ゾイドバトルストーリー 中央山脈の戦い 山岳基地攻防戦 作:ロイ(ゾイダー)
ZAC2045年 11月28日 中央大陸西部 ゼネバス帝国領 某所
太陽の光が、砂色の荒涼たる大地に照り付ける。雲一つない青空から降り注ぐ強い日差しが、乾いた大地から更に水分を奪っていく。
中央大陸西部でも有数の乾燥地であるこの地方は、冬が近いこの時期ですら、太陽が姿を隠すことはない。
また水源が限られていることもあってこの地域はオアシスの存在する都市の周囲以外は、殆ど人も住んでおらず、戦略的価値も低い。
その為、これまで共和国空軍による偵察も空爆も殆ど無かった。
だが、この無価値に見える乾いた岩と砂の荒野ばかりの土地には、この国にとって重要な施設があった。
岩と木々が疎らな大地より遥かな地下に存在するその部屋は、闇に包まれていた。その床には、このゾイド星(惑星Zi)に存在する大陸の一つ、中央大陸の全土が、広がっていた。
この大陸は、現在、かつて統一した王の息子達によって2つに分断されていた。その上を一人の男がゆっくりと歩いていた。
長身にがっしりした体躯を有するその男は、裏地を赤く染めた漆黒のマントを翻し、一歩一歩歩みを進める度に眼下の大陸の地形を丹念に眺めている。
男の名は、ゼネバス皇帝…この中央大陸の西側にゼネバス帝国を建設し、兄の統治するヘリック共和国を打倒し、亡き父親であるヘリック大王の偉業 中央大陸統一を夢見る男である。
「明かりを頼む」
よく響く声で彼がそういうと、部屋は、明るく照らし出された。家具一つ無い殺風景な部屋の床には、中央大陸全土の地図が、描かれていた。更にその地図には、各地の地形や要衝、大都市の名前が細かく刻まれている。
皇帝の周囲には、ゼネバス帝国軍の名だたる司令官、将軍達が取り巻いていた。照明の光を受け、彼らの胸元に付けられた勲章や徽章が一瞬、夜空の星の様に光った。
この部屋は、ゼネバス帝国領の西部にある都市の郊外に建設された地下司令部である。地下50㎡に建設されたこの司令部は、地上部を巧妙に偽装の為に植えられた岩や木々によって隠蔽され、その偽りの森には、高性能対空ミサイルを装備したディメトロドンの対空仕様 グレートロドンが配備されている。
そして地下司令部が存在する地下基地は、分厚い鉄筋コンクリートによって覆われていた。その設計には、地球人の技術が導入され、地球で一時期多数建設された核シェルター構造の司令部を参考にしている。司令部に勤務する人間の為の物資の備蓄も半年は耐えられる程の量が常に備蓄されている。
そして、ゾイド格納庫には、基地の電力供給の一端を担っている皇帝専用のデスザウラーが1機、格納庫に配備されている。これらの防備により、この地下司令部は、ZAC2045年、現在の時点でゾイド星(惑星Zi)でも有数の頑強な施設となっていた。
その防御力は、並大抵の砲爆撃で破壊できるものではなく、理論上は、ウルトラザウルスの艦砲射撃にも耐えることが出来た。
一見すると前線を度々視察し、自らゾイドを操縦して戦果を挙げたこともある勇猛果敢なゼネバス皇帝が作戦を立案する場所にしては、余りにも防御され過ぎているかのように思える。
だが、この臆病とまで思える程のコンクリートの窖は、ある教訓に基づくものだった。
それは、ZAC2038年の「皇帝の右腕」攻勢の失敗の原因となった、ミーバーロス上陸作戦にあった。
ZAC2038年に当時のゼネバス帝国軍の総力を結集して行われた「皇帝の右腕」攻勢は、当初こそ共和国の多くの都市を制圧した。だが、戦いが長期化するにつれ、共和国空軍の誇るサラマンダー部隊による補給ルートへの空爆、雨季の到来に伴い、大地が泥濘に変化したことにより、膠着状態に陥った。
