イヴは光を宿さない目でリンドヴルムを纏うとアリーナの上空へと舞い上がる。
「待っていましたわ、アインスさん。織斑先生から言われるまでまさか、貴女も専用機持ちとは思いませんでしたわ」
「‥‥」
すると、アリーナの上空にはセシリアが既にイヴを待っていた。
一試合を終えたと言うのに元気そうな姿そうだ。
まぁ、試合と言ってもそこまで激しい試合では無かったので、これぐらい代表候補生ならば余裕なのだろう。
「あら?この私、セシリア・オルコットとブルーティアーズの実力に恐れをなして声もでませんの?」
先程の試合で、百秋に懐に飛び込まれた時にはあたふたしていたにも関わらず、セシリアは虚勢を張っている様に見える。
「あれがアインスさんの専用機」
「ちょっと竜みたい」
「でもかっこいい」
観客席のクラスメイト達は初めてイヴの専用機を見てそれぞれ感想を述べる。
「先程は百秋さんには意表を突かれましたが、私はもう侮ったりはしません。最初から全力で行きますわ!」
「‥‥」
セシリアは先程百秋の相手をしていた時の様な余裕の表情ではなく、油断も隙もないまるで一人の騎士の様な表情になっていた。
それでもイヴは無表情を崩さず、その光を宿さない目で無言のままセシリアをジッと見ている。
『おい、聞いたか?一夏、『百秋さん』だってよ!!コイツ、お前の元弟に惚れたみたいだぜ!!まぁ、アイツは顔だけはイケメンだからな!!お前が無理矢理とは言え、アイツに抱かれた事を知ったら、コイツどんな顔をするかな?アイツに失望するかな?それともお前にヤキモチを焼くかな?ハハハハハ‥‥』
(黙れ‥‥)
獣の卑猥な発言にイヴは冷たい声で一喝し黙らせる。
『へいへい、そんなに怒らなくてもいいじゃないか、冗談だよ、冗談』
(‥‥)
『‥‥そんじゃまぁ、さっさとこの前菜を食い散らかしますか‥この後のメインディッシュの為に‥‥』
イヴの中の獣はきっと不敵な笑みを浮かべているのだろう。
今回相手がガンナータイプのISと言う事で、イヴも相手と同じガンナータイプで相手をすることにした。
手には高エネルギービームライフル ユーディキウムⅡを出す。
「あら?説明ではオールラウンダー型とお聞きしましたが、見た所、私と同じ遠距離射撃型なのですね?」
セシリアはイヴの武装を見て自分と同じ遠距離射撃型のガンナータイプだと思っていた。
だが、それはセシリアの間違いであり、イヴはれっきとしたオールラウンダー型で今回はセシリアが遠距離射撃型のガンナータイプだから、彼女に合わせただけである。
互いに似たような武器を出して試合開始の合図を待つ。
『では、両者試合を開始してください』
試合開始の放送が流れ、
「参りますわ!!」
セシリアが先制攻撃にスターライトMkIIIでイヴを撃つ。
イヴはヒョイと横にずれたすぐ後にユーディキウムⅡでセシリアを撃つ。
ユーディキウムⅡから放たれたレーザーはセシリアの頬を掠める。
「くっ、なかなかおやりになりますわね、ならばこれはどうですの!!」
そう叫びながら再びスターライトMkIIIを三連射する。
イヴはそれを避けつつ上方へと移動しつつセシリアに向けてレーザーを撃つ。
しかし、セシリアも代表候補生、上手くイヴの攻撃を躱す。
「ウォーミングアップはこれぐらいにして、さぁ踊りなさい。私、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でる円舞曲で!!」
セシリアは四基のティアーズを飛ばして来た。
「‥‥」
イヴは自分に迫って来る四基のティアーズを光の宿らない目でジッと見てその動きを見極める。
「‥‥」
「‥‥」
百秋たちがいるピットでは、セシリアとイヴの戦いがモニターで表示されていた。
四基のティアーズがイヴに襲い掛かってからしばらく経つが未だにイヴはダメージを受けてない。
モニターで見ているから分かるがビットは確実にイヴの死角になるところから放たれている。
しかし、イヴはそれを見向きもせずに最小限の動きで避けている。
先程の戦いで百秋もティアーズが自分の死角から来ることは何となく予感はしていたが、それでも確認はした後にティアーズを撃破していた。
