「ライオンがそんなことを?俄には信じがたいが・・・」
かばんから事情を説明されたヘラジカは、ライバルへの信頼もあってか信用しなかった。しかし、目に涙を浮かべたサーバルが現れると状況が変わっていった。
「たてがみちゃんを取り返すには、次の合戦でヘラジカと一緒にライオンを倒さないといけないの。お願い!力を貸してよ!」
「サーバルさんの恋心を知りながらをたてがみさんを奪うなんて・・・」
「勝負以前にサーバルさんが可哀想そうです!」
「そのような卑劣な所業、許せません!ヘラジカ様、ここは我々で誅を下すべきです!」
サーバルへの同情とライオンへの怒りが、ヘラジカ陣営を沸騰させヘラジカも裁可を下す。
「うむ。シロサイの言うとおりだ!縄張りを競い合う相手として、間違いはきちんと正さねばならない!」
「「「おぉー!」」」
「それと、次の戦いではこれを使います。風船を割られたら負けということで」
「そうか、ということだ!今まではちょっと力不足だったり天気が悪かったりしたが、今は戦う大義がある。次こそは勝ってライオンを倒し、サーバルの恋人を助け出すぞ!」
「「「おぉー!」」」
義戦に盛り上がりを見せるヘラジカ達を横目にかばんはライオンの戦略眼に感心する。人を動かすのは正論よりも美人の涙とはよくいったものだが、サーバルの迫真の泣き落としは瞬く間にヘラジカ達を協力に導いた。
「サーバルさん、よく勇気を出して頼ってくださいましたね。私達が協力しますから、安心してください!」
「うん!もちろん私も一緒に戦うよ!今までたてがみちゃんに守ってもらってたから、今度こそ私がたてがみちゃんを助けないと」
「その意気です!私達がしっかりと支えるのです」
サーバルの手を取って労をねぎらうシロサイ達と、それに応えて涙を拭うサーバル。感動的だが、その涙も同情もライオンの手の内だと知っているかばんは、なんだか居心地が悪くなった。
「うむ、2人とも。期待しているぞ。一緒にライオンを倒そう!」
「よろしくね!ヘラジカさん!」
「よ、よろしくお願いします・・・(どうしてこんなことに・・・)」
目を輝かせながら参戦を承諾するヘラジカに、かばんは頷く他なかった。
「せいやっ!」
「ほいっと!」
「そこ!」
「まだまだ!」
ライオンは戦いに備えて訓練をするたてがみを観察していた。オーロックスとアラビアオリックスの前線組と、たてがみ、ニホンツキノワグマの組みの2人で連携をさせている。
(うーん。あそこはツキノワグマにスイッチさせるところだと思うけど・・・集団での狩りごっこもやってるっぽいけど、一人ででゴリ推してる感がすごいなぁ・・・)
ライオンの強さの秘訣は単純な腕力よりも、群れでの高度な連携にある。たてがみはライオン譲りの高い水準で纏まった身体能力はあるが、その狩りの動きはサーバルが行う単独での狩りを拡大しただけのものだった。実際、狩りの方法はサーバルから習ったのだから無理もないが、ライオンから見ればヘラジカを想起させる稚拙さである。
「そりゃぁ!」
「ぐわぁ!」
「へへっ、ウチの勝ちや!」
「さすが、ライオン様の類縁だけはある」
問題は、たてがみがなまじ強いことだ。自分達の部下では2人がかりでもたてがみは倒せない。オーロックスとアラビアオリックスは長年培った優秀な連携で、突進力に全てを注ぎ着込むヘラジカをいなすことには長けているが、総合力で勝負するライオンやたてがみにのようなタイプとは相性が悪い。さらにライオンの類縁という色眼鏡でたてがみを見ているから、リーダーの素養を欠いたたてがみの未熟さを見抜けない。
「なぁライオン!もしウチがヘラジカを討ち取ったら、そのままヘラジカの城も落としに行って、ウチのもんにしてもエエか?」
