自身の従者である本音に連れ出されて彼女と共に買い物へ出掛けた簪。
しかし、彼女達はその帰りにバスジャック事件に巻き込まれてしまった。
犯人の行動に本音は真っ向から対立し、あわや殺されそうになった時、乗客の一人の銀髪の子が本音を庇い、さらに犯人達を倒してしまった。
犯人達を倒し、バスを止めたその子は名を名乗らず、警察が来る前に姿を消してしまった。
そして、二人は警察の事情聴取が終わり、家路へと向かっている最中、
「ほ、本音」
簪が恐る恐る本音に声をかける。
「なに?かんちゃん」
「その‥‥ゴメン」
簪は本音に頭を下げて謝る。
「えっ?」
突然、主から謝れ、本音は首を傾げる。
「本音がピンチの時、助けられなくて‥‥私、代表候補生なのに本音を助けられなかったから‥‥」
簪は本音から視線を逸らし気まずそうに言う。
「ISが無いんじゃ仕方ないよ。それにアレは私が勝手にした事だし、かんちゃんが気にする事はないよ~それに私もかんちゃんもこうして無事なんだからいいじゃん~」
本音は何時もの様に簪に笑みを浮かべている。
簪にとって本音のその笑みが辛かった。
更識家の者なのに‥‥
日本の代表候補生なのに‥‥
私は自分の従者が命の危険にさらされていた時、震えて何も出来なかった。
姉の様に専用機があれば、あの時自分が犯人達を捕まえられたのかもしれない。
自分が物凄く惨めに見えると同時に、あの時本音を救い、犯人達を捕まえ、颯爽と去っていったあの人が物凄く恰好よかった。
あれこそ、まさに自分が憧れるヒーローの姿だった。
「はぁ~」
簪は深いため息を吐く。
「どうしたの?かんちゃん?」
「ううん、なんでもないよ、本音」
今はまだ自分には専用機が無いが、必ず手に入れてやる。
そうすれば、自分は姉に近づける。
自分もあの人の様にヒーローになれる。
簪はそう思いつつ、本音と共に家に帰った。
その日の夜‥‥
「今日は随分と派手な事をしたわね」
夕食の後、楯無がイヴにいきなり会話をふった。
「えっ!?な、何の事でしょうか?」
ビクッと体を震わせ、楯無から視線を逸らすイヴ。
「とぼけても無駄よ。今日バスジャック事件があったのだけど、その時の犯人を捕まえたの‥‥イヴちゃんでしょう?」
「な、何のことやら‥‥?」
「あくまで、白を切るつもり?」
顔を逸らしつつ冷や汗を流しているイヴ。
これでは、全く隠してはいない。
「しょ、証拠でもあるんですか?それよりも楯無さんは何故、バスジャック事件の事を?」
「家は暗部の家系だから、色んな情報が入るのよ。それにその事件で私の妹とその従者が巻き込まれたのよ」
「妹?ああ、あの人か‥‥」
イヴは今日バスで乗り合わせたあの楯無そっくりの人が彼女の妹である事を知る。
そして、その事を思わず口走ってしまう。
「やっぱり、イヴちゃんなんじゃない」
「し、しまった!?」
咄嗟に手で口を押えるがもう遅い。
まさか自分で墓穴を掘ってしまうとは‥‥
「まぁ、警察の方には、更識として事情を説明しておいたからそこまで大事にはならないわ」
「うぅ~すみません」
「ううん、イヴちゃんのおかけで妹達が助かったのは事実だから、気にしていないわ。むしろ、姉として、更識家の当主としてお礼を言うわ。ありがとう」
楯無はイヴに深々と頭を下げ礼を言う。
「い、いえ‥‥そんな‥‥」
楯無に頭を下げられてお礼を言われて恐縮するイヴ。
「それよりも」
頭を上げた楯無は話題を切り替えた。
「?」
「イヴちゃん、私の事を『楯無さん』って呼ぶでしょう?」
「はい」
「でも、篠ノ之博士の事は『たばちゃん』でしょう?だから‥‥」
「だから?」
「私の事も愛称で呼んでほしいのよ」
「えっ?でも、楯無さん年上ですし、お世話になっている人ですから‥‥」
「篠ノ之博士もイヴちゃんよりも年上じゃない。それに私はそんな事は気にしないわ。さあ、イヴちゃん」
「うーん‥‥じゃ、じゃあ‥たっちゃん?」
(本音と同じ感性ね‥‥まぁ、でもいいか)
「じゃあ、今度から、私の事は『たっちゃん』って呼んでね」
「は、はい」
こうしてイヴは楯無も束に次いで愛称で呼ぶ事になった。
