いつもいつも誤字報告してくださる皆々様、本当にありがとうございます。
漆黒聖典。
法国が持つ特殊部隊であり、表舞台からは秘匿されている部隊である。
その強さは王国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフを優に凌ぐ英雄級の面々で揃えられており、間違いなく人類最強の部隊だ。
……この世界でならの話だが……。
かつてナザリックに攻め入ったランカーのプレイヤー……その人間種達に比べれば、その差はまさに蟻と獅子。
言うまでもなく彼らが蟻である。
そしてそんな彼らをもってしてその絶対的な差があると言わしめる人間達と幾度となく戦いを繰り広げていた異形種ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」が一人、ペロロンチーノからしてみれば彼らの殲滅は容易い事だ。
ただ問題は彼らがワールドアイテムを所持している可能性があること。
そして優秀な戦闘特化のNPCであるシャルティアが洗脳によって使えなくなっている事。
彼らが何者なのか?という疑問もふと脳裏によぎるものの、その答えが出るはずもなく。
わからない問題を考えるのは後だと頭を切り替える。
「クソッ……こっちはダメだ、カイレ様!カイレ様は!?」
「生きてはいる、だが、治癒魔法が効かない……恐らくはこのヴァンパイアの能力の一つなのだろうが……!!」
相手の被害は思ったより甚大であるようだ。
姿を潜めて彼らの様子を窺うペロロンチーノはひとまず彼らのスペックを確認することから始めた。
まず、カイレとかいうBBAだが、今の発言を聞くに、シャルティアのカースドナイトのスキルによって低位の治癒魔法では傷を癒せなくされ、瀕死の重傷を負っているらしい。
続いて……死亡者は二人、か。
一人はそのカイレというBBAを守ろうと立ちふさがった大きな盾を持つ男。
シャルティアの清浄投擲槍によって体の胴体に大きな穴が空いており、素人目でも致命傷、重要な器官の多くを消滅、大きなダメージを負っており、あれはもう助からないだろう。
そしてもう一人の死亡者は洗脳されてから命令がないことから、自動防衛状態になっていたシャルティアに近づき、それを敵対行為と見なされ殺害された者。
鎖などを持っていた事から恐らく捕縛しようとしていたと思われる、が……結果は言うまでもない。
そして、数えるとどうやら残りは9名、その中でも「隊長」と呼ばれている長髪の男の騎士。
あれは結構なやり手だな。
一瞬とはいえあのシャルティアと槍を交えて力が拮抗する程の実力者だ。
甘く見ないほうがいいだろう。
彼らは一体何者なんだ……?これだけの戦力を持っている存在がこの世界にも居たのか。そしてそんな奴らが何故こんな場所にいるというのか……?
大体その強さというのもメンバー全員が同じような実力というわけでもないようで、まず2人あっさりとシャルティアに殺されているし、そもそもその死んだ仲間を前に、何故蘇生魔法を使わない?
もし魔法職である者や僧侶などの役職があったとして、まず優先すべきはそっちじゃないのだろうか。他に敵がいるかどうかの警戒はそれが出来る者に任せればいいのだから。
仮にもワールドアイテムを持つというのならそれぐらい出来て当然だ、だがそうしない。何故か?
