IS学園は確かにISを専門に扱う学校であるが、決してISだけの教科を行っている訳ではなく、ちゃんと授業のカリキュラムの中には高校と同じレベルの一般教養も含まれている。
そんな中、今日の家庭科の授業は調理実習となった。
クラスメイトを五~六人一班として割り振られた班でお題にそった料理を作ると言うモノだ。
一組の授業と言う事で実習室には他のクラスに所属している鈴と簪の姿は当然ない。
百秋とセシリアは同じ班となり箒は別の班となった為か遠目から百秋を睨んでいた。
反対にセシリアを始め、百秋と一緒に慣れたクラスメイト達は喜んでいた。
一方、イヴの班はイヴの他に本音、ラウラ、シャルルと他の班よりも一名足りない。
それは千冬があぶれた者同士で組ませたからだ。
しかし、イヴとしては百秋や箒と組ませられるよりはあぶれ者でも仲の良い人達と組んだ方がマシでこの班の編成に何ら不満はなかった。
そして実習が進んでいく中、
「わぁ、織斑君包丁さばき上手」
「ほんと織斑君って家庭向きなんだ」
百秋の包丁さばきをみて百秋と同じ班のクラスメイト達はきゃあきゃあと騒がしい。
「家事は昔からよくやっていたからね、これぐらいは朝飯前さ」
爽やかな笑みを浮かべてそう言う百秋であるが、彼の言う『昔から』と言うのは少々語弊がある。
確かに彼は家事が一切ダメダメな千冬に代わって織斑家の家事を切り盛りしていた。
しかし、それは第二回モンド・グロッソの後からの事で彼が家事をする様になったのは精々二~三年前からだ。
それまでは父、織斑四季が生きている間は、家事全般は織斑家のお抱えの使用人がしてくれて、父の死後は第二回モンド・グロッソまで一夏が行っていた。
百秋がクラスメイト達にちやほやされている中、
パァンッ!
実習室に突如、何かが爆発した音が響く。
「きゃあっ!?」
「「「っ!?」」」
爆発音と共にセシリアの悲鳴が響き渡る。
「せ、セシリアどうした?」
「も、百秋さん。その‥‥ゆで卵を作ろうと思ったんですけど‥‥」
セシリアはゆで卵を作ろうとしたが失敗し、その経緯を百秋に話し始める。
「あ、ああ‥‥」
「手早く作ろうと思いまして、まずコップに水を入れて‥‥」
「「「………」」」
ゆで卵を作るにあたってセシリアのゆで卵の作り方がいきなりおかしいことになっている。
鍋に水を入れるのは分かるが何故水を入れるのが鍋でなくコップなんだ?と‥‥
班のメンバーも唖然としている。
「そ、それで?」
百秋は顔を引き攣らせ、セシリアの話を聞く。
「その中に卵を入れまして‥‥」
「「「……」」」
なんだかオチは見えた様な気がする班のメンバーだったが、そのままセシリアの話を聞く。
「それで電子レンジで、温めようと思いましてレンジに入れたら‥‥」
「「「卵爆弾っ!?」」」
セシリアは料理の失敗の定番である電子レンジに卵と言う卵爆弾行為を行ったのだ。
失敗した事で俯くセシリア。
「大丈夫か?セシリア」
「百秋さん」
「失敗は誰にでもあるさ、気にするな」
百秋は優しい言葉をかけてセシリアを慰める。
慰められたセシリアは頬を赤く染める。
それを見た箒は百秋を睨む。
(百秋の奴、授業中だと言うのにセシリアなどとイチャつきおって!!)
箒が百秋とセシリアを睨んでいる中、
(篠ノ之さん、さっきから織斑君の所ばっかり見ていてぜんぜん手を動かしていないんですけど‥‥)
(手伝わないなら出てって欲しいわよね)
(そうよね、一体何しに来たのかしら?)
(織斑先生も山田先生もなんか注意しないし‥‥)
(いくら篠ノ之博士の妹だからってちょっと贔屓され過ぎじゃない?)
