用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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今回は「残酷な描写」に含まれる可能性のある内容が含まれます。

苦手な方は次話のライト版をご覧下さい。





ハンター協会 2

「風王鉄槌ッ!」

 

暴風が吹き荒れ、チンピラ達は壁まで飛ばされ体を強かにぶつける。

 

私はチンピラ達の所までにじりよった。

 

 

「いいか、この剣は私と彼女との共同作品、彼女との繋がりだ。貴様らのようなクソムシが触れていいものじゃない。分かったら死ね。」

 

 

「やめろ!やりすぎだ!」

 

 

「ハンター同士の私闘は厳禁です!それに、支部内での抜剣、魔法行使も禁止ですよ!」

 

 

止めに来るマクシームと職員。

 

 

「ふむ、また冷静じゃなかったな。違反の方は知らなかったのだ。今回は初犯だし大目に見て欲しい。」

 

 

私はチンピラ共に向き直る。

 

 

「命拾いしたな。次は殺す。目障りだからさっさと消えろ!」

 

 

悲鳴をあげながらチンピラ共はここを出ていった。

 

 

 

その後、ハンターについての細かい説明を受けた。

私の処分は幸いにも厳重注意にとどまった。

 

 

「まあ、落ちつけ。アカリのこともあるからな、オレへの当てつけがお前にいってる部分もある。どこの支部もこうなわけじゃない。まあ、どこのルールもこことかわらないがな。」

 

 

建物を出るなりマクシームがそう言った。

 

 

「いや、私も冷静じゃなかった。公衆の面前で醜態をさらすとは我ながら情けない。私は彼女が関わると感情的になっていけないな。」

 

 

「気をつけろよ。とりあえず、常時駆除の依頼でも受けておけ。オレは明日にでも村をでなきゃならなくなったしな。」

 

 

「ふむ、参考にしよう。気が乗らんので後日にするがな。さあ、君は明日と言わずに今すぐ行きたまえ。そして私のもとに早く嘘発見器ガールを連れてきたまえ。」

 

 

「やだよ!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「チクショウ!」

 

 

その夜、チンピラは荒れていた。昼間に金持ちそうなガキに絡むや否や即行で打ちのめされたあげくにゴミを見るような目を向けられ罵られたのだ。

あの目が、あの言葉が、あの態度が、なによりも自分がそいつにビビって無様に逃げ出し、今も家に縮こまって酒を飲み空かしている事にイラついていた。

 

 

「クソッ、コケにしやがって!あの野郎今に見てろよ。」

 

 

悪態をついては酒を飲む。

 

 

「新人のクセにッ!」

 

 

「ずいぶんと荒れているな。そんなに飲んだら毒ではないか?」

 

 

「ウルセェッ!これが飲まずにやってられるかッ!」

 

 

「そう怒鳴るな。時間を考えろ。」

 

 

「ここは俺の家だ!俺の勝手だろ…………」

 

 

徐々に尻すぼみになる言葉。そう、ここは彼の家なのだ。一緒に暮らす家族もいない。

では、今自分が話しているのは誰だ?

 

恐る恐る声の方向に顔を向けると…………

 

 

「ドーモ。チンピラ=サン。ヨームインです。」

 

 

「テメエッ!何しに来やがった?!」

 

 

昼間のヤツがいた、

 

 

「なんだ、挨拶もなしか。何しに来たって、殺しに来たに決まってるだろ?」

 

 

平然とそう言う新入り。

 

 

「な…………なんでッ!赦してくれたんじゃねえのかッ!?」

 

 

「赦す?君の聞き間違いじゃないか?私は次は殺すと言ったんだ。そして、その次が今だ。」

 

 

笑顔のままそう言う新入りに肌が粟立つ。

 

 

「ま、待て!待ってくれ!」

 

 

「待ったところで結果は変わらぬだろう。こういうのは速く済ませた方がいい。」

 

 

「頼む!命だけはッ!何でもするから!」

 

