用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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お久しぶりです!
遅くなって申し訳ありません!
プロットも書き終わり、リアルの合間を縫ってなんとか投稿にこぎ着けられました!





第三章
飛竜


 蔵人達はバルティス付近の森林に差し掛かっていた。

 

 

「クランド、顔色が悪いわ!どうしたのかしら!?」

 

 

 ヴィヴィアンが心配げな視線を向ける先では、蔵人が青い顔をして小刻みに震えていた。

 歩き方はよろよろとしていて、足元が覚束ない。

 

 

「魔術でメディカルチェックをしたが、体調に問題は無いはずなんだ。おそらくは心因性の体調不良だろう。先程から何か嫌な予感が止まらないんだ。」

 

 

「大丈夫よクランド!私が付いているわ!」

 

 

「わ、私も何があっても用務員さんの味方です。…………その、頼りないかもしれませんが。」

 

 

 両側から手を握り元気付けようと言葉を掛けるヴィヴィアンとアカリに蔵人は表情を緩めて笑みを浮かべた。

 包み込むように優しく握るヴィヴィアンと、寄り添うようにそっと握るアカリで握り方に違いがある。

 

 

「ヴィヴィアン、アカリ、ありがとう。とても心強いよ。心配をかけた。もう大丈夫だ。」

 

 

―――ギュルラアアアァァァッ!

 

 

 突如、羽ばたきの音と咆哮が鳴り響き、次の瞬間には夥しい数の飛竜が上空から降り立った。

 飛竜は緑色の体躯をしていて、首回りには髭のような物が存在している。

 

 

「緑髭飛竜(ペルネーラ・ワイヴン)ですね。用務員さん、どうしま…………用務員さん?」

 

 

 様子がおかしい事を感じ取ったアカリが目を向けると、蔵人は再び顔色を悪くさせて、「鯖落ち」や「キャスニキ」などとうわ言のように呟いていた。

 その姿は、アカリに少し前の記憶を想起させる。

 

 

「用務員さん!?…………そういえば、雪山でもこんなことがあった気が――用務員さんとワイバーンの間に一体何が?って、今はそれよりも緑髭飛竜(ペルネーラ・ワイヴン)です。しっかりしてください用務員さん!それほど強力な魔獣ではありませんよ!」

 

 

「ハハハ、何を言っているんだアカリ?魔術師(キャスター)の私では騎兵(ライダー)のワイバーンに虐殺されてしまうぞ。キャスニキみたいに!キャスニキみたいに!…………待っていろ、佐々木小次郎(ドラゴンスレイヤー)呼んでくる。」

 

 

 虚ろな目をした蔵人が何処かに行こうとするのをアカリが腕をつかんで必死に引き留める。

 

 

「どこに行こうとしてるんですか!?居ませんよそんな人!ヴィヴィアンさん、どうしましょうか!?」

 

 

「…………へえ、この子達のせいでクランドは苦しんでいるのね。いい度胸じゃない。クランドに酷い事をしたらどうなるか思い知らせてあげるわ。X、私に続きなさい。」

 

 

「了解しました、ヴィヴィアン姉さん。アカリ、マスターの事は頼みました。」

 

 

 眼に底冷えするような冷たい光を湛え、『無毀なる湖光(アロンダイト)』を片手にヴィヴィアンは飛び出した。Xもそれに追従する。

 

 

「え、えーっと…………」

 

 

「…………あと三体倒せばワイバーン狩りが終わる。終わるとどうなる?知らんのか、ワイバーン狩りが始まる…………」

 

 

「じゅ、重症です…………どうしましょう?精神安定の魔術は未修得ですし。」

 

 

 しばらくあたふたとしていたアカリだったが、不意に何かを思い付いたように顔を輝かせた。

 アカリは小さく息を吸って覚悟を決めた後、蔵人に話しかけた。

 

 

「用務員さん。」

 

 

「…………なに、ジャンヌと別行動だと?フレのレベルが低いというのに、ワイバーン狩りはどうなるのだ…………」

 

 

 アカリの声は届いていないようであったが、アカリは諦めずに話しかけ続けた。

 

 

「用務員さん、あそこにいるのはワイバーンではありません―――素材です。」

 

