暗い暗い夜の公園を、結衣は走っていた。
はぁ、はぁ、はぁ――
耳に響くのは、自分自身の掠れた喘ぎ声。
ぼんやりと霞む視界に、公園出入口のゲートが見える。
(あそこまで、行けば)
その時、甲高いブレーキ音が聞こえた。
ゲートの向こうの歩道に自転車が止まり、制服姿の人影が降りる。
若い男の警官だった。
必死に逃げ惑う結衣の姿に、ギョッと驚く。
「君、何かあったのかね?」
「た、助けてくださいお巡りさん。その……」
警官に駆け寄ろうとする結衣だが、不意にその肩が背後から捕まれる。
追いつかれた!?
恐怖で顔を強張らせながら結衣は振り向き、目を丸くする。
そこにいたのは、学生服姿の八幡だったのだ。
「ひ、ヒッキー?」
「…………」
八幡は無言のまま結衣を背後に押しやると、大股で警官へと近づく。
「何だね君は? 彼女の友人かね?」
戸惑う警官の問いにも、八幡は答えない。
代わりに制服のポケットから、精緻な彫刻が施されたライターを取り出した。
そのまま慣れた手つきで、火を灯す。
揺らめく緑の炎に、結衣は息を飲む。
その炎を見た警官の両眼に、奇怪で異様な紋様が浮かび上がったのだ。
「やっぱり、こっちがあたりか」
言うなり八幡は、制服の上着を脱ぎ捨てる。
その一挙動で、八幡の姿は昨夜の黒衣へと変じる。
「ふん、魔戒法師か」
警官がニタリと、不気味な笑みを浮かべる。
その足元で地面が揺らぎ、暗がりの中から何かが這い出す。
「ひっ」
それを目にした結衣が、小さな悲鳴を上げる。
甲高い叫びと共に身を起こしたのは、昨夜の悪魔じみた影だったのだ。
結衣のその反応に、警官は満足そうにうなずいた。
そのまま、八幡へとあごをしゃくる。
「昨日は私の同胞が世話になったようだな。是非とも、君にお礼をしたいそうだ」
その声に従い、翼を広げた影が夜空に舞い上がった。
それを見た八幡は、小さくため息をつく。
「そういうお気遣いは結構なんで、早々にお引き取り願えませんかね? 出来れば魔界まで」
「あのような美味な獲物を前に、それは無理な相談だな」
警官の嘗め回すような目線に、結衣はたちまち震え上がった。
「ま、プリズンホラーにそんなこと言っても無駄だよな。当たり前か」
そうぼやいた八幡が、結衣を振り向く。
「由比ヶ浜、巻きこんで悪い。その、事情は後で説明するんで、今は大人しくしていてくれ」
不思議なことに、その声を聞くだけで、結衣の中の恐怖が薄れる。
「わ、分かった。よく分からないけど」
コクリとうなずいた結衣は、続けて八幡に尋ねた。
「ヒッキーは、大丈夫なんだよね?」
「ああ、任せろ」
○ ● ○ ● ○
(任せろ、か)
自分自身の言葉に内心で失笑しながら、八幡は魔法衣の懐から魔導筆を取り出す。
巻きこまれたクラスメイトを安心させるためとはいえ、そういう言葉は自分の柄じゃないというのに。
意識を、眼前のホラーに集中する。
警官――の姿をしたホラーの方は、動く気配はない。
どうやら八幡の相手は、素体1匹に任せるつもりのようだ。
こちらをたかが法師1人と見て、完全に舐めているのだろう。
「いくぞ」
上空の素体に向かってそう言いながら、八幡は魔導筆に自身の魔導力を注いだ。
素早く筆を走らせ、淡い燐光の灯った穂先で虚空に複雑な法印を描く。
次の瞬間、頭上のホラーを狙って法力の光弾が走った。
1つ、2つ、3つ――散発的な対空砲火を、だがホラーは易々と回避する。
その温い攻撃に嘲りの軋り声を立てながら、ホラーは急降下、焦る八幡に直上から襲いかかった。
「ヒッキー危ない!」
結衣の悲鳴が響く。
八幡は懸命に半歩退き、身を反らした。
一撃二撃と頭上から振るわれたホラーの爪を、必死の足捌きと体捌きで、辛うじて回避する。
そして三撃目が繰り出される寸前、交差法気味に突き出された八幡の魔導筆が、ホラーの胸板を捉える。
