用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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アカリ 2

アカリは何を厳しい顔をしているのだろうか?

 

 

「なるほど、君を危険な目に会わせ怖い思いをさせたことは謝罪しよう。しかし、助けた訳だしこうしてアフターケアもしているのだから許してはくれないかね?」

 

 

「そ……そういうことじゃないです。」

 

 

「ふむ、ではどういう事だ?」

 

 

「だってあの『悪夢』を、それも石化明けをけしかけるなんて、完全に…………完全に殺しにいってるじゃないですか!」

 

 

…………殺しにいってる?

殺しにいくことに何か問題があったか?

私の研究室に近づいた。その時点で既に殺す理由には十分すぎる程じゃないか?

まあいい。話を合わせよう。

 

 

「いや、殺すつもりはなかったんだ。そもそも私は前回イルニークを狩猟した集団を基準に罠を作ったからな。大棘土蜘蛛をけしかけたのも追い払うくらいのつもりだったからあれで壊滅したことに私自身驚いているのだ。」

 

 

「でも…………」

 

 

「さあ、もう遅いから寝なさい。続きは明日話そう。夜更かしは美容の天敵と聞く。女子にとっては重大な案件じゃないかね?」

 

 

私はアカリの返事を聞かずに案内する。

 

 

「これらの部屋が右から順番にベッドの硬さが、硬め、普通、柔らかめとなっている。好きな部屋で寝るといい。布団は羽毛だが中の押し入れに羊毛の物も用意している。そこには毛布もあるから好きに使うといい。それじゃあ、何かあったら部屋の内線で『0000』にコールしてくれ。私はこれで失礼する。」

 

 

きっとアカリは疲れているのだろう。ゆっくり休めば落ち着くはずだ。

ヴィヴィアンのために作った部屋が思わぬところで役にたったな。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「おはようございます。」

 

 

「おはよう。昨日はよく眠れたかね?」

 

 

「はい!とても!」

 

 

アカリはスッキリとした表情をしている。

 

 

「それでは、昨日の続きを話すかね?」

 

 

「いえ、その事はもう自分なりに決着が着いたので大丈夫です!」

 

 

「そうか、それは重畳。さあ、帰った際の注意事項の説明をしながら朝食を取るとしよう。」

 

 

うむ、やはりアカリは疲れていたようだな。色々有りすぎたようだし無理もない。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ところで、用務員さんは山を降りるつもりはないんですか?」

 

 

「今はないよ。しかし、魔道具というものに興味が有ってな。いつかはそれを買いに下山するかもしれん。」

 

 

「魔道具って…………高いですよ。お金あるんですか?」

 

 

「ふむ、ブラックカードならあるぞ。限度額まで貯まってるヤツだ。」

 

 

アカリに財布から取り出したブラックカードを見せる。

 

 

「スゴッ?!…………って!使えるわけないじゃないですか!ちゃんと魔法の組み込まれた紙幣と硬貨が使われてるんですからね!」

 

 

「ハハハ、冗談だ。この世界では一文無しだが、なんとかなるだろう。」

 

 

金塊やプラチナ、あとはスパイスなんかを売れば良さそうだしな。

 

 

「……また来てもいいですか?いつになるかわからないですけど。」

 

 

「いつでも来るといいさ。…………そうだ。いいことを思いついた。次回からは宿泊代を頂くとしよう。言っておくが高いぞ。なにせ、並どころかこの世界ではどのホテルよりも設備がいいからな。」

 

 

「それじゃあ、まったく気軽に来れないじゃないですか!」

 

 

「ハハハ、せいぜい身を滅ぼさない程度に私に貢ぐといいさ。期待してるぞ、我が愛しのATMよ。」

 

 

プンスカ怒るアカリを笑ってからかう。まあ、私のせいで借金取りに追われるようになったら、その時は助けてやろう。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

アカリの怒りも収まり下山前の最終確認をする。

 

 

「それでは、下山するわけだが忘れ物はないか?アメニティは全て持ち出し可だ。朝食の残りはタッパーに入れて持って帰るといい。記念に雪白型のストラップもあげよう。鞄にでもぶら下げるがいい。」

 

 

「この感じ、親戚の叔父さんみたい…………」

 

 

アカリは苦笑いをしたが、不意に顔を曇らせた。

 

 

「帰れるというのに難しい顔をしてどうしたね?さては、よほどここでの生活が気に入ったと見える。」

 

 

「いえ、それもありますけど…………私を殺さなくていいんですか?」

 

 

「死にたいのかね?私としてはせっかく助けた命が無為になるというのは些か不服だが。」

 

 

「そうじゃなくて、口約束だけでよかったんですか?……嘘つくかもしれませんよ?」

 

 

ああ、そんな事を気にしていたのか。

 

 

「問題ない。"契約書"を書いただろう。それでも、君がここの事をばらしたのならばそれは私が未熟だったということだ。全面的に私が悪い。」

 

 

