~side更識簪~
中学を卒業してから一足先にIS学園に入った私は朝早くから夜遅くまで自分の愛機、打鉄弐式の製作に没頭していた。
IS委員会の話では打鉄弐式の外装はすべて完成していたが、起動プログラムと武装プログラムの二つが未完成なので、その二つを完成させたら、打鉄弐式は完成し、動かせる事が出来る。
だが、作業は思ったよりも難しく、新年度が始まる前に完成させたかったが、結局間に合わなかった。
そして新年度が始まり、入学式の際、壇上で新入生に挨拶をしていた姉の姿を見て、ちょっとイラッと来た。
学校が始まっても私は、放課後は部活にも所属せず、クラスメイト達と交流することもなく格納庫に入りびたり打鉄弐式の製作に没頭していた。
そんなある日、朝、本音と一緒に朝ご飯を食べに食堂へと向かったら、私はあの子と再会した。
実家の離れに居たあの銀髪の子と‥‥
あの子もこの学園に入学したんだ‥‥
でも、あの子のすぐ傍にはやはり、姉が居た。
実家でも、そしてこの学園でも姉はやはり、あの子を独占している。
イライラする‥‥
私は本音の手を引いて姉から遠ざかった。
後ろから姉の寂しそうな声がしたが、無視した。
学園で最強の称号を手にして、更にあの子まで手に入れておいて、これ以上何を望む。
余りにも強欲すぎる!!
それから暫くして一組に所属する本音から今度、クラス代表を決める試合があると聞いた。
その試合にはイギリスの代表候補生と世界で初めてISを動かしたあの織斑先生の弟、織斑百秋が出るらしい。
見学に関してはクラス、学年問わないので、見に行けるらしい。
そこで、本音は私を誘ってきた。
私の興味は半々であった。
他国の代表候補生の試合を見るのは今後の自分の為になる。
そして、私から専用機を奪った織斑百秋が本当に専用機を手にするほどの器なのか、それを確かめる絶好の機会だった。
だが、その時間を打鉄弐式の製作時間に当てた方が、効率が良い様な気もした。
それにこの試合も今後の資料かデータとして学園が記録するだろうし、私は本音からの誘いを断って打鉄弐式の製作にあてた。
その後も私は打鉄弐式の製作を続けたが、春休みから続けてきた打鉄弐式のプログラミングは思うように進まない。
プログラミングだけなので、簡単だと思ったら、ISのプログラミングがこんなにも困難なものだなんて‥‥
姉はこんなにも困難な作業を一人でやったのかと思うと途中でめげそうになる。
でもその度に姉のあの言葉と不敵な笑みを浮かべている姉の姿が脳裏を過ぎり、再び私にやる気を出させる。
時間を忘れて打鉄弐式の製作を続けていた時、私はちょっとお手洗いに行きたくなり、格納庫を後にした。
そして、格納庫へと戻ってくると、誰かが居た。
また、姉がちょっかいをかけるために待ち伏せていたのだろうか?
そう思っていたのだが、其処に居たのは姉ではなく、あの銀髪の子だった。
IS学園の生徒であるあの子が格納庫に居てもなんら不思議ではなかったが、私はその光景を見て、息を呑んだ。
あの子は自分の専用機と思われるISを前に両膝をついて座り込んでいた。
問題は彼女の髪の毛であった。
彼女の髪はまるで意思を持っているかのように動き、ISそして、整備に使う端末へと入り込み、僅かに発光していた。
な、なにコレ?
私は目の前の光景が信じられなくて唖然としたままその場に立ち尽くした。
あの子は微動だにせず、ずっと両膝を突いたまま座り込んでいた。
時々発光信号を送っているかのように彼女と彼女の髪が光ったり光らなくなったりしていた。
そして、彼女は
「そうなんだ」
「うん、ありがとう」
等と独り言を呟いていた。
そして、彼女の髪や体の光が収まっていくと、長かった髪の毛がまるで潮が引くかの様に短くなっていく。
やがて、髪の毛がある程度の長さに戻ると、彼女は目を開けて立ち上がる。
「「あっ」」
そこで、私はあの子と目があった。
「「‥‥」」
両者無言の気まずい空気が流れる。
(ど、どうしよう‥声、かけた方が良いのかな?)
イヴを目の前にして戸惑う簪。
一方のイヴも、
(み、見られた!?なんで、こんな時間に人が!?しかも、この人、たっちゃんの妹さんじゃない!!)
