用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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なんとかゴールデンウィーク中にアップできました!
皆さんはゴールデンウィークをいかがお過ごしでしょうか。休みが過ぎるのは速いですね。

今回はアカリ回なので、全編三人称視点です。





弟子

「いいよいいよ、可愛いね!ここでポーズ頂戴、セリフは『やっちゃえ、バーサーカー!』ね!」

 

 

「アカリ、良いわよ!こっちにもうちょっと相手を小馬鹿にした感じでもう一枚頂戴!」

 

 

蔵人とヴィヴィアンは連携し歴戦のカメラマンさながらの軽快な話術で褒め、煽て、その気にさせてアカリに様々なポーズをとらせて激写する。

着させた服は一般的な物から、ドレス、ゴスロリ、どこかで見たことのある衣装等、バリエーションに富んでいた。

撮影の様子はまさに、夏と冬に逆ピラミッド型の聖地で行われる祭典であった。

撮影を終えた後のアカリは、「うぅ、私はどうしてあんなポーズを…………」と、顔を真っ赤にして踞り、隣では蔵人とヴィヴィアンがハイタッチしてお互いの健闘を満足そうな笑顔で讃えあった。

Xと雪白はそれを微妙な表情で眺め、ヨビは渡された服の埒外の品質に終始フリーズしていた。

 

そうして、プレゼントした服の試着という名の撮影会は数時間に及び、街での活動は昼過ぎになってからとなった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ふむ、それなりに待たされるかと思っていたが、運がよかったな。」

 

 

蔵人達が門に着いたとき、そこには行商人やハンターがずらりと並んでいたのだが、雪白に気圧された人々が次々に前を譲ったのであった。

 

 

「アカリ、そんな気の抜けた顔をしてないで!そろそろ元気出しましょう?」

 

 

「いや、ヴィヴィアン姉さん、カメラ回すの止めてあげてくださいよ。今のアカリはカメラがトラウマになっています。」

 

 

まだ撮影会のショックから立ち直っていないアカリに、ヴィヴィアンは容赦なくカメラを回し続ける。

"アカリが新しい服で街を歩くのを映像に残したい"と建前はあるものの、目が笑っているのでアカリで遊んでいる可能性が非常に高い。

ヴィヴィアンは"可愛いから"という理由でアカリがお気に入りなのであった。

蔵人もヴィヴィアン側で、雪白は"しょうがない人達ね"と傍観の意を示しているため、Xは孤立無援な上にそもそもこのような常識人ポジションは不慣れであり、諌める言葉は空しく響き、哀れな少女を救うには至らなかった。

 

 

そうして、門にたどり着き、衛兵に深緑の環とハンタータグを見せながら雪白の猟獣登録をしたいという旨を伝えたところ、鳥系獣人の協会職員がやって来た。

 

 

「アンクワールには猟獣も立ち入り可能だが、この大きさは流石にな。猟獣登録のために今回は特別に入れてやるが次回以降はわからんぞ。」

 

 

「ふむ、了解した。」

 

 

そのまま鳥系獣人の職員に連れられて多くの視線に曝されながら協会へ向かった。

蔵人やヴィヴィアンなどは気にしなかったが、アカリは居心地悪そうにしていた。

視線のほとんどはネガティブな物だったが、特定の相手への視線は好意的であった。

 

 

協会へ着くと、ぎょっとした視線に囲まれた後に職員達が慌ただしく動き出した。

それを後目に鳥系獣人の職員は高圧的に手続きを始める。

 

 

「猟獣登録だったな。それではその魔獣をここに置いていけ。一日かけて適性を判断する。」

 

 

「…………ふむ、分かった―――ならば登録はいらん。雪白は外に待機させるとしよう。」

 

 

愉快そうにフッと笑った鳥系獣人の職員は一転、憎々しげに眉を顰めた。

 

 

「ほう、職員のみでなく受付責任者であるこの私が信用できないとでも言うつもりか?」

 

 

「信用するしない以前の問題だろう。君は嘘を吐いている。私が調べた猟獣登録の審査方法は一日もかかる物ではない。まして、ハンターの目の届かない所で職員が行う物でなど断じてない。異論があるのならば猟獣登録の規則の要項を出したまえ。」

 

 

