「え?」
「たてがみちゃん、それは本当なの?」
「檻の中の、偽物の世界で、ずっと一緒におった。何時も餌をもらっとった。寝床をきれいにしてもらったり、おもちゃを貰ったり・・・」
たてがみはピースが揃わないパズルを見ているような、そんな混濁した記憶の中で、表出した言葉を次々と口にしていた。たてがみにはその記憶が良い思い出なのかそうでないのかを判別する余裕すらない。記憶の海から引き上げたのはサーバルであった。
「たてがみちゃんもかばんちゃんも、おんなじ所に住んでたんだ・・・良かったね!後はヒトが住んでいる所を探すだけだね」
「あ・・・せやな」
ハッとして取り敢えず応える。かばんも同じ様子だった。
「それこそ、図書館で聞いたらどうだ」
「図書館は、森林地方に入って、右側だ。分かれ道に注意してな」
ライオンとヘラジカに図書館の場所を教えてもらう。ハシビロコウにお礼を言って、出発の準備を整えバスに乗ろうとすると、オーロックスがたてがみに話しかけて来た。
「若大将、図書館に行く前にどうしても伝えたいことがあるんだ」
「どうしたんや急に?」
短いながら時間を共にし、たてがみを慕って『若大将』などと呼ぶようになった彼女は、今は随分と神妙な表情をしてた。
「自分を知るのは、必ずしも良いことばかりじゃあない。時として痛みを伴うこともあるんだ。俺はライオン様に出会えて何とかなった。若大将にはサーバルもかばんも居るから大丈夫だと思うが。どんな結果になっても、今の幸せを手放さないでくれ。それでもどうしようもない時は、俺やライオン様がいつでも助けてやる」
「そっか。ありがとうな!」
二人は拳をぶつけて約束した。一方で、かばんはライオンに「これからもたてがみとサーバルの友人として2人を支えてほしい」と頼まれていた。
「はい、僕も最初はたてがみさんは苦手だったんですが、強くて素直で、でもどこか危なっかしいところも知って、サーバルちゃんと同じぐらい大切な友達です。僕の考えの及ぶ限りのことはします」
かばんはそう約束した。一行は再びバスに乗り込み、多くの仲間に見送られながらへいげんちほーを後にした。
「はぁ、疲れたーっ!」
皆が見えなくなると、たてがみは体を伸ばしてくつろぎはじめた。サーバルとかばんが並んで座り、たてがみはかばんの膝枕で休む。久々の旅の情景にかばんも安心した。
「ライオンさんのため息が移っちゃったね」
「だって、最近はバス移動で寝てばっかりやったし、久々に目一杯動き回ったもん」
「今度の地方は大変だったよね」
「僕も、戦うことになるなんて」
とは言えとても実りの多い時間であったことは確かである。たてがみは仲間を得て、サーバルはたてがみとの恋が実り、かばんは自分の名前を知ることが出来た。後は図書館で詳しいことを調べるだけだ。
「それにしても、かばんちゃんとたてがみちゃんが同じところに住んでたなんてね。『おり』ってどんなちほーなのかな?」
サーバルはたてがみとかばんの仲間が近くにいると聞いて安堵しているようだ。適応できるちほーが違って離ればなれになる心配がなくなったから当然であろうと、かばんは考えた。
「ねぇ、たてがみちゃん。『おり』ってどんな場所なの?」
ただ、かばんにとって檻というのは、はっきりとは思い出せないがとても不安になる言葉だった。
「せやなぁ・・・とっても狭い壁で区切られて、隣にはウチみたいなのがたくさんいて、ウチと姉弟はずっと同じところに住んどった。外では沢山アイツラが・・・ヒトが見てきて、いつも決まった時間には外に出て、餌貰って、決まった時間に寝とった・・・」
たてがみが時々口にする、檻の中の記憶。たてがみがそれを語るとき、決まって言葉に感情がこもらなくなることにかばんは気付いていた。普段は表情豊かなたてがみが、この時に限って怒りも笑いもない無感動な姿になるのだ。
「外には出てたの?たてがみちゃんの仲間ってどんな子達なの?」
「外には結局出られへんかったなぁ。毎日毎日同じ場所で過ごして。パークみたいに、ヒトがウチを養ってた。おかげで狩りなんてしたことなかったわ。不自由はなかったけど、姉弟は皆気付いたら居なくなってた」
パークみたいに、それは暗にフレンズがラッキービーストに飼われていると言うも同然である。かばんもその一人だが、たてがみは違う。過去に飼われていて、今はそうでない。だから自分達がラッキービーストに管理されているという、かばんすら忘れがちになる現状を自覚しているのだろう。
「狭いのはちょっと困るなー。でも、たてがみちゃんが何不自由なく生活してたってことは、ボスみたいにヒトってきっといい動物なんだよね」
「ポンコツと同じなのは同意せんけど・・・そうやな。身の回りの世話も全部してくれた。兄弟がおらんくなったのは寂しかったけど。世話するヒトはずっと一緒やったし、ウチを見に来る連中の足も絶えんかったからな」
「今もかばんちゃんとたてがみちゃんは仲いいからね。きっと、すっごい仲良しな動物だったんだね」
サーバルがかばんの方を見て言った。かばんの事を気遣っているようだ。しかしたてがみは目を腕で覆って言う。
「でも、仲間がおらんのは、寂しいな。結局最後はウチ一人やったし・・・」
