用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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なんとか週一くらいのペースにはなってきてますね。

このくらいのペースは最低限、保つ感じでいきたいと思います。





奴隷

「あの、用務員さん。少しいいですか?」

 

 

翌朝、アカリが暗い様子で聞いてきた。

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

「昨日の女性なんですが、買ってくれと言われてしまって…………」

 

 

「ふむ、ただ頼まれただけなら断ればいいだけだろうが、そうではないのだろう?」

 

 

すると、アカリは躊躇う様に話し始めた。

 

 

「じつは、傷を治されたら買ってもらわないと困る、と。なんでも、働けなくなった夫から暴力を受けてるらしくて…………」

 

 

「そうか、で、アカリは何故そんな顔をしているんだ?治すように指示したのは私だ。君が責任を感じる必要はないと思うのだが?」

 

 

アカリはまるで、自分が悪いかのような顔をしている。

 

 

「言っておくが隠しても無駄だぞ。その場合は魔術で無理やり白状させるからな。」

 

 

「そうですよね。用務員さんならそうしますよね。…………いえ、もともと、別に隠すつもりはありませんでした。昨日の女性は働けなくなった夫から暴力を受けていると言いましたよね。その働けなくなった原因が"勇者"らしいんです。」

 

 

…………そうか、そういうことか。

 

 

「分かってるんですよ。前に言われましたし、背負い込み過ぎだってことは。でも、やっぱり勇者が原因だと聞くと…………」

 

 

「フフフ、君は変わらないな。いや、変わったのか?まあ、どちらでも良いか。それと、買い取りの件なら問題ないぞ。素より、金ならばいくらでも手に入るし、魔術の秘匿さえ守れれば、旅の同行にも反対しない。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

蔵人は奴隷局にて購入手続きをする。その際に奴隷に名付けが必要だと説明された。

 

 

「ふむ、アカリ、君が決めてくれ。」

 

 

「えっ、私ですか!?急に言われても…………」

 

 

「名とはその人物を表す物だ。直感的に決めるといい。」

 

 

「うーん…………じゃあ、"ヨビ"さんで。落ち着いてたり、儚かったりな印象があるので。」

 

 

アカリは自信無さそうに答えた。

 

 

「うむ、良い名じゃないか。それでは、それで登録するとしよう。言い忘れていたが、ヨビのことはアカリに任せるからな。」

 

 

「えっ、私ですか?」

 

 

「因みに、アカリが断った場合はヨビは私の実験に「慎んでお受けいたします!」うむ、いい返事だ。」

 

 

アカリは蔵人の不穏な言葉に焦ったように答えた。

 

 

「ヨビさん、私に任せてください。あと、用務員さんが実験とか研究とか言い出したら要注意です。そっとその場を離れてください。」

 

 

「それでは、後は任せた。私とヴィヴィアンは少し出かけてくる。取りあえずの経費は渡しておくから好きに使ってくれ。」

 

 

「アカリ、頑張ってね!」

 

 

蔵人とヴィヴィアンは笑顔で手を振って出ていった。

 

 

「行っちゃいました…………経費って、うわっ、五千万パミットもあります。ええと、ヨビさん。取りあえず、どうします?」

 

 

「私に聞かれましても…………」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「こちらのタグがハンター証になります。他にも、身分証、武器所持許可、第三級魔法行使許可の機能もあります。紛失すると、再発行に一万パミットの料金が発生してしまうのでご注意を。」

 

 

ハンター教会の職員が説明をしながらヴィヴィアンにタグを渡す。

 

 

「やったわ!これで私もハンターよ!クランドとお揃いね!」

 

 

「そうだねヴィヴィアン。」

 

 

タグを嬉しそうに受け取ったヴィヴィアンと笑い合う。

 

 

「続きの説明をしてもよろしいでしょうか?」

 

 

「いいわよ。」

 

 

「はい、それでは、『九つ星(シブロシカ)』にランクアップするためには、『十つ星(ルデレラ)』以上の依頼を十くらい達成してください。なお、その依頼は街の外の物に限ります。採集依頼も五つまでは対象に認められていますが、必ず五つ以上は討伐依頼をこなしてください。全て討伐依頼というのも可能です。」

 

 

「分かったわ!」

 

 

「先導は私に任せてくれ。目指せ即日昇格だ。」

 

 

「よろしく頼むわ、クランド先輩!」

 

 

「くっ!」

 

