24話
「‥‥」
IS学園入学式前日、楯無は決定されたクラス割りが書かれた紙を睨みつけている。
特に一年一組のクラス割りの部分には納得しがたいモノであったが、既に決まった事に異議を唱えるのは既に無理であるし、いくら教師と同等の権限を持つ生徒会長でもやはり、教師と生徒の壁は存在し、寮の部屋割りは兎も角、クラス分けに関しては生徒会長でも介入する事は出来なかった。
担当教員の名前の部分には、
担任 織斑千冬
副担任 山田真耶
と書かれていた。
次に一組に所属する生徒の中にイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットが居た。
彼女の場合、筆記試験の点数が満点、実技試験も担当教官に勝利するなど、表向きは入学試験を主席合格したので、ブリュンヒルデこと、織斑千冬が担任を務める一年一組に居てもなんら不思議では無かった。
次に束の妹、篠ノ之箒の名前があった。
彼女の場合は、束の家族と言う事で重要保護人物の一人と言う事で、世界最強のブリュンヒルデがいるクラスに居れば、千冬が彼女を守ってくれるだろうと思い、一組の所属となったのだろう。
同じく千冬の弟で世界初の男性IS操縦者、織斑百秋も同様の理由で一組の所属となった。
そして自身の妹、簪は四組の所属となった。
更識家の者だから、自分の身は自分で守れるだろうと判断されたのか、イギリスの代表候補生が一組なので、日本の代表候補生である簪は別のクラスにした方が、戦力が均等になるのだろうと判断したのかもしれない。
だが、そんな中、一組にイヴの名前がある事が楯無はどうしても解せなかった。
織斑千冬はイヴのIS学園入学を阻止させようと躍起になったほど、彼女を嫌っている。
そんな彼女を自分が担任を務めるクラスに入れるなんて‥‥
自分が目の届かない所でイヴに嫌がらせをするつもりなのだろうか?
楯無はそれを調べるために同級生で新聞部に所属している黛薫子に調査を頼んだ。
元々仲の良い友人でもあり、彼女も自分の事は「たっちゃん」と呼んでくる間柄だ。
自分が直接千冬に尋ねても彼女は正直には答えないだろうが、新聞部の取材といえば、何かコメントをするかもしれないと思ったからだ。
やがて、千冬に取材を終えた黛が生徒会室へと戻って来た。
「やっはろ!!たっちゃん、戻ったよぉ~」
「お疲れ様、薫子ちゃん。それで、どうだった?」
「うんとね‥‥」
黛は取材ノートを取り出し、何故千冬が担当するクラスにイヴが居るのか、その理由を話した。
一番の理由はイヴが国家、企業に所属しない専用機持ちだったと言う事、それは表向きは恐らくセシリアに万が一の事があった場合の補欠なのだろう。
だが、それならば、イヴをまだ専用機持ちや代表候補生が所属していない二組か三組に所属させればいいのに‥‥。
そして、これはオフレコにすると言う約束で話してくれた内容で、イヴはかなりの危険人物なので自分が他の生徒に危害が及ばないか監視しやすいようにするための処置だと言う。
(貴女が関わらなければ、イヴちゃんは人畜無害どころか癒しの存在になるんだけどね)
黛の話を聞いてそう思う楯無。
そこで、彼女は千冬がイヴを監視するのであれば、こちらも千冬を監視する事にした。
幸い一組には虚の妹の本音が居る。
彼女に千冬、百秋、箒の監視と共にイヴの様子を気にかけてやるように命じた。
当初、本音は楯無の命令に首を傾げていたが、楯無が「当主命令よ、いいわね」と強くいったところ本音は渋々ながら了承した。
こうして何やら、波乱の予感がする新年度が始まった。
IS学園のロータリーにはその狭き門を潜った合格者達が自分の所属するクラスが掲示された掲示板の前に集まり自分がこの後所属するクラスを確認する。
その中で、通常のIS学園の制服よりもスカートが少し長く、首には青いアスコットスカーフを巻いたイヴの姿があった。
彼女は自分のクラスの担任が千冬であり、クラスメイトの中に束の妹の箒とかつての弟であり、何度も自分に対して性的暴行をしたあの織斑百秋が居る事にギリッと顔を歪める。
イヴはポケットからおもむろにピルケースを取り出し錠剤を一つ口の中に放り込み奥歯でガリッと嚙み砕いた。
入学式が終わり、新入生達はそれぞれが所属する教室へと戻る。
その教室の中で一人浮いた存在が居た。
(き、気まずい‥‥)
後ろ左右から女子の視線を大量に浴びている少年。
織斑千冬の弟、織斑百秋である。
中学時代は自分の腹違いの姉、織斑一夏に対して日常的に性的暴行を働いていた彼であったが、自分と同じ同性は一人もおらず、こうも大量の女子の視線に当てられてはさすがの彼も委縮している様子。
彼が威勢を張れるのは自分よりも弱いヤツが居る時、そして自分の周りに自分を慕う大勢の人間を従えている時だけだった。
そもそも何故、彼が本来女子高であるこのIS学園に入学できたのか?
