用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので 作:中原 千
「ふあぁ~あ。寝不足だ。簡単なものしか用意できなかったが許してくれ。朝食はパンケーキを用意した。焼き方や砂糖の分量が違うパンケーキをクリームやフルーツ、肉、野菜等およそ100種類のトッピングとお好みで組み合わせてくれ。そして、大鍋にはコーンスープが入っている。遠慮せずに食べてくれ。」
「クランド、貴方が世話好きなのは知ってるけどあまり無理をしたらだめよ?クランドが倒れたりしたら悲しいもの。」
「その時はヴィヴィアンが私の世話をしてくれるかい?」
「クランド程上手には出来ないけど当然頑張るわ!」
「ヴィヴィアン!」
「クランド!」
蔵人とヴィヴィアンは勢い良く抱擁し合った。
「…………何ですかコレ、こんなの今時、演劇でも見ませんよ。」
Xは一夜明けてバカップルぶりが加速している二人をパンケーキに何種類までトッピング出来るか挑戦しながら見ていた。頭には寝不足とか言ってる割にツヤツヤしてるマスターとヴィヴィアンにその事を指摘していいのかどうかという疑問が浮かんでは消えていく。
「まあ、下手なことを言ったら食事を減らされかねませんからね。」
Xは50種類ずつの食事系とデザート系をそれぞれ網羅した二皿を満足げに見て食べ始める。
「相変わらず美味しいですね。」
「…………そうだ。二人に紹介したい人がいるから、食事が終わったら出かける準備をしてくれ。」
暫くヴィヴィアンとお互いに食べさせあったり見つめあったりと二人だけの世界にトリップしていた蔵人が現実世界にようやく戻って来て言った。
「紹介したい人?誰かしら?」
「友人……とは違うか。まあ、一時期保護してた人だよ。ヴィヴィアンを紹介するって約束してたんだ。」
◆◆◆◆◆◆
「マスター、少しよろしいですか?」
出かける少し前にXから呼び止められた。
「どうかしたのかい?」
「マスターにこれをお返ししようと…………」
Xから差し出された物に驚愕する。
「これは!…………しかし、良いのかい?」
「ハイ!他の私は知りませんが、少なくともこれは私のものではないので。だから、これは貴方が持つべきだ。貴方は私のマスターだ。例え私が受肉していようとその事実は変わりません。ならば、貴方の生存を一番に考えるのが妥当でしょう。」
…………あれ、私が召喚したのって青王だったっけ?
別人のようなXに戸惑っていると、Xは笑って続けた。
「それに、私はセイバーです。持つべき武器はこの二つの剣だけで十分です!」
「…………いや、君はアサ―――」
「―――セイバーです!」
やっぱいつものXだったわ。
「フフ、そうか、そうだな。君はセイバーだったな。」
「そうですよ!まったく、失礼なマスターですね。」
Xとクスクスと笑いあう。
…………あれ?嬉しいけど、なんで既に信頼度高めなんだろう?飯か、飯だな。
「私を除け者にして楽しそうなのかしら?」
「ヴィヴィアン、君を除け者にしようなんて…………」
不機嫌というよりは悪戯気にやって来たヴィヴィアンに弁明しようとして固まる。
「ヴィヴィアン、その服って…………」
「ええ、クランドの国の服のユカタよ!クランドを驚かせようと思って用意していたの!似合ってるかしら?」
「最ッ高に似合ってるよヴィヴィアン!超可愛い!」
「フフン、そうでしょそうでしょ!」
得意気な表情も可愛い。カメラ改造して画素数百倍にしといて良かった。ヴィヴィアンの姿を鮮明に残す事ができる。様々な角度から撮影する。
「…………あの、行かないんですか?」
結局、私達が出発したのは一時間後だった。
◆◆◆◆◆◆
雪山はラムレイ二号のフルスピードで爆走して大はしゃぎしながら下山した。
しばらく歩いていると見覚えのある人物を見つけた。
「む、アカリか。久しぶりだな。」
「あっ!用務員さんと雪白さん…………と、誰ですか?」
アカリは不思議そうに尋ねてくる。
「フフフ、よくぞ聞いてくれたな。前に言っただろう?あれを成し遂げたんだよ。」
「あれってなんで…………本当ですか!?」
最初は分からなそうにしていたが、言葉の途中で気付いたようで目を見開く。
「ああ、召喚に成功したんだ!紹介しよう。私の家族のヴィヴィアンだ。もう一人はX、新しく家族になった。まあ、ヴィヴィアンの身内みたいなものだと思ってくれ。」
「よろしくね、アカリ!」
「よろしくお願いします。謎のヒロインXです。セイバーやってます。」
「よろしくお願いします。ヴィヴィアンさんとな、謎のヒロインXさん?…………それ、名前ですか?」
「ああ、本人が言うにはコードネームらしいぞ。そういう物だと納得しておけ。…………ヴィヴィアン、どうかしたのか?」
