用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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依頼

イライダのパーティ申請から些かでなく待たされた後、協会の奥から腕を後ろ手に組んだ支部長が受付に来た。

 

 

「これから三つ星(セルロビ)になるであろうイライダ・バーギンに先導者をやらせ、その上パーティまで組ませるような手数をかけるわけにはいかん。パーティ登録は許可できない。」

 

 

イライダは片眉を吊り上げた。

 

 

「協会にそんな権限はなかったと思うけど、どういう了見だい?」

 

 

「ああ、誤解しないでくれよ。そっちの新人にはこちらで依頼を用意した。それならばパーティを組む必要もあるまい?」

 

 

「協会で用意するんだね?」

 

 

「特別待遇はしない。あくまで規則は規則だ。故にだ、八つ星(コンバジラ)や九つ星(シブロシカ)の塩漬け依頼をしてもらう。いくらか達成したなら、その新人を信用し、仮登録から本登録にするのも吝かではない。」

 

 

ふむ、体のいい便利屋として使おうと言う訳かそれなりにやるではないか中間管理職。

 

 

「まずはこちらから依頼を指定しよう。強制依頼だと思ってくれてかまわんよ。」

 

 

「強制依頼だって?魔獣の大暴走(スタンピード)や怪物(モンスター)の襲撃の兆しでもあるのかい?アタシは一切そんなこと耳にしちゃいないが?」

 

 

支部長が出した依頼書を胡散臭そうに読むイライダ、その目はみるみる険しくなっていく。

 

 

「これのどこが魔獣の大暴走(スタンピード)だっていうんだいッ!」

 

 

「ふむ、私にも見せてくれ。」 

 

 

イライダが指で弾いて依頼書を渡してくる。

 

 

内容は、

 

 

九つ星(シブロシカ)推奨依頼→青月の一日より以後規定に基づいた自由依頼とする。

 

場所・村外れの大樹。

討伐対象・霧群椋鳥(トゥコルスカ)

討伐証明部位・『嘴』

期限・特に指定はないが、受注から一週間以内とする。要相談。

 

留意事項・討伐対象は一匹残らず討伐すること。大樹に一切の傷を与えないこと。

 

報酬・一匹討伐につき一ロド、但し一匹残らず討伐した場合のみ報酬を支払うこととする。

 

 

 

「なるほど、普通だ。」

 

 

「どこからどう読んでも強制依頼に値する深刻な魔獣の大暴走(スタンピード)だが?」

 

 

「それが魔獣の大暴走(スタンピード)扱いになるなんて聞いたこともない。そもそも招集対象がクラウド一人ってのもおかしいだろう。」

 

 

イライダが怒りを隠しもせずに言う。

 

 

「イライダ・バーギンともあろう者が。依頼書をよく読みたまえ。霧群椋鳥(トゥコルスカ)という『魔獣』が、街中で『群れ』をなして、水場を『襲っている』のだから魔獣の大暴走(スタンピード)ではないか。」

 

 

支部長が涼しい顔で言う。

なるほど、一理ある。

 

 

「詭弁じゃないかい、それは。」

 

 

「それとも何かね?この魔獣に村人は困っていないとでも君はいうのかね。」

 

 

イライダは『ぐぬぬ……』といった表情になる。

 

 

「フハハ、そうだな。受けるとしよう。支部長も案外とやるようだ。ユーモアとかそういう類いに限るとな。」

 

 

「おいっ、クラウドッ!アタシでもその条件は難しい。しかもお前に協力するハンターなどこの村にはいないんだ、よく考えろ。」

 

 

私が笑っていると、イライダが焦ったように言う。

 

 

「考えてはいるさ。もとより強制依頼ならば受ける他あるまい。君に迷惑などかけんさ。支部長、この依頼に何か注意事項はあるかね?」

 

 

「ハハハハハハッ、本当に出来ると思っているのか?いいだろう、教えてやる。まず村内では第三級魔法しか行使することはできん。まあ、仮の十つ星(ルテレラ)はそもそも第三級魔法の行使しか認められておらんがな。そして、必ず一度に殲滅しろ。一匹だけ殺すような半端な真似をすれば群れは数倍に膨れ上がる。

殲滅できずにたった一匹でも逃せば、さらなる大きな群れをつくり、再び村はずれの大樹に住みつくだろう。そもそも村長がたかが小鳥とみくびって金をしぶり、自分たちで処理しようと適当に殺した結果がこのありさまなのだ、これ以上増やすわけにはいかん。」

 

 

「うむ、心得た。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

村はずれの大樹に行くとギーギー、ギーギーと霧群椋鳥(トゥコルスカ)が喧しく鳴いていた。

 

 

 