簪に見られたことでイヴの方は狼狽えていた。
(どうする、殴って気絶させるか?目が覚めた時、夢だと思わせれば‥‥)
イヴは簪に気づかれる事無く、拳を金属グローブに変換させ、簪を一発でKOさせようとした。
ジリジリと簪との距離を一気に詰められるようにして、いつでも簪を殴れるような体制を取る。
その時、
「あ、あの‥‥」
簪が声をかけてきた。
「ひゃ、ひゃい」
突然のことで返事をかんでしまったイヴ。
(か、かんじゃった‥は、恥ずかしい~)
(い、今この子、台詞をかんだ‥‥でも、かんだ姿も可愛い‥‥)
これのせいでイヴは簪を殴るタイミングを失ってしまった。
イヴが羞恥心で顔を真っ赤にしていると、
「あの‥‥」
簪が改めてイヴに声をかけてきた。
「な、なんでしょう?」
今後はかまずに簪に返答する事が出来た。
「えっと‥‥その‥‥あの‥‥」
(ど、どうしようよぉ~声をかけたはいいけど、会話の内容が思いつかないよぉ~)
聞きたい事は色々あるのに、上手く話せない簪。
心の中では頭を抱え込んでいる。
「えっと‥‥更識さん?」
イヴは念の為、彼女が楯無の妹なのかを確認するために彼女に名前を聞いた。
「‥名字で呼ばないで」
すると、簪は先程まであたふたしていた様子から一転し、冷静に切り返して来た。
「えっと‥じゃあ、何て呼べば‥‥」
苗字が駄目ならば名前呼びしかないが、生憎とイヴは簪の名前を知らない。
「‥簪でいい‥‥」
「あっ、うん‥‥わかった」
「‥貴女は?」
「えっ?」
「貴女の名前」
「あっ、そうだったね、イヴ‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥長いからイヴで良いよ」
「うん、わかった」
(よし、まずはあの子の名前をゲット)
簪は心の中でイヴの名前を知った事に小さくガッツポーズをとった。
「‥‥簪さんは、こんな時間までなぜ格納庫に?」
イヴはまず、簪が何故、こんな時間に格納庫に居る事を尋ねる。
「‥‥私は‥私の機体をちょっと‥‥」
「簪さんの機体?」
「そう‥私の機体‥打鉄弐式」
簪はチラッと製作中の打鉄弐式を見る。
「専用機って事は、簪はさんは何処かの国の代表なの?」
「うん‥日本の代表候補生」
(へぇ~って事は、簪さんはセシリアと同じ立場か‥‥)
代表候補生で専用機が与えられている事はセシリアと同じなので、何とも思わなかった。
ただ、その専用機を前に簪は一体こんな時間まで何をしていたのだろう?
本人に聞いて良い事なのか迷ったが、気になったイヴは簪に聞いてみた。
「あの‥‥どうして、こんな時間まで専用機を弄っていたの?どこか故障でも?それとも個人でどこかをカスタマイズしていたの?」
「‥‥」
イヴが尋ねると簪の周りの空気がずぅ~んと重いものに変わる。
(ヤバッ、地雷を踏んだかも!?)
「え、えっと‥言えないのであれば、無理にはいいよ‥誰にも他人には知られなく事だってあるし‥‥」
イヴが慌ててフォローする。
「‥‥」
「‥‥」
またもや、両者無言の気まずい空気となる。
簪はグッと言葉を飲み込んでいたのだが、イヴを前に飲み込んでいた言葉が濁流の様に迫り、口を開いた。
「違う‥‥」
「えっ?」
「故障でもカスタマイズでもない‥私は‥‥専用機を作っていた‥‥」
「えっ?作っていた?」
イヴが、簪が格納庫で何をしていたのかを知った時、
「えっ?今、私口に出していた!?」
「う、うん」
簪は酷く驚いていた。
先程の言葉は、簪本人は無意識で話していた様だ。
「‥‥そう言うイヴは何していたの?此処で‥‥それにさっきの‥アレは‥何?」
「‥‥」
やはり、簪は先程のイヴの行動について聞いてきたか‥‥
予想していたとはいえ、イヴは返答に困った。
今更殴って気絶させるのはもう無理だし、秘密と言っても納得する筈がないだろうし‥‥
かといって正直に言って信じてもらえるだろうか?
それに信じたとしても簪が秘密にしてくれるだろうか?
