臨海学校にて何かが起きそうな予感の中、此処でもその予兆となりえそうな要因の一つである束の研究所では、束が妹の箒に与える為の専用機の最終チェックを行っていた。
しかし、束の心境は複雑であった。
確かに自分がISを作った事で世界状況は変貌し、自分の家族は要人保護プログラムでバラバラにされて箒には転校に次ぐ転校で迷惑をかけた。
でも、それと彼女に専用機を与えるのはなんだが別問題のように思えたが、箒本人とっては同一問題なのだろう。
しかし、それだけ専用機を与えてもいいのだろうか?
自分(篠ノ之束)の妹と言うだけで本来専用機と言うモノは適性の高く、命の危険も顧みない企業のテストパイロットか必死に努力して専用機枠に入った代表候補生、国の威信を背負う国家代表などの選ばれた者だけが手にする事の出来る代物の筈である。
それを自分(篠ノ之束)の身内と言う理由で手に入れても大丈夫なのだろうか?
偏見かもしれないが女性の嫌がらせと言うのは陰湿だ。
代表候補生でもなくただ自分(篠ノ之束)の妹と言うだけで専用機を手にして箒が学園で虐められないだろうか?
と一瞬そう考えたが、束はそれをすぐに忘れた。
例え箒が学園で虐めにあってもそれは箒が専用機を望んだことによって起きたことであり、自分はそこまで責任は持てない。
そもそも昔は一夏を虐めていたのだから箒が学園で虐めをうけてもそれは彼女の自業自得、因果応報だろう。
束はそう思って箒の事は忘れてもう一つ‥自分にとって重大な心配事があった。
それは他ならぬイヴの事だった。
以前、世界で二番目に発見された男性操縦者、シャルル・デュノア。
厄介な事にイヴの中に居るもう一人のイヴがソイツに恋をした。
学園の外に出てしかも場所は夏の海‥‥
開放的な環境の中、表のイヴまでもがシャルル・デュノアとか言うふたなり野郎に恋心を抱いてしまうのではないか?
イヴは束にもう一人のイヴはシャルルに恋をした事を嬉しく思っていたが、束本人にとっては複雑かつ深刻な悩みであった。
束は全てを知っている訳ではないが、これまでイヴの近くに居た男連中が父である織斑四季以外ろくでもない奴等ばかりだった事は知っている。
ただし、束は百秋や弾による強姦の事実は知らないが、百秋と弾が一夏を虐めていた事は知っている。
故に束にとってシャルル・デュノアも警戒するに十分な人物であった。
今度の臨海学校の時には嫌でも会うだろうから束はシャルルがイヴにとって相応しい人物なのかを見極めるつもりでいた。
「もし、いっちゃんの顔と体だけが目当ての奴なら‥‥そんな奴、生きている価値なんてないよね‥‥」
束はチラッと横目であるモノを見る。
彼女の視線の先には、怪しげな虹色に光る一枚のカードの様なモノが真空状態が保たれているケースの中に鎮座していた。
(いっちゃんには辛いかもしれないけど、後悔してからじゃ遅いんだ‥‥いっちゃんのためなら、私は喜んで魔女になってやる)
カードを見つめる束の目は覚悟を決めた真剣な目をしていた。
そして、カードが入っているケースの隣には壊れた首輪の様なモノがあった‥‥。
此処で時系列は少し過去へと遡る。
IS学園にて学年別クラス対抗戦。
その最終日、一年生の部にて学園は突如謎のISに襲われる。
表の公式記録ではその鎮圧に織斑千冬の弟、織斑百秋とイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットの活躍により謎のISは撃破されたとされている。
それから数日後、アメリカ国防総省の技術・研究所に差出人不明のメールが届けられた。
メールには添付ファイルがあったのだが、差出人不明と言う事で何らかのウィルスが仕込まれているのではないかと警戒し、サイバー対策課がメールを調べウィルスが無い事を確認した後、メールが開かれる。
メールに一言だけ、
『present for you』
と書かれており、添付ファイルを開くと研究者たちは驚愕した。
添付ファイルにはISの設計図があり、解析したところそれは無人で稼働する事が出来るISの設計図だった。
未だに無人のISを作り出した国は存在しない事から研究者たち狂喜乱舞した。
それと同時にこの差出人不明のメールは束から送られて来たモノだとすぐに予測がついた。
各国がどんなにISの開発をしても他の国よりもISの技術を一歩先に行けるのはこの地球上で束だけだとすぐに分かる。
しかし、研究者たちはこのメールの存在を表から闇へと葬った。
現在、束が世界中で指名手配を受けている事に考慮したのか?