「気まぐれな女神(エガナディア)の木か。青い内は苦くてたべられないが、黄色くなると酸っぱくなり、赤くなると甘くなって食べごろだ。二日酔いにも効くが、長期遠征のときなんかは食べると身体の調子がよくなるな…………これはさすがに不気味だねえ。」

 

 

「ふむ、なるほど、それでは早速。」

 

 

「なにする気だい?」

 

 

イライダが楽しげに聞いてくる。

私は適当な霧群椋鳥(トゥコルスカ)を指差してガンドを放った。

狙いは過たず吸い込まれるように当たり、一羽が地に落ち、残りが一斉に飛び立つ。

 

 

「ふむ、こんなところか。」

 

 

「アンタ何やってるんだ!?傷をつけたり、殺したりしたら異常な繁殖行動をするって聞いてなかったのか!?それに、ここでは第三級以上の魔法は使用禁止だよ!」

 

 

イライダが熱り立って詰め寄ってきた。

 

 

「まあ、そう興奮するな。私も一日で何とかしようなどとは思っていない。そして、今のは意識を奪う魔術だ。殺生を目的としないから禁止事項には該当しない。考えなしにやっている訳ではないから信じていたまえ。」

 

 

「まあ、それなら。」

 

 

イライダは不承不承といった様子で退き下がった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌日、村はずれの大樹には昨日より多くの霧群椋鳥(トゥコルスカ)がいた。

 

 

「やっぱり倍に増えてるじゃないかいッ!」

 

 

「うむ、増えているな。クハハ、噂に違わぬ繁殖力だ。」

 

 

「笑い事じゃないよ!村人の生活はどうなるんだ!」

 

 

イライダが鬼の形相で襟首を掴んで追及してくる。

 

…………ヤバい、ちょっとキツイ。

 

 

「絞まってるッ、首絞まってるから!少し落ち着きたまえ!生活への被害の対策も考えてある!」

 

 

イライダから解放されて、荒く呼吸して肺に新鮮な空気を取り込む。

 

 

「まったく、考えなしではないと言っただろう。すぐに手を出すな。」

 

 

「で、なんだい?」

 

 

イライダが訝しげに聞いてくる。

 

 

「気付かないかね?昨日の倍程の霧群椋鳥(トゥコルスカ)がいる大樹の近くで、私達は"会話ができている"のだよ。」

 

 

「なに当たり前の事を、って…………!」

 

 

イライダの呆れ顔が驚愕に塗り替えられていく。

 

 

「そう、騒音がないのだよ。私の魔術で少しな。村人とは鳥が増えるのを黙認する代わりに騒音対策をする話になっている。」

 

 

「そんな長期間、可能なのか?」

 

 

「可能だ。原理や詳細は言えんがな。」

 

 

イライダの問いに自信を持って答えると納得した表情を見せてくれた。

 

二日目も同じくガンド撃ちして帰った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「頃合いか。」

 

 

三日目、大樹の上の溢れんばかりの霧群椋鳥(トゥコルスカ)を見て呟く。

 

 

「何をする気だい?」

 

 

「まあ、見ていたまえ。今日で万事解決しよう。」

 

 

地面に魔方陣を刻んで準備をしてから魔術を使う。

 

 

「dominationis(支配)」

 

 

魔術を受けた鳥達は一瞬動きを止めた後に一斉に飛び立った。

 

 

「失敗かい!?」

 

 

「いや、成功だ!」

 

 

私の言葉に半信半疑なイライダ。いや信が二割と疑が八割といったところか。

 

 

「信じてないな。まあいい、明日になったら分かることだ。大船に乗ったつもりでいるといい。」

 

 

その後、村人にも伝えたが、やはり疑いの方が強かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「クハハ、大成功だ!」

 

 

翌日、大樹には一羽の霧群椋鳥(トゥコルスカ)もいなかった。

 

 

「本当にやるとはね!どうやったんだい!?」

 

 

驚くイライダと沸き立つ村人達。

 

 

「ハハハ、企業秘密だ。私は依頼達成報告をしてくる。君は村人と宴をしているといい。酒と肴は私が用意した。いつか言った私が造った酒だ。それでは行ってくる。」

 

 

村人達の歓声に送られる。

クハハ、上々だ。何かあったときのために信用はあった方がいいからな。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

私が依頼達成報告に行くと、ハンター協会は喧騒に包まれていた。

 

 

「ハハハ、盛況だな。依頼を達成したから手続きしてくれ。」

 

 

「手続きしてくれじゃないですよ!状況が分からないんですか!?こっちは急に霧群椋鳥(トゥコルスカ)の大群が支部内に入ってきて大変なんです…………まさか、クラウドさんの仕業ですか!?」

