用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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怪物

私は塩漬け依頼を受注しては保管してある魔獣を納品するという生活をしていた。

ある日、三剣角鹿(アロメリ)を納品しようとハンター協会へ行ったときのことだ。

 

 

 

「その三剣角鹿を譲れ。」

 

 

尊大な様子の大柄な金髪の人種の男に絡まれた。

どこかで見覚えがある気がするが誰だっただろうか?

 

 

「申し訳ないがこれは依頼品だ。他をあたってくれ。」

 

 

目の前の人物は私の言葉が意外だったのかしばらく呆気にとられていたが、言葉の意味を理解すると顔を顰めて、距離を詰めてきた。

 

 

「俺が誰だか分かって言っているんだろうな。」

 

 

「すまない。喉元まで出かかっているのだがどうにも思い出せない。有名なのか?」

 

 

隣でやり取りをみていた職員が額に手をやって耳元で囁いた。

 

 

「……この方はザウル・ドミトール・ブラゴイ様です。ブラゴイ様は四つ星(ガボドラッヅェ)、旧貴族ブラゴイ家のご子息です。」

 

 

ザウル…………ザウル…………そうか、たかが蜘蛛で全滅したあのお粗末な集団のリーダーだったか。どおりで見覚えがある。

 

 

「そういうことだ。わかったなら、譲れ。いくらか金もだしてやる。」

 

 

「ふむ、金は足りているので別段欲しくもないな。先程も言ったが、これは依頼品だから諦めてくれ。」

 

 

「……四つ星(ガボドラッツェ)のハンターに対して礼儀がなってないようだな。」

 

 

「礼儀をどうこういうのなら君も体面を気にしたまえ。新入りを強請るベテランなど見ていて気持ちのいいものではない。それに、君は仮にも貴族なのだろう。余裕をもって優雅に振る舞いたまえ。」

 

 

トッキーの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。最も、そんなことをしたら遠坂うっかりエフェクトまで手にいれてしまいそうであるが。

 

 

「値を吊りあげるつもりか?十つ星(ルテレラ)が狩れるわけもない。どうせ死にぞこないの三剣角鹿を見つけて、殺しただけだろう。欲張るとろくなことにならんぞ。」

 

 

「金は必要ないと言ったはずだが?」

 

 

「いいのか、この村でいや国でハンターができなくなるぞ?」

 

 

剣呑な雰囲気で言うザウル。

ハンターとしてもそうだが貴族としても三流もいいとこだな。公然と新入りなどという弱者を恐喝するなど風評も悪くなるだけだろう。

 

 

「もとよりハンターであることに未練も執着もない。それに、親の権力を笠に着るのは止めたまえ。いい大人がみっともない上に親の迷惑になる。」

 

 

目を剥いて剣に手を伸ばすザウルにどうしようもないヤツだと呆れていると職員が割り込んできた。

 

 

「…………おっ、お待ちください。ざ、ザウル様が必要なのはどの部位でしょうか?」

 

 

「…………角と尾だ。」

 

 

「おお、それならば討伐判定部位から外れているのでクラウドさんがザウル様に尾と角を適正価格でお譲りになればいい。」

 

 

職員は芝居めいた仕草で手を叩いてそう言った。

 

 

「それでいい。面倒だから報酬はいらん。三剣角鹿は置いていくから解体はそちらで好きにするといい。」

 

 

私は返事を聞かずに立ち去った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

洞窟に戻るとアカリが気絶していた。

急いで診断するとどうやら魔力欠乏らしい。

それを確認すると私はアカリをベッドに寝かせて夕食を作りに厨房へ向かった。

 

 

「おはようございます…………用務員さん、帰ってたんですね。」

 

 

しばらくするとアカリが起きてきた。

 

 

「うむ、おはよう。早速基礎練習とは感心だ。腹も減っただろう。もう夕食はできているから早く食べるといい。」

 

 

「ありがとうございます…………ですけど、食欲がなくて…………」

 

