用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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全角スペースの打ち込み方を今更覚えた作者です。
これから折を見て他にも適用させていきたいと思います。





暗躍

 王城とは離れた位置にある古びた屋敷にて、ルワン家の当主であるイグシデハーンは報告を受けていた。

 

 

「未だに件の北部人は蝙蝠系獣人(タンマイ)を返却した様子はないが、噂の方はどうなっている。」

 

 

「はっ、可能な限りの伝を使用し、街中へと広めております。一部では例の北部人を強く排斥しようと志す勢力も発生し、それが民衆へ広がるのも時間の問題かと。」

 

 

「ならば直に奴も蝙蝠系獣人(タンマイ)を手放すか。」

 

 

 イグシデハーンはルワン家の再興に生涯を懸けていた。

 事実、その手腕は官位と官職を授かった中興の祖の再来と持て囃され、ルワン家が直近の百五十年で最も力を盛り返しているのは自他共に認めるところだ。

 そして、新王の即位が間近であるとの報を受けた。

 英明と讃えられる王子が立てば、愚かな現王に追従している木っ端共を駆逐して、ルワン家が官職に返り咲く事も可能だと考えていた。

 そんな時期だからこそ、ルワン家の醜聞が世に出てはならない。積み上げてきたものをこのような些事に邪魔されたくなかった。

 

 

「この時期におかしな噂がわずかでも流れるのはまずい。…………北部人か。ならば心中してもらうのが一番だな。ナバーは妻を奪われ、さらにはその妻にまで裏切られた哀れな男として同情をひける。民衆にとっては都合の良い事実さえあれば真実などどうでも良いのだ。シンチャイ、任せたぞ。奴隷共には証拠を残さぬよう念押ししておけ。」

 

 

「はっ。」

 

 

 シンチャイは顔を引き締めて了解した。その直後に背中が再び疼き始めて、シンチャイは顔を顰めて掻き毟った。

 

 

 

 陽も落ちて、辺りを闇が支配した頃にシンチャイは奴隷達を連れて出立した。

 移動を始めて間もなく、叩きつける様な雨が降り始めた。この辺りでよく起こる集中豪雨だ。

 シンチャイは幸先の悪さに舌打ちしたが、雨音によって足音が消されれば隠密性も増すから、むしろ幸運だと思い直して心を落ち着かせた。

 だが、雨によって行軍速度が低下している事、さらには雨によって奴隷達の消耗が増す事も事実であった。

 

 

「雨に叩かれるよりはマシか。おい、経路を変更してジャングルの中を進むぞ。」

 

 

 シンチャイは奴隷達にルートの変更を命令した。

 ジャングルの中を進めば木々が雨避けになるだろうという判断だった。

 シンチャイと奴隷達はずんずんとジャングルの中に入っていった。

 

 そして、シンチャイ達は夜が明けようとジャングルから出てくる事はなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふむ、新種の魔獣か。」

 

 

「ああ、ジャングルの木々に擬態して触手を伸ばし襲ってくる性質らしい。一部のハンターから報告が上がっていてな。なんでも、斬っても斬っても際限がないらしい。」

 

 

 翌日、ハンター協会で蔵人はベイリーに呼び止められて相談を受けていた。

 ベイリーの顔には疲れが浮かび、彼が纏う哀愁は一段と増していた。

 

 

「なるほど、つまりはその魔獣の討伐を私に依頼したいという事か。」

 

 

「そうだ。頼まれて貰えるか?」

 

 

 蔵人は少し考える素振りを見せた後に口を開いた。

 

 

「その魔獣による被害状況はどうなっているんだ?」

 

 

「ああ、それなんだがな。まあ、ほぼゼロなんだ。報告に来たハンターも"しぶとさは厄介だが、攻撃自体は虫に刺される程度だった"なんて言っててな。逆に、ジャングルから出てきた魔獣による被害届けが減ってるんだ。」

 

 

「ならばよいではないか。それは益獣というヤツだろう。無理に対処せずとも問題なかろう?」

 

 

 笑ってそう言う蔵人にベイリーは難色を示す。

 確かに現時点では大きな被害もなく、ジャングルの魔獣の抑止として役立っている。だが、魔獣の考えなど読めないし、気まぐれに人々に牙を剥くリスクを考えると、際限なく復活して行動を続けるような魔獣を放置しておくなどという判断を副支部長としてする事はできなかった。

 否定的なベイリーに蔵人は一層笑みを深めて続ける。

 

 

「なに、魔獣の大暴走(スタンピード)を警戒しているなら、それは杞憂だ。そのような事は起こらんよ。私が保証しよう。」

 

 

「…………まさかおまえ―――」

 

 

「―――その先は言わない方が賢明だろう。口にしない方が幸せだ。君達も私達も。」

 

