銃身がスパッと綺麗に切れる。
「なっ!?」
イヴは左手を振るだけでカマイタチを発生させたのだ。
切られたマシンガンを見て絶句するシャルル。
「ちょっ、待って!!そんなの有り!?」
左手を振るだけでカマイタチを発生させたイヴに今度は声をあげてツッコミを入れるシャルル。
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
イヴはカマイタチを連射しながらシャルルへと迫る。
「うわぁぁぁ!!」
慌てて逃げるシャルル。
それを追いかけるイヴ。
第三者の視点から見ればなんとも情けない姿であるが、追いかけられているシャルルにとっては生きた心地がしない。
そんな戦いを束以外で見ていたスコールは、
「第二世代のISとは言え、IS相手にあそこまで戦えるなんて‥‥タッカーも意外と凄いモノを作ったじゃない‥‥生きて会えなかったのが残念ねぇ」
シャルルとイヴの戦いを見て、スコールはタッカーの研究成果であったナノマシン技術を自分達の組織の戦力強化のために取り入れたかったが、その作った張本人とデータが失われてしまった以上、どうする事も出来ない。
しかし、少なくとも今、自分の目の前にはタッカーの忘れ形見とも言えるモノは存在している。
「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥益々興味深い‥‥いいえ、是非とも欲しいわ。あの力、そしてISの操縦技術‥‥そして何よりもあの容姿‥‥絶対に手に入れて見せるわ」
スコールは目元と口元を緩め、まるで恋する乙女の様にシャルルを攻撃するイヴを見ていた。
カマイタチでシャルルの動きを鈍らせ、回避行動のルートを読みやすくしながらイヴはシャルルを追い詰めて行く。
(このままじゃジリ貧だ‥何とかしなければ‥‥何とかアインスさんを元に戻さないと‥‥ん?)
シャルルは此処で違和感の様なモノを覚える。
(元に戻す?‥‥そもそもアインスさんは何が原因でああなった‥‥?)
シャルルがイヴを凝視する。
すると、シャルルの目にはイヴの胸元で不気味な虹色に光る一枚のカードが目に映る。
(あのカード!!)
名称は忘れたが、束がイヴの胸元にあのカードを押し付けた途端、イヴはあの姿となった。
(あのカードを取ればアインスさんを元に戻す事が出来るかもしれない!!)
此処に来てシャルルはようやく解答を見つけた。
(でも‥‥)
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
イヴを元に戻すにはあのカードをイヴから取り外さなければならない。
それにはイヴの懐に飛び込まなければならない。
中距離、遠距離の攻撃でさえ、今は逃げ回っているのだ。
近距離に飛び込んで無事で済むだろうか?
でも、懐に飛び込まなければイヴを元に戻す事は出来ない。
(あ、あそこに飛び込むのか‥‥)
シャルルの顔が思わず引き攣る。
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
(でも、やるしかない!!)
シャルルは意を決してイヴへと迫る。
「うわぁぁぁ!!」
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
イヴは髪の毛でシャルルを迎え撃つ。
「くっ‥‥」
シャルルは最低限の動きで髪の毛とカマイタチを躱してイヴの懐を目指す。
その過程でシャルルの身体をイヴの髪の毛が掠る。
ISには絶対防御がある筈なのに、それを貫通し、シャルルの身体の彼方此方に切り傷を作っていく。
(痛っ‥‥)
切り傷からは血が流れ出る。
正直に言って痛いし、化け物の姿となったイヴとの距離が近づくにつれ、攻撃も苛烈して怖い。
でも、此処まで来て引くに引けない。
シャルルのこの行動を見た束は、
「ふむ、やっと答えに辿り着いたみたいだな‥‥でも、真の解答を得るには、恐怖と痛みを乗り越えなければならない‥‥」
束は瞬きもせず、シャルルの行動をジッと見る。
イヴを元に戻す方法が分かってもそれでは答えにならない。
イヴを元に戻してやっと真の解答となるのだ。
「うわぁぁぁ!!」
シャルルは必死に手を伸ばしイヴの胸元に張り付いているカードを引き剥がそうとする。
当然、シャルルが伸ばしたその手にもイヴの攻撃が行われ、手も腕も傷だらけになる。
それでもシャルルは腕を引っ込める事無く、ただ、イヴの胸元のカード目掛けて腕を伸ばす。
すると、イヴは少し浮上して、その竜の様な足でシャルルにかかと落としをする。
「がっ!!」
イヴからのかかと落としを喰らい、シャルルは折角イヴの懐に飛び込んだのだが、また振り出しに戻された。
かかと落としを喰らったシャルルは砂浜に叩き付けられる。
「ぐはっ!!‥‥つぅ~‥‥っ!?」
シャルルは砂浜に叩き付けられた身体を起こすが直ぐに何かに気づき、身をよじりながら砂浜を転がる。
すると、シャルルが叩き付けられた場所には先端が鋭くなったイヴの髪の毛の束がシャルルを串刺しにするかのように何本も突き刺さる。
あとほんの少し反応が遅れていたらシャルルは串刺しになっていたかもしれない。
尻尾を切られて相当頭にきたのかもしれないイヴは、マジでシャルルを殺しにきていた。
「くっ‥‥」
シャルルは砂浜を転がり、バク転をして体勢を立て直し、再び空へと舞い上がる。
「もう少しだったのに‥‥くそっ‥‥」
折角イヴの懐に飛び込めたのに振り出しに戻された事に顔を歪めるシャルル。
イヴの懐に入るには直線的な動きでは不可能で、絡め手でいかなければ難しいみたいだ。
でも、あまり時間はかけられない。
血が流れ出て頭がクラクラするし、ISのエネルギーも段々と少なくなってきている。
(次で決める!!)