 

「ん?今何でもするって言ったか?」

 

 

反応を見せる新入りに一筋の希望を見出だすチンピラ。

 

 

「ああ!何でもする!」

 

 

「それは私の"研究"の手伝いもか?」

 

 

「勿論だ!」

 

 

少し思案した後に満面の笑みになる新入り。

 

 

「そうかそうか!そういう事なら命だけは助けよう!」

 

 

新入りの言葉に胸を撫で下ろすチンピラ。実験などやったことは無いが、それで助かるなら安いものだろうと考えていた。

 

 

「では、契約書に記名してくれ。これには、君が私の実験に協力し、私は君を殺さないという旨が書いてある。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

チンピラは新入りに連れられて山の中腹まで登る。

 

 

「お前本当に山に住んでやがったのか。」

 

 

「ああ、人が滅多に立ち寄らないから研究するにはいい環境なんだ。さあ、入りたまえ。」

 

 

中に入り階段をのぼる。

 

 

「薄暗くてすまないね。それでは、見てくれたまえ。」

 

 

階下を見下ろすと夥しい数の蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲。それらが、忙しなく蠢いていた。

 

 

「ヒィッ!何なんだこれはッ!」

 

 

「翅刃虫、刻印虫、淫虫……等、様々な用途に使える蟲達だ。一匹一匹私が作り出したのだが手間がかかってね、それを解消する方法が一つだけあるんだ。」

 

 

「そ、それは…………」

 

 

ゴクリと唾を飲み込むチンピラ。顔は真っ青になっている。

 

 

「人間が苗床になるといいんだ。ああ、性別は問題ないぞ。そこら辺は改良してある。」

 

 

笑顔でそう告げる新入りに全てを察したチンピラ。逃げようとするが体が動かない。

 

 

「何で…………俺だけこんなことに…………」

 

 

「君だけ?そんなことはないぞ。そこをよく見たまえ。」

 

 

指差す方を見てみると、そこには一緒に新入りに絡んだチンピラが転がっていた。

体には蟲が群がり、顔には絶望が張り付いている。

 

 

「……が……殺、せ……ッ……殺し、て……」

 

 

「無理だ。契約書に記載していただろう。私には君を殺すことは不可能だ。」

 

 

息も絶え絶えに殺してくれと懇願する声を新入りは無下にあしらう。

 

 

「さあ、君も早く始めるといい。」

 

 

そう言って近づいてくる新入り。何か叫びたいが喉が張り付いて言葉が出ない。

 

 

「ふむ、思いきりのないヤツだ。どれ、私が手を貸そう。」

 

 

新入りはそう言うと、チンピラを蟲の中に投げ込んだ。

蟲が体に這い寄ってくる。蟲が何かを咀嚼する音が聞こえる。体に何かが入ってくる感覚がある。

チンピラは思考を放棄した。

 

 

 

その日から、チンピラが数人失踪した。しかし、奇妙な事に人々は全員そのチンピラの事を忘れ、捜索隊が検討されることもなかった。

また、施設に突然できた大穴に職員達は一様に首をかしげたらしい。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふあぁ~あ、眠い。」

 

 

「なんだかお疲れですね用務員さん。昨日帰って来ませんでしたが何かあったんですか?」

 

 

アカリが心配そうに尋ねてくる。

 

 

「いや、昨日は色々と新しい研究材料が手に入ってな。隔離実験室で研究していたのだがついつい熱中してしまって、気付いたら日が昇っていた。」

 

 

「まったく。睡眠不足は体に毒ですからね。気を付けて下さいね。」

 

 

「心得た。それでは朝食にしよう。今日は寝不足なので簡単にモーニングセットにした。トーストにスクランブルエッグ、ベーコン、シーザーサラダ、コーンスープ、シリアルのヨーグルトがけだ。トーストには机の上の好きなジャムを塗りなさい。飲み物はコーヒーと紅茶のどちらがお好みだ?」

