用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので 作:中原 千
やはり、事実の審判のエピソードを先に入れたいので勇者との直接対決はもう少し後になります。
投稿を早めたので許してください(五体投地)
この世界の魔術をどう学んだか聞かれたため、参考にした教本を見せたところ、オーフィアが懐かしそうに言った。
「初版にはすぐに改訂が入ってしまって、現存する初版は少ないんですよ。」
「それは、どうして?」
「…………百五十年ほど前に、ある学園の創立にともなってこの本の作成を依頼されたんですけど、当時の私は血気盛んでして、少々やりすぎてしまいました。それに連なって、初版以降の改訂版からは著者を外されまして…………お恥ずかしい。」
と、言うことはまさか!?
「自律魔法の基礎構成理論から魔法具の基礎構築理論、精霊魔法のABC、命精魔法と身体構造の関係性、魔法使い育成論、当時未公開だった理論や技法もありました。当時はまだ世界大戦が終わって間もなくでしたから、秘匿魔法を抱える王族や貴族、たとえ微々たるものだとしても精霊魔法の技法の流出を恐れたエルフの抗議ですぐに改訂されてしまいました。作られた本自体も少なく、あまりに内容を盛り込み過ぎて難解だということで禁書扱いにはならなかったんですが、ほとんど全てが国の倉庫で眠ることに。……周りが見えていなかった、若気の至りです。」
「つまりは、私は貴女から魔術を学んだ事と同義じゃないですか!師匠とお呼びしてもよろしいでしょうか!?いやあ、貴女に会えて本当に良かった!」
興奮のあまり詰め寄るとオーフィアは優しい微笑みを浮かべて答えた。
「ふふふ、私は師匠と呼ばれるような者ではないですよ。では、並列起動や供給維持、自律魔法の基礎構築論まではおおよそ理解していると?」
「ハイ!それに書かれている事は自己流も含めて習得しています。」
「では原典(オリジン)はどうですか?」
「とある貴族から頂いた『魔力の矢』を一つだけ。」
そう答えると、オーフィアは少なからず驚いたようだった。
「一度でも原典(オリジン)を用いたことがあるなら、魔法式さえわかれば使うのは問題ないでしょう。では、『幻影』の魔法式はお詫びとして、他に三つ、何にいたしますか?」
「では、『平行世界の管理』と『魂の物質化』と『概念の時間旅行』を!」
「…………えーと、すみません。一つも分からないのですが、少なくとも私はそのような自律魔法は知りません。」
その言葉に肩を落とす。しかし、ある程度こうなることは予測していたため直ぐに思考を切り替える。
「では、どのような物があるかお教えください。」
◆◆◆◆◆◆
「…………『魔力解放』に『魔力吸収』に『魔力収束』ですか。どれも相手が魔法陣の上にいなければならないなど条件がありますけどよろしいのですか?」
「ハイ!既に充分な戦力を確保してあるので戦闘用よりも魔術理解に繋がる物が必要なのです。」
間髪を入れずに答えるとオーフィアは目を細めて口を開いた。
「本当に研究がお好きですね。あまりのめり込み過ぎて他を疎かにしてはいけませんよ。」
そう言ってオーフィアは小指を差しだしてきた。
「アカリさんに聞きました。小指と小指を組ませて約束したことを破ったら、相手を一万回殴打して、針を千本飲ませてもいいのだと。そして、約束を破らざるを得なくなった時は、死んで詫びるから許してくれという約束だと。」
アカリェ…………
オーフィアに妙な誤解を与えたアカリに微妙な気持ちになったが気を取り直して答える。
「それは恐ろしい。違えることはできませんね。」
そう言って小指を合わせると、
『指切りげんまん嘘ついたら、針千本の~ます、死んだら御免、指切った。』
オーフィアは日本語で綺麗な発音で唱えた。
その後に具体的な魔術練習が始まった。
◆◆◆◆◆◆
翌朝。
「…………おい。」
マクシームが不機嫌そうに呟く。
頭の上は水流が縦横無尽に流れ回り、左肩で氷解が結合と崩壊を繰り返し、右肩では竜巻が発生し、右足のつま先のすぐそばで青と橙の炎が躍り回り、その反対では雷がパチパチと放電している。背後からは後光のように光を発して、それとまったく同じ状態で同じ動きをする私と一寸も変わらない造形の影がマクシームを取り囲んで回っていた。
「鬱陶しいわ!お前は一々俺をおちょくらないと行動できないのかッ!」
「ふむ、もう少し続けたいが朝食を作らなければならないので私はこれで失礼する。」
私は自分が抜けた分の影を足して厨房へ向かった。
「いや、消してけよ!」
叫ぶマクシームをオーフィアはニコニコと眺めていた。
◆◆◆◆◆◆
「これは巨人種の伝統的な手袋だ。まあ、勝手に連れてきた詫びだ。」
