束達の手によって救出された一夏は、そのまま束の秘密研究所へ行き、そこで精密検査を受ける。
そこで、一夏は自身に打たれた戦闘用ナノマシン『バハムート』の詳細を知り、彼女を元に戻そうとする束であったが、楯無がタッカーの研究所のデータと記録を全て破壊してしまった為、一夏を元の人間に戻す事が困難となってしまった。
その後、一夏をどうするかの話し合いで楯無が更識家で保護すると志願し、束は楯無との間に約束事を取り決め、一夏を更識家へと託した。
そして、一夏はもう、織斑一夏を名乗る事も難しいと言う事とこれまで自分が行ってきた罪の償いとして、一夏は織斑一夏の名を捨て暗殺者、殺戮の銀翼の時に名付けられた名前、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスとしてこれからを生きていく事を決め、束に頼んで必要書類を用意してもらった。
タッカーの研究所での戦闘でボロボロになったミステリアス・レイディは束が修理を行い、楯無が一夏改め、イヴを更識家へ送る事となった。
「それじゃあ、いっちゃん」
「うん。たばちゃんも元気でね」
またの再会を誓い、束とイヴは抱擁を交わし、更識家へと向かう。
「おい、青髪」
「あら?負け犬から青髪に進化かしら?」
「いっちゃんを託すんだ。ちょっとは進化してもらわないとな。それよりも約束‥忘れるなよ」
「分かっていますよ」
束の念押しを受けて、楯無はイヴを連れて更識家へと向かった。
「‥‥」
更識家の屋敷を見て、イヴは呆然とする。
かつて自分が住んでいた屋敷よりも更識家の屋敷は大きい。
その大きさに圧倒されているイヴ。
そして、楯無は屋敷の離れにイヴを案内した。
「これからこの離れを使って、必要な家具家電はそろっているから」
「はい」
イヴを離れに案内した後、楯無は更識家の当主として家の者には離れには決して近づくなと厳命した。
まだ、イヴを他の人に見せつけたくないし、イヴ自身も人目にさらされたくはないだろうと言う楯無の配慮だった。
食事を運ぶのも使用人ではなく、楯無本人がそれを行った。
そして、イヴが更識家に来た初めての夜。
夕食を持って来た楯無にイヴは彼女の服を掴んで、
「楯無さん‥‥その‥‥今夜は一人にしないで‥‥なんだか、一人で寝るのが‥‥怖い‥‥」
怯える様な表情で頼むイヴに保護欲が出た楯無は、
「いいわよ、今日は一緒に寝てあげる‥‥」
イヴの頼みを聞いてあげた。
そして夜、楯無とイヴは同じ布団で眠った。
だが深夜‥‥
「うっ‥‥うっ‥‥っ!?」
楯無はバッと目を開ける。
彼女の夢にはタッカーの研究所で殺したあの男が出てきた。
あの男をバールで突き刺した時の感触
あの男の死に顔
あの男が夢の中で血と臓器が飛び出た腹部を押さえながら、自分に恨み言を言って来る。
そんな悪夢を見せられた。
「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」
体は寝汗をビッチョリと掻き、呼吸も荒い。
そこで、チラッと隣で眠るイヴを見ると、彼女も魘されていた。
しかも「ごめんなさい」と譫言を何度も呟いて、目には涙をためている。
「イヴちゃん、イヴちゃん」
楯無はイヴの体を揺すってイヴを起こす。
「っ!?」
体を揺すられてイヴはバッと目を開ける。
「大丈夫?」
「‥‥楯無さん‥‥私‥‥私‥‥」
「大丈夫、大丈夫だから‥‥」
楯無は慈母のように優しくイヴの頭を抱きながら、彼女をあやす。
(やっぱり、この子も‥‥)
楯無はどうしてイヴが今夜、一緒に寝てくれと頼んだのか分かった気がした。
彼女もやはり悪夢に魘されていたのだろう。
「うぅ~‥‥ごめんなさい‥‥楯無さん‥‥私のせいで‥‥」
イヴは楯無も人を殺した悪夢に魘されていたとは知らず、自分が楯無を起こしてしまったのかと思い、彼女に謝る。
「いいのよ、イヴちゃん‥‥気にしないで‥‥」
楯無は優しくイヴの髪を撫でる。
(う~ん、イヴちゃん髪、サラサラしていて柔らか~い)
すると、いつの間にかイヴは安心したように眠りについていた。