それから、時は流れ、楯無は無事にIS学園への入学を果たした。
そして、桜が舞う春の日、IS学園にて入学式が行われた。
理事長の話、生徒会長の話、そして新入生代表として楯無が挨拶を行った。
入学式のプログラムが順調に消化されていき、最後に今年、IS学園に赴任する事になった教師の紹介が行われた。
会場のステージに立ったその教師の姿を見て、新入生も、そして在校生も驚いた。
「今年度より我がIS学園に赴任する事が決まった織斑千冬先生です」
理事長が千冬の紹介をした後、千冬がマイクの前に立ち、
「ただいま、紹介に与りました織斑千冬です。今年度より、このIS学園の教師として皆さんにISの指導を行います。よろしくお願いします」
千冬が挨拶をすると新入生、在校生からは黄色い悲鳴が飛び交い、会場は耳が痛くなるほどの絶叫に包まれた。
しかし、皆が声を上げて千冬のIS学園就任を喜んでいる中、ただ一人、楯無だけは千冬の事をジッと見ていた。
楯無は束と織斑一夏から聞いていた。
彼女が弟と共にこれまで織斑一夏に対しどんな事をして来たのかを‥‥
彼女のとった愚かな行いによって織斑一夏はその存在を抹消され、タッカーの非情な研究により生物兵器のイヴとなってしまった事を‥‥
それらの言動を見ると、彼女が本当にブリュンヒルデの称号に相応しい人物なのか?
また、教師として人を導ける存在なのかを疑問に感じてしまう楯無であった。
(そういえば、イヴちゃん受験で此処を受けるのよね‥‥大丈夫かしら?)
次の受験でイヴはIS学園を受験する予定となっている。
だが、今年からそのIS学園には、イヴにとっては嫌悪する存在、織斑千冬が在籍する事になった。
楯無は歓声が轟く中、一人不安を感じ、後でイヴに知らせる事にした。
そして、入学式が終わると楯無は早速イヴに電話を入れた。
「そうですか‥‥織斑千冬が‥‥」
「ええ‥‥どうする?受験する学校を変える?」
「いえ、変えません」
「でも‥‥」
「私はもう、織斑一夏ではありません‥イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスです。織斑千冬とは赤の他人なんですから‥‥大丈夫です‥‥」
「そう?」
イヴ本人が大丈夫と言うので、楯無は彼女の言葉を信じる事にした。
楯無からの電話を切ったイヴは、
「‥‥織斑‥‥千冬‥‥」
千冬の名を苦々しく口走り、握り拳を作った。
そして、彼女の深層心理の奥では‥‥
『ん?思ったよりも私を起こすのが早かったな‥‥いいぞ、お前の憎しみ‥怒り‥憎悪‥お前のその負の感情がより私に力を与えてくれるのだからな‥‥イヴ、いや、織斑一夏、憎め、そして怒れ!!それこそがお前のイヴ(生物兵器)としての力を高めるのだからな!!ハハハハハ‥‥』
彼女の中で眠っていたもう一つの人格を目覚めさせる事になった。
一方、簪の方はこれまでの努力の成果が出て、代表候補生の中でも国家代表に近い代表候補生、専用機枠へと入る事が出来た。
ただし、肝心の専用機に関しては現在日本が量産している第二世代機、打鉄の次世代機と言う説明を受け、まだ手元にないが、確実に専用機が手に入る事をIS委員会から説明を受けた。
簪は今までの人生の中で、この知らせを聞き喜んだ。
これで、姉の一歩近づけたと‥‥
IS学園は全寮制の学校であるが、卒業するまで家に戻れない訳ではない。
週末に帰省届けを出せばちゃんと実家に帰ることは出来る。
その為、楯無は毎週、実家に戻っている。
「あっ、簪ちゃん‥‥」
「‥‥」
そして実家に戻れば当然、家の中で妹と鉢合わせする機会だってある。
廊下で楯無は簪と鉢合わせをした。
楯無は気まずそうな顔をするが、簪はわれ関さずの姿勢を貫いている。
簪は楯無の姿を見ても声をかける事無く、その場をから去ろうとする。
「あっ、待って簪ちゃん」
「‥‥何?私は忙しいのだけれど?」
棘のある声でさっさと要件を言えと言う簪。
「‥‥代表候補生の専用機枠に入ったって聞いたわ‥その‥おめでとう」
「‥‥」
楯無の話を聞き、それに返答することなく簪はスタスタとその場から去っていった。
