福音の騒動が一応終結し、千冬から部屋に戻る様に言われたイヴは、一応束の下で少し寝たが、まだ身体の彼方此方に疲労が溜まっている様な感覚が残っていたので、部屋に戻ったらさっさと寝てしまおうと思っていた。
部屋に戻る途中、フロントの前を通った時、
「あっ、お客様。すみません」
「はい?」
イヴはフロント係に呼び止められた。
「なんでしょう?」
「お客様宛にメッセージが届いております」
「メッセージ?」
「はい」
そう言ってフロント係はイヴに一通の封筒を差し出す。
イヴが宛先を見ると、其処にはシャルル・デュノアと書かれていた。
「ん?デュノア君から?」
イヴが封筒を開けて封筒の中にある手紙を取り出して読んでみると、先日夜に密会した浜辺で深夜会いたいと言う内容が書かれて手紙が入っていた。
(デュノア君ったら、全く仕方がないな‥‥)
筆跡もシャルルのモノであり、先日も獣がシャルルの相手をした以前の経験もあり、またこうして呼び出したのだろう。
福音の一件で皆には心配をかけたので、イヴはシャルルの呼び出しに応じることにした。
一方、イヴを呼び出したとされるシャルルの部屋では、
「お客様、失礼いたします」
「はい」
シャルルが部屋で待機していると仲居が入ってきた。
「なんでしょう?」
「お客様宛にメッセージをお預かりしています」
「僕宛てにメッセージ?」
そう言って仲居はシャルルに一通の封筒を差し出す。
「どうも」
「では、失礼します」
シャルルに封筒を渡した仲居は部屋を後にする。
「誰からだろう?」
シャルルが封筒の裏側を見ると、そこにはイヴの名前が書かれていた。
「あ、アインスさんから!?」
イヴの名前を見て思わず声が裏返るシャルル。
シャルルはドキドキしながら封筒を開ける。
そして中にある手紙を読む。
内容は先日のモノと同じで夜、二人っきりで会いたいので来てくれと言うモノだった。
先日も同じ事があったのでシャルルは特に不審を抱かなかった。
筆跡もイヴのモノであったことがシャルルに警戒心を一切抱かせなかった。
そして、待ち合わせの時間、シャルルの姿は先日、イヴと密会した砂浜にあった。
先日の密会の時と同じ、月の出ている綺麗な夜だった。
「アインスさん?」
辺りを見回してイヴを探すシャルル。
しかし、イヴの姿は見つからない。
少し早すぎたのかと思ったのだが、時間は確かに手紙に指定された時間だった。
「遅れているのかな?」
イヴが何らかの理由で待ち合わせに遅れているのかと思い、月を眺めながらイヴが来るのを待っていると、
「いっちゃんは少し遅れてくるよ」
夜の砂浜にイヴとは異なる人物の声がした。
シャルルは声がした方へ視線を向けると、其処に居たのは‥‥
「し、篠ノ之博士‥‥どうして‥‥此処に‥‥?」
其処に居たのはイヴではなく、束だった。
「『どうして?』‥‥それは簡単だよ。お前を呼び出した手紙‥‥あれは私が出した手紙だからだ」
「で、でも‥‥筆跡は確かにアインスさんだったのに‥‥」
「他人の筆跡を真似る事ぐらい私には造作もないんだよ」
「な、なんでこんな事を?」
「お前に聞きたい事と確認したい事があるんだよ」
「き、聞きたい事?」
シャルルはやや弱腰である。
その理由は束がやや殺気立っている為だった。
声も怒っているのか思わず身震いするかのように冷たい。
「そうだ‥‥まず、お前はいっちゃん‥‥いや、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスの事が好きなのか?勿論、友達ではなく、一人の異性として‥だ‥‥」
「っ!?」
いきなり核心を突くような質問にシャルルはドキッとする。
「どうなんだ?さっさと答えろ‥‥」
「‥そ、それは‥‥」
シャルルは束に問われ、自分の心の中でイヴに対する想いについて改めて考える。
そして、シャルルは束に自分が抱いているイヴへの想いを束に伝える。
「僕は‥‥アインスさんの事が‥‥」
「いっちゃんの事が?」
「‥‥好きです‥‥一人の女性として‥‥」
「そうか‥‥やはり‥‥」
シャルルの返答に束は予想通りの回答だと言う様子だ。
「それなら、単刀直入に言う‥‥いっちゃんと離れろ‥‥そして、彼女には今後一切関わるな」
「なっ!?」
束はシャルルにイヴとは今後関わるなと言う。
