用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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前回に引き続きテンション高めな閑話です。

今回も要点は後書きにまとめますので、合わなそうだと感じた方はそちらをどうぞ。





閑話:出立

【ヨビと斧】

 

 

 アカリ、ヨビ、Xはハンター協会へ向かっている。

 ヨビが装備によって強化され、万色岩蟹(ムーシヒンプ)を楽に狩れるようになったため、ヨビの星上げと、ついでにXの星上げをしようとしているのだ。

 

 

「ヨビさ、スックさん?」

 

 

「ヨビでいいですよ。アカリさんから頂いた名前、結構気に入っているんです。」

 

 

「えへへ、そうですか。それじゃあヨビさん。本当にいいんですか、私達と一緒に来て?今はもうヨビさんは奴隷ではありませんし、ラッタナにヨビさんを差別する人は―――」

 

 

「―――いいんですよ。」

 

 

 ヨビは穏やかな笑顔でそう言った。

 

 

「…………ヨビさん。」

 

 

「それに、私には斧(ナバー)がいますからね。フフフフフ。」

 

 

 淫靡な表情を湛えて、妖艶な仕草で愛しげに斧を撫でるヨビにアカリは顔を引き攣らせる。

 

 

「ヒイッ、た、大変です。ヨビさんが武器に元夫の名前を付けて、恋人のように接するヤバい人になってます!」

 

 

「そんな、アカリさん。恋人だなんて…………」

 

 

 頬を赤らめて嬉しそうに恥じらうヨビにアカリの表情はますます引き攣っていく。

 

 

「ど、ど、どうしましょうXさん!?ヨビさんが!ヨビさんが!」

 

 

「アカリ、落ち着いて下さい。締まってる上に、そんなに揺さぶられたら…………」

 

 

 混乱のあまりアカリはXの胸ぐらを掴んで揺さぶっていた。無意識に筋力強化の魔術まで使用している。

 青い顔をしているXに気付いたアカリは「すみません」と謝るとXを解放した。

 

 

「アカリ、強くなりましたね。今のは少し効きまし…………吐きそう。」

 

 

「だ、大丈夫ですか!?水とか飲みますか?」

 

 

「ご心配なく。至高のセイバーたる私はゲロとか吐いたりしません。ええ、セイバーですので。しかし、水は頂きます。」

 

 

 アカリが差し出した水を飲んだXは一息ついた。

 

 

「ふう、ヨビの事ですが気にする必要は無いと思われます。」

 

 

「え、何言ってるんですかXさん!?」

 

 

 Xは疲れたようにため息を吐いて言葉を続けた。

 

 

「ヤバいのは今更です。私達のなかでは、むしろヤバくない者の方が珍しい。マスターとヴィヴィアン姉さんはかなりアレですし、何よりもアカリ、貴女もマスターが関わるとヤバいです。下手すると、ヨビ以上に。」

 

 

「…………え?」

 

 

 Xの言葉を上手く飲み込めなかったのかアカリはフリーズして声を漏らした。

 少しして、意味を理解したアカリは抗議の声をあげる。

 

 

「えっ、何言ってるんですかXさん!?ヨビさん今、斧に口付けしてますよ!しかも、よく見ると舌が入ってます!ディープ、ディープですよ!武器にディープキスしてるんですよ!?」

 

 

「ハァ、アカリにはヤバい自覚はなかったんですか。冷静に振り返って見てください。かなりヤバイですから。」

 

 

 これまでの自分を見つめ直したアカリは、しかし、首を傾げて不服そうにした。

 

 

「いや、多少は心当たりがありますが、流石にあれほどでは…………」

 

 

「私はマスターが下着の数が足りないと言っていたのを知っています。」

 

 

 Xの言葉に、アカリの肩はピクンと跳ねて、顔には冷や汗がダラダラと流れ始めた。

 

 

「ハンカチやシャツまでは分かりますが、パンツはどうかと思います。バレて無いと思ってたんですか?皆知ってますよ。」

 

 

 続く言葉に、アカリは「神は死んだ」とばかりに絶望の表情を浮かべて崩れ落ちた。

 地面に伏したアカリはうわ言のように、「違うんです。ほんの出来心だったんです。」などと呟いている。

 

 

「アカリ、正気に戻って下さい。大丈夫ですよ。マスターにはバレてませんから。」

 

 

 屍のようになっていたアカリが反応を示す。

 

 

「ヴィヴィアン姉さんがかばったんですよ。なので、マスターの中では犯人はヴィヴィアン姉さんです。」

 

