(旧)ユグドラシルのNPCに転生しました。   作:政田正彦

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更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。


冒険者編第三章(2/2)

 エ・ランテル冒険者組合までの道のりはそれ程長くない。

 しかしそれでも到着までのしのしと自慢げに凱旋する巨大ハムスターに乗るのは、羞恥心を煽られる。

 

 今はその効果を発揮していないが、もし今人間化していたら、顔が真っ赤になっていたかもしれないモモン。

 現在は羞恥心を含んだ感情、憤怒等の激しい感情でないものに対しては、沈静化が効かないのか、と、そんな事を思っていた。

 

 

 そして、冒険者組合がまだ見えぬ、道半ばで、送り出していたシャドーデーモンからのメッセージが入る。

 

 

 「……モモン、どうやらあちらに邪魔が入ったようです」

 「うん?…………何者だ?」

 「彼の店兼家、そして工房でもあるあの場所に、戦士風の女が一人、そして物陰に潜むように、司祭のような男が一人、そしてその男の部下だと思われる男が2人です」

 「それはただの冒険者なのではないか?それだけなら、ンフィーレアが薬師であるのを考えると、緊急に薬が必要になったという可能性もあるんじゃないか?」

 「いえ、その戦士風の女ですが、何やら殺気立った不穏な気配を発しており、司祭のような男から「やり過ぎるなよ」と言われているのを目撃したとの事です」

 「そうか……明らかに、クロだな」

 

 

 それを聞いて、モモンは「また厄介事か」とため息をつきたくなるのを堪え、口を開く。

 

 「……面倒だな。シャドーデーモンは飽くまでも偵察用に送り出す、ナザリックの中では戦闘力の低い者達だ……相手がこちら以上の実力者だった場合、無駄に騒ぎを大きくすることになりかねん」

 

 「……かと言って、ナザリックから応援を呼ぶというのもまた他の騒ぎを起こすことになりかねません。彼らの力は家が密集した場所で振るうには、あまりに強大です」

 

 エレティカの指摘はもっともな物だ。

 ナザリックで従えている「荒事」に使う者達というのは、ナザリックを護る為にその力を振るう事が多く、その力の大きさはナザリックという強大であり唯一無二の場所を護る事に適した物だ。

 故に彼らを使い、一般人、それを護る為に、そんな一般人の家で力を振るったらどうなるか。

 

 答えは簡単、その強大すぎる力によって二次災害とも言える事故が起きる。

 それの処理をするのは誰か?

 そう、自分達であった。

 それは大変面倒臭い事だ。

 

 しかも自分達は冒険者になりたての頃に、宿屋で冒険者を投げ飛ばし、その結果更なる面倒に巻き込まれた、という前例もあった為、行動も慎重になるというものだった。

 

 「そうだな……エレティカ、頼めるか?」

 

 であれば、この件に対して、最も有効かつ迅速に対応出来る者は誰か。

 そう考えた時に名前が挙がったのはエレティカである。

 

 彼女は元より「一介の冒険者」として制限された装備をしている為、力を振るったとしても問題無いし、ここで強大な力を使ってほしくないというモモンガの意思も理解している。

 

 が、ここで「冒険者ティカ」ではなく「エレティカ」として命じたのは、もし仮に、相手が予想を上回る実力者だった場合。

 

 その時は冒険者ティカではなく、階層守護者の一人として力を振るう事を許可し、その力を示せ、という事であるという理由が一点。

 

 そして、もう一つ。

 

 

 そもそもの話、ここからンフィーレア=バレアレの家までには距離がある。

 事前に、冒険者組合へ向かうモモンと、ンフィーレアと漆黒の剣とで二手に分かれて逆方向に進んでいるのだから、その距離は今から純粋に走っていたのでは、ンフィーレア達が先に自宅へ到着してしまい、結果その不審な輩に出会ってしまうだろう。

 

 「はい。処置は如何様に致しましょうか?」

 「捕らえてから決めよう。もしお前のヴァンパイアとしての特性である魅了が効くのであればそれで良し、効かなければ……今夜エ・ランテルで()()()()()が一人増える、それだけのことだ。」

 「承知しました。」

 

 であるのにも関わらず、エレティカを指名した。

 その意図はただ一つ。

 

 この件を片付けるのに、ナザリックから応援を呼ぶよりも、エレティカが今から「走って」それらを処理した方が圧倒的に早い。

 ただそれだけの事である。

 

 

 そして、エレティカは、ハムスケ(結局名前は変わらなかった)の背からふわりと浮かぶように飛び降りる。

 そして、彼女の足が、つま先が、地面に着いたその瞬間。

 

