用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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前回、遅くなりそうだと言いましたが、無事完成しました。





仇討ち

「―――無礼者ッ!」

 

 

 闖入者の正体にイグシデハーンは真っ先に気付いて声を上げた。

 

「―――よい。」

 

 

 新王はヨビの行動を鷹揚に許し、捕らえようと動き始めていた部下を制した。

 ラッタナ王国の国王は代々、圧倒的な武力を持ち、その武力への信頼が異質な装いの人物を前にして尚、武官を下がらせた。

 

 

「し、しかし、賎劣たる蝙蝠系獣人が仇討ちなどという妄言を表すなど前代未聞でございましょう。」

 

 

 イグシデハーンが多少は狼狽えつつも、余裕を持って新王に諫言する。

 ここにおいて、仇討ちを行うには、階級が『従者』以上であるという制限があった。そして、イグシデハーンが知る限り、蝙蝠系獣人はすべて『奴隷』階級であった。奴隷階級の者が仇討ちを許されたことはこれまでなかった。

 これが、イグシデハーンの余裕の根拠である。

 

 

「―――名は。」

 

 

「クンドラップ・クールマ・スックと申します。」

 

 

 イグシデハーンは、「バカなッ」と口に出しそうであった。そうならなかったのは、王の御前であるという意識がかろうじて働いたからにすぎない。

 名において、クンドラップが指し示す階級は『従者』である。仇討ちを行う資格を十分に保有する。

 イグシデハーンにとっては、寝耳に水だった。

 

 

「…………ふむ、その方は隔世か?」

 

 

「はい。クンドラップ・タウ・クールマ・ヨックの娘です。」

 

 

「確かに、タウのグシュティにはクールマという名の従者がおり、隔世て蝙蝠系獣人が生まれたと聞いております。しかし、数年前の怪物の襲撃(エクスプロード)によって、クールマの一族は既に途絶えていたはずでございます。」

 

 

 壮年の亀系獣人の男が新王に進言する。

 新王は頷いて、ヨビを見た。

 

 

「資格はありとする。」

 

 

「お待ち下さい。その者は奴隷として売られていたはずであり、それを生業とする者に仇討ちは認められないはずです。」

 

 

 イグシデハーンは冷静さを取り戻して新王に言葉を返した。ヨビの出生には驚愕したが、現在奴隷であるならば問題ないと判断したのだ。

 

 

「首輪は見当たらぬが?」

 

 

「その者を買った北部人は物好―――」

 

 

「―――解放していただきました。ご主人様(ナイハンカー)であったクランド様により、仇討ちのために御配慮頂きました。故に、現在の私は紛れもなくクンドラップ・クールマ・スックです。お疑いであれば、奴隷局か同席頂いたコニー・カーゾン様にご確認お願い申し上げます。」

 

 

 言葉に挙げられた蔵人の名に、観衆がざわめく。

 名を出すことは、蔵人による指示であった。事実、ヨビへの否定的な空気が減り、肯定的な雰囲気が爆発的に増加し、イグシデハーンに向けられた視線は厳しくなる。

 このやり取りで、観衆の心証は一気にヨビの擁護に傾いたのだった。

 

 

「ほう、ミス・カーゾンか。であれば、嘘はあるまい。あれは、ミス・タジマに心酔しておったからな。奴隷の解放に関しては嘘を吐くことはなかろう。」

 

 

 新王は、挙げられたもう一つ名に興味を示した。

 彼は、コニーと同期で勇者タジマの講義を受けていたのだった。よって、コニーの人となりはよく知っていた。

 イグシデハーンは歯を食いしばって歯ぎしりする。

 官位官職を持たない彼には王の決定に意を唱える事などできない。否、現職の官位官職持ちであっても抗う事などないだろう。それ程までに場の空気は"出来上がっていた"。

 イグシデハーンは、ヨビに入れ知恵をした北部人の姿を幻視した。

 イグシデハーンがヨビの背後にいる存在への怒りを募らせている間も、事態は刻々と進行する。

 

 

「して、仇討ちの理由はなんだ?」

 

 

「はい、ルワン家は我が子、ダーオを解放奴隷を用いて強盗に見せかけ殺害いたしました。その時、私も半死半生の傷を負いましたが、生き残ってしまいました。」

 

 

 場がざわつく。

 信じられないのではない。出来上がってしまったのだ。

 我が子を殺された被差別対象の女が、奴隷に落ちた後に、心優しい主に助けられて、我が子の仇討ちをするという劇的なストーリーがだ。

 蝙蝠系獣人(タンマイ)である。女である。おまけに、その主はクランドだ。

 観衆は演劇でも見ているような心持ちであった。中には、感情移入し、涙を滲ませている者までいる。

 