 

 

職員が顔色を変えて身を震わせながら言う。

 

 

「ただの十つ星(ルテレラ)に何かできる訳ないだろう。私が解決した後に偶然ここでも似たような事が起きただけだろう。証拠もなしに人聞きの悪い事を言わないでくれ。それと、討伐証明部位の嘴は回収できなかったから報酬はなしでいい。運が良かったな。」

 

 

「運が良かったなじゃないですよ!なんとかしてください!」

 

 

私が笑いながらそう言うと職員はさらに気色ばんで言った。

 

 

「ハハハ、単独で魔獣の大暴走(スタンピード)を解決したばかりの新入りに無茶を言わないでくれ。こんな若輩者よりも頼りになる地元のベテランに頼みたまえ。なにせ、"霧群椋鳥(トゥコルスカ)という『魔獣』が、街中で『群れ』をなして、ハンター協会を『襲っている』のだから魔獣の大暴走(スタンピード)"だろう?強制依頼をいくらでも発行するといい。」

 

 

職員の叫び声を無視して支部を出る。私は宴に参加しなければならないので忙しいのだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

宴を終えて、私は第二隔離実験室に来ていた。実験室のなかでは夥しい数の鳥達がギーギー、ギーギーと鳴いていた。

 

 

クハハ、素晴らしい!もうこれほどまでに増えたか!

 

 

ガンドで気絶させて回収した霧群椋鳥(トゥコルスカ)の繁殖実験をしていたのだ。この繁殖力は本当に素晴らしい。これで私は無限に湧いてくる実験動物を獲得したも同然だ。研究がますます捗る。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

それから、研究をメインに、他にもアカリに"針金"の使い方を教えたり、イライダと共に依頼をこなしたりして過ごした後のある日、私はイライダと共に掲示板を物色していた。

 

 

「六瘤バッファロー(ゴルシャゾ)か、もうそんな時期なんだねえ。」

 

 

「ふむ、季節物の魔獣もいるのか。しかし、虫や植物ならともかくバッファローに時期など関係あるのか?」

 

 

「ああ、この六瘤バッファロー(ゴルシャゾ)って奴は草を求めて大陸を横断するんだが、この時期になるとトラボックしかないようなそこの荒野で出産するんだよ。この時期は月に一度のトラボック狩りが必要ないのさ、奴らが食べてくれるからね。」

 

 

「なるほど、益獣という訳か。倒してしまってもいいのか?」

 

 

「いいんだよって、アンタも少しは情報をだね…………ああ、まあ、アンタの場合は集めすぎか。」

 

 

「ああ、私という人物をよく分かっているな。あらゆることが興味深くてな、どうしても狭く深い知識になってしまう。で、この依頼を受けるのか?」

 

 

私が聞くとイライダが苦笑する。

 

 

「デカくてしぶといから普通は二人じゃできないが、アンタなら一人でも―――」

 

 

「――ちょっといい?」

 

 

一人の少女が会話に割って入ってくる。

 

ふむ、この少女、どこかで…………?

 

 

「イライダ・バーギンさんですよね?その依頼受けるんなら、一緒にどうですか?」

 

 

件の人物は有名人に出会ったファンのように目を輝かせている。

 

 

「突然だな。名前くらい名乗れ。」

 

 

「ご、ごめんなさい。バーギンさんに会って、つい感動してしまって。エリカ・キリタニ、六つ星(ベルチガバ)です。エリカって呼んでください。」

 

 

その名前は、日本人、つまりは勇者か。好奇心が疼くが耐えなければならない。今勇者相手に問題を起こしてしまうと長い間心待ちにしていた嘘つき斬り殺すガールとの対面ができなくなってしまうかもしれない。

耐えろ、耐えるんだ私、雪白が小さかった頃を思い出すんだ!

 

 

「そうか、イライダ・バーギン、四つ星ガボドラッツェだ。イライダでいい…………」

 

 

「…………わたしたちはいいんですよ。運命共同体なんです。」

 

 

ハッ、しまった!

私が葛藤している間にかなり話が進んでしまっている。なんだこの状況は?いったいどういう流れでコイツは惚気けているんだ?

 

 

「イライダ、すまない。考え事をしていて話を聞いていなかった。かなり不可解だがどういう状況だ?」

 

 

「アンタは相変わらずだね、あれさ―――」

 

 

「―――あっ、ハヤトさん、遅いですよ~。」

 

 

少女の声の先にはなめらかな光沢のある黒い革鎧を着こんだ男がいた。

 

 

 

 




まさかのセーフだった支部長、彼の粛清はかなり引き延ばされました(されないとは言ってない)

そして、ついにあの人が登場しました。

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