 

 

「十分豪華じゃないですか!飲み物は紅茶をお願いします。」

 

 

「ハッハッハ、アカリは食べっぷりがいいから料理に熱が入ってしまってな。まあ、育ち盛りなんだからたくさん食べなさい。」

 

 

「うぅ、なんか太っちゃいそうです…………でも美味しいからつい食べちゃう。」

 

 

私は笑いながら紅茶を淹れに厨房へ行く。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

その後、私は山を降りてマクシームと合流した。

 

 

「昨日はすまなかったな。」

 

 

「気にすんな。さっさと行こうぜ。」

 

 

今回、受注した依頼は『トラボック』の駆除だ。

 

向かった先は荒野で乾いた土と石、まばらに葉の少ない低木と雑草のみが延々と広がっていた。

マクシームが指差した先にはコロコロと軽快に転がる草の玉があった。

 

 

「ほう、これが『トラボック』か。興味深い。それで、これらはどういった生態なのだね?」

 

 

「コイツにこんなに食いつく奴も珍しいな。コイツは魔草だ。まあ魔法なんて使ってこないどころか、ただの草だから基本的には無害だな。そのへんの草や木を絡め取っちまうこと以外は。」

 

 

「なるほど厄介だ。」

 

 

「年に何度かはこの辺でも大規模駆除されるんだが、それでもちと足りねえからハンターに常時依頼がある。そうじゃねえとこのへん一帯砂漠になっちまうからな。」

 

 

そう言うとマクシームは近くに転がってきたトラボックを掴んで、腰のナイフで枯れ草と生草の混じった玉を真っ二つにした。真っ二つにされたトラボックの中心には親指の爪ほどの大きさの緑石があった。

 

 

魔石か。となると、この生物の本体はなんだ?魔石が草を絡めとっているのか、草が魔石を利用しているのか。枯れ草が混じっているところを見ると前者のようだが魔石にそもそも意思などあるのか?

いや、これは生物ではなく現象の可能性も考えられるな。

面白い実験材料になりそうだからいくらか持ち帰ろう。

 

 

「今は説明すんのに二つに割ったが、この緑石が討伐証明部位になるから傷つけんなよ…………って、聞いてんのか?ったく、コイツにそこまで興味を示すなんてますますわけの分からない奴だ。…………まあ、小遣いにもなんねえかもしれないがこれもハンターの仕事のうちだ。」

 

 

マクシームは紙幣の束を入れた皮の袋を私に手渡してきた。

 

 

「依頼料のかわりだ。おまえには必要ないかもしれないがな。山が吹雪く前にはなんとかしてみせる。それまで、頼んだぜ。」

 

 

「うむ、任された。もとよりアカリとはそういう契約だ。違えることなどできんよ。」

 

 

マクシームは猛然と走り去った。なるほど、走って行くから半裸だったのか。自然だったからまったく気がつかなかった。

 

 

「沸き立て、我が血潮」

 

 

見ている人もいないことだし『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』を起動し一気に回収する。

 

暫くやっていると頭上に全身が青く嘴が大きい大きな鳥が飛んでいるのを見つけた。

 

見たことのない魔獣だからとりあえず捕獲しようと指を天に向ける。わざと威力を絞ったガンドを打ち込むとすぐに昏倒して落ちてきたので水銀ちゃんで回収する。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「少し聞きたいのだが、この魔獣は何と言うのだね?」

 

 

洞窟に戻りアカリに聞く。

 

 

「綺麗な青ですねぇ、紺碧大鷲(スニバリオール)だと思います。」

 

 

「ふむ、流石先達だ。博識だな。」

 

 

「や、やめてくださいよ。私も手にとって見たのは初めてですよ。飛んでいるのは何度か見たことありますけど…………討伐したんですか?」

 

 

「討伐というか捕獲だな。トラボックを狩っていたときに見つけた。この場合、私のハンター生活初の獲物はトラボックとスニバリオールのどちらになるのだろうな。」

 