「お前もある程度の事は知っているんだろう?いっちゃんの事を‥‥これ以上、彼女に関わればいっちゃんもお前も不幸になる‥‥そうなる前に離れろ‥‥私としては珍しく、他人に忠告を送ってやっているんだ‥‥素直に私の忠告を受け取っておけ‥‥」
「‥‥い、嫌です」
シャルルは束の覇気に当てられながらも束の忠告を拒否する。
「‥‥よく、聞こえなかったので、もう一度言ってくれるかな?」
「嫌です!!僕はアインスが好きです!!だから、離れるなんて事は出来ません!!」
シャルルの告白に束はイラっとして顔を歪める。
「大体なんで篠ノ之博士がアインスさんの件で関わって来るんですか!?アインスさんが誰と好きになろうとそれはアインスさんの自由の筈、いくら篠ノ之博士でも人を束縛する権利がある程偉いんですか!?ISの生みの親は他人の恋愛について口出しする程偉いんですか!?そもそもアインスさんと貴女は何の関わりもない他人同士じゃないですか!!それを‥‥」
一方的にイヴから離れろと言われシャルルはイラっときたのか、相手が束でも思わず声を荒げながら言い放つ。
すると、
「黙れ小僧!!」
シャルル以上の怒気を含んだ声で束も反論する。
それも内に秘めた覇気を一気に表へ出して‥‥
「お前にあの娘の不幸が癒せるのか!?織斑千冬が自らの栄光の為に切り捨てたのが、あの娘だ!!人間にも戻れず、化け物にもなりきれない哀れで醜い、かわいい私の親友‥‥いや、私の妹であり、あの娘は私の娘だ!!お前にあの娘を救えるのか!?」
束はイヴの事を妹であり、自らの娘だと言い放つ。
本来、束の妹は箒の筈だが、その箒ではなく、彼女はイヴを妹だと言う。
何故箒ではなくイヴをそこまで固執するのかシャルルにはわからないが、このまま黙って諦める訳にもいかない。
「確かに僕は篠ノ之博士の様に科学者でもなければ天才でもない‥‥アインスさんを元の人間に戻すことは出来ない。それでも彼女を愛し、支えることは出来ると自負しているつもりです!!」
「ハハハハハ‥‥いっちゃんを愛する?支える?どうやって?男にも女にもなれない中途半端な存在のお前に‥‥それにお前は根無し草も同然の身、そんな奴がどうやっていっちゃんを支える?愛情だけでうまくやっていけるほどこの世は甘くはないんだよ!!そんな奴がどうやっていっちゃんを支えられる!?どうやっていっちゃんを幸せにできる!?」
「‥‥」
束の言うことは確かに当たっている。
学園を卒業する時までには自由国籍を得なければ自分はフランスへ強制送還され、刑務所送りになる可能性が高い。
だが、自由国籍を得てもその後は自分一人の手で生きていかなければならない。
当然、大学への進学は経済的に厳しいので就職ということになる。
就職する職業にもよるが、高卒の収入で自分ともう一人、養っていけるのだろうか?
束はそれについてもシャルルに指摘してきたのだ。
「悪いことは言わない‥諦めろ。お前にとっていっちゃんは運命の人じゃなかったって事だ。此処ですんなり身を引けばお互いに受けるダメージは最小限で済む」
束は先ほどまで出していた覇気を引っ込めてシャルルに諭すように言う。
「‥‥」
シャルルが束の言葉に反論できないままでいると、
「デュノア君?それにたばちゃん?」
其処に待ち人であるイヴがやってきた。
「どうして此処にたばちゃんが?」
「ああ、いっちゃん‥実はあの手紙は私が用意した手紙なんだよ」
「えっ?たばちゃんが?」
「いっちゃん‥‥」
「ん?なに?」
「やっぱり、学園から出て私と一緒に暮らそう」
「えっ?」
「今回のことではっきりと分かった。やっぱり、いっちゃんを学園に入学させたのは間違いだった。このままだといっちゃんはあいつ等に益々理不尽な目に遭わせられる。これ以上、いっちゃんがあいつ等に傷つけられるのを私は見ていられない‥‥だから‥‥」
「で、でも‥‥」
イヴはチラッとシャルルの事を見る。
束も当然その視線に気づく。
「彼とはさっきお話をして、分かってもらったよ」
「えっ?」
「だから‥‥」
「篠ノ之博士!!」
束がイヴにこのまま学園を去ろうと伝えようとしたとき、シャルルが束の言葉を遮る程の大声を出す。
「何かな?今、私はいっちゃんと大事な話をしているんだけど?」
束は遮られた事で不機嫌そうな顔と声でシャルルに言う。
「篠ノ之博士‥やっぱり僕は、彼女を‥‥アインスさんを諦めません!!」