万が一にもできないだろうがね。

 

 

「契約書って…………用務員さんがそれでいいならいいですけど…………」

 

 

「それでは、他に思い残す事はないな。下山するとしよう。一時間もかからないだろうから気楽にしてろ。」

 

 

「一時間?どう考えても半日はかかりそうですよ…………ッて、何してるんですか用務員さん!?お姫様抱っこ!?」

 

 

私は雪の上を走れるんだからアカリを担いで下山するのが一番確実で安全だろう。

 

 

「少々スピードを出すからしゃべっていたら舌を噛むぞ。」

 

 

「え……?ッて、キャーーーーーー!」

 

 

「ハッハッハ、君はよく叫ぶ娘だな。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「かかった時間は56分、まずまずだな。ところで、走ったのは私だが何故君の方が疲れているのかね?」

 

 

「…………いえ、大丈夫です…………お気遣いなく。」

 

 

「ふむ、やはり女性を担ぐというのは少々不躾だったか。次からはソリ(ラムレイ2号)でも用意しよう。」

 

 

「ソリって…………より危険度が増しそうなので用意しなくていいです。」

 

 

そうか、せっかく『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』を利用したジェット機構や靴下型の燃料を作ったまま放置していたレプリカをお披露目できると思ったんだが残念でしかたない。

 

 

「分かった。では、君の慧眼に適うようなものを用意しておくとしよう。さあ、もういきなさい。次に来るときの心配はしなくていい。君が山を登った時点で私が迎えに行く。」

 

 

アカリは姿勢を正して頭を下げた。

 

 

「ありがとうございました。」

 

 

「うむ、またのご利用を心待ちにしている。」

 

 

アカリは再び会釈をしてから山を下りて行った。

 

 

 

 

アカリはようやく山を下りきって、村までもう一息と思ったところで呆然とした。

 

アカリの頭の中の地図で村は真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

…………私は遂に召喚のための足掛かりを掴んだ!

 

『令呪』の開発に成功したのだ!

これで後は聖杯と英霊召喚の術式が完成すれば召喚が可能になる。最も、英霊召喚の術式で召喚されるのはヴィヴィアンのコピーだが、そこは別の英霊で実験を繰り返して術を改良すればいい。

因みに、令呪のデザインはぐだ男と同じで、しかも、一日につき一画回復し"回復上限はない"。よって、貯めておけば第五次のときの麻婆神父のように大量の令呪を所持することも可能だ。夢が広がる。

 

私は胸を踊らせて食事の準備をしようとして、山にアカリの反応があることに気付く。

 

私は急いでアカリのところへ向かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

アカリは大棘地蜘蛛の縄張りの辺りをフラフラと歩いていた。私が駆け寄るとフラリと倒れたので治療魔術をしてから背負って洞窟に連れていく。

 

 

暫くして、アカリは目を覚ます。

 

 

「すまない。すぐに迎えに行くという約束を違えてしまった。」

 

 

アカリは否定するように首を振ってから、ポツポツと呟くように話した。曰く、山を降りたら麓の村が敵性反応で真っ赤に染まっていた。村から煙が上がっているわけでも、鳴き声や慌ただしさがないところをみるとモンスターの襲撃や魔獣のスタンピードではないらしいことはわかった。さらに詳しく反応を見ると、全てが赤いわけではなく、門番、ハンター協会支部、村長宅、お店や宿といった場所が赤く、村人の家全てが赤くなっているわけではなかった。

 

 

 

アカリは話し終えると、顔を手で覆って嗚咽した。

人が知らない内に赤く変貌するのが怖かった。召喚された学園から抜けてきたのも日ごとに変わる敵性反応を見るのが恐ろしかった。

そして今度は村である。全ての村人と仲が良かったわけではないが、先日まで逞しくも優しかった村が赤く染まっていた。耐えられない恐怖と悲しみがあった。

 

 

「しばらくここに泊まるといい。まだ日付は変わってないから、特別に宿泊延長の扱いにして料金は取らないでおいてやろう。私は村へ事情を確認しに行く。」

 

アカリは目を擦ってから顔を上げた。

 

 

「……身分証とかあるんですか?」

 

「問題ない。私に考えがある。」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

私は自作礼装『ロイヤルブランド』を着込み夜の闇に紛れる。

 

 

『反応強化』で速度を上げ、『鉄の専心』で集中を高め、『必至』で動きの精密性を増す。

 

そして、一気に夜の山を駆け降りる。

 

 

――――心が軽い。私にもはや迷い無し。

 

 

――――騎士王、英雄王、征服王に次ぐ第四の王、暗殺王クランドの名を知らしめてご覧に入れましょう!