それとも世界の警察を謳うアメリカが他人から教えてもらった技術で世界一になる事に羞恥を感じたのかは不明だったが、研究者たちはこの設計図を基にISの無人機の製作に乗り出した。
そして、現在開発中だったアメリカの第三世代型のISとこの無人機の設計図を組み合わせた無人IS 開発コード 『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』はようやく完成した。
完成した銀の福音はハワイのオアフ島にある軍基地へと密かに運ばれこの後、稼働テストを行う事になっていた‥‥
しかし、まだまだISが未知の領域多い為、メールに添付されていたこの無人機の設計図にはある細工が仕掛けられていた事に当然研究者たちはこの時知る由もなかった‥‥。
様々な人の思いが渦巻く中、IS学園の臨海学校は始まろうとしていた‥‥
IS学園から目的地である臨海学校で利用する旅館観光バスで行く事になっており、楯無が見送りに来ていた。
「うぅぅぅ~イヴちゃん、向こうに行っても私の事を忘れないでね」
楯無はまるでこれが今生の別れかのように派手なオーバーリアクションを取りながらイヴに抱き付いている。
「だ、大丈夫だよ。たっちゃん。数日間留守にするだけだから」
「その数日が私にとっては一日千秋の思いなのよぉ~」
イヴの感触をもっと味わいたいのか楯無はイヴに頬ずりをする。
そこへ、
「姉さん、イヴが迷惑そうだから離して」
そこを簪が冷ややかな目をして楯無を引き剥がそうとする。
「か、簪ちゃん。何をするの!?」
「もう出発時間が迫っている‥姉さんこそ、どうして此処に?二年生は今、授業の時間の筈だけど?」
「あら?生徒会長としては後輩を見送るのも仕事の一つよ」
「チッ」
「ちょ、簪ちゃん今、舌打ちしなかった!?」
(なんだか、かんちゃんがどんどんとアグレッシブになっていくなぁ~あの頃のかんちゃんは何処に行ったのかなぁ~)
更識姉妹のやり取りを見ていて本音は簪が‥‥あの気の弱かった簪がどんどんとアグレッシブな性格に変貌していく様を見て逞しくなっていく事にこれでいいのか?首を傾げた。
現在学園の寮では更識姉妹は同じ部屋なのだが、部屋でも簪はアグレッシブな性格なのだろうか?
やがて、出発時間となり、
「アインスさん、もう出発時間だよ」
「あっ、うん」
シャルルがイヴの手を取ってバスへと向かう。
ただその際、
「更識さんも自分の組のバスに戻った方がいいよ」
簪は四組なので一組のイヴとはバスが異なる。
その為、シャルルは簪に忠告するが、その顔には明らかに簪に対して「羨ましいだろう?」という思いが込められていた。
シャルルのその意図を瞬時に理解した簪は、
ブワッ
「殺してやる‥‥叩き殺してやるっ!!」
簪は背中にダークオーラと殺気を纏いブツブツと何か物騒な事を呟きながら四組のバスへと向かった。
四組の皆さんにはご愁傷様としか言えない。
やっぱり簪も更識の家の子だった‥‥。
旅館に着いてバスを降りた時、案の定四組の皆は顔色が悪くガタガタと震えている者も居た。
「そう言えば、デュノア君は何処の部屋に泊まるの?」
普通の生徒は班と部屋が決められているのだが、シャルルと百秋はしおりには泊まる部屋が書かれていない。
「僕は山田先生と同じ部屋だよ。織斑‥君は織斑先生と一緒みたい」
「へぇー」
(あのバカが夜に部屋を抜け出してくるかもしれないけど、他の皆もいるし大丈夫‥だよね‥‥?)
