雑種フレンズ   作:華範

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第26話 真実

「ヒトが最も栄えていた時代、ヒトは自らの崇拝していたカミに対する驕りと知的好奇心を満たすために、新たな動物を作り始めたのです」

「各地から集められたライオンやトラ、ジャガーにヒョウといったヒョウ属の強力な猛獣を掛け合わせて、より強力な動物を作ろうとしたのです」

「それってどういうこと?」

 

 サーバルは理解できずに聞き返した。他種族の家畜化の概念の無い彼女にとっては、他の動物を自分の管理下に置くなど理解できないことだった。助手はそれに対して冷淡に真実を言い放つ。

 

「つまり、ヒトは自らの観賞に供す為だけに、動物達を支配し交雑させたのです」

「なん・・・やと・・・?!」

 

 たてがみの眉が動いた。あの狭い世界での退屈な人生が、誰とも知らない他人の嬌笑のためだけに存在したと言われたのである。

 

「ヒトは動物園というところでそういった動物を管理していました。人為的な環境の中で生まれたそれらは、その獰猛さをコントロールしているという優越感をヒトに与え続けたのです」

「大衆は歓喜して、いつ迄もその姿を見に来るものは絶えなかったそうです。この写真も、レオポンの本当の姿ではない、剥製という、死んだ動物の皮を貼り付けただけの模型に過ぎないのです」

 

 かばんはそれを聞いて吐き気を覚えた。死してなお皮を剥がれ、詰め物をされ晒し者にされる。かばんのヒトとしての思考が、命に対する冒涜という言葉を思い起させた。自分がそれをしたヒトと同じであることを否定したい気持ちが湧き上がる。

 

「ひどい、どうしてそんなことを・・・」

「そうしなけば、ヒトはレオポンを保存できなかったからです」

「ヒトが作った雑種動物には、生き物として致命的な欠陥があったからで・・・」

 

 パチンと乾いた音がしてかばんは身をこわばらせた。サーバルが助手の頬を平手打ちにしたのだ。

 

「たてがみちゃんはとっても素敵なフレンズだよ!強くて、かっこよくて、ちょっと鈍感だけど、優しい私の・・・私のパートナーなの!欠陥なんて何も・・・」

 

 涙を流しながら大切な番のために怒るサーバルに、かばんまで申し訳ない気持ちになる。しかし、助手は表情を変えること無く断言した。

 

「あるのです。動物としてあるまじき欠陥が」

「サーバル、よく聞くのです。あまりに種族がかけ離れた者同士の交配は、たとえ子供をなしたとしても、その雑種には生殖能力が失われるのです」

「え?・・・そんな」

 

 サーバルが愕然とする。無理もない、サーバルはたてがみと本気で番になるつもりだったのだ。彼女はかばんの前でも、たてがみと子供を作ると公言していたのである。

 

「そんな・・・ウソだよね!嘘って言ってよ博士!」

「事実なのです。レオポンは結局、子孫を残せずに絶滅して、ヒトもその存在を禁忌として封印したのです」

「サーバル、アナタはレオポンと番になり、子供をなそうとしました。ですが、それは自然の法にも人の法にも反することなのです。異種間の交雑は、不幸な結果を生むだけなのです」

「そんなことない!だってだって、たてがみちゃんと心を通わせたもん。一緒に時間を過ごしたし、抱き合ってキスもした!私とたてがみちゃんは夫婦なの・・・」

「落ち着くのですサーバル。フレンズは元の性別に関わらずメスの体なのです。そもそもフレンズの間で子作りすること事態がサーバルの夢物語だったのです。違う種同士で友達(フレンズ)にはなれても、夫婦にはなれないのです。目をさますのです」

「でも、でも・・・」

 

