そして時が流れ、クラス代表選抜戦の当日。
百秋は第3アリーナのピットにいた。
「‥‥なぁ、箒」
百秋は何故か関係者でないにも関わらず、さも当然の様にピットに居る箒に声をかける。
「なんだ?」
ぶっきらぼうに答える箒。
「気のせいかもしれないんだが‥‥」
「そうか。では、お前の気のせいだろう」
「ISの事を教えてくれる話はどうなったんだ?」
「‥‥」
百秋の言葉にプイッと目をそらす箒。
「目・を・そ・ら・す・な!」
一語一句強く言う百秋。
百秋は、今日までの六日間、箒にISの特訓を頼んでいたのだが、箒が百秋に行ったのは、剣道の稽古ばかりでISの特訓など何一つしていなかった。
「仕方がないだろう。お前のISが届いていなかったのだから」
「ISが来なくても知識とか基本的な事があるだろう」
こんなんで大丈夫なのかと少々不安になる百秋。
刻一刻と試合開始の時間が近づいている。
しかし、百秋の専用機だが、まだ来ていない。
そう、試合の寸前になってもまだ来ていないのだ。
試合は最初 セシリアvs百秋
次は セシリアvsイヴ
最後に 百秋vsイヴ
の三試合となっている。
出場選手が三人と言う事で二人が連戦となってしまうのだが、一試合分休めるのが百秋と言う所に何か千冬の作為的なモノを感じる。
アリーナの観客席には一組のクラスメイトの他に他のクラスや学年の違う生徒も見に来ている。
そして、
「お、織斑君織斑君織斑君!」
山田先生が息を切らしながら百秋の居るピットにやって来た。
「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸」
慌てている山田先生に百秋は落ち着くために深呼吸をしろと言う。
「は、はい。 す~~~は~~~~、す~~~は~~~~~」
「はいそこで止めて」
「うっ」
百秋がノリでそう言ったら、真耶は本気で止めた。
(うわぁ、本当にやったよこの人、バカなんじゃねぇ?本当に教師か?)
みるみる内に酸欠で顔が赤くなる山田先生。
酸欠で苦しんでいる山田先生を見てニヤついた笑みを浮かべて見ている百秋。
「‥‥うぅ~ぷはぁっ! お、織斑君、ま、まだですかぁ?」
限界に来て息を吐き、涙目になりながらそう言う山田先生。
もう少し、山田先生の滑稽な姿を見ていたかった百秋であったが、
「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」
そんな言葉と共に、千冬の出席簿が百秋の脳天に炸裂した。
「そ、それでですねっ! 来ました! 織斑君の専用IS!」
「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」
「この程度の障害、男子たる者軽く乗り越えて見せろ」
(脳筋主義者め)
山田先生が百秋にようやく専用機が届いたことを伝える。
しかし、無茶苦茶な展開である。
劇的と言えば劇的なのかもしれないが、ぶっつけ本番とは‥‥
百秋は千冬と箒の無茶苦茶な理論に心の中で毒づく。
「だったら、お前らがやってみろよ」と叫びたかった。
そして、ゴゴンッと鈍い金属質の音ともにピットの搬入口が開く。
そこに『白』がいた。
真っ白なISがそこに鎮座していた。
「これが‥‥」
「はい!織斑君の専用IS『白式』です!」
山田先生が彼に専用機の名称を言う。
「すぐに装着しろ。 時間が無いからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ」
千冬に急かされて彼は純白のISに触れる。
「あれ?」
「どうした?」
初めてISを触った時とは、感覚が違った。
だが、このISは最初に触ったISよりも手に馴染む感覚があった。
「馴染む‥‥理解できる‥‥これが何なのか‥‥何のためにあるか‥‥わかる」
彼が男なのに何故ISを動かすことが出来たのか?
