用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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「あっ、ハヤトさん、遅いですよ~。」

 

 

エリカに呼ばれながらハヤトはハンター協会へ入った。

 

 

「大きな声で呼ぶな。で、依頼は決めたのか。」

 

 

エリカを嗜めつつ確認をとる。

 

 

「この依頼にしようかと。それで、こちらのイライダさんと一緒にって誘ってたんです。」

 

 

見てみると六瘤バッファロー(ゴルシャゾ)のようだった。そして、エリカが推す女性に挨拶する。

 

 

「ハヤト・イチハラだ。『蜂撃』と名高いイライダ・バーギンといっ―――」

 

 

何気なくその女性の同行者の顔をみて凍りついた。

動悸が激しい、喉がカラカラに渇く。

 

 

「お、お前は―――」

 

 

無意識に漏れでた声はタァンという乾いた音に掻き消されて続かない。胸に突き刺すような痛みと焼け付くような熱さを感じて手を当てると、その手は真っ赤に濡れていた。

男の方を見るといつの間にか取り出していた銃の銃口が白煙を立ち上らせながら向けられていた。

 

 

「キャー!」

 

 

「アンタ、何やってんだ!?」

 

 

エリカが絹を裂くような悲鳴を上げ、イライダが怒声を浴びせるが男は悠然とした態度を崩さず、只々ハヤトを無感情な目で見ていた。

少しして男は徐に口を開いた。

 

 

「―――いや、すまなかったな。悪ふざけが過ぎた。冗談だ。これは自作の武器なのだが今のはペイント弾だ。作った血糊の仕上がりが良すぎてつい出来心でやってしまった。失敬失敬。」

 

 

そう笑う男にハヤトは自分の胸をよく確認すると傷痕が無いことに気付いた。

ハヤトの体から力が抜ける。

 

 

「本当にすまなかった。服を汚してしまったね…………おや、君も似たような武器を持っているのかい?私のオリジナルだと思っていたが同類がいるとは。どれ、私によく見せてくれ。」

 

 

そう言って男は近付いて来て銃を眺めてああだこうだと呟く。

 

 

「ふむふむなるほど、魔術を組み合わせて発射する機構なのか、っとありがとうお返しするよ―――私の素性について口外するな。いいか、仲間にもだ。」

 

 

銃を返す時に耳打ちされた言葉にハヤトは再び凍り付く。

 

 

「イライダ、私は急用を思い出したので失礼する。君はこの子達と依頼に行くといい。君達もまた会おう!」

 

 

それだけ言って男は去っていった。

 

 

「な、何だったんですかあの人…………?」

 

 

「アレがおかしいのは何時もの事だけど今日は特別おかしいね。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「あれ?用務員さん、今日は早いですね。また何か手に入れたんですか?」

 

 

洞窟でアカリが不思議そうに尋ねてくる。

 

 

「ハハハ、何やら覚えのある状況だな。残念ながらまだ手に入れてないよ。会ったんだ。」

 

 

「会ったって、誰にですか?」

 

 

アカリが首を傾げる。

 

 

「勇者君と愉快な仲間達…………いや、一人だったから達ではないか。」

 

 

アカリが目を見開く。

 

 

「取り巻きの方は分かってなさそうだったが勇者君の方は気付いてたね、ハハハ。」

 

 

「ハハハじゃないですよ!大丈夫なんですか!?」

 

 

「"釘は刺しておいた"からな。それよりも、アカリは彼らが何をしに来たのか心当たりがあるだろう?」

 

 

アカリは暫し眉間に皺を寄せて考えた後に重々しく答えた。

 

 

「…………私が原因かと思います。良い意味でも悪い意味でも。私の事を聞いて助けに来た。それか、私を捕えにきた。そのどちらかです。八対二で前者だと思いますけど。もしかしたらマクシームさんが神殿に申し入れした事が噂になってハヤトさんの耳に届いたのかもしれませんね。」

 

 

「ふむ、捕らえに来たのなら是が非でも君を護るが助けに来たとして君はどうしたい?」

 

 

私の質問にアカリは少し考えてからポツリポツリとこぼすように答える。

 

 

「…………あの人は勝手なんです。勝手に助けて、勝手に保護しようとする。確かに有難いんですよ、助けてくれるのは。その庇護下に入って助かっている子もいますし、その取り巻きの子はそうだと思います。でも私は、自立したいんです。それで、マクシームさんの誘いにも乗りました。だから、私は審判を受けます。あの人に着いていく事はありません。」

 

 

「分かった。そのようにしよう。心配はないよ。いざという時は君も『不安定な地図と索敵(レーダーマップ)』があるから逃げるくらいはできるだろう?」

 

 

 

「いえ、仮にハヤトさんが敵だった場合は『不安定な地図と索敵(レーダーマップ)』には反応しないでしょう。いわゆる『勇者』に『加護』は通用しないんです。」

 

むむ、勇者の力についての新事実発覚か?