束に自分の将来についてしてきされ、諦めムードが漂うかと思いきや、イヴの姿を見てやはりシャルルはイヴを諦めきれなかった。
「アインスさん‥‥僕は‥‥僕は貴女が好きです!!一人の女性として!!」
「えっ?」
突然のシャルルの告白に驚くイヴ。
(あの野郎、どさくさに紛れて‥‥)
束は思わずギリッと奥歯を嚙みしめる。
「シャルル・デュノア、私は忠告したはずだぞ」
「それでも僕はやっぱり、諦められない!!」
「そうか‥‥それで?いっちゃんはどうなの?彼の告白受けるの?」
「えっ?私?私は‥‥」
突然、『好きだと』言われても返答に困る。
イヴが返答に迷っていると、
「それなら、シャルル・デュノア‥君の想いが真実なのか偽りなのか試させてもらおうか?」
束がイヴの代理であるかのようにシャルルへイヴへの想いが本物なのか偽りなのかを試すと言う。
「それはどういう‥‥」
束の言葉の意味に対してシャルルが疑問に感じていると、束はイヴの傍に寄り、
「いっちゃん‥‥ごめん‥‥」
「えっ?」
一言、イヴに謝るとポケットから虹色に光る一枚のカードを取り出し、イヴの胸に押し当てる。
「たばちゃん、何を‥‥うっ‥‥うわぁぁぁぁぁぁー!!」
カードを押し当てられたイヴは苦しそうな声を上げると同時に彼女の体の周りにはバチバチとスパークが走る。
「あぁぁぁあぁぁぁぁー!!ぐっ…うっ‥‥うぅ~‥‥あぁぁ‥‥」
メキッ‥‥
ゴキッ‥‥
グチャッ‥‥
やがて、イヴの身体に変化が生じ始める。
背中からは大きな白い翼が生え、髪の毛は木の根の様に縦横無尽に伸び、吸血鬼の様に上の左右にある犬歯は伸び、お尻からは蛇のような尻尾が生え、左手は大きなダガーナイフのようになり、右手の爪は鋭く伸び、腕の部分には二対の小さな翼を生やし、足は履いていた旅館の草履の鼻緒を破り、竜のような鍵爪のある足に変化した。
身に纏っていた旅館の浴衣を分解、再構築すると、古代ローマの女性が着ていた様な白いトーガ風の衣装に変化する。
「あっ‥‥あっ‥‥」
見た目が完全に化け物に成り果てたイヴの姿がシャルルの目の前にいる。
「あ、アインス‥さん‥‥」
化け物になったイヴはシャルルの問いに答える事無く、シャルルに対してグルルルル‥‥と唸りながら睨みつけている。
「し、篠ノ之博士!!アインスさんに一体何を!?」
化け物となったイヴから束へと視線をずらし、束を睨む。
「かつて、ショウ・タッカーとかいうイカれたマッドサイエンティストが居た‥‥いっちゃんはそいつに売られて、生物兵器となってしまった‥‥その過程で奴はいっちゃんを制御するため、首輪をつけていた‥‥その首輪にはある仕掛けが施されていたんだよ」
束はシャルルにかつてのイヴの境遇とタッカーが施していた制御方法をシャルルに語る。
「ある仕掛け?」
「そう、いっちゃんを化け物の身体に変化させるN.S剤‥‥こいつは、いっちゃんの身体に打つことで、いっちゃんの体内にある無数のナノマシンを活性化させることにより、いっちゃんの脳の活動が停止状態に近い催眠状態となり、理性を失う代わりに戦闘に適した姿になる。私はそのN.S剤をカード状に‥‥N.S増幅振動機に変えて今、いっちゃんにそれを使った‥‥つまり、今のいっちゃんは私の意のままに動く操り人形になったというわけだ‥‥」
「あ、貴女は自分の娘と言ったアインスさんに何でそんな酷い事を!!」
「自分の娘の様に思っているからこそ、これ以上いっちゃんには不幸になってほしくないんじゃないか!!」
束は再び覇気を剥き出しにして大声を上げる。
「例え、エゴだ、非人道的行為だと罵られても、娘に近づく悪い虫を駆除するためなら私はどんなことでもする!!」
「‥‥」
「さあ、シャルル・デュノア。今のいっちゃんの姿を見て、どうだ?恐ろしいか?醜いか?手を引くなら今の内だ‥‥私が一度、命令(オーダー)を出せば、今のいっちゃんはそれを実行し、終わるまで止まることはないぞ‥‥勿論、いっちゃんに声をかけても無駄だ。今の状態のいっちゃんはお前の知るいっちゃんじゃないし、お前の声は絶対にいっちゃんには届かないからな」
束の問いを聞いてシャルルの心の中では二つの心が言い合いをしていた。
一つは、あんな化け物相手に敵うわけがない。
イヴを諦めて逃げろ。
死んだら元も子もないだろう!!
