シルバーウィング   作:破壊神クルル

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10話

タッカーの研究所にて、イヴを助け、タッカーをぶちのめそうとする束と楯無であったが、彼の前に最大の障害にして救助対象のイヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスが二人の行く手を遮る。

束でさえ認める天才科学者、タッカーが最高傑作と言うだけあって束とロシアの国家代表の楯無の二人がかりでもイヴに決定打を与える事が出来ず、反対にイヴにおされている。

そして‥‥

 

「‥‥しののの‥‥たばね‥‥死ね‥‥」

 

「い、いっちゃん‥‥!!」

 

束はとうとう死の淵まで追い詰められた。

その時、

 

カチャッ‥‥

 

束のポケットの中から銀の懐中時計がポロッと落ちる。

 

「っ!?」

 

イヴはその落ちた懐中時計を見て目を大きく見開いた‥‥。

それと同時にイヴの動きも止まった。

 

「イヴの動きが‥‥止まった‥‥?どうして‥‥?」

 

楯無は突然動きを止めたイヴに驚いている。

 

「おい、どうした!?イヴ!!殺せ!!篠ノ之束を殺せ!!何をしている!?」

 

タッカーが喚いているが、イヴは束を殺そうとはしない。

 

「‥‥いっちゃん?」

 

束が恐る恐るイヴに声をかける。

 

「‥‥お‥‥ま‥もり‥‥お‥とう…さま‥‥」

 

イヴは床に落ちている懐中時計を見て苦しそうに呟く。

 

「いっちゃん?‥‥そうだよ!!御守りだよ!!これは、いっちゃんが私にくれた大事な御守りだよ!!」

 

束は懐中時計を拾いイヴに見せる。

 

「‥‥おまも‥‥り‥‥たば‥‥ちゃ‥‥ん‥‥?」

 

イヴの腕の刃物は人の形に戻っており、背中の翼も消え、片手で頭を押さえてやはり苦しんでいる。

 

「そうだよ!!私だよ!!たばちゃんだよ!!いっちゃん!!」

 

「ば、バカな!?イヴの意識が‥‥織斑一夏の意識が戻りつつあるだと!?」

 

束は必死にイヴへと呼びかけ、タッカーはなぜ、イヴの‥一夏の洗脳が解けかけているのか理解できなかった。

 

「ま、まさかっ!?」

 

そこで、タッカーは一夏に装着した首輪の状態を確認するためにノートパソコンを起動させ、首輪の状態を確認する。

その間に束は一夏に近づく。

 

「いっちゃん!!」

 

「たば‥‥ちゃん‥‥」

 

一夏も恐る恐る束に近づき、両者は抱き合う。

 

「あぁ~この匂い、この抱き心地‥‥やっぱり、いっちゃんだ~」

 

束は一夏の体に顔を埋めて満足そうな顔をする。

 

「たばちゃん‥‥」

 

一夏も束を抱く。

この時、一夏の目は暗殺者のイヴの時と違い光が宿っていた。

今の目が恐らく織斑一夏本来の目だったのだろう。

楯無は二人の様子を見てこれでイヴは正気に戻り、彼女を取り戻したと思った。

あとはタッカーをボコるのみ‥‥

そう思っていたそんな矢先‥‥

 

ブシュッ‥‥

 

ポタ‥ポタポタポタポタ‥‥

 

「‥‥グッ‥‥ガハッ‥‥」

 

突如、闘技場内で肉を刺す音がした。

そして、血がしたたり落ちる音も‥‥

同時に束が口から吐血する。

 

「‥‥」

 

「‥‥いっ‥‥ちゃ‥ん‥‥?」

 

束が着ている白いアリスエプロンが忽ち束の血で赤く染まる。

 

「篠ノ之…博士‥‥」

 

楯無も目の前の事態についていけず、ただ唖然とする事しか出来なかった。

 

「いっ‥‥ちゃ‥ん‥‥どう‥して‥‥?」

 

束の背中にはダガーナイフが刺さっていた。

楯無同様、正気に戻ったと思っていた束にとってこの一撃はまさに完全な不意打ちとなった。

束の背中にダガーナイフを突き刺していた一夏の目は暗殺者のイヴの時の様に光を宿さない目になっていたが、再びその目に光が宿ると、

 

「えっ?‥‥たば‥‥ちゃん‥‥?‥‥わ、わたしは‥‥一体‥な、何を‥‥」

 

気づいた時、自分は大事な友達をナイフで突き刺していた。

この事実に一夏は混乱する。

何故、自分の手には血のついたナイフを持っているのか?