「おやすみ、イヴちゃん」
楯無は微笑み、イヴを抱きしめ、自らも眠りについた。
その頃‥‥
生き残った者は皆逃げ出し、無人となったタッカーの研究所に来訪者が居た。
「ボロボロの廃墟だな、んで、スコール、此処が本当にそのタッカーとか言うマッドの研究所なのか?」
「ええ、そうよ、オータム」
スコール、オータムと言う名の二人の女性達は主が消え今後はもう、誰も訪れないであろうタッカーの研究所を進んで行く。
「なぁ、スコール。そのタッカーって奴、そんなに凄い奴なのか?」
研究所を進んで行く中、オータムがスコールにタッカーについて尋ねる。
「表向きは生物学者で医師、ナノマシン技術の権威とか呼ばれているけど、裏ではナノマシン技術を使っての生物兵器の製造をしているみたい」
「典型的なマッドだな。それで、ソイツの研究は、成功しているのか?」
「さあ?」
「『さあ?』って‥‥」
「だから、ここに来たのよ」
「でも例え、成功例があったとしても、こんな廃墟に今も居るのか?」
「廃墟となっても何かしらの手掛かりがあるかもしれないでしょう?」
スコールはそう言いながら、トランシーバーで誰かに連絡を入れる。
「私よ、M。研究室の様子はどう?」
「‥‥研究室は完全に破壊され尽くされている。コンピューターも物理的に壊されていて、修復はもう無理」
「ナノマシンの方は?」
「それも全部破壊されている‥ついでに言うと研究室の近くでタッカーって奴の死体が転がっていた」
「なんだよ、それ、全くの無駄足か?」
自分達は、タッカーの研究の成功例、その成功例のデータ、タッカーが開発したとされる戦闘用ナノマシン、それが駄目ならタッカー本人を確保。
そのいずれの目的があって此処へ来たのだが、どれもこれも達成は不可能で、自分達は完全に無駄足となった。
「くそっ、データもねぇ、お目当てのナノマシンもねぇ、挙句にそれを作った本人も死んでいましただぁ?ふざけんじゃねぇよったく」
無駄足と分かってオータムは機嫌が悪そうだ。
だが、
「そうとも限らないわよ‥オータム」
「あん?」
「こんなガラクタの中でもお宝はちゃんとあるって事よ」
「ん?」
スコールは眼前に転がっている無人機の残骸をジッと見ていた。
だが、スコールの言葉の意味が分からないオータムは首を傾げていた。
イヴが更識家に来て数日が経った。
尚、その間もイヴはやはり、夜は魘されており、楯無は毎夜、イヴに付き合って彼女を抱きしめながら眠っている。
楯無に甘えるように抱き付くイヴに楯無の女性としての母性本能がくすぐられ、彼女自身も満更でない様子。
そして、この夜も布団の中でイヴは楯無に抱き付いていた。
「ねぇ、イヴちゃん‥‥」
この日、楯無は自らの胸に顔を埋めているイヴにある悪戯をしてみようと思った。
「私のおっぱい‥咥えてみる?」
「‥‥いいの?」
「えっ?」
イヴのまさかの返答に戸惑う楯無。
彼女は慌てふためくイヴの姿を見たかったのに、イヴは素直な反応を返してくる。
「えっと‥‥」
「‥おっぱい‥‥ちょうだい‥‥」
寝ぼけまなこで楯無のおっぱいを強請るイヴ。
「うっ‥‥」
「楯無‥‥」
「わ、分かったわよ」
寝間着の上着を脱ぎ、乳房を露わにする。
「く、咥えるだけよ‥‥歯は立てないでね」
生物兵器なのだから、恐らく噛みつく力も凄い筈‥‥
思いっ切り噛まれたら、自分の乳首が嚙み切られるのではないかと心配になる楯無。
「あむっ‥‥ん、んん‥‥」
イヴは楯無の胸をまるで赤ん坊が母親の母乳を貰うかのように口を着けて吸う。
そして、楯無はそんなイヴの頭を撫でる。
赤ん坊のように乳房を口に含み、頭を優しく撫でられる安心感がイヴを優しく包み込む。
その安心感に包まれイヴは眠ってしまい、楯無は母性本能が以前よりも激しく刺激され‥‥
(い、意外と気持ち良かった‥‥ちょっと癖になりそう‥‥)
意外とこの行為を気に入っていた。
~side簪~
実家を‥‥更識家の家を苦痛に感じたのは何時からだろう?
あの人の顔をまともに見れなくなったのは何時からだろう?