私が喋っているとヴィヴィアンが楽しそうにクスクスと笑いだした。
「だって、クランドの口調がいつもと違うもの!気取ってる見たいで面白いわ!」
「…………ヴィヴィアン、頼むからその感想は内に留めていてくれ。」
何かこう、威厳のようなものがなくなるから。
「いつも、ですか?用務員さんはいつもこんな口調だったような…………?」
「全然違うわよ!いつものクランドはもっと―――」
「―――あー、そうだ。オーフィア女史やアオイ達はどこにいるんだ?」
このままではまずそうなので、話題を反らす。
後でヴィヴィアンに言わないように頼んでおこう。
「オーフィアさんなら、あちらにいらっしゃいますよ。アオイさん達は帰還しました。」
えっ、それでは『事実の大鎌』を体験できないではないか。
「そうか、行ってしまったか。まあ、仕方ないか。それでは、私達はオーフィア女史に挨拶しに行く。」
「分かりました。あっ、ヴィヴィアンさん、後で続きを教えてくださいね!」
「もちろんよ!約束するわ!」
楽しそうに笑いあう二人を見て、私は"あっ、隠すの無理そうだな"と悟った。
「…………マスター、不憫ですね。」
同じ隠し事をする者としてXは味方のようだ。
◆◆◆◆◆◆
「オーフィアさん、おはようございます。」
「クラウドさん、おはようございます。」
クラウド?…………あっ、訂正してなかったか。
「クラウドは実は偽名でして、本当はクランドと言うんです。騙してたみたいですみませんでした。実は、今日はオーフィア女史に紹介したい人がいて来たんです。」
「クランドさんでしたか。分かりました。紹介したい人とは後ろの方ですか…………!」
オーフィアはヴィヴィアンを見て目を見開いた。
「こちらがヴィヴィアン、前に言った、生涯を共にすると決めた人です。もう一人はXと言います。」
「この方が。…………そうですか。貴方は本当にそうなのかもしれませんね。」
オーフィアはそう言って柔らかく笑った。
「生涯を共にすると決めた人…………嬉しいわ!私もそう思ってるわ、クランド!」
感極まった、という様子でヴィヴィアンが抱きついてきて、私もヴィヴィアンの言葉に嬉しくなって抱き返した。
しばらくして顔をあげるとオーフィアとXと雪白が生暖かい目で見ていた。
少し、居づらくなったがそのまま世間話をして、事態の収束は『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』が主導で行ったこと、ハヤト君達は少し前に出発していたこと、マクシームとその仲間がフリーのハンターになったこと、支部長が更迭されたこと、ザウルの終身刑が決まったこと、そして、その家の名誉貴族の称号が剥奪されたことを聞いた。…………ザウルって誰だっけ?
他にも、それらによって連合王国が揺れているらしいことを聞いた。
「…………少し、長話し過ぎてしまいましたね。まだ、しなくてはならない事があるので私はこれで、できたら他の団員にも顔を出して差し上げてください。」
「分かりました!差し入れも持ってお邪魔しましょう。」
「フフフ、みんな喜びそうですね。…………そうだ。最後に一つだけ。」
オーフィアが思い出したように言った。
「何ですか?」
「私はてっきり、クラウドさんが言っていた生涯を共にすると決めた人とはアカリさんだと思っていたのですよ。外れてしまいましたね。」
アカリか、なるほど。
「アカリも大切だし、守りたいと思ってますよ。しかし、それは姪っ子に向けるような愛情です。私は今までヴィヴィアンと離ればなれになっていました。それで、不意にできた守るべき対象に少し依存していたんだと思います。私は世話好きなので。…………ヴィヴィアンとアカリの両方になかなかに失礼な話ですけどね。」
オーフィアは、なるほど、なるほど、と意味深な笑顔を浮かべて聞いていた。なんとなく含みがあるような気がする。
◆◆◆◆◆◆
翌日。
「みんなー!用務員さんの魔術教室始まるよー!」
「「イエーイ!」」
「私みたいな魔術師目指して、いざ尋常に立ち会うがいい!」
「「イエーイ!」」
「…………何ですかコレ?」
Xが突っ込みを担当するという異常事態。今の用務員さんとヴィヴィアンはテンション高くてマックスでウザイ時期なんで仕方ないことなのです!
閑話が終わったら用務員さんも元の雰囲気に戻る予定です。
用務員さんとアカリはくっつきません。ハーレムタグもないんで。
姪っ子を可愛がるおじさんとカッコいいおじさんに憧れる姪っ子の様な関係が続きます。
という訳で、次回『用務員さんのパーフェクトまじゅつ教室』です!
閑話は次くらいで終わる予定です。