「うぅ・・・たてがみちゃん・・・たてがみちゃんっ」
サーバルのすすり泣く声が聞える。博士と助手は、レオポンが消えていった森の方を見ていることしかできない。その場で動けたのは、負傷したかばんを手当しようとするボスだけであった。
『オオコノハズク、ワシミミズクは、かばんの手当を手伝って。取りあえず図書館に運び込むんだ』
「博士、かばんの治療をいそぐのです」
ボスの指示通りに、博士はかばんを図書館の医務室に運び込み、止血などを施す。幸い傷は深くはない。治療の中でラッキービーストが博士達に話しかけたり、毛皮が着脱可能であるとわかったり、初めてのことが多々あったが驚く余裕などなかった。
『これで応急処置は終わったよ。あとは安静にして、専門の医療スタッフに診てもらうと良いよ』
ボスはそう言って治療室から出る。入れ替わるように助手がサーバルを連れて医務室に入ってきた。かばんの隣のベッドにサーバルを座らせ、一旦博士は助手とともに医務室を出ると、抱え込んでいた心の内を話し始めた。
「助手、私達はなぜこんなことを続けているのでしょう?真実を伝えることが、果たして本当にフレンズの幸せになるのでしょうか」
今まで数え切れない程多くのフレンズに知識や助言を与えてきた。その中には絶滅した動物のフレンズもいたし、そのことで怒りや理不尽な感情をぶつけられた事もあった。しかし、今回の事件の痛みはそれらとは比較にならないほど耐え難いものであった。
「博士、今回の事件はレオポンであるたてがみと、ヒトであるかばんがたまたま同時に現れた事によって生じたのです。そのことでレオポンがかばんを襲う事は想定外でしたし、サーバルの件も、フレンズ同士の恋愛のあり方を履き違えたサーバルの責任です。3人が揃わなければ起きなかったことですし、博士は何も・・・」
「違うのですよ、助手。私がもっと配慮していれば、サーバルを傷つけない言い方も出来たかもしれません。かばんに怒りが向かないように、優しい嘘がつけたかもしれないのです」
「ですが、あのままの状態でも3人の間でいずれ破綻が起きていたでしょう。特にサーバルの恋愛感情は最たるものです。真実を知って、受け入れられるかは彼女達の責任なのです。我々は彼女達を公正に助けはしても管理はしない。それが、島の長としてのあり方だと私は信じています」
「そんなことっ」
そんなことは解っている。しかし博士は言い切れなかった。助手は感情を動かすこと無く言った。
「博士、私達まで感情的になってはいけません。まだかばんに話す事は残っています。かばんの容態が落ち着いてから、説明するのです。今はそのことに集中するのです」
その言葉は、助手なりの気遣いなのかもしれない。博士はそう解釈すると、再び医務室に入っていった。
「かばん、傷は大丈夫ですか?」
博士が再び医務室に入ってきた。ついさっきまでこちらを試していたときとは打って変わって、申し訳なさそうにかばんに視線を向ける。
「はい、少しあとが残っちゃいそうですが・・・たぶん」
「良かった・・・少し、お話は良いですか?」
「えぇ。サーバルちゃんは泣きつかれて寝ちゃったみたいなので、今のうちに聞きたいです」
かばんは隣のベッドすやすやと寝ているサーバルを見て言う。元々博士を信用していなかったサーバルは先程のショックもあって博士に何をするかわからない。怪我人とはいえ頼りになるのは自分だけだった。
「そうですか。もしかしたら、またショックを与えてしまうかもしれませんが、ヒトについての話なのです。よく聞いてください」
何度も念を押されて、かばんは少し身構える。かばんが無言で頷くと、博士は話を始めた。
「かばん、アナタはヒトが住むところを探していると言っていましたが、ヒトは今、絶滅した可能性があります」
「!?」
先程レオポンの絶滅の話を聞いたとは言え、かばんは自らの類縁の絶滅には衝撃を隠せなかった。
「これは決まった話ではありません。少なくとも、このパークにはヒトはいません。かつてパークを作ったヒトは、ある時を最後に、島から姿を消したのです」
「ある時とは?」