ヘリック共和国軍は、南部のクーパー港に当時保有するウルトラザウルスの大半を結集して中央大陸西側 ゼネバス帝国本土への上陸作戦を開始した。ウルトラザウルス艦隊の支援を受けた共和国海兵隊は、ミーバーロスに強襲上陸し、1時間で制圧した。
ミーバーロスを得た共和国軍は、帝国本土に上陸、休む暇もなく、揚陸したゴジュラス部隊を先頭に進撃を開始した。本土を脅かされたゼネバス帝国軍は、慌てて迎撃態勢を取った。
だが、ゴジュラス部隊を陽動にした共和国軍は、それよりも早く帝国に必殺の一撃を加えていた。皇帝自らが全軍の指揮を取っていた帝国軍総司令部を、ウルトラザウルスの艦砲射撃で粉砕したのである。
指揮系統を一撃で破壊されたことで、主力部隊の大半が共和国領に侵攻していたゼネバス帝国軍は、脳天をハンマーで砕かれた戦士の如く機能不全に陥った。
この時、幸いだったのは、最高指導者であるゼネバス皇帝が前線視察で難を逃れていたことであったが、優れた指導者であった彼もこの混乱を収拾することは叶わず、前線には誤報や噂が飛び交い、独自の判断で、勝手に降伏する部隊や撤退する部隊が多数現れた。一時期は、皇帝戦死の誤報すら流れたほどである。
この破滅的な事態を再発させない為にこの地下司令部はここまでの防備を誇っていたのである。
「諸君、我々の敵 ヘリック共和国軍は、中央大陸を東西二つに分けている中央山脈の南から北へと前進を続けている9月には、我が国のイリューション市と共和国領の港湾都市エツミを結ぶ南部山岳道路を制圧し、10月には、大陸中央を横切るミドル・ハイウェイ分断にも成功した。ヘリックの次の目標は、ここだ。この予想は、諸君らの見解と異なるところはないと思う。どうだろう?」
皇帝の周りに並ぶ司令官達は、無言でそれを肯定する。皇帝は、言い終えると同時にその場を移動した。今、皇帝が立っている場所は、地図で言うと、帝国領のトビチョフ市と共和国領のウィルソン市を結ぶルート 北国街道と中央山脈を結ぶ場所だった。そして、その場所には、赤く光る点…ゼネバス帝国軍の基地を示すライトが点滅していた。
「ここには、我が軍最大の山岳基地であるダナム山岳基地がある。共和国軍は、ここを攻め落とし、共和国領に駐屯する帝国軍部隊を袋の鼠にする腹積もりなのだろう。ところで諸君、この共和国軍とは別に、大陸の北から強力な軍団が攻め降りてきていることをご存知か?」
司令官達は、隣の同僚と顔を見合わせた。これまで彼らが敵としてきたのは、共和国軍であり、それ以外は、取るに足らない少数民族のゲリラや野良ゾイド等であった。
その為、共和国軍とは別の強力な軍団等全く想像できなかった。
そんな、彼らの反応を見た皇帝の顔には、笑みが浮かんでいた。
「…それは冬将軍だ。諸君」
「冬将軍でありますか?」
最初に口を開いたのは、この部屋に集められた司令官の一人 第1機甲師団指揮官 ヨアヒム・カウスドルフ少将は、怪訝そうに言った。
「奴らが地形を味方に戦う様に、我軍も自然を味方に付けて戦うということですね?皇帝陛下」
目を輝かせ、自信たっぷりの口調で言うのは、第13戦闘団 司令官 マックス・ハウプトマン大佐である。
この室内のメンバーで最も階級の低いこの男は、大陸東側の占領地での対ゲリラ作戦の為に特別に編成された第13戦闘団の司令官で、共和国軍の戦術について良く知っていた。