蔵人が調べた猟獣登録の方法は、職員による威嚇や攻撃で猟獣の理性を測るもので十分もかからない。鳥系獣人の職員が嘘を吐いているのは明白であった。

 

 

「貴様の思い違いだ!それに、猟獣登録の要項などない!職員を盗人扱いするとは人種はやはり傲慢だ!人の妻を奴隷落ちさせた上に脅迫までして従わせるような屑がほざくんじゃない!」

 

 

「―――勝手な事を言わないでくださいッ!」

 

 

蔵人の言葉に鳥系獣人は顔に激憤を浮かべて声を荒らげた。

蔵人が面倒臭そうに対処しようとしたが、その直前に後ろから怒気を孕んだ声が上がった。

 

 

「用務員さんはそんな人じゃありませんッ!用務員さんは強くて、包容力があって、優しい、素敵な人なんです!貴方のような人に悪く言われる謂れはありませんッ!」

 

 

先程までぼうっとしていたアカリが怒髪天を衝くといった様子で猛っていた。アカリの感情に連動し、周りの精霊達も荒れ狂い、閃光が迸り、火花や電流がバチバチと音を鳴らしている。

 

そんなアカリの様子を見た蔵人は先程のアカリの言葉に照れながら危なくなったらいつでも介入出来るように準備し、ヴィヴィアンはウンウンと頻りに頷き、雪白は密かに展開しようとしていた術式を霧散させ、Xは「アカリは誰の話をしているのでしょうか?正直、鳥の人の認識の方が正しい気がするんですが。」と、藪蛇にならないように心の中で呟いた。

 

鳥系獣人の職員は最初はアカリの怒りに圧倒されていたが、言われたことを理解すると、表情を更に歪めた。

 

 

「小娘風情が、この私に―――」

 

 

「―――随分な騒ぎだと思って来てみれば…………」

 

 

受付の奥から別の職員がくたびれた様子で出てきた。

 

 

「おや、昨日の監査員殿。随分とお疲れのようだな。」

 

 

「ああ、たった今、非常に頭の痛い問題が起きたんだ。下手すると街にまで被害が及ぶようなものがな。それと、昨日は業務上名乗っていなかったが、ここの副支部長をしている、ベイリー・グッドマンだ。」

 

 

「ふむ、中々の大物だったのだな。敬語にした方がよろしいか?」

 

 

楽しげに尋ねる蔵人に苦笑してベイリーが答える。

 

 

「いや、そのままでいいさ。そんなに大層な人間じゃない。それで、これは何を揉めているんだ?」

 

 

「騒がせてしまってすまない。そこの職員が猟獣登録に一日かかるから置いていけと言ってきてな、それで、少々揉めていたらその職員の吐いた言葉に私の弟子が激怒してしまってな。彼女は心根の優しい娘なんだ。できれば寛大な態度で許して貰えると嬉しい。ほら、アカリも頭を下げなさい。」

 

 

「ほえっ?あっ、申し訳ありませんでした…………あれっ!?私は用務員さんの前で一体何を口走っていたのでしょうか!?」

 

 

蔵人に促されて正気に戻ったアカリは謝罪したが、状況を飲み込むと顔を真っ赤に染めて、ひどく狼狽し始めた。

そんなアカリの様子を蔵人は微笑ましく見ていたが、外面だけは真面目に取り繕ってベイリーに相対していた。

 

ベイリーは鳥系獣人の職員を睨み付けて問う。

 

 

「そんな規則があったのか?私は知らないし、国からの通知も届いていないぞ。」

 

 

「さあ、私はそのような事を言った覚えはありません。そこの人種の記憶違いでしょう。」

 

 

「…………だそうだ。証拠がないから、言った言わないの水掛け論になるだろう。申し訳ないが今は引いてくれ。」

 

 

鳥系獣人の職員は白々しくベイリーに弁明した。

ベイリーは疑いの目を向けたが申し訳なさそうに蔵人に嘆願した。

それに、蔵人は薄く笑って口を開いた。

 

 

「ふむ、証拠が有ればいいのか。ならば、ヴィヴィアン、それを少し貸してくれ。」

 

 

蔵人はヴィヴィアンからカメラを受け取りベイリーに差し出し、モードを切り替えて録画内容を再生する。

 

 

―――猟獣登録だったな。それではその魔獣をここに置いていけ。一日かけて適性を判断する。

 

―――貴様の思い違いだ!それに、猟獣登録の要項などない!職員を盗人扱いするとは人種はやはり傲慢だ!人の妻を奴隷落ちさせた上に脅迫までして従わせるような屑がほざくんじゃない!