「わかりません。港での目撃情報を最後に、ヒトはばったりと姿を消しました。その情報も口伝で記録ではないのです。当時のフレンズも文字を読むのがやっとで、誰も記録を残さなかったですから」
記録を残す間もなく消えた事から、余程の短期間にパークを立ち去ったことが伺える。
「という事は、まだヒトはどこかで生きている可能性があるということですか?」
「はい、ヒトは元々パークの外から来たのです。一部のフレンズや島の動物たちもです。ですから、この島の外、海の向こうに人の世界があるのかもしれません」
「そう、ですか・・・」
「・・・嬉しくなさそうですね」
「はい、あんな話を聞かされたので」
自分たちの都合で作り出したレオポンを、欠陥があるからと倫理の名のもとに蓋をして忘れ去る。そのようなことを平気で行うヒトに、かばんは露骨な不信感を抱いていた。いっそ滅んでいてくれればよかったのにという思いすら今は浮かんでくる。
「僕はヒトの仲間を探そうとしていました。でも、ヒトが産んだ歪みや悲劇を目の当たりにして、自分がそんな存在と同じことを否定したい気持ちで今はいっぱいなんです」
「その気持ちはわからなくはないのです。ですが、フレンズが様々なように、ヒトも個体によって多様性を持つのです。かばんは悪いヒトですか?」
「い、いいえ」
「なら、それで十分じゃないですか。かばんが善いヒトである限り、ヒトにも良い点が存在し続けるのです。ですから、かばんは種としてのヒトではなく、個としての良いヒトを探すといいのです」
博士は自分を気遣ってくれているのだろうか?或いはこのパークを作ったヒトを信じたいという思いがあるのか。レオポンが去ったのは怒りからか、それとも・・・
「ありがとうございます。僕も勇気が持てました」
「これからどうするのですか?レオポンを連れ戻しに行きますか?」
「いいえ。今レオポンさんを追いかけても、きっとまた傷つけ合うことになってしまいます。僕がやるべきこと、やりたいことは、自分が何者か知ることです。人の業を知って、それでも自分を好きになれる、自分が自分であると認められる『答え』を見つけて初めて、僕は再びレオポンさんと向き合えると思います」
「かばん・・・」
「サーバルちゃんは・・・ここに置いていきます。これからの旅は、きっと辛いものになるので巻き込みたくは」
「かばんちゃん!」
突然声が聞こえ、気がつくとかばんの右手はサーバルに握られていた。
「サーバルちゃん、起きてたの?」
「私、かばんちゃんが仲間を見つけるまでついていく」
「え?でも、サーバルちゃん、レオポンさんを追いかけることも」
「かばんちゃん、大丈夫だから」
サーバルの視線がかばんを射抜いた。腫れぼったい瞳と涙の跡が残る頬を無理やり上げて、笑みを浮かべながら「だって、託されたんだもん」と口にする姿は悲愴なものであった。今の彼女を一人には出来ない、かばんは覚悟を決めることにした。
「サーバルちゃん・・・わかりました。何もできなくて、何のために生まれてきたかもわからない僕だけど・・・力を貸して」
「うん」
背負う十字架はあまりに重く感じられた。しかし、これはレオポンの優しさなのかもしれない。かばんは手を握り続けるサーバルの温もりを感じながら、楽園の出口を探し始めた。
やっぱり鬱じゃないか・・・
当作品を書きたいと思ったきっかけの一つは、原作の太陽のように優しくて可愛くて強いサーバルちゃんの弱いところを描きたい、傷つき、壊れた彼女が見てみたいという思いがありました。
サーバルちゃんをヒロインにして恋人を作って、レオポンとの絆と原作より薄いかばんとの絆という歪みを作って破局させる展開は、その中で生まれたものです。かばんとサーバルはレオポンに託された『呪い』を背負って旅立っていきます。後半のストーリーの主軸は、レオポンが作り出した『呪い』を2人がいかに背負って行くか、そして、今どこかに消えているレオポンが彼女の罪にどう向き合っていくかになります。原作とかけ離れたストーリー、また作者自身の能力故に大変難産となっておりますが、今後共よろしくお願いいたします。
この精神状態でどうやってPPPにぶつければ良いんだ・・・