用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので 作:中原 千
「どうした、私は変わりないか聞いたのだが?」
固まったままの勇者に再度問いかける。
「…………ああ、特には…………ない。」
勇者が辿々しく答える。
「そうか…………それは結構、健康が一番だからな。不調な時は何をしてもろくなことにならない。まあ、少し話そうじゃないか。」
「ちょっと、どきなさいよっ、何このデカいのっ!」
洞窟の外から声が聞こえる。
「ふむ、どうやらゆっくりもしていられないらしい。アカリ、すまないが行ってきてくれ。」
「ハイ!」
アカリは走って出ていった。
…………そこまで急ぎでもないのだが。
「事実の審判までは揉め事を起こしたくない。拗れると良くないからやはり、君はすぐに帰りたまえ。―――そうだ、最後に一つ。」
◆◆◆◆◆◆
蔵人とハヤトが醸し出す重い空気に耐えかねていたアカリは蔵人の言葉にこれ幸いとばかりに洞窟の外へ急いだ。
そして、入り口に差し掛かった辺りで一息吐いてからゴーレムを停止させて声をかける。
「エリカさん、お久しぶりです。」
「…………ああ、ハヤトの誘いを断って、どこかのハンターになったアカリじゃない。こんな場所にいたの、ハヤトが探していたのよ?あなたは人を陥れるような人間じゃないって言って。」
「そうですか、ありがとうございます。でもご心配なく、一原君には関係のない事ですので。」
「関係ない?ハヤトがあんなに心配してるのに、関係ないって?」
エリカの足元に電気が走る。
「ずいぶん気が短いんですね。」
アカリは後退しつつ待機させていたゴーレムを前進させた。"あの"用務員さんが作ったもの、それだけでアカリは負ける気がしないどころかオーバーキルを心配した。
「エリカ、止まれ!」
一触即発な空気の中に男の声が響いた。
「なにやってんだ、剥げるもの剥いで帰るぞ。」
それだけ言ってハヤトは剥ぎ取りに向かった。
その先では『暁の翼(ペナントオブドーン)』のメンバーも剥ぎ取りをしている。
その姿を見たエリカは安堵し、アカリを一睨みしてから剥ぎ取りに向かった。
その後に蔵人が何かをぶつぶつと呟きながら出てきた。
「クラウドさん…………あれ?ピリピリしてないどころか、むしろ機嫌良さそうですね?」
「ん?ああ、そうだな。それよりもアカリ、疲れただろう、ケーキと紅茶を用意してあるからゆっくりしてなさい。皆さんの分もあるので、どうぞお入り下さい。」
蔵人はそう言って洞窟の中に戻っていった。
「…………相変わらず謎ですね。」
蔵人の後ろ姿を見てアカリが呟く。
詳しく知りたい気持ちもあるがどんなヤバイ物が出てくるか恐ろしくて聞けなかった。
翌日、「魔獣の死体がこんなに、死霊魔術に使い放題だ!」とはしゃぎ回る男とそれを見てさらに謎を深める少女がいた。
◆◆◆◆◆◆
「お世話になっている身でこの度は本当に申し訳ありませんでした。」
魔獣の死体を材料にしたキメラ作成も一段落して洞窟に戻るとオーフィアに勇者達を連れてきたことを謝罪された。
「いえ、気に病まないで下さい。以前も言いましたが、皆さんの無事が最優先です。確認できたこともありましたし。…………頂いた環、お返ししましょうか?今回、私の怪しさが如実に表れていたと思いますが?」
「いえ、それは持っていてください。」
オーフィアはすぐに答えた。
「こんな胡散臭い人間によろしいので?」
「少なくても、怪物の襲撃(エクスプロード)から逃げずに、女たちと一緒に戦ってくださいました。逃げることも可能だったにも関わらず、です。」
「十分に対処できる案件だと判断しただけですよ。それに、私は知っての通り、魔術好きです。女性も実験材料にするかもしれませんよ?」
「ふふ、貴方なら敵対しない限りそう酷い事はしないでしょう。むしろ、保護してしまいそうですね。」