 

 

ベイリーは唖然として目を見開いた。

 

 

「これはビデオカメラといってな。まあ、魔道具のような物だと認識してくれ。効果は場の光景と音声の保存だ。そこのたった数分前の自分の言葉すら忘れてしまう鳥頭に誂え向きの品だろう?」

 

 

「き、貴様ァ!」

 

 

皮肉げに笑う蔵人に鳥系獣人の職員が憤ったが、ベイリーが部下に命じて男を裏に下げさせた。

 

 

「まあ、後からこの魔道具は偽物だとか、これは罠だとか難癖をつけられるだろうな。私もこれの正当性を証明することが難しいことくらいは理解している。こちらとしては問題なく雪白の狩猟登録ができれば、あの職員の処分はどうでもいい。」

 

 

「…………ハア、そう言って貰えると助かる。猟獣登録だったか、すぐに準備する。」

 

 

ベイリーはこの数分で一気に老け込んだ様だった。

 

 

「おいおい、試験も無しに大丈夫なのか?」

 

 

「猟獣試験は猟獣がハンターの言葉を遵守出来るか見極めるためにあるんだ。あれだけの騒ぎでこんなに大人しいなら大丈夫だろう。今はとにかく、(アンタらを)刺激したくないんだ。」

 

 

「なるほど、それは僥倖だ。」

 

 

ベイリーが蔵人に真紅の環を手渡した。

蔵人はそれを雪白に着けて満足そうに頷く。

 

 

「うむ、良く似合っているな。さて、それでは私はこれから別行動だ。少し行くところが有ってな。用事が終わったら夕食を作って待っているから、日が暮れる前には帰ってくるようにしてくれ。」

 

 

蔵人はそれだけ言うと協会の外へ出ていった。

 

 

「それじゃあ、Xもハンター登録しましょう!私が先導してXが昇格すれば、蔵人とお揃いになれるわ!目標は今日中に昇格よ!ユキシロ、アカリとヨビを頼んだわ!」

 

 

「分かりました、ヴィヴィアン姉さん。それでは、アカリ、雪白、ヨビ、お気を付けて。貴方達に何かあると、マスターが悲しまれます。」

 

 

「…………ハア、この人も規格外なんだろうな。監査をするから連れていけ。その方が手っ取り早い。」

 

 

楽しそうにXを引っ張って行くヴィヴィアンにベイリーが同行する。

そのベイリーの背中には疲労が滲み出ていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ハイ、切り替えました!ウジウジしたままの狩猟は危険です。命の危険がある以上、集中して臨みます。」

 

 

今回の標的は一角小竜(ギーレッサウ)だ。

一角小竜(ギーレッサウ)は単体では九つ星(シブロシカ)だが群れでは八つ星(コンパジラ)以上だ。

この依頼も適正ランクは八つ星(コンパジラ)であり、十つ星(ルテレラ)のヨビが昇格するために相応しい依頼ではなかった。

アカリは差別がある地域で昇格させるよりも、別の地域に移動した時に昇格させる方が簡単だと判断し、ヨビの力を測る為に受注したのだった。

 

 

「あの、これって…………?」

 

 

「用務員さんから貰った武器です。『狂戦士の斧剣』という名前で、有名な英雄の武器を模して作成したらしいですよ。」

 

 

ヨビが手に持つ無骨な斧剣についてアカリが解説する。

これは、蔵人が用務員時代に研鑽のために岩を削り出したものに魔術処理によって重量を付加して作成した物だ。

作ったは良いものの戦闘スタイルに合わない為に死蔵されていたのを引っ張り出して来たのだった。

 

 

「見た目と重さが釣り合ってない気がするのですが―――服と言い、ご主人様(ナイハンカー)は一体何者なんでしょうか…………?」

 

 

「あんまり深く考えない方が良いですよ。このくらいで驚いていたら用務員さんの家族は務まりませんよ!」

 

 

満面の笑みでそう言ったアカリをヨビは眩しそうに目を細めて見た。

 