 

「証拠はあるのか?」

 

 

「はい。クランド様によると、夜半に不審な集団による襲撃があったと聞かされました。その者達はルワン家から命令を受けた解放奴隷だと証言しました。」

 

 

「ふむ、その者達の証言を直接聞くことは可能か?」

 

 

「今は、不可能です。現在、クランド様は解放奴隷達の家族の救出を行っており、その成功を確認次第、彼らは公にて証言を行うとしております。必要とあれば、まとめた証言をいくつか公表いたします。信憑性を高めるために、場所、人名等を具体的にしております。」

 

 

「ふむ、イグシデハーンよ、どうする?」

 

 

「…………受けて立ちましょう。」

 

 

 そう答えるしかなかった。ルワン家を再興させるために、醜聞が漏れるのは不味いのである。この空気のなかだ。どのような証言が出ようと、観衆は確実にヨビを信じるだろう。厄介な事に、その証言は真実である可能性が非常に高い。

 そして、なによりも、得体の知れない北部人の入れ知恵を受けたヨビを、これ以上喋らせるのが怖かったのである。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ヨビは、白地に金色の装飾が施された外套を羽織り、手には黒い武骨な大剣が握られている。

 対するイグシデハーンは、皮鎧に身を包み、二本の曲刀を装備している。

 

 

「方法は問わぬ。クンドラップ・クールマ・スックよ、見事本懐を遂げて見せよ。始めッ!」

 

 

 新王の宣言と同時に、ヨビは弾かれたようにイグシデハーンに接近して斬りかかる。

 イグシデハーンは姿勢を変えるだけでそれを避ける。

 慣性を利用して何撃も繰り返すが、イグシデハーンは軽やかに避け続けて余裕を崩さない。

 

 

「その程度か。小狡い北部人に入れ知恵されたとは言え、所詮タンマイはタンマイか。」

 

 

 ヨビの連撃の隙を突き、曲刀が閃く。その一撃は設置していた命精魔術の障壁を破壊し、ヨビの動揺を誘った。

 硬直したヨビが炎に包まれる。

 

 イグシデハーンは燃え盛る炎を一瞥して王の方を向いた。

 しかし、待てども勝利宣言は無い。まさかと思った矢先に、感じた殺気に反射的に曲刀を向ける。

 

 バリン、と硬質な音が響き曲刀は粉砕される。イグシデハーンは後方へ飛び退くことで、かろうじて大剣の一撃を避けた。

 タラリ、とイグシデハーンの額から血が流れる。砕けた曲刀の破片を頭から被り、全身に大小の傷ができていた。

 

 行った下手人は無感情にイグシデハーンを見下ろしている。ともすれば、仕留められなかった事に不満げでさえある。

 その様子がイグシデハーンを逆撫でする。

 

 

「タンマイごときが栄光ある鳥人種である私に傷を負わせるなど。蝙蝠、楽には殺さんぞ。」

 

 

 イグシデハーンは眼を剣呑に光らせながら翼をはためかせ、弾丸のようにヨビに迫り、一本となった曲刀を振るった。

 虚を突かれたヨビは外套を翻して剣閃から身を守る。

 

 

「先程の絡繰りはこれか。大方、あの北部人から与えられた魔道具か。小癪な。」

 

 

 ヨビが反撃しようと攻勢に出ると、イグシデハーンは急速で後退する。ヨビの飛行速度では追撃を行う事は叶わない。

 

 

「フハハハハハハ、空においてタンマイが我ら鳥人種に敵うと思うな。やはり、貴様らに空は似合わん!どれ、こういうのはどうだ?」

 

 

 ヨビの周辺で暴風が渦巻く。竜巻に翻弄されるヨビにイグシデハーンはヒットアンドアウェイで剣撃を繰り返す。

 

 

「フハハハハハハ、動かぬのならばただの的だぞ。」

 

 

 ヨビは動かないのではなく、"動けない"のだった。

 理由は、ヨビの外套にある。この外套は、とある聖女が掲げていた旗を基にして作られた礼装だ。

 物理、魔術を問わずに全ての攻撃を防ぐことができる。だが、模造品に過ぎないこの礼装は、原典よりも性能が劣化していて、発動中は一切の行動ができず、また、攻撃の継続中は発動を任意で停止させることができないという制約がある。

 

―――そして、無視できない劣化点がもう一つ。

 

 

「…………ッ!」

 

 