 

 《バンッ》

 

 

 突如、彼女が世界から消える。

 

 否、消えているのではない。

 消えたのかと思う程に、速い。

 

 それは銃弾、あるいはミサイル、それよりも速く道を駆ける。

 いや、最初の、何かが弾ける様な音から既に彼女の足は、ほとんど地面についておらず、その圧倒的なスピードで低空を滑空しており、時折、パンッ!という爆ぜたような音を立てる。

 その音の正体は、彼女の足が目に見えぬほどの速さで地面を蹴り、方向転換をしている音である。

 

 《ビュオッ!!》

 

 「う、お!すげぇ、風だなぁ」

 「あら、今何かが壊れる様な音しなかった?」

 「どっかの家の花瓶でも落ちたんじゃないか?」

 「どうせ、どっかの飲んだくれ冒険者が暴れてんのさ」

 「キャッ!」

 

 道行く人たちの、真横を通っている。

 だが気付かれない。

 そのあまりの速さに、道行く人々は皆「強い風が吹いた」としか思っておらず、時折聞こえる破裂音も、どこかの冒険者か、のんだくれの親父が暴れている音か何かとしか思っていなかったのである。

 

 そして、その中には。

 

 

 「すごい風でしたね、今の……」

 「うむ、ンフィーレア殿、大丈夫であるか?」

 「アハハ、大丈夫ですよ。……あぁ、でも薬草の入った袋が今のでいくつか倒れちゃってる……」

 「アチャー、中身、結構出ちまってるぜ」

 「拾うの手伝いますよ」

 

 

 漆黒の剣、そして、薬師ンフィーレア=バレアレの姿があった。

 その「すごい風」はそれを目視し、人知れず自分の目的が達成できそうなことに対して、ニコッと微笑んだ。

 

 

 

 

 「さて、そろそろ帰ってくるだろう」

 

 

 そうカジットが告げて表の見張りに行ってから何分しただろうか。

 

 秘密結社ズーラーノーンの幹部《十二高弟》の一人であり、元漆黒聖典第9席次、人間種最強の戦士でもある彼女、クレマンティーヌは、忍び込んだ家の中で一人、「その時」をじっと待っていた。

 

 

 早く、早く来ないかなぁ。

 

 

 文字だけ見ればまるで恋焦がれる少女がその相手の来るその時をじっと待っているような感じだが……まぁ、ある意味間違いではないのも否定しきれないだろう。

 

 彼女は人類種最強の戦士であると同時に、とんでもない人格破綻者。

 殺戮、拷問といった他者を痛めつけ、殺すことを……愛している。

 

 そんな異端な人物の元に、一つの風が。

 

 住宅が揺れる、とまではいかないまでも、窓がガタガタと音を立てるくらいの強い風が吹いた。

 

 そして、その風が過ぎ去るのとほとんど同時に、《ギィ……》と扉が開かれる。

 

 

 来たっ!!

 

 クレマンティーヌは潜んでいる扉から飛び出してしまうのを必死に我慢する。

 おそらく一緒に来ているであろう冒険者達が、全員中に入ってきたのを確認したら、仲間である、カジットが出口を塞ぐ。

 そういう手筈になっている以上はそれに従うしかない。

 

 しかし、クレマンティーヌはその次の瞬間には歓喜の表情を潜めて「はて?」と首を傾げることになる。

 

 まず、足音が一つしかないのである。

 それも、冒険者というには少し軽い、軽すぎる様な、例えばまだ年端も行かない少女のような足音。

 

 そして次の瞬間聞こえて来た「あの~夜分遅くに申し訳ありません……誰か居ませんか~?」という少女の声で、クレマンティーヌは目的と違う人物であるのに気付き、ハァとため息をつく。

 

 どうやら何かしらの事情があって緊急でポーションが必要になった、とか。

 そんな所だろう。

 

 カジっちゃんも、表で見張っているのなら止めればいいのに。

 今更小娘の一匹や二匹、どうって事ないでしょ。

 

 どうせ、今日起こる死の螺旋で、この子も、この子の帰りを待つ者も、皆、皆皆皆死ぬ事になるのだから。

 

 その少女はいつまで経っても「誰か居ませんか~?」と間抜けな声を上げて人を呼んでいる。

 

 あぁ、まずいな。

 何故カジっちゃんがこれを止めないのか分からないけど、下手したら近隣の住民に聞かれちゃうかもしれないじゃないか。

 

 そうしたら全部殺せばいい、なんて言ったら怒られるだろうなぁ、うん。

 多分、「それくらいの雑事はお前がやれ」ということだろう。

 はぁ、メンドクサイ。

 