しかし、ヨビには蔵人が分からなかった。少なくとも、強そうな雰囲気は感じない。たが、彼は"魔法も使わずに"鳥系獣人を押さえ付ける膂力や精巧な衣服を瞬く間に作り上げる技巧を持ち、更には訳のわからない武器まで作り出した。

それらの事に、えもいわれぬ得体の知れなさを感じるのだった。

 

 

しばらくジャングルを進んでいると、雪白が一角小竜(ギーレッサウ)のねぐらを発見した。

倒木の折り重なった場所に十数匹が集まって寝ている。

 

 

「やっちゃって下さい、ヨビさん。」

 

 

ヨビが風精魔術を展開して接近したが、放つ直前に上空からねぐらに向かって岩石が落下してきた。

一角小竜(ギーレッサウ)達は飛び起きて恐慌状態になり、散り散りに逃げていった。

 

混乱して自分の方向に走ってきた一匹にヨビは斧剣を振りかぶったが、振り下ろす直前に一角小竜(ギーレッサウ)の頭部に羽矢が突き刺さった。

雪白は空を仰ぎ見て唸り声を上げる。

 

空から鳥系獣人の男が三人降りてきた。

 

 

「ふむ、大丈夫だったか。低ランクの者にとってここは危ないから気をつけたまえ。助けてやったんだから当然の権利として、これは貰っていくぞ。」

 

 

男達は助けに入ったという体で一方的に話し、一角小竜(ギーレッサウ)を持ち去っていった。

 

 

「アカリさん、申し訳ありません。私のせいでルワン家から…………アカリさん?―――ッ!」

 

 

アカリに申し訳なさそうにヨビが謝罪するが返事がない。不審に思って顔を覗くと、アカリは酷く冷たい表情をして、ガサゴソとバッグの中に手を突っ込んでいた。

 

 

ここで、鳥系獣人にとっての不運は重なっている。

 

一つは、撮影会や猟獣登録で今日のアカリの情緒は乱高下していたこと。

また、その時に鳥系獣人という種族に悪印象を抱いていたこと。

蔵人に制止されてハンター協会での怒りが不完全燃焼になっていたこと。

 

何よりも、あどけない印象のアカリだが、彼女は紛れもなく"魔術師の弟子"であったこと。

 

極め付けには、

 

 

「鳥風情が、用務員さんの口調で私に話しかけないで下さいッ!」

 

 

もはや、言いがかりに近いような部分がアカリの逆鱗に触れてしまったことだ。

アカリは歯軋りして呪詛を吐きつつ、果実のような物が付いた枝を取り出した。

 

 

「"Kinder des Einnashe" geboren.(生まれ落ちよ、"アインナッシュの仔"よ)」

 

 

果実は枝から地面に落ち、土に埋まり、根を張った。

 

 

「さあ、このままでは巻き込まれてしまうので帰りましょう。verdecken(気配遮断)」

 

 

ヨビは微笑みを浮かべてそう言ったアカリに薄ら寒いものを感じて動けないでいたが、アカリに手を引かれてジャングルの外へ出ていった。

少し遅れて雪白もジャングルから出てきた。孔雀系獣人らしき男を拘束し、むしゃむしゃと羽を毟っている。

 

 

「雪白さん、何を食べているんですか!?野鳥には菌とか寄生虫とかいっぱいいるんですよ。そんなばっちいの食べたらお腹を壊してしまいます。お腹が空いたんでしたら、帰ったら用務員さんが何か作ってくれると思うので、そんなのぺーしてください、ぺー。」

 

 

アカリにそう言われた雪白は孔雀系獣人の男をジャングルの中に投げ捨てた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

孔雀系獣人の男は楽な仕事だと笑っていた。

 

主であるイグシデハーンから勅命を受けたときはどんな困難な仕事だろうかと恐々としたものだが、蓋を開けてみると低ランクのハンターの獲物を救出を装って横取りするだけの仕事だ。部下だけでも充分にこなせている。

自分は高みの見物でいい上に、見事達成した暁にはイグシデハーンからのおぼえもめでたくなる。

近々ルワン家が再興した際の自分の立場は盤石となるだろう。

 

―――自分が動く必要はない。万が一『カメラ』とか言う魔道具を使われても、映っているのが部下だけならばいくらでも白を切ることができる。シンチャイの二の舞にはならない。

 

 