 混乱するサーバルを見てかばんは思い返す。ビーバーの手伝いをしていた時、家族の話をしたサーバルはフレンズが子供を産まない事を知っていたはずだった。しかしサーバルにとっての結婚は、共に愛せる存在(こども)を為すことが前提であった。それは動物の世界では当然の事であろう。彼女はたてがみを他とは違う特別な関係に当てはめたいばかりに、フレンズであっても結婚すれば子作りが出来るという妄想を彼女の脳内で組み上げて正当化してしまったのだ。しかし、その甘美な夢もたてがみが種として生殖能力がないとわかったことで完全に否定されてしまった。

 博士はサーバルを気遣う様に寄り添って諭す。

 

「サーバル。子供を為すことが出来なくても、心は確かに通じ合うことが出来るのです。フレンズにはそのための言葉があるのです」

「でも・・・たてがみちゃんと私は一つになれないのに。たてがみちゃんの何かになれない私なんて・・・」

 

 サーバルが現実を受け入れるには時間がかかりそうだった。一方で、ただ呆然と話を聞いていたたてがみ・・・レオポンは、いつの間にかかばんの目の前に立っていた。かばんを睨む目つきは怒りと悲しみとが混じり合い、混ぜすぎた絵の具のように濁った目に見下されて、かばんは思わず後ずさった。

 レオポンの両手がかばんの肩を痛いほどに掴む。

 

「なぁ・・・どないなっとんねん。ウチの兄弟たちはもうおらん、あの長い暮らしは笑いものにされるためだけのもんやった・・・勝手に作り出されて、都合が悪なったから終わらした?そんなアホな話あってたまるか!」

 

 肩をつかむ力が強くなり、彼女の指が、爪が食い込んでかばんの身体を傷つけ始める。

 

「痛いっ!やめて、やめてください・・・」

「なぁ、答えてぇな!ウチの人生は?ウチの兄弟の事どないしてくれんねんや!仲間もなしに、サーバルとも一緒になられへん、ウチは何のために生まれてきたんや?なんで、何でウチがこんな惨めな目にあわなアカンねん・・・」

「やめ・・・たべないで・・・ください」

 

 服に血が滲む。このままでは身体を引き裂かれて、殺されてしまう!かばんは飛びそうになる意識を必死に押さえて助けを求めた。すると、突然甲高い音が鳴り、レオポンは手を離して耳をふさいだ。

 

『レオポン、やめるんだ。かばんを食べちゃダメだよ』

 

 そこにはラッキービーストがいた。ボスがかばん以外の者に話しかけていることに、周囲は驚愕する。

 

「なんや!うちに指図すんのか・・・今まで散々放置したくせに」

『レオポン、かばんを襲っちゃダメだよ。かばんは何も悪くない』

 

 ボスはたどたどしい言葉を繰り返してレオポンを説得する。レオポンはそれに毒気を抜かれたのか、頭をかきむしってかばんに背を向けた。ここでレオポンを逃したら取り返しのつかないことになる。そう直感したかばんは痛む身体を押さえて声を上げた。

 

「ま、待って!」

「止めても無駄や・・・かばんのことが嫌いなんやない。でも、許されへん・・・」

 

 たてがみはそう言うと、泣き崩れているサーバルのもとに寄って壊れそうな肩を抱きしめた。

 

「たてがみちゃん・・・たてがみちゃん・・・ねぇ、嘘だと言って・・・全部夢だって・・・」

「すまん、サーバル。ウチがこんなんやから、サーバルを傷つけてもうた」

「イヤだよ、たてがみちゃん・・・たてがみちゃんと一つになりたいの」

「サーバル、ごめん。もう一緒におられん。ウチが一緒やと、サーバルが傷つく。かばんも傷つけてまう・・・もう誰が憎いんか、誰が好きやったのかも判らん。全然わからへんねん・・・すまん・・・サヨナラや」

 

 レオポンはサーバルの手を丁寧にのけると、最後に口づけをして立ち上がった。

 

「サーバル。かばんの事、頼む・・・」

 

 悲しみとすれ違いをの残したまま、レオポンは暗い森の中へと消えていった。

 

 

 

 その頃のアライさん

 

「ほんとに良いお家だねぇ」

「良かったら泊まっていくと良いっスよ」

 

