用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので 作:中原 千
日付的には一週間以内なので、どうか御許しを。
ヨビとアカリと雪白は、とあるあばら屋の前にいた。ここは、ヨビとナバー、そして、殺された子供が暮らしていた家だ。
ヨビは煤けた家をぼうっと見上げていた。かつての幸せな日々と勇者の遺跡完全踏破によって滅茶苦茶になった日々が過っては消えていく。
しばらく立ち尽くした後、アカリの方を向いて頭を下げた。
「申し訳ありません。我が儘を言ってしまって……」
「いえ、我が儘なんかじゃありませんよ。さっ、早く行きましょう。」
アカリに促されてヨビは家の軒下へ向かった。
そこには、木の杭がポツンと立っていた。それは、手製の墓のようだった。
ヨビが墓の前で膝を突き、手を合わせて目を閉じる。
アカリは土精魔術で器を作り、それにポケットの中に入っていたチョコレートを入れて墓前に供えて、ヨビに倣い拝んだ。
ややあって、ヨビが粛然と立ち上がりアカリを見た。
「…………ありがとうございます。」
「用務員さんがいたら、正式に供養できたと思うんですけどね。私には祈る事しか……」
「フフ、そうですね。ご主人様(ナイハンカー)なら、できてしまいそうです。それでも、ありがとうございます。今まで、弔ってくれる人なんていませんでしたから。」
雪白は尻尾で墓に付いたホコリをパタパタと払っていた。
ヨビは、雪白にも礼をして家へ向かった。
「ごめんください。誰かいらっしゃいませんか?ごめんください!」
アカリが何度もドアを叩いて声を張り上げるが応答はない。
困り果ててドアに手を掛けると、それはいとも容易く開いた。二人は中に入る。
荒れた室内に足を踏み入れると、強いアルコール臭が漂ってきて、アカリは顔を顰めた。
部屋の奥では、ナバーと思しき、伸びすぎた髪を適当に結んでいる無精髭の男がテーブルに突っ伏していた。
「…………なんだ、お前は。」
男は気怠そうに体を起こして、アカリとヨビを見た。
「…………ああ、どこかの奴隷になったんだったか。何の用だ、金なら無いぞ。もう全部スッちまったからな。」
男はヨビの首輪を見ながら言った。
ヨビは黙ってただナバーを見つめ返していた。
「それにしても、女とは随分と物好きな買い手が付いたもんだな。レズってやつか。それとも、ママにでも似てたか?」
クックックと喉を鳴らして笑う男をアカリは無感動に見て、「いえ、私は任されているだけですから。」と、事務的に答えた。
男はつまらなそうにしてヨビに向き直り、再び何の用か尋ねた。
「…………ダーオは誰に殺されたか知っていますか?」
「ああ、知ってる。」
なんとか声を出したヨビの問いに、男はアッサリと答えた。
「なんだ、そんな事が知りたかったのか。聞かれたらいくらでも答えてやったのに。」
男は足元の容器から酒を注いで呷り、話し始めた。
曰く、その日は父親に呼ばれた。いつもの小言だと思ったが、行ってみると金子を渡され、家に帰らぬよう言われた。なんとなく何が起こるかは察しが付いたが、そのままカジノへ行き、帰りは飲み潰れたらしい。
聞いていく間にヨビの表情は消えていった。信じたかった。彼女はまだナバーを愛していたのだ。
「んで、それを知ってどうするつもりだ?俺を殺すか、親父を殺すか、まあ、どうでもいいか。」
「…………ダーオの仇を討つために、父親を訴える気はありませんか。」
ヨビは願うように尋ねた。ナバーへの愛もダーオへの愛も捨てられるものではない。だから、せめて憎まずにすむように、ナバーにダーオへの愛情を示して欲しかった。
そんなヨビにナバーは、けんもほろろに言い放つ。
「なんで今更そんなめんどくさいことしなきゃいけないんだ。」
その後も、ヨビは望みを捨てきれずに言葉を重ねるが、素気なく返される。
ヨビは無言で立ち尽くすが、それでもナバーを憎みきれなかった。
「用が無いならさっさと帰れ。お前とはもう他人だ。」
ヨビは力無く家から出ていった。
アカリも業務的に一礼して去ろうとすると、ナバーから声をかけられた。
「…………近いうちにあんたも、いや、あんたにあいつを任せてるって奴も後悔するだろうよ。なんであんな訳あり女を買っちまったんだとな。」
「あなたは後悔したんですね。一緒にしないで下さい。」
「どうだかな。そいつも俺と同じだろう。同情して、善人面して女を救った気になってる、どうしようもない偽善者さ。頼られたり感謝されたりが心地良いだけさ。」
ナバーの言葉に、アカリの片眉がピクリと跳ねた。しかし、すぐに無感情な仮面を貼り付け直して、以前にも増して感情を排した無機質な声で答えた。
「いえ、違いますよ。用務員さんはそのような物とは隔絶した場所にいます。そもそも、ヨビさんを雇うように頼んだのは私なので、偽善者の謗りを受けるのは私の方が妥当です。」
「くっくっく、そうかい。じゃあ、気を付けな、嬢ちゃん。見捨てるタイミングを間違えない事だな…………逃げ場すら無くなるからな。」
「見捨てませんし、逃げません。人に不可能なんてないんですよ。強く信じて、常識を棄て、他者評価を棄て、自己保存欲求を棄てて、ただ目的だけに我武者羅に走り続ければどんな事も実現できるんです。私はそんな人を知っています。あなたは、諦めるのが早すぎます。」
