1話
~side一夏~
「では、さらばだ‥‥織斑一夏‥‥」
誘拐犯が私の額に銃をつきつけ、引き金を引こうとする。
父が死に束さんと会えず、学校でも苛められ、弟達に純白を奪われて、その後も性処理の道具にされてこの先、生きていてもどうせ碌な事がないだろうと思って死ぬ事なんて怖くないと諦めがつくかと思っていたが、こうしていざ、死の瀬戸際に立つと死が怖い‥‥。
体は無意識にガタガタと震え、目の焦点があっていない。
そんな時、
「おい、ちょっと待て」
誘拐犯の一人が私に拳銃をつきつけている誘拐犯を止める。
「なんだよ?」
人殺しが楽しいのか?誘拐犯は止められて不機嫌そうな声を出す。
「もしもの時の為に保険を用意しておいてよかったぜ」
「保険だと?」
「ああ、実は俺の知り合いで生物研究をしている奴が居て、ソイツが人体実験の検体を探しているんだよ。コイツだって腐ってもあの織斑千冬の妹なんだ‥‥素質くらいはあるんじゃねぇか?」
「高く売れそうか?」
「かもな、今回の大会で織斑千冬が二連覇をしたから、織斑千冬の妹って肩書をつければかなりのいい値で買ってくれると思うぜ」
「へぇ~‥‥良かったな、嬢ちゃん。姉貴が今回の大会で優勝してくれて‥‥」
そう言って私に銃を突き付けていた誘拐犯は下衆な笑みを浮かべながら私の額から銃を退ける。
「それじゃあ、行こうか?お嬢ちゃん?」
「ほら、さっさと立て!!」
誘拐犯の一人が強引に私を立たせる。
監禁場所からまた別の場所へと移動する事になったのだが、その時‥‥
「ちょっと待て」
また別の誘拐犯が待ったをかける。
「今度はなんだ?」
そして、誘拐犯の次の言葉に過去のあの時の恐怖を覚えた。
「俺達の居場所はバレていない‥‥そして、コイツはこの後、お前の知り合いに売っちまう。それなら、売っちまう前にコイツ、犯っちまおうぜ」
そう言ってベルトを緩める誘拐犯。
「っ!?」
「そうだな、中坊にしてはなかなかの上玉だしな」
下衆な笑みを浮かべてにじり寄って来る誘拐犯達。
「‥い、いや‥‥いや!!来ないで!!」
これまでさんざん弟やその男友達の慰み者にされてきたのに、今度はこんな見ず知らず誘拐犯達の相手をさせられるなんて真っ平御免だ。
誘拐され、目が覚めた時だって泣き叫びたい衝動を必死に抑えて気丈に振る舞って来たのだが、等々我慢の限界を超えたのだった。
「へへへへ、逃げても無駄だぜ、子猫ちゃん」
「最後に俺達が可愛がってやるからよ」
「いやー!!」
「此奴、大人しくしろ」
「むぐっ‥‥むー!!」
誘拐犯の一人が私の口を手で塞ぎ、スカートに手をかけた。
そして最初に提案し、ベルトを緩めた誘拐犯は私に迫った。
その後は連中のなすがままだった‥‥。
「お?コイツ、処女じゃねぇぞ!!」
「最近の中坊は進んでいるのか?それとも盛っているのか?」
「ホレ、気持ちいいだろう?我慢しないで、声を上げろよ!!」
せめてもの抵抗で私は決して声を上げる事は無かった。
「ふぅ~サイコーだったぜ‥‥」
「やっぱ若い女はいいなぁ‥‥」
「‥‥」
あれから一体どれだけの時間が過ぎただろうか?
何度も誘拐犯達の相手をさせられて私の身体と精神はボロボロになりかけた。
それと同時に浮かんだのがコイツ等に対する殺意だった。
「じゃあ行くぞ、これ以上時間を無駄には使えないからな」
「ああ‥嬢ちゃん、暫くの間眠っていてくれ‥‥」
その言葉を最後に誘拐犯は誘拐時に使用した薬が染み込んだ布を私の口と鼻に押し当て私の意識は暗転した。
次に私が目を覚ますと、私の身体は診察台の上に頑丈なベルトで拘束されていた。
「うぅ~‥‥っ!?」
「おや?目が覚めたかね?お嬢ちゃん」
私が目を覚ましたことに気づいた男が私に話しかけてくる。
「こ、此処は‥‥」
「此処は私の研究所だよ」
体は拘束されていたが首だけはなんとか振る事ができたので、私は周囲を見る。
すると、隣の部屋には沢山の人の死体が無造作に山積みにされていた。
「あ、あの死体は!?」
「ん?ああ、アレね、あの哀れな連中は私の研究の失敗作だよ」
「失敗作?」
「そうとも、私の研究成果に体がついて行けなかった軟弱なモルモット達さ」
「貴方、人を何だと思っているの!?」
「私は研究者として当たり前のことを言っているのだがね?君が今の人として生活する過程には私達研究者が数多くの研究と実験をしてきた結果なのだよ。そしてその実験の過程では、数多くの失敗と犠牲の上に成り立っているのだよ」
得意気にベラベラと高説をたれる研究者の男。
「さあ、おしゃべりは此処までだ‥‥君はこの『バハムート』を受け入れることが出来るかな?」
男は拳銃の様な注射器を取り出し、私に見せつけてくる。
「い、いや‥‥いや!!」
私は本能的にあの注射器の中身がとても危険な気がして声を上げながら身をよじるが、体はがっちりと拘束されているので、全くの無意味だった。
「おい、口に何かを嚙ませろ、舌を噛まれたら大変だからな」
「はい」
「むぐっ、んー!!」
私は口に布を噛まされ、喋る事さえもままならない状態となった。
「では、始めようか?」
ニヤついた顔をして私に近づいてくる男、
「んっー!!んっー!!」
私は必死に声を上げたが、全くの無意味で男が私の首筋に注射針を刺し、中のモノを私の体内へと注ぎ込む。
すると、私の体は最初、焼き鏝を当てられたように熱くなり、次第にそれは体全体へと巡り、体が燃える様な熱さと全身を突き刺す様な激しい痛みが襲う。
「ん“ん” ん“ん”-っ!!」
私は声をあげ、拘束されている体をよじりこの襲いかかってくる熱さと痛みから逃れようとする。
そんな私が苦しんでいる様子を研究者たちは只見つめている。
「心拍、脈拍、血圧共に上昇‥‥危険レベルです‥‥」
「‥‥やはり、失敗か?」
私に注射をした男が失望した顔で呟く。
(失敗?こんな奴にまで私は失敗作の烙印を押されるのか?そんなの認められるか!!)