それは今のところ謎であるが、ISに好かれると言う点では千冬やイヴ(一夏)同様、織斑家の人間の特徴なのかもしれない。
「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。後はシステムが最適化をする」
白式を装備した百秋はハイパーセンサーによって、あらゆるモノがクリアーに感じられる。
「セシリアさんの専用機体、ブルーティアーズは遠距離型のISです」
山田先生が彼にセシリアの機体の特徴を説明する。
同じくセシリアのピットでは彼女にも彼の機体が近接型のISであることが説明される。
「織斑、気分は悪くないか?」
「大丈夫、いける‥箒」
「なんだ?」
「行ってくる」
「あ、ああ。 勝ってこい」
「当然だ、俺は世界最強の姉の弟だからな」
当初は、この無茶苦茶展開に毒づいていた百秋であったが、自然に馴染むこのISに乗り、不安よりも高揚感が大きくなり、自分は誰にも負けない気がしていた。
アリーナへ続くゲートが開き彼が勇んで試合会場へと飛んで行った。
そんな彼の後姿を見て千冬は‥‥
~side織斑千冬~
織斑の機体はまだ、初期設で雪片が使えない‥そんな中、あの化け物と遣り合うには荷が重い‥だからこそ、あの試合形式にしたのだ‥‥。
オルコットは自分が専用機持ちであることに誇りを思っていると同時に相手が素人だと言う慢心がある。
その隙をつけば、一次移行への時間稼ぎは出来るはずだ。
雪片が使えれば、オルコットもあの化け物にも勝てる可能性は十分ある。
オルコット、お前は織斑の勝利との為、踏み台となれ。
千冬はまず、第一試合で百秋にセシリアをぶつける事で白式が一次移行するための踏み台にした。
彼女が思っている通り、セシリアは確かに代表候補生、専用機持ちであること誇りを持っているが、その反面、相手が自分よりも弱い場合、慢心したり、自分の力を相手に知らしめるために、わざと手を抜いたり、じわじわと時間をかけて攻めたりする節があった。
千冬はそんなセシリアの性格を読んで、彼女ならばド素人の百秋相手に必ず自分の力を誇示するために時間をかけて百秋を攻め立てるだろう‥時間が経てば経つほど、一次移行するための時間を稼げる。
一次移行出来れば雪片が使用可能となる。
雪片が使えれば、例えイギリスの代表候補生や化け物と言えど、ISならばその性質上エネルギーをすべて消滅させることが出来る。
そうなれば百秋の勝ちだ。
剣に関しては箒がこの一週間、みっちりとしごいてくれた。
更に第二試合に関してセシリアにはイヴの情報を一つでも多く引き出し、尚且つイヴの体力消費に役立ってもらおうと考えていた。
あの化け物の様な奴でも手の内を全て曝され、尚且つ雪片が使用可能となれば倒せる。
千冬は弟の勝利に自信があった。
アリーナの上空ではセシリアが百秋を待っていた。
「最後のチャンスをあげますわ」
「チャンスって?」
「私が一方的な勝利を得るのは自明の理。 今ここで謝るというのなら、許してあげない事もなくってよ」
セシリアのこのセリフからも彼女が慢心している様子が見て取れた。
強者の余裕‥それは慢心を引き起こす事態にもつながるのだ。
「そういうのは、チャンスとは言わないな」
「そう? 残念ですわ。 それなら‥‥‥お別れですわね!」
セシリアがそう叫ぶと同時、レーザーライフル、スターライトMkIIIが火を吹いた。
「うおっ!?」
反応できなかった百秋は、その攻撃をまともに喰らう。
白式のオートガードが働き、直撃は免れたものの、左肩の装甲が一撃で吹き飛ぶ。
なんとか途中で体勢を立て直し、地面との激突は回避できた。
「さあ、踊りなさい! 私、セシリア・オルコットとブルーティアーズの奏でる円舞曲で!」
セシリアは次々と百秋に向けてライフルを発射する。
それは決して出鱈目に放たれているのではなく、全て的確に百秋を狙っている。
百秋は何とか回避しているがその飛行姿はスピーカーを出しながらあっちへフラフラ、こっちへフラフラとISが人間を取り込んでいる様な姿だった。
(くっ、俺が白式の反応について行けないだと!?ふざけるな!!俺はお前の主人なんだぞ!!)