 

「初めての獲物がスニバリオールって、運もそうですが、そんな技術もった新人ハンターいませんよ。」

 

 

「ハハハ、そうか、運か!うむ、運なら自信がある。私にはとびっきりの加護があるからな。」

 

 

私が上機嫌に笑うとアカリは不思議そうに首を傾げる。

 

 

「それで、このスニバリオールとやらの生態を教えてくれ。」

 

 

「はい。スニバリオールは幸福の象徴とされているんです。後は、魔法で倒すと色が変色してしまったり、墜落死すると色が一瞬であせてしまうという性質があります。」

 

 

なるほど、魔術に反応して変色か。ガンドを当てても体色の変化は見られなかったので、反応するのは異世界魔術だけなのだろう。そして、墜落によっても変色するのか。変色する条件を調べてみても面白いかもしれない。

 

 

「えーと、私はこれくらいしか知らないんですけどいいですか?」

 

 

「うむ、とても参考になったよ。アカリがいてよかった。」

 

 

今日の食事はいつもより奮発してもいいかもしれない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「そういえば、用務員さんってどうしてそんなに強いんですか?」

 

 

アカリが思いついたように聞いてくる。

 

 

「ふむ、こそ泥に力を奪われた私が強いとは何の冗談かね?」

 

 

「いえ、それはそうなんですけど…………マクシームさんが言ってたんです。用務員さんとだけは戦いたくない。勝てる気がしないって。」

 

 

「あの筋肉はそんなことを言っていたのか。買いかぶりだ。まあ、強いて挙げるとすれば基本的なことだ。」

 

 

「基本ですか?」

 

 

「ああ、体を鍛えるだとか、魔術を反復練習して最適化するだとか、魔力を使いきって魔力の底上げをするとかだ。」

 

 

「え?」

 

 

アカリが驚いたように目を見開く。

 

 

「ふむ、信じていないな。だが、アカリも基礎鍛練の重要性を理解した方がいい。」

 

 

「そうじゃなくて!本当に、毎日完全に枯渇させてたんですか!?」

 

 

「何を驚いているんだね、確かに辛いかもしれないが筋トレのようなものだろう。」

 

 

「全然、違います。命にかかわる問題です。いいですか!普通はサポートする人がいないとしない訓練方法ですし、そもそもそんな危険な方法はしません。魔力が枯渇すると内臓機能などの身体機能が低下して、一歩間違うと死ぬといわれています。内臓機能を効率よく動かすために余剰生命力を、つまり魔力をつかっていると考えられていますから。普通は枯渇の一歩手前でやめて、しばらく休むんです。枯渇ほどじゃないですけど、それでも魔力の供給量や最大値は増えますから。痛みもそれほどじゃないですし。」

 

 

「なるほど、しかし君は単純なことを忘れている。」

 

 

「単純なこと、ですか…………?」

 

 

「そもそも、この世界の魔力はこっちに来てから後天的に得たものだ。それまでの君達は魔力なし、つまりは魔力欠乏と同じ状態で過ごしていたんだ。ならば、君達の生命維持に魔力は不必要ということになるだろう。」

 

 

まあ、気絶はするからなにかが変わったのは確かだが、と心の中で付け足す。

 

 

「ここは異世界だ。体の造りが同じな訳がなかろう。アカリも今日から試してみるといいだろう。何かあったときの自衛の手段は少しでも多く、上質な方がいい。最も、無理にとは言わないがね。」

 

 

そう言って私は出口に向かう。

 

 

「詳しく調べたいので少し出てくる。冷蔵庫の中にプリンやコーヒーゼリーなどが入っているから好きなのを食べなさい。それでは行ってくる。」

 

 

 




追記

前書きミスってたので訂正しました。


×ライト版蟲 ○ライト版


なんでしょうかライト版蟲って、蟲の時点でどう考えてもライトじゃないですね。


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