 

「…………素材?」

 

 

 蔵人がピクリと小さく体を動かした。

 その反応がアカリを「いける」と確信させる。

 

 

「ええ、よく見てください。とっても珍しい素材ですよ。いやー、あんなに大量にあったら研究し放題ですねー。」

 

 

「…………研究?」

 

 

 蔵人の反応は、先程よりも大きく、明瞭なものになっていた。

 

 

「はい。目の前に用務員さんを脅かすものは何もありません。あるのは、実験材料の山です!」

 

 

「…………ッ!」

 

 

 際立って大きな反応を示した後に体を硬直させた。ややあって、蔵人の肩が大きく震え始める。

 

 

「…………クク……」

 

 

「用務員さん?」

 

 

「…………クハハハ!迷惑をかけてしまったなアカリ!完全復活だ!不調が無くなったどころかいつもよりも調子が良い!さあ、実験材料の回収を始めようか!」

 

 

「ハイ!」

 

 

 力強く立ち上がり、不敵な笑みを浮かべてそう言った蔵人の姿に、アカリは眼に涙を浮かべて嬉しそうに同意した。

 蔵人が復帰した事を察したヴィヴィアンも満面の笑みでXを連れて蔵人のところに戻ってきた。

 

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社───」

 

 

 木々を編み込んだ人型の人形が出現し、次の瞬間には炎を纏い動き出した。

 

 

「これはオルレアンで虐殺されたキャスニキの分だ…………!焼き尽くせ木々の巨人。『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』!」

 

 

 燃え盛る巨大な人形は次々と緑髭飛竜(ペルネーラ・ワイヴン)に襲い掛かり、絶命させていく。

 その様を蔵人は妖しい笑みを浮かべて見ていた。

 

 

「クハハハ、下級とはいえ竜種の骨、牙、鱗、etc.…………他にも竜牙兵作成、死体を使ったキメラ作成、できることはまだまだたくさんある。クハ、クハハハ!」

 

 

「良かったのだわ!蔵人が元通りよ!」

 

 

「良かった。いつもの用務員さんです。本当に、良かった…………!」

 

 

「ヴィヴィアン姉さん、アカリ、どうしてアレを見て出てくる反応がそれなんですか。えっ、おかしいと思う私がおかしいんですか?」

 

 

 純粋に喜びを表すヴィヴィアンと眼を潤ませて目頭を押さえるアカリにXがげんなりした目を向ける。

 数少ない常識人の雪白も、今は蔵人に頭をグリグリと擦り付けて甘えているのでフォローは貰えない。

 

 

「もう嫌ですこの人達…………えっちゃん元気かなー」

 

 

 煤けた背中で故郷の友人を現実逃避的に想うXがぼんやりと仰いだ空では、斧を振り回してエキサイトしているヨビの姿があり、Xの心に追い討ちをかけた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

礼装『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』

 

 ドルイド信仰における人身御供の祭儀が参考にされている。

 アイルランドで採取した木々を編み込み作成した巨大な人形。

 「発火」を始めとした多数のルーンが刻まれており、その性能は、クー・フーリン(キャスター)が使用する物には及ばないものの強力である。

 内部に生物を入れて起動することで拷問具、もとい、供物として使用することも可能であり、用途は多岐に渡る。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 Xは何かに誘われてふらふらと夢遊病のように歩いていた。

 進んだ先では蔵人が巨大な肉の塊を炙っている。こんがりと焼き色の付いた骨付き肉から漂ってくる脂の匂いがXの空腹中枢を刺激し、くぅ、とXの胃袋が可愛らしくおねだりを始める。

 肉の状態を見て満足気に頷いた蔵人は、焼かれている中の一つを火から離し、一息にかぶり付く。

 歯を立てられ、溢れんばかりに凝縮された肉汁を内に留めきれなくなった肉からは肉汁が並々と滴り落ちた。

 その様子を見たXの喉が知らぬ間にゴクリと鳴る。満たされない不満を責め立てる胃袋に従い、蔵人によろよろと近寄っていく。

 

 

「マスター…………」

 

 

「ふむ、Xか…………食うか――――?」

 

 