 

「ヴィヴィアンさん、貴女が神だったんですか!」

 

 

 勢いよく起き上がり、生気を取り戻したアカリは「おお、聖女よ」と、ヴィヴィアンを崇め始める。

 

 

「あの、その祈り方止めて頂けませんか?暗黒触師サニティ・ジルを思い出して嫌な気分になるので。」

 

 

 そんな風にグダグダと歩いている二人は、脇で密かに往来でするには色々と危険すぎる行為にまで及ぼうとしたヨビを二人掛かりで止める等といった紆余曲折がありながらもハンター協会に到着した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ヨビの斧撃が万岩蟹(ムーシヒンプ)を切り裂く。

 その表情に陰りは一切無く、幼子のようなはち切れんばかりの笑顔を輝かせている。

 

 

「あーっと、規定以上の水準の装備と依頼達成を確認した。同時に、「八つ星(コンバジラ)の先導」も達成だ。…………チクショウ、ツレが馬鹿げた強さなのまでは、百歩譲って納得できるが、何で最近まで十つ星(ルデレラ)相当の実力だったヤツが規格外になるんだよ、訳わかんねえ!?」

 

 

 ベイリーの老化現象は止まる所を知らない。

 滲んでいる疲労がそう見せているだけで、至って健康ではあるのだが、見ている人を気の毒な気分にさせるには充分であった。

 

 

「元気出してください。マスターはいつもこんな感じです。あの、良かったらこれを…………」

 

 

 少なくとも、先導をしていたXの同情は買えたようだ。

 同じ苦労を背負う者同士の共感からだろうか、信じられないことに、携帯していた蔵人作のスナック菓子を差し出していた。尤も、差し出す手は拒むようにプルプルと震え、顔は苦渋の表情を呈しているが。

 

 

「ありがとう。気持ちだけもらっておく。クランド殿の料理は旨いからな。人に渡したくない気持ちはよく分かる。」

 

 

 ベイリーの言葉に、Xはパアッと顔を輝かせて食事を再開した。

 それを見たベイリーは幾分か疲労が和らいだ気がした。

 

 

「Xさーん!ヨビさんが蟹を倒し尽くしたので帰りましょー!」

 

 

 遠くの方でアカリの呼ぶ声がする。

 見渡すと、海岸にうようよといた万色岩蟹(ムーシヒンプ)の姿はすっかりなくなっていた。

 

 

「それではベイリーさん、私達はこれで。なんと言うか、マスター達が御迷惑をおかけしました。」

 

 

「気にしないでくれ。クランド殿達のお陰で、街の安全は高まったからな。仕事は増えたが。」

 

 

 最後にベイリーが付け加えた言葉に、Xは乾いた笑い声を上げるしかなかった。

 

 

 

 

【定期メンテナンス】

 

 

「えっ、定期メンテナンスですか!?」

 

 

「そうだ。その斧には一点物の材料も使われているため、壊れ方によっては修復不可能なのだ。無論、振り回して使っても問題ないように設計してあるが、万が一という事があるから定期的にメンテナンスして、破損を予防するんだ。理解して欲しい。」

 

 

「一時でも手放すのはツラいですが、壊れてしまっては元も子も有りませんからね。仕方ありません。」

 

 

 蔵人の説明を受けてヨビは苦渋の表情を浮かべながらも『猛禽の杖斧』を蔵人に差し出した。

 

 

「ふむ、できるだけ早く終わらせるとしよう…………受け取ったから、手を離してくれないか?」

 

 

「申し訳ありません。つい。」

 

 

 ヨビは謝罪するが、一向に手を離す兆しがない。

 

 

「そう言いながら全くその様子がないではないか。ええい、このままではお互いに引っ張りあってポッキリ折れる結末が目に見えている。profligatus(脱力)」

 

 

 蔵人の魔術によってヨビの手から力が抜けて、斧がするりと蔵人の手に渡った。

 尤も、斧の耐久設計から判断すると、引っ張りあってポッキリ折れる等といった事が起こることはありえないのだが。

 

 手から斧が離れていったヨビは絶望の表情を浮かべている。

 

 

「すぐに終わらせるから、そんなこの世の終わりみたいな顔をするんじゃない。待っていろ長くはかからん。」

 

 

 そう言って去っていく蔵人をヨビは悲愴な表情で見送った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ヨビ、武器のメンテナンスが終わったぞ。」

 

 

 蔵人が斧を渡すと、先程まで虚ろな目で宙を見つめていたヨビは喜色満面になり涙ぐみながら斧に話しかけ始めた。

 