大勢の人に触れ回られたら、自分の居場所がなくなるのは目に見えている。
束や楯無の様にイヴを受け入れる人の方は珍しいのだ。
普通の人が知れば、きっと『化け物』と言って恐怖し迫害するに決まっている。
「‥‥」
イヴが反応に困っていると、
「あっ、私、その‥‥ただ、気になっただけだから、その‥‥言いたくなかったら、別に言わなくてもいいから‥‥」
簪自身も先程イヴが言った、『誰にも他人には知られなく事だってある』と言った言葉の意味くらいちゃんと理解している。
それにあんな非日常的な光景、誰かに言ったところで信じてくれるわけがないと初めからそう思っていた。
ただ、簪はイヴとのこの時間をこれで終わらせたくはなかった。
いつもは姉が傍にいるが、今は姉の姿はなく、格納庫には自分とこの子の二人だけ、それはつまり、イヴを自分が独占できると言う事だ。
それに最近は、専用機の製作が思うようにいかずに気が滅入っていた。
愚痴を言いたくても聞いてくれる人は周りには居ない。
でも、今この場にはイヴが居る。
彼女なら自分の愚痴を聞いてくれる気がした。
「私が専用機を作っていた理由‥‥聞いてくれる?」
「えっ?」
突然、簪がイヴに何故、専用機を作っているのかを話し始めた。
切っ掛けはやはり、姉の楯無に関係していた。
イヴが思った通り、完璧な姉を持ったが故に姉に対してコンプレックスを抱いた事。
そして、楯無が更識家の当主になった事で、当主になった姉は自分に「無能のままでいなさい」と言われ、それに対して、簪は姉を見返す為に努力を重ねて来たのだが、姉は常に自分の一歩前に居た。
ISも姉は一人で専用機を製作し、ロシア代表となった。
姉に対する対抗心から自分も日本の代表になる為に代表候補生になり、専用機枠に入り、専用機を貰えるはずだった。
だが、その直後に織斑百秋の出現により、自分の専用機は無期限の凍結処分となった。
(アイツはどこまで人様に迷惑をかければ気が済むんだ?)
イヴや簪は百秋の存在が迷惑であったが、簪の専用機については、日本政府がそう決めた事なので、こればかりは百秋を強く攻める事は出来ない。
姉が自分の専用機を一人で組み立てた事から自分も専用機を一人で組み立てようと、春休みから今日まで一人で組み立てている事を簪はイヴに話した。
(姉に対するコンプレックスか‥‥私も分からない訳じゃないけど、自分を嫌われ者にしてまで妹を守ろうとするたっちゃんとあの人とではやっぱり、雲泥の差があるな)
イヴは楯無と千冬を比較しつつも簪の話から彼女のこれまでの人並みならぬ努力が窺えた。
でも、周囲は彼女の努力を認めてくれたのだろうか?
それはイヴには分からないが、イヴ自身は彼女の努力を認めよう、彼女の努力を褒めよう。
イヴは簪に近づく。
すると、簪は温かい感触が包み込んだしかも頭を撫でられている感触もある。
イヴは簪を抱きしめ頭を撫でていた。
「よく、頑張りましたね」
イヴのこの行為に簪は声を出して泣いた。
これまで誰からも自分の努力を見てくれなかったし、褒めてもくれなかった。
でも、この子だけは自分の努力を分かってくれた‥褒めてくれた。
簪はソレが嬉しかった。
声を上げて泣く簪をイヴは優しく抱きしめ、彼女の頭を撫でる。
簪が泣き止み平常心を取り戻すのに少し時間が掛かった。
「あ、ありがとう」
「ううん、その‥‥私の方もよく、やってもらったから‥‥」
「あっ‥‥」
簪は以前、実家の離れでみた姉とイヴの行為を思い出した。
今の状態はあの時とは反対で自分がイヴにこうして宥めてもらっている。
でも、誰かにこうして甘えるなんて行為、随分と久しぶりな気がした。
「それで、何処まで出来ているの?」
「えっ?」
「簪さんの専用機」
落ち着きを取り戻した簪にイヴは専用機がどこまで完成しているのかを尋ねる。
「外装はできていて後は武装と機動のプログラミングだけ‥だけど、なかなかうまくいかない」
「武装って?」
「マルチロックオン・システムによる高性能誘導ミサイル。それと荷電粒子砲」
(マルチロックオン・システムならドラグーンのデータを‥荷電粒子砲ならレールガンとユーディキウムのデータが使えるかな?)
(機動プログラムはやはり、直接この子に聞いた方がいいかな?)