シャルルは再びブーストを吹かしてイヴへと接近を試みる。
「うわぁぁぁ!!」
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
再び自分に向かってきたシャルルに対してイヴは「馬鹿の一つ覚えか?」と思いつつシャルルを迎撃する。
イヴに近づく中、シャルルはタイミングを見計らって、
(今だ!!)
シャルルはイグニッション・ブーストでイヴの懐に飛び込む。
「っ!?」
シャルルのイグニッション・ブーストはイヴにとって予想外の出来事だったのか、化け物状態にも関わらず、驚いている様だ。
シャルル自身、イグニッション・ブーストはこの場面で初めて使用したのだ。
(初めてやったけど、上手くいった!!後は‥‥)
シャルルの眼前にはイヴを化け物へと変えた元凶であるあのカードがある。
(コイツを取り外せば!!)
ガシッとシャルルはイヴの胸元のカードを握りしめ、
「うわぁぁぁ!!」
思いっきり引っ張り、カードをイヴの胸元から引き剥がす。
(こんなモノ!!)
シャルルはイヴの胸元から引き剥がした虹色のカードを海へと捨てる。
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
イヴを化け物とたらしめる元凶の虹色のカード‥‥N.S増幅振動機が外された事でイヴの身体に変化が生じ始める。
背中の翼は縮小し、やがて消え、足は竜の様な鍵爪の足が縮み人の足に戻り、犬歯も引っ込む様に元の形に戻り、尻尾は消え、右手の爪も短くなっていき、ダガーナイフ状の左手も人間の手に戻る。
元に戻る際もイヴの身体には何らかの苦痛があるのかイヴは獣の様な大声を上げて咆哮する。
そして、元の人間の姿に戻ったが意識を失っており、そのまま海へと落下していく。
「アインスさん!!」
シャルルは落下していくイヴを慌てて追いかける。
そして空中でキャッチはしたが、シャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡもエネルギー切れを起こして強制解除される。
イヴの頭を両手でガードしながら海へと落下するシャルルとイヴ。
その光景を束と離れた場所から見ていたスコールも息を呑んで見る。
やがて、海の中から意識を失ったままのイヴをお姫様抱っこしたシャルルが上がって来る。
血と海水でボロボロの状態であるが、その姿は魔王から囚われの姫を助け出した騎士の様にも見える。
シャルルの目はイヴではなく砂浜に居る束をジッと見ている。
「まさか、第二世代のISでいっちゃんを元に戻すなんて思ってもいなかったよ」
束はパチパチと拍手をしながらシャルルを賛辞する。
「‥‥」
束からの賛辞も皮肉にしか聞こえないシャルルはジッと束を睨んだまま‥‥
そして、束と向き合う距離まで来ると、
「篠ノ之博士‥‥約束通り、アインスさんとの交際は認めてもらいますよ」
「‥ハァ~まぁ、約束は約束だからね‥‥いいよ‥ただし、それはいっちゃんが君の告白を受けたら、だけどね。流石にそこまでは責任を持てないよ‥‥でも、万が一、無理矢理関係を持とうとしたり、ストーカー行為をするなら、その時はどんな手段を使ってもお前を殺す‥いいな?」
束の問いにシャルルは黙って頷く。
「それと‥‥いっちゃんと付き合えたとして、お前はいっちゃんを守れるか?今の私の様に外道な手段を使ってでもいっちゃんを守れるか?ダークな‥アンチヒーローになってでもいっちゃんを守ると私に誓えるか?」
シャルルが勝ったのだから、イヴはこのままIS学園に在学する事になる。
学園なの情報ならばすぐに手に入るが、現場に直ぐに行けるかと言われると時間はかかる。
そんな時、イヴの傍に寄り添って彼女を守れるのかをシャルルに問う束。
「‥誓います‥‥汚れ役は‥慣れていますから‥‥」
自分がかつて父の命令で企業スパイをやらされていた時点で自分は汚れ役をやっていたのだ。
今更、シャルルにとってそんな事は些細な事だった。
「そう‥‥分かった‥‥」
シャルルの言葉を聞いて一応、納得した束は踵を返す。
「近々また、君と会う事があるかもね‥‥」
束はシャルルとまた会う事が有るかもしれないと言う予言めいた言葉を残し去って行った。
「‥‥」
シャルルは去って行く束の背中を見送り、彼女は夜の闇の中に消えていくのを確認した後、自らもイヴを抱いたまま宿へと戻った。
そして、誰もいなくなった海では‥‥
「白式と篠ノ之箒の新作IS‥その実力は見る事は出来なかったけど、思わぬ収穫は沢山あったわね‥‥」
スコールの手には虹色に光る不気味なカードが握られていた。