 

「帰って来てくれたんですね!お帰りなさい!私はすごく寂しかったんですよ!もう絶対に離しません!」

 

 

「いや、"定期"メンテナンスだからな。しばらくしたら、またやるからな。」

 

 

 またメンテナンスをすると発言した蔵人をヨビはキッと睨み付けた。

 

 

「必要な事だからな。君の為でもあるんだからな。そんな、不倶戴天の敵を見るような目で私を見ないでくれ。」

 

 

「も、申し訳ありません。ありがとうございました。それでは行きましょう、"ナバー"。」

 

 

 蔵人の抗議にヨビはハッとすると、謝罪した後に礼を言って斧を大事そうに抱えて去っていった。

 

 

「偶然か?いや、しかし…………」

 

 

 

 

【出立】

 

 

「さて、準備は終わったね?それでは、出発するとしよう。」

 

 

 ラッタナ王国で出来ることを粗方やり尽くした蔵人は、新たな研究材料を求めて旅の再開を決定していた。

 事前にベイリーにその旨を伝えたところ、混乱が起きるだろうから、とひっそりと出発するように提案されていた。

 

 

「それにしても、何か忘れている気がするな…………あ、ブラックとノワールとシュバルツとネロを作っておいて、肝心のオリジナルを作り忘れていた。うっかりしていたな。まあ、こんなこともあるだろう。それでは、気を取り直して出発しよう。」

 

 

 こうして、蔵人達はラッタナ王国を出た。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「クランド様ですか?クランド様でしたら、既にラッタナを出られましたよ?」

 

 

「ハァ、あの男は相変わらずだねぇ。一見落ち着いているようで、案外抜けている。大方、何かへの興味を押さえられなくなったって所かい?」

 

 

 ラッタナ王国のハンター協会でイライダ・バーキンがため息を吐く。

 勇者関連のゴタゴタをやっとの思いで片付けて駆け付けた彼女への知らせがこれなのだから、無理もないだろう。

 

 

「ところで、あの男はここで何をやらかしたんだい?えらく有名になってるみたいだか?」

 

 

「ご存知無いんですかッ!?」

 

 

 大声を上げて、身を乗り出した女性職員、その目はキラキラと輝いている。他の職員達はイライダに同情的な視線を向けて苦笑いしている。

 「あ、地雷踏んだ」的な嫌な予感がイライダを襲う。

 これから降り掛かるであろう災難に恐々としているイライダを気づかず、女性職員はさも嬉しそうに、鼻息を荒くさせて語り始めた。

 

 

「クランド様がラッタナに訪れたのは、ほんの数日前の事です―――」

 

 

 その後、女性職員の話は三時間程続いた。

 解放され、ゲッソリしたイライダは「あの男は、この短い間に何をやってるんだ」とため息を吐いた。

 くたくたに憔悴しきった体を収穫はあったと誤魔化して強引に動かす。

 女性職員の話の最後に、蔵人はサウランヘ向かったとあったのである。

 

 

「どうせ奴の事だ。あっちこっちふらふらして、真っ直ぐサウランヘは行かないだろう。追い付くのはそう難しい事じゃない…………奴がおかしな乗り物を使わなければね。」

 

 

 最後に自分で付け足した言葉に止めを刺され、がっくりと肩を落としたイライダは、追いかけるのは明日からにして、今日は疲れを癒そうとトボトボと宿を探し始めた。

 

 

 




要点
・ヨビの武器愛が天元突破しました
・ヨビが九つ星になりました
・Xが八つ星になりました
・蔵人達がラッタナ王国を出ました
・イライダは置いていかれました


という訳で、閑話でした。
今回のヨビは作者の勢いのせいではなく、プロット通りという恐ろしい事実です。
用務員さんに同行する原作ヒロイン(?)達におかしな設定が付いていきますね。何故だ!?


本作のXは何故か苦労人ポジになりました!
本来はボケが担当のはずなのに、周りの人々のせいでツッコミ担当にさせられる不憫な娘です。そして、本編での出番が少ない…………章が進んで大規模な戦闘が起これば出番が増えるはずだから強く生きてくれ!


これにて二章の閑話は終了です。
これからは用務員さん達のステータスを含めた登場人物設定を投稿して間を繋ぎつつ、プロットを書き進めていきたいと思います。

プロットが想定より難航しています。最大の難所が「やぺえ、この用務員さんに娼婦を買う理由が無いからエスティアと会わせられねえ!?」です。
なんとかせねば!

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