何故、自分の眼前に血塗れの友達が転がっているのか?

何故、自分は大事な友達を何の躊躇いもなくナイフで突き刺せるのか?

何故、自分の手は友達の血で赤く汚れているのか?

そんな疑問ばかりが浮かぶ。

だが、その時、一夏の頭の中に声が聞こえた。

 

『‥‥ろ‥‥せ‥‥こ‥‥ろ‥‥ころ‥‥ころせ‥‥殺せ!!殺せ!!殺せ!!目の前の獲物を殺せ!!』

 

「うっ‥‥あぁぁぁぁぁー!!」

 

一夏は両手で頭を抱え、苦しそうに悶える。

 

「い、痛い‥‥頭が‥‥痛い‥‥うっ‥あぁぁぁぁぁー!!」

 

「一体何が‥‥?」

 

楯無は当初、イヴが演技で束を誘い出して、束を刺したのかと思ったが、苦しそうに悶えている一夏の姿は、決して演技などではなく、本当に苦しんでいる。

次に、一夏の首に填められている首輪が次第に熱くなってきた。

それはまさに焼き鏝を当てられている様な熱さだった。

 

「あ、熱い‥‥首が‥熱い‥熱い‥あぁぁぁぁぁー!!」

 

一夏は今度、首についている首輪を取り外そうと躍起になっているが、首輪は外れない。

その間にも首は熱く、頭の中では謎の声がしてズキズキと痛む。

苦しんでいる一夏の姿と先程、束を突き刺した時とその後の反応の様子を見て、楯無は、

 

「そうか!!一夏ちゃんを操っているのはあの首輪ね!!あの首輪を外せば、一夏ちゃんは元に戻る!!」

 

(最初に会った時からあの首輪、妙だと思ったのよね‥‥)

 

楯無が首輪の機能に気づいたのと同じ頃、タッカーの方も、

 

「むっ!?首輪に小さなヒビが!?くそっ、コイツのせいで織斑一夏の意識が蘇ったのか‥‥」

 

ノートパソコンの画面には3D表示された首輪の状態が表示されており、その中で、首輪に小さなヒビが入っている事が警告されていた。

 

「くっ、このままでは、イヴが織斑一夏の意識を取り戻してしまう‥‥」

 

首輪は新たにとりつければいいが、今はまだ楯無と束がいる。

この状況下で首輪を取り換えるのには余りにもリスクがある。

変えるのであれば、敵を倒した後、イヴを眠らせてから出ないと‥‥

ならば、少々危険だが、奥の手を使うしかない。

タッカーはノートパソコンのキーボードを操作する。

すると、パソコンの画面には英語で、

 

『N.S剤を投与しますか?』

 

と表示された。

 

「フフフフ‥‥奴等に本当の恐怖を味合わせてやる‥‥奴等に本当の生物兵器の姿を見せてやる!!ククククク‥‥」

 

タッカーは迷わず『yes』の方へカーソルを合わせてEnterキーを押した。

その直後、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁー!!うっ‥‥ぐっ‥‥がぁぁぁぁぁー!!」

 

メキッ‥‥

 

ゴキッ‥‥

 

グチャッ‥‥

 

一夏がこれまでにない絶叫をあげると、彼女の体に変化が生じ始めた。

両手は鋭い刃物の様になり、腕にはそれぞれ二対の小さな天使の翼が生え、背中には大きな翼を生やし、髪の毛は足元まで届くぐらい伸び、しかもクネクネと触手の様な動きをしつつ、毛先は両手の様の刃物へと変わっている。

額には鬼の様な角が二本生え、足はブーツが破れ、猛禽類の鍵爪の様な鋭い爪が生えている足に変わり、お尻からは蛇の様な尻尾まで生えている。

その姿はもう天使でも人間でもなく、紛れもなく化け物の風体となっていた。

 

「お、おおおおぉぉぉ~イヴ‥な、なんと素晴らしい姿なんだ‥‥これぞ、私が望む最高の生物兵器の姿だ」

 

タッカーは化け物となったイヴの姿に歓喜の声を漏らす。

 

