用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので 作:中原 千
数ヶ月後、私の探知魔術にハンターの集団の反応があった。その中には私と同郷と思われる少女もいる。
そろそろ勇者の力の研究も始めたいと思っていたが、同時に今の誰からも邪魔されずに研究できる環境が惜しくもある。今回は見送るとしよう。
私はハンター達の監視を切り上げて食事の用意をする。
この一年で仔猫も大きくなり、固形物も食べられるようになった。
いつまでも名無しでは支障も有ろうと、ある時、どんな名前がいいか聞いてみたところ、仔猫は尻尾で降り積もった雪を指した。親に似て賢いヤツだと思いながら、仔猫には『雪白』と名付けた。満足そうに鳴き声をあげたので、おそらくは仔猫の御眼鏡に適ったのだろう。
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三月程経ち、雪白は中型犬くらいの大きさになった。
ミニサイズの魔獣の完成である。
内面も似てきたようで暖炉の前に寝そべる貫禄などあの魔獣と瓜二つだ。
「ミルクを淹れようと思うのだが、アイスとホットのどっちがいい?」
私が懐かしい気分になって尋ねると雪白は暖炉の方を尻尾で指した。
「フフフ、そうか。ホットがお好みか。すぐ用意しよう。」
◆◆◆◆◆◆
暫く経ち、また吹雪がやって来た。
私は持ち込んだブラシを使い雪白を毛繕いしている。するとしないとではモフモフ感が違うのだ。雪白も毛繕いを気に入っているようで目を細めて喉を鳴らしている。
最近、雪白は活発になり、毎日のように外へ出掛けては獲物を持って帰って来る。
その後、風呂へ飛び込みあがったら水を払って暖炉の前に寝そべり私に尻尾で毛繕いを催促するのだ。
我が家のぬこ様は風呂嫌いじゃないらしい。
魔術研究の方も充実している。教本によると、この世界の魔術はそこらにいる精霊を介して行われるのだが、その仕組み及び精霊についての詳しいことは分からないらしい。
"広く知られているが解明されていない"
型月的に解釈するととても面白いことになる。しかも、私はこれによる恩恵を独占できるのだ。私はこれに大きな可能性を感じている。
そんな充実した日々を過ごしていると再び厳冬期が明けた。
私の魔術はハンターの集団を感知した。その中にはあの少女も含まれている。
その集団は明確に私たちの方へ向かっていた。
察するにあの少女がもらった力は索敵だろう。
さて、前回は見逃したが相手の方から向かってくるなら遠慮は要らないだろう。
「いくぞ雪白。初めての対人戦だ。気を引き締めろ」
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ハンターの集団と少女、アカリ達はイルニークの狩猟に来ていた。
もっとも、躍起になっているのはハンター達、特に雇い主のザウルだけで、アカリの方に意欲はない。
アカリはこのハンターに関わる気は一切なかった。というか、もううんざりしていた。召喚された学校では冷遇され、王室の我儘をきかされたり、政治に東西奔走させられたりして、この一年で疲れきっていた。
そんなギクシャクとした空気ではまともに実力を出せる訳がない。
不意に、白い獣が木々の合間から飛び出すとハンター達の前を横切る形で立ち止まった。不自然なほど突然のことにハンターたちは辺りを見渡す。
まだイルニークの出現する標高には到達していないハズだし、気配も感じなかった。何よりも、いままではぐれ狼程度でも警告のあったアカリという少女の反応もなかったのだ。
白い獣はまたふっと消えるように木々に消えたが、ザウルの目はしっかりと獣を捉えていた。ザウルは性格が悪いがハンターとしての腕が悪いわけではないのだ。
「おいっ、どうなってやがるッ!」
ザウルは脱兎の如く追いかけた。
「待って…………」
「使えねえ奴は黙ってろッ」
アカリの制止は振り切られた。他のハンターも躊躇いながらも追いかけた。こんなヤツでも雇い主である。仕方なくアカリもそれを追いかける。
追い付くとイルニークらしき獣は岩の上で毛繕いをしていた。あまりに無防備な様子にハンターたちはさすがに戸惑いを浮かべる。しかし、ザウルはそんなことお構いなしといった様子で、一斉攻撃の合図を出す。ハンターたちは戸惑いながらも雇い主であるザウルに従って、弓や杖を取りだして構えた。