樹上にて上機嫌に笑みを浮かべていると、部下が慌てた様子でやって来た。

 

 

「も、申し訳ありません!標的の少女らを見失いました!」

 

 

「何ィ、今の今まで監視していてなぜ見失う!さっさと探せ!」

 

 

「りょ、了解!」

 

 

先程までとは一転、不機嫌そうに唸る。

孔雀系獣人の男の心中には、部下への苛立ちとこんな簡単な任務を失敗した際のイグシデハーンから受ける失望への恐怖が渦巻いていた。

 

 

「くそっ、忌々しい。どこに行きやがったんだ!」

 

 

孔雀系獣人の男は居ても立ってもいられなくなり、捜索に参加した。

 

 

「ええい、鬱陶しい!これだからジャングルは嫌なんだ!」

 

 

絡み付く枝葉が孔雀系獣人の男の神経を逆撫でする。

そもそも、蝙蝠系獣人が低速で繊細な飛行に適しているのに対して、鳥系獣人の飛行能力は高速で動くことに適していた。その分、繊細な動きは苦手としているので、ジャングルのような空中に障害物がある場所は苦手としていた。

好ましくない状況に、自由に飛べない不満、そして、チクチクと鬱陶しい植物達。確認すると細かい傷がたくさんできている。孔雀系獣人の男には周りの全てが腹立たしかった。

 

 

「何故だ!何故見つからん!人の姿どころか気配までない、じゃ…………」

 

 

孔雀系獣人の男が怒りのままに吐き出した言葉は尻すぼみになった。

ジャングルには人の気配すらないのだ。"共に捜索しているはずの部下の気配すら"。

孔雀系獣人の男に疑問と言い知れぬぞわりとするものが込み上げてきた。

 

 

「おい!お前ら、いるなら返事をしろ!おい!」

 

 

声を張り上げるが返事はない。

孔雀系獣人の男は居ても立ってもいられなくなり、とにかく移動しようと体に絡み付いている植物を振り払おうとして訝しむ。 

"植物なら先程振り払ったはずじゃないか、何故また絡み付いているんだ"と。

 

ふと、絡み付いている植物の先を見てみると、モゾモゾとまるで意志があるかのように蠢いていた。

 

男は気が狂ったように奇声を上げてそれを払いのけて飛び立った。

すると、植物達は気付かれた事を察した様にうにょうにょと枝や蔦を伸ばしてきた。

 

孔雀系獣人の男は顔に恐怖を張り付けて加速する。

 

 

―――なんだ、なんだ、なんだ、なんなんだこのジャングルは!?

 

 

加速し、加速し、加速し、追ってくる触手を振り切る。

なんとか逃げ切ったと安堵しかけた男の前方から蔦が伸びてきた。

慌てて方向転換するも、その先にまた蔦が出現する。

 

 

「くそ、くそ、くそ、くそ、何なんだ!」

 

 

逃げども逃げども蔦に回り込まれる。いや、逃げ場など無いのかもしれない。ジャングルは既に全域が…………と絶望的な予測を弾き出そうとした頭を強制終了させる。

その先を考えてはいけない。考えたが最後、この状況に屈してしまう。そうなってしまっては逃げ続ける事はできない。この訳のわからないナニカに捕らえられてしまう。

 

 

―――そうだ!風精魔法を使えばいいじゃないか。何故思い付かなかったんだ!

 

 

想像の埒外にあった状況に混乱してしまい、基本的な事を忘れていた。

孔雀系獣人の男は調子を取り戻し、蔦を切り裂くべく風精魔法を発動させようとした。

 

しかし、湧き上がった希望は直ぐに容易く掻き消されることになる。

 

 

「何故だ、何故だ、何故だ、何故風精魔法が発動しない!?」

 

 

起きるべき事象が起こらない。魔力を渡したというのに少しの変化も起こらない。

当たり前の事が当たり前に起こらない異常は孔雀系獣人の男の恐怖をより一層掻き立てた。

 

男は狂乱しながら遮二無二逃げ回った。

不得手な曲芸飛行を無理やり実行し、蔦の、枝の、幹の隙間を飛び抜ける。

植物に掠る度に命と精神が削れていく。

 

何時しか、孔雀系獣人は自分が鳥人種である事を呪っていた。そして、あろうことか蝙蝠系獣人(タンマイ)に憧れていた。

 