そのままホラーの肉体へと、直に法印を刻んだ。
「破っ!」
八幡の気勢と共に、爆散の術が発動。
素体ホラーの肉体は、微塵に消し飛ぶ。
やった――八幡の口元に浮かびかけた勝利の笑みは、だが一瞬で引きつる。
撒き散らされた素体ホラーの血肉を突っ切り、警官のホラーが八幡に踊りかかったのだ。
いまだ人の姿を保っているにもかかわらず、その動きは素体よりも遥かに速い。
「調子に乗るなよ、法師風情が!」
突き出されたホラーの右拳が、八幡を殴り飛ばした。
凄まじい衝撃と共に、八幡の体は軽々と宙を舞い、そのまま受け身も取れずに地面へと叩きつけられる。
「ヒッキー!!」
地面に引っ繰り返ったまま弱々しくもがく八幡に、結衣は駆け寄った。
ダメージで霞む八幡の視界に、涙でクシャクシャになった結衣の顔が映る。
「やだよヒッキー……死んじゃやだ……」
「いや、大丈夫――死ぬほど痛いが――まだ、死ねそうにない――」
切れ切れの声でそう答えながら、八幡はまたもや自嘲する。
情けない。
一端の守りし者を気取っておきながら、自分だけではクラスメイトの1人すらホラーから守りきれず、逆にこうやって心配される有様だ。
そう、自分だけでは――
「ふん、どうやら観念し……」
警官のホラーの声が、不意に途切れる。
同時に、風が走った。
「貴様!?」
高々と跳躍した影が、黒い長衣の裾を翻しつつ、ホラーに踊りかかった。
銀光一閃。
夜目にも鮮やかに奔った斬撃が、ホラーの右腕を斬り飛ばす。
甲高い、不快な悲鳴が耳をつんざいた。
「ま、魔戒騎士か――」
飛び退ったホラーが右腕の傷を押さえつつ、新たな闖入者をにらむんだ。
油断なく剣を構えた騎士の後ろ姿に、八幡は毒づく。
「ったく、肝心な時に遅いんだよ」
「すまない、足止めを食っていた」
そう詫びながら、騎士は振り向く。
その顔を見た結衣が、ハッと息を飲んだ。
「は、隼人くん?」
○ ● ○ ● ○
突如として現われた葉山の姿に、結衣はすっかり困惑していた。
「結衣、さっきは恐がらせたみたいだな。すまなかった」
そう詫びる葉山の顔には、いつも通りの爽やかで頼りがいのある笑みが浮かんでいた。
それをじっと見ながら、結衣はポツリとつぶやく。
「あたし、てっきり隼人くんが、あの黒いお化けの正体だと思ってた」
「は?」
「ぶっ――!」
結衣の正直な一言に、葉山は目を丸くした。
八幡は寝転がったまま盛大に吹き出すと、何とも人の悪い笑みを浮かべる。
「おい魔戒騎士サマ、由比ヶ浜の目にはお前がホラーに見えたようだぞ」
「俺の不徳の致すところだ、甘受して反省しよう」
そう苦い声で答えながら、葉山は警官のホラーへと向き直る。
「おのれ、おのれ、おのれ」
呻く警官の足元が、ぐにゃりと歪んだ。
結衣もすっかり見慣れた黒い影――素体ホラーが、次々と身を起こす。
その数、10体以上。
緊張に身を強張らせた結衣の傍らで、八幡がポツリと言った。
「手助けはいるか?」
「いらない。これは俺たち騎士の務めだ」
「……そうかよ」
葉山の答えを聞いた八幡の表情が、わずかに歪んだ。
と、十数体ものホラーが一気に葉山へと殺到する。
「は、隼人くん――」
「参る!」
やや時代がかった気合いの声と共に、葉山はホラーの群れを迎え撃つ。
桁外れの強さだった。
葉山の剣が一閃する度に、次々とホラーが斬り捨てられていく。
ある者は首が飛び、ある者は肩口から切り下げられ、またある者は胴を両断された。
絶え間なく断末魔の絶叫が響いた。
斬られたホラーは黒々とした血肉を撒き散らしながら、霞のように夜闇へと消え去る。
八幡が1匹を仕留めるのにすら手こずった魔物が、まるで草でも刈るかのように、容易く打ち倒されていった。
葉山が全ての素体ホラーを斬るのに、1分とかからない。