やっと追いついたアカリが制止しようとして…………
…………ザウルはそれを無視して合図した。
追い風を受けた矢とそれに混じるように雷撃がイルニークに向かった。
ザウルは確かな手応えに笑みを浮かべた。その笑みは次の瞬間に強ばる。確かに直撃はした。イルニークのいた『岩』に。
冬越えのために文字通り『岩』となって眠っていた大棘地蜘蛛(アトラバシク)に炸裂したのだ。
イルニークは既に影も形もない。
大蜘蛛の眼に光が灯る。大牙が緩慢に動き、八つの脚と身体から生える円錐形の石のような大きな棘が軋みをたてた。
専用の装備のないザウル達はすぐに逃げるべきだった。
しかし、大棘土蜘蛛と相対した経験のないザウル達は撤退など考えもしなかった。
大棘土蜘蛛は前進する。
ザウルが矢を放ち、それにつられるように他のハンターも攻撃を始めた。
それでも前進は止まらない。
冬眠の邪魔をされた大棘土蜘蛛は睡眠の邪魔をした無法者を殲滅するまで止まらない。
ぎこちなかった大棘地蜘蛛の動きが次第に円滑になる。『悪夢』と呼ばれた大蜘蛛はもう既に覚醒しきっていた。
怒りに狂う大棘地蜘蛛は一息でハンターに詰め寄った。
それだけで、ハンターの集団が瓦解した。
制止しようとしていたアカリは茫然とそれを見つめるしかなかった。
さっきまでは存在しなかった敵性反応が、脳内の地図に現れていた。もともと、反応はなかった。
イルニークが目の前にいるにも関わらず、反応はなかったのだ。
一定以上の力の反応は不安定だが、目視できる範囲で自らが敵いそうもないと思った相手はまず間違いなく赤くマーキングされるのだ。
色は…………『深紅』
アカリはへたり込んだ。
逃げ惑うハンターとぐちゃぐちゃと何かが咀嚼されるような音。
「帰りたいな……」
アカリは無意識にそうこぼしていた。
大棘地蜘蛛の八つの目が、藪の中のアカリを見つける。
アカリは全てを諦めた。
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大棘土蜘蛛によって、否、私によって引き起こされた阿鼻叫喚の地獄絵図を眺める。
なんというか、うわっ…あいつらの練度、低すぎ…?
もともとこの大棘土蜘蛛を使った罠は看破される前提でヤツらの力を量るために捨て石として使ったものだが、
これで瓦解してしまうとは…………
前回のハンター達とは実力は比べるべくもないらしい。
「雪白、よくやった。だが、あいつらは特別お粗末な輩だからこれからも人間を侮ってはいけない。足元を掬われるぞ。」
雪白は尻尾で力強く私の背中を叩く。
「愚問だったか?それなら、いらぬ節介をやいたことを謝罪しよう。」
ハンターを咀嚼する大棘土蜘蛛を眺める。
一通り食い終えた大棘土蜘蛛は次に少女を見つけた。
確か彼女はアカリといったか?学校で会ったことがある気がする。
まあ、私には関係のない事だ。死体からでも研究できるし不意に興味深い実験材料を手に入れた行幸を感じながら見守る。
あーあ、へたり込んでブルブル震えちゃって可哀想に、もしかして失禁しちゃってるんじゃないだろうか。
…………不意に少女の姿が霞み記憶の姿と重なる。
「すまない。少し行ってくる。」
私は魔力放出を使い急加速した。
◆◆◆◆◆◆
アカリが目を覚まし、身を起こした。
私は雪白の毛繕いをしている。
「……生きてるのかな?」
「むっ、目を覚ましたか。」
私の声に驚いたように顔を向ける。
「……あれ?なんでここに、大棘地蜘蛛は…ていうかそれイルニーク……。だれ?」
混乱しているな。
見よこの雪白の堂々たる姿を、少女などいてもいなくても変わらんという具合に地面に伸びきってリラックスしている。この余裕を見習ったらどうかね。
「あっ……よ、用務員さん?」
「何ッ?!分かるのか?!」
私が今着ているのは礼装、魔術協会制服だ。服装からは判断できないはずなのだが。
「そりゃ、分かりますよ!分からないはずがありません!」
「どうしてだね?言っては難だが、用務員の事を覚えている生徒なんてごく一部じゃないかね?」
「普通はそうですけど…………休みの度に海外旅行したり、学校に入り込んできた熊を一人で討伐したり、用具小屋に籠って怪しい事をして学校の七不思議になったりする濃いキャラの用務員さんを忘れる訳無いですよ!」
「…………そうか。そんなものがあったのか。」
もしかして私、既に幻霊くらいにはなれるんじゃない?