 アライさんとフェネックは遺跡をあとにしてこはんちほーを歩いていると、湖の近くに目立つ家が建っていたので寄ってみることにした。家の住人であるビーバーとプレーリードッグは快く2人を迎え入れて、全国を行脚しているアライさんの武勇伝に聞き入っていた。プレーリーがアライさんを急かす。

 

「それで、続きを聞かせてほしいであります!」

「さばんなで帽子を見つけた時、そこを通ったボスが、なんと喋りだしたのだぁ!」

 

 自慢げに話したアライさんであったがビーバーが自分も見たとアッサリと告白した。アライさんは自慢話をふいにされて気を落としてしまった。

 

「それにしても、アライグマ殿は長く宝探しの旅をしているそうでありますが、どうしてそのようなことを始めたのでありますか?」

「そうですねぇ。ハンター以外でちほーをまたいで歩き回るフレンズは、あまりいないっスからね」

「えっとねぇ、それは・・・」

「あの憎きたてがみを超えるためなのだー!」

 

 フェネックが答えようとしたが、アライさんは急に立ち上がって叫んだ。

 

「あら、スイッチが入っちゃったね」

「たてがみ殿って、もしかしてかばん殿と一緒にいたたてがみ殿でありますか?」

「かばんさんと?」

「そうっす、オレっち達の家を建てる時に、色々お世話になったんっス」

「な・・・かばんさんと、たてがみが一緒に?」

 

 アライさんはわなわなと震えている。どうやらショックだったらしい。

 

「かばんさんの危機なのだー!」

「どういう事っスか?」

「かばんさんはたてがみに騙されてるのだ!このままだとかばんさんが大変な事になるのだ!」

「そんな!たてがみ殿は私とビーバー殿を引き合わせてくださった恩人であります!かばん殿とも良い関係でありましたし、何かの間違いであります!」

「オレっちもそう思うっス。たてがみさんが手を差し伸べてくれたから、オレっちも勇気を出せたっス。たてがみさんはきっと良いフレンズっスよ」

「そんなわけないのだー!だってアイツは、アイツはアライさんのお宝を、白いふわふわを~!」

 

 アライさんはビーバー達の否定的な言葉に苛立ち、湖に向かって思いきり何か叫ぶと、そのまま不貞寝してしまった。アライさんを寝かしつけると、フェネックは相方が迷惑をかけたと謝る。

 

「いやぁ~ごめんね。普段は気のいい子なんだけどさぁ」

「大丈夫っすよ。でも、なんかたてがみさん相手になると怖いっスね。2人の間に何かあったんっスか?」

「フェネック殿はたてがみ殿の事をししょーと読んでいるでありますが、何か関係が?」

「いやさぁ。私とアライさんは一時期ししょーの所に弟子入りしてたことがあってさ。3人で色々馬鹿やってたんだけど、ある時ボスの畑を見つけてさ。それで畑荒らしをしたんだけど、その時たまたま見つけた『食べられる綿』を、アライさんが洗っちゃってさ・・・そしたら溶けてなくなっちゃったんだよね」

「アライ殿がですか?しかし、それではたてがみ殿は何も悪くないでありますよね」

「そうなんだけど、アライさんが綿を溶かしているのを面白がったししょーが、残りの綿菓子も洗っちゃったんだよ」

「あらら・・・」

「綿の事を気に入ってたアライさんは怒り心頭で、そのまま喧嘩別れしちゃったんだよねぇ」

「ほほう、そんなことがあったでありますか」

「それで新しいお宝を探して見返してやろうってなって、お宝を見つけたんだけど・・・」

 

 そのお宝も、先日のサンドスターの噴火の際に盗まれてしまったのだ。アライさんは犯人がたてがみだと考えているらしいが、実際は『かばんさん』の方が関わっているのではないかとフェネックは踏んでいた。

 どちらにしても『かばんさん』がたてがみと一緒に行動しているのが明らかである以上、やる事は変わらない。

 

「それでさ、そのお宝についてなんだけど・・・」

 


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