「そうだハウプトマン君、連中はこれまで自然を味方にしてきた。こちらも、勝利の為に自然の力を借りるべきだろう。諸君も知ってのとおり、中央山脈の冬は厳しく、また長い。このダナム山岳基地の様なしっかりした基地を持つ我が軍と吹きさらしの険しい山肌にへばりついて戦う共和国軍、どちらがこの寒さに耐えられるか、考えてみるまでもないだろう。」
そう自信に満ちた声で言うと、皇帝はいったん話すのを止めた。
彼の周囲に居並ぶ司令官達は、全員が首を縦に振る。彼らは、中央山脈で戦闘がいかに厳しいものか、その地形と環境が、いかに危険なものか知っていた。
特に冬の中央山脈の厳しさ、特に寒さは想像を絶する。継続して前線の戦力を維持し、兵士達を生存させておくための補給物資の量は、他の季節と比較して2倍から5倍にも跳ね上がるのであった。
その上、それだけの補給物資を継続して送り込むこと自体が困難となる。この状況下で、拠点を持たない側がどれだけ不利なのかは、火を見るより明らかなことである。「皇帝の右腕」の際にも中央山脈を越えての補給には困難が伴った。
またゼネバス皇帝が決戦場に想定した、ダナム山岳基地が、山岳基地としてはこれ以上ない程の充実した拠点であったことも、彼らの判断に影響を与えている。
基地周辺にはトーチカがいくつも配置され、基地その物も、その四方を、2つの分厚く高い防御壁で囲まれている。これらの鉄筋コンクリートの防壁は、砲撃だけでなく、ゾイドによる肉弾攻撃にも対応しており、ゴジュラス等の大型ゾイドの体当たりにも耐える防御力を有していた。
敵が、仮に周辺のトーチカの砲撃を凌いでもこの聳え立つ防壁が敵軍の侵攻を阻む。基地の守備隊も、デスザウラーこそ有さないものの、強力な部隊が配置されている。更に基地内には、長期戦を戦い抜くだけの準備がなされていた。
ゾイドを初めとする兵器を修理する格納庫、寒さから兵員を守り、戦いに疲れた兵員を休ませる為の暖房付宿舎が完備され、倉庫には、長期間の包囲に耐える厖大な補給物資を備蓄することが可能だった。この様に充実した設備を有する基地は、中央山脈では、両軍合わせても数える程しかなかった。
「ダナム山岳基地に共和国軍をおびき寄せ、ここで決戦を挑む。春の訪れを見ることができるのは、我々だけだろう。」
自信に満ち溢れた声で、ゼネバス皇帝は、並ぶ将官らに言った。皇帝の周囲に立つ司令官達の表情は、一様に明るい。
彼らも、長きにわたって続いた戦争に漸く終止符を打つことができるのではないか、と希望を抱いたのである。
だが、その希望は、1年前にも抱いたことのあるものであった。
1年前、国力と技術力の粋を集めて開発した巨大ゾイド デスザウラーをもって侵攻し、共和国首都を陥落させた時、彼らの大半は、ゼネバス皇帝と同じく首都制圧部隊と共にいた。あの時も、彼らは戦争の終わりを確信した。
にもかかわらず戦争は、今も尚続いているということを…
「「「「「はっ!帝国万歳!皇帝陛下万歳!」」」」」
敬礼する将官達の叫びが、狭い室内に反響した。
その声の残響が消えきらない内に、室内の照明が切られ、再び部屋は闇に閉ざされた。
この会議の3日後、中央山脈 ダナム山岳基地周辺で最初の戦闘が発生した。
こうしてダナム基地を巡る帝国と共和国の長い戦いは、静かに幕を開けた。
ZAC2045年 12月1日 中央山脈北部 ダナム基地付近
万年雪で飾られた山頂より吹き下ろしてくる猛烈な吹雪は、激しく、人間がこの地に足を踏み入れることを拒む山の意志の様と錯覚しそうだった。
中央大陸の北端に位置する極寒地域 ザブリスキーポイントからは離れているものの、山頂から山腹まで万年雪の白が占めるこの地の寒さは、想像を絶する。