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私はアカリに簡単に経緯を説明した。
「そうでしたか、ありがとうございます。」
アカリはその説明に少しも疑問を抱くことな素直に頭をさげた。
「気にするな。幼い少女を助けるのは年長者の務めだ。ところで、これからどうするね?」
「明日の朝に帰りますから、よければ一泊させて下さい。」
「分かった。それでは風呂に入るといい。年頃の少女がそれでは少々まずかろう。臭うぞ。」
「嗅いだんですかッ?!」
「そういきり立つな。運ぶ時に少しな。分かったらさっさと行け失禁娘。」
「…………ッ!行ってきます!」
アカリは勢いよく扉を閉めた。
「カゴの中にタオルや着替えが入っている。その他に何かあったら大声で呼んでくれ。」
私は食事を作るとしよう。
「用務員さん!なんですかこれ?!湯船だけじゃなくてシャワーもボディーソープもシャンプーもリンスもありますよ!」
「ふむ、興奮する気持ちも分からなくないが、君はもう少し自分の姿を省みた方がいい。」
アカリはよほど興奮したらしく、興奮に任せてそのままの姿で駆け寄ってきた。
「え……?ッて、キャーーーーーー!」
◆◆◆◆◆◆
「ハッハッハ、死にかけた先で思いがけず巡りあった日本の面影だ。我を忘れるのも分からなくない。次から気を付けるといいさ。」
「裸…………見られた…………用務員さんに…………」
アカリはうわ言のように呟いている。
「人聞きの悪い言い方だな。もとより君の不注意が原因だろうに。まあ、腹がふくれたら機嫌も治るだろう。さあ、食べるといい。」
私が鍋の蓋を開けると、
「すっぽんぽん…………て!この匂いは!カレーですか?!」
「ナンと白米のどちらがいい?」
「米ってどんな…………?」
「安心しろジャポニカ種だ。」
「ご飯がいいです!」
「了解した。たんと食べるといい。」
私がカレーをよそうと、アカリはがっつくように食べ始めた。
もっきゅもっきゅとどこかの腹ペコ王を彷彿とさせる食べ方は見ていてとても微笑ましい。
「口にあったようでなによりだ。食後のデザートにアイスも用意してあるがどうするね?」
「頂きます!」
「いい健啖ぶりだ。作った私も嬉しい。ちっこいくせによく食べられるものだ。」
「ちっこくないですっ」
そこは、"ちっちゃくないよ!"と言って欲しかったな。
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「さあ、腹もふくれたところで情報交換といこう。まずは改めて自己紹介をしよう。」
「はい!私は藤城明里、こっちではアカリ・フジシロです。」
「私は支部蔵人、呼び方は用務員さんのままでいい。お兄ちゃんも可だ。」
「分かりました、用務員さん!」
「鮮やかにスルーしたな…………」
「…………ところで、申し訳ありませんでした」
「いや、私も冗談で言ったからそんなに気に病む事はないが。」
「そっちじゃないですっ!…………私達は用務員さんがこの世界に来てるかどうかわからなくて、上の人に捜索をお願いしなかったんです。」
「ああ、その事か。それこそ気に病む事はない。こっちはこっちで楽しくやってたからな。察するに、むしろ君達の誰よりも私の生活レベルは高かったと思うが?」
「…………それは、そうです。私もここの快適さに驚いてる最中ですから…………魔法ですか?どうやって覚えたんですか?」
「ああ、"こっちの魔術は"教本で覚えたんだ。そんなことより、この世界の情勢を教えてくれ。」
「この世界、エリプスでは勇者は七十八人ということになっています。」
アカリは勇者は七十八人で七十九人目の用務員さんこと私にふれることは禁忌とされ、存在が抹消されているらしいこと、召喚されてまもない頃に力を示した人物、一原颯人、召喚者の中で唯一『神の加護(プロヴィデンス)』を二つ持った人物にして私の研究材料を盗んだ許しがたいこそ泥が様々な功績をあげて召喚者の地位向上、環境改善が成されたこと、そして、今までのアカリの境遇を話した。
「ふむ、それなりに紆余曲折あったらしいな。特にこそ泥の冒険譚は痛快だ。ケチな癖にそんな豪勢な事をして後で負債を抱えて怖い借金取りに追いかけ回されないか心配になるほどにな。」
「…………怖いことを言いますね。」
「なに、憐れな用務員さんの僻みだと思って流すといいさ。無力な派遣労働者がなにかできる訳でもあるまい。」
私が笑っていると雪白に尻尾で小突かれた。
「すまない雪白。毛繕いの手を止めてしまっていたな。」
「雪白って、そのイルニーク?」
「うむ、アカリ達が狩っていたイルニークの子供だ。だが、警戒することはない。雪白は君を格下と判断し深い慈悲をもって特赦するらしい。」
「なにか釈然としないものがあります……あれ?でもなんで知ってるんですか、私たちがイルニークを狩ったこと?」
「見ていたのでな。君達に気付かれなかったのなら私の隠密能力も捨てたものじゃないらしいな。」
アカリは表情を硬くした。
「えっ、じゃあ、去年からもう…………」
「…………知っていたよ。今年もまた誰かがここに来ることまでな。」
アカリは眉をひそめる。
「…………用務員さんが大棘地蜘蛛をけしかけたんですか?」
「そうだよ。何か問題があったかい?」
原作が重いので軽く読める二次創作をと思い投稿した本作ですが、やはり同志がいましたね。
これからさらにはっちゃけていく憑依クランドさんをこれからもよろしくお願いします。