物心つく時から、私は姉と比べられていた‥‥
姉は何でも出来た‥‥
学力は勿論、武術、作法、社交辞令を含めた人とのコミュニケーション‥‥姉はすべてが完璧だった。
同じ更識家の者なのに‥‥
そっくりな顔立ちなのに‥‥
たった一年歳が違うだけでどうして私と姉はこうも違うのだろう?
父も私よりも姉の方を次期当主にするつもりで、以前、香港へ姉を連れて行った。
裏社会の実力者との顔合わせだと聞いた。
香港から返って来てから直ぐに父は姉に楯無の座を譲り、姉は17代目楯無を襲名した。
そして、姉が更識家の当主となってからすぐに私は姉から直接「貴女はずっと無能のままでいいのよ。全部、私がやってあげる」そんなことを言われた。
無能のまま‥‥それはつまり、私は姉の目からは無能者に見えたのか?
あれだけ努力して結果を残しても姉の目には、私は無能者としか見えていなかったのか?
私には姉の発したその言葉が今でも心の中で突き刺さり、姉に対する憎しみが姉に対する対抗心の原動力となっている。
でも、そんな私の努力をあざ笑うかのようにその後も姉は常に私の前を歩き続けた。
ISに関しても専用機を一人で製作し、短期間でロシアの国家代表となった。
最年少の国家代表と言う事で、メディアにも取り上げられて、第二の織斑千冬の到来。ブリュンヒルデに一番近い国家代表等と呼ばれている。
姉が益々自分から遠のいていく‥‥
そんな感覚に襲われた。
私はそんな姉に追いつく為、ISの国家代表候補生、国家代表を目指した。
全てに勝てなくてもいい、何か一つぐらいは姉と同等になりたい、姉を追い越したい、姉に勝ちたい、その思いから私はISで姉と同じ領域に辿り着いてみせると決意した。
私が日本代表候補生の選抜試験を受ける少し前、姉はロシアである任務を引き受ける事になった。
最近、世間を騒がせている殺戮の銀翼‥‥。
その討伐任務‥‥
父が姉と話しているのをこっそりと聞いてしまった。
殺戮の銀翼‥‥
世界各地で女性議員や女性官僚、大企業の女性社長や女性役員を殺害している凄腕の暗殺者。
これまで狙われた人の中で生き残った者は居ない。
それは警護に当たっていた人も同じ‥‥
まさに皆殺し‥‥
でも、あの完璧な姉の事だ、きっと殺戮の銀翼を倒すだろう。
例え凄腕の暗殺者でもあの完璧な姉には勝てない筈だ。
殺戮の銀翼を倒せば姉はまた大々的にヒーロー、英雄としてメディアに取り上げられるだろう。
また、姉が遠のいた‥‥そう思っていたのだが、結果は私の予想を大きく外れた。
報道された時、どうせ姉が殺戮の銀翼を倒したと報道されるのかと思ったら、護衛対象であったロシアの官僚は殺戮の銀翼に殺され、生存者は姉只一人だった。
姉が殺戮の銀翼と戦って怪我をして入院したと言う報告を受け、両親は姉の事を心配した。
でも、親戚の人達は任務を達成できなかった姉の事を「更識家の恥さらし」と言っていた。
確かに姉は護衛対象を守れなかった。
でも、これまで殺戮の銀翼と戦って生き残った者は居なかった。
そんな中、姉は殺戮の銀翼と戦って生き延びた。
やはり、姉は凄いと思った。
でも、それを素直に喜べなかった。
もしかして、私は心のどこかで姉が殺戮の銀翼に殺される事を願っていたのかもしれない。
姉は負傷し、病院に入院したのだが、突如、退院予定日よりも早くに退院届を出し、一時音信不通となった。
殺戮の銀翼に負けた事を気にしてトレーニングでもしているのだろうか?
そして、実家に帰ってきた時、ロシアでの任務前と違って何かが変わっていた。
マンガ・アニメでよく見る山籠もりや厳しい修行から帰って来たみたいに、一皮むけて大きく成長していたように見えた。
殺戮の銀翼と戦って負けたのに何故?
やはり、何処かで修業でもしていたのだろうか?
そして、家に帰って来た姉は突如、家の皆を集めて「離れには決して近づいてはいけない」と更識家の当主として命令を下した。
姉が当主になってこんな事をするのはこれが初めての事だった。
そして私は姉が離れに食事を持って行く姿を時々見た。
使用人の人達も姉の行動には違和感を覚えていた。
それに最近、使用人の人達の話では姉は食事も離れで食べていると言う。
元々姉とは食事の席ですら、もう顔を合わせていない仲なので、その点については気づかなかった。
両親も姉のこの奇妙な行動に違和感を覚えていた。
もしかして、男の人を離れで住まわせているのだろうか?