「まあ、これが。簡単にはお目にかかれないものですよ?」
差し出された手袋をオーフィアがしげしげと眺める。
「特殊な金属と魔獣の皮から作られた、つまりは鉄の手袋だな。」
オーフィアが呆れ顔で説明を足す。
「いい年をして、まだいい加減なところは残ったままなのですね。この手袋は通称『巨人の手袋』、魔力を通すことで鉄のように固くなり、なおかつ指は滑らかに動くという珍しいものです。魔力の扱いが得意ではない巨人種でも使いこなせるほどに少量の魔力で使用できますよ。それにしても、こんなものを何時時分に用意していたのですか、一般に流通しているようなものではないでしょうに。」
なるほど、つまりはバゼットさんの手袋みたいなものか。ルーンと組み合わせてみても面白いかもしれない。
「まあ、ちょっと里まで一走り。」
「一走りって…………相変わらずですね。」
「お前の気に入りそうな物がこれ以外に思い付かなかった…………自分の世界に入り込みやがって、聞いちゃいないな。じゃあな。」
「…………オーフィア女史達との出合いは私にとって歓迎すべきものだったし、この手袋も非常に興味深い。私は君に感謝しかないよ。」
去り際のマクシームに声をかけたが返事もせずに行ってしまった。
「あれでも面倒見がよく、義理堅い巨人種ですからね。あれは完全に照れてますね。」
「マクシームには本当に感謝してますよ。ヤツは良き友人です。」
オーフィアと談笑していると、
「あの野郎、消したと思ってたら外に待機させてやがったのかよ!鬱陶しいからけしやがれ!」
外からマクシームの怒号が聞こえてきた。
それによって私とオーフィアは一層笑みを深める。
◆◆◆◆◆◆
その後、棍棒と丸盾の手入れをしているとオーフィアに声をかけられた。
「その小盾、どのように手にいれましたか?聖霊による浄化はされてあるようですが。」
その声には厳かさと組織の長としての責任のようなものが含まれているように感じられた。
怪物(モンスター)から手に入れたことを説明するとオーフィアは少し考えた後に棍棒と丸盾の説明をした。
「その小盾は小盾の延伸上に氷の盾を形成できます。そして、周囲の氷の精が集まってきて遊んでいますので、盾生成の魔力消費もかなり効率化することができるでしょうね。」
「精霊が見えるのですか!?」
「なんとなくそこに精霊がいる事が認識できる程度です。エルフならたいていわかりますよ。」
驚く私にオーフィアは笑って答える。
「それでも、羨ましいです。研究が捗りそうだ。エルフになる研究も始めてみましょうか?」
「またまた、そんな事を言って。」
真剣に悩む私を見てオーフィアは朗らかに笑った。
◆◆◆◆◆◆
翌日、オーフィア達は村に下りた。なんでも、審判団は来ていないが準備は整ったらしい。マクシームとオーフィア以外はアカリの護衛として残った。ここを出るときに、
「権力の座に座って勘違いしている愚か者に、きっちりと地獄を見せて差し上げます。」
と聖母のような微笑みを浮かべて言っていたオーフィアが非常に印象的だ。
たぶん、あの中間管理職臭の凄い支部長は終わりだと思う。
◆◆◆◆◆◆
突然、私の魔術に大量の反応が現れた。
それからまもなく大慌てのアカリが私を呼びに来た。
すぐに見に行くと氷の怪物(モンスター)の大群がいた。
「これは…………何と言うか、壮観だな。」
「村に降りるのは…………無理デスネ。」
ディアンティアが怪物(モンスター)の進行速度を見つつ判断する。
「アカリ、特訓の成果を見せる時が来たようだ。」
「ハイ!」
アカリは凛々しい顔で返事をする。
「私は隔離研究室の警備を確認してくるからそれまでここを頼む!」
「ええっ!行っちゃうんですか!?」
私の言葉にアカリは情けない声を出した。
「大丈夫だ。自分を信じろ。このくらい、簡単に対処してくれないと安心してアカリを送り出せないではないか。」
私がそう言うと、アカリは少し考えた後に頷いた。
「大丈夫そうだな。それじゃあ行ってくる!」
私は雪白に乗って研究室に急いだ。
◆◆◆◆◆◆
「さあ、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の実力を見せてやりまショウ。伊達に女官長に鍛えられてはいないのだと、証明してやるのデスッ!」
ディアンティアの言葉で戦闘が開始された。
ディアンティア達が土精魔術を一斉行使して大穴を作り大量の怪物(モンスター)を生き埋めにして、マーニャは火精魔術を行使して森ごと怪物(モンスター)に放火している。
アカリは前衛のサポートを指示されていた。
「用務員さんの留守は必ず守ります!」
そう気合いを入れたアカリは針金に聖霊を付与して自分の指に突き刺した。
「start-up(起動)」
