シルバーウィング   作:破壊神クルル

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11話

一夏をイヴとして操っている装置の存在を確認した楯無と束。

だが、タッカーの手によりN.S剤を打たれてしまった一夏は史上最強の生物兵器、イヴとなってしまった。

絶体絶命のピンチの中、束の下に助手のクロエ・クロニクルが無人機と共に助けに来た。

そして、イヴを一夏へと戻す為に首に着けられている首輪を壊す事になった。

首輪を壊せば、イヴから一夏へと戻る筈だ。

その為にはまず彼女の動きを止めなければならなかった。

何せ、今のイヴは恐らくタッカー以外の者は近づくことが出来ない。

下手に近づけば、バラバラにされるのがオチだ。

そんな中で、彼女の首に着いている首輪を攻撃するなんてほぼ不可能である。

故に首輪を壊す為に彼女の動きを僅かな間でも止める必要があった。

動きを止めることに関しては楯無のミステリアス・レイディにその機能があったが、以前使用した時は僅か十数秒の間だけで、何の意味もなかった。

それに前の時と違い、史上最強の生物兵器となっている今のイヴに十数秒の間も動きを止められるのか正直疑問であったが、此処まで追い詰められている状況では四の五の言っていられる余裕はない。

 

「これまでの戦闘とエネルギー残量からチャンスは一度っきりよ‥‥」

 

「承知しました」

 

楯無が今回の作戦の要であるクロエにミステリアス・レイディのワンオフ・アビリティー、沈む床(セックヴァベック)は一度しか使えないと伝える。

その間にも無人機がまた一機落された。

 

「じゃあ、いくわよ‥‥」

 

楯無が沈む床(セックヴァベック)を発動させる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

突如、自分の動きが鈍くなったことにイヴが思わず雄叫びを上げる。

その間にクロエは無人機に跨りイヴへと接近する。

だが、予想通り、史上最強の生物兵器に沈む床(セックヴァベック)は長く続かず三機目の無人機を片付けた。

だが、その間にクロエの無人機は十分な距離に接近し、彼女は能力を発動させる。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴの目には他の者には見えない何かが見えているのだろう。

見当違いの方向に攻撃を一点集中している。

 

「今です!!負け犬!!」

 

「だから、負け犬って呼ばないで!!」

 

楯無はイグニッション・ブーストを吹かし、蒼流旋を構えてイヴめがけて突っ込んで行く。

 

(ミステリアス・レイディ、もう少し、もう少し、頑張って!!)

 

楯無は既にエネルギーが枯渇しかけている愛機を無理矢理動かす。

そして、

 

「はぁぁぁぁー!!」

 

気合が入った一声と共にイヴの首に着いている首輪を蒼流旋の切っ先で突いた。

 

「どうだ!!」

 

突いた後、イヴと距離をとる楯無。

イヴの首を見ると、其処にはまだ首輪が着いたままだった。

 

「そ、そんな‥‥」

 

楯無は絶望に染まった声を漏らす。

もうミステリアス・レイディはこれ以上戦えない。

生身でこの生物兵器と戦うなんてあまりにも無謀すぎる。

 

「うぅぅ~」

 

自分の首にランスの突き技を喰らわせた事に気づいたのか、イヴが楯無の方を見る。

 

「あっ‥あぁぁぁ‥‥」

 

楯無の顔色は青くこれまでにない程の絶望に染まっている。

 

「うぅぅぅ~」

 

イヴはまるで威嚇する獣の様に楯無を睨む。

 

(お、終わったわ‥‥私の人生‥‥)

 

楯無がそう思ったその時、

 

パキッ‥パキッ‥パキッ……バリーン‥‥

 

イヴの首輪が砕けた。

 

「や、やった!!」

 

首輪が壊れたのを見て、思わず楯無は声を上げて喚起する。

 

「うぅっ~うがぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

首輪が外れ、N.S剤の供給が止まり、生物兵器イヴの姿が元の人の姿へと戻って行く。

その時、彼女の深層心理の中では、

 

『ぐぉっ、ま、まさか、制御装置が破壊されるとは‥‥これでは、宿主の人格がもどってしまう‥‥ぐっ‥だ、ダメだ‥‥現状を‥‥人格を維持できない‥‥だ、だが、織斑一夏よ‥‥私は滅びぬ。何度でも甦るぞ!!』