箒は一応、家事能力は平均かそれよりもやや上なのだが、百秋と違う班となり、彼が同じ班のセシリアを始めとするクラスメイト達にちやほやされているのを見て嫉妬の炎を燃やしているだけで、腕を動かさない事に箒と同じ班のメンバーは不満を零していた。
しかも箒が腕を動かさずに百秋ばかり見ているのを千冬も山田先生も見ているのに二人の教師は箒に注意する気配さえない。
やはり、箒が束の妹と言う事で箒に注意等をして束の機嫌を損ねない様にと言う政府からの命令が学園側に伝達でもされているのだろう。
それ故に千冬も山田先生も注意しないのかもしれない。
あるいは千冬がメイン担当であるISの授業以外に関してはただ面倒なだけという可能性もある。
ただ、束がこの事実を知れば、あっさりとその指示は撤回されるだろうが、肝心の束自身がこの指示を知らない。
故に箒は知らぬ間に普段は毛嫌いしている束の庇護を当たり前の様に受けていたのだった。
(なにやっているんだか)
そんな箒と百秋の様子を呆れながらイヴは手を動かしながらジャガイモの皮を剥いていた。
「アッ‥‥うん‥‥おっ‥‥」
そして本音も同じくジャガイモの皮を剝いていたのだが、ジャガイモが堅いのかそれとも形が歪なせいか皮だけでなく身の方もざっくりと削れてしまう。
「うーん、このジャガイモ切りにくい‥‥ラウッチ、態々こんな切りにくいジャガイモを選ばなくても‥‥」
このジャガイモをチョイスしてきたのはラウラであり、本音はラウラにジャガイモの皮が剥きにくい事を言う。
実際に皮だけではなく、ジャガイモの身をざっくりと削れている事から切りにくいのだろう。
「そんな事はない。ドイツに居た頃は、ジャガイモ選びに置いて私の右に出る者はいなかったのだぞ」
そう言って包丁ではなくコンバットナイフでジャガイモを皮ごと真っ二つにするラウラ。
「アインスさん、上手だね」
本音が剝きにくいと言ったジャガイモの皮を簡単そうに剝いていたイヴにシャルルが声をかけてきた。
「えっ?あ、うん‥‥切る事には慣れているから」
「あっ‥‥」
イヴの『切る』を『斬る』と思ったシャルルは気まずそうな顔をする。
イヴは、かつて凄腕の暗殺者なのだから、人を斬ることも慣れているのだろうと思っていたシャルル。
「‥‥デュノア君が何を想像したかは今のリアクションで分かったけど、多分君が想像しているのとは違うからね。私はちゃんと家事もやっていたから慣れているんだよ」
「あっ、そ、そうなんだ‥‥あははは‥‥」
変な事を勘ぐってしまった事にシャルルは乾いた笑みを浮かべる。
「まったく‥‥」
シャルルの変な想像力に呆れながらイヴはジャガイモの皮を剥いていくが、
「いっ!?」
ほんのちょっとした油断でイヴは包丁で指先を切ってしまった。
切る事に慣れていてもやはりこのジャガイモの皮は切りにくかったみたいだ。
「あっ!?大丈夫?アインスさん」
「う、うん。こんな傷直ぐに治るから」
そう言いながらイヴは包丁で切った指を舐める。
しかし、イヴの指からは赤い血が流れている。
「んっ」
するとシャルルはまるで花の蜜を求めてやって来た蝶のように血が出ているイヴの指に口をつける。
「でゅ、デュノア君!?」
流石のイヴもシャルルのこの行為には驚いた。
「んっ‥‥んっ‥‥ぷはぁ‥‥うん、もう止まったみたい」
シャルルはイヴの指から血が出ていない事を確認して安心した様に言う。
「う、うん‥ありがとう」
「どういたしまして」
シャルルが微笑みながら返答し思わずイヴの顔が赤面する。
その様子を見ていた周囲の者たちは唖然としていた。
デュノア社の一件でシャルルの人気は転校したての頃に比べると落ちたが、IS学園の生徒全員がシャルルのファンから脱退したわけではない。
今でも根強くシャルルのファンはIS学園に在籍している。
それはこの一組も同じ事が言える。
そんな彼女達がラブコメの一幕の様や展開をその場で見せつけられたのだから、唖然とするのも当然であった。
現に山田先生も顔を赤くしている。
「わぁお、デュノッチだいた~ん」
本音がシャルルの行為を冷やかすと周りのクラスメイト達もキャアキャアと騒ぎ始める。
しかし、恋愛とは程遠い千冬は、
「こら、そこ!!何をしている!?」
箒と百秋‥正確にはセシリアの卵爆弾に関しては静観を貫いていた千冬であるが、あぶれ者‥ましてやこれまで何度も自分に苦汁を経験させてきたイヴ相手にはちゃんと注意をする千冬。
「アインスさんが包丁で指を切ってしまって」
シャルルが千冬に報告するが、
「ふん、そんなもの唾でもつけておけば勝手に治る。そんなことで一々騒ぐな」
「は、はい」
納得できないモノを抱きつつイヴ達は再び手を動かした。
(この場にたっちゃんとかんちゃんが居なくてよかった‥‥もし、居たらデュノア君と織斑先生相手にドッタンバッタン大騒ぎな展開になっていたよぉ~このことは二人には言わないでおこう)
本音が今日の家庭科室での出来事は変に触れ回らない様にしようと誓った。
実習が進んでいく中、またセシリアと百秋のいる所では‥‥
「「「………」」」
百秋を含め、そこに居る一名を除き皆がコンロを見てドン引きしている。
彼らの視線の先では‥‥
ブクブクブクブク‥‥
グツグツグツグツ‥‥
ボコッボコッボコッ‥‥
コンロの上にマグマのように赤く煮詰まっている何かと‥‥
「まだ赤色が足りませんわね」
そう言いながらケチャップとタバスコを鍋に投入するセシリアの姿があった。
もはや彼女が何を作っているのかわからない。
強いて言うならば、マグマを錬成しているのではないだろうか?