 

 スッと笑みを消して淡々と冷たく言う蔵人にベイリーは冷や汗を流した。

 気圧されたのを隠すために顔に笑みを張り付けて軽い調子でベイリーは言葉を続ける。

 

 

「そうかそうか、流石巷で人気のクランドさんだな。随分慕われてるじゃないか。この短い間に何をしたんだ?」

 

 

「いや、それほどでもないさ。私のような旅のハンターにとっては地域住民との友好関係の確立は重要な課題の一つでね。色々と人助けしたところ、それなりに味方を得られた訳だ。いつまでも外様では何かと不自由なんだ。」

 

 

 蔵人は冷たい雰囲気を消して、ニヤリと笑って答えた。

 ベイリーは内心胸を撫で下ろして力なく笑った。

 

 

「どうだかな。まあ、気を付けろよ。一部では君を貶める噂も流れている。尤も、この人気ぶりを見ると心配する必要はなさそうだがな。」

 

 

「把握している。先日もそういった誤解のある方々と話し合いの下で和解したところだ。油断などせんよ。私はどこまでいっても立場の弱い外来ハンターである事には変わりないからな。」

 

 

「立場が弱い、か。よく言うよまったく…………」

 

 

 真面目くさった顔でぬけぬけと言う蔵人にベイリーは湛えた疲れを一段と滲ませて、覇気を無くして佇んでいた。

 

 

「それでは用事も済んだようなので御暇させて貰おう。ところで、随分元気が無いようだな。副支部長がそれでは組織全体に差し障りもあるだろう。仕事に精を出すのもいいが、やり過ぎは体に毒だ。今度、何か疲労に効く物を差し入れてやるからあまり疲れを溜め込まない様にしたまえ。」

 

 

「あ、ああ…………」

 

 

 ベイリーは「誰の所為だよ」という思いを飲み込んで返事をした。

 

 後日、蔵人によって差し入れられた軽食を口にして、「何これうまっ」と一気に疲れを克服するのは別の話だ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「すまない。待たせてしまったな。」

 

 

「終わったんですね。突然呼び止められて、何のお話だったんですか?」

 

 

「別に大した用事では無かったよ。付近の魔獣に関する情報の共有といったところだな。それより、あれは一体何をやってるんだ?」

 

 

 蔵人の視線の先では、猫系獣人の少女が蕩けた表情で雪白に抱きついていた。抱きつかれている雪白はモグモグと何かを食べている。

 アカリはばつが悪そうに笑いながら説明した。

 

 

「アハハ、えーと、なんて言いましょうか…………あの女の子が雪白さんに触りたいって、それはもうキラキラとした目で頼んで来ましてね。断りきれなくて、雪白さんに聞くように言ったら、鳥の足で見事買収して今の状態に。かれこれかなりの時間になりますが、あの表情を見ると止めるに止められなくて…………それに、あの女の子の髪もモフモフしてて、雪白さんのモフモフと合わさって見事な共演を果たして、くふふふ。」

 

 

 途中で怪しげにトリップしだしたアカリを脇に置いて蔵人は雪白達に近付いて行った。

 その間に「アカリも最近は良い感じに余計な力が抜けてきて、異世界を楽しめてるようで何よりだ」と考えており、この状況に対してこの感想と蔵人も相変わらずだった。

 

 

「幸せそうなところに悪いが少しいいだろうか?」

 

 

「…………はひ?あれ、クランドさん?」

 

 

 声をかけたところ、自分を知っているらしい猫系獣人の少女に、蔵人は記憶を探り、程なくして少女の素性を割り出した。

 

 

「確か……ミル、だったか。まあ、元気そうで何よりだ。」

 

 

「ハイ!クランドさん、この間はありがとうございました。お蔭様でなんとか行列を乗り切れました。」

 

 

「ハハハ、お役に立てた様で何よりだ。」

 

 

 蔵人は以前、ハンター協会のカフェにてあまりの客足の多さにてんてこ舞いになっていたところ助けたのだった。

 カフェの料理を寸分違わぬ味でベテランの料理長を凌駕する速度で再現して注文を捌き、一躍尊敬の的となっていた。

 

 

「それで、随分と幸せそうだったが、そんなに雪白を気に入ったのか?」

 

 

 蔵人の言葉に、ミルは先程の自分の様子を思い出したのか、顔を真っ赤に染め上げて居住まいを正した。

 

 

「…………これは、そのですね。これほど大きくて白い魔獣は私達、猫系獣人の父祖神霊に似ているんです。あっ、父祖神霊っていうのは私達の始祖と呼ばれて伝えられている姿を持った魂に死んだご先祖様達の魂が寄り集まってできた集合体みたいなものです。伝わりますか?」