 

 

「いや、それだと事実の大鎌はどうなるのだ?発動しないのではないのか?そもそも、事実の大鎌が発動しなければどうなるのだ?」

 

 

「用務員さん!距離が近いです!相変わらず圧が凄いです!」

 

 

謝罪して体を引くと続きを話始めた。

 

 

「前に大怪我をした勇者が他の勇者のもつ治癒系の加護で生存しています。そのことから、命精魔法のように加護の力を受け入れるか、受け入れないか、その意志に影響されるんだと思います。『事実の大鎌(ファクトサイズ)』の場合は、加護を拒絶するとただの『鉄の大鎌』になってしまうそうです。拒絶するなら嘘をついても、真実をいっても、ただの長剣や槍と殺傷能力は変わらないらしいです。」

 

 

なるほど、加護自体の性質なのか勇者達の間に契約魔術のようなものが使われているのか。興味が尽きないが今はアカリの話の続きを聞くべきか。

 

 

「加護は私が相手だとどうなるのだね?」

 

 

「おそらく、通じないと思います。私が用務員さんを決定的に敵と認識したことがまずないですし、用務員さんが私を心底敵と判断したこともないようなので。総合的に強いのは明らかですが、現時点では、イルニークを狩った時から今まで、一度も反応したことはありません。まあ自分でも反応を示す細かな条件がわからないのでなんとも言えませんが。」

 

 

なるほど、契約の影響で今はアカリに敵意を示す事も脅かす事も難しいから検証は無理か…………いや、

 

 

「あの時はどうだったのだ?」

 

 

「あの時、ですか?」

 

 

アカリがキョトンとする。

 

 

「アカリが初めて来た時に裸で私の前に出てきた時だ。」

 

 

「ッ!忘れてくださいッ!」

 

 

アカリは顔を真っ赤にして激怒している。

 

 

「ハハハ、で、どうだったのだね?」

 

 

「…………反応はなかったと思います。よく覚えていませんが。」

 

 

アカリは少しの間俯いて考えた後に答えた。

 

 

「ふむ、ではそのように認識しておこう。という訳で私は暫く研究室に籠る。審判の日まで私が問題を起こさないための一種の代償行為だな。彼は一つ星(リグセルプ)らしいから何かしてしまうと支障がでかねん。」

 

 

「そういうことを用務員さんが言うと冗談に聞こえませんよ…………それにしても速いですね。特例条項でしょうか。」

 

 

「ふむ、特例条項とは何かね?」

 

 

「…………一応、ハンターになるとき説明受けるんですけどね。」

 

 

「あの筋肉はそんな事を言わなかったが?」

 

 

「ああ、マクシームさんか。それならしょうがないですね。特例条項というのは、特別指定災害種といわれる、特に人を害すると協会に認定された魔獣や怪物(モンスター)を討伐したハンターに適用される、特別優遇制度です。わかりやすくいえば、街を襲うドラゴンや巨型怪物を―――」

 

「―――ドラゴン!竜種がいるのかね!?」

 

 

「また近いですッ!…………いますよ。でも災害種以外はほとんど姿を現しませんね、せいぜいがワイバーンくらいです。」

 

 

終わらないワイバーン狩り、オルレアン、鯖落ち、充実していないフレンド、虐殺されるキャスニキ、終わってから気付くアサ次郎の存在…………うっ、頭が!

 

ハッ、私は何を…………!

どうやら前世のトラウマを刺激されていたみたいだ。

 

頭をふって思考を切り替える。

冷静になれ私、今の私なら終わらないワイバーンはむしろ研究材料が大量に手に入る歓迎すべき事だ。

 

 

「どうしたんですか用務員さん?顔色が悪い上に小刻みに震えてましたよ?」

 

 

アカリが心配そうに尋ね、雪白も心配そうに擦り寄ってきた。

 

 

「何でもないよ。心配させてすまない。雪白にもすまなかったな。それと、人がいるときはクラウドと呼んでくれ、ハンターにはその名前で登録してあるんだ。」

 

 

雪白の首回りを撫でながら言う。

雪白はゴロゴロと喉を鳴らして上機嫌だ。

 

 

「クラウドさんですね。分かりました、用務員さん!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

五日後、マクシームが数人の女性ハンターを連れてきた。

 

 

「ふむ、マクシームよ、流石に誘拐犯の筋肉を匿う度胸は私にはないのだが?」

 

 

「違えよ!…………お前は相変わらずだな。まあ、話を聞け。アカリのためだ。」

 

 

「知ってる。」

 

 

マクシームが額に青筋を浮かべる。

 

 

「マクシームをやり込めるなんて聞いた通りの方ですね。」

 

 

ゆったりとした声に張り詰められた空気が緩和される。マクシームの背後から、人影が進み出た。

それは、深緑色のローブを着た上品な老女であった。

何よりも目を引くのは長く尖った耳だ。

仮称「メディア」…………やめておこう。雰囲気が違いすぎる。

 

 

「私がマクシームに無理を言ったのです。ですが、貴方たちの生活を脅かす気はありません。」

 

 

「いえ、分かっていますよ。私はクラウドと申します。」

 