イヴは先程リンドヴルムのISコアにアクセスをして話をしたように打鉄弐式のISコアにアクセスした方が早いと判断した。
だが、それを行うには簪本人の協力が必要不可欠である。
一人で専用機を作ることにこれまで執念を燃やして来た彼女のこれまでの行為を無駄にしてしまうかもしれない。
「ね、ねぇ‥簪さん」
「なに?」
「その‥‥余計なお世話かもしれないけど、その‥‥わ、私のISのデータ‥もしかしたら、簪さんのISに使えるかも」
「えっ?」
「あっ、いや、その‥‥簪さんがよければ、私も簪さんの専用機を作るのを手伝おうか?」
「‥‥」
イヴの提案に簪は少し黙って思案していたが、
「イヴが良ければ、手伝って」
と、イヴの協力を仰いだ。
(これでこの子と放課後は一緒に居られる)
「うん、わかったよ、簪さん」
こうしてイヴは簪の専用機、打鉄弐式の製作を手伝う事になった。
ただ、この日はもう、夜遅いのでこの場で解散となった。
寮の部屋に戻ったイヴに楯無が、
「イヴちゃん、クラス代表になったんですってね。おめでとう」
「うん‥でも、なんだかあの人に押し付けられた感じがするけど‥‥」
イヴは嫌々ながらクラス代表になった事を改めて楯無に伝える。
「あっ、そうだ‥たっちゃん」
「ん?何?イヴちゃん」
「その‥余計な事かもしれないけど、今日、たっちゃんの妹さん‥簪さんといろいろ話したよ」
「‥‥そう」
簪の名を聞きちょっと意気消沈する楯無。
「それで、どんな話をしたのかしら?」
楯無はイヴと簪がどんな話をしたのかを尋ね、イヴは楯無に話した。
「そう、簪ちゃんの専用機を‥‥」
「‥‥あ、あの‥たっちゃん」
「何かしら?」
「直ぐには無理かもしれないけど、私が妹さんと‥‥簪さんと話せる場を設ける。だから、簪さんと話し合って‥簪さんの方にも話はつけるから」
「イヴちゃん」
「ただ、その時は、ちゃんと簪さんのこれまでの努力を褒めてあげて」
「‥ええ、分かったわ。イヴちゃん、ありがとう」
楯無は微笑みながらイヴに礼を言った。
翌日
「ねぇ、織斑君、転校生の噂聞いた?」
朝、百秋が教室に入って来ると、クラスメイトの女子が声をかけてきた。
「転校生?今の時期に?」
「なんでも中国の代表候補生なんだってさ、隣の二組に転入したらしいよ」
「へぇ~」
「あら、私の存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら?」
「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどの事でもあるまい」
ナチュラルにセシリアと箒が会話に入って来た。
「どんな奴なんだろうな?」
百秋が二組に転入してきたと言う転校生にちょっと興味を抱いた様子。
「気になるのか?」
箒が軽く睨みつけながら、百秋に尋ねる。
「ん? ああ、少しはな‥‥」
「ふん」
百秋の答えに、機嫌を悪くする箒。
「アインスさん、クラス対抗戦頑張ってね」
「そうそう、アインスさんが勝ったら、クラス皆が幸せになれるから」
「今の所、専用機持ちのクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」
そう楽しそうに話すクラスメイト達。
確かに専用機を持っているのは一組のセシリア、百秋、イヴの三人で、一組のクラス代表は専用機持ちのイヴだ。
四組は簪が専用機持ちとなっているが、現状、簪の専用機、打鉄弐式は今度のクラス対抗戦には間に合わない。
二組、三組は専用機持ちが居ない。
このままなら、一組が有利だと思われたその時、
「その情報、古いよ」
教室の入り口からふと声が聞こえた。
クラスメイトが声をした方を見ると、腕を組んでいるツインテールの小柄な少女が居た。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったのよ。そう簡単に優勝できると思わないでよね」
「鈴?お前、もしかして鈴か?」
百秋がツインテールの少女に声をかける。
どうやら、彼とこのツインテール少女は知り合いの様だ。
「そうよ!中国代表候補生、鳳鈴音!今日は戦線布告に来たってわけ」
「何、恰好付けているんだ?すげえ似合わないぞ」
「なっ!なんて事言うのよ、アンタは!」
百秋と鈴と呼ばれた少女が教室の出入口で騒いでいると、
「おい」
鈴が後ろから声をかけられる。
「何よ!?」
鈴はそう言いながら振り返るが、
――パァン
その鈴に出席簿が炸裂した。
「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」
「ち、千冬さん!?」
「此処では織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入口を塞ぐな、邪魔だ」
「す、すみません‥‥」
謝りながらドアの前を退く鈴。
「また後で来るからね!逃げないでよ!百秋!」
そう言い残して彼女は自分の教室へと戻って行った。