 

「ふむ、魔力欠乏になると様々な体調異常が起きて食欲が無くなるのも理解できる。だが、魔力欠乏とは生命力の低下と同義だ。君の体は食事を欲しているはずだよ。大丈夫、それを考慮して夕食はお粥だ。それともゼリー飲料がお好みかね?」

 

 

「いえ、お粥を頂きます。」

 

 

お粥を食べ始めるアカリを眺める。

 

 

「いくら体を追い込もうと成長するための栄養がなくては頭打ちだ。食事と睡眠の必要性を忘れてはいけない。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌日、私は雪白とアカリと共に雪山に出ていた。

 

 

「戦闘においてフィールドを知ることも大切だ。実力が拮抗ないし劣勢である場合、土地勘が勝利をもたらす時もある。」

 

 

アカリの行動範囲はしばらくこの雪山に限られるだろう。ならば、この土地に慣れることはアカリの生存率を高めるために必須だろう。

 

 

探索を続けていると私の魔術に強大な反応が"急に"発生した。

 

 

「アカリ、気を付けろ。"ナニか"がいる。しかも、近い。」

 

 

「何かって…………ッ!」

 

 

アカリも気付いたようで表情が険しくなる。

 

反応の方向に目を向けると、そこにいたのは"人"だった。ただし、口がない。鼻がない。目がない。眉がない。耳がない。それが傷のある皮鎧を着て棍棒と盾をもち闊歩している。揺蕩う冷気を纏い、一歩ごとに地面や低木を凍てつかせている。

 

 

「ッ、怪物(モンスター)……」

 

 

震えた声でアカリが呟く。怪物(モンスター)とは精霊が空腹などで魔力が枯渇すると狂い、変質し、具現化した一種の天災だ。その習性は一つ、魔力に誘われて襲いかかる。

何かを食べることもなく、繁殖することもない、あまねく生物の敵といわれていたが、詳しいことはわかっていない。

 

 

「怪物が相手となると一定の危険があるだろう。洞窟に戻るかい?」

 

 

「用務員さんは?」

 

 

「私は無論残る。案ずる事はない。私一人でもどうにでも対処できる。」

 

 

「…………残ります。」

 

 

「そうか、聖霊魔術は使えるかね?」

 

 

「……ハズレ勇者でも勇者ですからね、叩きこまれましたよ。ただ、少し時間がかかります。」

 

 

「ふむ、ならば止めを任せよう。私が合図したら全力で打ち込みたまえ。それと、自分をハズレと卑下するのはやめなさい。アカリはハズレなどではない。」

 

 

アカリが頷いたのを確認し、雪白に乗って急加速させて接敵し、すれ違い様に剣を一閃する。

怪物から鮮血が舞う。

 

 

「ふむ、君は血を流すのか。」

 

 

興味深い。この血の意味はなんだ?生命維持に必要なのか、儀式的に必要なのか、何かの名残か、はたまた意味などないのか。

 

血は流れたそばから凍りつき、怪物は何事もなかったかのようにこちらに向かってくる。

 

 

「scalp(斬)」

 

 

予め起動させていた『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』で背後から首を刎ねる。

 

怪物に気付いた様子はなかったので、怪物が反応するのは異世界魔術の魔力だけだと推測できる。

 

 

どうやら怪物にとって頭は主要器官ではないらしい。

怪物は頭を切り落とされたことを意にも解さずこん棒を振り下ろしてきた。だが、雪白の動きに撹乱されてかすりもしない。

 

 

「continentia(拘束)」

 

 

『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』が鎖のような形状になり、怪物を 繋ぎ止める。

 

 

「アカリッ、準備はいいか!」

 

 

「ハイッ!いけます!」

 

 

「撃ち込め!」

 

 

私は退避しながら叫ぶ。

 

アカリの聖霊魔術が炸裂する。閃光が迸り、辺りを塗り潰す。目を開けると怪物の体は消滅していて、後には棍棒と丸盾が残っていた。

 