姉に罵倒され続けられ、
弟には犯され、
学校ではいじめられ、
誘拐犯達にまでも犯され、挙句の果て人体実験のモルモットにされ、その上失敗作と言われて‥‥
こんな屑共に蔑まれるために私は生まれてきたんじゃない!!
「ん“ん”‥‥」
私は口のかませられている布をかみちぎる勢いで噛む。
「ん“ん”‥ヴぁ‥‥ん“ん”‥‥」
どれだけ苦しんだだろうか?
それが一分なのか、一時間なのか分からない。
時間の感覚が分からなくなるほど、私は長い時間苦しんだ。
すると、今まで熱かった私の体は次第に冷めていき、体を貫く痛みも和らいでいった。
「心拍、脈拍安定し始めました」
「なに?」
「ま、まさか‥‥成功か?」
あの男が私に近づき、ペンライトで瞳孔を見たりする。
「間違いない‥‥成功だ!!」
「やったぞ!!」
「遂にやったぞ!!」
私が生きている事に男達は歓喜の声を上げている。
「首輪を持って来い、このままでは危険だからな」
(首輪!?今度は私に何をするつもりなの!?)
「おめでとう、君は私の最高傑作に生まれ変わったのだよ。その事実は十分に誇っていい‥‥さぁ、狗は狗らしく首輪をちゃんとつけないとね‥‥」
そう言って男は私の首に何かを取り付けた。
(な、なにを‥‥)
首に首輪をつけられ、バチッとまた電流を流されると、私は再び意識を失った‥‥。
~side???~
目を開けた時、初めて見たモノは真っ白な空間だった。
「おお、目が覚めたかね?」
近くで声が聞こえた。
わたしはだれ‥‥?
どうしてここにいるの‥‥?
わたしは声が聞こえた方を見る。
其処には眼鏡に白衣を着た男がわたしの事をジッと見ていた‥‥。
あなたはだれ?
「私かい?私の名は、ショウ・タッカー。君を生み出した者だよ。簡単に言えば、私は君の父親にあたるのだ」
ちち‥おや‥‥
「そうだ、私は君の父親、パパだ」
ちち‥おや‥‥ぱ‥ぱ‥‥
「そうだよ。そうだ、君にも名前を授けなければならないねぇ『 』なんて俗っぽい名前など、君には相応しくないからね」
ちちと名乗る人が言った、俗っぽい名前の部分はよく聞こえなかった。
「うーん‥‥」
そして、この人はわたしに新しい名前を授けようとしていた。
「うーん‥‥君は最初の成功例だから、イヴなんてどうだろう?」
イヴ?
「そう、君の名前は、イヴ‥‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスだ」
イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス‥‥それがわたしの名前‥‥
「そうだよ、イヴ。君はこれからこの腐った世界に新たな風を吹き込む、高貴な存在となるのだ!!ハハハハハ‥‥」
ちちが嬉しそうに笑っていた‥‥
でも、わたしにはどうしてちちがそんなに嬉しそうなのか分からない。
イヴ‥‥それがわたしの名前‥‥。
でも、それが本当のわたしの名前なのか?
先程、ちちは俗っぽい名前など相応しくないと言った。
俗っぽい名前‥‥
それが、わたしの本当の名前だったのかもしれない‥‥
わたしは、一体どこからきたのか?
わたしは、それを思い出す事ができない‥‥。
わたしは、一体なんなのだろう?
それは、わたしにもわからない‥‥。
そして、ちちが言う高貴な存在と言う言葉の意味もわからない‥‥
この先、一体わたしになにが待ち受けているのかも、今のわたしにはわからない‥‥
今、わたしがしたいことは、まだ眠いので、もうひと眠りしたいことだけだ‥‥
わたしは先の事は考えず、今は眠る事にした‥‥
第二回モンド・グロッソが織斑千冬の大会連覇と言う結果の後、千冬は弟の救助に協力したと言う事で、ドイツのIS部隊での指導教官を務める事になり、弟に今回の大会の優勝賞金を渡し、弟を日本へ送り返した。
その際、弟に「あの疫病神は家出して行方不明になったと言っておけ」と一夏は家出をして失踪した事にした。
一夏の死体は見つかっていないので、千冬が妹を見捨てたと言う事実を知るのは誘拐犯を含めごく一部人間しか知らない。
ならば、よけいな火種はこのまま火が着く前に消してしまおう。
それが千冬の考えであった。
百秋もそれを了承し、日本へと戻り、学校の教師や近所の人に触れ回った。
百秋と千冬の事前の触れ回りから、一夏の事を心配する人間は学校でも近所でも皆無だった。
こうして織斑一夏と言う存在は社会的に抹殺され、あっという間に忘れ去られた存在となった。