用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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第一章
魔獣


決意を新たにしたところで現状を確認する。

 

 

現状で身に付けてあるのは用務員服、耐久性が不安なので着替えることにする。

ポケットから取り出したのは白色の鍵、ヴィヴィアンとの共同製作の礼装『魔術師の実験室(ゲート・オブ・カルデアス)』だ。

名前に特に意味はない。

前世でギルガメッシュとfgoが好きだったから付けただけだ。

 

 

この礼装の効果は私の実験室の持ち運びである。

宝具の射出能力とかはない。

 

異世界で使えるか不安だったが上手くいった。

しっかりと実験室に繋がっている。

 

中から自作礼装『アニバーサリー・ブロンド』を取り出して着込む。

見た目的には寒そうだが、温度調節の魔術をかけているため問題ない。

 

そして、自衛のために礼装『月霊髄液(ウォールメン・ハイドログラム)』と模造宝具『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』を用意する。

 

後者は、私とヴィヴィアンの合作で用意した剣に二人で神秘を込めたものだ。

力を完全に取り戻してはいないから出来がイマイチなんてヴィヴィアンは言っていたが、十分な性能である。

少なくても、ザイードさんにだったら正面から戦えばこれで勝てる。

 

 

十分と思われる戦力は確保したので、一旦研究室を出る。

 

そうすると、洞窟の奥に深緑色のリュックサックを見つけた。

それには、見たことのない術式で収納の魔術がかけられていて中身を確認すると、フランスパンらしき携帯食、樽に入った水、ナイフ、教本が出てきた。

 

 

真っ先に教本に手が伸びるのは魔術師の性である。

知らない魔術に出会ったら、どうしても興味をそそられてしまう。

 

意気揚々と本をめくり……………読めねえ!

 

さすが異世界だ。地球の言語がそのまま適用されるなんて事はないらしい。

 

よろしい、ならば戦争だ。

 

魔術師の頭脳をなめるなよ。

こう見えて私はラテン語、ドイツ語、フランス語をはじめとして、ヒエログリフやルーン文字も読めるのだ。

 

いくぞ異世界言語 文法の貯蔵は十分か

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

クハハ、遂に解読したぞ。

かかった時間はおよそ5時間。

私にかかればこんなものだ。

それでは異世界魔術とやらを実践してみようか!

 

 

「火よ!」

 

 

私は気絶した。

 

 

全身に疼痛を覚えつつ起き上がると、辺りは暗くなっていた。

 

 

「lumen(光)」

 

 

魔術を使って明るくする。

異世界魔術に興奮してつい使ってしまったが、どうやら私の魔力が足りなかったらしい。

しかし、私の本来の魔力が減った様子は見受けられないので、察するに型月版魔術と異世界魔術では使う魔力が別物なのだろう。

根本から異なる魔術体系、ますます興奮してきた。

 

思うと、私はまだこの洞窟を異界化していない。

異世界魔術に興奮していたとはいえ、あまりにも迂闊だった。

 

 

 

反省して、洞窟を異界化してから異世界魔術にリトライする。

今度は念入りに教本を読んでから実行することにする。

腹が空いたのでハンバーガーとポテトを摘まみながら教本を読む。

 

ハンバーガーは研究室から持ってきたものだ。

研究室には数年分のあらゆる食材が備蓄されているので食料の心配はない。

あのフランスパンらしきものは一応超常的存在から貰ったものなので今後に研究対象にするつもりだ。

 

 

フムフム、教本によるとさっきのは詠唱の具体性が足りなかったために起こった現象らしい。

気絶や痛みは疲労や筋肉痛のようなものらしい。

 

 

反省点が分かったところで再挑戦だ。

 

 

「小火よ!」

 

 

私は気絶した。

 

 

まだ具体性が足りなかったらしい。

今度こそ、

 

 

「小さく青き火よ!」

 

 

私は気絶した。

 

 

どうやら私にはそもそも魔力が足りないらしい。

しかし、毎回魔力が増えている事は実感できる。

 

この鍛練は実にいい。

成果が実感できるし、手軽で安全だ。

魔術使って気絶すれば魔力が上がってるんだから、衛宮士郎の魔術鍛練に比べたら、ずっと手軽で安全だろう。

型月の魔術師が知ったら羨ましがること間違いなしだ。

 

 