だが、イヴはちゃんと確信を持っているかのように後ろを見向きもせずにティアーズの攻撃を避けている。
まるで背中に目があるかのように‥‥。
イヴの動きを見て百秋も箒も唖然としていた。
だが、それと同時に悔しい思いもあった。
あの出来損ないの疫病神の癖に‥‥
と言う思いが‥‥。
「くっ、まともな攻撃が一発も入りませんわ!」
セシリアが思わず悔しそうに口にした。
スターライトMkIIIを使った射撃やビットを使った攻撃も、その悉くが回避され、イヴのシールドエネルギーは殆ど減っていない。
『おい、一夏、いつまでコイツの盆踊りに付き合ってやるつもりだ?』
獣がいつまでもセシリアとの決着をつけないイヴに尋ねてくる。
確かに獣の言う通りそろそろ飽きた。
現時点でのセシリアの実力も十分に分かった。
ならばさっさと終わらせよう‥‥
この後のメインディッシュを食らう為に‥‥
(セシリアが円舞曲を奏でると言うのであれば、私は輪舞曲を奏でよう‥絶望と破壊の輪舞曲を‥‥さあ、歌い踊れ!!セシリア・オルコット!!)
そう思いイヴはドラグーン達を飛ばす。
「‥‥いけ、ドラグーン」
イヴはセシリアよりも多い数のビットを飛ばす。
「なっ!?」
自分のティアーズよりも数が多いドラグーンの姿を見てセシリアは目を大きく見開く。
「なんですのっ!?その数のBTは!?」
ドラグーンは忽ち四基のティアーズを撃ち落した。
「そ、そんな現時点において、BT兵器の適正は私が最高値の筈‥‥」
自分よりもビット兵器を上手く扱うイヴにセシリアは声を震わせる。
「‥‥『イギリスでは‥』ってオチなんじゃないか?」
此処でイヴは以前、百秋がセシリアに言った台詞と似たような台詞を吐く。
「くっ」
セシリアは苦虫を噛み潰したように顔を悔しさで歪める。
「な、なんだ!?アイツもセシリアと同じ武器を使うのか!?」
「しかもセシリアよりも数が多い!!」
ピットでイヴがドラグーンを飛ばしたのを見た百秋と箒が思わず声をあげる。
「だ、だが、どんなに数が多くてもセシリアと同じく、飛ばしている間はビット以外の攻撃を出来ない筈だ」
「そ、そうだな、ましてあの数、動くこともままならない筈‥‥」
百秋と箒はあれだけの数のビット兵器を飛ばしているのだからイヴ自身は攻撃どころか満足に動けないだろうと思っていた。
しかし‥‥
「きゃぁっ!!」
ドラグーンのレーザーを躱していたセシリアにユーディキウムⅡのレーザーが直撃する。
「なっ!?」
「動けるし、ビット兵器以外の攻撃も可能だと!?」
ティアーズよりも多いビット兵器を操作しつつ、イヴ自身は動き回り、しかもビット兵器以外の攻撃も可能。
この事実にさらに驚く百秋と箒。
「見ての通り、アインスは偏向射撃が可能だ」
千冬が実技試験の時の経験を二人に話す。
「偏向射撃が出来てあの数のビット兵器が使えるって事は‥‥」
箒は顔を引き攣らせながらセシリアの現状を想像する。
「ああ、オルコットは今、実質十一対一で戦っている様なモノだ」
千冬は箒が思っている事を口にした。
「十一対一!?何だよ、それ!?卑怯じゃないか!!千冬姉、この試合はアイツの反則負けじゃないのか!?」
百秋が千冬の言葉を聞いてこの試合はイヴの反則負けじゃないかと騒ぐ。
「織斑先生だ。そもそもビット兵器の使用はIS委員会で禁止されてはいない。だから、奴の行為は正当なモノだ」
千冬は苦々しくイヴのドラグーンを使用しての戦いは決して反則ではないと言う。
事実先程のセシリアと百秋の試合でもセシリアはビットを使用し、四対一の戦いでもあったのだ。
彼がビット兵器は反則だと言うのであれば、先程の試合はセシリアの反則負けであるし、イギリスは反則兵器を専用機に搭載している事になる。
流石に十基のドラグーンで尚且つ偏向射撃が出来るイヴは千冬自身も反則にしたいところであったが、IS委員会で定めたルールブックで禁止されていない事を自分の判断で禁止・反則にする事は出来なかった。
そもそもIS委員会は、十基のビット兵器を使い尚且つ偏向射撃が出来る者なんていないと決めつけており、制限をかけていなかった。
(今度、IS委員会にビット兵器の使用数の制限をかける様に提言するか?)