 初めは、ただの糸屑に過ぎなかった。しかし、外套は所々解れていき、伴って結界も心細くなっていく。

 気付いたイグシデハーンがニヤリと笑って風精魔術を激化させる。

 外套の綻びはいよいよ全体に及びボロ切れのようになり、結界は崩壊した。

 ヨビの全身は竜巻によって切り刻まれ、イグシデハーンの追撃によって地面に叩き付けられた。

尚もヨビを襲い続ける竜巻の周りで火精が躍り、燃え盛る竜巻となってヨビを包んだ。

 

 

「二度も同じ手は食わん。」

 

 イグシデハーンは、竜巻の中に風精魔術で追い討ちした。その眼には狂気が宿っている。

 

 観衆が固唾を飲んで見詰めるなか、果たして、竜巻が晴れるとそこには、銀白色の球体があった。

 皆が驚愕すると、球体は崩壊していき、中からは傷が完全に癒えた様子のヨビと、不敵に笑う男が出てきた。その男の腰には黄金の剣が輝いている。

 

 

「ハハハ、危ないところだったな。間一髪というヤツか?」

 

 

 姿を確認した観衆が沸き立つ。その眼に写る姿は、遅れてきた英雄(ヒーロー)そのものであった。

 

 突然現れた男に武官が武器を構えて警戒する。新王はそれを制しながら威厳を持って声をかける。

 

 

「仇討ちの妨害は重罪ぞ。」

 

 

 それに、流麗な仕草で礼を示して口を開く。

 

 

「助太刀でございます。」

 

 

「ほう、助太刀か。ならば問題ないが、その方は何者だ?」

 

 

「クランドと申します。助太刀へと馳せ参じた理由は、偏に自己の利益の為でございます。」

 

 

「利益、とな?」

 

 

「ええ、そこなるヨビ、いえ、スックには解放条件として、『見事仇討ちを遂げる事』を課していました。このままでは、解放条件が果たされないままスックは死亡し、私は大損でございます。よって、この場に割り込む無礼を働きました。」

 

 

 蔵人の言葉が観衆の胸を打つ。解放条件に本懐の達成を課すという物語のような行動は、観衆をさらに熱狂の渦に引きずり込む。

 新王は厳粛に頷く。

 

「よかろう、許可する。但し、規則によりこれ以上の助太刀は厳禁とする。」

 

 

 ルワン家の人々は動けない。突然現れて流れを掻っ攫っていった蔵人を憎々しく思っているが、熱に浮かされた観衆に呑まれて動けない。

 

 蔵人はヨビの方を向く。

 

 

「さて、こちらはいくらかの予定外はあったが、全ての準備は完了した。それで、君は私の助力を望むかね?」

 

 

「…………いえ、私にやらせて下さい。」

 

 

 ヨビの答えに蔵人は満足そうに笑って何かを取り出した。

 

 

「君ならそう答えると思っていたよ。これは餞別だ。先程完成したばかりの君"だけ"の為の武器だ。そしてこれはオマケだ。confortans(強化)」

 

 

 蔵人はヨビに魔術をかけつつ、巨大な黄金の斧を手渡した。

 

 

「銘を『猛禽の杖斧』という。それでは頑張りたまえ。」

 

 

 その斧を手に持った時、ヨビに不思議な感覚が舞い込んできた。

 ヨビの目から知らずに涙が流れ落ちる。

 懐かしく、温かく、心強い。ヨビが最も幸せだったナバーとの日々の感覚だ。

 

 

「…………ありがとう、ございます。」

 

 

 ヨビは誰にともなく礼を言ってイグシデハーンの方を向いた。

 不思議と力が湧いてくる。蔵人が何かしていたようだが、それだけではない気がする。

 そのように思いながら優雅に構えるヨビに悲愴はない。ヨビは今、ナバーが共に戦ってくれているような気がしてきて、それだけでナバーを許せるようになったのだ。

 

 

「チッ、忌々しい北部人め。余計な事を。だが、タンマイ一人だけならば何度やっても同じことだ。」

 

 

 イグシデハーンは苦々しい顔で悪態を吐きながら風精魔術を発動して竜巻を作る。あわや、ヨビに直撃するといった直前に、ヨビの姿が消えた。否、飛翔していた。

 そのままイグシデハーンに近付く飛行速度は鳥人種と同等どころか、完全に凌駕していた。

 あまりの速度に反応できずにいるイグシデハーンに、すれ違い様に斧を二度振り、彼の両翼を叩き斬り、地に墜とした。

 

 墜ちていくイグシデハーンを一瞥し、ヨビは自分の斧を愛しげに撫でながら優艶に降りてきた。

 

 