次はお前だ、そう言わんばかりの視線を、警官へと向ける。
「GRUUU!!」
獣じみた叫びと共に、警官の体が膨れ上がった。
その姿が、瞬時に異形の巨体へと変じる。
今まで結衣が目にした素体ホラーとはまるで異なる、だがどこか似通った姿だった。
異様なほどに発達した上半身を、不釣り合いに小さな下半身が支えている。
腕は丸太のように太く、対称的に脚は針金のようにか細い。
「本性を現わしたか」
硬直する結衣のすぐ側で、八幡がゆっくりと身を起こす。
ホラーの胴体に半ばめりこんだ、握り拳ほどしかない小さな頭――その両眼が葉山をにらみつけた。
「来い!」
鋭い声と共に、ホラーが葉山に襲いかかった。
貧相な脚によるものとは思えない、突進の速度。
左右の豪腕が唸りを上げる。
大気を引き裂いて迫る拳を、葉山は剣で打ち払い、素早く飛び退って間合いを取る。
と、その葉山に向けてホラーは、大きく広げた両手を向けた。
その手の平には、まるで砲門のような深い穴が、ポッカリと開いていた。
ホラーの唸り声と共に、その穴から黒々と粘ついた液体がほとばしる。
危険を察知した葉山は素早く身を捻り、その粘液をかわす。
粘液は葉山の背後に立っていた楡の木にべったりとこびりついた。
たちまち、白煙と異臭が立ちこめた。
緑の葉が次々と黒く染まって枝から落ち、その枝も大きく拗くれ、幹に亀裂が走る。
あっという間に楡の木は枯死してしまった。
「毒か、厄介だな」
そうつぶやく八幡に、静かな声が答える。
「正確には、酸ね」
そう言いながら夜闇の向こうから現われた人影を、ある意味で結衣は予想していた。
「やっぱり、雪ノ下さんもなんだ……」
もごもごとつぶやいた結衣に、雪乃は小さくうなずく。
彼女もまた、八幡や葉山のそれと似通った黒装束を身につけていた。
ロングスカートに深く開いたスリットからのぞく脚の白さとしなやかさは、同性の結衣が思わず息を飲むほど艶めかしい。
もっとも大胆に開いた胸元の方は、些か以上に貧相で寂しかったが。
「あれは陰我ホラー・ルスター。女性を嬲り殺しにしてその苦痛を食うことを好む、最低のホラーよ」
雪乃は鋭い視線をホラーに向けながら、淡々と語る。
「葉山くん――その陰我、あなたの手で断ち切りなさい」
「ああ、分かっている」
そう言いながら葉山は、手にした剣を高々と掲げた。
そのまま頭上で素早く一回転させる。
剣の切っ先が円を描き、その形に空間が割れ飛んだ。
光と共に降り注いだ白い何かが、葉山の全身を包む。
それは、鎧だった。
頭頂から足先までをくまなく覆う、染み一つない白一色の甲冑。
騎士の名に相応しい重厚かつ流麗な立ち姿の中、その貌は牙剥く憤怒の狼面である。
「綺麗……」
白き騎士の姿を見て、思わず結衣はつぶやいた。
○ ● ○ ● ○
「――――」
純白の騎士の姿を、八幡は無言で見やった。
誰にも気づかれないよう、小さく舌打ちする。
葉山隼人、またの名を
数ある魔戒騎士の系譜でも、指折りの名門である雪ノ下家――その当主の直弟子であり、2人の娘に代わって剣と称号を継いだ若き俊英。
八幡のような半端な成り損ないとは違う、
葉山は悠然たる足取りで、ホラー・ルスターへと近づく。
低く唸ったルスターは、先ほどの酸を次々と放つ。
だがもはや葉山は、それをかわそうとすらしない。
ただ眼前に、手甲をつけた左腕を掲げただけ。
それで十分だった。
飛び散った魔界の強酸は純白のソウルメタルに染み1つつけることは出来ず、虚しく霧散する。
狼狽えたホラーをにらみ、
静から動への変化は、急激だった。
闇の中に走る、白い閃光。
神速の踏みこみでルスターの懐に飛びこんだ葉山は、そのまま必殺の一撃を放つ。
「終わりだ」
大上段に構えた剣を、真っ向から振り下ろす。
ただそれだけの動きが、なぜあそこまで美しいのだろうか?