じっと、酒を見つめてポツリと付け足したナバーに、アカリはそう言って家を出た。
◆◆◆◆◆◆
「Ich möchte heilen.(我は健常な現在を望む)Heilung(治癒)」
アカリは、部屋を出るなり掌に治療魔術を使用した。
事実、固く握り締められていた掌には血が滲み、ポタポタと玉になって落下していた。
アカリにとって、夫婦とは美しいものだった。
アカリはありふれた、しかしながら、暖かい家庭で育ち、両親の仲は良好であった。そして、憧れた人物が愛する者に再会する為に直向きに努力し、不可能をはね除けた姿を見た。
その後の二人の様子は嫉妬するのもバカらしくなる程仲睦まじいものだった。
アカリの内心では、その美しい物を穢された気がして腸の煮えくり返る思いであった。しかし、これはヨビの問題で、自分が口を挟むのは筋違いだという思いで必死に抑え込んでいたのだ。
「お待たせしました。さあ、帰りましょうか。」
「申し訳ありませんでした。」
「なんでヨビさんが謝るんですか?今は私よりもヨビさんでしょう?」
「いえ、その…………顔が…………」
ヨビに指されて、疑問に思いながらもアカリは顔に手を当てた。それによって、表情が強ばったまま動いていない事に気がついた。
「アハハ…………表情を作ってたら、いつの間にか固まってしまったみたいですね。これはちょっと女子的にマズイです。このまま帰ったら用務員さんに心配をかけて―――用務員さんの心配、それも良いかもしれません。くふふ。」
顔をグニグニと手で動かしながら声だけは明るくヨビに答えた。
ヨビは頭は上げたが依然として申し訳なさそうにしている。
ヨビの様子に、アカリはため息を吐いてビーフジャーキー片手に雪白の方を向いた。
「まったく、私に気を遣わずに辛いときは辛そうにすればいいんですよ。雪白さん、やっちゃって下さい。全モフモフを以てヨビさんを蹂躙し、素直にさせるのです!」
アカリの要請に雪白は「承知した」とばかりにヨビに飛びかかって、尻尾で頭をくしゃくしゃと撫でた。
最初は抵抗していたが、徐々に目が潤んでいき、最後には完全に雪白に体を預けていた。完堕ちだった。
アカリはその様子を満足そうに頷いて眺めながら顔のグニグニを続けていた。
しばらくして、ヨビも落ち着きを見せ始め、アカリは、「あっ、だいぶ良くなってきた気がします」と表情を取り戻し始めた頃、そこに近付く人影があった。
「良かった。やっと見つけられました…………ところで、これはどんな状況ですか?」
混沌とした状況に、近づいてきた人物が首を傾げる。しかし、すぐに気を取り直して用件を伝えた。
「すみません、申し遅れました。私はコニー・カーゾンと申します。貴女は、アカリさんで宜しいでしょうか?」
「はい。そうですが、どのようなご用件で? 」
コニーは、手紙らしきものを取り出してアカリに差し出した。
手紙にはこの世界の技術レベルには不自然な上等な紙が使われている。
「言伝てを託されまして、貴女を探していました。詳しくはこちらに、中身は拝見していませんのでご安心を。」
アカリは要領を得ずに手紙を受け取って中身を確認すると、目を見開いた。
中には、蔵人の筆跡で文字が綴られていた。
「えーと、『すまないが、用事が片付きそうにないため今日は帰れそうにない。食料庫の中のものを適当に食べてくれ。そして、こちらが本題なのだが、今朝がた現王が崩御した。ヨビが仇討ちするのは明日の新王即位パレードが最適だろう。必要なものは拠点にまとめてある。また、奴隷の身分では差し障りもあるだろうから、そこにいるコニーを証人にして解放手続きをしてくれ。条件はアカリに任せる。それでは、よろしく頼んだ。』ですか…………どうしますか、ヨビさん?」
「…………はい、よろしくお願いします。」
ヨビの返答を聞き、アカリはコニーの方を向いて一礼した。
「わかりました。それではコニーさん、立ち会いをお願いします。」
「お任せください。では、さっそく奴隷局に行きましょう。」
◆◆◆◆◆◆
翌日、空は晴れ渡り、日光が燦々と降り注ぐ好天のなか、日を跨いだ先王の葬儀が終わり、新王即位のパレードが始まった。
数十名の部下と魔獣に牽かれる魔獣車に新王は乗り込んでいる。そして、新王は街中を周り民に姿を見せ、官位持ちには一人々々声をかけていく慣わしだ。
官職の無い名ばかりの官位持ち達はこの機会に己を売り込もうと皆、一様に必死である。
パレードが進み、ルワン家の前に差し掛かり、新王がイグシデハーン達に声をかけようとした時、二人の間に人影が割り込んだ。
「無礼も―――」
「―――無礼を承知の上で、仇討ちの御許しをお願い申し上げます。」
次回、決着です!
ここ最近忙しくなってきてしまったので少し遅れるかもしれません。申し訳ありません。
ところで、私は展開につまったときは番外編的な物を書いて意識の切り替えをしています。
新しいアイディアも浮かんでくるのでオススメです!
最近では、型月用務員さんをストライク・ザ・ブラッドの古城君に憑依させたIFを書きました。
型月用務員さんは、「えっ、この身体は吸血鬼?しかも真祖?…………やったー、私の身体で真祖の人体実験し放題じゃないか!」とかイカれた事を口走ってました。平常運転ですねw
あっ、いつもやってる事なので、これ書いてて遅れたわけじゃないですよ。