さらに、もっとよく見てみると、驚きべきことに、彼らの装備品には見覚えのあるものがチラホラと見受けられる。
というか……一人、完全にブレザーと学生鞄を持った女子高生が居るんだが……。
「……まさか……プレイヤーなのか……?」そう思うペロロンチーノ。
だがそれなら尚更蘇生魔法の用意もしておかないという事に対して疑問を覚える。
ちなみにここでのこの隊長の考えはというと、「自分と拮抗する程の装備を持つヴァンパイアがそうそう居るはずが無い。ここでもし仲間が居たとしても、今追撃してこないという事は、自分達のリーダーが洗脳されてしまったを見て踵を返して逃げたか、初めからこのヴァンパイアは単騎であったと考えられる。」と考えていた。
まぁ、人間種最強であるが故の驕りと言ってしまえば簡単だが、そもそもそんな彼らに勝る装備をたんまりと持っているナザリック勢が異常なのだ。
そんなこんなで、双方に食い違いが起こりつつ、事態は進む。
「カイレ様を死なせてはならない。ここは撤退だ」
「ですが、隊長!このヴァンパイアは危険です!ここで始末しておいた方が……!!」
「分かっている。だがまずはカイレ様をお守りする事が先だ。このヴァンパイアは後日装備を整えてもう一度討伐隊を組み直し、必ず討ち取る。今は退け」
「くっ……」
ペロロンチーノは迅速に撤退を始める漆黒聖典の様子を見て焦った。
「(クソッ!尻込みしている場合じゃないだろ!相手はあのシャルティアを洗脳した相手なんだぞ!?)」
狙うはあの傾城傾国。
その入手方法は、かつて、ユグドラシルのアルフヘイムでかつての仲間、たっち・みーが優勝した公式の世界大会が開かれたように、同じようなイベントで……だが競うのは実力を図るものではなく、作りこんだ自身のアバター、その美しさを競う公式の女性限定の祭典、「ミス・ユグドラシルコンテスト」で、優勝者だけがそれを手に入れる事が許されるという、この上なくレアなアイテムである。
そもそも設定では国を揺るがすほどの美人だけが装備することを許される、とかいう設定だった筈だが、それは置いといて。
つまりそれだけのアイテムを持っておきながらここに来てまさかの撤退。
ペロロンチーノはてっきり、「辺りにコイツの仲間が居るかもしれない!徹底的に探し出して必ず仕留めろ!!」とか言い出すと思っていたのだ。
一瞬混乱するものの……ペロロンチーノは、「好都合だ」と一人内心でほくそ笑み、警戒が緩んだそこに一本の”絶望”を放った。
「(!?こ、これは、殺気!?)……!?待て!!全員戦闘態勢に……」
「(この距離から気付くか普通……?だけど、まぁ、遅いよ。隊長さん)」
ヒンッという風切り音、それが普通の矢であったならば反応出来ただろうが、今のそれは、漆黒聖典の全員の反応速度を遥かに上回るスピードで、吸い付くように標的へと飛来、だがそれは隊員のいずれにもかすることなく、地面に突き刺さり、そして……。
乾いた轟音を立てながら爆発を巻き起こした。
ペロロンチーノは元より超々遠距離からの爆撃攻撃を得意とし、それゆえに視界が遮られた環境下において戦闘力が著しく低下するのだが……低下してなお、この実力である。
「くっ!?どこからだ!?」
隊員はいずれも攻撃の元を探すが、この矢の速度は異常で、感応速度を遥かに凌いだそれは風切り音がしたかと思えば突如地面が爆発する程の物で、その場所に残っている矢から方向を特定したとしても、爆発のせいでそれが確かなのかも分からない。
それにここまでの実力を持つ相手だ。
恐らくもうすでにポジションを変えてこちらを狙っているに違いない。
次いで、次の矢が来る。
いや、次いでというより、”次々に”と言った方が正しいか。
あたり一面、地雷原かなにかになったかのように、地面が抉れる。
しかし、こちらを牽制するつもりなのか、それとも、別の目的があってのことなのか、本来容易く当てれるであろう矢はどれも地面に突き刺さり、爆発を起こすのみ。
実際その矢を放っているペロロンチーノの真意はというと、単に、与えたダメージが返ってくる類のスキルやワールドアイテムを危惧し、逃す気こそ無いにしろ、ここで自分ひとりで彼らを全滅させるのは厳しいかも知れない。
ならば、まず狙うは彼らの統制された動きを崩す。
現に、次々と巻き起こる爆発と、土煙によって遮られた視界、隊員はせいぜい当たらないように走り回るしかない。
「総員、隊列を乱すな!!」
そう叫ぶがしかし、その声は通らない。
次々に巻き起こる爆発音が耳にダメージを与えているのか、そもそもその爆発音によってかき消されているのかは不明だが。
「(くっ!!まさかこれほどの実力を持つ者がまだ存在しているとは!!)」
