用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので 作:中原 千
『弟子 追記』は『弟子』に結合させました。
「この反応は、アカリッ!」
蔵人は取り乱しながら高速詠唱で術式を展開してアカリのところへ空間転移した。
「アカリ、無事か!?superior curatio(高等治療)gradu sanitas(上級回復)radicaliter reparatione(完全修復)
reficite(精神回復)split capillos sterilitate(精密殺菌)praeeminet munditia(高度衛生)insignem addito(高度補強)donum praesidio(高位保護)
magna tessera emendationem(高等改善)―――」
突然現れて怒涛の勢いで魔術を使用する蔵人にヨビはぎょっとした。
アカリは蔵人を見つけて顔を輝かせたがその姿を見て首を傾げた。
「用務員さん…………?どうしたんですかエプロンを着けたままそんなに大慌てで?」
「私の事なんてどうでもいい!それより、アインナッシュの仔を起動させるなんて何があった!?不審者か!?変質者か!?酷い事されてないか!?どこか痛いところはないか!?私が来たからにはもう大丈夫だぞ!」
アカリの両肩を掴んで顔を寄せて尋ねる蔵人にアカリはキョトンとしていたが、言葉の意味を理解すると、照れ臭そうに笑った。
「エヘヘ、もしかして用務員さん、私の事を心配してくれてるんですか?」
「当たり前だろう。心臓が止まるかと思ったぞ。見たところ無事のようだが、一体何があったんだ?」
「用務員さんが心配を!私の心配を!あんなに取り乱して!ムフフ―――ハイ無事ですよ。実は…………」
アカリは身悶えしながらも説明した。
聞き終えた頃には蔵人も落ち着きを取り戻し、ほっと一息吐いた。
「なるほど、そうか、分かった。アカリが無事で良かったよ。後は私に任せてくれ。夕食はまだできていないが、ケーキの用意はできている。本当は夕食前には良くないのだが、疲れた時や嫌な事があった時は甘いものが一番だ。」
蔵人はアカリに笑いかけ、頭をポンポンと撫でてからジャングルの方へ向かっていった。
◆◆◆◆◆◆
「沸き立て、我が血潮」
襲いかかってくる植物達を『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』で難なく対処し、蔵人は中心部に向かう。
中心部に辿り着いた蔵人の目には、干からびて横たわっている無数の魔獣、そして、鳥系獣人達。
ミイラのようになっているが、息はある。
「やはり、君達絡みか。あのアカリにこれを使わせるなんて、一体何をやらかしたんだ?事と次第によっては私は君達を許さんぞ。」
咎めるように言いながら、一人ずつ銃弾を撃ち込んでいく。
それが終わると、ジャングルに向かって何やら術式を起動し、しばらくすると満足そうに頷いた。
「うむ、こんなところだろう。これで被害は広がらず、アカリも気に病まない。…………もしや、朝の撮影もアカリに影響していたのか?違うとは思いたいが、自重するとしよう。」
蔵人は冷や汗を流しながら拠点に帰った。
◆◆◆◆◆◆
拠点にはヴィヴィアンとXも既に帰還していた。
蔵人は遅くなった事を謝罪して夕食を作り始めた。
軽快な包丁を扱う音に混じって銃声が聴こえてくる。
「あの、何で厨房から物騒な音が聴こえてくるのでしょうか…………?」
「今日の蔵人は本気なのよ!」
疑問を口にしたヨビはヴィヴィアンの説明でさらに混乱を深めた。
先程の音は蔵人が鍋に起源弾を撃ち込んだ音だった。
そうすることで、鍋が内包するシチューの火の通り具合や具材への味の染み具合等を管理することが出来、完成までの期間を劇的に早めているのだ。
凄まじい魔術の無駄遣いだが、それにツッコミを入れる者はいなかった。
果たして、蔵人の作った料理は好評だった。
変態的な技量を持つ魔術師が魔術をふんだんに使用して作った料理が調理時間の壁に阻まれる訳などなかったのだ。食前のケーキの存在など無かったかのようにアカリ達は一心不乱に夕食をとった。
「そういえば、用務員さんは今日何をしていたんですか?」
一通り食べ終えて落ち着いたアカリが蔵人に尋ねた。
その表情に暗さや陰りは垣間見えない。
蔵人は昼間の件が尾を引いていない事に安堵しつつ答えた。
「いつも通りのフィールドワークだよ。カジノにも行った。」
『カジノ』と聞いてヨビが身を固くする。
それには一切構わずに蔵人が言葉を続ける。
「そして、大勝ちして買ってきた。」
「何をですか?」
「カジノをだ。」
ヨビが食べていた物を吹き出して噎せる。