白式にイラつきながらも彼はこのまま何もせず負けられないと言う事で、
「くそっ、装備は!?何か武器は無いのか!?」
彼が白式に問うと、使用可能な武器の一覧が表示される。
だが、
「これだけか?」
そこには、『近接ブレード』と書かれた装備しか表示されていなかった。
「ちっ、使えねぇ機体だ。だが、素手よりもマシか」
彼は、素手でやるよりはマシだと思い、近接ブレードを呼び出す。
百秋の手に片刃のブレードが現れ、その手に収まった。
(やっぱり、近接格闘型のISか‥‥あの人らしいな、自分が使用したモノを弟に押し付ける辺りが‥‥恐らくあのブレードが雪片‥‥)
試合を見ながらイヴはセシリア、百秋の動きを注意深く観察した。
「遠距離射撃型の私に、近距離格闘装備で挑もうだなんて笑止ですわ!」
すぐさまセシリアの射撃が放たれる。
「このブルーティアーズを前に初見でこうまで耐えたのは貴女が初めてですわね褒めて差し上げますわ」
「そりゃどうも」
「では、フィナーレと参りましょう」
すると、ブルーティアーズの羽根の部分が独りでに動き出し多角的な機動で白式へレーザーを放ちながら接近する。
「へぇ‥あの子もドラグーン使えるんだ‥‥」
セシリアと百秋の試合をピットで見ていたイヴはセシリアがビット兵器を使用しているのに思わず声を出す。
「左足、いただきますわ」
羽根が戻ると、セシリアのライフルが狙いを定める。
止めの一撃が放たれようとしたとき、
「調子に乗るなよ!!」
怒声と共に白式が無茶苦茶な動きと加速でセシリアのライフルに正面からぶつかる。
「なっ!? 無茶苦茶しますわね。 けれど、無駄な足掻きですわ!」
セシリアは距離を取って、再びビット兵器であるティアーズを飛ばす。
「ふっ、分かったぜ」
白式はレーザーを潜り抜けティアーズの一つを切り裂いた。
「なっ!?」
ティアーズが一基やられた事に驚くセシリア。
「思った通りだ、この兵器は、毎回お前が命令を送らないと動かない! しかも‥‥」
そう言いながら、百秋は更にもう一基のティアーズを切り裂く。
「その時、お前はそれ以外の攻撃を出来ない。 制御に意識を集中させているからだ。 そうだろ?」
自らの図星を突かれ、セシリアは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「へぇ~‥ぶっつけ本番でよく見抜けたね‥その辺は流石と言うべきかな?昔から周囲の目だけは注意深く見ていたからな‥私を虐めている時も‥私を犯している時もお前は常に周囲を気にかけていたねぇ‥‥」
セシリアがビット操作中は動けず、他の武装が使用できない事はイヴも過去のセシリアの記録映像で知っていたが、本番中に気づいた百秋も決して愚鈍と言う訳ではない様だ。
見え始めた勝利に、百秋はわずかに胸を躍らせた。
だが、それと同時に百秋の中に慢心も生まれた。
(いかんなアイツ、調子に乗り始めてきたな)
千冬は百秋が調子に乗ってきている時の癖、左手を閉じたり開けたりしている仕草を見つけた。
(白式、早く‥早く、一次移行をしろ!!何をグズグズしている!?)
千冬は白式に早く一次移行をするように心の中でなかなか一次移行をしない白式に苛立っていた。
(弱点が分かればこっちのモノだ。俺をさんざん猿呼ばわりした事を後悔させてやるぜ!!)
最後のビットを蹴り飛ばし、セシリアの懐に飛び込む。
ライフルの砲口は間に合わず、確実に一撃が入るタイミングだ。
しかし、
「かかりましたわね」
ニヤリとセシリアが笑みを浮かべる。
「おあいにく様、ティアーズは六基あってよ!」
残り二つのビットは先程までのレーザー型と違い誘導ミサイルだった。
「っ!?」
ドガァァァァン!
回避が間に合わず、白式は爆炎に呑まれた。
会場の誰もが彼の敗北だと思った。
それはミサイルを放ったセシリア自身も自分の勝ちだと思った。
だが‥‥
「ふん、機体に救われたな、馬鹿者めが」
千冬だけは違った。
彼女の言葉と共に、煙が晴れていく。
すると、爆心地の中心にはあの純白の機体があった。
白式の装甲が新しく形成され、装甲の実体ダメージが全て消え、より洗練されたフォルムへと変化していた。
「えっ?何?どういうこと?」
「織斑君の専用機の形が変わっている!?」
「ま、まさか、一次移行? あ、貴方、今まで初期設定だけの機体で戦っていたって言うの!?」
セシリアが驚愕して叫ぶ。
まさか初期設定のISでこの代表候補生の専用機を相手にしていたなんて‥‥
しかし、それはセシリアが彼に対して慢心をしていた為であり、最初から全力でかかれば、一次移行まえに白式を倒す事が出来た筈だった。
(ふむ、今のところは順調だな)
千冬は自分の描いたシナリオ通りに事が進んでいる事にほくそ笑む。
『フォーマットとフィッティングが終了しました』
と表示され、武装も最初の近接ブレードから近接特化ブレード『雪片弐型』が使用可能となった。
「雪片弐型?雪片‥これって千冬姉が使っていた武器だよな‥‥ふっ、俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」
(そうさ、この武器があれば俺は世界最強だ!!なんたって千冬姉を世界最強のブリュンヒルデにした武器なんだからな!!さあ、縦ロール、覚悟しろよ、まずは俺の輝かしいISデビューの踏み台になれ!!)