その力を前にして危機感に晒されるが隊長、と呼ばれた男は焦ることなく辺りを見渡し、冷静に魔力感知に長ける隊員へ声をかける。
「敵の位置は分かるか!?」
「そ、それが……この爆発、ただの爆発じゃ……!魔力が、阻害されて……!」
「な……!?」
爆発に紛れて聞こえてきた報告から、冷静な脳から嫌な解答が告げられる。
「相手の目的は、まさか……!!」
バッと迅速に辺りを見回す。
そして、土煙で見えなくなった視界の隙間に、カイレを警護していた仲間が倒れ伏す姿と、何者かがカイレを麦の束でも持つかのように乱暴に抱き上げ、今まさに連れ去ろうとしている姿であった。
「待て!!」
「(待てと言われて待つ奴がいるかってんだ!!)」
止まる気配が無い、むしろ自分がそう叫んでから速度が上がったようにも感じるその人影が飛ぶように走り去る。
思わず手に持っていた槍でそれに攻撃を加えようとするが、角度的にカイレにも即死に至る致命傷を与える可能性がある事を危惧して思いとどまり、舌打ちをするような思いで踵を返す。
対するペロロンチーノは、隊長が人の影だと認識したように、念の為にわざわざ人化まで施しておくあたりは冷静だが流石に近接戦闘でこいつを相手にするのは分が悪い。ペロロンチーノはここに来て、割とガチ目に必死になって走り、逃げ去った。
漆黒聖典の面々は、爆撃が止んだ後も追撃に注意しつつ、慎重にその場を撤退。
かくして、アインズ・ウール・ゴウンが一人、ペロロンチーノと、漆黒聖典の戦いはひとまず終わりを迎えた。
「……それで、連れ去ってきたBBAはとりあえず、ナザリックに送り、奴らの事を聞くため、傷を治療し、情報を抜き出すようにと伝えてあります。準備が出来次第、下僕がこちらに向かう手筈になっています」
そうして逃げ切ったペロロンチーノは現在、戦闘した地点から遠く離れた場所で、拠点作成型のマジックアイテム、「影の小屋」という、見た目こそボロボロの廃屋なのだが、実はその地下に広い部屋が構成されているというマジックアイテムを使用して、姿を隠していた。
本来なら戦闘を想定して弓術を扱うもの専用の物もあるのだが、姿を隠すには、今現在ペロロンチーノが所持している中でこれが一番だった。
……ただし、魔法でほぼ大きさ等関係無いにしても、地面に穴を開けて無理やり部屋を作ったとしか言い様がないこの部屋は、環境の悪さも所持している拠点制作系のマジックアイテムで一番であったのは言うまでもないが……。
「……そうですか、で、傾城傾国は?」
「はい、これです」
アイテムボックスからスッとそれを取り出し、備え付けの木箱……中にはなけなしの食料が入っている(実際にアイテム名が「なけなしの食料」という名前の食料である)。の上に置く。
そこにあったのは白を基調とした、美しい金色の龍が刺繍で描かれているチャイナ服……紛れもない、傾城傾国そのものであった。
「シャルティアの件は……聞く限りでは仕方なかった事のように思えます。むしろ、傾城傾国を奪い、敵の情報も持ち帰ってきてくれたのは良かったです。もしペロロンチーノさんがその場に居なかったら、ずっとソレの恐怖に怯えて活動することを余儀なくされるところだった……」
一応、そのことに関しては評価しなければならないだろう。
これで本来のルートでは「シャルティアを洗脳した輩」という情報しかなかったのが、カイレという情報源を手に入れたことによって更に対策可能になった。
「とはいえ!ちゃんとシャルティアの手綱を掴んでおかなかったせいで洗脳されたのは事実!アンタは少し、あの子の親だという自覚を持て!!」
「うぅっ、本当にすみませんでした……」
「私に謝るんじゃない!!あの娘とエレティカに謝りなさい!!この愚弟が!!謝って済むことでもないけどね!!」
そうして、何分程説教をしていただろうか、ふと「エレティカ」というワードで思い立ったようにペロロンチーノが顔を上げてモモンガに問う。
「そ、その……エレティカは今、どうしてますか……?」
「……報告では自室で待機しているはずです。まぁ無理もないでしょうね……実の妹がナザリックに敵対しているなんて知ったら……忠誠度の高いエレティカの事です、今頃精神にかなりのダメージが来ているんじゃ……」
「う、うう……すまん、すまんエレティカ……俺が不甲斐ないばっかりに……」
どうやらその事がトドメになったらしく、ペロロンチーノはついに涙を流しながら、かつてエレティカがNPCだと知って盛大に絶望したときよりも激しく地面に手を打ち付けて己の行いを後悔した。
傍で見ていたぶくぶく茶釜も、これを見ては流石に説教する気が失せたのか、いつの間にか骨が軋む程の締めつけを見せていた触手は成りを潜め、じっと弟を見守っていた。