それは彼が高校受験をした日まで遡る。
彼は当初IS学園ではなく、別の高校を受験する予定だった。
しかし、受験当日、入試会場で道に迷い、間違えて入った部屋に展示されていたISを何気なく触った。
すると、男性にも関わらず、ISが起動した。
其処を警備員に見つかり、一時身柄を拘束された。
それからは物事があれよあれよと進み、世界初の男性操縦者と言う事で保護の名目によりこのIS学園への入学が決まった。
当然の様にISは女性にしか動かせない。よって彼の周りには女性しかいないのだ。
溜息を吐きながら百秋はチラリと左側の席を見る。
彼の視線の先に居るポーニーテールの少女は彼の視線に気付くとプイッと違う方向に顔を向けて他人のフリを決め込む。
(それが六年ぶりにあった幼馴染に対する態度か?)
幼馴染の少女の態度に心の中で愚痴っていると教室のドアが開き、そこから緑の髪に眼鏡をかけた教師が入って来た。
「全員揃っていますね?皆さん、入学おめでとうございます。私はこの1年1組の副担任を務めます山田真耶です。これから一年間よろしくお願いしますね!」
山田と名乗った教師の言葉にクラスに居る者は誰も反応はせず、静寂に包まれた。
そんな中、窓際の席に座り、窓の外を見ていたイヴは、山田先生の名前を聞いて、
『やまだまや
下から読んでも
やまだまや』
そんな心の俳句を詠んでいた。
生徒に総シカトをくらった山田先生は泣き出したくなるような気持ちを抑え、なんとかSHRを続行する。
「そ、それじゃあ出席番号順に自己紹介をお願いしますね」
「はい、出席番号一番、相川静香です。特技は‥‥」
山田先生がクラスメイト達に自己紹介を促すと出席番号一番の相川と言う生徒が自己紹介を始め、そこから出席番号順に自己紹介をする。
そして‥‥
「イヴさん?イヴさん!!」
山田先生がイヴの名を呼ぶ。
彼女の声を聞いてイヴは視線を窓の外から山田先生へと移す。
「はい?」
「あ、あの、大声出しちゃってごめんなさい。ごめんね?でもね、自己紹介が『あ』から始まって今、『い』のイヴさんの番なんだよね。だから自己紹介してくれるかな?だめかな?」
山田先生はイヴに自己紹介の番だから自己紹介をしてくれと言う。
そんな山田先生に対してイヴは、
「先生」
「はい、なんでしょう?」
「‥イヴは名前であり、苗字ではないのですが」
山田先生の間違いを指摘した。
「あっ!?」
イヴの冷静な指摘に山田先生はやってしまったと言う顔になる。
「でも、家名は『アインス』なので、『あ』の終わりと言うことであれば、別にいいですよ」
「本当ですか!?本当ですね?や、約束ですよ?」
「先生落ち着いてください」
イヴは冷静に事を運び、席から立つ。
すると、クラス中の視線がイヴに集中する。
(うっわ、なにあのサラサラで綺麗な銀髪……)
(肌の質感とかがあたしなんかとはまるで違う……)
(もう綺麗過ぎて人間じゃないみたい……)
クラスメイト達はイヴの姿を見て息を飲んでイヴの姿に見惚れている者もいたが、彼女の姿を見て驚いている者も居た。
それは他ならぬ元弟の百秋と箒であった。
(い、一夏!?生きていたのか!?)
(なっ、なんであの疫病神が此処に!?)
二人の目の前には行方知れずでとうの昔に何処かで野垂死んだと思っていた織斑一夏が居た。
(まさか、生きていたとは‥‥だが、まぁいい‥丁度いいダッチワイフが来てくれたぜ)
(髪の色は違うが、間違いないアイツはあの疫病神だ!!)