 

 「はいは~い、どちらさま~?」

 

 クレマンティーヌは、さもこの店の者ですよと言わんばかりに扉を開き、「可哀そうな少女」を目に据える。

 やはり、思った通り、冒険者と呼ぶにはいささか幼い……あえて言うならば、「冒険者見習いの子供」とでも言った感じだろうか。

 強いて特筆することがあるとすれば、その綺麗なお顔だとか、髪の毛の色だとか、細剣だとか……―――

 

 

 

 ――闇夜に光る、「真っ赤な目」…………とか…………。

 

 

 …………………………………。

 

 

 「あら、奇遇ですね、こんな所で何をしているの?」

 「ほんと、奇遇だね~。今?えっと、う~ん、これ、話しちゃっていいのかなぁ?」

 

 う~ん、流石に死の螺旋の事について話すのはダメなような気もするけれど。

 ま、いっか、お友達だし。

 

 「え~っとぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………との事です。」

 

 正直、自分でも魅了を使うことがあるのだから、対策くらい取っているだろうと思っていたがそんな事は無かった。

 自分ではそんな魔法にかかる事など無いと思っていたのだろうか……その絶対な自信が仇となるのは、こっちでも同じなようだ。

 とはいえ流石にまだこちらが何か言う前に偶然目が合って、そこで魅了が完了するなんてとても思っていなかったけれど。

 

 「クレマンティーヌとやらはスレイン法国の裏切者で追われている身、か……武技についても人間種の戦士最強とまで言われるほどとなると、殺すのは惜しいな。それに情報も持っているだろうし、叡者の額冠という、ユグドラシルでは無かったアイテムも手に入った。問題は人格だが……魅了が効く以上それも問題ないだろう。」

 

 

 現在、二人は無事に依頼を終え、何も知らないンフィーレア・バレアレから報酬を受け取り、漆黒の剣に紹介された宿の一室にて会話をしている。

 

 本来、ンフィーレア・バレアレはクレマンティーヌの暗躍により拉致、居合わせた漆黒の剣のメンバーは皆殺しにされゾンビになる。

 その後墓地で死の螺旋という、街一つがアンデッドの巣窟になってしまうという恐ろしい儀式を行っている、ズーラーノーンという秘密結社とモモンとの闘いが始まり、結果はモモン達の圧勝、以降漆黒の英雄として称えられるようになる。

 

 のだが、エレティカというイレギュラー因子……いや、至高の御方の胃腸薬様の行動により、漆黒の剣はゾンビにもならず、何事も知らずに生存。

 ンフィーレアは大量の薬草を手に入れほくほく顔で自宅でモモンやティカについて祖母に話をしていた。

 

 

 ズーラーノーンの残党達は既に捕えられており、少し脅したら快く情報提供してくれたことにより、情報を照らし合わせても齟齬は無く、クレマンティーヌ、カジットは魅了で完全に支配下にある事を証明した。

 

 

 「しかしなんだな……せっかくならその死の螺旋というものが起きて、ゾンビの大群が墓地から押し寄せて来ている所に颯爽と駆けつけてその問題を解決した……なんて事になっていたら、今頃私達は英雄だったかもしれんな、ハハハ」

 「おっしゃる通りかと……ハッ!?もしや私は余計な事を?」

 「何を言う、そんな事があるものか。今頃はンフィーレアや漆黒の剣の面々が私達の地位と名誉を高める活動に勤しんでくれている事だろう、あのままではそうはならなかった。お前は役に立ったということだ」

 

 ティカとしては、そこは「人命がどうの」という事は触れないのかと思いもしたが、そこは仕方のない事だと割り切っていた。

 

 

 後に、今回支配下に置いたクレマンティーヌは、こちらの世界においてエレティカが唯一自分で支配し、眷属とした事で若干大きめな騒ぎがナザリックで起こるのだが……

 

 『モモンガ様、お話ししたい事が』

 「エントマか?どうした、言ってみろ。」

 

 

 

 

 

 『第一、第二、第三階層守護者、シャルティア=ブラッドフォールン様が反旗を翻しました。』

 

 「…………………………は?」

 

 

 ほとんど同時期に起こったこの大事件によって、彼女の件がナザリックの中で影の薄い物となっていくのは仕方の無い事だった。




あ、あれ?クレマンティーヌさんの出番、もう終わり……?
そ、そんな!!

こんなのあんまりだよお!!!!


カジチャン「ワシの方があんまりじゃわい!!!!!!」



……ちなみにシャドーデーモンですが、レベル的にはガゼフに匹敵しうるレベルなんだよなぁ……。


次回から、シャルティア編です。

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