父が姉にさりげなく聞いているのを見たが、姉は先代の楯無である父にも離れの件については決して詳細を教えなかった。
そして当主直々の命令なので、使用人の人達は姉の命令を忠実に守り、離れには近づかなかった。
実家に帰って来た姉は違和感だらけであったが、今の私にはそんな事に構っている余裕はない。
姉に彼氏が出来ようが私には全然関係なかった。
私にとって今年が勝負時だった。
今年の内に代表候補生になり、専用機枠に入らなければ‥‥
来年は受験で忙しくなるだろうから‥‥
姉は今年受験生で十中八九IS学園を受験するだろう。
なにせ、現役の国家代表で専用機持ちなのだから‥‥
姉と同じ領域に立つ為、何としてでも専用機をこの手に掴んでやる!!
そして、姉を必ず追い越してやる!!
私はそう堅く決心をした。
楯無の妹、更識簪が日本代表候補生を目指す中、イヴは通信教育にて勉強をしていた。
戸籍等の書類は束が用意してくれたが、学校と言うあの場所はイヴになる前‥一夏時代の彼女にとって織斑家同様、苦痛を与える場所の一つでしかなかった。
それにナノマシンの制御が暗殺者としてのイヴの頃と違い不安定なので、感情が爆発し、体に変化が生じるかもしれない。
そうなればイヴが人間でない事がバレてしまう。
楯無もその辺を考慮してくれていた。
そんな中、何時もの様に更識家の離れで楯無と共に夕食をとっていると、
「そう言えば、イヴちゃん来年は受験生だけど、高校は何処へ行くか決めた?」
「えっ?」
「流石に高校も通信じゃ、ちょっと不味いんじゃない?」
「‥‥」
楯無の意見に気まずそうに視線を逸らすイヴ。
確かに楯無の言う通り、いつまでもココで引きこもり生活をしている訳にはいかない。
自分自身を変える為にもいずれは外へ出なければならない。
「楯無はどこの高校に行くの?」
参考のためにイヴは楯無が目指している高校を尋ねる。
「私はIS学園一本かな」
「‥IS学園」
「そう、IS専門の養成機関よ。一応、ロシアの国家代表だし、専用機持ちだからね。ロシア政府からもそう要請されているし」
「へぇ‥‥」
「それでね、その‥‥IS学園は全寮制で私も学園に入ったら、寮生活になるの」
「えっ?」
楯無が寮に入ると聞いてイヴは一瞬唖然とする。
「じゃあ、もう此処には来ないの?私、此処から出て行かないといけないの?」
「だ、大丈夫よ、週末にはちゃんと帰るし、イヴちゃんはこのまま此処に居て良いのよ」
「‥‥」
しかし、イヴには一抹の不安があった。
それは、やはり、夜の事だ。
これまでは楯無が夜、一緒に寝ている事でイヴはなんとか安眠できている。
だが、来年からはその楯無が不在となる。
そうなれば、夜は如何すればいいのだろうか?
(こういう場合、簪ちゃんがイヴちゃんの相手をしてくれると一番なんだけど‥‥)
自分と容姿が似ている妹の簪ならば、イヴの相手には好都合なのだが、自分達の姉妹間は最悪の状態で、しかも簪は今、代表候補生試験を控えており、イヴの相手をしている暇はないだろう。
(うーん、どうしよう‥‥)
楯無は自分が不在の間、イヴの面倒をどうしようかと悩んだ。
(私も何時までも楯無さんに甘えている訳にはいかないよね‥‥でも、高校か‥‥それなら‥‥)
「わ、私も‥‥私もIS学園に行きます!!」
「えっ?」
「楯無さんが行くなら、私も行きます!!」
「えっ?そんな安い目標で良いの?」
「IS学園はIS専門の教育養成機関なんですよね?」
「え?ええ‥‥」
「私だって、将来はたばちゃんの為に役に立ちたいんです!!その為にISの事を学ばないと‥‥それに楯無さんもいるし‥‥ダメでしょうか?//////」
チラチラと上目遣いで楯無を見るイヴ。
そんなイヴの姿を見て楯無の胸を何かが貫いた。
(か、可愛い!!)
「ううん、良いわよ!!むしろ来て!!先にIS学園で待っているから!!」
「は、はい」
こうしてイヴは来年の受験校はIS学園を受ける事にした。
だが、イヴも楯無もこの後、IS学園を舞台に様々な厄介事に巻き込まれるとはこの時、知る由もなかった。