「簪ちゃん‥‥」
楯無は寂しそうに簪の後姿を見ていた。
それから‥‥
「どうかしたの?たっちゃん。元気ないね、学園で何かあった?」
更識家の離れで楯無はイヴに膝枕をしていたが、イヴは楯無が何となく元気がない事に気づいた。
学園にはあの織斑千冬がいるのだ‥その為、イヴは楯無が学園で何かされたのかと思った。
「ううん、なんでもないよ、イヴちゃん」
楯無はイヴの髪を撫でて笑みを取り繕う。
これ以上年下のこの子を不安にさせてはならない。
彼女は自分がこうして週末、学園から戻り、此処を訪ねてくることを楽しみに待っているのだから‥‥
「‥‥辛い事があれば、話を聞きますよ」
「ありがとう、イヴちゃん。でも、本当に大丈夫だから‥イヴちゃんはゆっくり眠りなさい」
「ん‥‥」
楯無の言葉を聞き、イヴは一応、納得した様子で目を閉じ、静かに眠った。
翌日‥‥
イヴの下に束から電話があった。
「たばちゃん?」
「ハロハロ~久しぶり~いっちゃん」
「どうしたの?」
「いやぁ~以前、青髪からいっちゃんが今度IS学園を受験するって聞いてね、それで、いっちゃんにプレゼントを送ろうと思ってね」
「プレゼント?」
「うん。直接手渡ししたいから来てくれるかな?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、待っているね」
そう言って束は電話をきった。
「電話、篠ノ之博士から?」
楯無がイヴ宛ての電話の相手を尋ねる。
最も今のイヴに電話をして来るのは束か楯無の二人位だ。
「うん、何か渡したいものがあるんだって」
「渡したいもの?」
「うん、なんだろう?あっ、でもたばちゃんの所に行くにしても移動手段がない‥‥」
束の下に行くにはヘリかISでいくしかない。
だが、イヴはヘリの運転なんて出来ないし、自分のISを持っていない。
「ど、どうしよう~」
「それなら、私が連れて行ってあげるわ」
「たっちゃんが?」
「ええ」
確かにイヴの近くで束の下へ連れて行ける事が出来るのは楯無だけだ。
「‥‥お願いします」
イヴは楯無に頼む事にした。
そして、やって来た束の秘密研究所。
「いらっしゃーい、いっちゃーん!!」
研究所へとやってきたイヴを束は両手をバッとイヴを出迎える。
ついでにイヴと一緒に来た楯無の姿を見ると、若干しらけた顔をして、
「なんだよぉ~青髪も来たのか~」
ボヤくように言う。
「たばちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ。たっちゃんは態々私を送ってくれたんだから」
「たっちゃん!?」
「うん、楯無さんだから、たっちゃん」
「へぇ~たっちゃん‥ねぇ‥‥」
束がジト目で楯無を見ると、楯無は、
「 ( ・`ω・´)ドヤッ!! 」
イヴから愛称を呼ばれるのは束だけのアドバンテージだけではないとドヤ顔で決める。
(よし、アイツ、後で〆る)
束は後で楯無とO・HA・NA・SHIをする事を決めた。
「それで、たばちゃん、今日は何の用なの?」
「あっ、そうだ。青髪からいっちゃん、来年IS学園を受験するって聞いたから、いっちゃんの為に専用機を用意しておいたんだよ」
「専用機?」
「まぁ、いっちゃんの場合、本来はISなんていらないんだけど、IS学園に行くならね‥‥それに学園の訓練機だと、ISの方がいっちゃんの力に耐えられないと思うから」
「確かに‥‥」
束はイヴの力に普通のISでは、イヴの反応や力に耐えられないと言う理由からイヴに専用機を用意したのだ。
それについては暗殺者時代のイヴと戦った楯無は同意した。
むしろ、ISを装備したらイヴの枷になってしまうのではないかと思うぐらいだ。
「それじゃあ、早速お披露目するよ」
束がイヴの専用機が保管されている格納庫へと案内する。
そしてレバーを上げるとスポットライトが点灯し、其処に置かれていた一機のISを照らす。
「こ、これは‥‥」
「おおお‥‥」
格納庫には白と金を基調としたISがあった。
ただ、ISは通常、人型を意識した作りとなっているのだが、そのISは何となく竜をイメージした作りとなっていた。