 

 

 

 

村が見える。

村は堀と土壁にぐるりと囲まれていた。

堀の幅は水こそなかったが小舟が行き交うこともできそうなほど広く、土壁は一般人の背丈のほどはありそうであった。

 

 

 

――――他愛なし

 

 

私はそれらをスタイリッシュに飛び越えて一息に村に侵入する。

 

 

 

――――他愛なし

 

 

村民は誰一人として私に気付いた様子はない。

 

 

 

――――他愛なし

 

 

目的の家を発見し、掛けられた鍵を容易く外して中へと入る。

 

 

 

 

――――他愛な…………

 

「……裏の人間か」

 

 

私は目の前の標的に勘づかれてしまった。

 

あれを…………恐れることはない、だと――!?

 

その男は、筋肉(マッスル)だった。

 

私は睨まれて、左手を頭にまわし、右手を腰に当てた格好のまま動けなくなってしまった。

 

その男は、徐に口を開いた。

 

 

「とりあえずそのおかしなポーズをやめやがれ!さっきからぶつぶつ呟きながら変な踊りしやがって、怪しいにも程があるだろッ?!」

 

 

「失敬な。私の故郷の伝統芸能であるアサシンダンスに変な踊りとはとなんたる言い種か。」

 

 

「どんな伝統芸能だよ?!そもそも、"他愛なし"、"他愛なし"と呟きながら暗殺する暗殺者がいてたまるかッ!」

 

 

いるんだなぁそれが。

 

 

「わけがわかんねぇ奴だ。ところで、アカリは無事なんだな?」

 

 

「保障しよう。そもそも、一度山を降りたのだが?」

 

 

「っく、そうか……」

 

 

一先ずは矛を収めるらしい様子の仮称「スパルタクス」。

 

 

「事情を説明してくれるだろう?」

 

 

「……チッ、信用するしかねえか。名前は?」

 

 

「ザイードだ。」

 

 

「オレはマクシーム、見ての通りの巨人種だ。万が一にも裏切ったら、…………殺す」

 

 

「好きにしろ。それより、情報を早く教えろ。」

 

 

マクシームが語った内容はこうだ。

 

イルニーク討伐に行ったハンターが帰ってきたが、帰還したのは旧貴族のハンターであるザウルを含めてたった四人だった。

ザウルはアカリが故意に大棘地蜘蛛の巣へハンターを誘導し、自分たちを壊滅させようと画策したとハンター協会に報告した。

協会と議会はろくに調査もなしに、即座にアカリを生死不明のまま指名手配。

ドルガンでは辺境で、古来よりハンターが尊重されてきたという背景から、裏切り行為に対して厳罰が処された。

マクシームも当然抗議したが受け入れられなかった。

連絡を受けたローラナ議会は文章による抗議と公正な審議を求めることにとどまり、派遣される人員もいなかった。

ローラナの議会は能力の安定しないハズレ勇者であるアカリをきり、代わりの優秀な勇者を得たことで沈黙し、アカリを助けてドルガンのメンツをつぶし、ドルガンとの関係をこじらせることを避けた。

 

 

 

「ザウルの野郎の嘘だってことはわかりきってるが、証拠がねえ。」

 

 

「ふむ、その調子では他のハンターも期待できそうにないか。貴様自身は動けなかったのか?」

 

 

「オレがアカリを見つけたとしても、オレを監視してる奴がそのままアカリを連れてっちまう。さすがに国単位で追っかけられたらオレも逃げ切れねえ」

 

 

圧政に屈するとは情けない。マッスルなら反逆しろ。

 

 

「それで、貴様はどうしたいんだ?」

 

 

マクシームは私に探るような目付きになる。

 

 

「まずはアカリに会わねえことには話にならねえが、その前に、てめえの目的がわからねえ。」

 

 

「そういう契約なんだ。結んでしまったからには違える事ができなくてね。」

 

 

マクシームは胡散臭そうに聞いている、

 

 

「いまアカリはアレルドゥリア山脈の上の方にいる。」

 

 

「白幻の居か?」

 

 

「地名など知らん。去年、貴様らが魔獣を狩っていた場所の近くだ。」

 

 

「ああ、そこだ。あのへんが人間がマトモに行動できる限界だと思ってたんだが。」

 

 

「生憎と私はマトモじゃないのでな。貴様らの都合など関係ない。」

 

 

「自覚はあるんだな。そういうことなら、オレが監視をぶちのめす必要もなさそうだな。オレを連れてけるか?」

 

 

「問題ない。」

 

 

「ところで……お前か?ザウルに蜘蛛をけしかけたのは?」

 

 

マクシームは顔をしかめて聞いてくる。

 

 

「同じ事をアカリにも聞かれたな。まあ、私だ。とはいえ、貴様なら対処できただろう?死んだのはヤツら自身の責任だ。」

 

 

「まあ、それはそうなんだが。」

 

 

複雑な顔をするマクシーム。難儀なやつだ。

 

 

「日時は貴様に任せる。準備が出来たら山を登れ。すぐに合流する。」

 

 

そう言い残して私は拠点へ帰る。




契約内容

アカリはクランドの許可なしにクランドに関わることを人に触れない。

クランドはアカリを無事に麓の村に送り届ける。

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