イヴは夜の心配をした。
もし、自分が一人部屋だったら、百秋の襲来が予測されたが自分以外のクラスメイトが居るのであれば、百秋も変な事はしないだろうと思うイヴだった。
臨海学校初日は講義や実習は無く、この日は皆で海を楽しむフリータイムとなっていた。
その為、皆は旅館の部屋に荷物を置くと早速海へと向かう。
「今、11時でーす!夕方までは自由行動、夕食に遅れないように旅館に戻る事!良いですねー!」
旅館の食事の時間が決まっているので、決められた時間内には、旅館へ戻る様に山田先生は生徒達に通達する。
『は~い!!!』
海を前に水着に着替えた女子達は、はしゃぎ始め、次々と海へ飛び込んでいく。
百秋はセシリアに引っ張られて行き、彼女にサンオイルを塗っている。
日焼け止めクリームを塗っていくと、気持ちいのかセシリアの口からは色っぽい声が出る。
その様子を周りの生徒達はその光景をドキドキしながら見ているが箒だけは睨むように見つめていた。
背中や腕を塗っていくと、セシリアはお尻の部分にも塗ってくれと言う。
彼女の言葉を聞いた箒は我慢の限界がきたのか、百秋からサンオイルを奪うと、
「私が塗ってやる!!」
と言ってセシリアにサンオイルを塗っていく。
くすぐったいのかセシリアは先程の色っぽい声から一転子供っぽい声を上げている。
そして、箒に抗議しようと起き上がった時、彼女の胸を隠していた水着がポロッと取れ、百秋に乳房をさらけ出す。
「キャァァァァー!!」
突然のことに動転したセシリアは思わずISのアームの部分を部分展開して百秋を殴り、彼はノックアウトされた。
そんな中、ラウラは浜辺にビニールシートを敷いてパラソルの影の下で、海ではしゃぐクラスメイト達を見ていた。
其処へ、
「あれ?イヴは?」
簪がやって来た。
「ん?イヴならまだ来ていないぞ」
「そうなんだ‥‥あれ?デュノア君は?」
「ん?シャルルはクラスメイトに誘われて向こうで布仏たちと一緒にビーチバレーをしている」
「そ、そうなんだ‥‥よかった」
てっきり、シャルルが抜け駆けをしてイヴを連れて何処かに行ってしまったのかと思っていたが取り越し苦労の様だった。
簪はラウラの隣に座り、イヴを待つことにした。
「海‥‥だね‥‥」
「海だな‥‥」
イヴを待っている間、パラソルの下の影で簪とラウラは何をするわけでもなく海ではしゃぐクラスメイト達を見ている。
「てか、田舎だってのになんで海はこんなに人多いの?」
流石に旅館は学園が貸し切り状態であるが、簪は旅館があるこの地方は『ド』がつく様な田舎なのに海にはそれに反比例するかのように人口密度が高い事に愚痴る。
「確かに多いな」
「こんな田舎の海に来ても何にもないのにねぇ‥‥」
「里帰りの者もいるのだろう」
「ラウラは泳がないの?」
海に入らず、海を眺めているラウラに対して尋ねる簪。
「‥まだいい‥イヴが来ていないからな‥‥それにこうやって静かに海眺めるのもなかなかいいものだ」
「‥‥とか言いつつ水着を着ると高校生に見られないから嫌なんじゃない?」
簪が悪戯半分に言うと、ラウラの身体がプルプルと震え出す。
(あ、あれ?もしかして図星!?)
ラウラの様子を見て、思わず核心をついてしまった簪。
「そうだよ!!せっかくそんなこと忘れて、海満喫しようとしていたのに!!どうせ私は身長も胸を小さい女だよ!!」
普段の凛々しい口調が崩壊して子供のように癇癪を起すラウラ。
「お、落ち着いてラウラ。まだ若いんだし、成長の余地はあるって‥ちなみにラウラ身長はいくつ?」
「‥‥148cmだ」
ラウラは拗ねる様に自分の身長を簪に教える。
「えっと‥‥確か女子高校生の平均身長は140cm代だったからラウラは小さくないよ」
「ほ、本当か!?」
ラウラは期待に満ちた目で簪を見る。
「う、うん‥‥ヤバッ、流石にこれは明治時代のデータだとは言えないな‥‥」
「明治!?」
「あっ、口に出していた?」
「私は平成ではなく明治時代の女子高生の平均身長なのか!?」
「お、落ち着いてラウラ」
明治時代のデータを引き出されて憤慨し簪に掴みかかるラウラ。
そこへ、
「ごめんね~水着、着るのに手間取っちゃって~」
遅れてやって来たイヴがラウラと簪の下にやって来た。
イヴの姿をいち早く確認した簪は慌ててラウラの目を手で隠した。