羽根の形状や手足の部分が通常のISと異なり鋭い鍵爪状となっていることがこのISがより人型よりも竜に近い事を意識させる。
「これが、イヴちゃんの専用機『リンドヴルム』だよ」
「リンドヴルム‥‥」
リンドヴルム‥‥主にドイツやスカンディナヴィアに伝えられている大蛇ないし翼のあるドラゴンとして語り継がれている伝説の生き物。
「此方がイヴ様、専用のISスーツです」
クロエがイヴに専用のISスーツを渡す。
「あっちに簡易更衣室があるから着替えてきて、あっ、くーちゃんも一緒について行ってあげて」
「う、うん」
「承知しました。イヴ様、此方です」
イヴはクロエからISスーツを受け取り、クロエと共に更衣室へと向かった。
二人が完全に更衣室に入った後‥‥
「おい、青髪」
「何かしら?篠ノ之博士」
「どうして、いっちゃんがお前を愛称で呼んでいる?」
「あら?気になる?」
楯無は再びドヤ顔で束に尋ねる。
「そのドヤ顔ムカつくから止めろ。いいから答えろ」
「まぁ、イヴちゃんの衣食住を提供しているし、当然のことだと思いますが‥‥?」
「くっ、やはり過ごす場所と時間の差が‥‥」
イヴと共有する時間の差からイヴが楯無を愛称で呼ぶのも仕方がない割り切る束。
「今は、寮生活ですが、実家に居た頃はイヴちゃんと一緒に寝ていましたし、週末、実家に帰った時も一緒に寝ていますよ」
「なに!?お前そんな、うらやま‥‥もといけしからんことを!!いっちゃんに変な事をしたんじゃないだろうな!!」
「変な事?」
「いっちゃんにあんな事やこんな事、更には恥かしい衣装を着せて恥ずかしい台詞を無理矢理言わせているんじゃないだろうな!!」
顔をほんのりと赤く染め、己の願望をぶちまける束。
「‥‥篠ノ之博士がイヴちゃんに対してどんな願望を抱いているかよくわかりました」
楯無は束を白い目で見てドン引きしていた。
「たばちゃん、着替えたよ」
そこへ、ISスーツに着替えたイヴがやって来た。
「おお、よく似合っているじゃん」
「そ、そうかな?」
束に似合っていると言われ、頬を染めて照れるイヴ。
(えっ?何?あの恰好‥‥)
イヴが着ているのは通常のISスーツではなく、こげ茶色のブーツにベージュ色の上下ツナギ、首には白いマフラーを巻いていた。
(あれが、イヴちゃんの専用ISスーツ?まるで第二次世界大戦中の兵隊ね‥‥)
楯無はイヴのISスーツを見て真っ先に思いついた感想を述べる。
通常、ISスーツはスク水かレオタードの様な形状であるが、今イヴが着ているのは第二次世界大戦中の飛行服の様な恰好だった。
「あ、あの‥篠ノ之博士、なんでイヴちゃんのISスーツはあんな格好なんですか?」
余りにも場違いな感じのISスーツに楯無は何故、この様なISスーツをイヴに着せたのかを束に尋ねる。
「仕方ないでしょう、私だっていっちゃんのISスーツ姿を見たかったよ、でも、普通のISスーツじゃ、肌の露出が多すぎるでしょう。試合中、もし、いっちゃんの体に何処か変化が現れたらマズいからね」
「な、成程」
束の話を聞き、納得した楯無。
「それじゃあ、いよいよ、ISに乗ってみようか?」
「は、はい‥‥」
イヴは緊張した面持ちで自身の専用機、リンドヴルムの前に立った。
「えっと‥‥この後、どうすれば‥‥」
「リンドヴルムを手で触れてみて‥IS適性があれば、自然とISが答えてくれるよ」
「もし、IS適性がなかったら?」
「多分、それは無いと思うよ」
「私もそう思うわ」
イヴはもし、自分にIS適性がなかった場合を尋ねるが、束はそれを100%否定した。
楯無も束同様、イヴにIS適性がないなんてありえないと言う。
「さあ、勇気を出して触ってみて‥‥」
「う、うん‥‥」
イヴは恐る恐るリンドヴルムへと触れる。
すると、イヴの脳内に様々な数式、文字が入り込んできた。
「うっ‥‥なに‥これ‥‥」
脳内に突如、凄まじい量の情報量が一気に流れ込んで来て少し気分が悪くなる。
やがて、リンドヴルムが眩い光を放つ。
余りの眩しさに楯無と束も目を閉じる。
そして、目を開けた時、其処にはリンドヴルムを纏うイヴの姿があった。