 差し出された肉を手が勝手に受け取った。満たされる予兆を感じ取った胃袋が早く早くと囃し立てる。

 Xは胃袋の願いを拒むことなく先程の蔵人と同じように勢いよく肉にかぶり付いた。

 口の中で肉汁の爆弾が爆発し、舌が受け取った刺激はXの体を震わせ、雷に撃たれたような衝撃を与えた。

 衝撃が過ぎ去ったXはカッと眼を見開き、

 

 

「まーずーいーぞぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

 さながら、口からカリバーしたような反応だった。

 

 

「マズイ、本当にマズイなんなんですかこれは!?凝縮された肉の臭みが一瞬で胃もたれを発生させます!一口食べただけで、もはやお茶漬け程度のアッサリとした物まで受け付けなくなるほどの重さです!言うなれば、食への冒涜、悪魔の骨付き肉です!こんな物が存在していて良いはずがない!縞ぱんエリザの手料理に匹敵するヒドさです!」

 

 

 ペッペッと口の中に残った脂を吐き出そうと躍起になるXは、蔵人から差し出された水で何度も口の中をすすぎ、なんとか落ち着きを取り戻した。

 

 

「ハハハ、すまんすまん。緑髭飛竜(ペルネーラ・ワイヴン)の肉は、見た目、香り、舌触りは最高なのだが、味は最悪だ。なんと言っても臭みが酷すぎる。血抜きはしたんだがな。」

 

 

「うぅ……酷い目に遭いました。何するんですかマスター!」

 

 

「すまなかった。この衝撃を誰かと分かち合いたくなってな。しかし、私はこの肉に可能性を感じている。臭みを消すには香辛料、ハチミツ、コーラ…………香木で燻製という手もあるな!久し振りに出会ったじゃじゃ馬な食材だ。研究の合間にこちらの調査も行い、必ずや美味なこんがり肉を作成すると誓おう!」

 

 

 高らかに宣言し、蔵人は再び飛竜肉にかぶり付いた。

 そんな蔵人を相手にXは暗く笑う。

 

 

「フフ、フフフフフ。そうですか。そういうことしますか。不遇な扱い、押し付けられる負担(ツッコミ)、その上、私のささやかな癒し(食事)まで奪うと言うのなら、こちらにも考えがあります。戦争です!もうマスターとかセイバーじゃないとかヴィヴィアン姉さんの想い人だとか関係ありません!貴方は私の敵だ!私のカリバーの錆びになるがいい!」

 

 

「ところで、今回の詫びとして二ヶ月ほど三食全て君のリクエストを採用しようと思うのだがどうかね?」

 

 

「一生ついていきます、マスター!」

 

 

 纏っていた剣呑な気配を一瞬で霧散させ、「何にしましょうか?手の込んだ物も良いですけど、たまにはジャンクなモノにも惹かれますね。うーん、悩みます。」とご機嫌に悩みだした。

 その様子を蔵人は優しい眼で見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

被害者その2

 

 

『マッズー!ペッペッ、何よこれ!このアタシになんて物味わわせるのよッ!アンタ、何考えてんのよ!てゆーかなんでアンタは平気そうにしてるのよ!?』

 

 

『ちょっ、聞いてんの、って、二口め!?アンタはやっぱおかしいんじゃないの!?てか、接続切りなさいよ!?…………えっ?「面倒だから嫌だ」ですって?ムキー!嘘吐いてるんじゃないわよ!アンタいつも無意識とか言ってスパスパ切ってるじゃない!って、待ちなさいよ!聞いてんの!?お願い待って!いや、待って下さい!お願いします、何でもしますから!待って、本当に―――イヤァァァァーーー!』

 

 

 ※この後、残りの飛竜肉は全て蔵人がオイシクイタダキました。

 

 

 




久し振りに書いたのがコレと言う…………

いや、ちゃうんですよ。これは必要な回なんですよ。
必要な回なんですが、作者はもしかしたら疲れているのかもしれません。
冒頭となるこの話はこんな感じですが、さすがにこの雰囲気を最後まで引きずったりはしないのでご安心ください。

リアルが忙しいために、投稿ペースは遅くなる事が予測されます。本当に申し訳ありません。
気長に待って頂けると幸いです。

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