シャルルは前日に山田先生から寮の部屋の引っ越しを告げられて一人部屋へと移った。
元々荷物は少ない方だったが急な引っ越しだったのでその日は荷物だけを持って新しい部屋へと移り、次の日の放課後に荷解きをした。
そして荷解きをした後、ちょっと外の空気を吸いたくなり、屋上へと出た。
空は満天の星空と満月が浮かぶ綺麗な月夜だった。
シャルルは暫く夜空の星座を眺めていた。
すると、
スタッ
と誰かの気配を感じた。
自分同様夜空を見に来たのかと思い人の気配を感じた方へと行くと、そこには背中から天使の様な白い翼を生やしたイヴが居た。
(IS!?でも、あそこまで本物の翼にそっくりなISの翼は見た事がない‥それにアインスさんの専用機のウィングユニットとは全然形状も違うし、一体何なんだ!?あの翼は!?)
イヴの翼を見たシャルルは、最初イヴの翼はISなのかと思ったが、形状がイヴの専用機であるリンドヴルムとは形状が違う。
しかも羽根の作りがまるで本物の羽根の様だ。
此処で見ていても仕方がないのでシャルルはイヴに声をかけることにした。
「アインスさん?」
「えっ!?」
夜間の空中散歩から戻って来た自分の姿をシャルルに見られてしまったイヴ。
(な、なんで‥‥この時間この場所でデュノア君が‥‥)
『ハハハハハ‥‥一夏、お前やっぱり勘が相当鈍っているよ』
イヴの姿を見て獣は深層心理の中で笑っていた。
獣の指摘に反論できないイヴ。
確かに獣の言う通り、イヴ自身殺伐とした暗殺者時代と異なり勘が随分と鈍ったのかもしれない。
今回の夜間の空中散歩も勘が鈍らないようにと行ったのだがそれが全くの仇となった。
とりあえず翼をいつまでも生やしているわけにはいかないので急いで引っ込める。
「あ、アインスさん‥いまの翼は‥‥一体‥‥」
シャルルは震える声でイヴに尋ねる。
「‥‥」
イヴはシャルルにどう説明すればいいのか分からない。
シャルルを殴り飛ばして記憶を消したい所だが、自分のミスでそんな無粋な真似はしたくはない。
イヴがシャルルへの対応に困っていると、
「イヴ!!どこだ?」
部屋にイヴが居なかった事で心配したのか自分を探すラウラの声が聞こえてきた。
イヴはシャルルには何も答えずに急いでその場から去っていった。
翌日、IS学園にて夕べ夜空に天使が飛んでいたと言う噂が立った。
『ハハハハハ‥‥一夏、お前本当にバカだな?噂の天使ってどうみてもお前だろう?』
(う、うるさい!!)
噂を聞いた獣がイヴをバカにしてイヴはムキになって獣を黙らせる。
しかし、天使なんて本当に実在するわけがないので、夕べの天使は自衛隊か在日米軍のISが夜間哨戒かテスト飛行でもしていたのを見間違えたモノだと決めつけられて次第に沈静化していった。
シャルルも昨夜の天使の正体がイヴである事を話してはいなかった。
ただ、楯無だけはこの噂に関して、天使の正体に心当たりがあったのか、
「イヴちゃん‥ちょっと来て」
と休み時間にイヴの教室に来て彼女を連れ出した。
「な、なんでしょう?」
イヴは楯無が呼びに来た理由が何となく分かっていた。
「今、学園で噂になっている天使‥イヴちゃんでしょう?」
「な、な、何のことでしょうか?」
イヴは楯無から視線を逸らす。
しかし、声は震えているし汗を搔いているのでその仕草だけでバレバレだ。
「イヴちゃん!!」
ガシッとイヴの頬に手をやって強引に自分と目を合わせる。
「正直に言いなさい」
「ひゃ、ひゃい‥‥」
イヴは楯無の勢いに負けて話した。
昨日夜間にISでなく能力を使って空中散歩をした事を
「はぁ~まったく‥迂闊な行動は控えてね。一応、噂の天使の正体は自衛隊か在日米軍のISって事になっているけど、もし誰かに見られでもしたら‥‥」
「あ、あの‥‥」
「ん?なに?」
「その‥‥実は‥‥」
此処まで来てはもはや隠し通せないのでイヴは楯無にシャルルに見られたことを話した。
「えええっ!?デュノア君にバレた!?」
(なんでよりにもよってデュノア君にバレルのよ!!)