冬の北国街道は、長年難所の一つとして扱われてきた。地球人の技術導入以前のヘリック王国の時代には、ゾイドを複数有する探索隊が数度派遣され、遭難の末全滅したこともある程だ。その為、このルートを通る人間は、冬には大幅に減ることとなる。そんなこの地を移動する者達がいた。
分厚い鉛色の雲に覆われた灰色の空から降り注ぐ白い雪が降り積もる中を、1機のゾイドが移動していた。
「そうか、お前も寒いか…もう少しだ。我慢しろ俺だって寒いんだ。」
ヘリック共和国軍第223遊撃大隊第4小隊隊長 フレドリック・ウォーレン中尉は、愛機のコックピットで呟いた。それは、彼の相棒である細長い体躯の金属生命体に対して言った言葉であった。
人間の手で、戦闘用に改造される前、温暖な砂漠地帯に生息していた彼の相棒にとって、身を切る様なここの寒さは不慣れだろう。
細長い体躯を持つそのゾイドは、遠目から見ると、細い紐が動いている様に錯覚してしまいそうだった。彼の相棒、蛇型小型ゾイド スネークスは、細長いボディによって不整地、山岳地での行動能力に優れていた。
この機体は、低い姿勢と高い隠密性能を生かしての奇襲戦法を得意とし、現在行われている中央山脈付近の山岳地帯でのゲリラ戦でも、戦果を挙げていた。指揮官機であるウォーレンの機体の後ろには、更に3機の同型機がいた。
彼らの任務は、ダナム山岳基地に対する偵察任務。
それは、ゼネバス帝国軍が基地に増援を送りこむのを確認し、その情報を友軍に持ち帰るという一見地味に見えて重要な任務である。彼らの送り込む情報が今後この地域で繰り広げられる戦いに影響を与えることとなる。
「しかし隊長、上はどうして俺達にこんな雪の中にいけなんて命令を出したんでしょうね。いくら天候不順で空軍が出せないからって俺達がこんな吹雪の中に出るなんて…こんな任務、シールドライガーやコマンドウルフにやらせればいいんだ。」
スネークス3番機のマイク・パーシング曹長は、投げやり気味に言う。彼は、この偵察任務に不満を持っていた。
「仕方ねえさ。シールド部隊は、先月のミドル・ハイウェイの封鎖作戦に駆り出されたんだからな。それに俺達のスネークスの低探知性は、その2機種よりも上だ。」
ウォーレンは部下を宥めたが、彼自身この任務に疑問を持っていた。偵察任務に小型でセンサーに感知されにくいスネークスを用いるという判断は、一件正しい様に見える…ゾイドの生物的な側面を無視するならば。
蛇型ゾイドであるスネークスは、ゾイドの生物学的分類では、ゴジュラス等の恐竜型と同じ爬虫類型に属する。中央山脈北部の様な寒冷地では、哺乳類型に比べて寒冷地適性で劣る爬虫類型ゾイドの行動能力は低下する。
ゾイドの改造技術が原始的だった古の部族間抗争の時代には、爬虫類型ゾイドを寒冷地で運用することは、パイロットとゾイドの死を意味した。やがてゾイドそのものを改造するメカ生体化技術の確立、地球人の技術導入を経て、この欠点は、多少の性能低下程度に改善されている。
だが、それでもスネークスは、短時間の戦闘なら兎も角、この長距離偵察任務の様に長期間吹雪の中を進撃する様な任務には適していなかった。もし性能が低下した状態で、敵機と遭遇すれば、撤退することも出来ずに全滅させられる危険性があった。
彼には、この任務は、貴重な人員とゾイドを作戦の為に使い捨てにする様に見えてしまっていた。
「そうですよマイク曹長、我々の他にもスネークス装備の部隊は今回の任務に参加していますよ。早く任務を終わらせましょう。」