脳天気なたてがみは調子に乗ってそんなことを言うが、現実は甘くない。ヘラジカは突進だけの将だが、突進に関しては右に出るものはいない。万能型(器用貧乏)で突撃主義者(連携下手)のたてがみはあっという間に倒されてしまうだろう。まして今回の相手には人畜無害と見せかけて相当な切れ者であると見えるかばんがいるから、一筋縄ではいかない事は間違いない。
「ん?まぁ、ヘラジカ乗って認めさせるなら良いけど。ただし・・・」
こんな未熟な身内を野放しにして、ましてサーバルと所帯を持たせるのは百獣の王として示しがつかない。群れの将来を期待している(押し付けられる)相手として、最低限仲間を使うか、さもなければヘラジカを一人で倒せる実力がなければならない。たてがみにその素養がなかった場合、サーバルにそれを補う力量があるかも見極める。サーバルをヘラジカに派遣したのはそのためだ。
「もし負けて倒されるようなことがあれば、その時はサーバルと一旦別れて私の部下になるってのはどう?」
たてがみがヘラジカを倒すか、或いはサーバルがたてがみの女房役として機能する事を示す。そうでなければ、身内としてたてがみが不幸を被る事のないように手元に置いておきたいし、私人としてサーバルと結婚することは認められない。それがライオンなりのたてがみへの親心であった。我ながらお節介焼きだとライオンは心の中で自嘲する。
一方で突きつけられた条件にたてがみは顔をこわばらせた。
「うーん。サーバルと別れるのはちょっと困る・・・ずっと一緒におるよう約束しとるし」
「でも、今サーバルはたてがみを置いて観光に行っちゃったよね。図書館に着いてかばんの正体が判っても、かばんは仲間を探して旅を続けるだろうし、それにサーバルもついていくんじゃないかな。たてがみはそれに付き合うの?」
「・・・」
たてがみは答えに窮する。サーバルの意図がどうあれ、どういうわけか恋愛感情が極端に希薄なたてがみにとって、『一緒にいる』のは単純な約束でしかない。その約束をサーバルが破っているのだから、たてがみはサーバルを信じる術がないのだ。
「でも・・・それでもウチはサーバルと一緒に旅したいし、ついでにかばんを助けたいから、うちは負けへん。必ず、ヘラジカを倒すわ」
たてがみはそう言うと、合戦場へと向かった。
合戦場に着いたたてがみを待っていたのは、オオアルマジロ、シロサイ、アフリカタテガミヤマアラシ、ハシビロコウのメンツであった。
「いつものメンツだな。歩いてきたのは褒めてやりたいぜ」
オーロックスはいつもはバラバラに到着するヘラジカ軍団が珍しく揃っていることに感心した。一方たてがみはヘラジカを探していた。
「どいつがヘラジカや?さっさと倒して城まで突撃したいんやけど」
「そう言えば姿が見えないな・・・どっちにしろ、倒してけば見つかるだろうさ」
話し合っている間に、お互い準備が整った。
「行きますわよ!」
「いっちょやろうか!」
「「おぉー!」」
「行くぜ!」
「「おぉー!」」
それぞれ鬨の声を上げるとフリーパスとか、アイスクリームとか書かれた旗を捨てて、いよいよ戦いが始まった。オーロックスとアラビアオリックスが先手を取って攻撃するが、シロサイとオオアルマジロは防御して風船を割らせてくれない。
「くっそぉ!何で俺が風船一つ割れねぇんだ!」
苛立つオーロックスを見て、シロサイ達はかばんの助言の効果に驚いた。
「あの子の言ったとおりですわね」
「私達、防御に徹すればこんなに頑丈だったのか」
しかし、勝利への希望は闖入者の存在によってあっけなく砕かれることとなる。
「ところがぎっちょん!」
「!?」
背後からの突然の声に振り返ろうとしたシロサイは足払いを食らって転倒した。かろうじて回避したオオアルマジロが見たのは、両手に剣を持ち、忌まわしきライオンにそっくりな鬣と特徴的なヒョウ柄の未知のフレンズであった。
「な、何者ですの!?」
「ウチこそがライオンの客将にして、今からヘラジカを倒してへいげんちほーのニューリーダーになるたてがみ様や!観念しぃ!」
そう言うとたてがみは両手の剣を振り回してシロサイ達に襲いかかった。