両断されたホラーの巨躯は、瞬時に崩れ果てた。
○ ● ○ ● ○
ホラーを斬り捨てた直後、残心を取った葉山の全身から鎧が離れ、虚空へとかき消えた。
小さく息をつきながら額の汗をぬぐう葉山を、結衣はぼうっと見やる。
「終わったわ、由比ヶ浜さん」
雪乃の声に、結衣はゆっくりと顔を上げた。
「終わった、の?」
「ええ。これでもう、あなたがホラーから狙われることはないわ」
そう断言する雪乃を、結衣はじっと見上げた。
その両眼が不意に潤み、結衣は雪乃にひしと抱きつく。
「ゆ、由比ヶ浜さん?」
「怖かったよお……すごく、怖かったよお」
結衣は雪乃の胸に顔を埋めると、激しくしゃくり上げた。
まるで子供の様に泣きじゃくる。
そんな結衣の反応に驚く雪乃だが、すぐに表情を緩めた。
「そうよね。怖かったわよね。でももう、大丈夫よ」
優しく、諭すようにそう告げながら、結衣の髪を撫でさする。
そんな2人の少女の姿に、八幡はポツリとつぶやいた。
「……あらやだ、これが尊いってやつ?」
「お前は何を言っている」
呆れかえった葉山のツッコミは
と、くぐもった笑い声が聞こえた。
「あながち、比企谷の言うことも間違ってはいないな。仲良きことは美しきことなり、だよ」
含み笑いをしながら現れたのは、国語教師の平塚だった。
そっと結衣から身を離した雪乃が、顔をしかめながら平塚をにらむ。
「ずいぶんとお暇そうですね。番犬所を空にして大丈夫なのですか?」
「ご挨拶だな。教え子の危機と知って飛んできたというのに」
そのやり取りに目を瞬かせた結衣は、スーツ姿の女教師を見やった。
「えーっと、平塚先生もそういう人なのですか?」
「うむ、私もそういう人なのだ」
悪びれずに笑いながら、平塚は車のキーを取り出す。
「由比ヶ浜、家まで送ろう。ご家族も心配しているだろうし、私からフォローしておく」
「は、はい」
平塚の言葉に、結衣はうなずく。
「雪ノ下、葉山、それに比企谷。3人とも、本当に良くやってくれた。若いながら、もう立派な守りし者だ」
「…………」
その賞賛に、3人は無言で顔を見合わせる。
「私は騎士や法師が、人の世から離れすぎるべきではないと思っている。ただ掟と使命のためだけに剣を振るうのではなく、より多くの人々と交わり、彼らを守る意味と意義を見いだして欲しいのだ。今日こうやって、由比ヶ浜を守ったようにね」
結衣の肩に手を置きながら、平塚はゆっくり語った。
「私は君たちにただ硬いだけの鉄ではなく、しなやかな鋼になってもらいたい」
沈黙の中、雪乃と葉山は無言の一礼で答えた。
そして八幡は、サッと右手を挙げる。
「あのですねシズカ神官、1つ聞いていいですか?」
「何だね?」
「今のそれっぽい台詞、何のマンガの受け売りですか?」
ヘラヘラ笑う八幡を見て、平塚のこめかみにクッキリと青筋が浮かぶ。
「比企谷――歯を食いしばれ!!」
顔面にめりこんだ神官の拳は、ホラーの一撃より痛かった。
○ ● ○ ● ○
八幡が自宅に帰り着いたのは、そろそろ日が変わろうという刻限だった。