アカリの詠唱と同時に針金が変形して鳥を形作る。針金の鳥は羽ばたき、飛翔し怪物(モンスター)の群れに光弾を放ち始めた。
一つ一つの光弾が怪物(モンスター)を消滅させる。
「魔道具デスカ?初めて見まシタ。」
アカリがディアンティアに尋ねられる。
「はい。クラウドさんから貰いました。『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』っていう名前らしいです。」
ディアンティアはこんな珍妙な魔道具を所持して、簡単に人に貸し出す彼はいったい何者なのかと考えそうになったが、今はそんな場合ではないと思考を切り替えて弓と矢を取り出して構えた。
「矢は打ち尽くしてしまって構いまセンッ!聖霊を付与しだイ、どんどん射ちなサイッ!」
◆◆◆◆◆◆
雪白に乗って雪山を疾走する。気分は新宿のアヴェンジャーだ。
アカリ達の戦闘を遠見の魔術で眺める。
ふむ、アカリはしっかりと『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』を使いこなしているようだ。
そんな事を考える間に第一隔離研究室に着く。扉の周りには怪物(モンスター)が群がっている。
「Scalp(斬)、雪白、駆け抜けろ!」
聖霊を付与しておいた『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドログラム)』で怪物(モンスター)を切り裂いて道を拓く。
そのまま実験室に突入してセキュリティを組み直す。
◆◆◆◆◆◆
怪物(モンスター)には私の魔術工房をとっくり堪能してもらおうではないか。洞窟を使いきった完璧な工房だ。
結界二十四層、魔力炉三器、猟犬がわりの悪霊・魍魎数十体、無数のトラップに、廊下の一部は異界化させている空間もある。
ふはははは、これで万全な警備となった。土台ごと爆破されない限りは陥落する事はないだろう。
第二隔離研究室も同様のものを施した。
怪物(モンスター)には私の魔術工房(以下略
「さて、雪白、帰るとしよう。それにしても数が多いな。Fervor,mei Sanguis(滾れ、我が血潮)」
水銀が柱状の棘となり怪物(モンスター)を突き刺した。
「ふむ、これで大分間引けたか。雪白、今の内に帰ろう。」
私を乗せた雪白は一鳴きして駆け出した。
◆◆◆◆◆◆
「あ、用務員さん、お帰りなさい!さっきのはやっぱり用務員さんだったんですね!」
アカリがニコニコと駆け寄ってくる。
「アカリも良くやった。遠巻きに見ていたよ。」
アカリの頭をポンポンと撫でる。
「さて、私は食事を作るから戦線には参加できない。代わりにストーンゴーレムを外に二体待機させておくから活用してくれ。操作方法はアカリが知っている。」
周りの騒ぐ声を気にせずに厨房へ入った。
◆◆◆◆◆◆
何度か戦線のローテーションが繰り返された後、突然、空が紅く染められた。
その次の瞬間には外の怪物(モンスター)が一掃されていた。
「おうっ、無事だったようだな。」
マクシームがそんな事を言いながら能天気に入って来た。
「ふむ、筋肉(マッスル)か。怪物(モンスター)かと思って迎撃するところたったぞ。」
「ちっ、この筋肉は夜のオネーチャンには好評なんだがな。」
「それは他に褒める所がないのだろう。」
「同感デス。」
「おべっかだな、そりゃ。」
「まあ大事な財布ですからね、お世辞の一つや二つ言うでしょう。」
私の言葉に後ろからたくさんの援護射撃が加えられ、マクシームは肩を落とした。
「無事でなによりですよ。」
マクシームの後ろからオーフィアが顔を出した。
「頑張ったようですね。大したものです。」
オーフィアはディアンティア達の顔を見回して賛辞した。その後、申し訳なさそうに私の方を向いた。
「…………色々お世話になっておきながら、申し訳ありません。部外者を連れてきてしまいました。」
「いえ、緊急時でしたし無事で何よりです。」
「じゃあ、おれ達は戻る。倒したのは回収するが、い…………いな…………」
オーフィアの後ろから現れた男が私の顔を見て固まる。
「やあ、また会ったな。変わりないか?」
今回登場した『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』はアイリの方を参考にしました。
設定としては魔力の変換の術式が組み込まれていて起動時のみ型月版魔術の魔力を使い、維持は異世界魔術の魔力でも可能となっています。
アカリはまだ魔術回路を開いていないため血液から直接起動時の魔力を供給しています。
また、start-upはドイツ語の発音をイメージしています。
ストーンゴーレムはfgoのアレです。
ゴーレムを作る専門のキャスターの方ではありません。