近くにいたアカリが「大丈夫ですか?」と、尋ねながら水を渡した。
「ありがとうございます。」と、礼を言って渡された水を一息に飲み干したヨビは蔵人に「どういうことですか!?」と、詰め寄った。
ヨビは齎された情報のあまりの衝撃によって一時的に奴隷という立場を忘れていた。
「文字通り、カジノで大勝ちしたからカジノの経営権を購入した、という事だ。尤も、こちらも旅があるから直接の経営はしないがな。人事に関しては私にも裁量権はあるが、信頼できる人物を経営者に据えてマージンと情報を受け取る様式にし、運営は一任してある。」
何でもないように言う蔵人にヨビが絶句する。
自分達の生活を破滅に導いた原因の一つがたった一日、実際には半日にも満たない間に目の前の人物に掌握されたなどと、とても信じる事はできなかった。
言葉にならない呟きを口の中でモゴモゴさせて立ち尽くす。
「急にどうしたんですか、ヨビさん?ご飯中に行儀悪いですよ。落ち着いて座ってください。せっかくのご飯が冷めちゃいますよ?」
アカリが何でもないようにヨビを嗜める。
驚いて他の人物に目を向けても、Xと雪白は気にせずに食事を続けているし、ヴィヴィアンも「さすが蔵人ね!」とはしゃいでいるものの驚いている様子はない。
「あの、カジノですよ?何故、皆さんは平然としているのですか?」
疑問を消化できずに思わず口に出すと、呆れたような目を向けられた。
どうしてそんな目をされるのか訳がわからず益々混乱しているとアカリが苦笑しながら教えてくれた。
「皆、用務員さんがすることになれてるんですよ。今更、カジノを買い取った位では、『私の師匠はやっぱり凄いな』と尊敬し直しはしても、驚きはしません。」
ヨビはカジノの購入に対しての認識に眩暈がする思いだった。しかし、何となく先日言われた「このくらいで驚いていたら用務員さんの家族は務まりませんよ!」という言葉の意味が分かってきた気がした。
確かに、これでは心臓がいくつあっても足りない、と。
◆◆◆◆◆◆
翌日、ヨビは蔵人と行動を共にしていた。
蔵人からヨビへ、「昨日の仕上げがしたいから手伝って欲しい。」とのお達しがあったのだ。
自分に何か手伝えるような事があるのだろうかと、内心首を捻ったが、ご主人様(ナイハンカー)からの命令に背く訳にもいかないし、背く理由もないために同行したのだ。
「あの、仕上げとは何をするのでしょうか?」
「そう慌てずとも、まもなく分かるだろう。私の所感だともうすぐだ。」
蔵人はそう言うがヨビの疑問は深まるばかりだ。
そもそも、どこに向かっているのだろうか。先程から、メインストリートをぶらぶらと歩くばかりで目的地は皆目見当もつかない。思えば、この道は既に通った気もしてくる。目的地等あるのだろうか。
そのような事を考えながら追従していると、不意に男女混合の十数人の人種の集団に囲まれた。
その中の一人が蔵人に接近して口を開いた。
「貴方ね。人の奥さんを奴隷落ちさせて隷属させているというのは。同じ人種として腹立たしいわ。解放しなさい!」
突然の出来事にヨビは目を白黒させていたが、蔵人は一瞬、口許に笑みを浮かべると直ぐに真剣な表情にして言葉を発した。
「ふむ、会って早々随分な言い様だな。そもそも、君は何者かね?」
「突然の失礼をお詫びします。私はコニー・カーゾンと申します。私達はとある勇者様の教えを受け、この国、いえこの世界の現状に危機感を持ち、何かをしなければという想いで立ち上がりました。」
「そうか、世界のために出会い頭に見知らぬ人物に因縁をつけているのか。高尚な信念だな。それで、何の用かね?」
自己陶酔した様に演説したコニーに蔵人は真剣な表情を崩さずに尋ねた。
コニーは蔵人の言葉に顳顬をヒクつかせながら答える。
「ですから、貴方も北部人ならばそのような恥ずべき行為をするべきでないと言っているのです!」
「心当りがないな。ところで、図星を突かれて激昂するのは恥ずべき行為に当たらないのかね?」
「よくもぬけぬけとッ!奴隷です!奴隷に決まってるじゃないですかッ!」
よくもまあ、これほど人を煽れる物だと半ば呆れながらヨビはやり取りを見ていた。
コニーという名前らしい女性の言葉の一つ一つにノータイムで的確に怒りのツボを突くような皮肉を交ぜて返している。素で言ってるのではないだろうかという疑念まで湧いてくる。
「貴女、酷い事されてない?無理する必要はないわよ。私達は貴女の味方です。助けさえ求めてくれれば貴女を助けられます。」
ヨビがしばらく呆けてやり取りを見ていると、自分の方にも飛んできた。正直、ヨビは関わり合いになりたくなかった。
もともと、自分が望んだ事だし、助けるとはどのようにするつもりなのだろうか?