「ただいま」
「お帰りなさい、お兄ちゃん。ホラー退治お疲れ様」
まだ明かりのついていたリビングで、妹の小町が八幡を出迎えた。
手にした赤い短冊状の札に、サラサラと筆を走らせている。
「こんな時間まで界符造りか。先に寝ていいって言っただろ」
「うーん、でもお兄ちゃんが一種懸命に頑張ってるのに、小町だけお休みなさいってのは何だかダメな気がしたの。あ、今のちょっと小町的にポイント高い」
ニシシと笑った小町は、仕上げた符の様子を確かめる。
満足げにうなずくと、勢いよくソファーから立ち上がった。
「晩ご飯のカレー温めてくるから。お兄ちゃんは待っててね」
「頼む」
台所へ急ぐ小町を見送り、八幡はソファーに座りこんだ。
傍らに丸まっていた猫――の姿をした使い魔のカマクラが、小さくニャアと鳴く。
共働きの両親がそろって出張中のため、今この家には兄妹2人とカマクラしかいない。
比企谷家は、典型的な核家族なのだ。
もっとも父が魔戒騎士で母が魔戒法師というその職業は、一般的な家庭とはほど遠いものだが。
(騎士、か)
比企谷家は称号こそ持たないが、代々続く騎士の家系だ。
父の持つ無銘の剣と鎧をいつか自分が継ぐのだと、幼い頃の八幡は信じて疑わなかった。
その夢を捨てたのは、確か――
「お待たせ、お兄ちゃん」
小町の元気な声に、八幡は顔を上げた。
カレーの良い匂いが、ふと記憶をくすぐる。
あれは確か八幡が9歳だった時のこと。
人里離れた山奥の修練場で、同年代の子供たちと魔戒騎士の修行に励んでいた際にも、仲間たちとカレーを食べたことがあったのを思い出したのだ。
『えっ、今日は全員カレーライス食っていいのか』
『ああ、しっかり食え』
(もぐ もぐ もぐ)
『おかわりもいいぞ!』
『…………』
『遠慮するな 今までの分食え……』
『うめ、うめ、うめ』
幸いなことに、いきなり指導の導師がガスマスクを被ったりはしなかったが。
「……優しい世界」
「何を言ってるのお兄ちゃん?」
そっと目頭を押さえる八幡に、小町は呆れ声でそう言った。
「あー、なんでもない」
そう答えながら、八幡はゆっくりとカレーを味わった。
それにしても皮肉なものだ、そう八幡は思う。
あの時、共に並んでカレーを食べた同胞の1人が、今や――なのだから。
もっとも向こうは、あの時のことなどとっくに忘れているだろうが。
そして、八幡自身は騎士の道から逃げた。
剣を捨て、中途半端にかじった法術で、いまだ魔戒法師にしがみついている。
そんな自分は、きっと――
「おい、小町」
向かいに座っていた小町が、うつらうつらと船を漕いでいるのを見て、八幡は我に返った。
「もう部屋で寝ろ。後片付けは俺がしておくから」
「うん、お願い……」
眠そうに目をこすりながら、小町は立ち上がった。
フラフラと頼りない足取りで、リビングを後にする。
「お休み」
そんな妹を見送り、八幡は重い息をつく。
心中で、先ほどの独言を続けた。
――やはり俺が守りし者なのはまちがっている。