千冬はイヴのドラグーンを制限するためにIS委員会にビット兵器の数を制限させるかと意気込む。
その間にもセシリアとイヴの戦いは佳境へと入る。
「くっ、このままおめおめと一矢も報いないまま負ける訳にはいきませんわ!!」
セシリアは二基の誘導ミサイルを放つ。
するとイヴは自分の前にドラグーンを上に五基、左に五基並べて一斉にビームを放ち、ビームの網を作ると、誘導ミサイルをいとも簡単に撃破した。
「っ!?」
ビット兵器の意外な使い方にセシリアはただただ驚くだけ。
「BTをあんな方法で使うなんて‥‥」
攻撃ではなく防御にビットを使用するなんてセシリアには初めての光景だった。
だが、そんなセシリアにイヴは容赦せず、防御に回したドラグーンを彼女の周りに並べてドラグーンで全方位からの集中砲火を行う。
さらにイヴ自身もユーディキウムⅡでセシリアを撃つ。
流石のセシリアでも全方位から襲い掛かってくるビームの雨からは逃げきれず、反撃しようにも対応が間に合わない。
右に避ければ左から攻撃を受け、左に避ければ右から攻撃を受け、セシリアの機体は次々と被弾してエネルギーはどんどん消費されていく。
そしてある程度エネルギーが消費されると、
「っ!?」
イヴがイグニッション・ブーストでセシリアとの距離を詰める。
射撃は‥‥今からではもう照準も発射も間に合わない。
近距離武器を出さなければ‥‥
セシリアはそう判断して唯一の近距離武器であるインターセプターを呼び出そうとするが、セシリアは射撃戦を主にするので近距離武器は滅多に使用しないせいか呼び出しにも時間がかかったため、イヴがセシリアの懐に潜り込まれても近距離武器を呼び出せなかった。
ドガッ
「ぐっ‥‥」
イヴはユーディキウムⅡの銃床でセシリアの腹部に一発入れる。
セシリアはクの字に曲がる。
其処を更にイヴは追撃し、クの字に曲がったセシリアの背中にかかと落としをして彼女をアリーナの床に叩き付けた。
「がはっ!!」
「おい、いくらなんでもやり過ぎだろう!!」
百秋はドラグーンで全方位からの攻撃をして逃げ場を無くさせ、じわじわと攻撃し、エネルギーを消費させ、ビームライフルの銃床で腹を殴り、かかと落とししてアリーナの床に叩き付ける行為に憤慨した。
イヴはアリーナの床に叩き付けられ、動けなくなったセシリアに止めを刺すべくレールガン、スターライト・ゼロを起動させる。
「アイツ、まさか動けないセシリアに‥‥」
百秋たちはイヴがセシリアに何をしようとしているのか声を震わせながらモニターを見つめる。
「ぐっ‥‥」
アリーナの床に叩き付けられたセシリアが目を開け、起き上がろうとした時、彼女の目に映ったのは、自分に向けてレールガンをチャージしているイヴの姿だった。
「あっ‥‥あっ‥‥」
その姿を見てセシリアはすっかり戦意を喪失した。
しかし、イヴはレールガンのチャージを止めない。
やがて、チャージが済むとセシリアに向けて‥‥
「‥全力全開‥‥スターライト・ブレイカー!!」
充填が目一杯溜まったレールガンをセシリアに向けて放った。
動けないセシリアにイヴが放ったレールガンは直撃、ブルーティアーズのエネルギーを全て奪った。
『試合終了。 勝者―――イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス』
会場にイヴの勝利を知らせる放送が流れた。
イヴの全力のレールガンを食らったセシリアは気を失い担架に乗せられて保健室へと運ばれた。
幸い彼女の試合はもう終わっているので、この場に居なくても問題はなかった。