奴隷契約は既に済まされているので法的に他人の介入の余地はない。
ならば、力づくで従わせようと考えているのだろうか?
だとしたら、勘違いも甚だしい。たった十数人でこのご主人様(ナイハンカー)をどうにかできるものか。
等とヨビは考えてはたと気付く。
自分もアカリ達と似た思考になっていることに。
なるほど、アカリ達にはご主人様(ナイハンカー)の行動にいちいち驚く自分はこう見えていたのかと納得する。
確かにこれは呆れもする。規格外さを知ってしまえば、それを知らない他人の行動は酷く滑稽で憐れだ。
ヨビは面倒になって、無理に笑顔を作りコニーの申し出を断った。
「いえ、ご主人様(ナイハンカー)に不満はありませんので。」
決定的だった。
皮肉なことに、ぎこちない笑顔は集団の心を打った。
ヨビが被差別対象の蝙蝠系獣人だと言うことも相まってこの女性はあの男に利用されているのだと誤変換されてしまう。
「お待ちなさい!この女性を解放しなさい!」
蔵人は答えずにヨビに目配せする。
「結構です。解放されては困ります。」
「貴方、脅迫して言わせてるのでしょう!卑怯者ッ!」
ヨビの言葉ではコニーは止まらない。彼女の頭の中には既に、『夫から引き裂かれて男に利用されている悲劇の女性、ヨビ』が出来上がってしまっていた。
「やれやれ、ヨビの言い分も聞かない。法的にも私が正当、君は一体何がしたいのかね?そんなに奴隷を解放させたいのなら、一々個別に当たってないで、王政府にでも掛け合いたまえ。法改正されたのならば、こちらもそれに従わざるを得ない。」
コニーは俯いてしばらく黙っていると、やがて、声を張り上げて言い放った。
「王はご容体がかんばしくありません!次期に即位される王子は私達と同じくミス田嶋の教えを受けられた人物です!新王に立たれた際には奴隷制を廃止し、女性の権利を守り、最終的には自ら王政の廃止を行い、民主化を促すことでしょうッ!」
駄目だろう。ヨビはそう思った。
こんな事は大通りの真ん中で、それも、声を張り上げて言うべき事ではない。
関係者のみで秘されるべき情報であって、不特定多数に知られたら確実に混乱が起きるだろう。
「色々と言いたい事はあるが、第一にそもそも君は何故それを知ってるのかね?」
「私の父はカジノの経営にも携わっている商人なので、それくらいは当然知っています。それに、まもなく町中の人が知ることになる事実です。」
今、聞き捨てならない情報があった。
終わったな。ヨビはそう確信した。
その証拠に、ご主人様(ナイハンカー)がとても爽やかな、アカリが見たら一発で興奮するだろう、それはもう素晴らしくイイ笑顔をしていたのだ。
「そうか、君の御父上はカジノの経営に携わっているのか。それはとても敏腕な人物なのだろう。ところで、これを見てくれ。」
蔵人がどこからか一枚の紙を取り出して、コニーに差し出した。
コニーは訝しげにそれを見る。
「何ですかこれは…………カジノ経営に関する契約書…………本契約書の発行に伴ってカジノに関する経営、人事、その他一切の裁量権はクランドに一任されるって、ええ!?」
「カーゾン君だったかな?そう言えば思い出したよ。今、経営を一任している、『財界の魔王』とも呼ばれる人物をして優秀だと言わせた逸材だったね。しかし、いくら優秀でも娘相手とは言えこんな大通りで大声で王族の秘密を暴露するような人物に機密情報を漏らすのはいただけない。これは、採用の見直しも考えるべき由々しき事態だと思うのだが、君の意見を聞かせて頂けないかね?」