 

「よくやった…………あまり気負うなよ。人型とはいえ、ヤツは頭を切り落とされても動きつづける化生の類いだ。」

 

 

アカリのところに近づいて言う。

 

アカリは何でも背負い過ぎるきらいがある。あまり引きずらないようにさせるべきか。

 

 

「雪白もよくやってくれた。今晩は好きなだけ肉を食べるといい。」

 

 

雪白は嬉しそうに咆哮をあげた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「今日はありがとうございました。」

 

 

「ふむ、礼を言われる程でもないが受け取っておこう。それよりも、風呂の具合はどうだった?」

 

 

「最高でした!私、バブルバスなんて初めて入りましたよ!」

 

 

そう笑うアカリの表情に暗い陰りはない。

 

 

「それは良かった。まだバスソルトはたくさんあるからいつでも言うといい。それでは、今日は疲れただろうから早く寝なさい。ヒーリング効果の高いCDやアロマをいくらか用意したが必要か?1/1サイズの雪白型抱き枕もある。また、ヨガやピラティスも睡眠の効果を高めるために有効だ。必要ならば教えよう。ココアの用意もあるが、飲んだら寝る前に歯磨きを忘れてはいけない。」

 

 

「…………用務員さんって本当に過保護ですね。アロマと抱き枕を下さい。」

 

 

「ハハハ、やはり抱き枕は選んだか。モフモフ感の再現にこだわっていてね。本物に負けず劣らずのできだと自負している。期待するといい。モフモフを抱いて快眠しろ。」

 

 

 

それにしても、過保護か。自覚はないがきっとそうなのだろう。これが代償行為だとしたら彼女にもアカリにも失礼か。しかし、今さら変えられないよな…………

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

深夜、思考を切り替えて研究をする。悩んでいる時間など無駄の極みだ。この問題はもとよりヴィヴィアンを召喚すれば解決する。立ち止まる暇などあったら研究にあてて、少しでも召喚を早めた方が有意義だ。

 

クハハ、すぐに実現させてみせるさ。

今日は面白い実験材料が手に入ったのだ。怪物を倒した時に残った棍棒と丸盾、そして、回収しておいた怪物の頭部である。

 

この研究によって怪物の発生条件、異世界における精霊の実態、怪物に有効である聖霊魔術で言及される聖霊の実態も解明することができるだろう。

 

聖霊魔術とは聖霊を使役する魔術である。その呼び出し方自体は簡単だ。無垢の存在を信じて、願う。それによってわずかな間だけ聖霊を発生させられる。聖霊がなんなのかよくわかっていない。信じることにより発生する力といえば『信仰の加護』が思い浮かぶ。よって、聖霊の可能性としては内側から発生するという事も考えられる。

 

この世界には広く知られているが実態は知られていない物が多く魔術的にとても美味しい。解明し、独占できれば私が使える神秘のリソースはさらに莫大なものとなるだろう。

早くこの世界を彼女と共に歩みたい。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「なに、依頼が無効だと?」

 

 

翌日、私は怪物の出現報告がてら受注していた塩漬け依頼の依頼品である『トラモラ草』の納品に来ていた。

 

 

「クラウドさんが依頼を受注する前に、ドルガン議会により、依頼受注のルールが変更されました。協会規定は長期未達成依頼、いわゆる塩漬け依頼が受けられるのは適正なランクより、二つ下までとなりました。暗黙のルールがそのまま正式なルールとなった形ですね。協会規則の変更は依頼受注日時の前ですので、依頼は無効です。クラウド様が請求なされた受注書の写しと協会規則追加の日時を比べますか?」

 

 

スラスラと淀みなく説明する職員。

 

 

「連絡の不備自体はこちらの新人のミスですので、規則違反によるペナルティは特別に課せられず、依頼失敗ということにもならないのでご安心ください。」

 

 