使われた調味料の量と鍋の具合から、もはや人の食べ物ではない。
「お、織斑君。オルコットさんを止めなくていいの?」
班のメンバーの一人がセシリアを止めなければヤバいのではないかと問うが、
「いや、なんかもう‥すでに手遅れな様な気が‥‥」
百秋の言う通り、既に手遅れだった。
「あ、あの‥‥オルコットさん。オルコットさんは貴族らしく何もしていない方がいいんじゃあ‥‥」
班のメンバーがセシリアに料理せずにジッと待っていた方がいいのではないかと言う。
調理ではなく洗い物をさせても恐らくセシリアの場合、皿を割ったりしそうなので洗い物にも向いていないだろう。
「皆さんが働いているのに私だけ何もしないなんて耐えられませんわ。ご心配なく。私の料理は最後に挽回するのが常ですので」
「料理は格闘や勝負じゃないんだけどな‥‥」
班のメンバーが説得をしてもセシリアには無駄だった様だ。
百秋達はセシリアの料理が怖いのかなるべくセシリアを視界の中に捉えないように目を逸らしながら料理をしていく。
すると、
バァン!!
家庭科室で二度目の爆発が起きた。
「きゃっ!?」
「な、なんだ?」
百秋達が爆発音がした方へ視線を向けると其処には、
「あら‥‥」
ブルーティアーズのBTを一基出したセシリアが居た。
コンロ台は鍋の中のマグマが零れており、大惨事となっている。
しかし、鍋の中身が全部飛び出ているので試食の際、これを食べずに済んである意味、百秋達は助かったのかもしれない。
「ど、どうした?セシリア。何があった?」
「火を強めようと思いまして、ティアーズで加熱したんですわ」
「レーザーで加熱するなんて無茶苦茶だな」
「失敗は成功の母ですわ。今度こそ上手くやってみせますわ。セシリア・オルコットのIS料理」
「あ、あのさ、セシリア。こっちはもういいからお皿とかを並べてくれるか?」
「そ、そうだね。織斑君の言う通りだよ。オルコットさん」
「「うんうん」」
百秋がセシリアを説得し、班のメンバーもそれに同意するかのように頷く。
「何故ですの?どうして皆さんは私に料理をさせないと‥全く理解できませんわ」
セシリアは自分が料理下手だとこの惨事を見ても気づかない様子だった。
「私、織斑君と同じ班じゃなくて良かった‥‥」
「私も‥‥」
セシリアが起こした惨事を見てこの時は百秋と同じ班でなくてよかったと呟くクラスメイト達がちらほらいた。
試食の時、セシリアが作った料理を食べさせられるかと思ったら身の毛がよだつ思いだ。
二度目の爆発を起こし、ましてやティアーズを出して鍋を攻撃したにも関わらず千冬と山田先生はセシリアを注意する事はなかった。
明らかに贔屓目であったが、セシリアの料理はその贔屓目をかき消す程の威力を誇っていた。
それは千冬も山田先生もセシリアの行動には顔を引き攣らせていたほどだった。
やがてどの班も料理が出来上がると試食タイムとなる。
出来上がったばかりの料理を食べながら楽しそうに談笑する生徒達であるが、ある班だけはまるでお通夜の様に静かだった。
他のクラスメイト達も彼らには同情する。
本音を言えば、自分の作った料理を是非とも百秋に食べてもらいたかったのだが、今声をかければ自分も巻き込まれると思い声をかけず、視界に入らないようにしていた。
「「「………」」」
「さあ、百秋さんもみなさんもどうぞ、遠慮なく召し上がってくださいまし」
満面の笑みでセシリアは百秋達に自らが作った料理を勧めてくる。
悪気が一切無いその笑みが眩しくもあり、百秋達が断るに断れない空気をセシリアは作り出している。
セシリアが作ったサンドウィッチは見た目が何ら変わらないサンドウィッチなのだが、卵爆弾やマグマを見る限り、警戒しない方がおかしい。
「「「………」」」
セシリアに勧められても誰一人としてセシリアの作ったサンドウィッチに手を伸ばそうとはしない。
「さあさあ、どうぞどうぞ、遠慮なさらずに」
そんな百秋達の不安を余所にセシリアは自らが作ったサンドウィッチを勧めてくる。
「い、逝くしかねぇ‥‥」
百秋は覚悟を決めてセシリアのサンドウィッチに手を伸ばす。
他のメンバー達も震える手でセシリアのサンドウィッチに手を伸ばす。