 

 

「ふむ、つまりは代を重ねる毎に信仰による強化だけでなく純粋な霊格も上がるのか。面白い。」

 

 

「霊格、ですか?」

 

 

「いや、こっちの話だ。続けてくれ。」

 

 

「は、はあ。それで、神様なんですけど、父親とか母親とか兄様、姉様みたいな感じなんです。獣人種によって性格は様々ですが、少なくとも豹系獣人は同じようだったと思います。」

 

 

「なるほど、とても面白い話を聞けた。参考になったよ。お礼に、もう少しの間雪白に抱きついている権利をあげよう。」

 

 

「本当ですか!?やったー!」

 

 

 ミルは蔵人の言葉に喜び勇んで雪白に抱きついた。

 嬉しそうに雪白のフカフカしている背中に顔を埋めるミルの様子を蔵人は微笑ましく見守っている。

 

 

「何と言うか、アカリ2号だな。」

 

 

「あれ、私ってあんな感じだと思われてるんですか!?」

 

 

 トリップから復帰したアカリが心外だとばかりに抗議する。思われるもなにも、今までの生活で多数の前科があるし、つい先程までもあんな感じだった。

 

 

「ミルはどこに…………あー、仕方ねえな。」

 

 

 スキンヘッドの猫系獣人の男性がやって来て、雪白と戯れるミルの様子を見て目を細めた。

 

 

「すまない。忙しかっただろうか?」

 

 

「クランドさんじゃないですか。いや、謝ることはありませんよ。今日はあの日程の忙しさはありませんし、お蔭で俺も噂の白い魔獣を見られましたからね。クランドさんの猟獣だったんですか。」

 

 

 彼の名前はクック。ハンター協会のカフェの料理人で、姿の見えないミルを探しに来たのだった。

 

 

「あの様子を見ると、引き離すのは酷に思えてな。つい、許可してしまった。」

 

 

「あれは早くに両親を亡くしましたからね。熱心に父祖神霊に祈ってたんです。まあ、クランドさんの猟獣はあまり熱心じゃない俺でさえ拝みたくなりますけどね。」

 

 

「そうか、両親を…………それは、辛かっただろうな―――そうだ。時間も時間だから、昼食は此処でとることにしよう。アカリとヨビもそれでいいね?雪白もまだ食べられるだろう?」

 

 

 アカリとヨビは了承し、雪白も尻尾で丸を作って同意を示して、ミルを乗せたまま近付いてきた。

 

 

「よっしゃ!クランドさん達になら、腕によりをかけて今出来る最高の料理を出しますよ!クランドさんからカネは取れませんのでお代は結構です!」

 

 

「ハハハ、期待している、が、代金は払わせてくれ。これでも私は少しばかり稼ぎがいいんだ。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「そう言えば、クランドさんを悪く言う噂が流れてるらしいですけど大丈夫ですか?」

 

 

 食事後、クックが訪ねてきた。

 

 

「副支部長からも同じ話を聞いたよ。私を貶めたい集団がいるらしい。」

 

 

「クランドさんを…………許せませんね。俺に出来ることがあったら言って下さい。クランドさんには俺だけじゃなく、俺のダチも助けてもらったんですから。」

 

 

「気持ちだけ受け取っておくよ。どのような噂が流れたって、君達が事実を知っていれば効果はなくなるのだからな。それだけで充分だ。」

 

 

「そうですか…………いつでも頼って下さいよ。クランドさんに助けられた人なら皆、クランドさんを助けたいと思ってるはずですから。」

 

 

 蔵人はクックの言葉に「ああ」と返事して、アカリ達を連れてカフェを後にした。後ろを向いた蔵人の口角は上がっていた。

 

 

 

 




というわけで、(用務員さんの)暗躍でした。
え、知ってた?そんなー


クックという名前はこちらで付けました。原作でスキンヘッドの猫系獣人に名前は無かったはずですが、知っている人がいましたらご指摘お願いします。


ところで、キアラ様にダヴィンチちゃんの工房の分も含めて全ての種火を献上した作者はBBの再臨ミッションで血を吐きました。汚い、さすが魔性菩薩きたない。
イベント中なのに種火周回に駆り出されました。場合によっては林檎齧る必要性もあるかもしれません。

キアラ様と言えば、fgo基準では何かとギリギリな気がしますが、よく考えると亀裂の位置がもうちょい下だと危険でしたが、地球モナピーよりは落ち着いてますね。改心したのは事実かもしれません(楽観視)


そういえば、ロゴスイーターの解説にCランクに落ちれば"さわりのようなもの"とありましたね。

さわり:話の聞かせどころ、要点、サビ、最も重要な部分。

…………これは、深読みしてしまいますね!(笑顔)

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