「タッカー!!貴方、この子に一体何を!!」

 

一夏の体に変化があった事でタッカーが一夏に何かをしたことは明白であり、楯無はタッカーに一夏に何をしたのかを問い詰める。

 

「君がイヴの首輪の機能に気付いた事は褒めてあげよう。だが、首輪に仕込んだ私の切り札には気づかなかったようだね」

 

「切り札ですって?」

 

「そうだ。その首輪はイヴの意識を操るだけでなく、万が一の時の為にN.S剤が仕込まれていたのだよ」

 

「N.S剤?」

 

聞いた事のない恐らく薬の名前に楯無は首を傾げる。

 

「N.S剤‥イヴの体内に存在するナノマシンを活性化させ、物凄い興奮状態にする。その間、イヴの脳は停止状態に近い状態になり、さらに戦闘に適した姿になる。通常の洗脳状態では、脳がリミッターをかけているため、此処まで化け物に近い姿にはならないがな」

 

「つまり、今のこの子はあのドロリーに近い存在になった訳ね」

 

「ふん、あの様な不良品と一緒にされるのは非常に不愉快だ。あの不良品は私の指示には全く従わなかったが、イヴは私の最高傑作だ。脳は停止状態に近い状態と言う事は、此方が信号を送れば、その指示に従うと言う事だ。つまり、今のイヴの状態はリミッターを外した全力の状態となっている‥‥さぁ、全力のイヴの力を‥‥史上最強の生物兵器の力を見て恐れおののくがいい!!」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

タッカーが再びイヴに命令を下すと、彼女はまるで獣の様な声をあげると、一瞬で楯無の背後に回った。

 

(速い!?何時の間に!?)

 

ガキン!!

 

イヴの髪の毛のナノスライサーが全て楯無のミステリアス・レイディへと突き刺さる。

 

「くっ‥‥」

 

水のヴェール、アクア・クリスタルがそれらナノスライサーを防ぐが、アクア・クリスタルに突き刺さったナノスライサーはミステリアス・レイディのエネルギーを奪い始める。

 

「このままじゃ、ヤバい!!」

 

楯無はラスティー・ネイルを展開し、アクア・クリスタルに突き刺さったナノスライサーを斬り、その場から後退する。

斬られたナノスライサーの部分は当然再生する。

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴは楯無を追撃しようとした時、

 

「いっちゃん!!」

 

不意打ちで背中を刺されたにも関わらず、束は立ち上がり、イヴに向かって声をあげる。

すると、イヴは束の存在を認知し、ターゲットを楯無から束へと変更する。

 

「篠ノ之博士!!」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

イヴが束を両手の刃物で突き殺そうとしたその時、

 

ドゴン!!

 

「な、なんだ!?」

 

突如、闘技場の天井の一部が壊れ、そこから黒いISが三機現れると、真っ先にイヴめがけて襲いかかる。

 

「くそっ、奴らの援軍か?構わん!!イヴ!!そいつらも血祭りにあげてやれ!!」

 

当然、イヴはその黒い三体のISを迎え討つ。

 

「あ、あれは‥‥」

 

楯無は突如、空から降って来た黒いISに驚く。

すると、

 

「束様!!」

 

「くーちゃん‥‥」

 

三体の黒いISと同じ形の黒いISに跨ったイヴと同じ銀髪の少女が束に声をかける。

 

「束様、お怪我は‥‥っ!?束様!!血が!!」

 

その少女は束が怪我をしている事に気づき、応急キットを取り出す。

 

「えっと‥‥篠ノ之博士、その人は?」

 

とりあえず、楯無は束に黒いISに跨ってやって来たこの謎の銀髪少女の正体を尋ねる。

 

「束様、この方は?」

 

すると、謎の銀髪少女も束に楯無が何者であるのかを尋ねる。

 

「くーちゃん、この人は‥‥ロシアの国家代表の負け犬」

 

「ほぉ~負け犬ですか‥‥(ニヤッ」

 

ニヤついた顔で楯無を見るクロエ。

 

「ちょっ!?篠ノ之博士!!」

 

自分の紹介があまりにも酷い事に楯無は思わず声を上げる。

しかも銀髪の少女は自分の事を負け犬と認識している。

 

「それで、負け犬、この子は私の助手のクロエ・クロニクル、愛称はくーちゃん」

 