 

―――何故、俺は鳥人種なんだ。蝙蝠系獣人(タンマイ)ならばもっと自在に逃げ回れるというのに…………

自由を奪われることも人々に蔑まれることも今此処にある恐怖に比べたら何ということもない。

ああ、蝙蝠系獣人(タンマイ)になりたい。

 

 

男に鳥系獣人としてのプライドなど微塵も残っていなかった。あるのは、逃げねばという強迫観念だけだった。

 

無我夢中で飛び続け、遂にジャングルの外が見えてきた。

だが、不適当な規格で騙し騙し行っている曲芸飛行は次第に綻びは増大していた。迫ってきた蔦が孔雀系獣人の男の羽を貫いた。

揚力を失った身体は地面へと墜落し強かに打ち付けた。

満身創痍になりつつも這うようにしてジャングルの外へ進む。

後ろから蔦が迫ってくる。

 

 

―――早く、早く、早く、早く、早く!

 

 

思いとは裏腹に遅々として前進しない。

とうとう蔦が男の身体に辿り着き纏わり付いた。

全身にチクリとした小さな痛みが走ると同時に、自分を構成する大切な何かを抜かれているような形容しがたい不快感が発生した。

 

 

―――嫌だ!このままじゃ消えてしまう!誰か助けてくれ!消えたくない!何でもする!何でもすらから誰か助けてくれ!

 

 

不意に何者かに体を引っ張られ、ジャングルの外へ引き摺り出された。

 

 

「誰か、知ら……ないが、助か…………」

 

 

男はか細い声で途切れ途切れに礼を言ったが、それは相手の姿を確認して止まる。

 

 

―――グルル

 

 

ジャングルから引き摺り出したのは標的の少女が連れていた白い魔獣だった。

魔獣は唸り声を上げて近付いてきて、むしゃむしゃと背中の羽を毟り始めた。

 

 

―――俺を食おうとしてんのか?魔獣に食われる方があの訳のわからない化物に消されるよりマシか…………

 

 

孔雀系獣人の男は自分の羽が毟られるのを感慨もなく、むしろ安堵さえ抱きながら眺めていた。

 

 

『―――』

 

 

しばらくされるがままにしていると、遠くで標的だった少女が何やら言っていたのが聞こえた。

内容は上手く聞き取れなかった為によく分からないが、魔獣が羽を毟るのをやめたので自分を助けてくれたのだろうと当たりをつけた。

狩りの邪魔をした自分に何と慈悲深いのだろうと感謝していると、不意に浮遊感が襲った。

男に嫌な汗が流れる。

 

 

―――まさか、まさか、まさか

 

 

男の危惧は的中し、魔獣はずんずんとジャングルに向かっていく。

止めてくれ、許してくれ、助けてくれと叫びたいが喉が張り付いて言葉にならない。

縋るように少女を見ると、路傍の石を見るような無関心な視線が目に入った。

呆気に取られている間にも魔獣はジャングルに近付いていく。

 

 

―――嫌だ!助けてくれ!俺が悪かった!謝るからから助けてくれ!いや、助けて下さい!何でもしますから!一生奴隷でいいですから!あの化け物だけは!どうか、あの化け物だけは…………

 

 

願いも空しく、殊更に大きな浮遊感と共に身体は宙を舞い、ジャングルの中へと叩きつけられる。

待ち構えていた蔦が爪先から焦らすようにゆっくりと這い上がってくる。

男にはもう羽ばたくどころか指先を動かす程度の力も残っていない。

 

 




アカリもやっぱり魔術師の弟子だった。そんな回です。


礼装『アインナッシュの仔』

本物のアインナッシュの仔ではなく、シュヴァルツヴァルドで採取した植物の果実に『アインナッシュの仔』という概念を付与した物。実物程の性能はないが、使用した場所の森を異界化し、内部では魔術への妨害や変質させた植物による吸血を行うことができる。
さらに、使用者は攻撃対象にしない、内部の生物は殺さずに、魔力を吸収して昏倒させた後に中心部で保管する、等といったセーフティがかけられている。
アカリを弟子にした際に蔵人が「森で不審者に襲われた際に使いなさい。」と防犯ブザー感覚で与えた。


追記
『弟子 追記』を結合しました。

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