「それでデュノア君には何て言ったの?」
「い、いや‥‥その場はボーデヴィッヒさんが来て凌ぎました」
「その後は?」
「いえ‥特には‥‥」
「‥‥」
楯無は出生が謎に包まれていたシャルルにイヴの秘密がバレたことに関して厄介な事になったと思いつつこれはある意味チャンスではないかと思った。
シャルルがイヴに接触してきた時、彼自身の秘密も全て暴けるんではないかと思った。
そして本音にシャルルも監視対象にするように指示を出した。
一方、学園最強の生徒会長から目をつけられたとは知る由もないシャルルは昨夜、寮の屋上で見た事を思い返していた。
(あれは紛れもなくISの‥‥機械の翼なんかじゃなくて本物の翼だった‥‥アインスさんは一体何者なんだ‥‥)
(知りたい‥もっと彼女の事が‥‥)
(彼女の全てが‥‥)
シャルルは本来の目的を失う程、イヴにご執心となった。
そして、シャルルは勇気を出して実行に移してみた。
昼休みになりシャルルはイヴに声をかけた。
「あ、アインスさん」
「デュノア君‥‥」
「ねぇ、今日のお昼、一緒に食べない?」
「えっ‥‥?」
シャルルからの突然のお誘いにイヴは戸惑った。
断ればシャルルから何らかの報復があるかもしれない。
でも、過去の経験からどうも男性に対して苦手意識を持っているイヴ。
そこに‥‥
『なんだ?一夏、随分とお困りの様じゃないか』
獣がイヴに声をかけてきた。
『何なら私がコイツの相手をしてやってもいいぜ』
(そんなことを言って私の体を乗っ取るつもりなんじゃないの?)
『ほぅ、それじゃあお前がこの二人目の男性操縦者の相手をすると言うのだな?』
(うっ‥‥)
獣の言葉に反論できないイヴ。
だが、獣を全面的に信じるのはあまりにも危険だ。
それでも今は獣の力を頼らざるを得ない。
(本当に私の体を乗っ取るつもりはないんだろうな?)
『勿論さ。それに私が乗っ取ったところであの天災兎と青髪にはバレてしまうからな』
(‥‥)
一体どういう風の吹き回しなのか分からないが獣は今回えらくイヴには協力的だ。
『ホラ、さっさと決断しちゃえよ。まぁ、もし仮にアイツがあの時の事をネタに脅してくるようならば殺っちまえば済む事だろう?』
獣はやはり獣だった。
でも、獣が言う事は一応、的を射ておりこのまま何もしなければ先には進めない。
シャルルが自分に何を要求してくるのかも現時点では不明で確実に自分との肉体関係を求めてくるとは限らない。
シャルルの目的を知るためには、此処はまずシャルルの要求を呑むべきだろう。
だが、過去の経験上、男の人と連れ添うには抵抗がある。
でも、獣はそんなモノには抵抗が全くない。
(くっ‥‥わ、分かった)
そしてイヴは決断を下した。
イヴは渋々獣と入れ替わり、
「いいですよ。デュノア君。ではエスコート、頼めるかしら?」
イヴ(獣)はシャルルに手を差し出してシャルルにエスコートを頼む。
「えっ?あっ、うん‥‥」
シャルルも伊達にヨーロッパ出身者ではない。
こういった作法ぐらいはちゃんと心得ていた。
(イヴイヴどうしちゃったの!?)