 

ヴィヴィアンの先輩呼び、凄く良い…………

 

 

「ヴィヴィアン、この眼鏡をかけてもう一度言ってくれないか?」

 

 

「クランド先輩!」

 

 

「ぐはっ!次はこのリボンを髪に着けて…………」

 

 

「あのう、外でやってもらえませんか?」

 

 

「クランド先輩!」

 

 

「ぐふわっ!」

 

 

「聞いちゃいねえ…………」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

ハンター教会から移動して、私とヴィヴィアンは海辺に来ていた。

 

 

「今回狙うのは万色岩蟹(ムーシヒンプ)で個体によって色が違う蟹のような魔獣だ。張り出されている常時依頼の中でこれが一番近かったからね。サクッと十体倒して、かに料理でも食べようか!」

 

 

「任せてクランド!」

 

 

ヴィヴィアンは楽しそうに聖剣を構えた。

 

 

「いくわよッ!この剣は太陽の移し身。あらゆる不浄を清める焔の陽炎。『転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』!」

 

 

灼熱の炎が蟹達を薙ぎ払う。あまりの威力に全身が沸騰し、その体の一片すら残らない。

 

 

「うん。流石、ヴィヴィアン!強くて可愛いくて最強だね!だけど、跡形もなく消し炭にしたら、討伐証明部位を剥ぎ取れないよ。」

 

 

「あっ、…………失敗しちゃったわ!」

 

 

ヴィヴィアンがてへへと笑って剣を持ち替えて別の蟹に接近する。

 

 

「一体どんな使い方をしたら聖剣が魔剣に堕ちるのかしら?でも、今はこれで充分ね。無毀なる湖光(アロンダイト)!」

 

 

ヴィヴィアンが蟹を斬り払う。一瞬のうちに討伐証明部位の剥ぎ取りと本体への攻撃が行われた。

 

 

「流石ヴィヴィアン!この調子でどんどんいこう!」

 

 

そうして、何体か切り捨てていった時に"ソイツ"は現れた。

 

 

「これは、なんと言うか…………」

 

 

「ええ。」

 

 

「「キモいな(わね)」」

 

 

 

その万色岩蟹(ムーシヒンプ)は透明だったのだ。殻"だけ"が。

よって、内部の筋肉や内臓が丸見えで、さながら生きる人体模型だった。蟹だが。

 

 

「まあ、これはこれで何かに使えそうな気もしなくはない。軽くひねって剥ぎ取ろう。」

 

 

そうしてヴィヴィアンは三十分もかけずに所定数の万色岩蟹(ムーシヒンプ)を倒したのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

ハンター協会の職員は驚愕と不審が綯い交ぜになったような目を向けてきた。

 

 

「ふむ、問題なく指定数は集まっているはずだが?」

 

 

「確かに揃っています。揃ってはいますよ…………」

 

 

「では、何が問題なのかね?」

 

 

私が尋ねると、職員はため息を吐いて答えた。

 

 

「速すぎるんですよ。協会を出てから一時間も経ってないですよね?まあ、いいです。これから監査員を同行して討伐してもらいます。」

 

 

「なるほど。ヴィヴィアン、いいかい?」

 

 

「大丈夫よ。」

 

 

「それでは、準備に時間がかかるので、一時間程したら再びここに来てください。」

 

 

そう言って職員は監査員を呼びに向かった。

 

 

「それでは、アカリ達の様子でも見に行こうか。」

 

 

「それがいいわ!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

アカリの場所を探ると、メインストリートだった。

行ってみると、アカリはそこの服屋で何やら店主と揉めていた。

 

 

「何を揉めているんだ?」

 

 

「あっ、用務員さん!」

 

 

私が声をかけると、アカリは顔を明るくさせた。

 

 

「それで、何があったんだ?」

 

 

「それが…………蝙蝠系獣人に売れる服はないと…………」

 

 

「ふむ、それは違うのか?」

 

 

「カンベンしてくれ。それは鳥人専用の服さ。蝙蝠系獣人(タンマイ)に売ったとばれたら、どうなるか分かったもんじゃない。おそらく、それはどこの店も同じだよ。奴隷じゃなかったら評判が気になってそもそも店にも入れられないよ。」

 

 

店主が苦々しい顔で答えた。

 

 

「タンマイとは何だ?」

 

 

「蝙蝠系獣人の蔑称らしいです。」

 

 