ふむ、あの三流貴族の差し金と言ったところか。しょうもない事をするものだ。

 

 

「ああ、ならいい。」

 

 

「そうですか。では、お持ちのトラモラ草はどうなさいますか?こちらで確認した後、買い取りましょうか?」

 

 

「ご厚意痛み入るが必要ない。もとより金など足りているのでな。これは帰って家の猫にでも食べさせるとする。」

 

 

「ね、猫、ですか…………一応、確認させていただけますか?」

 

 

「依頼は無効なのだろう?ならば、余計な時間を取らせてはお互いに無益だ。辞退しよう。」

 

 

「そ、そうですか。」

 

 

「それより、話があるのだが。」

 

 

職員が眉をひそめたので言葉を足す。

 

 

「誤解のないように言っておくが抗議ではない。怪物関連の話だ。」

 

 

職員の顔は一気に引き締まる。

 

 

「どのようなお話かまず聞かせてもらっても?」

 

 

職員に怪物の話を説明する。

 

 

「……わかりました。支部長に連絡しますので、しばらくお待ちください。」

 

 

そう言うと職員は慌ただしく奥へと消えた。

ふむ、バカ貴族に踊らされていようとそれなりの職業意識はあるのか。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

しばらくして職員に奥の部屋へ呼ばれた。中には人種の年輩の男がいた。

 

 

「ふむ、色々と問題を起こしてくれているようだな。その挙句、怪物がでた、と。まあ、『白槍』の隊長の推薦だ、そうそう除名になることもあるまいと高をくくってるんだろうがな。あんまりなめてくれるなよ?」

 

 

ほう、対等に扱う事をご希望か。

 

 

「まあ、よかろう。支部長のヤコフ・セルゲリー・マイゼールだ。」

 

 

「はじめまして、クラウドです。」

 

 

「知っとるよ。色々、苦情もきとる。」

 

 

そう言うと報告も聞かずにくどくど話し始めた。

要約すると、協会の規則ぎりぎりの行為が目立つこと。ランクにそぐわない狩りを故意にしていること。仮登録の十つ星(ルテレラ)の分際でザウルに面倒をかけたということ。恫喝して無理に塩漬け依頼を持っていったこと。先導者もつけずに依頼にいったこと。

 

なるほど、中間管理職の悲哀を感じるな。組織の長になってまで中間管理職の苦労をするとは憐れなヤツだ。

 

 

「では、一応、報告とやらを聞いておくか。」

 

 

私は事情を説明した。

 

 

「ふん、そうなると十つ星(ルテレラ)である君が、一人で、氷戦士型の怪物モンスターを倒したとなるわけだ。その盾がその証拠だと。」

 

 

「そうなりますね。」

 

 

「どこにでもありそうなものだな。嘘をつくなら、もう少しまともな嘘をつきたまえ。早いところ仮の状態を脱して、ランクを上げて、ハンターの優遇措置を受けたいのだろうが、そうはいかん。」

 

 

ドヤ顔をする支部長。内包している精霊の力にも気づけない節穴さを晒して滑稽なことだ。そもそも真偽を判断するのはコイツの職分なのか?

握り潰して後々問題が起こったら困るのは自分だろうに思慮も足りていない。

 

 

「さあ、もういいだろう。でていきたまえ。頑張ってランクを上げるのだな……おおっ、だがな、君につける先導者がおらんのだよ。勇者とかいう名誉欲に取りつかれた奴のおかげで、ハンターが減ってしまってな。先導者がいなければ、依頼は受けられんぞ?」

 

 

「了解した。これで失礼する。」

 

 

私が出ていこうとすると、扉がノックされ巨人種らしき女が入ってきた。

 

 

「四つ星(ガボドラッツェ)、イライダ・バーギンだ。今日から世話になる。」 

 

 

 

 

 




ヴィヴィアンと魔術が絡まなければ割りと良識的な用務員さんでした。
実際は寛容だとかではなくただただ興味がないだけだったりします。

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