本当にイイ笑顔だった。
コニーという名前らしい女性に憐憫まで湧いてくる。
しかし、ほぼ完全に自業自得であるために助ける余地はない。
「嘘だ。嘘だ。何かの間違い…………そうだ、何かの間違いに決まってます!こんな風にその女性も脅しているのでしょう、この卑怯者ッ!」
明らかに八つ当たりだった。いや、都合の良い解釈に逃避したのかもしれない。
自分のせいで父親が職を追われるかもしれないという事実に耐えられなくなったのだろう。
追い討ちをかけようと口を開こうとした蔵人の言葉は、突然割り込んできた熊系獣人の男に遮られる。
「さっきから聞いてりゃあ、いい加減にしやがれ!」
コニーは救いを求めるようにその男を見た。
熊系獣人の男は怒り心頭といった様子で続ける。
「さっきから、よくもまあ好き勝手言いやがって、謝れよそこの"女"!」
「…………え?」
熊系獣人の男の言葉に、コニーは呆ける。
「いいか、そこのクランドさんは夫から暴力を振るわれている女を助ける為に高い金を払って奴隷として買ったんだよ!それになあ、俺達の棟梁の古傷を治して仕事に復帰させてくれた恩人なんだ!テメェが言うようなヤツじゃねえ!」
「俺は、かみさんの怪我を治してもらった!」
「俺は、期限ギリギリの仕事を手伝ってもらった!」
「私は、娘の病気を治してもらったわ!」
「僕は娘の出産に間に合うようにしてもらった!」
「儂は、空腹で倒れていた所で食料を恵んでもらった!」
「くらんどおにいちゃんは、ままをたすけてくれたの。くらんどおにいちゃんをわるくいわないで!」
「クランドさんに謝れよ!」
「くらんどおにいちゃんにあやまって!」
「クランドさんに謝りなさいよ!」
「謝れよ!」
「謝れよ!」
「謝れよ!」
『謝れよ!クランドさんに謝れよ!』
熊系獣人の男に続いて街行く人が口々にコニーを責め立てた。
コニーは耳を塞いで踞った。
「私が…………悪かった、の?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」
狂ったように謝り続けるコニーに蔵人がゆっくりと近付いていく。
「顔を上げてくれ。どうやら私達の間には誤解があったようだが、もう解けただろう。今の事は水に流して今後は友人として付き合おうじゃないか。大切な部下の娘さんと蟠りを抱えるのは私も心苦しい。皆様もそれで良いでしょうか?」
蔵人が呼び掛けると、民衆は矛を納めた。
「許して、頂けるんですか?」
「ああ、当たり前だろう。しかし、これからはもっとよく考えて行動しなさい。行動には責任が伴う物だからね。情熱的に理想を追うのもいいが、冷静になることも大切だ。」
「ありがとうございます…………本当に申し訳ありませんでしたッ!」
嗚咽するコニーを慈悲深く微笑んで見つめるクランドに人々が拍手喝采する。
そして、良いものを見られた。さすがクランドさんは器が大きいと称賛した。
人々が捌けると、蔵人はヨビに「行くぞ」と声かけて歩き出した。
慌ててヨビも付いていく。
ヨビは蔵人に更に疑念を深めて薄気味悪さを感じていた。
薄気味悪く思うなんて、クランドさんに謝れよ!
という訳で、用務員さんによる仕上げでした。
ところで、作者のカルデアにキアラ様が御降臨なされたのですが育てて良いのでしょうか?
正直、怖いので…………おや、誰か来たようだ。こんな時間に誰だろう。ヒイッ貴女は、うわっ、なにをするやめ、アーッ!
きあらさまにふぉうくんとたねびをぜんぶささげましゅ、あへぇ