「勝負ありッ!クンドラップ・クールマ・スックとクランドを勝者とし、仇討ちの成立を宣言する。よって、この決闘以降、スック、クランドの両名に報復行為を行った者は厳罰に処す。異論が有る者は申し出よ。」

 

 

 新王が宣言する。

 異議申し立てを行うものは、現れない。

 

 

「それでは、先の宣言を正式な物とする。これを犯す事は我の名を犯す重罪と知れ!」

 

 

 新王の言葉に、観衆は一斉にお祭り騒ぎを始める。当事者の蔵人とヨビの周りには人々が集まり口々に囃し立てている。ラッタナ王国は熱狂に包まれ、新王の戴冠式はこれまで以上の盛り上がりとなった。

 

 後に、この出来事は演劇となってラッタナ王国の劇団で一番の人気を博す事になる。クランドの名は物語の英雄として後世まで伝えられていくのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 その夜、寂れた屋敷の一部屋にて、全身に包帯を巻いた男が怒りに体を震わせる。

 

 

「クソが。クソが。クソが。クソが。クソがッ!私の長年の悲願が、努力が、おのれタンマイと北部人めが。この恨み必ずや…………」

 

 

 ルワン家は秘密裏にクランドへの報復を画策していた。新王の宣言があったとは言え、余所者の北部人相手であれば、表にでない限り王政府は黙認するだろうという判断だ。

 怒りに分別を失っているとは言え、一族の再興のために力を尽くしてきた傑物はただの考えなしではなかった。

 とはいえ……

 

 

「シンチャイ、そもそも貴様がしくじりさえしなければ証拠は出なかったものを…………!」

 

 

「シンチャイ、シンチャイか。クハハハ、確かにこの体の持ち主はそのような名なのだろう。だが、生憎と今話している私はシンチャイではない。」

 

 

「き、貴様は―――」

 

 

 それも、無駄な事だろう。なぜなら、もう既に彼らは、どうしようもない程に"詰んだ"のだから。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 新王が王子時代に組織していた『影』は、ルワン家が報復行為を画策している事を掴んでいた。

 動きがあるとして、潜入した部隊員達はルワン家の人々を摘発し、粛清した。しかし、報告によると、圧倒的に数が少ないらしい。

 行方不明のルワン家の者達は、潜伏し、報復行為を画策している可能性ありとして、捜索対象となったが、それはすぐに打ち切られる事になる。

 

 数日後、発生し始めた深夜の集団失神現象の対応に追われたからである。

 失神した者達は貧血状態になっており、その者達は口々に、死んだ親、子供、兄弟、友人を見ただとか、果てには先王を見た等と証言している。

 これによって、この現象は死者の怨念が原因だと噂が流れ、現象『タタリ』と呼ばれ、国民の恐怖の対象となった。

 

 

 だが、後ろ向きな話題だけではない。ハンター、クランドの出資によって設立された医療機関によって開発され実施された「採血検査」によって、疾病や疾患を早期に発見できるようになり、ラッタナ王国の健康レベルが劇的に上昇したのだ。

 王政府は、これを大々的に称えることで国民の目をこちらに向けさせ、その間に国を安定させようと奔走することになった。

 

 

 




という訳で、用務員さんの礼装による圧倒を期待されていた皆様、申し訳ありません。今回は、愛する人への想いでヨビが覚醒するという王道展開になってしまいましたね(迫真)


ところで、隔世で生まれるってことは、蝙蝠系獣人って劣性遺伝なんですね。
尤も、遺伝子の優性と劣性なんて、舌を巻けるか巻けないかくらいの違いも含まれるんで、それで劣ってるなんて言い切れませんね。


それでは、最後に今回登場した礼装をご紹介して失礼致します。

聖女の外套

蔵人によって製作された礼装。
白地に金色の縁取りと刺繍がなされている。
聖女ジャンヌ・ダルクの旗がモチーフとして、本物と同一の素材を用いて同一の製法で作ったものに概念付与して作成されたものを外套として着用可能にしている。
本物に比べるとランクは著しく低く、デメリットが大きくなっている上に、本物が対城宝具を数発防げるのに対して、宝具級の攻撃には対応できない。

猛禽の杖斧

蔵人によってヨビのためだけに作られた製作された専用武器。他者の使用は想定されていない。
見た目はヘラクレス第三再臨の斧。
基礎能力強化、鳥人種の特性付与、風精親和力強化等の効果が付与されている他に、使用中は不思議な心強さを感じる。
内部には杖が埋め込まれており、杖斧とはつまり、杖を基にして作られた斧という意味。
内部の杖には緑色の液体で満たされたカプセルが取り付けられており、その中には"何か"が浮かんでいる。

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