普段ならばこんなことはしないのだが、今のラウラにとって水着姿のイヴは目に毒であった。
簪だって本音を言うと今すぐにでもイヴにルパンダイブをかましたい衝動を抑えて、自分のせいでご機嫌斜めとなってしまった哀れな小兎の為を思って彼女の目を隠したのだ。
「ん?かんちゃんとラウラ‥何しているの?」
簪が何故ラウラの両眼を手で覆い隠しているのかを尋ねるイヴ。
「いや、ちょっとしたゲームと言うか‥‥ハハハハ‥‥いない、いなーい‥‥」
そう言いながらゆっくりラウラの目を隠していた手をどける簪。
そして、ラウラの視界に水着姿のイヴが入る。
「ヴァァァァァァ~」
現実とはとかく無情なもので、イヴの水着姿を見て改めて格差社会を目の当たりにしたラウラは、「ジュース買って来る」と言ってとぼとぼと歩いていった。
「ラウラ、どうしたんだろう?」
「色々あったんだよ‥‥色々ね‥‥」
「そうなんだ‥‥ラウラも大変だね」
自分が来るまでにラウラの身に何があったのか分からないが、ラウラの様子を見る限りあまり深く突っ込まない方がいいのだろう。
イヴがヨロヨロトと足元がおぼつかないラウラの後ろ姿を見ていると、
「イ~ヴ~」
鈴がイヴの背中に抱き付く。
「あっ、鈴」
「折角海に来たんだから泳ぎましょう!!さぁさぁ」
「うん」
「あっ‥‥」
簪が声をかける暇もなく鈴はイヴを海へと連れて行った。
「‥‥」
簪は手持ち無沙汰となり再びシートに座り込んだ。
海の中で鈴やクラスメイト達と遊んでいると、鈴が
「イヴ、向こうのブイまで競争ね。負けたらかき氷奢りなさいよ」
そう言って鈴は海の中へと潜る。
「えっ?あっ、ズルイよ、鈴!!フライングだ!!」
イヴも慌てて鈴の後を追う。
すると泳いでいた鈴の足が突然つってしまう。
足がつり、満足に動くことが出来ない鈴は海中へと沈んでいく。
海水を飲み意識が朦朧とする。
そこへ、
「鈴!!」
イヴに似た人魚が沈んでいく鈴を助け出す。
(イヴ?‥‥人魚‥‥?)
鈴は確かに空想上の生き物である筈の人魚の姿を見た。
眼を開けるとそこは浜辺で自分はシートの上に横たわっており、心配そうに自分を見つめるイヴと簪の姿があった。
「鈴大丈夫?」
「イヴ‥‥簪‥‥っ!?人魚は?」
「ん?人魚?」
「そう。私、イヴに似た人魚に助けられたのよ!!」
「えっと‥‥鈴を助けたのはイヴで人魚じゃないよ」
「えっ?でも‥‥」
鈴がイヴの姿を見るとイヴは人間の姿であり、人魚ではなかった。
「海中だったし、足がつった事でパニックによる錯覚を見たんじゃないかな?」
「そうだよ。きっと」
「えっ?‥‥うん‥そう‥かもしれないわね‥‥」
(本当に錯覚だったのかしら?)
鈴が何とも煮え切らないモヤモヤしたものを抱えつつも人魚何ている訳がないと思い、アレは錯覚だと自分に言い聞かせた。
「そう言えばラウラは?」
イヴはまだこの場に戻ってこないラウラの行方を尋ねる。
「そう言えば遅いね‥‥」
ラウラがジュースを買って来ると言ってここを離れてかなりの時間が経つが、彼女は未だに戻らない。
「迷子にでもなったのかな?」
「あのラウラに限ってそれはないんじゃない?」
「じゃあ、誘拐‥‥とか?」
「それこそあり得ないよ」
軍人でもあるラウラがそう簡単に誘拐される筈がない。
それでも心配になったイヴと簪はラウラを探しに行った。
鈴はまだ休んでもらい、もしラウラが着たら引き留めてもらう役となった。
「ラウラ!!」
「何処にいるの?ラウラ」
浜辺を探し回ったが、ラウラの姿は一向に見つからない。
「どこに行ったんだろう?」
「誘拐でなくても海で溺れていたりとかしていないといいけど‥‥」
先程の鈴の件もあり、心配になるイヴ。
「先生に頼んで捜索人数を増やしてもらおう」
「そうだね」
二人が先生にラウラが行方不明になった事を言いに行こうとした時、
「迷子センターからのお知らせです。ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんと言うお子様を‥‥」
迷子センターから聞き慣れた名前が出てきたと思ったら、
「私はお子様ではない!!」
放送の背後からラウラの大声が聞こえて来た。
「ラウラ‥‥」
「本当に迷子になっていたんだ‥‥」
放送を聞いたイヴと簪は顔を引き攣らせた。
ともかくラウラの居場所は分かったので、イヴと簪はラウラを迎えに行った。