 

『私の力の源はお前の負の感情だからな‥‥それまでしばしの眠りにつくとしよう‥‥私が再び目覚めた時、お前はどんな反応をするかな?今から楽しみだ。ハハハハハ‥‥』

 

タッカーによる洗脳期間の間に一夏の中には彼女が‥‥いや、誰もが気づかない内にもう一つの人格が形成され、その人格はイヴから一夏へと変わると共に深層心理の深い闇の中へと落ちていった。

 

 

「ば、バカな!?イヴが‥‥私のイヴが‥‥史上最強の生物兵器である私のイヴが‥‥」

 

イヴが敗北した事に信じられないモノを見たように目を大きく見開き、顔は脂汗まみれになる。

そして、観客席を急いで出て行った。

 

人の姿に戻ったイヴは意識がないのかそのまま落下していく。

地面へと落下していくイヴを楯無が空中でキャッチして束の下へと運ぶ。

 

(お疲れ様、ミステリアス・レイディ‥戻ったら、きっちりとフルメンテナンスをしてあげるわ‥‥)

 

楯無は自分の体同様、ボロボロになった愛機に労いの言葉をかける。

 

「うぅ‥‥」

 

「あっ、気がついた」

 

(本当にこの子、一夏ちゃん?)

 

運んでいる途中、楯無の腕の中で一夏の意識が戻った。

腕の中に居る娘が暗殺者、生物兵器のイヴでなく、織斑一夏なのかとちょっと不安になる楯無。

 

「私は‥‥」

 

「もう、大丈夫、貴女はタッカーの呪縛から解放されたわよ」

 

「‥‥」

 

楯無の言葉をボォっとした表情で聞く一夏の姿があった。

 

そして、足止めと言う役目を終えたクロエも無人機と共に束の下に戻る。

 

「束様‥どうやら、成功したみたいですね」

 

「うん‥これでやっと‥‥」

 

束がタッカーを「ボコれる」と言うとした時、クロエが跨っていた無人機がバラバラとなり、跨っていたクロエの全身から血が噴き出した。

 

「くーちゃん!!」

 

イヴは刺し違える様にクロエの体を無人機ごとナノスライサーで突き刺していたのだ。

 

「た、束様‥‥私は‥束様の‥やくに‥‥たてました‥で‥しょうか?」

 

全身の至る所から血を出しながら、束に尋ねる。

 

「あ‥ああ、くーちゃんのおかげだよ!!」

 

「‥よ、よかった‥です‥‥」

 

クロエの荒れていた呼吸が次第に小さくなってゆく‥‥

それはクロエが死に近づいている証明である。

 

「そんな‥‥私はいっちゃんを取り戻す代わりにくーちゃんを失うの?‥‥これは世界を滅茶苦茶にした私への罰なの‥‥?」

 

世の中の原則は等価交換。

何かを得れば、代わりに何かを失う。

束に一夏を取り戻す代わりにクロエを失うのかと言う恐怖、不安、悲しみが襲いかかる。

その時、

 

「‥‥たば‥ちゃん」

 

楯無に肩を担がれた一夏が声をかける。

 

「いっちゃん‥‥」

 

「わたしに‥まかせて‥‥」

 

一夏はクロエの傍に跪くと、彼女の銀髪が伸びてクネクネと触手の様な動きをしながら、クロエの傷口へと入っていく。

 

(これは、あの時、ロシアで私に見せた‥‥)

 

楯無はこの光景をロシアで‥自分の身で体験した事がある。

あの時は直ぐに意識を失ってしまったため、何だったのか分からなかったが、この後すぐにこの行為が治療行為である事を知った。

一夏は髪の毛を通じてクロエの体に治療用のナノマシンを送り込んだのだ。

すると、流れていた血は止まり、傷口も完全と言う訳では無いが、小さくなっていく。

止まりそうだった呼吸は次第に正常に戻り、クロエは眠っている様だった。

 

「‥‥これで、大丈夫‥‥でも、暫くは造血剤を打って、鉄分と栄養の多い食べ物を‥‥」

 

「ありがとう、いっちゃん!!」

 

クロエを助けてくれたことに束は感謝し、一夏に礼を言う。

そして、クロエの治療を終えた一夏は立ち上がり、まだフラつく足取りでどこかへと行こうとする。

 

「ちょ、ちょっと貴女‥‥」

 