教室でイヴとシャルルの様子を見ていた本音は驚きつつ本来の職務であるシャルル・デュノアの監視と言う事で楯無にメールを送った。
『シャルル・デュノアがイヴイヴに接触、イヴイヴはこれを受ける』
本音からのメールを受け取った楯無はすぐに一組の教室へと急行する。
「イヴ、いいのか?」
ラウラが心配そうにイヴに声をかける。
「大丈夫、心配してくれありがとう。ちゅっ‥‥」
そう言ってイヴはラウラの頬にキスをする。
「はぅ!?」
イヴからのキスを受けたラウラは顔を真っ赤にして頭から白い煙が出ていた。
「さっ、行きましょう?デュノア君」
「う、うん」
イヴはシャルルの腕に自らの腕を絡める。
一組へと到着した楯無が見たのは、
イヴとシャルルが腕を組み食堂へと向かう光景だった。
「‥‥」
その姿を見て楯無は唖然とする。
「たっちゃん?お~い、たっちゃん?」
まるで魂が抜けたような姿の楯無に本音は彼女の顔の前で手を振るが楯無は反応しない。
「ダメだ、返事がない。屍みたいだ」
「ちょっと本音!!私はまだ死んでないわよ!!」
本音の一言で復活する楯無。
「それよりも本音、アレは一体どういうことよ!?」
「そ、そんなの私にも分からないよ~」
「兎に角、後を追うわよ!!本音」
「う、うん」
楯無と本音は急いでイヴとシャルルの後を追った。
二人の様子を見たクラスメイトや学園の生徒達はザワつく。
「デュノア君とアインスさんなんかすごく絵になるわ」
「いいなぁ~」
「金髪に銀髪…いいわ~」
食堂について互いに向き合う形で座るイヴとシャルルの二人。
そんな二人の様子が気になるのか食堂に居る生徒達はチラチラと様子を伺い、楯無は穴が開くかのようにジッと二人の事を凝視している。
「そ、それで‥あの‥‥アインスさん‥‥」
「デュノア君、今は食事の最中‥話は食後のティータイムに聞くわ」
「う、うん」
イヴにそう言われシャルルは食事に戻る。
「ちょっと、なによ!?あれアレ~あれじゃあまるでデート中のカップルじゃない」
物陰から二人の様子を窺っていた楯無はイヴとシャルルの様子を見てギリギリと悔しがる。
そして食事が終わり、互いに紅茶を前にして向き合う。
イヴが紅茶を一口飲みシャルルに声をかける。
「それで話と言うのはやっぱりこの前の屋上の事?」
「う、うん‥‥」
「そうね‥‥それなら貴方の事も教えてくれるかしら?」
「えっ?僕の事?」
「ええ」
イヴはニヤッと口元を緩める。
「な、何のことかな?」
シャルルは明らかに動揺しており、イヴから視線を逸らす。
「とぼけてもダメよ。デュノア君」
イヴはテーブルに両手をついて顔をシャルルに近づける。
「あ、アインスさん?」
そしてイヴはシャルルの顔に自らの鼻先を近づけて、すぅ、と大きく息を吸い込んだ。
それはまるで犬や狼が仲間なのかを確認し合う仕草の様なものだった。
「‥‥やっぱり」
「えっ?」
「デュノア君からは確かに男の匂いがする‥でも、同時に女の匂いもするよ」
「っ!?」
イヴの指摘にシャルルはビクッと体を震わせる。
(男でもあり女でもある?それどういう事?それって今の私やお前のように二重人格ってこと?)
『さあな。だが、事実だ。奴からは男と女‥二つの性別の匂いがした』
(流石は獣‥匂いで判別するなんてね‥‥でも、その恥ずかしい行動は何とかならなかったの!?)
『そう言うな、これで奴の正体と目的が分かるかもしれないぞ』
「もし、此処で言えない様な事なら、放課後‥改めて場所を変えて話しましょう?」
「う、うん」
「OK、それじゃあ生徒会室なんてどう?」
「生徒会室?」
「ええ、私、これでも生徒会長と仲が良いの‥知っているかもしれないけど、彼女、一応、学園最強の肩書を持っているのよ。それに生徒会室なら防諜設備も完璧だろうし、生徒を守る生徒会長なら、生徒の秘密を厳守してくれるだろうし、私の秘密を生徒会長は既に知っているのよ」
「‥‥」
「どうする?私の秘密‥知りたいんでしょう?この話、受ける?受けない?」
「わ、分かった」
「なら、放課後‥生徒会室で会いましょう」
そう言ってイヴは席を立ち食堂を後にした。
尚その際、楯無の前を通り、口パクで何かを伝えた。
「っ!?」
それを見た楯無は時間を置いて食堂を後にした。
そして、校舎の屋上の踊り場‥昼休みなのだが、此処は昼間も日陰で日当たりが悪いせいか昼休み中でも人気が少ない。
そんな踊り場にイヴは一人立っていた。
そこへ‥‥
「はぁ~い、イヴちゃん」
「待っていたよ、たっちゃん」
踊り場に現れた楯無はイヴに声をかけイヴも返答する。
「‥‥貴女、イヴちゃんじゃないわね」
だが、イヴの顔を見た瞬間、楯無は目を鋭くしてイヴを睨みつける。
「へぇ~流石、表のイヴと仲が良いだけあるな‥この私を一目で見破れるのはお前かあの篠ノ之束ぐらいだよ」
一目で今のイヴが表のイヴでない事を見破った楯無に獣はパチパチと拍手しながら賛辞する。
「そんな事はどうでもいいわ。どうして貴女が表に出ているの?それにデュノア君と一緒に居た様だけど、何が目的なの?彼には織斑姉弟と何の繋がりもないじゃない」
「確かに奴には織斑姉弟と何の繋がりもない。だが奴はこの体の能力を見た目撃者でもある。それについてちょっと話があるみたいだったから付き合っただけさ」
「それで何故、貴女表に出てくるのよ」
「おいおい、忘れたのか?表にイヴは過去の出来事で男が苦手なんだよ」
(そう言えば、タッカーが言っていたわね‥イヴちゃん、誘拐された時、犯人達に犯されたって‥‥)
「まぁ、コイツの境遇もそれなりには同情するぜ‥何せ初めて相手が‥‥」
(やめろ!!それ以上言うな!!)