 

「ご丁寧にありがとうございます。申し遅れましたね、私は『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』を取りまとめますオーフィアと申します。本当はもっと長い名があるのですが、オーフィアで結構です。」

 

 

「なるほど、では、オーフィア女史とお呼びします。目的はやはり?」

 

 

人から神秘を感じたのはこれで二人目だ。知らずに対応も丁寧になる。

 

 

「そんな改まった口調は要りませんよ。一つは数日後に『事実の審判』を受けることの決まった、そちらのお嬢さん、アカリさんの保護、護衛です。もう一つは…………貴方です。白幻と謳われるイルニークと生活を共にする者。まるで神話のようではありませんか。それで年甲斐もなくマクシームに案内してもらいました…………ああ、生きている内にこんな光景を目にすることがあるとは、長生きはするものですね。」

 

 

そう言ってオーフィアは私の膝で微睡んでいる雪白を暖かい目で見つめる。

雪白は意に介した様子もなく欠伸を上げる。

オーフィアはそれを見て、さらに微笑ましいものでも見たように嬉しそうに相好を崩した。

 

 

「ふむ、そうするとアカリはこれからそちらの預かりになるのですか?私にはアカリを無事に街に返す義務があるのでできればそれまでは手の届く範囲で保護したいのですが?それと、口調は気にしないで下さい。これでも楽にしているのです。」

 

 

「それなのですが、厚かましいとは思いますが、しばらくこの辺りで野営をさせてもらえませんか?」

 

 

オーフィアが少し申し訳なさそうに言った。

 

「と、言うと?」

 

 

「まだ、『事実の審判団』が到着していないのです。同胞の危機ということで、特別にサレハドで審判が行われることになりましたが、彼らは私たちと違い、神職です。どうしても移動時間が増大してしまうのです。その間にアカリさんによからぬことを考える輩がいないとも限りません。ですので、安全性の高いこちらで御厄介になれればと無理を申しております。それに…………」

 

 

オーフィアは言葉を切って後に立つ数人の女性ハンターを見遣った。

 

「後ろの女達は、確かにハンターです。星の低い者もおりますが、それなり腕は立ちます。が、それでも女神の御許に逃げてきた者達なのです。」

 

 

「分かりました。なんとなく事情は察しましたし、こちらに断る意思はありません。ただ…………私もマクシームも男ですよ。宜しいので?」

 

 

私が尋ねると、オーフィアは疑問符を浮かべた。

 

 

「マクシームは問題ないですが、そうですよね、貴方も男性でしたよね。決して枯れた様子もないのになぜ私はそう思ったんでしょうね?」

 

 

「ハハハ、マクシームを問題ないと言い切れるなら私など居ても居なくても変わらないという事でしょう。歓迎しますよ。人数分の個室はありませんが絨毯を引いてある大部屋はあるので外と言わずにどうぞ内にお泊まり下さい。」

 

 

首を捻るオーフィアに笑って提案する。今いる数人と狩りをしている数人なら充分にキャパの範囲だ。

最初は遠慮していたが何度もやり取りを続けるとオーフィアの方が先に折れた。

 

クハハ、オーフィア女史はエルフだから、きっと魔術にも詳しいだろう。マクシームはいい人を連れてきてくれたものだ。今から魔術談義が楽しみで仕方がない。

 

 

 

 

 




支部蔵人

読み:はせべ くらんど
イメージカラー:青色
特技:魔術開発、家事
好きなもの:ヴィヴィアン、魔術研究
嫌いなもの:研究の障害
得意なもの:再現、分が悪い賭け
苦手なもの:自重
天敵:抑止力、ヴィヴィアンと雰囲気が似ている者
魔術属性:五大元素使い(アベレージ・ワン)
魔術起源:内包、管理


魔術起源は蔵人が天皇の御物を納めた倉の管理をしていたことから、イメージカラーは蔵人が青色と呼ばれていたことから。

略歴
元々は特に転生特典もなく転生した転生者。
しかし、幼年期に魔術研究をして成功させてしまったHentaiで研究にのめり込む内に転生者としての側面より魔術師としての側面の方が大きくなっていき、今では"まっとうな魔術師"になってしまった。
少年期に単身でイギリスに渡り自分以外の魔術師がいないことを知る。それによって絶望して彷徨った果てにヴィヴィアンに出会い契約を結ぶ。そして、研究キチにヴィヴィアンキチが加わった。
異世界召喚されたらもっと神秘の濃いところで研究できるかもと、ほぼノリで学校関係者になったら本当に異世界召喚されてしまった。
研究材料と神秘が豊富な異世界に狂喜乱舞するがヴィヴィアンと離ればなれになっている事が密かに堪えていた。
それによりヴィヴィアンの面影を感じると手を出せなくなるため、抑止力のない世界ではヴィヴィアンに似た少女が唯一の天敵。
現在の最優先目標はヴィヴィアン召喚。




今回は慣れない三人称視点なのでおかしなところがあったかもです。
ご指摘があればできる範囲で直します。

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