アカリが悲しそうに言う。

そうか、この国はそういう感じだったのか。

 

 

「分かった。ならば出直そう。店主よ、邪魔して悪かったな。」

 

 

アカリ達を店外に連れ出してアカリに謝る。

 

 

「すまなかったな。情報不足で配慮を怠ってしまった。」

 

 

「そんなっ、用務員さんは悪くないですよ。」

 

 

アカリが慌てたように言う。

 

 

「そうか、アカリは優しいな。服なら私に任せてくれ。蝙蝠系獣人用だろうと問題なく作れるよ。そうだ、良い機会だからアカリにも新しい服をあげよう。」

 

 

「えっ、いいんですか!?」

 

 

アカリの頭を撫でながら提案すると、アカリは嬉しそうに驚いた。

 

 

「うむ、アカリは頑張っているし、君に苦労もかけてしまっているしね。まあ、私が可愛い服を着ているアカリを見たいというのもあるのだけれど、期待していてくれ。」

 

 

「エヘヘ、そうですか?」

 

 

ニヤニヤと頬を緩ませるアカリを微笑ましく見つめる。

 

 

「うむ、これから用事があるから今日の夜にでも作ろう。それまでは間に合わせだがヨビにはこれを着せて過ごしていてくれ。もしも、何か要りようであれば出稼ぎに来ている人物の店に行くといい。この国の人よりは幾分かマシだろう。」

 

 

話をしながらコットンの布生地を魔術で服の形に整え、簡易的に保護と強化の魔術をかける。

 

 

「ハイ!ありがとうございます!服、楽しみにしてますね!」

 

 

「…………既に恐ろしい程に上等な服なのですが。」

 

 

「フフフ、クランドは世話を焼くのが好きなのよ。ヨビも遠慮せずに受け取ってあげて欲しいわ!その方がクランドは喜ぶもの!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

ハンター協会へ行くとすぐに監査員が来た。監査員を伴って海辺へ向かう。

後は、ヴィヴィアンが無毀なる湖光(アロンダイト)で蟹を細切れにするだけの簡単なお仕事だ。

流れる様にこなすヴィヴィアンの美しさを堪能する。

 

 

「バカな、万色岩蟹(ムーシヒンプ)を斬る、だと?あんな豆腐みたいに?あり得ねえだろ…………」

 

 

「ふむ、ヴィヴィアンが討伐したのは確認しただろう?ならば、するべきことがあるのではないか?」

 

 

私が促すと職員は咳払いをして居住まいを正し宣言した。

 

 

「規定以上の水準の装備と依頼達成を確認した。昇格おめでとう。同時に、「八つ星(コンバジラ)の先導」も達成だ。昇格は後になるが取り敢えずおめでとう。この依頼は受け手が少ないから、これからも討伐して貰えると助かる。」

 

 

「考慮しておこう。」

 

 

職員の言葉に答えた後、ヴィヴィアンの方を向く。

 

 

「やったなヴィヴィアン、目標の即日昇格達成だ!」

 

 

「ええ、やったわ!これで私も新人卒業ね!」

 

 

二人で昇格を祝いあう。

横からの「新人卒業ってレベルじゃないんだけどな…………」なんて声は聞こえない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

協会に戻ると、そこにはアカリとヨビがいた。

 

 

「おや、こんな時間に依頼かい?」

 

 

「用務員さん!いえ、依頼ではなく、ヨビさんのハンター登録です。」

 

 

「なるほど。何か問題は起きていないかい?」

 

 

「大丈夫です。バッチリ登録できましたよ!」

 

 

アカリが胸を張って答えたので、頭を撫でながら労う。

 

 

「そうかそうか、頑張ったな。服の方は期待していてくれ。それと、今日の夕食は蟹料理だ。」

 

 

その後、依頼報酬を受け取って帰路につく。すると、協会の扉の前に偉そうに陣取っていた鳥系獣人が高圧的に話しかけてきた。

 

 

「そこのタンマイを奴隷として買ったようだが、それはうちのものだ。返してもらおう。」

 

 

「…………ほう、話は聞くだけ聞こうじゃないか。」

 

 

 

 




和やかだった用務員さん達の日常に暗雲が立ち込める…………!
取り敢えず暗雲逃げて!


用務員さんが大金持ってる理由は、立ち寄った街でちょくちょく貴金属を売ったからです。
そして、アカリがヨビをさん付けしている理由は、次回で説明します。

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