スネークス2番機のパイロットのリサ・キサラギ曹長が弾んだ声でいう。黒髪が特徴的な彼女は、遥か6万光年先にある惑星 地球の宇宙船 グローバリーⅢによってこのゾイド星(惑星Zi)に来訪した地球人の出身であった。
十数年前に墜落したこの宇宙船によって両国に伝わった地球の高度な技術と戦術は、この大陸を発展させると同時に、ゾイドの性能を強化し、この戦争を激化させていた。
5分後、彼らは、偵察任務に適した地域にたどり着いた。そこは、細い胴体を持つスネークスでなければ、進むことも困難な、山腹の険しく尖った岩に囲まれた場所だった。
眼下には、ゼネバス帝国軍の誇る中央山脈の拠点 ダナム山岳基地がある。この場所からは、中央山脈を形成する山々に囲まれた平らな場所に設置された基地の姿が一望できた。
辺りが、尽く雪によって白く染まった中で、基地施設を構成するコンクリートの灰色と鋼鉄の鈍色は異質で、一目でそれが人工物であることを教えていた。その基地の周りには、小さな四角い灰色の物体がいくつもあった。
それは、基地の周囲に設置された防衛用のトーチカである。そして…その周囲で時折、銀色に光る物体は、守備隊のゾイドの装甲の輝きである。
4機のスネークスは、下に存在する巨大な要塞とそこに存在する戦力の情報を収集すべく、行動を開始した。
「もう少し接近しますか?」
「いやリサ、これ以上近付くとセンサーに捕捉されるリスクがある。情報を持ち帰ることを優先し、ここから偵察を行う。各機、これより偵察行動を開始する。観測センサーを最大にしろ。俺は、基地外周のトーチカと守備隊を、マイクは、基地内の戦力を、リサは、基地への敵の増援部隊の接近を見張れ、ブライアンは、見張りを頼む。」
「…了解」
スネークス4番機のブライアン曹長は頷いた。この褐色肌の巨漢は、この部隊の中で最も寡黙だった。
3機のスネークスは、眼下に存在する基地とその周囲に対する索敵行動を開始した。
「こちらマイク、格納庫エリアらしき区画の付近にレッドホーンが5機。東の監視塔付近には、ヘルキャットが1機います。」
「わかった。偵察行動を続けてくれ、トーチカは東にあるのだけで10はあるな、基地外周のトーチカの周囲には、イグアンか、ハンマーロックが各2機か。」
「隊長、基地から交代の部隊が出てきました。西ゲートからです」
「解ったリサ、こちらも確認した。ツインホーンらしき機影も見えるな、ん?あれは、ブラックライモスか。連中最新鋭機を送り込んでいるな」
ブラックライモスは、分厚い装甲と高い火力を有する小型レッドホーンとでも言うべき強力な中型ゾイドであった。
「あいつが偵察ビークルを飛ばして来たら厄介ですね。」
「…ああ」
ブラックライモスは、背部に偵察ビークルを搭載している。帝国軍側は、偵察任務、弾着観測や通信不能状態での連絡任務にこれを活用しており、今回の様に敵との遭遇を避けたい状況では会いたくない敵でもあった。
「隊長!見てください!」
メインゲート付近の増援部隊の接近を見張っていたリサが、大声で叫んだ。
「どうした!?敵襲か?!」
ウォーレンは、一瞬敵襲かと思った。だが、それは間違いだった。
「違います!とにかくメインゲートの手前を見てください!あれを!」
リサは慌てた声でまくしたてる。ウォーレンと残り2人の隊員は、リサのスネークスが監視していた場所、ダナム山岳基地のメインゲート付近……ダナム山岳基地に入る増援部隊や補給部隊は、メインゲート以外の門が小さいという基地の構造上このゲートを利用する。
「…嘘だろ…なんであの機体が?」
「…!!」
彼らは、基地へと入っていく増援部隊の先頭に立つゾイドを見た。それは、よく磨かれた白い床に置かれたルビーの様に鮮やかであった。