そうして、気絶を繰り返しているうちに拳大の大きさの火を出すことに成功した。

達成感を感じる。

この程度の事は型月版魔術を使えば容易にできるが、なによりも異世界魔術に成功したという事実が大切だ。

これにて私の魔術研究は飛躍的に進むことだろう。

ヴィヴィアンを召喚する日も近い。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

異世界での生活も半年ほどになり、異世界魔術もある程度つかいこなせるようになった頃、情報収集のために雪山を散策していた。

 

洞窟の前の岩場にはいつも雪豹のような大きな魔獣がいる。

 

いつか研究したいと考えているのだが実力が不明であるために見送っている。

焦ることはない。この世界にはあの魔獣より興味深い事がたくさんあるのだから。

 

 

 

山は雪に覆われているが私にはまったく問題にならない。

雪とはすなわち水が凍ったものだ。

湖の精霊の加護を手厚く受けている私はその上を埋まらずに歩けるのだから雪など有ってないようなものだ。

 

ヴィヴィアンは今どうしているだろうか?

契約による魔力のパスは通ったままだから無事なことは確かだが心配である。

泣いたりしていないだろうか?

私は思いを込めてパスを通して魔力を送る。せめて、ヴィヴィアンが私の存在を感じられるように…………

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

洞窟に戻ろうとしたらあの雪豹の魔獣が洞窟の入口に立っていた。

 

 

「沸き立て、我が血潮」

 

 

私はすぐに月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)を展開する。

しかし、魔獣に動きはない。

様子を伺うと魔獣は敵意がないようだった。

そういえば、あの教本によるとこの世界の魔獣は交渉可能らしい。

ならば、することは一つだ。

 

 

「あまりおもてなしできないが家に遊びに来るか?ミルクくらいなら馳走しよう。」

 

 

レッツ異文化交流である。

唸れ、私の動物会話スキル!

完全に日本語だけど大事なのはハートだから問題ないだろう。

きっと、たぶん、おそらく、メイビー…………

 

 

私が洞窟に入ると魔獣も着いてきた。

 

 

通じてた?!

 

私が一番驚いた。

 

 

 

「そこら辺の絨毯にでも座っていてくれ。私はミルクを淹れてこよう。アイスとホットのどっちがいい?」

 

 

魔獣は暖炉の方を尻尾で指した。

 

 

「器用なものだな。なるほど、ホットがお好みか。すぐに用意しよう。それにしても本当に話が通じるんだな。びっくりだ。」

 

 

 

 

―みっ、みーみぃーっ

 

私がミルクを淹れて来ると魔獣の尻尾にじゃれつく仔猫がいた。

 

 

「ミルクを淹れて来たぞ。口にあうかは分からんが召し上がってくれ。

ところで、そいつはおまえの子供か?可愛いな。」

 

 

魔獣はミルクに口をつける前に尻尾で後方を指した。

そこには、大量の鹿や猪の死体が冷凍状態で鎮座していた。これだけの魔獣を狩って冷凍保存までするとは、やはり強い上に器用なヤツだ。一部でいいから異世界魔術の実力を私に分けて欲しいものである。

 

 

その後、今度は仔猫の方を尻尾で指した。

 

 

「なるほど、仔猫の分も持ってこよう。気が利かなくて悪かった。」

 

 

―みーみー

 

持ってきたミルクを飲んだ仔猫は満足そうな声をあげる。

 

こうしてみると、本当にただの仔猫のようだ。

 

魔獣の方も何となく笑顔のような気がする。

 

 

「ご満足頂けて光栄だ。おかわりもあるがどうする?」

 

 

―みーっ

 

どうやらおかわりをご所望らしい。

 

 

 

暫くし、そろそろ寝ようとして、一つ思い付く。

 

 

「ものは相談なんだがおまえの体に乗って寝ていいか?実に暖かそうだ。」

 

 

魔獣は少し考えるような仕草をしたあと、尻尾で手招きしてきた。

 

 

「それは、許可してもらえたと受け取っても良いのか?では、ご厚意に甘えるとしよう。」

 

 

抱きついてみると想像の十倍くらいモフモフだった。

耳とかお腹の辺りとかものっそいモフモフで、

もうモフモフというかモフッモフッて感じで、モフモフがモフモフでモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

―みーみーみーみーっ

―みーみーみーみーっ

 

しつこいくらいの鳴き声で私は目を覚ました。

 

昨日はすぐに寝てしまった。やはり、モフモフには抗えない魅力がある。

私も根源に至るためにモフモフの研究を始めた方がいいだろうか?