「はじめまして、負け犬。束様の助手を務めております。クロエ・クロニクルです」

 

「ま、負け犬~Σ(゚д゚lll)ガーン」

 

初対面のクロエからも完全に負け犬と認識された事にショックを受ける楯無。

 

「うぅ~これでも更識家の当主なのよぉ~ロシアの国家代表なのよぉ~」

 

ショックを受けている楯無を尻目にクロエは応急キットを使用し、束の手当てをする。

傷口を縫い、止血剤と造血剤を束に打つ。

 

(この子、盲目っぽいのに随分と手慣れているわね‥‥)

 

クロエは目を開ける事無く、束の怪我の手当てをしている事からクロエは盲目なのではないかと思う楯無。

楯無がクロエの事をジッと見ていると、

 

「おい、いつまで呆けている青髪、それよりもお前、さっき首輪がどうとか言っていたな」

 

「あっ、はい‥一夏ちゃんを操っているのは十中八九、彼女が今。首に填められている首輪が原因かと思います」

 

「じゃあ、その首輪をとれば、いっちゃんは‥‥」

 

「はい、一夏ちゃんは元に戻る筈です。でも‥‥」

 

「うん‥‥あの状態のいっちゃんに近づくのはほぼ不可能だよ」

 

「同感です」

 

「□□□□□□□□□□□―――!!!!」

 

三人は黒いIS三体を相手に暴れまわっているイヴを見る。

背後や死角から迫っても髪の毛と尻尾がまるでセンサーの様に自分に近づくモノを探知して、遠距離では、羽根を飛ばし、中距離ではナノスライサー、近距離では両手の刃物でそれを迎撃する。

人間武器庫、人間要塞ともいうべき能力だ。

 

「あっ、一機墜ちた‥‥」

 

その間に黒いISが一機落ちた。

 

「っ!?早く、あのISの搭乗員を助けないと!!」

 

楯無が『撃墜された黒いISのパイロットを助けないと』と言うが、

 

「ご心配なく、あの機体は全て無人です。ですから、人的被害は一切ありません。勿論この機体もそうです‥‥」

 

「えっ?」

 

クロエが連れてきた黒いISには全て人が乗っていないと言う。

 

(完全な無人機‥‥まさか、篠ノ之博士はそんなものを作っていたなんて‥‥)

 

今、イヴと戦っている黒いISが無人機と言う事に驚愕する楯無。

 

「そんなことより、いっちゃんの首輪を何とかしないと‥‥」

 

世界ではまだ開発が成功していない完全無人稼働のISを束は「そんなこと」で片付ける。

 

「あそこまで暴れまわっていると、あんな小さな首輪なんてねらえませんね‥‥まずは、彼女の動きを止めなければ‥‥」

 

クロエが首輪を狙う前にまずはイヴの動きを止めてから首輪を狙わなければ、ならないと指摘する。

 

「おい、青髪、確かお前のISにもドイツのAICと似たシステムがあったよな?」

 

「は、はい‥ですが、以前彼女にも使いましたが、すぐに無効化されました」

 

「ちぃっ、やっぱりつかえねぇ」

 

「ならば、束様、此処は私が‥‥」

 

「くーちゃん?」

 

「私の能力ならば、あるいは‥‥」

 

「‥‥わかった‥やってみよう」

 

「おい、青髪」

 

「なんでしょう?」

 

「AICモドキの能力‥いっちゃんに全く効かなかった訳じゃないんだろう?」

 

「は、はい‥十数秒くらいは彼女の動きを鈍らせることが出来ました」

 

「くーちゃん、それぐらいの時間があれば、何とかできる?」

 

「勿論です。プロですから」

 

くーちゃんこと、クロエ・クロニクルは束に拾われた試験管ベビーであり、電脳世界では相手の精神に干渉し、現実世界では大気成分を変質させて幻影化させる能力をもっている生態型のISとも言える存在だった。

作戦はまず楯無が沈む床(セックヴァベック)でイヴの動きを十数秒止め、その間にクロエが無人機に跨ってイヴに接近、幻影を見せてイヴの動きを完全に止め、その間に首輪を破壊すると言うものであった。

 

「よし、それじゃあ、作戦開始!!」

 

こうして楯無とクロエによる救出作戦が実行された。


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