「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」
「は?貴方、何を言って‥‥」
彼の言葉は独り言だが、セシリアは何のことかと声を漏らす。
「弟が不出来じゃ恰好がつかないからな!!俺は世界最強のブリュンヒルデ、織斑千冬の弟、織斑百秋、そして、世界最強の刀‥雪片を継ぐ者だ!!」
「ああもう、面倒ですわ!」
セシリアは一気に勝負をかけようと再び誘導ミサイルを発射する。
しかし、彼は発射されたミサイルを斬り捨てる。
そして、その爆発の衝撃が届くより速く、彼はセシリアへと突撃した。
「おおおおっ!」
セシリアの懐に飛び込み、下段から上段への逆袈裟払いを放つ。
「っ!?」
確実に捉えた一撃。
百秋はセシリアに攻撃があたると確信し、反対にセシリアは白式からの攻撃が回避不能、当たると確信した。
だが、勝利の女神は気まぐれなのか、
雪片の刀身がセシリアの機体に当たる直前に、試合終了のブザーが鳴り響いた。
『試合終了。 勝者―――セシリア・オルコット』
「えっ?」
「‥‥」
試合終了の放送を聞き、百秋もセシリアも観客達も唖然とする。
千冬だけは、「やれやれ」と言った顔をしていた。
彼は何故、自分が負けたのか分からないままデビュー戦は黒星で終わった。
「両者は次の試合の為、ピットに戻り機体の整備、エネルギーの充填を行ってください」
放送が流れ、百秋とセシリアは互いに自分のピットへと戻っていった。
「よくもまあ持ち上げてくれたものだ。それでこの結果か、大馬鹿者」
(全く、あれだけお膳立てしてやったのにこのザマとは情けない)
「俺、何で負けたんだ?」
(しかも、気づいていないだと!?)
「武器の特性も考えずに使うからああなるのだ」
千冬が百秋になぜ負けたかを説明する。
雪片は自分のシールドエネルギーと引き換えに攻撃力をアップさせる能力で、その攻撃力は相手のISのバリアを無効化して相手にダメージを与える効果を持つ。
だが、それは自身のエネルギーを大量に食うことにも繋がり、セシリアとの戦いでは、残りのシールドエネルギーの量が少なかったために、攻撃が決まる前にシールドエネルギーがゼロになり、負けてしまったという事だ。
つまり雪片は短期決戦型の武器と言う事だ。
第二試合はセシリアの機体の整備が終了次第開始される予定だ。
その間、ピットのイヴは‥‥
(守る?守るだと!?)
先程のセシリアと百秋の戦いの中で彼が口にした『守る』と言う言葉に反応していた。
(今まで奪うことしかしなかった奴が守るだと!?)
(お父様からもらった御守を壊し、私の処女を無理矢理奪った奴が守るだと!?)
(ふざけるな!!)
イヴの髪が逆立ち、体の周りからはダークオータが浮き出る様な感じでイヴは怒っていた。
『ハハハハハ‥‥いいぞ、一夏。その憎悪、心地いい殺気、それでこそ、史上最強の生物兵器だ‥‥お前だってアイツをボコボコにしたいだろう?今回はお前にもそのチャンスをやるよ。私の力を貸してやる、存分に戦え!!ハハハハハ‥‥』
獣は狂ったように笑い転げる。
『さあ、まずはあのクルクル縦ロールだが、あんな前菜さっさと片付けて本命のメインディッシュを食らおうぜ、ハハハハハ‥‥』
「‥‥いくよ‥リンドヴルム」
イヴは愛機を呼び出す。
獣は笑い転げているがイヴ自身は至って冷静‥いや、無に近い心境だった。
彼女の目からは光が失われ、感情も押し殺している。
だが、彼女の中には獣の力を借りた禍々しい狂気が渦巻いている。
やがて、相手の機体チェックが終わり、試合時間となる。
イヴは前菜(セシリア)が待つ試合会場へと飛び立った。