雪原に置かれたその宝石の名は、アイアンコングmkⅡ限定型―――――中央大陸戦争前期におけるゼネバス帝国軍のゾイド製造技術の結晶であった。
アイアンコングmkⅡ限定型は、ゼネバス帝国軍が、スパイコマンドー「エコー」が開発に関わったウルトラザウルス撃破を目的に開発した強化型アイアンコングである。機動力を強化する背部の高機動スラスター、ゴジュラスを一撃で破壊可能なビームランチャー、サラマンダーを含む共和国飛行ゾイドを撃墜可能な威力を持つ背部対空ミサイル等の追加装備によって攻撃力と機動力を強化され、その性能は、たった1機で任務を完了する能力を有していると言われている。
その高い性能故、パイロットには、高い操縦技量を要求し、製造コストや整備性の悪さ等の問題があった為、ライバル機であるゴジュラスmkⅡ限定型と同じく、一部機能、装備をオミットした量産型の量産によって少数が生産されたのみで打ち切られている。
デスザウラーの登場後は、ゼネバス軍最強のゾイドではなくなったが、それでもその高性能は、健在で参加した数々の作戦で帝国を勝利に導いた。
鮮やかな赤い機体色から「赤い悪魔」とも称されるこの機体は、共和国兵からアイアンコングmkⅡ限定型を見て生き延びた者はいないと言われる程恐れられていた。
「アイアンコングmkⅡ…帝国軍は、ここを何が何でも守りたいらしいな。」
そう言ったウォーレンの声は、震えていた。彼の心は、怯えを感じていたのである。
他の隊員も彼と同じ感情を抱いていた。友軍のウルトラザウルスを目撃したことのあるウォーレンも、アイアンコングmkⅡ限定型と遭遇したことは、今回が初めてだった。
彼だけでなく、この部隊に、アイアンコングmkⅡ限定型を実際に目撃した者はいない。彼らにとってそれは、畏怖と共に語られる神話の英雄の様な存在であった。
そんなゾイドとそれを任される程の能力を持つパイロットがこの戦いに敵側に存在していることに彼らはこれから起きる戦いについて悪い予感を感じずにはいられなかった。
更にアイアンコングmkⅡ限定型の背後には、アイアンコングmkⅡ量産型が8機いた。
そしてその後ろからは、イグアン、ハンマーロックやマルダー、モルガの部隊が隊列を組んで進んでいた。部隊の最後尾には、大型電子戦ゾイド ディメトロドンが2機と護衛のイグアンが4機いた。暫く、第4小隊の通信回線を沈黙が支配した。
「赤い悪魔までいるのか…帝国の奴ら、ここにどれだけ戦力を集めているんだ…」
最初に沈黙を破ったのは、部隊内でも最も口数の多いマイク曹長だった。その声は、それぞれ、突如現れたアイアンコングmkⅡ限定型について考えてしまっていた残り3人を現実に引き戻す。
「それについては後方の奴らが決めることだな。よし、各機、画像データは記録したな?ダナム山岳基地への偵察任務は完了した。長居は無用だ。さあ帰るぞ。温かいスープが待ってる。」
ウォーレンは、部下に命令を下した。アイアンコングmkⅡ限定型等の大戦力が存在していることを確認しただけで、大収穫と言える。索敵能力の高いディメトロドンを複数確認している状況で、これ以上敵地に残るのは、余りにも危険だった。
「「「了解」」」
任務を終えた彼らは、足早に山岳地帯に隠された友軍拠点へと去って行った。
彼ら以外にも複数の偵察部隊がダナム山岳基地の周辺に派遣され、少なくない数の部隊が、未帰還となった。
だが、この第4小隊を含めて約半数の部隊が、無事に山岳地帯の奥に設営された友軍拠点に帰還することが出来た。彼らを含む強行偵察隊が持ち帰った情報は、司令部の戦力分析に役立てられることとなる。