 

 

 

―みーみーみーみーっ

―みーみーみーみーっ

 

思考の海にトリップした私に仔猫が苛立ったように呼び掛け私をどこかに連れて行こうとする。

 

 

「分かった分かった。すぐに行くからあまり引っ張るな。」

 

 

洞窟の外では魔獣がこちらを背にして座っていた。

魔獣は仔猫を優しい瞳で見つめる。

慈愛に溢れた美しい姿だが、私には何故かその巨体が小さく消え入りそうに見えた。

 

少しして、魔獣は魔術で入口のほとんどを土壁で閉ざした。

 

 

―ミーッ

 

仔猫は一際大きく鳴くと土壁へと走り、その上に座った。

 

 

グォオンッッ

 

魔獣が吠えると岩場に大きな火柱が上がった。

その魔術の技量は異世界魔術だけで見ると私を遥かに越えている。

 

私はすぐに遠見の魔術と風の魔術を使い魔獣の姿を追う。

 

 

火柱の先には十数人の集団がいた。

槍や弓、杖などを装備していて、中には亜人らしき者もいる。

狩猟者らしいが、なんともファンタジー色の強い集団だ。

 

 

「来るぞっ!」

 

 

男の一人が叫ぶ。

そいつは盾を構えたが魔獣の突進に容易く吹き飛ばされる。

 

 

戦闘は激化していく。

 

 

「イルニークよ、足らんぞっ!」

 

 

途中、男が叫んだ言葉になるほど、この魔獣はイルニークという名前なのかと理解する。

 

 

―ミーッ!

 

ただ眺めるだけの私に仔猫は怒ったように尻尾で叩く。

 

 

「ダメだ。ヤツは自分よりもおまえが助かる事を願ったのだ。私が助けにいったところで、負けてしまったらあの集団は私が出てきたこの洞窟に入りおまえを見つけ捕まえるだろう。そうなってしまってはヤツの覚悟が無に帰してしまう。堪えろ。」

 

 

私は拘束の魔術の用意をしながら言う。仔猫は意外にも飛び出すことはなかった。

 

 

 

やがて、勝負の決着はつく。

 

魔術の小さな隙を突いて集団が大規模魔術を使用し魔獣に致命的な一撃を放った。

白紫色の雷が轟き、爆発した。

光が収まっても誰も動かない。

狩猟者達は警戒を強めたままである。

魔獣は爆心地で上を向いたまま立ち尽くしていた。

そして、ゆっくりと山の対面に首を向けて遠い目をした。

 

 

グオオォンっ

 

 

魔獣が最後に放った咆哮に悲痛さはなかった。

 

 

 

「…………泣け。堪えることはない。元よりガキの仕事は泣くことだろう。」

 

 

仔猫は鳴き声一つあげずに魔獣を見ていた。

少しの身動きもせずにただただ親の姿を見続けていた。

 

 

仔猫の体が倒れる。

様子を見ると、どうやら眠ってしまったらしい。

 

終に仔猫は泣かなかった。

体は小さいがこいつはもう立派な魔獣らしい。

 

私はせっかくだからと魔獣の遺していった物で料理を作ろうと思い付く。

あの鹿らしき魔獣が丁度良さそうだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

―みーみーぃ、みみっ

 

仔猫の声が聞こえる。

 

 

「起きたか。丁度いい。飯にしよう。」

 

 

仔猫に肉を差し出すが、チロチロ舐めるだけで口にしない。

 

仔猫が食べられないものを置いていくとはヤツも存外抜けたところがあるらしい。

それとも、私への依頼料のつもりだったのか。

仕方ない、ミルクを用意しよう。もしくは、あのフランスパンらしきものをお湯に溶かすか?

調べてみたところ、あれは栄養補助食品のようだしこの世界の品らしいから私の持ち込みのミルクよりも仔猫の食事に相応しいだろう。

 

私はあれを仔猫に差し出す。

 

 

「やはりガキにはミルクが一番だな。」

 

 

―ミーッ!

 

私が笑うと仔猫は不機嫌そうに尻尾で叩いてきた。

 

 

「悔しかったらいっぱい食べて早く大きくなれ。」

 

 

食べ終わった後、仔猫は眠たそうにしていた。

 

私はあの魔獣に託されたのだと勝手に解釈し仔猫を護ると誓う。

 

…………目下最大の敵は、仔猫を実験材料にしろと囁きかけてくる私の好奇心であるな!

 

 

 

 

 




えっ、オリ主のキャラが違う?
彼は魔獣に嘗められない為にカッコつけてるだけです。
人に会ったらすぐにボロが出ます。

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出版元はMFブックスです(ダイレクトマーケティング)

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