司波達也の前に、ひとりの男がいた。
名をケイン・ロウズという。役職は大統領次席補佐官。
この男、実は以前のベンジャミン・カノープスの反乱で失脚の危機にあった。結局は大統領の慰留などがあって現職に留まることができたが、この男、そのために達也を激しく恨んでいた。
その男が今、目の前にいる。
「このたびの反乱。大統領は大変心を痛めておられますが、そのことで実は貴方に提案があり、こうして参上いたしました」
「…………」
達也は目の前にいる男をまるでゴミでも見るように見下していた。この時点では、達也は目の前にいる男を明らかな格下と思い込んでいる。
「大統領は、USNA政府の意向として、大黒竜也大佐を大将に任命し、並びにUSNAの全魔法師の指揮権を与えるとのことです。それによって今回の反乱で多くの人員を失ったスターズを立て直したいとの仰せであります」
「なんだとッ!?」
達也が驚く。今回の反乱は明らかに留守を任されていたリーナと、そして自分の失態なのだ。しかも以前の反乱の一件もある。だから、達也は今回の反乱で責任を問われることは覚悟していたし、降格くらいはあるだろうとまで予測していた。
「大統領は、貴方様がお望みなら、魔法師に関する全ての予算をさらに増額してもよいとのお考えであります」
「……それはどういうことだ……いったい、そちらは何が望みだ……」
すると、ケイン・ロウズがニヤリと嫌な笑みを見せる。
「副隊長・アンジェリーナ・クドウ・シールズのお腹の中にいる赤ん坊」
「…………ッ!!」
達也の両拳が、ぶるぶると震える。
「それが、こちらの望みでございます」
「……つまり……?」
「副隊長・アンジェリーナのお腹にいる貴方のお子様を我が国の戦闘魔法師とする……それがこちらの望みでございます」
「…………」
達也は、その言葉を唇を噛み締めながら聞いていた。
今回の反乱で、リーナの妊娠は隠せなくなった。ばれてしまったのだ。
それを知ったとき、さすがに達也を今回の反乱で咎めようと考えていた政府首脳は大いに喜んだ。なぜなら、あの達也とリーナの子供だからだ。両親が戦略級魔法師で戦闘魔法師。その両親から生まれた子供であるから、大いに資質が期待できる。
現在、USNAは魔法師の人材では同盟国の日本に追い越されている。それどころか新ソ連や他の国も魔法師の人材層がさらに厚くなっており、USNAにとって将来的な人材を確保することは必要な状態になっていたのだ。
達也も、それはわかっている。だが、自分の子供に自分やリーナのような茨の道を歩ませたくない。その思いがあるからこそ、達也は我が子の妊娠を隠していたのだ。
それが今回の反乱でばれてしまった。
そして、政府側は新たな条件を出してきた。
勿論、拒否ができないわけではない。
だが、拒否すれば政府側は黙っていない。反乱に関しての責任を自分だけでなくリーナにも及ぼすかもしれない。
それはまずすぎるのだ。
リーナはこれから大事な時期に入る。そのリーナに余計な心配をさせれば、赤ん坊にもどんな影響が出るかわからない。
達也は精神的に苦しさを覚えていた。
達也の再成は、肉体の傷には大いに働くが、精神的なものまではさすがに直せない。
達也の異変に気づいたケイン・ロウズもさすがに達也に向けて言う。
「どうかしましたか? ご気分でも優れませんか?」
「…………」
達也は答えない。
「誰かを呼びましょうか?」
「いや、大丈夫だ……その件、答えはしばらく待ってもらえるか?」
「よろしいでしょう……よいご返事を期待しております」
そして、会見は終わった。
「そんなの、嫌よッ!」
リーナが達也の襟首をつかみ上げていた。
それに対して、達也は抵抗しようとしない。むしろ魂を抜かれた生ける屍のようですらある。
「私たちの子供を差し出せですって……そんなこと、そんなこと、できるわけがないでしょッ!」
すると、
「わかっているッ!!」
と、達也が叫び返した。そして、
「だが、断れば奴らは何をするかわからない。それでお前に何かあったら、俺は後悔してもしきれなくなる……」
達也のその表情を見て初めて、リーナは達也が大いに苦しんでいることを理解した。
「まずは、元気な子供を生むことが先決だ……」
「…………」
「俺たちの子供が成長するまで時間がある……その間に、何とか考える……」
それが、達也の出した結論であった。
そしてリーナはうなずくしかなかったのである。
その翌日。達也の大将昇進の辞令が出されたのであった。
次回は「動乱ふたたび」です。