イヴは自分でも忘れたい屈辱的な過去を楯無に知られたくはないのか大声で獣にそれ以上の事を喋るなと言う。
『おいおい、今更綺麗事を言ったところで過去は変わらねぇだろう?』
(そ、それでも‥止めて‥‥)
『ちっ、分かったよ。お前と私の獲物をコイツに横からかっ攫われるのも癪だしな』
楯無がイヴと百秋の関係を知れば何かしらの行動を織斑姉弟にやりそうだ。
だが、織斑姉弟を狩るのは自分の役目だと思っている獣は獲物を横から楯無に狩られるのを嫌がり渋々イヴの提案に乗った。
「何なの?」
「いや、なんでもない。兎に角、表のイヴは男に対して苦手意識を持っている。そんな奴が二人目の男性操縦者の奴と対等に話が出来ると思うか?」
「いいえ」
「だろう?そこで私の出番って訳だ。男が苦手な表のイヴに代わって二人目の男性操縦者の目的を探ろうとしたのさ。そして、放課後に生徒会室に奴は来るとさ‥精々奴の正体‥そして目的を聞いてやりな」
「正体って‥‥貴女、デュノア君の何を‥‥」
「奴の体からは男の匂いと共に女の匂いもした‥‥」
「それってどういう事なの?」
「表のイヴと同じことを言うな‥二つの性別の匂いがしたが、私にも詳しい事は分からん。放課後に分かる事だろうさ」
「そ、そう」
「それじゃあ、放課後生徒会室でな」
「‥‥」
そう言ってイヴは楯無の前から去って行き、教室へと戻った。
そして、放課後イヴとシャルルは別々に生徒会室へと向かった。
二人一緒ではあまりにも目立つ。
生徒会室に来た時もイヴは獣が表に出ており、楯無は警戒する様にイヴを見ていた。
楯無は念の為に虚には席を外す様に言って今、生徒会室に居るのは楯無とイヴだけであった。
二人は備え付けのお茶を飲みながらシャルルが来るのを待った。
そして、生徒会室のドアを控えめにノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
楯無が入室許可を出すと、
「し、失礼します」
シャルルが恐る恐る生徒会室へと入って来た。
「いらっしゃい、デュノア君」
「は、はい。初めまして、シャルル・デュノアです」
「初めまして、生徒会長の更識楯無よ」
「あ、あの‥‥」
シャルルが恐る恐るイヴに声をかける。
「約束通り、来たのだから、貴方に私の秘密を教えましょう。ですが、決して口外しない事、そして貴方自身の秘密も教える事‥それが前提となっているけどいいかな?」
「は、はい」
イヴが最終確認をするとシャルルはそれを了承した。
「それじゃあ、たっちゃん。説明よろしく」
「えっ?私がやるの!?」
楯無がイヴの説明なのだから自分でするのかのかと思ったら獣は楯無にそれを押し付けた。
「まったく‥‥」
楯無は呆れつつもシャルルにイヴの事を説明した。
「‥‥生物‥兵器」
楯無の説明を聞き、シャルルは絶句した。
「それでは嘘ではない事を証明しましょう」
説明が終わり、イヴはシャルルに自分が生物兵器である事を証明するために席を立ち、まずは腕を包丁の様な刃物へと変化させる。
「‥‥」
「おーい、大丈夫か?」
刃物に変化した腕でシャルルの頬をペチペチと叩くイヴ。
その腕は金属質で冷たかった。
それは紛れもなく本物の刃物だった。
「あっ、う、うん‥‥そ、それじゃああの時の翼は‥‥」
「勿論、私の能力の一つさ‥‥」
そう言って背中からあの時のように白い大きな翼を生やしてその翼でシャルルの体を包み込み、髪の毛を伸ばすと蜘蛛が獲物を絡めとるかのようにシャルルの体に巻きつける。
本来ならばこんな非現実的なモノを見せつけられて体験したのであれば震え上る筈なのにこの時シャルルは震える事さえも忘れていた。