「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスです」
イヴは自分の名前だけを言ってそのまま席に座ろうとする。
「あ、あの‥‥」
其処を山田先生が声をかける。
「なんでしょう?」
「それだけですか?」
「他にどうしろと?」
「い、いえ‥‥」
生徒相手に言いくるめられる山田先生。
その後も自己紹介は続いていくが百秋はジッとイヴの事を見ていた。
やがて‥‥
「織斑君?織斑百秋くん!」
「は、はいっ!」
百秋はずっとイヴの事を見ていた為、自分の番が来た事に気付かなかった。
「あ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒っている?怒っているかな?ゴメンね、ゴメンね?で、でもね、自己紹介が『あ』から始まって今、『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?ダメかな?」
先程のイヴの事も有り、テンパっている山田先生。
「いや、そんなに謝らないでください。自己紹介しますから」
「本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ、絶対ですよ!!」
(本当にこの先生大丈夫かな?まぁ、あの人に比べたら幾分マシだろうけど‥‥)
キョドっている百秋も百秋であるが、テンパっている山田先生も山田先生である。
これでは、頼りない教師として見られて生徒に舐められないだろうか?
「織斑百秋です‥‥以上!」
(やっぱり、私と元弟は、半分血は繋がっているな‥‥)
百秋の自己紹介を見てイヴは、やはり血は争えないモノだと実感した。
名前だけを名乗った百秋にクラスメイト大半がズッコケる。
(奴に一体何を期待しているんだか)
イヴはそんなクラスメイトを冷ややかな目で見る。
そして、彼の背後から迫って来た千冬は出席簿で百秋に強烈な一撃を加える。
「お前は満足に自己紹介もできんのか!?」
本当にそれは出席簿なのかと言う疑問さえ抱かせる音だった。
「げぇ!?関羽!?」
「誰が三国志の英雄か!この馬鹿者!」
再度出席簿で頭を叩かれる百秋。
「織斑先生、もう会議は終わったんですか?」
「ああ、山田君。クラスの挨拶を押し付けてすまなかった」
「いえ、これも副担任の役目ですから」
そう言ったやりとりがあり、山田先生は千冬と入れ替わり教壇に立つ。
「諸君、私が織斑 千冬だ」
(そんなモノ顔を見ればわかるよ‥お前のその顔、その声は絶対に忘れるものか‥‥)
千冬の声を聞いただけで、イヴは腸が熱くなる感覚となるが、それをすぐに理性で抑えた。
これ以上、怒れば奴が表に出てくるかもしれないからだ。
そんな中、千冬は自己紹介を続けている。
「君達、新人を一年で使える操縦者にするのが私の仕事だ。私の言うことは絶対だ。反論は許さん。返事は『ハイ』か『Yes』のみだ。出来なくても『ハイ』か『Yes』のみだ」
(どうやら、関羽ではなく、コイツは董卓のようだな)
独裁者の様な発言をしながら自らの自己紹介をする千冬。
普通、こんな問題発言をすれば後日、問題となるのだが、一瞬の静寂の後に一斉に黄色い声が響き渡った。
「千冬様!本物の千冬様よ!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」
クラスの女子達は千冬の姿に湧きたっているが、
(この女の一体どこに憧れるんだ?)