イヴは悠々とピットへと戻り、リンドヴルムのエネルギー充填を行う。
『ハハハハハ‥‥一夏、いよいよだぞ‥ついに待ちに待ったメインディッシュの番だぞ。実技試験の時ではあのブリュンヒルデ様は仕留められなかったが、まずはこの機会を最大限に利用しようじゃないか』
(‥‥)
『おいおい、だんまりかよ』
獣が小馬鹿にする様な声でイヴに尋ねるが、イヴは何も言わなかった。
獣の言葉を無視してイヴはリンドヴルムの武装システムを表示させ、システムを弄る。
『おい、一夏。お前、マジでそんな武装設定で戦うのかよ、いくらなんでもサービス精神旺盛過ぎじゃないか?』
獣はリンドヴルムの武装システムの内容を見てイヴに対して呆れる感じで言うが、イヴはやはり何も答えなかった。
一方、百秋たちのピットでは、
「問題はあの数のビットだな」
セシリアとの戦いでイヴが見せたあの十基のドラグーンが百秋にとって最大の難関であった。
十一対一の状況の中、いくら雪片と言う強力な武器を持っていても苦戦は必須であった。
問題はどうやって必中距離のイヴの懐に潜り込むことであった。
「ええい、男ならうだうだ考えるな!!お前なら勝てる!!」
箒が根拠もない事を言って百秋を鼓舞する。
「アインスさんの専用機体、リンドヴルムは近距離、中距離、遠距離、どの距離にも対応できるオールラウンダー型のISです」
先程のセシリアのISの説明同様、山田先生が百秋にイヴの専用機、リンドヴルムの説明をする。
「オールラウンダー」
「でも、さっき、セシリアとの戦いではビット兵器とライフルしか使っていなかったぞ」
「じゃあ、アイツは近距離戦闘が苦手なのか?」
セシリアとの戦いを見てイヴはもしかして近距離戦闘は苦手なのかもしれない。
では、近距離戦闘へ持ち込むことが出来れば、自分にも勝機があるかもしれないと思う百秋。
だが、
「いや、奴はまさしくオールラウンダーだ」
実技試験を担当した千冬が百秋の考えが間違っている事を指摘する。
「千冬姉」
「織斑先生だ」
「‥‥お、織斑先生、随分とアイツの事をよく知っているね」
百秋は何故、千冬がここまでイヴに詳しいのかその理由を尋ねた。
「‥‥私は今年の実技試験で奴と戦った」
「「えっ?」」
「‥‥」
千冬の告白に百秋と箒は驚き、山田先生は気まずそうに視線を逸らし、口をつぐむ。
「でも、千冬さんが勝ったんですよね?セシリアは実技試験で教官を倒したのは自分だけだと言っていましたし‥‥」
「そ、そうだよ、世界最強の千冬姉があんな奴に負ける筈がないもんな」
箒と百秋は自分達が最強だと信じている織斑千冬があの出来損ないに負ける筈がないと思っていた。
「‥‥」
しかし、千冬は何も言わなかった。
いや、言えなかったのだ。
山田先生もそれは分かっており、何も言わず黙っている。
だが、あの時自分は雪片を持っていなかった。
雪片をあの時持っていたら、あの実技試験の内容は変わっていた筈だ。
故に今、雪片を受け継いでいる百秋ならば、あの疫病神に勝てると千冬は信じていたのかもしれない。
「千冬姉だって勝てたんだ、千冬姉と同じ武器をもった俺があの出来損ないの疫病神に負けるわけがない!!」
「そうだぞ、百秋!!お前の言う通りだ!!」
百秋も千冬と同じく、雪片を持っているのだから、自分は勝てると信じている。
「では、間もなく、第三試合のお時間です」
クラスの代表を決める最後の試合の時間が近づいている。
「箒、今度こそ勝ってみせるからな!!」
「ああ、勝ってこい!!百秋!!」
百秋は箒の激励を受けて勇んで対戦相手のイヴが待っているアリーナへと向かった。