むぐ、私はそこまで自分を見せた覚えはないのだが。
「短い間ですが、無為に悪徳を行う人間ではないと、信じることにしました。…………貴方は月の女神に似ています。だから信じるんです。」
月の女神って…………アタランテを絶句させた恋愛脳(スイーツ)な残念アーチャーが頭に浮かぶのだが…………
「どのような方で?」
「ふふ。月の女神の近くには弓、短剣、魔導書、巨狼、巨豹、巨梟、マント、革のブーツ、銀の匙、そして矢があったといわれています。夜天に輝く色月を女神になぞらえ、そこから近い順に星が名づけられました。ハンターの星もそれに由来しています。」
オーフィアは楽しげに、夢想するように、少女のような表情で語る。
「美しい女神でしたが、頑固で、偏屈で、狭量で、気まぐれで、心を許した魔獣と保護すべき女以外を拒みました。他の男神の求婚も、他の女神の誘いも断り、ただただ孤高でありつづけました。それでも無情であったわけではなく、目についた者は無条件で助けました。もちろんその後に何か自身に邪なことをしようものなら、苛烈な、苛烈すぎる罰を下していましたが。」
「ああ、なるほど。だから敵対しない限りはという判断ですか。…………それにしても、随分とマトモな神様ですね。神様ってもっと身勝手でしょう。」
女神といえば、気にくわないからというだけの理由で霊峰を死滅させたり男に試練とか言う名目で無理難題ふっかけてニヤニヤしてるようなヤツラだったはずだ。
それに比べると圧倒的に良識的だ。異世界の神が良識的なのか地球の神が頭おかしいのか、なんとなく後者のような気もして嫌になる。
「その反応は珍しいですね。」
オーフィアがポカンとした顔で言う。
「ハハハ、私の知っている神様はもっとアクが強いですから。それでは私は昼食の用意があるので。」
私が立ち上がろうとすると、オーフィアがポツリと溢した。
「貴方は、女神のような最期を、決して真似しないでください。一人で消えるのは哀しいですから。」
「クハハ、私が一人で消える事などありませんよ。既に生涯を共にするべき存在がおりますので。」
一人ボッチだと気付いて消えそうになっていた私は一人ボッチだった彼女に救われた。だから、彼女を一人ボッチで消えさせる訳にはいかないし、それまで、私が消える訳にもいかない。
◆◆◆◆◆◆
夕暮れに、審判団到着の報が届いた。
出発は明日の朝らしい。
「長らくお世話になりました。」
アカリは姿勢を正して頭を下げた。
「ふむ、存外寂しいものだな。まあ、またいつでも来るといい。さあ、夕食ができているから冷めない内に食べなさい。」
二人だけの食卓だ。先に下山したオーフィア達がいないと随分と広く感じる。…………彼女の話をしたからだろうか、それとも元来私は感受性の高い人間だったのだろうか? 静かな食卓に寂しさを感じるなど私らしくないような気がする。いや、転生前の私はそんな人間だったかもしれない。
「…………用務員さん。」
私が首を捻っているとアカリが私を呼んだ。
「どうした?」
「その…………お願いがあるんです。」
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「分かったよ。引き受けよう。」
「ありがとうございます!…………そう言えば、用務員さんはあっちに帰りたくはないんですか?」
アカリが聞いてきた。
「ふむ、私はこちらを気に入っていてね、帰りたい気持ちはないよ。」
私がそう答えるとアカリは笑った。
「…………そうですよね。用務員さん、いつも楽しそうですもんね。私も、他の皆よりは帰りたいって思いはなかったと思います。家族や友達が恋しくないわけじゃないんですけど、それでも何を犠牲にしても、なにがなんでも帰りたいとは思えなかった。」