イヴは千冬に憧れる部分を探したが、どこも憧れる部分は見言い出せなかった。
「毎年よくこれだけ馬鹿者共が集まるものだ。私のクラスにだけ集中させているのか?」
千冬のその言葉に反省する者は誰一人おらず、更に女子は騒ぎ立てる。
だが、全員とは言わずとも少なくとも何人かは千冬自身が選んでいる。
「お姉さま!もっと叱って!罵って!」
「時には優しくして!」
「そして付け上がらない様に躾けて!!」
このクラスには変態が存在するようだ。
「ち、千冬姉が担任?」
「織斑先生だ!馬鹿者」
千冬は三度目のアタックを百秋に喰らわせる。
「あでっ!?お、織斑先生・・・」
「よろしい」
ただ、百秋のこの発言で彼が千冬と血縁者であることがクラスに知れ渡った。
まぁ、イヴにしてみればどうでもいい事だった。
やがて、SHRが終わり、クラスメイト達は席から立ち上がり、お手洗いに行く者、親しい者と会話をする者、授業の準備をする者など様々だ。
IS学園は入学式のあるその日から授業が始まる。
通常の高校と違い、ISと言う特別授業がある為、時間は有効活用しなければならないと言う学園側の方針なのだ。
そんな休み時間、イヴは机の中から次の授業で使う教材を取り出していると、
「ちょっといいか?」
「ん?」
イヴに百秋が声をかけてきた。
「なぜ私は、机の整理などという大切な仕事を投げ出して、貴様の様な虫けらと無駄話をしなければならない?」
「なっ!?」
「お前!!百秋になにを!!」
イヴの声が聞こえたのだろう、箒がイヴに食って掛かろうとする。
しかし、
キーンコーンカーンコーン
休み時間の終了、授業開始を知らせるチャイムが鳴る。
「ちっ」
「ふん」
チャイムが鳴った事で、百秋も箒もすごすごと自分の席へと戻って行く。
二人が席へと戻って行く中、イヴは自らの手を見た。
手には汗がビッリョリと掻いており、呼吸も少し早い。
先程のイヴの言葉は虚勢に過ぎなかった。
でも、少しでも自分を強く見せなければ、千冬の時の様にまたアイツが表に出て来てしまう。
過去の苦い思い出を思い出してしまう。
織斑姉弟、箒に対して必死に虚勢を張る事が今のイヴに出来る最大の武器でしかなかった。
そして山田先生、千冬が居室へと入って来ると授業が始まった。
「‥‥となります。此処までで何か分からない人はいますか?」
SHRでは、頼りない姿を見せていた山田先生であったが、座学の教え方は上手かった。
こういう所を見ると曲がりなりにも教師なのだと実感する。
そして、山田先生が此処までの確認として分からない部分がないかを尋ねる。コレに対して誰一人として手を上げる者は居ない。
此処は春休み中にやってくるべき基礎中の基礎なので理解して当然であった。
イヴも受験の時と同じように束と楯無につきっきりで教わった。
だが、そんな中で、顔中に脂汗を掻きまくっている者が居た。
他ならぬ百秋であった。
「織斑君、どこか分からない所はありますか?」
そんな彼に山田先生は分からない所がないかを尋ねる。
「山田先生」
「はい、織斑君」
「ほとんど分かりません!」
「ほ、ほとんど‥‥ですか?」
百秋の返答に戸惑う山田先生。
山田先生としては懇切丁寧に教えたつもりなのだろうが、その全てがわからないと言われたので、自分の教え方は何処か悪かったのではないかと思ってしまう。
百秋は小、中学生時代に天才と称された人物であったが、ISは元々女性のみの分野であり、いくら彼が天才と称されても全く手を付けていない分野に関しては、無知であっても仕方がなかった。
どんな優秀な者でも得手不得手がある。
彼の場合それがISだった。
「えっと、他に分からない子はいますか?」
山田先生は改めて此処までの学習において分からない所がないかを尋ねるが、誰も手を上げないし、分からない部分を聞く者も居ない。
(なっ!?なんでアイツも理解しているんだよ!?)
イヴ(一夏)が手を上げなかった事に驚愕する百秋であるが、
(ふっ、そうか奴は虚勢を張って分かっているフリをしているんだな)
と、イヴが知ったかぶりをしているのだと思った。
「織斑。入学前に手渡された参考書は読んだか?必読と書いてあった筈だが?」
千冬が春休み中に配布されたISの基礎を纏めた参考書をちゃんと読んだのかを彼に尋ねる。
そう言えば、彼の机の上にはその参考書が乗っていない。
千冬の質問に彼は、
「えっと‥古い電話帳と間違えて捨てまし‥だぁっ!?」
彼の回答に千冬は出席簿アタックを喰らわせる。
今日だけでこれで四度目だ。
(ちょっと見ない間に随分と劣化したな‥‥)
昔は天才を称して自分の事を出来損ない、疫病神等とバカにしていた元弟の姿を見てイヴは、自分はこんな奴に負けていたのかと言う思いがこみ上げてきた。
「織斑、再発行したものを渡す。一週間で覚えろ。良いな?」
「いや一週間なんt「覚えろ」‥‥分かりました織斑先生」
千冬は百秋に有無を言わせず、参考書の旨を伝えた。
「山田君、授業を再開してくれ」
「は、はいっ!」
織斑姉弟のコントの様な茶番劇があったが、その後も授業は続いていった。
※イヴのIS学園の制服はセシリアと同じタイプの制服で首には青いアスコットスカーフを巻いています。