不安になるのはかばんも同じだった。こうざんちほーでトキと一緒に過ごした際、仲間を探していると歌う彼女の姿はとても寂しげだった。自分の類縁はもうこの地上には居ないのではないか?自分はもしかすると最後のヒトなのではないだろうか?パークに残る何かの残骸を見る度に、そんな不安が押し寄せてくることが度々あった。そんな思考を、サーバルが打ち切った。
「大丈夫だよ!今私達は結婚してるし!それに、仲間がいないなら作れば良いんだよ!」
「え?それってどういう?」
「たてがみちゃん。番になると・・・えっと、その・・・私達の赤ちゃんを産んで、一緒に育てよう!仲間をいっぱい作って、大家族になるの!その為に・・・えい!」
「さ、サーバルちゃん!?」
サーバルがたてがみの上に覆いかぶさる。
「えっへへ。ずっと恥ずかしくて言えなかったんだけど。はっきり言うね。たてがみちゃん、初めて一緒に狩りをした時、かわいいって言ってもらえて、それからずっと、好きだった」
サーバルは目をうるませて告白した。たてがみも、サーバルの頬をなでながら言う。
「ウチも、サーバルがずっと好きやったで。のけものやったウチのこと気にかけてくれて、いつも一緒にバカやって、いつまでも飽きへん。これからもずっと、一緒に居てくれるか?」
「もう、当たり前だよ。だって私達もう夫婦なんだから!」
2人は甘いキスを交す。2人の恋路を見守ってきたかばんとしては漸くほっとすることが出来た。
「それで、赤ちゃんの作り方なんやけど・・・」
たてがみは『仲間の作り方』についてサーバルに尋ねた。サーバルはそれを聞いて嬉しそうに「大丈夫!私達夫婦だから!」と再びたてがみに覆い被さった。
「えっと、サーバルちゃん・・・まさかここでやるの?」
サーバルがやろうとしていることを察したかばんは動揺した。現在たてがみとサーバルはかばんの膝の上で睦み合ってるのだ。これから起きることを想像しただけで恥ずかしくて目を覆いそうになる。たてがみはと言えば、「なぁ、これから何やるん?」と、期待している様子だった。
「もう!たてがみちゃんは何時もそうやって誤魔化してばっかり・・・えっとね。赤ちゃんを作るには・・・あ、わわわわ・・・」
「サーバルちゃん!?」
たてがみに子作りを説明しようとしたサーバルの頭がみるみる熱くなっていき、湯気を出して倒れてしまった。大きな耳から熱を放射しながら、サーバルは目を回してたてがみの胸の上で眠っている。かばんはたてがみを起こしてサーバルをベッドで寝かせた。
「なぁ、サーバル大丈夫なん!?」
「単に知恵熱を出してるだけですよ。きっとすぐ起き上がります」
かばんはサーバルの看病をしながらほっと胸をなでおろす。するとたてがみはサーバルから聞きかけた子供の作り方についてかばんに尋ねた。
「それで・・・赤ちゃんってどうやって作るん?」
「えっと・・・コウノトリが運んでくる・・・かな?」
その頃のアライさん
「フェネック・・・どうしてあの暑さが平気なのだ」
「私の耳も、あの暑さを逃がすのさ」
アライさんは砂漠の熱にぐったりしながらうなだれていた。元々さばくちほー出身のフェネックと違い、暑さ耐性のないアライさんには砂漠踏破はそもそも困難であった。カフェでもらった水筒がなければもっと厳しいものになっていたであろう。
「僕の家の奥にこんなおもしろい場所が」
案内してもらったスナネコは興味深く遺跡を見る。遺跡の迷路は何者かによってまっすぐに破壊されていたため、アライさんでも迷わずに突破できたのだ。遺跡の住人であるツチノコは「また面倒な奴等がっ」と恨めしそうにしていたが。
「たてがみならここを通ったよ。一緒に行こうって誘ってくれたけど、後にとっておくって断ったんだ」
「おぉ、やっぱりか」
スナネコの判断は賢明だったとフェネックは考える。たてがみは魅力的だがホイホイ付き合うとアライさん以上に碌な事にならないのは過去の自分が身をもって経験積みだ。事実その被害者が目の前で文句を垂れている。
「アイツ、遺跡を壊すわセルリアンと戦いながら引きずり回すわでひどい目に合わされた。かばんが居なけりゃどうなってたことか・・・」
ツチノコは怒り心頭と言った様子で、アライさんもたてがみの話が出てくるたびに憤りを強くした。
「むむむ!アイツ、アライさんの時みたいにまた好き勝手暴れてるのだ!」
「流石ししょうー、やることが派手だねぇ・・・」
「フェネックぅ!アイツをその名前で呼ぶなー!これ以上アイツを放置するとパークの危機なのだー!」
たてがみの事となると冷静さを失うアライさんは可愛いが、アライさんの心をそこまで占拠しているたてがみにフェネックは小さな嫉妬が湧いてくる。このままだと自分までおかしくなりそうなので、アライさんの好きなかばんに話題を移して機嫌を治すことにした。幸いツチノコの食いつきも良い。
「たてがみに比べてかばんは良いやつだったな。ラッキービーストも反応していたし、アイツはもしかして・・・」
「へぇ、もしかしてこの羽根のやつかな?」
帽子泥棒の件は案外簡単に解決しそうだ。フェネックはそう考え、赤い羽根を取り出してみせた。