「まあ、留学や移住と似たようなものなのだろうさ。地球でもそういう人達が居たわけだからな。こっちで幸せになれれば、それはそれで素晴らしい人生だろう。」
アカリはこれまでのこの世界での暮らしの話などとりとめのない話をした。
「用務員さんは家族が心配じゃないんですか?」
「私は天涯孤独の身だからな。肉親はいない。ただ、ある時に一人だけ家族ができて、その一人に今も会いたくて仕方ない。」
「じゃあ、何で帰りたくないんですか?」
アカリが不思議そうに尋ねる。
「クハハ、決まっている。私が呼ぶからだ。絶対に彼女もここを気に入ってくれる。」
私がそう言うとアカリは声を上げて笑った。
しばらく笑って収まってきた頃にアカリが目に涙を浮かべて言った。
「アハハ、そうですね!用務員さんならそうしますよね!…………それにしても、そうですか。彼女ですか。女性なんですか。」
何故か少し不満そうにアカリが言う。
「…………悪いかね?」
「いえいえ、そんなことないですよ。ただ、意外だったなって。そういうのとは無縁そうでしたから。」
…………アカリの性格が最初の頃と変わってきた気がする。
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翌朝、アカリは蔵人の手によって高速でオーフィアのもとまで届けられた。それによって、アカリは誰かに襲われる事はなかったが、あまりの速度にグロッキーになっていた。所要時間二十四分と前回の半分以下の速度からどれだけ過酷だったかが分かるだろう。
後にアカリは"だからソリは嫌だった。もう一生ソリには乗らない"と語ったらしい。
◆◆◆◆◆◆
審判の日、私は山の麓の辺りに雪白と共に腰かけて遠見の魔術を使っていた。
ふむ、あの娘が嘘つき斬り殺すガールか。確かアオイだっただろうか。
審判が終わったら私にも是非体験させて欲しいものだ。
そんな事を考えて見ていると、眩い光が迸り、次いで爆音が弾けた。
「ふむ、これが『神の加護(プロヴィデンス)』による攻撃か。本当に召喚者には効かないのだな。興味深い。」
雷に撃たれたにも関わらず、私は無傷だった。近くにいた雪白も精霊魔術で簡易避雷針を作って難を逃れていた。
「しかし、君は私の正体に気付いていなかったと思うが?」
「山で思い出したのよ。まさか、ハリポタ風の衣装を着て、出会い頭にペイント弾撃ってくるような奴がはぐれた用務員だとは普通は思わないでしょ。」
そう言ってエリカが木から降りてくる。
「まあ、それもそうか。それで、なんのつもりだ?いきな―――」
背後から感じた殺気に月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)で対応する。
金属と金属がぶつかり合う音が響く。
ふむ、暗殺者か。
「…………気持ち悪い、魔法。」
姿を確認すると、両手に大きなナイフを装備した黒い兎耳の黒装束の少女だった。
「たしか、勇者君のパーティーだったな。どうした、おじさんに遊んでもらいたいのか?」
「…………ハヤトの、ため……死んで。」
そう呟く少女を月霊髄液で引き付けて、距離をとる。
「勇者君のためか。止めておいた方がいいと思うぞ。その方がお互いに幸せだろう。」
二人に止まる様子はない。エリカは紫電を纏ったブーツを履き、暗殺者は武器を構え直して接近してきた。
「ふむ、ならば私はこれより君達を敵対者と認識しよう。事実の審判は始まった。終わり次第アカリの無事は保障されるだろう。よって、私を縛る契約(ギアス)はもうない。我が魔導を以て君達を裁こう。これは決闘ではなく誅罰だ。」
実はアカリを無事に返すという契約によって大規模な被害が出るようなことや大きな混乱を引き起こすような事は自重させられていた用務員さん。
その枷が外れてしまいました。
次回、決着です(信憑性/zeroの次回予告)