「い、逝くぞ‥あむっ」
覚悟を決めてセシリアのサンドウィッチを口へと運ぶ。
他のメンバー達も百秋の後に続いてセシリアのサンドウィッチを口へと運ぶ。
「むぐむぐ‥‥」
「いかがでしょうか?」
咀嚼していると舌が味を検知する。
(あ、あれ?思ったよりも普通の味だ‥‥)
セシリアのサンドウィッチは意外にも普通のサンドウィッチの味だった。
取り越し苦労かと思っていた矢先、
「ぐっ‥‥」
突如、百秋の舌にこれまで食べた事のない味覚が突如襲い掛かる。
忽ち彼の顔は青くなり、脂汗が大量に流れる。
それは他のメンバー達も一緒で今にも倒れそうな勢いだ。
「どうですか?美味しいですか?」
セシリアは輝いた笑みでサンドウィッチの感想を尋ねる。
「う、うん‥‥その‥‥」
バタッ
百秋は感想を言う前に倒れた。
他のメンバー達は百秋よりも先に倒れていた。
「百秋さん!?」
突然倒れた百秋に叫ぶセシリア。
「卒倒する程美味しかったんですね」
倒れた百秋や班のメンバー達を見て見当違いな印象を抱くセシリアだった。
その後、セシリアのサンドウィッチを食べた百秋達は臨海学校ギリギリまで腹痛で悩まされたと言う。
イヴとしてはどうせなら臨海学校中も腹痛に悩まされていればいいのにと思った。
IS学園の臨海学校が間近に迫っている頃、某所では‥‥
「へぇ~IS学園はこの期間に臨海学校‥ねぇ~」
バスローブを纏った美女が薄暗い部屋でパソコンの画面を見つめていた。
部屋は暗くパソコンのディスプレイの灯りのみが不気味に照らしている。
「ん?スコール、何見てんだ?」
「これよ、オータム」
「なになに?ん?IS学園のホームページ?なんでまたこんなモノを?」
「この期間中、一年生は臨海学校で学園を留守にするみたい‥‥ブリュンヒルデも引率として一緒に出るみたい」
「じゃあ、その間にまたあそこの訓練機を奪うか?」
「流石に学園側もバカではない筈よ。ブリュンヒルデの留守だからこそ、警備も厳しくなっている筈ね」
「そんじゃあ、臨海学校なんて行っている平和ボケをしている連中を襲うか?たしか専用機持ちが何人かいたよな?」
「ええ、イギリス、中国、ドイツ、日本の代表候補生が確か第三世代型の専用機持ちだった筈よ」
「ん?フランスも居なかったか?それにブリュンヒルデの弟も確か専用機持ちの筈だぜ」
「フランス代表候補生は『元』がつくわよ。それにフランスの専用機は第二世代型を改良したISみたいだから大した価値は無いわね」
「確かに」
「ブリュンヒルデの弟のISも気になるけど、私としてはもう一人の方が気になるの」
「もう一人?」
スコールが気になると言う『もう一人」という人物にオータムは怪訝そうに首を傾げる。
「‥‥どの国にも企業にも所属せずに専用機を持っている子がいるらしいの」
「ん?誰だ?そいつは?」
「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスって言う子よ」
「イヴ?聞いた事ねぇな」
「そうね、私も名前だけしか知らないわ。だから、今度その子を見に行こうと思っているの」
「スコール一人でか!?」
「ええ」
「それは危険じゃねぇか?ブリュンヒルデもいるんだろう?だったら、アタシも一緒に行くぜ」
「ダメよ」
「何でさ!?」
「貴女は血のっ気が多いから貴女が来ると直ぐにドンパチ大騒ぎになってしまうわ」
「でも、どうせ連中の専用機奪うんだろう?それなら学園の外で油断している時がチャンスなんじゃねぇか?」
「奪うにしても事前の情報は大切よ」
「で、でも‥‥」
オータムはまだ納得がいかない様子でスコールに食いつく。
「オータム?」
スコールがオータムを一睨みすると、
「わ、わかったよ‥‥スコール」
オータムはあっさりと引き下がった。
だが、全て納得が言った様子ではなく渋々と言った様子だった。
「いい子ね、オータム。素直な子は好きよ」
スコールは妖艶な笑みと共にオータムの顎を撫でる。
「す、スコール‥‥アタシ‥‥もう‥‥」
「フフ、しょうがない子ね‥‥いいわ、可愛がってあげる」
スコールはオータムをベッドへと誘った。
それからすぐにオータムの喘ぐ声が部屋中に木霊した。