それから何分か経ち、「ずっとこうして泣いているわけにもいかない」と立ち直ったペロロンチーノを見てひとまず安心したモモンガは、「ではまずはシャルティアの洗脳をどうにかしましょう」と冷静に話を進める。
まず、精神支配で洗脳状態にあるシャルティアに対しての対処だが、相手はワールドアイテム、解除にはこちらもワールドアイテムを用いる必要がある。
ならば傾城傾国でもう一度、今度はこちら側から精神支配をすれば良いだけなのでは?と思うが、そう上手くはいかないと言うことは彼ら三人が全員理解していた。
精神支配は最初にかかった者の効果を優先するシステムがある。
これはユグドラシル時代で精神支配を得意とする者と精神支配を得意とする者同士が戦った際、同じ系統の魔法の掛け合いになる。
こうなると、相手が操る物と自分の操る物が交互に入れ替わるだけで、全く決着がつかないのである。
かつてそういう精神支配を得意とするボスが配置されたとき似たような問題が起こり、運営がそう対処してから、このシステムはずっとこのままである。
つまるところ、傾城傾国ではシャルティアの精神支配をどうにかすることは不可能。
仮にもう一度使ったところで、シャルティアを支配下に置くことも出来ない。
それに、精神支配が上乗せ出来たとして、ずっとそのままにしておくのは三人の本意ではなかった。
「……やはり、ワールドアイテムを使うしか……」
モモンガはそういうが、実はもう一つ、方法がある。
それは、シャルティアを殺し、もう一度生き返らせる事だ。
ユグドラシル時代では、一度精神支配におかれたNPCも、殺してもう一度蘇生するという方法で、ほとんどのデバフは精神支配を含め解除された。
問題なのは、そのシステムがこちらの世界でも通用するのか。
もし通用しなかったらどうする。
そもそも誰が殺すんだ。
というかそれをペロロンチーノやエレティカが許すとは思えない。
だからこそ、モモンガは喉まで出かかった言葉を飲み込んで、「ワールドアイテムを使うしかないのだろうか」と口にした。
だが、一時期ゲームから離れていたとはいえ長い間冒険を共にした仲間であるモモンガの言いたい事はペロロンチーノにも分かっていた。
だが、どうしても「シャルティアを殺す」とは言えなかった。
自分がもっとちゃんと見ていれば、と言い出せばキリがないが、とにかく、シャルティアを守れなかった自分が、今度はあろうことかその愛するわが子を、確かでもない方法で救う為に、殺す。
そんな事が許されるのか?
あまりに身勝手な話ではないか。
もしそんな事を言ったら、と考えて、モモンガや姉、エレティカに頬を思い切り殴られる自分の姿を幻視し、ぶるぶると頭を振る。
だが、かといってワールドアイテムを使うという選択肢、それもまた選択し難い物だ。
別にシャルティアの為に使うのならペロロンチーノ本人としては是非もない事である、それぐらいシャルティアを愛している自信はあった。
それに実際、アインズ・ウール・ゴウンが持つワールドアイテムの内、シャルティアを解放するアイテムは確かにある。
だがそれは、あまりに効果が強すぎて、一度しか使用できない物だ。
使っていいのか。
ここで。
シャルティアというたった一人の娘の為だけに、皆の努力と時間の結晶を。
元より、困ったときにはアインズ・ウール・ゴウンは多数決制で物事を決めていた。
そういった習慣もあり、とても自分のワガママだけで使おうとは思えなかった。
しばし沈黙が続く。
そして、ペロロンチーノが意を決したように顔を上げ、口を開く。
「シャルティアを………」
<バタンッ!!!>
「……モモンガ様……!!」
「ど、どうした、アルベド……今は……いや、言ってみろ。何があった」
「エレティカが……」
だがそれを最後まで口にする事はなく、突然モモンガの居た執務室に飛び込んで来たアルベドの声を聞いて、エレティカの名前を聞いて、思わず口が閉ざされる。
だが次の報告を聞いて、再び口が開き、顔は驚愕の色に染まった。
「自室で待機中だったハズのエレティカ=ブラッドフォールンが、いつの間にか単独でシャルティアの元に……!!」
「「「な……何!!?」」」
動き出すエレティカちゃん。
ー追記ー
今回は筆が乗ったのか、頭の中でプロットが完成したのが良かったのか、
随分と早く書き上がり、次回シャルティア編4も
明日の一二時に予約投稿が完了しております。
お楽しみに。
(実は今回のは書き溜めで、明日かそれ以降に投稿する予定だったのに日付間違えて即日投稿になってしまったなんて絶対言えない…………。)