束がイヴに命令を下していない今ならまだ十分に引き返せる。
もう一つは、あれだけ啖呵を切ったのに今更此処で逃げるのか?
お前がイヴを想う気持ちはこの程度なのか?
育ての親から企業スパイをするように命令された時の様にお前は諦めて逃げるだけの臆病者なのか!!
二つの心の中の自分がシャルルに言い聞かせていると、
そうだ‥‥僕はもう昔の僕じゃない!!
アインスさんを諦める?
ここまで来て諦めきれるか!!
あの時、アインスさんは苦しんでいた‥‥今でもきっと苦しんでいる筈だ。
アインスさんを助けられるのは今、この場では僕だけなんだ!!
シャルルの心の決意は決まり、自らの愛機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムIIを纏う。
「篠ノ之博士、貴女がアインスさんを大事に想っているのは分かりました。でも、貴女のやり方は間違っている!!アインスさんはそんな事はきっと望んではいない筈だ!!」
「そうかい‥‥それがお前の答えか‥‥お前がそういう態度をとるのであれば仕方がない‥‥恨むなら、私と‥‥その決断を下しだ自分自身を恨め!!いっちゃん、アイツをやれ!!」
「□□□□□□□□□□□―――!!!!」
束が命令(オーダー)を下すと、彼女はまるで獣の様な声をあげシャルルへと迫った。
束、イヴ、シャルルが夜の浜辺にて邂逅をしている時、その場面を盗み見ている者が居た。
「へぇ~‥‥あの娘がまさかタッカーが作った研究の成功例だったとは驚きねぇ~」
三人の邂逅の場面を見ていたのは他ならぬスコールだった。
彼女は集音器を使い束達の会話を聞いていた。
何故、この場にスコールが居るのか?
それは福音戦に関してスコールには一つどうしても解せない事があったからだ。
福音は彼女の予想通り、撃破された。
しかし、撃破したのが織斑千冬の弟の織斑百秋ではなく、篠ノ之束からお手製の専用機を貰った篠ノ之箒でもなく、IS学園に一学生であるイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスだった。
彼女の実力は箒との模擬戦の際、チラッと見てほんの少し興味が湧いた程度だった。
しかし、昼間の福音の討伐の際、彼女は百秋の手によってフレンドリーファイアを受け、海へと沈んだ。
どう言った経緯で彼女が救助されたのかはスコール自身は分からないが、イヴは救助されて再び福音の前に戻ってきた。
その時、彼女はISを纏っていなかった。
福音との戦いの中、背中に翼を生やし戦っていた光景が福音のカメラを通じてみる事が出来た。
だが、イヴと福音がバルニフィカスと雪片で鍔迫り合いをしている最中、横からイヴの髪の毛パンチを喰らった際、福音のカメラに異常が発生し、映像も音声も途絶えてしまった。
その後、どう言った経緯で福音が彼女に撃破されたのか不明だが、福音のコアからのシグナルが途絶えた事から福音が出来晴れた事、旅館に仕掛けた盗聴器から福音を撃破したのがイヴであることを知ったスコールは引き続き、旅館に仕掛けた盗聴器からイヴがシャルルと共に今夜浜辺で密会する事を突き止めた。
その密会がまさか束が仕組んだ事とはスコールにとって予想外であったが、それでも十分に得るものがあった。
一年程前、ナノマシン研究者であるショウ・タッカーが作ったとされる生物兵器‥自分達がタッカーの秘密研究所を強襲した時には既にタッカーは死亡しており、ナノマシンのデータは完全に破壊され、彼が製造したとされる生物兵器もいなかった。
オータムは「そんなもの元々なかったんじゃないかと」言っていたが、今、スコールの目の前にタッカーの作ったとされる生物兵器はちゃんと存在している。
しかも束の会話の内容から、あのブリュンヒルデこと、織斑千冬と何らかの関係がありそうだ。
「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥少し調べてみる必要がありそうね‥‥でも、今は‥‥あの子の実力と勝負の行方を高みの見物をさせてもらいましょうか?」
スコールは微笑みながらイヴとシャルルの戦いの結末を見物することにした。
※束が使用したN.S増幅振動機はアニメ版 black cat にてトルネオとトゥエルブがイヴを操った時に使用したN.S増幅振動機と同じものをご想像下さい。