「いっちゃん、何処へ!?」

 

立ち上がり、何処かへ行こうとする一夏を楯無と束は呼び止める。

すると、

 

「あいつとのけりは、私がつける‥‥」

 

そう呟き、二、三歩歩くと、一夏は背中に翼を生やすと何処かへと飛んでいった。

 

「いっちゃん‥‥」

 

束は飛んで行った一夏の姿をジッと見ていた。

正直に言えば、今すぐ自分も彼女の後を追いたい。

だが、傷を負って、ISを持たぬ今の自分は此処から満足に動くこともできない。

束に出来たのは、此処で一夏が戻って来るのを待つだけだった。

 

その頃、タッカーは研究室で書類やフェイル、ディスク、USBなどの記憶媒体を大きなバッグへと詰め込んでいた。

 

「終わりか!? いや!! 違う。違うとも。技術は理学を糧に突き進む。研究は飛躍する。否!! 否!! 研究は飛躍した!!どうすればいい。どうすればいい? 何が!! 何が!! まだだ、まだ届かない。何がいけない? 何が足りない?そうだ!! いつの日か!! いつの日か!! 世界の全てに 一人残らずに 配給するのだ。 奇跡の様な科学を!! 科学の様な奇跡を!!」

 

必要な物をバッグへ詰め込むとタッカーは研究室を後にする。

 

「そうだ、首輪を使ってあそこまで出来たのだ、それにあの不良品も防御に関してはISなんて目では無かった。今度は首輪を使わず、そして私の命令に忠実な生物兵器を作ってやる‥‥この世界にはまだまだ駆除しなければならない害虫が‥‥」

 

バッグを抱えたタッカーはヘリポートにあるヘリへと向かうが‥‥

 

「何処へ行く?」

 

「い、イヴ‥‥」

 

「‥‥」

 

タッカーの前には洗脳から解放されたイヴこと、織斑一夏が立っており、タッカーをジッと見ていた。

彼は目の前に現れた彼女の姿を見て、思わずバッグを落した。

今の彼女はもう、自分の命令は一切聞かない。

彼女の気分次第で自分の命を一瞬のうちに狩り取ってしまう。

タッカーの目には彼女の姿が死神に見えた。

それは今まで殺して来た人間たちが彼女を見た時に抱いた恐怖と同じ恐怖であった。

 

「ま、まて、待ってくれ!!‥‥は、話を聞いてくれ‥‥!!」

 

「話?お前と話す事など何もない‥‥」

 

「お前の父、織斑四季の事だ」

 

ピクッ

 

かつて自分が慕った父、織斑四季。

タッカーが自分の父の何を知っていると言うのだろうか?

とりあえず、タッカーの話を聞いてやるだけ、聞いてやる。

表向きはただの自動車事故で片付けられた父の死に何か裏の事情があるのかもしれないと一夏は前々からそう思っていたのだ。

その真相をタッカーは知っていると言う。

そして、彼は父の死の真相を語り出した。

 

「お前の父、織斑四季は、表向きはそれこそ、単なる自動車事故で片付けられているが、真相はそうではない」

 

やはり、父の死には何か裏の事情があったようだ。

 

「当時、お前の父は女性優遇となりつつある日本をこれまで通りの形を保とうとしていた‥彼は平等主義者の最後にして最大の壁だったからな、だが、それを良しとしなかったのが、女性権利団体の連中だ‥だから、連中は事故に見せかけてお前の父を‥‥」

 

「‥‥」

 

タッカーの話を聞いている内に無意識のうちに一夏の手に力が入る。

やはり、父は単なる自動車事故ではなく、自分が思っていた通り、暗殺されていた。

 

「私は非力なお前に史上最強の力を授けるのと同時にお前の父の仇討ちにも協力してやったのだぞ!!その私をお前は殺すと言うのか!?」

 

「‥‥でも、お前のせいで人生を滅茶苦茶にされた人、不幸になった人が大勢いる」

 

「わ、私だって人生を滅茶苦茶にされたんだ!!全てはISのせいだ!!篠ノ之束があんな欠陥兵器を作りさえしなければ、私だって‥‥」

 

「だからと言って、それで大勢の人を不幸にさせていい筈がない!!」

 

「私がやらなければ、多くの人が女性権利団体の連中が行った愚行で不幸になっていたんだぞ!!そして今でも大勢の人間が苦しめられている!!男に生まれたと言う理由で捨てられ、無実の罪を着せられた人間が大勢いるのだぞ!!私はこの腐った世界のバランスを正常に戻す為に正義の鉄槌を!!」

 

「黙れ!!」

 

「っ!?」

 

一夏の一喝でタッカーは黙る。

 

「‥‥幾ら綺麗事を並べてもお前は色んな大事なモノを奪い過ぎた‥‥そして、私の人生も‥‥体も滅茶苦茶にした‥‥許すわけにはいかない‥‥」

 

相当、怒っているのか、一夏の髪の毛が逆立って動いている。

それは髪の毛をいつでもナノスライサーへと変化させ、自分を切り裂く準備が出来ているかのようだ。

 

「ひぃっ‥‥た、頼む!!命だけは‥‥つ、罪はちゃんと償う!!それに私がいなければ、お前の体を元に戻す事は出来なくなるんだぞ!!」

 

「‥‥ちゃんと罪は償うんだろうな?」

 

「あ、ああ‥‥」

 

「私の身体も、元に戻すんだろうな?」

 

「ああ、勿論だ!!」

 

タッカーの言葉を信じたのか、彼女の髪の毛は元の状態へと戻った。

 

「私の気が変わらない内にとっとと消え失せろ」

 

彼女は踵を返して、タッカーに背を向ける。

 

(罪を償うだと!?馬鹿め!!そんな事、するわけがないだろう!!私にはまだやるべきことが山ほど残されているのだ!!此処で斃れる訳にはいかんのだ!!イヴ、貴様が悪いのだぞ!!父である私を裏切る貴様が!!)

 

(お前の死体からでもDNA情報は抜き取れる。イヴのDNA情報からイヴのクローン胎児を生成して、バハムードを注入すれば、一度に大量の最強兵器を作る事が出来るではないか!!何故、今まで気づかなかったんだ!?)

 

(まぁ、そんな訳だ、イヴ、お前は此処で‥‥死ね!!)

 

タッカーは懐から拳銃を取り出し、その銃口を一夏の頭に向ける‥‥

彼に背を向けている一夏はそれに気づいていない‥‥

タッカーは、ニヤついた笑みを浮かべて銃の引き金を引いた。

 

バキューン!!

 

そして、辺りに一発の銃声が鳴り響く‥‥

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

一夏の左頬からはツゥーっと血が流れる。

そして、タッカーの額には白い羽根が深く突き刺さっていた。

一夏の左腕には小さな翼が生えており、その羽根がタッカーの額に突き刺さっていた。

 

ドサッ

 

羽根が突き刺さったタッカーは力なく、その場に倒れた。

 

「言った筈だ‥‥『私の気が変わらない内に消えろ』って‥‥」

 

倒れたタッカーの死体を見下ろしながら、一夏はそう冷たく吐き捨てた。

一夏が自分の体を戻す事の出来る可能性を秘めていたタッカーを殺したのにはちゃんと訳があった。

 

「‥‥」

 

タッカーを殺した後、一夏は、手に一本の日本刀を出現させる。

 

「‥‥」

 

そして、その刃を喉の頸動脈に押し当てようとしたその時、

 

ガキーン!!

 

「っ!?」

 

「させないわよ!!」

 

楯無が蒼流旋で一夏の日本刀を跳ね飛ばした。

一夏がタッカーを殺したのは、もう元に戻る必要性がなかったからだ‥‥

元に戻る必要性を感じなかったのは、彼女がこの体に満足している訳ではなかった。

自分はあまりにも大勢の人を殺し過ぎた。

いくら、タッカーの手によって洗脳されていたとはいえ、それは許される事ではない。

自分のけじめは自分でつける。

その為、一夏は自らの命を絶とうしたのだ。

それを楯無は邪魔をした。

何故、此処に楯無が此処に居るかと言うと、彼女は一夏が自分達の下を離れた後、心配になって追いかけてきたのだ。

ISや生物兵器以外の‥‥生身の人間相手なら、体術で十分相手をする事が出来る。

それに何より、自分だってタッカーを殴り飛ばしたかった。

だが、楯無がタッカーの下へと来てみれば、彼は既に死んでおり、彼女が見たのは日本刀で自分の頸動脈を切断しようとしている一夏の姿だった。


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